ハイスクールDragon×Disciple   作:井坂 環世

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前回の続き、一誠修行回です!

何気に今回が今までで一番文字数多かったです^^;


5 タンレン――TANREN――

「これが、俺の神器(セイクリッド・ギア)・・・・・・」

 

一誠は自らの左手に現れた篭手を見て呟いた。

 

関節の動きの邪魔をしないようにされた作り。手の甲には大きな翠の宝玉が取り付けられており、一際目を引いている。リアスの髪とはまた違う、真っ赤な色が印象に残るガントレットだった。

 

「そうよ。神器は一度発動させると、それ以降は自分の意思で出し入れできるわ。試してみなさい」

 

そのリアスの言葉通りに一誠は篭手を仕舞おうと心で念じてみた。暫く念じ続けていると、光の粒子のようなものへと変化し、一誠の中へと吸い込まれていったのだった。その現象を見た一誠は興奮に包まれる。

 

「すっげぇ!本当に俺に神器ってやつが宿ってたんだなっ!」

 

一誠は諸手を挙げて喜んでいる。やはり思春期の男子高校生。何かしら人とは違う特別な物に憧れたりするのはしょうがない部分もあるのだろう。どうやら神器が原因で元彼女に殺されかけたというのは喜びの前に忘却されてしまっているらしい。

 

オカ研メンバーはそんな一誠を見て微笑ましそうにしている。唯一小猫だけが変わらずに手元の和菓子を黙々と食べ続けていた。

 

「それで、俺の神器の能力って何なんですかね?」

 

「それは今後調べていく予定ですわ。大体の見当はついているのですが、固定観念を与えるのもいけませんしね」

 

「そうなの?」

 

「うん。神器っていうのは心や感情に大きく影響されるものだからね。固定観念があるとその通りの力しか発揮できなかったりするんだよ」

 

神器保有者でもある木場が忠告する。神器とは確かに固有の能力を持っているものだが、宿主の思想や感情にしたがって変化していくものであることも事実なのだ。

 

そんな風にオカ研メンバーは一誠に神器についての細かい説明をしていく。小猫は次の和菓子の包装を開けようとしているところだった。

 

トントン

 

「風林寺です。入ってもいいですか?」

 

そんな時、部室にノックの音とその主の声が扉の向こう側から聞こえてきた。特に入れない理由も無いので木場が扉を開けにむかう。

 

「いらっしゃい」

 

「失礼します」

 

木場の歓迎の声に答えたのは翔だった。彼が入って来た瞬間、オカ研メンバーの顔が何とも言えないものへと変わっていく。先ほどの翔への推測が効いているのだろう。

 

「お邪魔するにゃ」

 

翔の後に続いて黒歌が部室に入って来た。黒歌の顔を見た瞬間、小猫の眉間に盛大に皺が寄っていく。普段から無愛想な無表情ではあるが、今は不機嫌であることが誰の目からみても明らかだった。

 

「や、皆さん。昨日振りですね」

 

「え、えぇ。そうね」

 

オカ研メンバーに向かって翔が片手を上げて挨拶をした。リアスは引き攣りそうになる口の端を何とか押さえて挨拶を返す。この一見人の良さそうな表情をしている少年が修行になると鬼コーチに変化するのが信じられないようであった。

 

また、黒歌の登場によって小猫の機嫌が急降下していっていることもまた、リアスの顔が引き攣っている原因であった。確実に部屋の雰囲気が悪くなっていっている。それなのに何故翔が平然としていられるかリアスには不思議でしょうがなかった。

 

「さて、兵藤君。時間も押してるし、修行に入ろうか」

 

「え!?またやるのか!?」

 

翔のその言葉に一誠は疑問の声を上げた。正直言って朝の修行だけで一誠はお腹いっぱいなのだが・・・・・・。

 

「当たり前じゃないか。朝のじゃあ「空手」の「か」の字も出てきてないよ」

 

「そ、そうか。」

 

「じゃ、この道着に着替えてね~。外で待ってるから」

 

そう言い残し、翔は部室を出て行った。一誠の手には先ほど翔から渡された袋がある。中に道着が入っているのだろう。

 

ピシャリっ!と扉を閉める音がする。まるで嵐のように来て、去っていった翔に部室の中に居た皆が声を出せずにいたのだった。

 

ポン、と肩を叩かれたのを感じて一誠は振り返った。その手の主は木場。その木場の「諦めるしかないよ」と言いたげな笑みを見て、一誠は盛大に肩を落としたのであった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

