レッドさんの華麗()なる珍道中 作:らとる
というわけで、今回はたまには真面目にバトルする回です。ちなみに投稿が遅れた理由は、断じてマスターやってたからでもコーデバトルやってたからでも小さいキュゥべえになってたからでもありません。ただ単純に夏の終わりを謳歌していたからです。
……申し訳ありません。
目の前にそびえ立つはニビジム。傍らには頼もしい仲間。挑むは相性最悪のいわタイプ。
……ついにこの日が来た。そう、私のジム初挑戦の日だ!
なーんてかっこつけてみたはいいけど恥ずかしいね、これ。もう二度とやんねーわ。別に声に出してたわけでもなし、傍からみたらただ単にジム戦を前に気合を入れてるだけなんだろうけど。
いやあ、まさかトレーナーでもないのにジムに挑むことになろうとは。ちょっと前なら考えもしなかったね。お母さんとグリーンがグルだったりしなければ今頃家で快適プチ引きこもりゲームライフを送っていたというのに。せめて携帯ゲーム機が欲しかった……旅の最中に何らかのアクシデントで壊れる未来しか見えないけどな!
そもそもの話、ひでんわざがジムバッジないと使えないなんていうシステムがおかしいんだって。研究員とか旅行者とか、ちょっと遠出するのにもひでんわざがないと通れない道があるっていうのに鬼畜すぎませんかこの世界。船とか出してもらえばまた別かもしれないけど、それにしたってどれだけ金がかかると思ってるんだ。
ポケモンが身近であるが故の弊害なのか、トレーナーでない人の肩身が狭すぎると思います。誰も彼もがトレーナーとして生きたいわけじゃないんだぞ。
まあ、グチグチ言ったところでどうにかなるわけでもないし、やるからには全力でやりますとも。お金は欲しいし。……うん、冗談だから。七割くらい。
大きく息を吸って、吐いて。心なしか昂る気持ちを深呼吸で落ち着けて、ジムの扉に手をかける。
「行くよ、準備はいい?」
肩に乗せたピカチュウが無言で頷き、腰につけたリザードのモンスターボールが彼のやる気を伝えるようにガタガタと揺れる。
改めて気合いを入れて、ジムの扉を開け放ち――。
あ! こぶとりのおとこが あらわれた!
……まあね、知ってたよ。気合い入れたところで、いくらそれっぽい雰囲気を作ったところで、最初に出迎えてくれるのは例のおっさんだよ。
でもさあ、もっとこう、なんかあるでしょ?少しくらい雰囲気みたいなのを作ってくれたっていいじゃん。胸をふくらませたトレーナーが扉を開けて最初に見るのが小太り中年オヤジってどうよ。いやまあおじさんに罪はないけど。ゲー○リのセンスって言ってしまえばそれだけなんだけどさ。
そっと目を逸らし、おじさんの隣にある像を調べる。うん、台座のプレートにグリーンの名前が彫られているってことは、もうグリーンはハナダシティに向かってる頃なんだろう。さすがはグリーンってところか、幼馴染みとして鼻が高い。
――隣からなんだか視線を感じるのは無視だ無視。別にアドバイスなんて今更されるまでもないし、そもそもコミュ障のことは放っておいてほしい。会話は最低限でいいの。美人とかロリショタならともかく、いい歳したおっさんが話しかけたそうにうずうずしてたところでターゲット層は狭いんだから。せめてイケオジになってから出直してきてください。私は全然、全く、これっぽっちもそういう趣味はないっ!
向けられる視線に耐えきれず、そのまま目線を合わせないようにおじさんとは反対の方に体を向け、そのままジムの奥へと進もうと歩きだす。
すると何ということでしょう、おじさんがその図体に似合わぬ俊敏な動きで私の目の前に滑りこんだ。ひえっこわっ。というかなんかめっちゃいい笑顔なのが妙に腹立つわ。
「おっす、ポケモンチャンピオンを目指す少女!まずはトレーナーカードを提示してくれ!」
疑問形ですらねえのかよ。チャンピオンなんて目指してません、ここに来たのはひでんわざを使えるようになるためです。なんて言えたらいいんだけどね、残念ながら私の口が動いてくれるわけもなく。
そのまま無言でトレーナーカードを取り出して渡せば、何やら設置してあった機械のようなものに一瞬かざされ、そのまま返却される。
「よーし、これでチャレンジャー登録は完了だ。ところでチャンピオンを目指す少女、ジム戦はこれが初めてかな?」
だからチャンピオンは目指してな……いいや、もう。どうせ口に出ることなんてないし。仕方なく、“初めてのジム戦”という言葉にだけ頷く。断じてチャンピオンなんざ目指していませんとも。ええ、ええ、本当に。
「そうか!それならまずは、駆け出しトレーナーである君にこれをプレゼントだ!」
私の反応に更にテンションを上げたおじさんが、近くの机から小さな長方形の細長い箱を持ってくる。見たところ金属製のそれを、おじさんは輝かしい笑顔と共に私に手渡した。
「それはバッジケース!各地のジムリーダーに勝利することで貰えるリーグバッジを保管するための専用のケースだ!頑張ってどんどん埋めていってくれ!」
へー。なんだ、前世で売ってたグッズとかアニメとかで存在は知ってたけど、この時代に既にそんな洒落たものがあったのか。大して嵩張らないサイズなのも有り難い。確かにこの手のバッジは保管方法に困るものではあるし、ありがたく貰っておこう。
……さて、もう用は済んだよね。おっさんどいてくれ。私はジムに挑戦しに来たんだから通してくれないと困るんだが。
「まあ待て未来のチャンピオン。俺はトレーナーじゃない、しかし勝つためにばっちりアドバイスできるぜ!」
だから間に合ってますってば。え、声に出さなきゃ意味がない?なんてハードな要求をするんだ貴様は鬼か。会話は!最低限で!
