ハイスクールDragon×Disciple   作:井坂 環世

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あ、ありのまま、今起こったことを話すぜ!

俺は執筆中に作業用BGMとして「東方音楽ランキング ピアノメドレー」を聞いていたらいつの間にか手を止めて曲を口ずさんでいた。

な、何を言ってるかわからねぇと思うが俺も何が起きたのかわからなかった。

頭がどうにかなりそうだった。

「名曲」だとか「無意識の内に聞き入る」だとかそんなチャチなもんじゃ断じて無え。

もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。


8 赤天の拳

薄暗闇に染まる空間。頼りない電球の明りが辛うじて足元を見えるようにしてくれている。そんな光景が続く地下への階段を一誠たちは駆け下りていく。

 

果たして出口はそう時間を掛けずに見つかった。古ぼけた木の扉。走る勢いのままにそれに蹴りを入れる。

 

その扉が風化していて耐久力が低かったのか。それとも一誠の蹴りの威力が高かったのか。見事にその扉は開くことはなく砕け散る。

 

巻き上がる埃で出来たカーテン。それを引き裂くとその先の光景が一誠の目へと入ってきた。

 

円を描くようにして並んでいる数十人の神父たち。

 

円の中央に居て此方に煩わしそうな視線を向けている堕天使。

 

そして。

 

磔刑に処された神の子のように、十字架へと磔にされている聖女の姿。

 

アーシアの姿を見た瞬間、一誠の頭が沸騰した。

 

「アーシアっ!」

 

その声を受けて、アーシアが閉じていた眼を開けた。どこか空ろなその眼が一誠を捉える。

 

「・・・・・・イッセーさん?」

 

そのアーシアの様子に、一誠は何とか血が上る頭を落ち着けさせる。そしてアーシアを安心させるように笑みを浮かべて見せた。

 

「ああ! 助けに来たぞ!」

 

「イッセーさん・・・・・・」

 

その言葉が嬉しかったのだろう。アーシアは瞳から一滴の涙を零した。

 

その様を忌々しそうに眺めて居るのはレイナーレだ。その口から舌打ちの音を洩らしながら一誠たちに向き直った。

 

「チッ! フリードめ。自信満々に言っておきながら時間稼ぎすら出来ないなんて・・・・・・。」

 

レイナーレが手を一誠たちへと向けた。それは号令の合図である。

 

「お前達! 儀式が終わるまで後ちょっと! そいつらの相手をしてあげなさい!」

 

『はっ!』

 

円を描いていた神父たちが命令を受領した。その懐から光の剣を取り出し、刃を作り出す。

 

それに応じるように、木場が剣を抜いた。暗黒の殺気を周囲へと漏らしている刃が顕わになる。小猫も姿勢を低くして臨戦態勢を整えている。

 

「・・・・・・時間稼ぎなんてさせない」

 

「全力で行くよ。速攻で終わらせてもらおうかな」

 

神父たちが動き出した。一歩を踏み出そうとして足を上げ、そして、その場に一斉に崩れ落ちた。その口からは泡を吹いており、白目になっていることと合わさって彼らが気絶していることを4人に気付かせた。

 

カラン、と金属が落ちる音がした。それが妙に大きく、重なって聞こえたのが、神父たちの持っていた剣の柄が一気に落ちた音だとわからせた。

 

「なっ!?」

 

「・・・・・・っ!?」

 

「これは!?」

 

その場に響く、三者三様の驚きの声。正体不明、原因不明瞭な現象を前にして動揺を隠せなかった3人を尻目に、走り出す影があった。

 

一誠だ。

 

一誠には何となく、この現象を起こした人物が誰なのかわかったのである。故に、驚きはあったものの、動きを止めるまではいかなかった。

 

(ったく! 流石だぜ! 親友!)

 

内心で自らの師匠兼親友を褒めながらも一誠は右拳を打ち放った。それは惜しくも眼前の堕天使に防がれてしまったものの、動きを止めさせることには成功した。

 

「貴様っ!」

 

「木場! 小猫ちゃん! アーシアを頼む!」

 

「わかった!」

 

レイナーレから視線を逸らすことなく一誠は仲間へと目的を果たすことを要請した。その右手は防御に使ったレイナーレの左手首を掴んでおり、絶対にこの場から離さないという意思を端的に伝えていた。

 

一誠の意思の固さを見て取った木場は声を上げて応諾し、小猫は頷くことで了承の意を伝える。

 

「くっ! このっ!」

 

レイナーレが一誠の手を離そうともがくが無駄だ。今の一誠は『戦車(ルーク)』に昇格(プロモーション)している。その馬鹿力に中級の堕天使でしかないレイナーレは拘束(一誠の手)をはずずことが出来ない。

 

その隙に木場と小猫はアーシアを十字架から下していた。木場が十字架を切り裂き、小猫が拘束帯を引き千切ることでアーシアを解放する。それをレイナーレの姿越しに見ていた一誠は痛快な笑みを浮かべてみせる。

 

「そのままアーシアを安全なところへ連れてってくれ!」

 

「イッセー君は?!」

 

「俺はこいつを引き付けとく! だから早く!」

 

その言葉に木場は一瞬の躊躇を見せるも、それが最善だと判断したのか走り出した。小猫もアーシアを背負ってついて行く。

 

「逃がさないわよ!」

 

レイナーレにとってはアーシアを連れて行かれることは絶対に阻止したい事態だ。故に自由な右手で光の槍を生成。投擲し、撤退を妨害しようとする。

 

「させるかよっ! お前の相手は俺だ!」

 

当然、一誠はそれを止めに入る。開いている左手で正拳を繰り出す。

 

顔面に迫ってくる脅威にレイナーレは攻撃を中止せざるをえない。槍を作り出していた右手で拳を受け止めた。

 

「イッセー君! アーシアさんを安全な所に連れて行ったら戻ってくる! だから!」

 

「・・・・・・どうか無事で!」

 

「おう!」

 

視線を向ないままに一誠は仲間達の声に応えた。後ろの方から階段を駆け上がる音がするのを聞いて、一誠の口元が吊り上る。

 

「離しなさいっ!」

 

レイナーレが手の平を一誠の足へと向ける。その手に光が集まっていく。一誠が「やべっ!」と思い後ろに跳び下がるのと、レイナーレが槍を出現させたのはほぼ同時だった。

 

一足で3メートル程の距離を後退する。光の槍を間に挟んで相手へと相対した。

 

レイナーレは一誠の後ろへと視線を向けた後、心底煩わしそうな表情になった。その顔には「鬱陶しい」とはっきりと書かれている。

 

「・・・・・・よくもやってくれたわね。おかげで計画が台無しじゃない」

 

「そうかよ。アーシアを犠牲にしての計画なんて碌でもないんだろうし、こっちとしちゃ万々歳だな」

 