旧校舎の裏側、林と校舎の間の広場。中々の広さを誇っているそこで翔は修行のための準備をしていた。木の棒に縄を巻き付けた巻き藁を地面に刺している。そんな翔に近づいてくる足音が複数聞こえてきた。

 

「翔~。これでいいのか?」

 

一誠が翔に近寄りながら聞いてみる。彼の後ろにはオカ研のメンバーと黒歌が居た。

 

「お、結構似合っていると思うよ」

 

「へへっ。そうか?」

 

自分の格好を褒められた一誠は照れくさそうにした。一誠はこれまで容姿に関して褒められた経験が少ないので、翔の真っ直ぐな言葉にはむず痒いような感覚を覚える。

 

一誠は自分の格好を見下ろしてみる。厚手の布で作られた道着とそれと対になるズボンを履いている。帯は初心者を表す白色だ。普通道着の胸の部分には道場名が、帯の先端には名前が刺繍されているものなのだが、この道着は無地のままであった。さすがに1晩ではそこまで準備は出来なかったのであろう。

 

「皆さんも着いてきたんですね」

 

「どんな修行をしているのか興味があるもの。存分に見させてもらうわよ」

 

「かまいませんよ。面白いとも思えませんけどね」

 

一誠の後ろから着いて来ていたリアス達に確認をとる。どうやら自分の眷属のことなので放置をする気は無いようであった。

 

「で、どんな修行をするんだ?」

 

「まずは体を痛めないように柔軟からだよ」

 

「え゛」

 

一誠の顔が盛大に引き攣った。朝の拷も、もとい、柔軟を思い出しているのであろう。またあれをやるのか!?と、一誠はげんなりとするのだった。

 

「別に今回は常識的な柔軟だよ。朝のあれは一誠君の体をなるべく早く柔らかくするための荒療治だったんだから」

 

と、一誠のそんな気持ちを察したのか翔が苦笑いをしながら訂正した。その言葉に一誠はほっとして大きな溜め息を吐き出す。後ろのリアス達もほっとしているようであるらしかった。

 

「よ、よかった~」

 

「じゃぁ、こっちに来て。家でも出来るようにちゃんと教えるから」

 

一誠は翔の言葉に従い傍にいく。そうして腰を下ろした。脚はぴったりと揃えて前へと伸ばしてある。その状態から翔に背中を押されてゆっくりと前に体を曲げ始めた。所謂長座体前屈の姿勢である。

 

と、一誠があることに気が付いた。今までの体育の授業などで体を曲げている時などに比べて、明らかに体が柔らかくなっているのだ。

 

「おぉ、すげぇ。俺ここまで体を曲げられたの初めてだ」

 

「だから、さっき言ったでしょ?朝のは一誠君の体を最低限戦闘に耐えられるくらいに柔らかくするための、特別な整体法だったんだよ。僕の師匠から教わった特別製だよ」

 

その言葉に一誠は驚いていいやら呆れたらいいやら。何にせよ、どうやら子猫の予想は当っていたらしい。

 

次は脚を開いての前屈だ。決して翔は一誠の背中を早く押す出すことはなく、ゆっくりと押していっていた。

 

「いいかい?体を柔らかくするには継続的な柔軟が必要なんだよ。これからは修行にあんまり柔軟の時間は取られないから、自分で覚えて家でやっといてね。風呂上りにするのが効果的だよ」

 

「ん。わかった」

 

その他にも様々な柔軟を時間をたっぷり使ってやっていく。30分程は柔軟のために時間が割かれたのだった。

 

「さて、次は筋トレだね。朝は緊急で柔軟をやっていたから筋トレは出来なかったけど、これからは朝に走りこみと基礎の筋トレをやっていくから」

 

「おう!」

 

「じゃ、準備するから動かないでね~。大丈夫。初めてだから軽いものにしとくよ」

 

と、翔が一誠の体を触りだす。どうやら体の各部に色々なものを取り付けていっているようだ。腕を横に広げたまま一誠は固まるしかない。

 

「あ、ちょうどいいや。木場君も手伝って?」

 

「僕もかい?」

 

翔が木場を手招きしている。それに木場は頭の上に疑問符を浮かべながらも近づいていく。

 

「ゴニョ、ゴニョニョ、ゴニョゴーニョ、ゴニョリータ」

 

「ふんふん」

 

「ってわけなんだけど、木場君。やってくれるかな?」

 

「いいとも~、って言えばいいのかな?」

 

一誠の後ろで何かしら相談をする2人。その内容が聞こえてこないのがまた一誠の不安を一層煽るのだった。

 

そして、準備が終わり、一誠の修行が開始された。その内容とは・・・・・・

 

