レッドさんの華麗()なる珍道中   作:らとる

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遅々として進まない本編ッ!(脱線を繰り返しながら)

勘違い要素をもっと入れたいと思いつつ、しかしプロット上ではもう少し先に進まないとあまり入れられないのです。もう少しだけお待ちください。プロットはもう完成しているんだ…プロットだけは…。


という言い訳を挟みつつ、今回は引き続きおつきみ山です。台詞や展開等をだいぶ忘れていたためVC版をプレイしながら小説を書いているのですが、ピッピを捕獲しようとしてギリギリのところで急所に当たること計四回。このストレス、ロケット団にぶつけるしか…!


8.※特別な訓練を受け…てません

 …………なんか、予想の斜め上をいかれた。

 

 なんじゃい、人を悪魔か幽霊みたいに言いよって。お前らの目は節穴かっての。ううう、私の予想では亀甲縛りされたしたっぱを見て他の連中が「うわっ近寄らんどこ」みたいになって、したっぱが口を閉ざすかはたまた説明しても信じてもらえなくなるような展開だったのに、どうしてこうなった。

 これが……大誤算……!いや、某御曹司兼チャンピオンのことなんて少しも思い浮かべていませんよ。いませんったら。

 

 というか、よくよく考えなくてもこれわりと綱渡りだったよね。下手すればもっとロケット団を刺激してただろうし、そうなればリンチされてた可能性だってあったわけだ。今後は一時の感情で暴走しないように気をつけよう。

 でも今回ばかりは許してほしい。だって、髪の毛……あんな乱暴な切り方されて、しかも【どくばり】だなんて、髪の毛痛むに決まってるじゃん……。え、そもそも私がはしごを降りる時に下をちゃんと確認してればこんなことにはならなかったから結局は自業自得?……次にあのしたっぱさんに会ったら一言謝ろう、うん。相手がロケット団という悪人であっても私が悪いことしたことに違いはないし。

 

 まあ、終わったことはしょうがない。もう二度と同じことをしないように教訓にして、不幸な事故だったということで終わらせよう。時間も遅いし、とっとと用事を済ませようじゃないか。

 

 

 

 おつきみ山の地下一階は一本道だから、私でも迷わずにすむ。ちょっと歩けばすぐに下へ向かうはしごが見つかった。もちろん、今度は下にいるかもしれない誰かさんを踏みつけないように下を確認しておくのも忘れない。

 はしごを降りれば、これまた一階のように迷いそうな景色が続く。……そういえば、おつきみ山の地下二階ってなんか三つくらいのエリアに分かれてなかったか。ここが行き止まりだったら流石に泣くかもしれない。

 

 迷わないように景色を頭に叩き込みながら暗い洞窟を進んで行く。つきのいしとカセキも欲しいけどでもそれ以上にピッピ……ピッピはどこだ……。ズバットやらパラスやらが襲いかかってくるのはピカチュウが迎撃してくれるおかげであまり気にせずにすむけど、ここまで出てこないと精神がすり減る。これだから確率ってやつは嫌いなんだ。……イシツブテ?別に気にして見てれば普通の岩との違いなんて一目瞭然なんだからスルーできるでしょ。ピカチュウとリザードの攻撃あんまり効かないから今はあまり戦いたくないんだ。

 うーん、ここまで出ないとさすがにしんどいな。でもピッピはここしか出ないし……ああいや、一応ゲームセンターで交換するのも手だけど、野生で出るってわかってるのにゲーセン頼りとか、なんか負けた気がして嫌なんだ。

 

「ピカ?」

 

 うん、どうしたのピカチュウ。ぐいぐい襟元引っ張られると襟がのびちゃうんだけど。この服お気に入りだからそれは勘弁……お?