その言葉にレイナーレはピクリ、と反応をしてみせるがその顔はまだあくまでも「面倒くさいことになった」という域を超えてはいなかった。が、それはそういう表情になるように努力してのことだろう。口元がピクピクとひくついている辺り、感情を隠しきれていない。

 

「まぁ、悪魔の誘いに乗って転生した愚かな下級悪魔風情には、崇高なる堕天使である私の大いなる計画の重要さなんてわからないわよね」

 

一誠は「何言ってんのこの人」という顔をして、耳をほじりながら返事をした。そこには、これから先の戦闘を有利に進めるために、相手の冷静さを奪おうという作戦もあってのことだ。あからさまにならないように気をつけて相手を挑発する。

 

「ハァ? 崇高なる堕天使なんてどこにいんの? 俺の目の前には男の純情を弄ぶ性悪女しかいないんだけど?」

 

「訳が分からないよ」という声を意図して作る。そこにほんのちょっぴりの相手を馬鹿にする意思を込めて、なるたけ相手の神経を逆撫でするように。

 

どうやら相手を苛立たせるのには成功したらしい。ブチッ、と何かが千切れる音が相手の額辺りから発せられたような気がした。

 

「クフ・・・・・・」

 

「ハハハ・・・・・・」

 

 

 

空気が張り詰めていく。原因はレイナーレから出ている威圧感だ。だが、それよりも上のものを知っている一誠は怯むことなく相手を睨んだ。これまでに固めていた意思を再確認し、覚悟をより強固なものへと固めなおしていく。そうして覚悟を決めると、心の奥から闘志が湧き上がった。その闘志が相手の威圧感とぶつかり合う。

 

 

 

「フフフ・・・・・・」

 

「ハッハッハ・・・・・・」

 

 

 

 

ギシギシと空気が軋む。威圧とそれに抗う闘志が一歩も引く事無く正面衝突する。空気に罅が入っていくように一誠には感じられた。

 

 

 

 

「「ハーッハッハッハッハッハ!!!」」

 

 

 

 

 

――空気が、割れた。

 

 

 

 

 

「――殺す!!」

 

「言ってろ! 俺だってお前をぶん殴りたいくらいにはキレてんだよ!」

 

堕天使と悪魔の死闘が、幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

ハイスクールDragon×Decsiple

 

第1章 第8話 赤天の拳

 

 

 

 

 

 

2階建ての建物の屋根の上。金色の髪を風に靡かせながら男が胡坐を掻いて座っていた。男の傍に影を落とす十字の尖塔が、この建物がどういう役割を果たすものなのかを教えてくれている。

 

と、その場に何者かが舞い降りてきた。バサリ、という羽撃たき音の後にトン、と軽く着地する音が聞こえてくる。蝙蝠のような翼を広げるその人物に向けて男は振り向かずに声を掛ける。

 

「こんばんは。リアスさん」

 

「こんばんは。翔」

 

まるで散歩の途中で知人に出会った時のように、何でもないように挨拶をする2人。両者ともに穏やかな微笑を浮かべていることが猶のことそういう印象を助長する。だが、男の横で転がされているものがその光景を異様なものへと変化させていた。

 

「イッセーからは用事があるからあなたは来ない、って聞いていたんだけどね」

 

「フフ、だから用事を終わらせてこうやってここに来ているんじゃないですか」

 

微笑を浮かべながらの受け答え。だが、リアスには常と同じその微笑がなんだか白々しいものに見えた。恐らく本人も自覚しているのだろう。自覚していてもやってくるところが性質が悪い。

 

「へぇ」

 

リアスは眼を細めた。真意を探るように相手の一挙一動を見逃す事が無いようにする。視線を向けられていることを、相手の方に振り向かずに察知した翔は、まるで獲物が弱る瞬間を見逃さまいとする狩人のような視線だなぁ、と思った。

 

「その用事って」

 

その白磁のような指を向ける。翔の横に転がっているものへと。その、縄で縛られて転がされている3つのものを。黒の翼を背中から生やしているものへと。

 

「そこで気絶している堕天使たちを倒すことだったのかしら?」

 

「ん~」

 

ここで翔の笑みが変化した。ポリポリと頭を掻きながら困ったような苦笑を浮かべている。リアスはこれはどういう風に言ったらいいのか、どういう表現を使ったらいいのか考えている顔だな、と推測した。

 

「そうでもあり、そうではない、かな」

 

「あんまり勿体ぶらないで」

 

「勿体ぶってるつもりはないんですけどねぇ」

 

と、そこで翔の顔から笑みが消えた。リアスの方へと振り向いたその顔には、まだ短い付き合いのリアスが見たことの無い真剣な表情が浮かんでいる。あのバイサーと対峙した時も、こんな顔をしていなかったような気がする。

 

――武人としての翔がそこに居た。彼はここに、武人として、何よりも師匠として来ている。そのことをリアスはその表情から察することが出来た。決して野次馬根性でここから下の教会のことを探っているのではない。

 

「リアスさんも気付いているかもしれないけれど、イッセー君には心的外傷(トラウマ)があります」

 

その言葉を受けて、リアスもより一層気持ちを引き締めた。彼女の眷属の心の問題であるのなら、彼女の問題でもあるのだ。そして何より、翔のその言葉にリアス自身思い当たることがあったから。

 

ある意味で、それは仕方の無いことだったのだろう。むしろ、それが無い方が現代日本の平和な国の学生としては異常と言えた。

 

「ええ。「死」への恐怖、ね。今回はそれを上回るほどの怒りで何とか戦えているみたいだけれど」

 

「死」への恐怖。前世で一度死に、こちらに来ても何回も死に掛けている翔にも覚えがある。彼はその恐怖を何とか飼いならし、武術的センサーとすることが出来たが、今の一誠にそこまでの無茶はさせられないし、そんな時間も無かった。

 

故に、一誠の心の中には、いまだにそれが沈殿している。

 

「そう。確かにそれもあります。今後このような戦いの世界で生きていくにはそれも重大な問題。でも、もう1つ」

 

「もう1つ?」

 

そう、これから先、「魔王の妹の眷属」という、否応無く戦いに巻き込まれていく立場の悪魔としたらそれも間違いなく問題だろう。だが、もう1つの問題も間違いなく難問であることには違いなかった。こちらは、日常生活にも関わってくることなのだから。

 

「「女性への不信感」ですよ。いや、女性恐怖症と言ってもいいですね」

 

リアスの眉が顰められる。その理由としては2つ。1つとして、本当にそうだとしたら、女である自身との間に信頼関係を築くのが難しいのではないかという懸念。もう1つは主であるのに、自分はそれに気付くことが出来なかったという不甲斐なさ。

 

「といっても、友達や仲間として接するなら問題ないでしょう。問題があるのはその先に進もうとした時・・・・・・。つまり、恋仲になろうとしたときですね」

 

そこで翔は視線でリアスに問うた。「ここまではいいですか?」と。リアスは頷くことで話を先へと進めるように促す。

 

