まだ導入ですが、どうぞ!
1 殺されて転生悪魔
その日は、兵藤一誠にとっては人生最良の日だった。
新しく出来た美しい彼女―名前を天野夕麻―との初めてのデート。前の恋人とは自分がエロ方面でガッツキ過ぎたせいで破局したこともあり、今回はあまり怖がらせたりしないようにと気を使ったつもりだ。
親友の一人である元浜の恋人の桐生藍華から学んでいたことをフル活用し、高校生らしく楽しく、しかし時にはそれまでに貯めたお金を使ってちょっぴりと背伸びをしてプレゼントをしてみたり。夕麻も笑顔を見せてくれており楽しんでくれていたはずだと一誠は思う。
一誠は前の反省として舞い上がり過ぎないように気を付けていたが、夕麻の笑顔を見ていて嬉しくなり、自身も途中からはデートを思いっ切り楽しむことが出来た。
とてもとても楽しかったデートの終わりに、夕暮れの公園で向かい合う。今にもキス出来そうなシチュエーションだが、藍華から女の子はそういうのはじっくり行きたいものだと聞いていたので、その期待を胸のうちに仕舞い込む。
そんな時、夕麻が声を出した。綺麗なソプラノ。この日1日で夕麻のことがとても好きになっていた一誠にとってとても心地よい声音だった。
「一誠君。私のお願い聞いてくれないかな?」
ドキン、と胸が高鳴る。思わずキスなどのことを連想してしまい、「い、いや、このシチュエーションで『お願い』って言われたら男なら誰だってそっちに考えちゃうよな!?」と、誰に向けてか内心で言い訳を繰り返した。
「な、何かな?」
平静を装って返答したつもりがどもり、声も上擦ってしまう。一誠は胸中で「しっかりしろ!俺!」と自身を罵倒する。
それでも、脳内で様々な『お願い』を考えてしまう辺り一誠はどうしようもなく思春期の男子高校生だった。「これからもよろしく」?「好きって言ってほしい」?そ、それともやっぱり「キスしてほしい」か!?と期待してしまう一誠の耳に彼女の『お願い』が届いた。
「死んでくれないかな。」
一誠は自身の耳を、次いで頭を疑った。今、自分の恋人は何と言った?死んでほしいだって?この平和な日本で、夕麻ちゃんが?
(こ、これが噂のヤンデレってやつか!?そ、それともやっぱり俺が何かしでかしちゃったのか!?今回もガッツキ過ぎたとか、)
バサリッ
取り留めのない思考が浮かんでは消えていく一誠に、そんな鳥が羽ばたくような音が聞こえた。発生源は夕麻の背中。まるで天使のような――しかし、漆黒に染まっている――翼が夕麻の背中から生えていた。その一種幻想的とも言える光景に一誠は目も思考も奪われた。
「え?」
一誠の口から漏れた疑問の声を夕麻は意に介す事なくその右手を真横に水平に掲げた。すると、その右手の平に光で出来ていると言ってもいい槍のようなものが現れた。その非現実的な光景を一誠は黙って見届けることしか出来なかった。
「さようなら、一誠君。今日のデート、楽しかったわよ。まるで背伸びする子供を見ているようで。」
酷く冷たいトーンで夕麻が言う。その口元には冷笑が浮かんでおり、一誠に昼間見た暖かな笑みを浮かべる夕麻が幻想にすぎないのだと思い知らせた。
夕麻が腕を振るう。一誠の目には、夕麻の手に握られた光の槍が自身に迫ってくるのがえらくスローモーションに感じられた。
(夕麻ちゃん、本当に俺のことなんとも思ってなかったんだな。あんな冷たい笑顔で死んでなんていわれたらいくら馬鹿な俺でも気づくって。ていうか今までのこと全部演技だったのか。すげぇショックだなぁ。「好き」って言われてかなり嬉しかったのに。夕麻ちゃんのことかなり好きになっていたのに。デートの時だって桐生にまた参考にさしてもらうために色々教えて貰いに行ったりして、前みたいに怖がらせたりしないようにしたつもりだったのに。せっかく貯金崩してプレゼントにちょっと高いブレスレット選んだけど、今考えたら完全に騙されて貢ぐ男じゃん、俺。うわ、だっせー。あのブレスレットも後で捨てられたりするんだろうな。あれ?ていうか俺300文字くらい考えてない?・・・あぁ、これがあれか、走馬灯とかいうやつか。え、てことは、俺、マジで、死――――)
槍がゆっくりと迫ってくる中、しかし瞬き1つさえも身動きがとれずに一誠は自らに迫る「死」を待つしか出来なかった。
―――――――だが、一誠に「死」は訪れなかった。
「ハァッ!!」
―――瞬間、一誠の視界に広がる「黒」。夕麻のそれとも違う黒曜石のような深い黒色の髪を持つその女性は、しかし見た目に反した激烈な威力の蹴りで夕麻を吹き飛ばした。