「ニビジムリーダーのタケシはいわタイプのポケモンを使う!つまり、ほのおタイプやひこうタイプは相性が悪い!気を付けろよ!」
それだけ言うと、満足したのかおじさんは元の定位置へと戻っていく。一方的に喋って満足して戻るとか、本当に何なんだ。私には理解のできない世界に生きている……こわい……。
というかそもそもこのアドバイス、私にとっては何の意味もないんだけどね。その相性が悪いタイプで挑みますが何か?それに、このジムいわタイプっていうよりかはじめんタイプだろうに。看板に偽りありとはまさにこのことだ。
まあ、終わったことを気にしたところでどうしようもない。帰り道なんて話しかけなければスルーしてくれるだろうし、さっさとジム戦を終わらせるとしよう。
ゴツゴツとした岩で形成された通路を歩いていく。ニビジムはジムトレーナーが一人しかいないこともあってか、かなり単純な作りだ。道もまっすぐ進めばいいだけだから迷う心配もなし、方向音痴にやさしいジム、ニビジム!うーん最高。
……え、なになに、そんなことを気にするのは私くらい?冗談はよしこさん、だってみんなトキワジムとかフエンジムとか迷ったでしょ?……迷ったよね?
よーし、なかったことにしようじゃないか。私は何も考えなかった。そうだよ、初めてのトレーナー戦を前にして全く関係ないことばかり考えるような馬鹿が一体どこにいるっていうんだアッハッハ。もっとこう、緊張とか興奮とかでいっぱいだもんね!わかるよ、私だってそうだもん(大嘘)。
顔を上げれば、通路のど真ん中には仁王立ちしたトレーナーことボーイスカウトの姿。何故ゲームのように壁際に立っていないのかとか、なんでそんな得意げに腕組んでるとか、言いたいことは山ほどあるけどまあいいだろう。自信満々なところ悪いが、さっそく強くて可愛いうちの子の経験値になってもらおうじゃないか。憂さ晴らし?ナンノコトデスカネ。
「待ちなー!子どもが何の用だ!タケシさんに挑戦なんて一万光年早いんだよ!」
おお、あの有名?な台詞。ただし一万光年は距離です。ついでに言うなら私より前にきたグリーンも子どもだし、ボーイスカウト君も子どもだよ。
なんか難しい言葉を覚えた子どもが頑張って使ったけど使い方間違ってるみたいな感じだ。ついつい生温かい視線で見ちゃうよね。そして大人になったら頭抱えて恥ずかしがるやつだ、知ってる。
「よーし。行け、ディグダ!」
ボーイスカウトがその場で繰り出したのはディグダ。対する私のポケモンはピカチュウだ。最初はリザードの【りゅうのいかり】で一撃必殺しようかとも思ったけど、タケシがいる場所からもこのバトルは見えるだろうし、切り札は温存しておいたほうがいいだろう。
即座にディグダへ向けて図鑑をかざせば、Lv.11の文字が浮かび上がる。勿論、まだ捕まえていないから詳しい情報が表示されることはない。タイプ相性としては不利だけど、レベル差はあるし、何よりこのレベルならまだ相手はじめんタイプのわざを覚えていないはず。これくらいなら今のピカチュウにとっては余裕なはずだ。
「……頑張って」
「ピカ!」
鳴き声を合図に、先手必勝とばかりにピカチュウがディグダへと跳びかかる。ディグダはすばやさが高いとはいえ、このレベル差ならピカチュウの方が上。一度ペースを作ってしまいさえすればこっちのものだ。
「ディグダ、【ひっかく】だ!」
ボーイスカウトの指示を受け、ディグダが普段は地中にある爪を出そうと体を地上に出していく。でもそれは素早さが相手より低い状態では悪手でしかない。ディグダの【ひっかく】の発動までにはタイムラグがあるし、何より的を大きくすることに繋がるからだ。
当然、その隙を見逃す私達じゃない。ピカチュウが丁度ディグダの頭上あたりに到達したのを確認したら、あとは簡単。
「【たたきつける】」