「今回、あの堕天使は恋人を装ってイッセー君へと接触しました。恐らく、相手から告白してきたのでしょう。イッセー君へとより近づいてその神器が危険なものか確認するために。・・・・・・始まりは、確かに「告白されたから」なのかもしれません。けれど、イッセー君は相手の良い所を見つけるのが上手いですから。きっと、殺される直前にはイッセー君も相手のことを好きになっていたと思いますよ」

 

「そして、好きになっていた、好きだと言ってくれていた女性に裏切られ、殺された、ね。・・・・・・確かに女性不信に陥っても仕方ないわね」

 

あの明るい性格のせいで見抜けなかったわ、とリアスは内心で独りごちた。実際、それは一誠も気付いていない深層心理の段階の話だろう。だから、表には出てきていないし、一誠は今まで通り振舞っている。

 

2週間強の付き合いしかないリアスにはわからなくとも仕方が無かった。1年もの間親友として付き合い、尚且つ「流水制空圏」会得者としての鋭い洞察眼を持っている翔だからこそ見抜くことが出来たのだ。

 

それでも、それを「仕方ない」ですまさずに、「主なんだから下僕のことは把握できていないと駄目だった」と思えるところがリアスの美点だろう。

 

「で、そのトラウマの克服のために、その原因である堕天使を打ち倒して欲しい、と?その邪魔が入らないように他の堕天使を捕縛してまで?」

 

そう、それが翔が行動した理由。弟子にトラウマに打ち克って欲しいと思う師匠心。それは翔のエゴかもしれない。けれども、翔が一誠のことを思いやっていることには違いなかった。

 

あくまで治療の切っ掛けにしかならないでしょうけど、と前置きをした上で翔は言う

 

「「師匠は弟子の喧嘩には手を出さない」が武人の基本的なルール。とはいえ、師匠ですから何かしら手助けはしてあげたいじゃないですか。直接手出しは駄目、タイマンの場に居ても駄目。・・・・・・だったら、喧嘩の場だけでも整えてあげたい、とそう思いまして」

 

そう言って翔は顔を伏せた。その顔には「一誠が心配です」と書かれており、貧乏ゆすりを止めない右膝が今すぐ飛び出して行きたい翔の心境を表に出していた。

 

クス、とリアスは思わず微笑んでしまった。師匠として、何より友人として。一誠を心配して助けに行きたいのに、その一誠のために助けに行けないというジレンマ。その葛藤している姿が、何だか微笑ましくて。

 

「とは言え、今回は人死にも掛かっていましたから。多少は手助けしてしまいましたけど・・・・・・」

 

武術関係に関してはかなり常識が破壊されているとは言え、翔は活人拳を志している者だ。

 

弟子のトラウマ克服のために弟子の命を危険にさらすのは仕方ないことだと割り切れる(恐怖は更なる恐怖で克服せよが梁山泊の教え?である。無理無茶無謀が大好きな彼らは弟子を生死の境に追いやるなど日常茶飯事なのだ)が、他人の命が懸かっているならば話は別である。流石に弟子のトラウマ克服のために赤の他人に「死んでくれ」とは言えない。

 

そのため、翔は多少の手助けをしたのだ。具体的に言うと、その命の危機に瀕している人物を、一誠達が救出できるようにしたのである。

 

――そう、あの地下の儀式場で、神父たちを気絶させたのは翔なのであった。方法は単純。気当りにより相手を気絶に追い込む「睨み倒し」を遠隔から行ったのだ。

 

気配や殺気など、体を流れる電気信号が元となっていると言われる『気』。

 

仙術に用いられる根源的な自然の生命エネルギーである『氣』。

 

その両方を利用した技術を習得している翔は、生物の気配を察知することはかなり得意である。それに関しては達人級(マスタークラス)並みだ、と師匠から評されるほどで、現在地である屋根の上からでも、教会内の気配を索敵するのは造作もない。例え地下であろうとも、だ。

 

地下から2柱の悪魔と1人の人間が上がってきていることも、それより更に地下で堕天使と悪魔が1対1で戦闘を行っていることも翔は把握している。

 

そんな翔にしてみれば、多少(・・)距離が離れていようと、気当りをピンポイントで当てて気絶させる、なんてのは朝飯前である。相手が数を頼みにしても中級悪魔を倒すのがやっと程度の実力しかもたないのであれば尚更。

 

「とはいえ、ここから先は師匠である僕は手出しが無理なタイマン勝負。勝つか負けるかはイッセー君次第なんですけど・・・・・・。いざという時はお願いしますね、リアスさん」

 

「言われるまでも無いわ。私の下僕を死なせるなんて真っ平御免ですもの」

 

胸を張ってリアスは言う。「情愛」こそがグレモリーの悪魔を象徴する言葉。ならばこそ、自らの下僕を死なせることなどありえないとその態度が示していた。

 

その態度に安堵を抱いたのだろう。フゥ、と肩から力を抜いた翔はリアスから視線を外して教会の地下へと意識を向けた。そんな翔を見ていたリアスも、地下で起きているであろう闘いへと思いを馳せた。

 

届かないとわかっていながらも、2人は地下の一誠に向けて「頑張れ」と胸中で応援のエールを送り、師匠である翔はそれしか出来ない自分の立場に歯がゆさを覚えるのだった。

 

(出来る限り全ての事を教え、詰め込んだとはとても言えない・・・・・・。今でももっと鍛えることが出来たんじゃ、あれを教えていれば、って際限なく思い浮かんでくる。でも、それでも、この2週間余りの鍛錬の成果を発揮すれば勝つことが出来る、と信じたい・・・・・・。イッセー君、勝ってとは言わない。ただ、負けないでほしい・・・・・・!!)

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

教会地下の祭儀場。そこで戦闘――翔曰く「喧嘩」――を行っている両者は現在密着状態になっていた。拳が届く間合いで、片方の影が苦悶をその顔に浮かべている。

 

「くぁ・・・・・・っ! 貴、様ァッ!」

 

憤怒の声を漏らしたレイナーレの鳩尾には一誠の拳が突き刺さっている。レイナーレの横にも拳が突き出された状態で残っており、一誠は双手突きである「山突き」を放った態勢で残心を取っていた。

 

――戦闘が開始すると同時に一誠は「騎士(ナイト)」へと昇格(プロモーション)。速度の面でレイナーレと渡り合える状態にした後、速攻でレイナーレへと肉迫し、山突きを繰り出した。レイナーレは顔への拳撃は顔を傾けることで避けることが出来たものの、一誠の攻撃が双手突きであることを見破れずに腹にもろに貰ってしまった、というのが戦闘が始まってからの一連の流れだ。

 

(翔の予想は大当たりだったな・・・・・・!!)