「ぐわ~~~~っっ!!指がちぎれるううぅぅぅぅ!?」

 

「はは。そう言って千切れた人はいないよ。大丈夫。僕も千切れなかったから」

 

「そういう問題じゃな~~~いっっ!!」

 

一誠は現在、空気椅子をさせられていた。ただの空気椅子ではない。手は横に水平に突き出され、その手に壺を持たされている。かなり大きいその壺の中にはどうやら水じゃなくて砂が入っているようだ。また、頭の上にも壺が乗せられており、いっぱいの聖水が入れられていた。もし落とせば一誠に中身の聖水が降り注ぎ、悪魔である一誠は大変なことになるだろう。

 

その膝は布で縛り付けられ固定されている。伸ばすことが出来ないようにするための処置のようだ。さらに、脇には刃物が取り付けられている。お尻の下にも西洋剣が地面に柄から突き刺さっており、刃がお尻に向けられていた。少しでも腕なりお尻なりを落とせば刃が体に刺さり大惨事になること請け合いである。

 

先ほど翔が木場に相談していたのはどうやらこの刃物と西洋剣のことのようだ。木場の神器「魔剣創造(ソード・バース)」で作られたものだ。木場も自らの生み出した魔剣がこのように使われるとは想像してなかったらしい。いつもの爽やかな笑顔はなりをひそめており、笑顔が引き攣り気味であった。

 

「じゃ、その状態で1時間ね」

 

「1時間!?無理無理!?無理だってっ!?」

 

「大丈夫。人はやれば出来るものさ。なんくるないさー」

 

あまりのきつさに一誠は抗議の声を上げる。しかし、こうかはないようだ。翔は涼しげに一誠の叫びをスルーした。近くに生えている樹の根元で読書などをしているくらいだった。

 

「初めてだから軽めなんじゃなかったのか!?これのどこが軽めなんだよっ!?」

 

「え?重りが軽めじゃないか。それに時間も短めだし」

 

「これで軽いのか!?後1時間は全然短くない!」

 

「そうかなぁ。全然短めだと思うんだけど・・・・・・」

 

翔のそのずれた感覚に一誠はついには閉口した。どうやら翔は武術に関しては常識がかなり破壊されているらしい。一誠他オカ研のメンバーはやっとその事を理解した。

 

と、一誠の腕が疲労で下がり始めてきた。しかし・・・・・・

 

チクッ

 

「いてっ!」

 

脇に取り付けられている刃物の先端が刺さりかかった。その痛みに一誠は腕を水平まで上げ戻す。一誠は刃物が刺さらないようにこの状態を維持するしか出来ないのであった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

1時間後。そこには疲れて動けなくなった一誠が出来ていた。何とか尻の穴が2つに増えるような事態は免れたらしい。

 

「さて、それじゃぁ空手の基礎訓練に入ろうか」

 

「まだ修行やるのか!?もうへとへとだぞっ!?」

 

「大丈夫。経験的に言うとそうやってへとへとだってアピール出来るうちはまだまだ大丈夫だから」

 

一誠は翔のその言葉に口を閉じるしかなかった。そんな経験したくはないなぁ、と微かに頭の片隅で考えることしか出来ないのであった。

 

翔は幼少の頃より限界ぎりぎりまでの修行をやらされている。そのため人の限界がどこにあるのか、ということは体で熟知しているのだった。また、師匠から医術の薫陶も受けているため、一誠の体が壊れそうかどうかは診ればわかる。いくら一誠がもう無理だと言っても翔からすればその限りではないのだった。

 

「それじゃ、まずは構えからだよ。空手には色んな構えがあるけど、基本的なものを1つ、まずは覚えようか」

 

その言葉に一誠は頷いた。どうやら修行といっても先ほどのまでよりかはきつくなさそうだ。その思いから一誠も素直になったのである。

 

「脚を肩幅にして、右足をちょっとだけ前に出すんだ。足は上から見て八の字になるようにちょっと内股気味にしてね。脇を締めて。腕は肘を内側に絞って、拳を肩の高さで揃える感じで・・・・・・」

 

まずは翔が見本として構えを見せる。言葉で説明をしながら、ピタリと綺麗に構えた。重心もぶれておらず、修練の後が見えている

 

「これが空手の三戦(サンチン)立ち。基本的な構えの1つで、攻防に優れた型だよ」

 

サンチン。琉球で生まれた空手の型の1つである。空手には那覇手と首里手があるが、その中の那覇手の基本的な型の1つだ。一説では船上での戦いに耐えるために生まれたとも言われており、完璧にサンチン立ちをしてみせると、かなりバランスが安定する。

