中学三年生になった。
今日は都内に滞在している。お供は七波ちゃんと雛菊だけである。
四葉の息がかかったホテルで、今回のターゲットであるイギリスのスパイを待っているところだ。
ターゲットの捕獲自体は黒羽家がやってくれるので私達は待つだけなのだが……予定時間を過ぎても連絡がない。手こずっているのだろうか。
予定時刻を10分過ぎた頃、文弥くんから連絡があった。
「深咲さん、お待たせしました!」
「なにかトラブルでもあったのかしら」
「実は九島家と被ってしまい、軽く戦闘になりまして……ああ、最終的にターゲットは確保できていますよ」
「お疲れ様でした。ターゲットを連れてきてください」
数分後、ターゲットを連れた黒羽家の者達がホテルにやってきた。四葉の仕事用ホテルなので、裏口から入れば特に見咎められることもない。
ターゲットに対し、洗脳を施す。イギリスのスパイを四葉のスパイにすり替えるのである。魔法師は国外移動が制限されているため、外国の情報を得るためにはこうした工作が必要なのだ。
あとは、偶然を装って逃せば任務完了である。一度捕まっている以上調べられるだろうが、薬も魔法も使っていないのだから分かるはずがない。
今回の任務で分かるように、黒羽家に対しては私の能力を一部教えている。精神干渉系魔法だと思われているようだが。今のところ詳細を知る人間は叔母様だけだ。
「文弥くん、亜夜子ちゃん、終わったらお茶でもどう?」
「はい、ぜひ」
「お邪魔しますわ」
叔母様は一条が婚約の第一候補だと言っていたが、私としては文弥くんも有り得ると思っている。情勢的に外部の人間を入れたくなくなる場合には、文弥くんが第一候補になるだろう。四葉として質の高い次世代の魔法師を得たいと考える場合も、精神干渉系魔法に高い適性を示す彼と私の子供なら有力ではないだろうか。一条と違って叔母様の御命令で動かせるのも良い点だ。もっとも、最終判断は叔母様が下すべきものであるから、私があれこれ考えても関係ないのだが。それに彼が黒羽の当主になるにしても、交流を深めておいて損はない。
「二人は、高校はどうするの?」
「達也兄さんや深雪さんが通うことになる一高か、深咲さんが通うことになる三高がよかったのですけど……ご当主様の指示により四高になりました。僕たちが一箇所に集まりすぎるのは良くないということで」
「残念だけど仕方ないわよ文弥」
「そっか……じゃあ再来年の九校戦ではライバルだね」
「ええ、でも来年は三人の応援です」
「ありがとう。四葉の力を見せつけてやるわ」
「そういえば深咲お姉様はなぜ三高に通うことになったのですか?」
「ちょっとした任務があってね……まあいずれ亜夜子ちゃん達にも分かるわ。ところで文弥くん。今日は女そ「変装です」……変装はしていないのね?」
「今日は潜入でも諜報でもないですから」
文弥くんは澄ました顔で答える。
「せっかく可愛いのにもったいないわよ」
「姉さん!僕は男なんだよ!可愛いとか言われても嬉しくないよ!」
「まあまあ。私にとっては文弥くんは頼りになる男の人よ?」
「あ……ありがとうございます」
文弥くんは照れているようだが、亜夜子ちゃんは何故だか微妙な表情を浮かべていた。
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四葉本家に戻ってきた。叔母様への報告を行う。
「……以上で報告を終了します」
「お疲れ様でした。よくやってくれたわ」
「ところで叔母様にお伺いしたいことが……」
「なにかしら」
「私は高校にはどのような名で通うことになるのでしょうか?姉と兄は司波なのですよね?」
「ええ、あの二人は司波です。深咲さんには四葉を名乗らせようと考えているわ。次期当主発表後だしね。それに、あなたは私にそっくりなのだから、見る人が見れば分かってしまうわ」
「四葉ということは、全力を出してもいいのでしょうか」
「もちろんです。あなたの固有能力をバラさなければ好きにやっていいですよ」
「姉と兄との接触は避けたほうが?」
「積極的に四葉だと触れ回る必要はないけれど、接触するぐらいはかまわないわ」
「つまりバレてもかまわないと?」
「ええ、あの二人も九校戦で実力を見せるでしょうから、牽制のためにも四葉の名を利用して欲しいぐらいだわ」
「なるほど、他の十師族からのアプローチを警戒しているんですね」
「そういうことね」
「そういえば、一条の次男と出会うためのシチュエーションをいくつか考えてみたのですが……」
「どれも面白そうね。この中だと旅行案が一番いいんじゃないかしら。あそこは毎年秋に家族旅行に行くらしいですから。今年の場所・日程は分かり次第知らせるわ」
「ありがとうございます」
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「お兄ちゃん」
「深咲、どうしたんだ?」
「叔母様に高校でのことを聞いてきたわ。
「本当なのか」
「うん。一高には十文字と七草の直系がいるじゃない?だからだと思う」
「そうか。なるべく関わらないようにしよう」
「それはどうかな?二人とも目立つだろうし、目を付けられるんじゃないかな」
お兄ちゃんはいかにも嫌そうだ。でもね、原作知識的に目を付けられるのは確定なんだよね。ご愁傷様。
「そうだ、九校戦のときは絶対に会いに行くからね。大っぴらだと目立つから、夜とかに」
「そもそも俺の能力じゃあ九校戦には出れないと思うんだが……深雪はともかくとして」
「そうかな?お姉ちゃんが選手なのは確定として、お兄ちゃんはエンジニアとか出来そう」
こんな高レベルエンジニアなんて他にいないだろう。なんたってトーラス・シルバーの片割れだし。
「まあ、俺が出るかはともかくとして、九校戦の前に入試だな」
「そうだった……ペーパーテストが不安だわ。もちろん平均は上回っていると思うけど、主席は落とせないからもっと勉強しておかなきゃ。お兄ちゃん教えてください」
「もちろんいいよ。深雪と三人で勉強会でもしようか」
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暑くなってくるのと並行するように、お母様の元気がなくなってきた。もうすぐ命の灯火が消えようとしているのが分かる。父親はもちろん来ない。来ても誰も喜ばないけど。今お母様の周りにいるのは子供達三人と穂波さん、叔母様である。
「二人とも、そんな顔をしないでちょうだい」
私とお姉ちゃんは耐えきれずに涙が出てしまっている。お兄ちゃんも少し悲しげな顔をしている、気がする。
「お母様……」
「あなた達が大人になるのを見られないのは残念だけど、でも納得しているわ。私の代わりに真夜が見てくれるもの。深雪さん、深咲さん、幸せにおなりなさい」
「はい、きっと。お母様、天から見守っていて下さいね」
「穂波、今までありがとう」
「そんな、奥様、もったいないお言葉です……」
「真夜、私の子供達を頼んだわよ」
「もちろんよ。三人のことは任せておいてちょうだい。いつか再会した時に、たくさん話を聞かせてあげるわ」
お母様は微笑んだまま、眠るように息を引き取った。