 

「堕天使の基本戦法は遠距離からの光の槍の投擲による制圧攻撃。余程の強者か勤勉なものでもない限り、近接戦闘力はその身体性能とは比例しないと思うよ。開幕と同時に突っ込んでこの山突きをすれば相手の油断もあって攻撃が決まる可能性はかなり高いと思う」

 

一誠へと山突きを教授した際の翔の言葉だ。そしてその言葉はドンピシャリ。先制攻撃を一誠は取ることに成功したというわけだ。

 

「くっ!」

 

呻き声を上げながらレイナーレは後ずさる。その左手は腹に当てられており、先の一誠の拳が効いていることを如実に示していた。

 

が、一誠はそれを許さない。すぐまた近づき自らの攻撃可能範囲へと間合いを調整する。拳を固く握りしめ、相手目掛けて拳を振るう。

 

(空手を習ったとは言えそれも2週間強のこと。実戦も実質これが初めて。こいつが何年生きてるかはわからないけど、俺よりも間違いなく戦闘には慣れてるはず。この主導権(イニシアチブ)を手放したらまず負ける・・・・・・! この勢いのまま一気に決めるっ!)

 

ここが勝負所と一誠は一気呵成に攻め立てる。騎士のスピードを利用してラッシュを繰り出していった。騎士の速度の加護。更には力を倍加にする神器の効果もあり、そのラッシュの回転は速く、しかし重さも十分に乗っていた。

 

レイナーレは両腕を上げて体の前面をガードする。しかし、それに構わずに叩きつけられる拳はその上からでも衝撃を伝え、確実にダメージを刻み込む。

 

「ハァァァッ!!」

 

「ぐぅぅっ!」

 

一誠の右拳が弧を描いた。両腕の下へと潜り込み、レイナーレの左脇腹へと叩き込まれた。顔への攻撃を警戒していたレイナーレは腹筋を固めることも出来ずにその攻撃を食らってしまう。

 

その一撃に思わずといった具合に腹を押さえてしまった。この好機を逃す手は無い。がら空きになった顔目掛けて赤い篭手が飛んでいく。唸りを上げるその拳は見事、レイナーレの左頬に突き刺さった!

 

下級とは言え悪魔の膂力。その力で以って殴られたレイナーレは後ろへと吹っ飛ばされていく。追撃しようと足を踏み出そうとした一誠は、だが驚愕に足を止め、眼を見開かせた。

 

吹き飛ばされながらもレイナーレはその自慢の黒翼でバランスを取っていた! 後ろへと推力を追加しながらも一誠目掛けて光の槍を投擲してくる!

 

「くっ!」

 

一誠はその速度を以って横へと大きく回避した。それでも向かってくる槍は篭手で弾き落としていく。騎士の加護の前では大した脅威ではないものの対応に専念しなければならなかった。

 

一誠が気がついた時にはレイナーレは既に態勢を整えていた。地面へと足を着け、その黒翼を大きく広げ、その両手から次々と槍を生み出しては飛ばしてくる。

 

「よくもやってくれたわね! こいつでも喰らいなさいっ!!」

 

瞳に憤怒を宿し、尚も苛烈にレイナーレは槍の弾幕を張り続ける。一誠は神速の効果を利用して何とか回避し、危ないものは左拳で弾き落としていった。右手は使用できない。悪魔である一誠は光に触れただけで身を蝕まれる。神器である篭手で弾いていくしかなかった。

 

(このままじゃあジリ貧だ! 何とかしないと・・・・・・!!)

 

多少の傷も承知の上で前に出るしかない。その覚悟を一誠が決めた時、一本の槍が地面へと突き刺さった。一誠の目の前に石礫と粉塵による煙幕が広がっていく。今までの狙いの精度から考えて、偶然ということはありえない。明らかに意図的に起こした現象だ。

 

「しまっ!?」

 

驚愕に一瞬身を固めた一誠が事態の深刻さと相手の意図に気付き、その場を離れようとする。だが、その一瞬の硬直が命取りだった。

 

煙幕を突き破って1本の光の槍が飛来する。それに何とか気付いたものの回避するような時間と距離は一誠には残されていなかった。

 

ドシュッ!

 

槍が一誠の左足に突き刺さる。ジュゥウウ、という肉が焼ける音とその余りの激痛を知覚したのはほぼ同時だった。

 

「がああああああああああぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!???」

 

かつて感じた猛毒(ひかり)の痛み。その何倍もの痛みを受けた一誠は、動き出そうとしていたことと相まって地面を転がってしまった。その様を無様なものだと思ったのだろう。晴れてきた煙の向こう側からレイナーレがその顔に嘲笑を貼り付けて歩いてきていた。その歩みには最早一誠への警戒など微塵も感じられない。

 

「悪魔にとって光は猛毒。ふふふ、所詮下級であるあなた如きでは一撃でも喰らえばそれで即戦闘不能なほどのダメージを負うわ。ま、所詮クズはクズなのよ」

 

レイナーレの手に光が集っていく。今までは弾幕を張るために1つの密度を薄くしていたのだろう。その手にこれまでよりも濃い密度の光の槍が形作られていく。

 

と、レイナーレが眼をしばたたかせた。少しばかり呆気に取られた様子の彼女の目の前では、一誠が地面に手をついて何とか起き上がろうとしている。少し動いただけでも激痛が起こるのだろう。その歯は音がする程に食い縛られている。

 

「へぇ・・・・・・。まだ動けるなんてちょっと意外ね」

 

「がああああぁぁぁぁぁっ!!」

 

多少の感心の色を載せられた言葉。その言葉を遮るように大声を上げながらも何とか一誠は立ち上がった。息は荒く、たった一撃で途轍もないほどに消耗しているのが見て取れる。

 

「でも、ま」

 

再び嘲りの形に吊り上っていく唇を隠しもしないで一誠の足へと視線を向ける。その両足はがくがくと震えており、立ち上がっているだけで限界だとレイナーレに知らせてくれている。

 

事実、限界だったのだろう。腰が抜けるように一誠はストン、と膝から崩れ落ちた。なんとか上半身を落とさずには済んでいるものの、膝立ちの姿勢のまま動かない自らの足へと苛立ちの視線を向けることしか出来ないでいた。

 

「くそっ! 動けっ! 動けよっ!! じゃないとあいつを殴れないんだっ!!」

 

「それ以上は何も出来ないでしょう?立ち上がることが出来ただけ褒めてあげるわ」

 

そう言うレイナーレの口は相変わらずの冷笑を浮かべており、その言葉が上辺だけのものであるということを否が応でも分からせる。

 

右手を後ろへと振りかぶる。弓を引き絞るにもにたその動作は事実、その右手の平で輝いている槍を発射するためのものだ。

 

「あなたにだけに時間を掛けられないの。さっさと死んで頂戴」

 

「ちくしょォォォォォッッ!!!」

 

レイナーレがその右手を大きく振るった。オーバースローで放たれたその光の槍は一誠目掛けて真っ直ぐに突き進む。コンマ秒の後には今までの中で最大の威力を持つ光鎗が一誠の目の前にあった。

 

引き伸ばされる時間間隔。かつての時と同じ現象。つまり目前に「死」が迫ったことによる走馬灯。そんな中、「死」を目前にした一誠の胸中に浮かび上がったのは、それでも自身の無力に対する悔しさだった。

 

(くそっ! 俺はまた何も出来ないのか? 結局アーシアを助けられたのは翔や木場、小猫ちゃんのおかげだ。俺は何も出来てない。これじゃぁ、あの時アーシアを連れ去られた時と同じじゃないか! 別にこいつを殺したいってわけじゃない。ただ、ぶん殴って、俺とアーシアの痛みを分からせるだけで良かったんだ。それすらも出来ないのか?・・・・・・力が欲しいんだ。相手を痛めつけるためのものじゃない、自分の思いを貫き通せるだけの力が――――――!!)

