穂波さんが手配した小さなクルーザーに乗り、沖へと出る。これから起きることを知っている身としては、少し緊張する。とはいえ、そのことを悟られるようなことはしないが。次期当主としての教育は伊達じゃないのだ。
レーダーを確認していた船長達が、いきなり大声を出す。
「潜水艦!?何で日本の領海に!?」
「急げ!巻き込まれるぞ!」
「船長、無線が繋がりません!」
「くそっ!こんなときに……!」
私達の乗るクルーザーに何かが近づいてくる。
「魚雷!?何の警告もなしに!?」
魚雷が発射されたのだ。お兄ちゃんが海に向けて手を伸ばしている。分解を使うのだろう。
「あれは……なに……?」
お姉ちゃんが呆然とした声でつぶやく。
結局クルージングは途中で中止になり、別荘へ戻ってきていた。
「お休みのところ申し訳ありません。軍の方がお話を伺いたい、とのことですが……」
「私に……?」
七波ちゃんの戸惑いがちな声に、ドアを開け問いかける。こんな展開もあったっけ……。
「ええ、穂波さんと達也さんで聞きたいことには答えると言ったんですけど……」
「分かったわ。リビングかしら?」
七波ちゃんが凄く申し訳なさそうな顔をしているけども、別に彼女が悪い訳じゃない。七波ちゃんにそう返事をして、着替えてからリビングに降りた。事情聴取に来た軍人さんは風間玄信大尉と名乗った。
「……では、潜水艦を発見したのは偶然だったんですね?」
「発見したのは船長さんですから。どのような経緯で発見に至ったかはあちらに訊いてください」
「何か、船籍の特定につながるような特徴に気が付きませんでしたか」
「相手は潜航中だったんですよ。船籍の特定なんて素人には無理です。例え浮上していたとしても潜水艦の特徴なんて分かりません」
「魚雷を撃たれたそうですね?攻撃された原因に何か心当たりは?」
「そんなものありません!」
穂波さんはかなりイラついているようだ。今の「何か余計なことでもしたんだろう」と言わんばかりの質問には少しカチンと来たから、穂波さんが怒りを覚えても無理もないだろう。
「……君は何か気がつかなかったか」
穂波さんに睨まれた風間大尉は、お兄ちゃんに問うた。
「目撃者を残さぬ為に、我々を拉致しようとしたのではないかと考えます」
「ほう、拉致?」
「クルーザーに発射された魚雷は発泡魚雷でした」
「ほう……」
「達也くん、発泡魚雷ってなんですか?」
穂波さんがお兄ちゃんにたずねる。
「化学反応で大量の泡を作り出す薬品を弾頭に仕込んだ魚雷です。泡で満たされた水域ではスクリューが役に立たなくなります。重心の高い帆船なら転覆する可能性も高い。そうして相手を足止めし、事故を装って乗組員を捕獲することを目的とした兵器です」
さすがお兄ちゃん、博識である。
「何故そう思う?」
「クルーザーの通信が妨害されていましたから。事故を偽装する為には通信妨害の併用が必須です」
「兵装を断定する根拠としては、些か弱いと思うが」
「無論、それだけで判断したわけではありません」
「他にも根拠があると?」
「はい」
「それは?」
「回答を拒否します」
「…………」
「根拠が必要ですか?」
「……いや、不要だ」
風間大尉は私達に一礼をして外へ出た。その見送りの為に私達も外に出ると、そこには昨日絡んできた不良軍人がいた。
「なるほど……司波達也くんと言ったね。ジョーを殴り倒したのは君だったのか。桧垣上等兵!」
「はっ」
「部下が失礼をしたね」
「桧垣ジョセフ上等兵であります!昨日は大変失礼をいたしました」
「謝罪を受け入れます」
「司波達也くん。自分は現在、恩納基地で空挺魔法師部隊の教官を兼務している。都合がついたら是非基地を訪ねてくれ。きっと興味を持ってもらえると思う」