 

 ピカチュウが指差す方向を見れば、そこには人影がひとつ。とはいえその程度ならトレーナーなんていくらでも見かけている以上ピカチュウが反応する理由はない。ただ、その人影はどうにも様子が変だった。こう……なんていうんだろうか、何かに怯えている風な、何かから隠れている風な、そんな感じ。

 

 どどど、どうしよう。ピカチュウがなんか気になってるっぽいから何かすべきだとは思うんだけど、知らん人に話しかけるのはなあ。声掛けた瞬間バトル開始があり得るのがつらい。とはいえ流石に目の前に困っている人がいるのにスルーするのもなんだし。あ、でもなんとなくだけど同類の匂いがする。いわゆるオタクっぽい感じの。

 ……よし、とりあえず、一回だけ声をかけてみよう。その反応如何では尻尾巻いて逃げる方針で。そうならないように祈るとしようじゃないか。

 

 別に後ろめたいことがあるわけでもないのに、なぜかそうしなければならないような気がして、足音を立てずにそっと近寄っていく。近付いたことでその人の様子もよく見えるようになった。……多分、ゲームでいうりかけいのおとこだろうか。頭を抱えてうずくまっているし、よっぽど怖い目にあったんだろう。……え、まさかマジでここなにか出るとかいわないよね?流石にリアルホラーの耐性はないぞ。

 

「…………あの」

 

 すぐにでも踵を返せるようにしつつ、なけなしの勇気を振り絞って声を出す。逃げないぞ、逃げないぞ、大丈夫私は出来る子だ。

 男はその瞬間、ヒィッなんて情けない悲鳴を上げながら後ずさる。だから私はおばけじゃないってば、むしろそんなリアクションされたりして悲鳴を上げたいのは私の方だ。

 

「……って、あれ?ロケット団じゃない?」

 

 あ、そっち。なーんだ、この人はロケット団に怯えてあんな風にしていたのか。まあ気持ちはよくわかる、私だってあんな連中と関わるのは願い下げだからね。あんなのと関わったばかりに私の髪の毛は……いかん、涙出そう。

 とりあえず、敵意はありませんよーという意味も込めて頷いておく。

 

「も、もしかして、助けに来てくれたのかい!?」

 

 おいちょっとまてどうしてそうなった。

 

 あまりの思考の飛躍に思わず顔をひきつらせた私のことなんて気にもせず、男の人は喜色満面の笑みを浮かべる。おまけに先程までの怯えなんて少しも見せず、立ち上がると同時に私の腕をつかんでぶんぶんと上下に振りだす始末。チクショウ、シンパシー感じたのは気のせいだったのか。実はコミュ力高いだろう貴様、この裏切り者!さっきまでの私の葛藤を返せ!こんな性格だって知ってたらそもそも話しかけなかったよ!

 

「いやあ、助かった!ここでカセキを探してたはいいけど、ロケット団の連中がいきなり入ってきて、しかも僕がやっとのことで探しだしたカセキを渡せなんて脅してきてさ。ひょっとして、さっきロケット団が上に向かっていったのも君が何かしてくれたのか?」

 

 ま、マシンガントーク!ごめんもうちょっとゆっくり喋ってくれ、前半ほとんど聞き取れなかったぞ。ロケット団が逃げてったのは……まあ結果的には私のせいだけど、でもそれも偶然だし、そもそも私はあなたがいるなんて知らなかったから別に助けたわけではないんだけどなあ。

 というかそろそろ肩が痛いので離してほしいです。身長差とか考えてほしい、こちとら140いくかいかないかなんだぞ、成人男性と手を繋いだ挙句上下されてみろ。いくら少しかがんでくれているとはいえ体への負担がでかいんだっつーの。

 

「本当に、いくら感謝しても足りないくらいだ!できれば何かお礼をしたいんだけど、でも僕が持っているのは研究用の道具とかばっかりだから君に渡しても困るだけだろうし……そうだ!」

 

 男の人は相変わらず私のことはスルーして、パッと手を離すとそのまま背中に背負っていた大きなリュックサックを漁り出す。出るわ出るわ道具の山、明らかに発掘用とわかるものから、これ何に使うんだよ、みたいなものまで。うむ、さっぱりわからん、なんだこれ。

そうしてしばらくリュックと格闘していた男の人が取り出したのは、随分とボロボロな石だった。……おお、もしや、もしやそれは!