 

槍が少しずつ迫ってくる。しかし体はピクリとも動かせない。それでも動き続ける頭の中で、一誠は強くそう想った。

 

――神器(セイクリッド・ギア)は想いに応えてくれる。

 

ならば、これだけ強く、深く、重く想いを抱いている一誠に、神器が応えてくれないわけが無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――まったく、手荒い目覚ましだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

気付いた時には、目の前の光景が一瞬で変貌を遂げていた。

 

薄い電光で照らされた祭儀場も、床に刻まれた魔法陣も、その周囲で気絶していた神父たちも、漆黒の羽根を持つ堕天使も、目の前に迫っていた光の槍も無く。

 

ただ只管に、赤く、朱く、紅い景色が広がっていた。

 

空からは朱の光が薄雲を越えて辺り一体を照らし出している。その光を受けた茜雲が空を全て覆い尽くしており、それが地平線の彼方まで続いていた。

 

赤土で出来た荒野広がっている。その見た目通り養分は少ないのだろう。草木は一本たりとも生えていない。

 

だが、それらと比べても尚異彩を放っているものがあった。

 

この赤に染まった世界よりも一層濃い紅色をした鱗。鋭さを隠しもせずに主張している5爪の手と、それを支える丸太よりも太い腕。その巨体を支えている足は逞しいなんてものじゃない。

 

視線を上に上げてみると、まず目に付くのは巨大な翼だ。広げればどれくらいになるだろうか?少なくとも30メートルはいくだろう。

 

そして顔。赤く染まった凶悪な瞳。何本も生え揃っている角がその凶悪さを更に増している。その顎は何者をも噛み砕くほどに強靭そうで、その上の牙は何物をも噛み千切る程に鋭そうだ。

 

伝説上でしか知らない存在。紅い(ドラゴン)一誠の目の前(そこ)に居た。

 

『よう。初めましてだな。今回の相棒。やっと話しかけることが出来たな』

 

「何だって? 相棒?」

 

ドラゴンが口を開いた。口から漏れる声は重厚で、聞くものへと畏怖を抱かせる。

 

だが、一誠は何よりもその内容に疑問を抱いた。いや、その内心は疑問で一杯で、相手に畏怖を抱いて萎縮するだけの余裕が無いとも言える。

 

『俺が何者か?ここはどこか?そしてお前の神器の能力とは?全て説明してやりたいところだが、生憎と時間が無い。この精神世界に居たとしても外の時間は変わらず流れ続けているからな。大分ゆっくりと、だが』

 

話が届いたのが命の危機の時とは。まったく、今回はついていないな。いや、ある意味で不幸中の幸いか?そう漏らした後にそのドラゴンは一誠へと続けた。

 

『だが、言われなくても理解できていることがあるはずだ。お前の本能が教えてくれているだろう』

 

そう、言われなくても一誠は何となくで理解できることがあった。それはまるで、赤子が呼吸の仕方を教えられなくても自然と出来るように。

 

神器(セイクリッド・ギア)とは人の魂に宿るものだ。ある意味で魂の一部になるとも言える。故に、その使い方は自然と理解できる。そう、その身の動かし方を本能で理解出来るのと同じだ。

 

一誠は声には出さずに頷いた。その瞳は先ほどまでの悔しさと無力感に染まったものとは違う。必ず勝つという強い光が宿っていた。

 

その様子にドラゴンは満足気な顔になってみせる。その位じゃないと自分の相棒に相応しくない、と言いたげな顔だった。

 

『さぁ、吼えろっ!! 叫べっ!! お前の神器の名は――――!!!』

 

景色が入れ替わる。再び地下の祭儀場へと戻ってくる。眼前には光鎗。その向こう側には勝利を確信した堕天使の嘲笑があった。

 

絶体絶命の危機。しかし、一誠は先ほどとは違い臆しはしない。無力感にも苛まれない。何故なら、負けるはずが無いと確信しているから。自らの神器の名前と、使用方法を自ら覚ったから。

 

 

 

 

「起きろっっ!!! 赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)ッッッ!!!!!!」

 

『Dragon booster!!』

 

 

 

 

一誠の体からドラゴンの紅いオーラが溢れ出す。それに後押しされる形で左腕を振るった。ただそれだけのことで、堕天使のトドメの一撃が砕け散る。その左腕の篭手の宝玉には「Ⅰ」と浮かび上がっていた。

 

一誠が左腕でいまだに左足に刺さったままの槍に触れた。肉が焼ける感触と激痛が全身を走るが、無視して光の槍を抜くと、先ほどは出来なかったはずの「立つ」という行為を行った。

 

「何っ!?」

 

レイナーレは驚愕による動揺から抜け出せずにいた。その動揺の理由は幾つかある。

 

もう抵抗の力も無いと思っていた一誠が動いたこと。

 

自らの渾身の一撃が呆気なく砕け散ったこと。

 

一誠が光の槍を力ずくで抜くという荒業をやってのけたこと。

 

立ち上がり、闘志を剥き出しにしている眼で自分を睨んでいること。

 

そして何より。

 

赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)ですって・・・・・・!?」

 

それは、裏の業界において知らぬものの居ない名前。力の塊とも称されるドラゴンの中でも、更に頂点から数えたほうが早いほどの実力を持つものを封じた神滅具(ロンギヌス)

 

『Boost!!』

 

と、地下の密閉空間に響き渡ったのはそんな機械音声。その音と共に一誠から感じられる力がまた大きくなる。それを感じ取ったレイナーレは素早く動き出した。その両手へと光を集めて槍を形成射出する。

 

(まずい! もし本当に伝え聞いた通りの能力を持っていたなら・・・・・・!! 速攻で倒す!! それしかない!!)