 

「こ、こうか?」

 

翔の言葉と、その構えを見て翔も構えてみる。しかし、やはり見様見真似。見た目は似ていても荒が沢山ある。

 

しかし、そこを修正してみせるのが翔の仕事。師匠の腕の見せ所でもあるのだ。

 

「違う。もうちょっと腰を下ろして。股も締めるんだ。金的を防ぐためにも股を締めるのは基本なんだよ」

 

翔が一誠の構えに修正を施していく。そうしてある程度形になったところで翔は先の段階に進むことにした。

 

「その状態から両手を前に出して。そうして右手を引くんだ。左手はそのままで、右手だけ脇の横につける。手の甲を下にした状態でね。そうして・・・・・・」

 

ビュオッッ!!盛大に空気を切り裂く音がする。翔が右手の正拳突きを放った音である。その音の大きさに、一誠はその拳の威力を推し量り、戦慄を禁じえないのだった。

 

「右手を前に突き出す!拳は180度回転させて、手の甲が上を向くように。そして左手の拳は引いて、今度は左手が脇の横に、手の甲を下にした状態でくるようにする。これが空手の正拳突きだよ。じゃぁ、兵藤君もやってみて」

 

翔の言葉に頷いてから、一誠も正拳突きを放ってみる。翔の言葉通りに打たれたそれは、しかし風斬り音は発しなかったのであった。その事実が端的に2人の拳の威力と実力の差を示していた。

 

「違う違う!空手の正拳突きは、抜き手と引き手が背中の後ろで滑車で繋がっているように同じだけ動かすんだ!」

 

正拳突き1つとっても翔は丁寧に一誠に動きを教えていく。間違っているところは訂正し、正しい動きになるように手取り足取り指導していくのだった。

 

「よし、それでいいかな。じゃぁ、次は・・・・・・」

 

その後も翔は空手における基本的な動きを教えていく。

 

上段突き。腹打ち。前蹴り。金的蹴り。下段、中断、上段、各回し蹴り。さらに内回し蹴り。後ろ蹴り、後ろ回し蹴り。それら攻撃の基本動作に、下段払いや上段受け等の防御の基本動作も教え込んでいく。

 

「とまぁ、空手の基本動作はこんなところかな」

 

「ふぅ。1週するだけで結構疲れるな・・・・・・」

 

1通り基本動作を教えていったところで、翔は近くの樹の根元に置いてあった鞄をゴソゴソと探り始めた。

 

そうして取り出したのはミットであった。手に取り付けるタイプの、ボクシングやムエタイで使うようなミットである。

 

「ただ空中に出すだけじゃぁ、面白くないからね。ミット打ちもしていこうか」

 

「お、それは面白そうだな」

 

一誠の前に翔が立つ。両手にミットをつけており、ボクサーのパンチを受けるコーチのように構えた。

 

「僕が構えたところに向かって攻撃してきて。パンチでもキックでもいいから」

 

そうして始まったミット打ち。翔が人体の内、急所に当るところでミットを構え、そこに一誠がパンチやキックを打ち込んでいく。パン!パン!というミットのいい音が広場に木霊していた。

 

翔が肝臓の前の位置にミットを構える。そこに一誠がボディブローを行った。それを受けて翔は後ろに下がり、そうして今度は側面部、こめかみの位置にミットを置く。

 

「そこでハイキック!」

 

「やぁっ!」

 

パァン!といい音がなる。一誠はミットを打っていい音がなることに爽快感を感じ、何だか楽しくなってきていた。

 

「蹴った後はすぐに脚を戻して!じゃないと、ほらっ!」

 

と、そう言って翔が蹴りを繰り出す。その蹴りに思い切り軸足を刈られた一誠は、派手に転倒して尻餅をついた。

 

「いてて・・・・・・」

 

「空手のミット打ちは本来、基本の動きの確認や、実際に打ってみる修練なんだけどね。ボクシングやムエタイだと、コーチの方も攻撃を繰り出して防御のための技術も磨くものなんだよ」

 

「なるほど・・・・・・。でも前もって言ってくれてもよかったんじゃ?」

 

「そうすると修行にならないでしょ?」

 

ニッコリとイイ笑顔で言われた一誠はもうツッコムのをやめた。どうやら武術に関連したことで翔にツッコムのは不毛なことであると思い知ったらしい。

 

「とにかく、次からは僕の攻撃にも注意してね。大丈夫。一誠君が反応できるぎりぎりの速さにするからさ」

 

「お、おぅ。とにかく受けるか避けるかすればいいんだな?」

 