 

「僕が見つけたカセキなんだけど、二つあったから片方は君に譲るよ。君ならロケット団みたいに悪用しないだろうしね」

 

 か、か、カセキキタ━━━(゚∀゚)━━━!!!何時間も洞窟を彷徨った甲斐があった!前言撤回、ありがとう男の人、これで私とリザードとピカチュウの努力が報われる!ゲームと違ってバトルなしでも受け取れるとかあなたが神か。今後足向けて寝れないやつだ。

 

 ……い、いや、でも本当に貰っていいんだろうか。別に私はこの人を助けたわけじゃないし、そもそもカセキなんてわりと貴重なものを子どもにホイホイ渡すなんてちょっとまずいのでは。

 伸ばしかけた腕を思わず途中で止め、視線を泳がせる。なんか騙したみたいで良心が咎めるのだ。別にほら、ここで入手しなくてもシンオウ地方行けばカセキは入手できるわけだし、そもそも手持ちに加えるかといったらまだわからないし……。

 

 中途半端なポーズのままであたふたしていれば、それを見かねたのであろう男の人が手の上にカセキを乗せてしまう。慌てて落とさないように握ってしまったけれど、いいのかこれ、大丈夫なのかこれ。

 

「もともと、君が来てくれなければ両方ともロケット団に取られていたかもしれないんだ。それに比べれば君みたいにポケモンを大切にしてくれそうな人に渡すほうがずっといいに決まってるさ」

 

 私の動揺を見透かしたのか、男の人はそう言って朗らかに笑う。か、かっけぇ。正直見た目はいかにもオタクっぽい感じだし、洞窟に籠っていたせいかちょっと清潔感はアレだけど、それを差し引いてもこの中身のカッコ良さパネェ。

 なんだよ、ちょっと強引に渡したりとか、それを受け取った側へのアフターケアもばっちりとか。惚れてしまうやろが。いや惚れないけど。

 

「グレンタウンを知ってるかい?ここからは遠いんだけど、そこにあるポケモン研究所ではカセキを蘇らせる研究もしてるらしいんだ。時間があれば、そのカセキを持って行くことをおすすめするよ」

 

 それじゃあね、と男の人が荷物をまとめて去っていく。く、クール~。これだけやって颯爽と去るとか、今時イケメンでも滅多にできないぞ。こんなひたすら無言の子どもにここまでしてくれるとか……ああ、上手く動いてくれない口が憎くて仕方ない。こういう時に動かずしてどういう時に動くんだよ、頑張れよ私!

 ほら、せーのだぞ、せーので声に出すぞ、せーのっ。

 

「…………ありがとうございます」

 

 あーん馬鹿!なんでそれしか声に出せないの私のチキン!これだけしてもらってありがとうございますだけとか失礼にもほどがあるでしょうが、しかも小声!

 あんまりな結果に、思わずその場で頭を抱える。不快に思わなかっただろうか、とおそるおそる男の人の方を見てみれば、そこには背を向けたまま腕を振って去っていく姿。

 

 ……アカン、これ顔面偏差値が高かったらガチで惚れてた気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とまあ、そんなこんなで目的の一つは達成できたわけですが。

 ピッピ出ません。やばい。

 

 おっかしいなあ、明らかにもう野生のポケモンと100戦はしてるはずなんだけど。これだけ歩きまわって一匹もでないとか本当にどうした。確率……確率とは……うごご。

 これだけ頑張ったのに諦めるなんて絶対にしたくないし、でも時間は遅いし。眠くなってきたのか肩の上でこっくりこっくりと船をこいでいるピカチュウのことも考えて、そろそろ切りあげるべきか。