 

が、その思いとは裏腹に槍は当らなかった。1本目、右手から放たれた槍をフラフラとした足取りながらも右に移動することでその射線上から逃れる。2本目、そうすることで目の前に迫ってきていた槍を左手の篭手を用いて弾き落とす。

 

2秒後には、無事な姿の一誠と、その左側を通り過ぎていく1本の光の槍があった。

 

「ッ!? この!!」

 

その光景にレイナーレは余計に焦燥を募らせる。そうすることでまた時間を無駄にしてしまった。その事実がより一層レイナーレを駆り立て、焦りを感じさせていく。そんな負の循環にレイナーレは嵌まってしまった。

 

焦りを募らせるレイナーレは光の槍を連射した。しかし、焦りに染まったせいだろう。その狙いは甘く、一誠に当るものは実質のところ少なかった。一誠はその僅かなものを回避し、弾いていくだけでよかった。

 

「くっ!? 何で当らないのよ!? 当りなさい!!」

 

そんな風に焦燥感を感じているレイナーレとは対照的に、一誠の頭の中は冷えていた。あの光の一撃は一誠の体力をほぼ根こそぎ奪っていったが、だからこそ逆に今までの修行の日々を思い出すことが出来、それが一誠を冷静にさせていた。

 

(サンキュー・・・・・・!! あの修行がなかったら無理だった・・・・・・!!)

 

ボロボロになり、体力の限界まで振り絞りながらも猶も続く回避・防御訓練。あれらが無ければ確実に被弾していたと、一誠はそう自らの師匠に感謝した。

 

そして、一誠にとっては永遠と思えるほど長く、レイナーレにとっては須臾と感じるほど短い10秒が終わりを告げた。

 

『Boost!!』

 

またもや上がる力。篭手の宝玉に浮かぶ数字がⅢになっていることをチラリと確認した一誠は、勝負に出ることにした。

 

逆に、このままだと勝ち目が無いと判断したレイナーレ。その身を翻させて、逃走を図ろうとした。

 

『Explosion!!』

 

瞬間、眼を眩ませる光と共に、上級悪魔程の力が一誠から溢れ出す。倍加の途中で不安定だった力を、倍加をストップさせ安定させることで限界まで引き出せるようになった結果だ。

 

その力の大きさを確認したレイナーレは動揺を顕わにしながらも、地上へ続く階段目掛けて翼をはためかせた。それを眼にした一誠は逃すまいと怪我の無い右足へと力を込め、地面を蹴り前へと加速した。踏み抜かれた地面は陥没しており、一誠の踏み込みの強さを物語っていた。

 

動揺し、意志薄弱なまま逃走しようとしているレイナーレ。

 

覚悟を決めて、前だけを見据え、力一杯前へと踏み出した一誠。

 

一誠がレイナーレへと追いついたのは、必然と言えた。

 

階段を目の前にして一誠の右手がレイナーレの左腕を掴んだ。ギリギリという音を錯覚するほどに力強く握られたその腕を離すことは、レイナーレにはもう出来ない。

 

「な、なんでっ! くそっ! わた、私は崇高なる堕天使なのよっ!? 下級悪魔風情に負けるわけが――!?」

 

「うおおぉぉぉぉぉっっっ!!!!」

 

相手の言葉を遮り、雄叫びを上げながらも、その脳内で今までの教えを反芻しながら一誠は左拳を突き出した!

 

――小指から順番に握りこんで拳を作り

 

――手の甲と腕が真っ直ぐになるように

 

――引き手と突き手は後ろで滑車に繋がっているように同じだけ動かし

 

――内側へと捻り込むようにして、打つべし!!

 

「正拳突きっっ!!!!」

 

ドゴンッ!!という轟音が地下の教会に響き渡った。浮遊していたレイナーレを打ったために、上段突きの様相を呈していたその正拳は、まだまだ拙いところを残しながらも、今までのなかで一番の出来と一誠自身に感じさせた。

 

腹へと叩き込まれたその衝撃が、レイナーレの体の中を蹂躙する。その暴虐の嵐はレイナーレの意識を容易く吹き消し、またその体を地上目掛けて吹き飛ばした。

 

その上昇は留まることを知らず、ついには地上階の聖堂までたどり着いた。それでもなお勢いは止まらず、数メートルの高さまで上がった後、放物線を描いて落下。ゴロゴロと地面を転がり、教会の聖堂の扉付近に辿りついたことでやっとその動きを止めた。

 

気絶している堕天使が地下から飛び出してきた。その瞬間を見ている者たちがいた。アーシアをリアスと、何故か一緒にいた翔に預け渡してきた木場と小猫である。

 

2人は顔を見合わせた。そうして互いに頷くことで意思を確認しあう。言葉にすることなく自分たちの役割を確認しあうと小猫は地下へと続く階段の方へ。木場は自らの主を呼ぶために再び扉を開いた。

 

地下へと続く階段を駆け下りていく。少しの時間も惜しいと数段飛ばしで降りていった。そうして下りきった小猫が目にしたものは、怪我のせいで立ち上がれないながらも、やりきった満足感に身を震わせ喜んでいる一誠の姿だった。無事だったことに安堵の息を漏らす。

 

「・・・・・・先輩」

 

「あっ! 小猫ちゃん!」

 

小猫の声を聞いた一誠は、その顔に満面の笑みを浮かべて振り返った。そうして、右手でピースを作る。それだけで一誠の次の言葉の内容が察せられた。

 

「やったぜ! 俺、堕天使に勝ったんだ!」

 

「・・・・・・はい。凄いです」

 

それは心の底からの賞賛の声だった。神器の力があるとは言え、悪魔になって数週間のものが中級堕天使を打倒した。それも、悪魔としても格闘者としても才能に乏しいものがだ。快挙と言っても過言ではなかった。

 

小猫は知らず知らずのうちに微笑していた。普段無表情で滅多に見ることが出来ないその笑顔に一誠は思わず数瞬の間見惚れてしまうも、首を振って正気を取り戻した。

 

何とか正気を取り戻した一誠はある事実を思い出し、興奮した様子で口を開いた。それは、どうしても解けなかったなぞなぞが解けた時の子供のような無邪気な興奮だった。

 

「そうだ! 小猫ちゃん! 聞いてくれよ! 俺の神器の正体がわかったんだよ!」

 

「・・・・・・先輩の神器?それって――「赤龍帝の篭手《ブーステッド・ギア》ね」」

 

後ろから聞こえた声に小猫が振り向き、一誠が視線をそちらへと向けた。声からもわかっていたことだが、そこにはリアスが居た。その後ろには彼女を呼びに行った木場、そして4人の堕天使を担いでいる翔、そしてしっかりとした足取りで歩いているアーシアが居た。祭儀場へと入って来た彼らは、そのまま一誠の周りへと集まる。ついでとばかりに翔は担いでいた堕天使(おにもつ)をポイッとばかりに床へと落とした。ひどい扱いだが、誰もそのことにはツッコまなかった。唯一アーシアだけが微妙そうな顔を向けていたが。

 

「部長、それに翔も・・・・・・。ていうか部長、俺の神器の正体わかってたんですか?」

 

「確証はなかったのだけれどね。今回の件でそれが事実だと――あら?」

 

と、リアスが一誠の怪我に気付いた。手で押さえているだけのその左足からは、未だに血が流れ出ており、床に血溜まりを作り出していた。

 