「うん。そうだね。じゃぁ再開だ!」

 

再びミットを打つ音が旧校舎の裏庭に響き渡る。ただし、今回はその中に混じってブォン!という風斬り音もしていた。言うまでもなく翔の攻撃の音である。

 

翔がミットを置くのはこめかみや人中、あるいは鳩尾に肝臓、あるいは脾臓などの急所や、蹴りをするのに有効な太ももや脇腹などである。

 

翔がミットの位置を動かすごとに一誠は拳を振るい、蹴りを出す。ある程度一誠が攻撃して、いい気になって防御への意識が薄くなってきたら翔はその手で攻撃してまた警戒心を高めさせるのだった。

 

「はい、そこ!」

 

「うぉっと!」

 

翔が一誠の側頭部に腕を振るう。それを一誠は先ほど習ったばかりの上段受けで止めてみせるのだった。

 

「へへ・・・・・・・」

 

ミットを打ち良い音を鳴らし、翔が時々してくる攻撃を受ける。それが上手くいっていることに一誠はいい気になっていた。ありていに言うと調子にのっていたのである。

 

そして翔がそんな一誠の機嫌のよさを見抜き、調子に乗らないように釘を刺すのは当然のことであった。

 

「せいっ!」

 

「ぐぼろぁっ!」

 

翔が前蹴りを繰り出す。今まで腕だけの反撃であったこと。また連続で反撃してこなかったことから警戒心が緩んでいた一誠はもろに受けて吹き飛ぶのだった。

 

「蹴りを出さないなんて一言も言ってないよ。後連続で攻撃しないともね。とにかく戦闘中に気を緩めることはしないこと!いいね?」

 

「ふぁ、ふぁい」

 

一誠は倒れながらも何とか手を挙げて了承の意を表すのだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

ミット打ちを続けて、一誠も慣れ始めたころ。やはり慣れると修行の効率も下がるということで、翔は次の修行に入ることにした。

 

「それじゃぁ、今度はさっきの逆。僕が攻撃していくから、一誠君は受けるなり避けるなりしてね。後、隙を見て反撃もするように」

 

「す、隙って・・・・・・。初心者には難しすぎるんじゃないか?」

 

「もし僕に一撃当てることが出来たらその時点で今日の修行終了にするから、頑張ってね~」

 

「おぅ!即効で当ててやるぜ!」

 

翔の無茶振りに最初は気の引けていた一誠も、この修行終わる宣言が出ると急にやる気満々になった。現金なものである。余程きつかったのであろう。

 

もっとも、その効果を狙っていた翔は「計画通り」と内心でほくそ笑むだけだったが。

 

「それじゃぁ、いくよ!」

 

「うぉっ!」

 

そうして繰り出される正拳突き。一誠は何とか両腕を交差することで受けることが出来た。最も、受けることが出来るような速度と威力に翔が調整している、ということもあるが。

 

「はい、次!」

 

その次に翔が出したの右足による下段蹴り。翔の左太ももを狙っている。その蹴りを、一誠は左脚を上げて脛で受け止める。

 

その後も次々と放たれる拳に蹴りの数々。一誠は何とかそれらを避けたり受けたりしていくのだった。しかし、受けるのにいっぱいいっぱいでとても反撃できる余裕などはない。

 

「ん。良い感じだよ!」

 

「そ、そうか?」

 

「じゃぁ、速度を上げていくからね!」

 

「ちょぉっとぉ!?」

 

そうして、一誠の受けられる限界のちょっと上の速度と威力で放たれていく攻撃。勿論限界を超えているそれらを受け続けられるはずもなく、一誠は次第に危ない場面が増えていく。

 

このままでは攻撃を受けてしまう!一誠はその危機感で頭が一杯になってしまう。何とか反撃をしないと、という思いに突き動かされ、一誠は正拳突きを放つのであった。

 

「隙ありぃ!」

 

「ないよ!そんなもの!」

 

しかし、やぶれかぶれの攻撃が翔に届くはずもなく。一誠はまたもや翔の蹴りに吹き飛ばされるのであった。

 

「いいかい?攻撃をするときは、きちんと目的を決めて迷いなく攻撃すること!迷いがある状態で中途半端に攻撃すると、手痛い反撃を受けることがあるからね!」

 

「ほ、骨身に染みました・・・・・・」

 

震えながらも一誠は何とか立ち上がった。派手に吹き飛ばされていたが、どうやら翔もきちんとダメージが残らないようにしていたようだ。

 

「じゃぁ、続きをいくよ!」

 

「い、いえっさー」

 

