版権元:Fate/kaleid linerプリズマ☆イリヤ ドライ!!
注意事項:ネタバレ ねつ造
美遊の兄とある英雄との精神対話。
原作35話までお読みいただいた方のみお読みください。
自分でも馬鹿げた話だ。誰よりも空っぽで無意味な自分だとわかっているのに、差し出すものなんてどこにもないからこの伽藍をくれてやるしかない。何の価値もない石くれで宝石を得ようとするような、足掻きですらない無様な叫びだった。
俺だったらこんな声には答えない。逆説的に、それは彼が俺であって俺でないことの証明だった。
人を殺すということ、人を救うということ、何か一つを貫くということ、結局は何かを選ばなければならないということ。
俺ではない俺、本来の俺が目指すべきだった理想の到達点。無力なガキの戯言に、唯一手を伸べた英霊。
「……何と言えばいいのか」
常識的には礼を言うべきなのだろうが、相手がそれを求めていないことはわかっていた。
赤く灼けた不毛の大地、無限の剣が突き立つ丘。空転する歯車を背負って立つ男の表情は、夕暮れに似た赤い光で逆光になってよくわからない。
「何も要らんさ。まだ私はお前に何もしていないし、お前も何も果たしていない。ただ、そうだな。前払いくらいは貰わねば道理に合わんか」
私の力を安く見られては困る、と面白がるような口調で言う男に肩が強張った。他人事のような言い口なのは、事実俺たちが他人だからだろう。
「――覚悟はできてる。俺にやれるものならなんだって渡す。身の丈にあわない望みだってのはわかってるさ。例え最後にどんな目に遭おうとも、文句はない」
背の高い男の形に切り取られた影を見上げながら返す。
真実の宣誓だった。しかし彼はそれを鼻で笑って、やれやれとわざとらしく肩を竦めた。
「そんなものは力を得るために当然被るべき不利益に過ぎない。自分で勝手に覚悟をするなら結構だが、自己満足の産物を押し付けられても迷惑でしかないな」
「む……」
「大体『お前の全て』など頼まれたって受け取るものか、気色悪い」
正論なのだが正論な分胸に刺さる。返答に悩んで「じゃあどうしろっていうんだ」と情けない声を上げた俺に、男は――表情は見えなかったからおそらくであるが――笑った。
「そうだな。一つ質問をする。力を貸してやるかはその返答次第だな。何、お前にとっては簡単な話だ」
そこで言葉を切り、高所にいた男が一歩踏み出す。無造作にこちらへ歩み寄る、徐々に大きくなるその影に知らずゴクリと喉が鳴った。
「私のこの丘はかつてお前が目指した『正義』の最終形。人類の総意によって支えられ、人類の危機にのみ振るわれるべき抑止力。甚大な力だ、それを己が意のまま振るおうというのなら、相応の理由が必要だろう」
近づけば余計、俺とは何もかも異なる高い背丈と限界まで鍛えられた体躯が目立った。お互いが手を伸ばせば届く距離だけ残して、丘の主が足を止める。
「力を貸そう。それで、お前は何を成す?」
――――なんだ。
ふ、と肩から力が抜けた。どんな無理難題かと身構えていたのが霧散する。
確かに彼の言う通り、俺にとっては至極簡単な問いだった。
「妹を……美遊を助ける。世界を敵に回しても」
これでいいのかはわからない。だけど百回問われたって、百回こう答える以上、俺の答えはこれ一つだった。
見上げる男は、近づいたのにやはり表情はよくわからないままだった。そういう風にできているのかもしれない。これでいいと思った。生き様も、死に様も、孤独に立ち続ける男の背中が全て語ってくれていた。ならば俺たちの契約に、これ以上は必要ないのだ。
俺の答えに応とも否とも言わず、彼はこちらに片手を伸ばした。不出来な俺にもわかるように、殊更ゆっくりと一振りの剣がその手に再現されていく。できた中華剣の片割れが指先だけでくるりと回され、持ち手が俺に差し出される形になった。
「それでいい。俺からの条件は一つだ」
促されるがまま手を伸ばした。俺の空の手に、何一つ残らなかった無力な手に、男が生涯を賭して得た無二の剣が渡される。
「好きに生きろ。ただし、後悔だけは絶対にするな」
――ざあ、と風が流れた。眩しいばかりの夕焼けが一時陰り、そのまま目を凝らしていれば、あるいは彼の全貌を確かめることができたのかもしれない。
だけど俺は一つ頷いて、確かめないまま剣を片手に背中を向けた。それが、もう二度と言葉を交わすことがない英雄への最大限の敬意だと信じて。
映画が本当に楽しみです。