「一誠、あなた怪我してるじゃない」

 

「え? ああ、はい。名誉の負傷ってところ「本当ですかっ!?」っ!? アーシア?」

 

一誠が罰の悪い顔をしていると、大声を上げてアーシアが一誠の前へと躍り出た。一誠の怪我の具合を確認すると、その顔を悲壮に歪めながらも強く声を出す。

 

「見せてください!」

 

「あ、うん」

 

その剣幕に思わず頷いた一誠だったが、次の瞬間には体を翠の光が覆っていた。その発生源は眼を閉じ集中しているアーシアの手元。神器「聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)」の回復の効果を持つオーラだ。

 

そのオーラによって急速に体が癒されていく。アーシアが閉じていた眼を開けた頃には傷は完全に塞がってしまった。疲労感は変わらず残っているものの、痛みは綺麗さっぱりと無くなった。

 

「・・・・・・これで治ったと思います」

 

「ありがとう、アーシア。大分楽になったよ」

 

「どういたしまして。でも、今度からは、こんな怪我をしないように気をつけてくださいね?」

 

心底心配そうにアーシアは言う。心優しい彼女にしてみれば、誰かが怪我を負うところなど見たくはないのだろう。それが、自分を助けるために負ったものだとしたら尚更。そのことを理解していながらも、しかし一誠は「応」とは応じられないのであった。

 

「いや、今回みたいにアーシアが危険な目にあったなら、自分の怪我なんて気にしちゃいられない」

 

強い意志を眼にも込めて、一誠はそう断言した。友人が危機に陥っていたら、自分の命を賭けてでも助けに行くという意思がそこには込められていた。

 

そんな視線を向けられたことの無いアーシアはむず痒いような気持ちを覚え、そこであることに気付いた。アーシアは元々治療のために一誠の近くまで寄っていた。そして、一誠はそんな状態から更に前にのりだすようにして自らの気持ちをアーシアに伝えたのである。

 

すると、どうなるか。自然、一誠の顔がアーシアの顔の至近距離にまで達した。当然こんなに男性と接近することなど無かったアーシアは顔を羞恥に染める。その様子を見て自分の仕出かしたことに気付いた一誠の顔も朱に染まった。

 

しまった、離れないと――そう思う一誠の意思とは裏腹に、視線はアーシアの顔を捉えて離さない。アーシアも同様なのか、一誠を真正面から見つめていた。

 

「イッセーさん・・・・・・」

 

「アーシア・・・・・・」

 

まるで魔的な何かに魅入られたかのように動くことが出来ない。――そういえば今は自分が悪魔なんだからこの場合魅入られたのはアーシアなのか?――そんなどうでもいいことが片隅に思い浮かんだものの、思考が正常に戻ることは無く。蕩けた思考のまま、顔がアーシアの方へと近づいていき――

 

 

 

 

 

「ゴホンッ!!」

 

 

 

 

 

そんな咳払いが、唐突に出来上がった桃色空間をぶち壊した。

 

その音で現実に帰ってきた2人は素早く距離を取り、視線を相手から外した。しかし、それでも相手が気になるのか。チラチラと互いに相手のことを見ては視線が絡み合い、また視線を外して、ということを繰り返していた。

 

そんな2人の様子に周りのものは皆「青春してるねぇ(してますね)」と思ったが、生暖かい視線を向けるだけに留めておいた。それよりもやるべきことがある。

 

「それで一誠、この堕天使はどうするのかしら?」

 

「どうするって、どういうことですか?」

 

一誠は首を傾げて、頭の中を疑問符で一杯にした。それはポーズではなく、本当にリアスの言っていることの意味を捉え切れなかったが故のことだ。

 

その様子を見て、この前翔に言われた「一誠は未だに悪魔としての常識を身につけていないし、身につけられるような時間も無かった」という言葉を思い返し、リアスは言葉を付け足すことにした。

 

「この堕天使に対する処分よ。これはこの堕天使を打倒した一誠と、被害を受けたアーシアが決めるべきことだと思って」

 

「処分・・・・・・」

 

それはつまり殺すかそうではないかということだろう。一誠はそう受け取り、そしてそれは正しかった。

 

一誠は自分では決めかねた。故にアーシアはどうなのだろう?とそちらへと振り向いた。

 

アーシアは視線で強く「一誠さんへとおまかせします」と言っていた。それは決断を人に委ねる、ということではなく、自分には言う資格が無いと判断してのことだった。

 

その視線を受け取った一誠は思案する。レイナーレをどうするか?頭を振り絞って考えて見るものの・・・・・・

 

(つってもなぁ・・・・・・)

 

正直、レイナーレをぶん殴れた時点で大分満足してしまっている。その先のことなど考えていなかったので、どうするのか決めかねた。

 

と、その時、一誠の眼がある人物を捕らえた。床に倒れっぱなしになっている神父たちを、木場とともに縄で縛っていっているその人物は、自らの師匠だった。

 

そう言えば、と一誠は思い出す。翔は、どの勢力も見つけたら即討伐してしまうはぐれ悪魔を殺すのではなく捕縛していたな、と。

 

どうしてだろう?そう疑問に思った一誠は、翔の答えを参考とするべく声を掛けた。「なあ、翔。どうして、翔ははぐれ悪魔を殺さなかったんだ?」と

 

その問いを受けた翔はどう答えようかと思考する。どのような答えならいいだろうか?

 

正直、1から説明することは出来る。武術の原点である護身。逆に最果てである人体の効率的な破壊。それぞれを突き詰めた活人拳と殺人拳というもののことを。。

 

けれど、それを言葉にしたら自らの信念が薄っぺらくしか伝わらないような気がした。そういうのは自らの生き方でもって示していくことで、言葉で得意げになって語るようなものではないと翔はそう思っている。白浜兼一が、自らの師匠の生き方からそれを学んでいったように。

 

だから、翔は簡潔に、けれども、この場にいる全員に伝わるように言葉を選んだ。そして、こう言った。

 

「自分で、そういう生き方を貫き通すと決めたからだよ」

 

そうか、と一誠はそれで納得した。納得させるだけの言葉の重みというものがあった。それは今までの人生において、どれほどの激闘、難敵であっても実際に命を奪い取ることなく勝ち続けてきた男が放った故の重さだった。

 

だから、だろう。一誠が師匠であり、親友でもある男のことを「格好いい」などと思ってしまったのは。

 

(たく。そんな姿見せられたら、こっちまで格好つけたくなるだろ)

 

翔のその言葉で、一誠の腹は決まった。元より、一誠は先ほどの勝負に勝った時点で今までの恨み等を晴らしてしまっているのだ。これ以上何か制裁を加えたら、それは格好良くない、と一誠は感じた。

 

故に、一誠が出した結論はこうだった。

 

「しかるべき場所で、しかるべき人が裁いてください。それが俺の意思です」

 