再び一誠に向かって翔が攻撃を繰り出していく。先ほどの攻撃がよほど効いたのだろう。一誠は必死の形相になって攻撃を捌くことに集中していた。拙いなりに何とか翔の拳を受け止めようとしている。

 

翔はそんな一誠を見て満足げに頷く。翔の思惑通りに一誠は防御の大切さを思い知ったようだった。

 

暫く翔が一誠を苛め、もとい、鍛え上げていると、翔は後ろから話し声がするのが聞こえた。その声が自身の最愛の恋人の物であったので、内容を聞き取ろうとしてみると・・・・・・。

 

「し、白音?ああやって新人が頑張ってるんだし、先輩として追いつかれないように白音も修行したほうがいいんじゃにゃいかにゃ?」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・ほら、1人でやるよりも複数でやったほうが修行ってはかどるものだし」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・い、今なら私も年上として何か教えられることがあると思うしにゃ?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、あの」

 

「・・・・・・うるさい」

 

「・・・・・・はい」

 

「・・・・・・後私の名前は小猫」

 

「・・・・・・今度から気をつけるにゃ・・・・・・」

 

翔は内心で苦笑いをした。どうやら姉妹が和解をするのは当分先のことになりそうだ。こればっかりは他人が口出しできることでもない。翔は今夜も黒歌さんを慰めないといけなさそうだなぁ、と今夜の予定を1つ追加するのだった。

 

「ぷげらっっ!?」

 

「あ」

 

と、翔が考え事をしていると一誠が吹き飛んでいった。前に突き出してある右拳から推測するに、思索に耽っている間も攻撃をやめることは無かったらしい。あまりの連撃についに一誠の防御が間に合わなくなっていったようだ。

 

「失敗失敗」と内心でこぼしながらも翔は一誠に組み手の続きをするように促す。夕食までの時間はあまり無い。少しも無駄に出来る時間は無いとばかりに翔はさっさと修行を再開するのだった。

 

この後も、夕食の時間となるまで翔の扱きは終わらなかったのであった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

一誠への修行も終わらせた後。家に帰り夕食を食べた翔と黒歌は自らの修行のために武術家の楽園(ユートピア・オブ・マスターアーツ)へと入っていた。翔は弟子を取るようになったが、あくまで自身も修行中の身なのである。

 

翔は現在とある男と一風変わった組み手をしていた。周りから見ればまるで組み手をスローモーションにして見ているように感じるだろう。実際、2人の動きはとてもゆっくりだった。

 

現在翔と相手がやっているのはゆっくりと自分の動きを確認しながら気当りや目線、肩の動きなどから相手の次の動きを予測し最適の対応をするための組み手だ。勿論フェイントが織り交ざっているので、読み間違えるとゆっくりとした動きであるはずなのにいつの間にか目の前に拳がある、ということも起こり得る。

 

しかし、翔ももう準達人級。達人には及ばないものの、相手も翔に合わせてくれているので何とかついていけている。かつてならともかく今は話をするくらいの余裕は出てくるのだった。むしろ話で気を引いて隙を作ろうとしているくらいである。

 

そんな翔は現在の状況について相談していた。

 

「なるほど。それで今日は私のところに来たんだね?」

 

「はい。緒方さんは達人級(マスタークラス)の中でも多くの弟子を育て上げた人ですから」

 

翔と組み手をしているのは緒方一神斎だ。闇の一影九拳の中の1人で、「流」のエンブレムを持っている。緒方流古武術という武術の達人だ。

 

そんな彼の特徴として多くの弟子を育て上げた、というものがある。それぞれの弟子の特性を理解し、それぞれに特化した「特化修練」をさせ短期間でかなりの腕に鍛えたり、また達人級でも自らより腕の劣るものを鍛え上げたりするなど、その弟子育成能力の優秀さは数々の達人の中でも際立っている。

 

翔はまだ達人級に到達していない身だが、それでも弟子を持つようになった。そのため弟子を育成する際のアドバイスを貰いに緒方のところに来た、ということだ。

 

「私は君の弟子を知らないので何とも言えないが・・・・・・」

 

「やはりそうですか・・・・・・」

 

話をしながらも2人の体は止まらない。翔の右拳が緒方の眼前に迫る。緒方はそれを受けるのではなく翔の懐に入りつつその右腕を取ろうとした。翔はそれを嫌がり、咄嗟に手を曲げて肘撃ちを繰り出すことで緒方の掴み取ろうとしてくる手を迎撃する。

 