風間大尉はそう言い残して、車に乗り込んで去って行った。
**********
バカンスの三日目は朝から荒れ模様だった。
「今日のご予定はどうなさいますか?」
「こんな日にショッピングもちょっと、ねぇ……」
焼き立てのパンをちぎりながらお母様はチョコンと首を傾げる。こんな仕草をすると、まるで少女のようだ。我が母ながら本当に可愛い。
「何かあるかしら?」
「そうですね……琉球舞踊の観覧なんて如何でしょう?衣装をつけて体験も出来るみたいですよ」
穂波さんは手元のコントローラーを操作して、琉球舞踊公演の案内を呼び出す。
「面白そうね。深雪さん、深咲さんはどう思いますか?」
「私も面白そうだと思います」
「行ってみたいわ」
「ではお車の手配をしておきます。ただ一つ問題が……この公演は女性限定なんです。達也くんはどうしましょうか」
お母様は少し考える仕草をする。
「達也、貴方は今日一日自由にして良いわ。そういえば昨日の大尉さんに基地に誘われていたわよね?良い機会ですから見学してきなさい。もしかしたら訓練に参加させてもらえるかもしれないし」
「分かりました」
「あの、お母様!」
「どうかなさいましたか?」
「私も、に、兄さん、と、一緒に行っても良いですか?」
お姉ちゃんが真っ赤になりながら言う。
「深雪さん?」
「あっ、えっと……私も軍の魔法師がどんな訓練をしているのか興味ありますし、その……ミストレスとして自分のガーディアンの実力は把握しておかねばと思いますので……」
「そう……感心ね」
お姉ちゃんの苦し紛れの言い訳をお母様は信じたフリをしているが、絶対に騙されていないと思う。
「深咲さんはどうするのかしら?」
「私はお母様と琉球舞踊に行きます」
せっかく原作よりも早い時点で仲良くなってきているのだ。二人で出かけた方が仲が深まるだろう。
「分かりました。達也、聞いての通りです。基地の見学には深雪さんが同行します」
「はい」
「一つ注意しておきます。人前では深雪さんに敬語を使ってはいけません。また、『お嬢様』ではなく『深雪』と呼びなさい。深雪さんが四葉の人間だと悟られる可能性のある言動は禁止します」
「分かりました」
「くれぐれも勘違いをしてはなりませんよ。これはあくまでも、第三者の目を欺く為の方便です。深雪さんと貴方の関係に何ら変更はありません。貴方は深雪さんのガーディアンなのですから」
「肝に命じます」
**********
その日の夜、お姉ちゃんは惚けたような顔をしていた。これは仲が進展したと思ってよさそう。お母様も気づいているはずだが、一先ず気にしないことにしたようだ。
「お姉ちゃん、入るよ?」
「どうぞ」
「今日はどうだった?少しはお兄ちゃんのこと知れたかな?」
「ええ、に、兄さんはCADが好きみたいね。それと、深雪って呼ばれるのが嬉しくって……これからまたお嬢様呼びされるのが憂鬱だわ……」
「だったら私みたいに、二人のときだけ呼んでもらうようにしたら?」
「う、受け入れてくれるかしら?いきなり言ったら変なんじゃないかしら」
お姉ちゃんは期待と不安でころころと表情を変える。
「だったら一緒に行ってあげるよ」
「う、うん。お願いするわ」
「お兄ちゃん、深咲です」
「どうしたんだ?」
ドアを開け、周囲に人がいないことを確認してからお兄ちゃんが問いかけてくる。
「おじゃましてもいいかな?」
「もちろんだよ」
「さあ、お姉ちゃん。頑張って!」
私はお姉ちゃんの背中を押す。
「あ、あの、に、兄さん……私のことは、深咲と同じように扱ってください!深雪って呼んで欲しいんです!」
お姉ちゃんは緊張に染まった顔で告げる。
「分かったよ深雪。これでいいかな?」
「はいっ」