その言葉にリアスは苦笑する。ある意味、それは予想していた言葉だった。サーゼクスから翔のことを詳しく聞いていた時点で、こうなることは分かっていたのかもしれない。だからこそ、懐に置いておくべき女王(クイーン)たる朱乃をサーゼクスとの連絡や神の子を見張る者(グリゴリ)との調整をさせるために部室に待機させておいたのだから。

 

随分染められているわねぇ、と思いながらも、その変化をどこか好ましく思っている辺り、自分も毒されちゃったかしら?とリアスは内心思った。

 

「そうね。それじゃぁ、堕天使たちはサーゼクスさまを通じてグリゴリへと返還。向こうに対応を決めてもらいましょうか。悪魔祓いは人間の機関じゃ裁けないし、冥界の刑務所に入ることになると思うわ」

 

「つまり、どういうことなんだ?」

 

リアスの言葉を受けて即座に疑問の声を向けてきた一誠に苦笑しながらも、翔は答えた。

 

「つまり、問題は残っているものの、取り合えずは一件落着、ということだよ」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

その後の話をしよう。

 

結局、グレモリー領で騒動を起こしたのは、あの4人?の堕天使の独断らしく、彼らは力を封印された上で地獄へと収容されることになった。どこの地獄か?残念ながらそんなことを覚えるのに脳の容量を裂くほど翔はお人好しではない。ちなみに一誠は悪魔の常識を覚えていかなくてはならないのでそんな余分なものを覚える余裕はない。哀れ堕天使。

 

そんな、少なくとも一誠と翔にとってはどうでもいいことの他に、彼らにとっても大きな出来事が2つあった。

 

その内の1つが、今一誠たちの目の前で挨拶をしている。

 

「というわけで、私の僧侶(ビショップ)となったアーシアよ」

 

「アーシア・アルジェントです! どうぞよろしくお願いします!」

 

そう、アーシアのリアスの眷属化だった。

 

――あの後、アーシアはその所属をどうするかが問題となった。

 

アーシアの保有神器である聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)は人だけでなく悪魔や堕天使を癒すほどの強力な神器だ。生憎と、そんな彼女を放っておくような真似は3勢力のどこもしない。

 

一度命を取られそうになった堕天使陣営には心情的にもういられない。教会はもう追放されている身だ。故に、悪魔であるリアスの庇護下に入ることとなったのだ。

 

――最も、それだけでは眷属化する理由などなく。それら全てが建前で本当は一誠の傍にいたいからだと、一誠以外の全員が気付いていた。が、トラウマとかそんなの関係なく元から朴念仁の気があった一誠は毛ほども気付いていない。

 

そんなアーシアは現在、オカ研部室でオカ研メンバー+αに現在の状況――一誠の家にホームステイしており、駒王学園へと通うための準備をしていること――の報告と、これからよろしくと言う旨の挨拶をしていた

 

挨拶が終わり、オカ研部室に集まっている全員――オカ研メンバーと黒歌――がアーシアに歓迎の言葉を投げかけている中、一誠は自分の左隣で物騒な会話が交わされているのを聞いた。

 

「アーシアさんか、これはありがたいですね」

 

『ああ。筋肉痛を癒したら修行にならないからそれは出来ないが、それ以外の怪我なら即座に治すことが出来る。つまり、』

 

「もっと無茶な修行が出来る、というわけですね。いや~想像が膨らむなぁ」

 

『そうだな。お前の修行方法は一見無茶苦茶に思えてその実合理的だ。長年赤龍帝の相棒としてその修行を見てきた身ではあるが、感心することも多い』

 

「いやいや、そういうあなたこそ、長年の経験に裏打ちされた修行メニューの組み立ての正確さは尊敬に値しますよ。それはともかく、――――なんてどうでしょう?」

 

『いいんじゃないか?それに更に――――なんて加えてだな』

 

「なるほど! それなら――――の要素も組み合わせたらもっと・・・・・・」

 

そんな風に自分の修行(かいぞう)計画を自分に聞こえるところで話す彼らについに一誠が爆発した。

 

「だあああああ!! そういうのは俺の聞こえない所でやってくれ! なんで自分がいずれ受けさせられる拷問(しゅぎょう)の内容を聞かなきゃならないんだ!」

 

まるで刑の内容を自分で選択させられることになった死刑囚のような気分になった一誠がげんなりしながらツッコんだ。

 

それにキョトンとしながら答えたのは、ご存知一誠の師匠の翔と、

 

「そうは言っても、ねぇ。ドライグさん」

 

『そうだぞ、相棒。俺は相棒から離れられないんだから仕方ないだろう』

 

かつては二天龍の一角、赤き龍の帝王(ウェルシュ・ドラゴン)と称されており、現在は赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)に封印されているドラゴン、ドライグだった。

 

「そうかもしれないけどさ・・・・・・」

 

がっくりと項垂れながら一誠は思った。それでも、精神攻撃に晒されている状態を仕方ないで済ませたくねぇ、と。

 

そうやって項垂れていると、一誠の服がチョンチョンと引っ張られるのを感じた。そちらに視線を向けてみると、心配そうな顔したアーシアが居た。

 

「イッセーさん。大丈夫ですか?どこか調子が悪いんですか?」

 

どこまでも相手のことを気遣い、思いやれる優しさ。それは誰にでも持てるものではなく、ある意味ではアーシアの才能と言ってもいいだろう。そのことを一誠は再確認した。

 

(あぁ、確かにきつい修行だったけど、アーシアを助けられたんだから、それも良いやって思えちまうんだよなぁ)

 

そう考えると途端に何だかやる気がメキメキと湧き出してきた一誠。それを感じ取った翔は嬉しそうに破顔して一誠にこう告げた。

 

「お、何だかやる気が出たみたいだね。それじゃぁ、今日の修行はいつもより厳しめで行こうかな!」

 

「それは勘弁してください」

 

そんなある種の死刑宣告に一誠は思わず敬語になって懇願してしまい、その様子を見たオカ研部室は笑いで満たされるのだった。

 




副題元ネタ・・・蒼天の拳

大変お待たせしてしまいました。そして今までで一番長くなってしまいました。20000文字です。書き終わった後に思わず2度見してしまいました。

今回は原作との相違点が2つ出てきましたね。

1つ目がアーシア生存。2つ目がこの時点でのドライグ覚醒。

1つ目の理由は、一誠達が助けに行った時間が原作より早かったから、となっております。

原作だと「月が出てる」のに対して、拙作は「逢魔ヶ時」ですので。こんな原作読んでないとわからんようなクソ伏線だすなって話ですよね。

2つ目の理由は、一誠の修行が開始された時期が原作よりも早まったから、です。

原作で一誠の修行描写が見られるのは2巻になってから。対して拙作は初っ端からガンガン修行してますんで早まったってことですね。

後は強い思いが故にで。つまり、どういうことかというと・・・・・・

こまけぇことはいいんだよ! です

だって、D×Dって細かいところ突いていったらツッコミどころに限が無いし・・・・・・

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