その全ての行動がかなりゆっくりとした動きである。素人がやろうとしたら逆に全身が疲れて出来なくなるであろう。しかも緩やかながらもその動きにブレはなく、どこか美しささえ感じさせる程に洗練されている。

 

「まぁ、やはり一般的な答えを言うのなら、弟子のことを良く把握するのが大切だと思う。その弟子の身体能力、体調や持病の有無。或いはその特性、才能の方向性。最後にやっぱり人格や性格。それらを正確に知ることが出来ないと適切な指導は出来ないだろうね」

 

「やっぱりそうですよね」

 

緒方が放って来た右足の回し蹴りをしゃがむことで回避しつつ水面蹴りを放つ。八極拳の「前掃腿」を繰り出しながらも翔は一誠のことについて自分がよく知っているか考えてみた。

 

兵藤一誠、15歳。男で元人間の転生悪魔。悪魔になったため身体能力は上がったがそれでもまだ翔には劣る程度。エロに素直で、それを隠すことはないので初めて相対したら誤解されることが良くある。しかしお人好しの熱血漢な部分もあり、好感が持てる人物。モテたいと言う割りには鈍感で自分への好意に気付きにくい。そして・・・・・・

 

「・・・・・・才能はあんまり感じられなかったかなぁ」

 

「そうなのかい?」

 

「ええ、まぁ・・・・・・正直言って兼一さんよりはマシ、くらいでした。・・・・・・でも」

 

翔が見た限りでは一誠に才能は感じられなかった。それは武術的な才能でもそうだし、あるいは魔力などの悪魔的な才能についてもそうだ。あるのは未知数な神器(セイクリッド・ギア)だけである。けれど、

 

「きっと、強くなりますよ。僕よりもね」

 

翔はそう断言した。それは予感というよりは確信と言ったほうが正しかった。今じゃない、まだまだ未来の話だけど、何時か一誠は自分を越えていくのだろうな、と翔は思う。そしてそれを思った以上に楽しみにしている自分に気付き、翔は苦笑を浮かべるのだった。

 

緒方もそんな翔の様子に微笑を浮かべている。

 

「それは楽しみだ。けれど、そのためには翔君の指導がことさら重要になってくるけど、どんな指導をするつもりなんだい?」

 

「はい。本当は自分の使える武術を全部教えられたらいいのですが・・・・・・。まだ未熟な身の上ですし、そんな無茶をすると取り返しのつかない失敗をしてしまいそうなので1つの武術に絞って教えることにしました。」

 

翔は複数の武術を習っている。柔術、空手、中国拳法、ムエタイ、ボクシング、プンチャックシラット、香坂流武器術、久賀舘流杖術などだ。細かいところを言えば孤塁抜きなどの超技百八のうちの幾つかも教えを受けている。

 

とはいえ、それは全て違う師匠たちから教えてもらっているものだし、その師匠たちも全て達人級の中でもトップクラスの真の達人たちだ。準達人級の中ではトップレベルのもうすぐ達人級に到達しようかという翔ではあるが、師匠には遠く及ばない。

 

そんな師匠に及ばない自分が、彼らでも複数の師匠をつけて行うような無茶をして成功するか。そう問われると翔はまず「無理だ」と答えるだろうと思うし、事実としてそうだろう。

 

そのため不本意ではあるが、1つの武術に絞って教えていこうと思っているのである。

 

「そうかい。まぁ、妥当な判断なんじゃないかな。それで、何を教えることにしたんだい?」

 

緒方が拳とともに問いを投げかける。翔は拳は避けながらも言葉のボールは投げ返した。

 

「空手です」

 

「ふむ。・・・・・・理由はあるのかな?」

 

「はい。一誠君はお人好しで熱血漢なところのある人ですが、単純馬鹿と言い換えることも出来るんです。頭に血が上ったらまず自分の体のことは考えないで相手に突っ込んでいきそうだな、と思って」

 

翔にはその光景が容易に想像できた。一誠は情に厚い。そんな彼が仲間を傷つけられたりしたらどうなるか・・・・・・。まず間違いなく自分の体がボロボロになっても立ち上がってその脅威に立ち向かうだろうと思う。

 

「だから、空手にしようかなと」

 

武術は技術である。技術が生まれるにはその生まれる必要性や必然性、理由がある。例えば古流柔術は戦場で武器を持つ相手を素手でも制圧できるように構築されていったため関節技や投げが多く、古式ムエタイは戦場で勝ち残るために相手を一撃で殺すような必殺の技が多くなった。

 

「『防御こそが真髄』と言われるように空手は防御に優れた技が豊富ですから。」

翔が今日の修行で防御重視にしていたのもそのためである。一誠の体の芯、或いは骨の髄。更には魂の奥底にまで防御の大切さを翔は染みさせるつもりであった。

 