その女性を一誠は知っていた。自らの親友だと胸を張って言える男が恋人だと言って見せた写真に写っていたはずだ。かなりの美人だったので覚えている。そう、確か名前は――
「黒歌さん、でしたっけ。翔の恋人の。」
「そうだにゃ。大丈夫かにゃ?兵藤君」
「え、は、はい。怪我はないですけど・・・。」
「なら良かったにゃ。」
一誠があまりに移り行く事態について行けず呆然とした声を出す中、黒歌は自らが夕麻を蹴り飛ばした方向を睨み続けていた。その言葉の内容は一誠の身の安否を確かめるものだったが、一誠の無事を確認してもその声音から剣呑としたものは抜けていない。
一誠がそのことに疑問を持った直後、果たして夕麻が蹴り飛ばされた方向の茂みがガサガサと音を発した。
「ったく、痛いじゃない。悪魔風情が何してくれるのよ。」
「それはこっちの台詞なんだけど。この子は完全に一般人にゃよ?堕天使さん。」
その言葉を聴いた夕麻は目を点にしてキョトンとした。直後、大声で笑い出した。まるで可笑しくてたまらないといった感じである。黒歌は夕麻のその行動に眉根を寄せた。
「ハーハッハッハッハッ!あんた、本当にその子が一般人だと思っているの?だとしたらやっぱり悪魔だから程度が低いのかしら?そんなものにも気づかないなんて。」
その言葉に顔を顰めた黒歌は、しかし一誠の気配を注意深く探った。
そうして気づく。何の変哲のない人間としての気配の奥深くに、別の強大な力の塊のような気配がすることに。それはかなり特徴的な気配の感じ方。この特徴が示すものに黒歌は気づき、そして心底腹立たしそうに舌打ちした。
「チッ!なるほどにゃ、これは、人間にしか宿らない、」
「そう、
神器、それは人の血を引くものにのみ宿る奇跡の力。聖書の神が作り出したこのシステムは、しかし裏表の人間関係なく宿るため、今回のような表の人間が裏の事情に巻き込まれるといった事件も起こす種ともなっていた。
黒歌はそれを理解した。しかし、理解してなおその顔から戦意は無くなっていない。むしろ高まっていた。
「なるほど、確かにこの子はただの一般人じゃないのかもしれないわ。・・・けれどっ!!」
瞬間、黒歌の体から圧倒的な威圧感が噴出す。それは心と体のリミッターをはずして戦うもの特有の「動」の気。その全てが夕麻にのみ向けられていた。
夕麻はその威圧感に畏怖し、そして理解した。自分1人ではこの悪魔には絶対に勝つことは出来ない、いや、逃げ切ることさえも遥かに困難であると。
「この子は私の恋人の親友よ。あの人の恋人として、そして活人拳を受け継いだ弟子としてっ!この子をやらせるわけにはいかないわっ!!」
黒歌が夕麻の方へ一歩踏み込む。その圧倒的な脚力によって成された神速の踏み込みは夕麻に反応することを許さず、夕麻が気づいた時には既に黒歌は眼前で蹴りを放っていた。
前蹴り。余りにも基本中の基本的過ぎるその一撃は、しかし練りこまれた基礎のその密度の高さと鍛え抜かれた足腰によって必倒の威力をその内に内包していた。
「クッ!?」
夕麻は反射的にその蹴りの前に両腕を交差させ、さらには自ら後ろに飛び退いた。脚力だけでなく、翼を使って得た推力も用いて全速力で後ろに下がろうとする。
しかし、後ろに下がろうとするよりも蹴りの方が早いのは自明の理。決死の結果かなわず夕麻はその蹴りを両腕の上から叩きつけられた。
「ウグゥ。」
自らの行動によって必倒の威力では無くなっていたにも関わらず、体を突き抜ける衝撃の大きさに夕麻は苦悶の声を漏らす。元から後ろに下がろうとしていたことも相まって大きく吹き飛ばされ、その勢いのまま地を転がされた。
何とか起き上がった夕麻が見たのは自らに迫り来る
夕麻が光の槍を黒歌に向けて放つ。黒歌はそれを横に軽く移動することで難なく回避してのけた。そのまま夕麻は黒歌から遠ざかりながら光の槍を乱射することで黒歌の動きを限定させる。
黒歌は光の槍をなんていうことは無く回避し続ける。もっと濃い弾幕も体験したことがある黒歌にとって夕麻の槍弾は薄く、避けることは容易かった。
黒歌がついに光の槍を抜け夕麻に迫る。今度は威力を殺せないようにと気をつけながら蹴りを放とうとした黒歌の目に夕麻の三日月のように吊り上った笑みを形どった口が映った。
ぞくり。黒歌の背中を嫌な予感が駆け巡る。しかし、それは自分に危害が加えられることに対してではない。これは――!!