 

 カセキが入手できたってことはこの奥に進めばハナダシティに抜けるんだろうし、とりあえず道がわかっただけ儲けもの。とはいえこんなに時間が遅いとポケセンの部屋はもう満室だろうし、今夜は広場まで戻って野宿としようじゃないか。

 

 

 上を確認しながらはしごを登って、来た道を引き返していく。目印を細かく覚えておいた甲斐あって、今度は迷わずにきちんと広場まで抜けることができた。……あれ、もしかしてこれで運を使い果たしたとか。いやいやまさかそんなことは。

 

 広場に戻ると、どうやら今夜は満月だったらしく、月の光で明るく照らされていた。これなら焚火やなんかは必要なさそうだ。広場は野生のポケモンが出ないから周囲を警戒する必要もないし、安心して休めるだろう。

 今まではポケセンに泊まっていたこともあってリュックサックの肥やしになっていた寝袋を取り出す。正直むしむしして暑いから寝袋を使うと寝苦しくなりそうだけど、風邪を引くよりはマシだと思うことにしよう。

 

 

 リザードをボールから出して、ピカチュウ共々寝かしつける。ぴったりくっついて眠る二匹の可愛さプライスレス。

 そして寝袋を広げてさて寝るか、と思った矢先、ふと何かがガサゴソと動く音が耳に入った。……もしや野生のポケモンがいるんだろうか。ここが広場とはいえ、ゲームではなくて現実である以上、可能性としては0じゃないけれど。その場合私は徹夜になってしまうからやめていただきたい。

 

 その何者かを刺激しないように、音を立てずにゆっくりと近付いて行く。音がしたのはええと、なんか妙に大きな岩があったところか。あれなんだったんだろ、【いわくだき】用の岩っぽかったけど妙にでかかったのが印象的だったんだよな。

 物影からこっそりと覗き込む。さて、一体何の音だったのか。ヤバそうな何かなら早々に撤退するとしよう。

 

 少し距離が離れているせいで上手く見えず、思わず目を細める。……なんだろう、ピンク色の何かが大勢集まって、岩を中心にぐるぐると円を描いて回っている。なんだなんだ、なんかの儀式か。いあ!いあ!みたいな邪神とかは勘弁してくれよ?ってそれは世界が違うか。

 ……って、遠目だから上手く見えないけど、あれってもしかしてピッピ!?なんでピッピがあんな大量に……あ。

 

(金銀のおつきみやまイベントだコレー!?)

 

 そういえば今日は月曜日でしたね!曜日感覚とかすっかりなくなってたから忘れてたけど!

 なるほど、道理でピッピに会わないわけだ。そりゃピッピが全部広場にいたんなら地下にいるわけもない。つまり……あれだけ歩きまわってたのは無駄足……あっなんだか気が遠く。

 

 私の中ではHGSSの池の周りをぐるぐるしてたピッピの印象が強かったけど、そういえば金銀では池じゃなくて岩だったはず。ということはあの岩を【いわくだき】で砕けばつきのいしが手に入る。……持ってないですね、【いわくだき】のひでんマシン!ぐすん。

 いや、それはいいんだ。つきのいしくらい歩きまわってれば多分どこかしらには落ちているだろうし。問題はピッピだよ。ピッピがそこにいるんだよ!

 

 ゲットしたい、ゲットしたい……でも元のイベントからして私が出ていった瞬間に逃げてっちゃうだろうし。ああいや、でもその場合は地下に行けばピッピが出るようになるのか。

 とりあえず、どうするにしても一旦元の場所に戻らなければ。ピカチュウもリザードもあっちで寝てるから、どっちかに起きてもらわないと話にならない。安眠してるところを起こすのは申し訳ないけど、このチャンスを逃すわけにはいかないのだ。だってここで逃したら脳死周回まっしぐらだしな!