例え一誠が激昂して我を失ったとしても、彼の体と技術が防御を忘れないように・・・・・・。そして彼が傷つかないように・・・・・・。全ては一誠が死なないようにするためである。親友としても、師匠としても翔は一誠には死んでほしくないのだ。

 

「私があれやこれや言ったら、君のためにならないし。まぁ、いいんじゃないかな?とだけ言っておこうか」

 

「手厳しいですね」

 

そう言いながらも翔の顔には微笑みが浮かんでいた。彼の師匠達はいつもそうだった。ぎりぎりまで手を出さず、こちらの成長を見守ってくれる。彼らは真摯にこちらの成長を望んでくれているとわかっているからこそ、翔が文句を言うことはないのだ。不満を言うことはあるかもしれないけども。

 

さて、と翔は気を引き締めた。お話はここまでだ、と。ここからは本気で読んで本気で取りに行く・・・・・・と。勿論今までも本気だったがより真剣になったということだ。

 

緒方の右拳を円を描くような独特の歩方で回避する。と、同時に後ろ側へ回りこんだ。そのまま後頭部に向けて手刀を放つ。劈掛拳の一手「倒発鳥雷撃後脳」だ。

 

緒方はそれをしゃがむことで回避すると、そのまま翔の膝を取りにいく。このまま投げかあるいは極めに持っていく心算なのだろう、と翔は推測した。

 

勿論ただで取られてやる義理はない。翔がゆっくりとした速度ながらも確かに回避のための行動を取り始めた時、辺りにドッゴオオォォォンッッ!!と何かを破壊する轟音が響きわたった。

 

「てめぇぇぇっっ!!本郷!!何ふざけたこと抜かしてやがる!!」

 

「ふん!何もふざけてなどいない!逆鬼、ふざけているのは貴様のほうだ!!」

 

更に木霊するのは空手最強の2人の声だ。怒気を周囲の空間に振りまきながら拳の応酬を繰り返す。本気で怒っている様子なのが伺えるが、別に翔も緒方も気にせずに組み手を続けようとする。

 

この程度の小競り合い――ある意味で大競り合いだが――は日常的に起きるからである。いくらこの楽園内で争う理由である殺人が起きていないとはいえ、そこは活人拳と殺人拳という相容れない考えの持ち主達。それが同居しているのだからこのような騒動は日常茶飯事だということだ。

 

故に翔は気にしない。何も起きていないかのごとく続けてゆっくりとした動きで緒方の攻撃を回避しようとしている。

 

「普通!目玉焼きにはソースだろうがぁぁぁっっ!!」

 

「何を言っている!目玉焼きには醤油と相場は決まっている!!」

 

が、続けて聞こえた戦闘の理由に思わず翔はずっこけてしまうのだった。

 

そんな翔を緒方は咎めるような目で見ている。組み手の最中にずっこけたのだから当然なのだろうが、これは許してくれてもいいんじゃないかな?と翔は内心でそう呟いた。

 

「まったく。周囲に気を配るのはいいけど、目の前のことに集中しないのはいただけないよ」

 

「はい。すみません・・・・・・」

 

「ま、でも気持ちはわかるかな?」

 

「ですよね!?」

 

やはり、達人でもあれだけ下らなかったら「何やってるんだか・・・・・・」という気持ちになるのだろうか。翔は緒方の同意を得られそうになったことに眼を輝かせて立ち上がった。

 

「普通、目玉焼きにはマヨネーズだよねぇ」

 

「・・・・・・もうそれでいいです」

 

が、やはり達人。その感覚はどこかずれているのだった。眼から怪光線を放ちながらの緒方の言葉に、「達人にはなりたいけど、こう(・・)はなりたくないなぁ」と翔は思った。

 

翔は轟音の鳴り響く方向に目を向ける。そこでは空手最強と謳われる2人が互いに拳の残像を生み出している。周りを盛大に破壊しながらも、自分達には一切傷がないのは流石というべきかどうか翔は迷った。

 

「陣掃慈恩烈波ァッ!!」

 

「滅掌雷轟貫手ッッ!!」

 

あまりに下らない理由で行われている、あまりにも高度な死闘(けんか)。翔はそれを遠い眼で見つめながら、「一誠君に教える武術の選択、間違ったかなぁ」と心底から後悔しそうになったのであった。

 




副題元ネタ・・・サイレン――PSYREN――

副題が無理やりすぐる・・・・・・

もっとパッと思いつけばいいんですがねぇ

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