「いいのかしら?
(しまっ――!?)
黒歌は即座に振り返り、一誠のところを目指す。今出せる全開の力を捻りだし、前方への加速を開始しようとしつつ、一誠へ注意を促すために口を開いた。
「兵藤君、逃げてっっ!!!」
「え?」
状況についていけずにその場で棒立ちになっていた一誠。その一誠が疑問の口を開こうとした瞬間、一誠は腹に熱を感じた。
一誠が視線を下に向ける。すると自らの腹を先ほど夕麻が放っていたような光の槍が貫いていた。
そのことを一誠が認識した瞬間、腹の熱がまるで熱した鉄板を押し付けられたような激痛へと変化し、一誠を襲った。
「お、ご、があああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!??」
(痛い、痛い痛い痛いイタイイタイイタイ―――!!??)
一誠が膝を折り、地に倒れ付す。その口から血を吐き出していた。体を貫通する光の槍。明らかに致命傷だった。
光の槍が消える。その腹には向こう側が見えるかというほどの大穴があいており、そこから血が水溜りのように溢れ出していた。
そこに黒歌が駆けつける。その惨状を見て唇をかみ締めた。唇が切れ血が垂れていく程に力が篭っていることが、黒歌の現在の心境を表していた。
「くっ!?」
(私としたことが、援軍の可能性を忘れているなんて・・・。なんて無様っ!)
黒歌は大急ぎで仙術による治療の準備に入る。氣を手の平に集中。そして腹に当てることで治療に入るが、・・・正直いって望み薄だった。
黒歌は治療をしながら空のある一点を睨み付けた。空の中に常人には黒い点としか見えないものが浮いていた。しかし、驚異的な視力を持つ黒歌には見えていた。空に浮いている堕天使の女の姿が。
(大体500メートルか・・・。動かない的に当てることなら出来るかも知れないわね。)
黒歌は治療しながらも夕麻と空の堕天使の動きに注意する。治療中に攻撃されても防御出来るように態勢を整えていた。
「フフ・・・。何やら警戒してるようだけど・・・。私たちの目的は達したわ。それじゃぁ、さようなら。愚かな悪魔さん?」
その言葉を最後に夕麻が去る。黒歌は守るものを守れなかった悔しさと情けなさに歯を喰いしばりながらも一誠の治療の為見逃すしかなかった。
完全に夕麻と堕天使が去ったのを気配で感じ取った黒歌は懐を探り、緊急救命キットから包帯を取り出す。そして包帯を巻きつけ止血しながらも仙術での治療を続けた。
(く、この出血量・・・。)
黒歌の脳内に「死」の1文字が浮かび上がる。黒歌は首を振ることで諦めの気持ちが湧き上がるのを何とか押しとどめた。
その時、一誠の目が僅かだが動いた。口からはヒューヒューと呼吸音が漏れているが、パクパクと動かしており、何かしらしゃべろうとしているのが黒歌に伝わった。
「しゃべらないで!必ず助けるから!!」
しかし、その言葉はもう一誠の耳には届いていないのだろう。掠れた声で一誠は話し出した。
「すげぇ、楽しくて・・・。これからも、楽しく生きれるって、思ってたのに・・・。・・・死にたくねぇよ・・・!!」
その言葉を最期に一誠の目が閉じられていく。黒歌には瞼が閉じられたら本当に終わってしまうように感じられ、一層治療の為の仙術に集中しようとした。
その時、一誠の懐が赤く光りだした。
血のような鮮紅の色が公園を染めていく。その光があまりにも眩しくて黒歌は目が開けていられなくなった。
(こ、これは・・・!?)
一際光が強くなり、そして止んだ。まだ光の影響で目を開けられない黒歌の耳に、声が聞こえてきた。耳当たりの良い声の主は困惑を隠せないのだろう。声には疑問の色が濃く乗っていた。
「一体、どういう状況なのかしらね、これは。」
この日、1体の転生悪魔が生れ落ちた。
副題元ネタ・・・流されて藍蘭島
この辺りからイッセーの出番が増えていきます。
原作キャラとの絡みが上手く書けるか不安だぜ!