 

 ゆっくり、ゆっくり、足音を立てないように後ずさっていく。呼びにいってる間にピッピがいなくなってたりしたら元も子もない。目を離さないようにしなければ。多分距離的にもうちょっとでピカチュウ達の場所に行けるだろうし……。

 

 パキン。

 

「…………?」

 

 静かだったこともあって小さな物音にも関わらずあたりに響いたその音に、思わず体を硬直させる。音がしたのは私の足下、そして足元には折れた小枝が一本。

 瞬間、それまで岩の周りを回っていたピッピが急に動きを止める。まずい、このままじゃ逃げられる!

 

「まって!」

 

 散り散りに逃げだしたピッピのうちの一匹に、咄嗟の判断でモンスターボールを全力で投げる。これでゲットできればよし、できなくてもボールから出てくるまでの時間さえあればピカチュウ達を呼びにいける。

 頼む当たってくれ、という祈りを聞き届けたのか、ボールはそのまま逃げていくピッピの近くに向かっていく。そして避けようとしたピッピの動きは間に合わず、そのままボールは脳天へと勢い良くめりこんだ。

 

 

 ……お、おう。まあ、なんだ。思わず動きを止めたよね。

 幸いボールはそのまま機能を果たしてくれた。ふらつくピッピはボールへと吸い込まれ、三回の揺れとともに聞き慣れたカチッという音が辺りに響き渡る。怪我の功名、ということでいいんだろうか、これ。

 ただ単にノーダメージでも入ってくれたのか、それともあの脳天への一撃のダメージがでかかったのか。うん、考えないことにしよう。今後はボールを投げる時にも手加減しなければ。

 

 そのままボールの元へ近づき、落ちているボールを拾い上げる。なんか、あれだけ歩きまわったのにこんなあっさりゲットできると虚しい気分になってくる。いや、ゲットできたんだからいいんだけど、私の苦労は何だったのかって話だ。

 まあ過ぎたことはどうしようもない、もう図鑑は埋まったことだしピッピを逃がすことにしよう。逃がした瞬間報復のために襲いかかってこないといいんだけど。

 

 ポン、という軽快な音と共にピッピがボールから出てくる。頭の部分が真っ赤になっているのがなんだか痛ましい。とりあえず謝罪の意を込めて頭を撫でておいた。痛いの痛いのとんでいけー。

 ……あ、喜んでくれた。許してくれたっぽい。うう、ええ子や。本当にごめんね。

 

 ふわふわの毛並みを堪能し、名残惜しい気もしつつ撫でていた手を離す。他のピッピに置いて行かれちゃったわけだし、そろそろちゃんと逃がしてあげないと。もう行くように手で促すと、ピッピは辺りを見渡し、焦った様子で走り出した。

 あ、そうだ。そのまま行っちゃう前にひとつだけ。

 

「……あの岩、砕ける?」

 

 ダメ元で聞いてみる。ピッピはしばらく考え込んだあと、しょんぼりした様子で首を振った。

 

 

 

 そのまま去っていくピッピを見送った後、溜め息をつく。

 そっかあ、駄目か。まあ【ゆびをふる】なんて博打だし仕方ない。いや、そもそも私前世で【ゆびをふる】使ったことないんだけど、あれってひでんわざも対象に入ってるの?

 

 まあいいや、駄目なら駄目で他の方法を考えよう。いや、【いわくだき】習得後に戻って来るのがベストっていうのはわかるんだけど、それまでに誰かがやっちゃう可能性もあるわけで。ゲーム内ではちょっとマップを出入りすれば復活してたけど、現実ではそうはいかないだろうし。

 明日の朝一でピカチュウの【たたきつける】とかで砕くとか?いやでも、うーん……。

 

 見上げた岩の中央部には、砕いて下さいといわんばかりの大きなヒビ。なんだか煽られているみたいでイラッとするのは気のせいだろうか。いやまあ無機物に意思なんてないから気のせいなんだけどさ。

 あーもう、目の前にあるのにどうしようもないとかストレス溜まる!うがー、とどこかのタイガーばりに吠えたくなるのを我慢して、行き場のない怒りを込めて正拳突きを一発。

 

「……!」

 

 いったい!痛いわこれ、血こそ出てないけど手が赤くなってしまった。だから勢いで行動するとろくなことにならないって、ついさっき学んだばっかりだろうにアホか自分。せめてリメイクじゃなくて赤緑の方の服装だったらグローブがあるから痛みが軽減されただろうに、残念ながら私はリストバンドつけてるくらいである。……リストバンドで拳覆えばよかったのでは?あれか、深夜だから頭が働いてないのか。

 うん、そっか、深夜なら仕方ないね。こんなアホなこと仕出かしたのも深夜テンションだからだろう。何もかも深夜テンションが悪い、深夜テンションなら致し方なし。よし寝よう。

 

 そういえば心なしか視界もぼんやりしてきたし、これはもう寝ろということだろう。そうそう、だからなんだか岩のヒビがだんだんでかくなってきてるのも気のせい……。

 

 

 ……わっつ?

 

 一気に目が覚めた。ピシピシと音を立てながら亀裂が広がっていくのを、思わずその場で凝視してしまう。いやいやいや、まさかそんな。たかだか小学女児の正拳突きごときで砕けるほど要【いわくだき】の岩がもろいはずが。

 

 そんな私の思いも虚しく、目の前の亀裂は段々と大きくなっていき、やがて大きな音とともに砕け散った。あたりに破片が飛び散るのを、呆然と立ち尽くして見届ける。

 視線を足元に落とせば、岩の破片に紛れて少しだけ色の違う石がひとつ。恐らくこれがつきのいしだろう、現物を見たのは初めてだけどゲーム内のアイコンとほぼ同じだから間違いないはずだ。

 

 いや、うん。それはいい。それはいいんだけど、そうじゃないだろう。

 

 私だって馬鹿じゃない、さすがにこれはおかしいと気付く。そもそも【いわくだき】っていうのは人間の力じゃ砕けない岩を砕くためにあるのであって、普通に子どものパンチ程度で砕けるんだったらはなからひでんわざなんて必要ないのだ。

 そもそも、明らかにアスリート顔負けのスピードで走れた時点でおかしいと気付くべきだったんだ。いやなんとなく気付いてはいたけど精神衛生上スルーしていただけで。でもここまできたら無視とかできるはずもない。

 

 ……うん、これ、どう考えても私の身体能力がおかしいんだ。

 

 ふと前世で見たアニメが頭を過ぎる。主人公のサトシは冒険の最中でたびたび人間離れした動きをしていたことで、スーパーマサラ人なんて言われたりしていた。そして私も媒体は違えど同じマサラ出身、つまりここから導かれる答えは一つ。

 もしかしなくても:私もスーパーマサラ人。

 

 わーい、ってことはなんだ、私もいずれあんな人間離れした数々の行動を引き起こすようになるのか。いや、確かにあれだけの身体能力があれば便利だろうなとは思うけどさ、そうなりたいかと言われれば……ねえ?

 別にお母さんは普通の運動神経だったと思うんだけど、どうしてこうなった。私が知らないだけで人外じみた動きをしてたとか?あるいはこれがこの世界の常識……は、ないな。この11年間でそんな話は見たことも聞いたこともない。これでグリーンもスーパーマサラ人だったりしたら、なんて考えたくもないよ。

 

 

 ……よし、寝よう。やっぱり夜更かしなんてロクなもんじゃない。もうこの際現実逃避でも構わない、私は心の平穏が欲しい。

 いざ、寝袋にダイブ!ピッピまでは現実として、【いわくだき】(人間ver.)あたりからは夢オチだったことを祈って!

 

 

 ……痛みがあるんだから現実、とかそういうツッコミはなしで。

 


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