ボゴン、と凄まじい音と共にピカチュウの尻尾がディグダの脳天に直撃する。これぞ真のもぐらたたき、哀れディグダはそのまま地中へ逆戻り。うんうん、やっぱり頭がある以上他の場所に比べて脆いと思ったのは間違いじゃなかったらしい。
パッと見白目を向いているし、これ以上の戦闘は不可能だろう。ボーイスカウトもそれは分かっているらしく、悔しげな顔をしながらもディグダをボールに戻した。実はちょっとだけディグダの足とやらを見てみたいと思ったのは内緒である。
「くっそー……ならこいつでどうだ!こい、サンド!」
次にボーイスカウトが出してきたのはサンド。ゲームでもこの二匹だったし、もう腰にモンスターボールをつけていないから、これで打ち止めと見ていいだろう。図鑑を見れば先程のディグダと同じくLv.11、赤緑基準で間違いない、ピカチュウ版じゃない。ヨカッタヨカッタ。
「よーしサンド、あいつに【すなか――」
「【でんこうせっか】!」
させるかバーロー!初代の【すなかけ】は一度くらっただけでもしんどいんだぞ!
サンドが【すなかけ】のモーションに入るよりも早く、ピカチュウの【でんこうせっか】が相手の胴体の側面に叩きこまれる。いかんせん急所じゃないから大ダメージは期待できないけど、よろめいただけでも儲けものだ。
そのままピカチュウが着地したのはサンドの正面。ピカチュウの目の前には、サンドの体の部位で最もガードの薄い部分、すなわち腹部がある。
「そのまま【たいあたり】!」
「かわせ、サンド!」
で、でたー!アニメ十八番の「かわせ!」いただきましたー!まあここはアニメじゃなくてゲーム準拠なのでそう簡単にはいかねえのです、残念。
ピカチュウの方が動きが速い以上、かわすのが間に合わないのは当たり前。ピカチュウの頭からの【たいあたり】(またの名を【ずつき】とも言う……なんてことはない)がサンドの鳩尾あたりに直撃し、あえなくその場に白目をむきながらダウンしてしまった。合掌。
「ピッカァ!」
「お疲れ様、ピカチュウ」
倒れて動かないサンドを尻目に、ピカチュウはそのまま私の腕の中に飛び込んでくる。一撃も食らってないから怪我もないし、この分ならそのままタケシに挑んでも問題はなさそうだ。
ぱくぱくと金魚のように口を開閉させているボーイスカウトには悪いけど、これも相手を舐めてかかった罰だと思ってこれをバネに強くなってほしい。こんな日もあるよ……頑張れ少年。
そのままサンドをボールに戻し、茫然自失といった様子でそれでも体に染みついた動きなのか通路側に避けてくれたボーイスカウトに会釈をする。戦った相手への礼義を忘れちゃいけないよね。
「…………しまった」
と、背を向けたところでボーイスカウトの呟きが耳に入る。しまった、とは何だろうか。負けてしまったからなのか。あるいはもっと別の戦い方があったーみたいな反省か。自分としても学べることがあるかもしれないと思わず振り向いたその先で、もう一言。
「一万光年は時間じゃない……距離だ」
ずっこけた。
そっすね、そういやそんな台詞でしたね、すっかり忘れてたわ。でも勝負終わって第一声がそれってどうよ。漫才のごときリアクションをしてしまった私は悪くないはずだ。
これからジムリーダーなんて強敵に挑むっていうのに、こんなにも緊張感がないというか、間抜けなオチでいいんだろうか。ゲー○リだから仕方ない?さよけ。
ぶんぶんと頭を左右に振って雑念を払う。余計なことを考えている場合じゃないぞ自分。ジムリーダーなんて大物を相手にするんだから、さすがに真剣にやらなければ。
目の前には半裸のガッシリとした体つきの男の人。何故脱いでいるのかなんていう野暮なツッコミはしちゃいけない。外見的特徴からして、彼がタケシで間違いないはずだ。三次元になるとこんな感じなのか。ウホッ!いい男……冗談だよ、冗談だってば。
「……来たな。俺はニビポケモンジムリーダーのタケシ!さっきのバトル、とてもいい勝負だった。だが、俺はそう簡単にはいかないぞ」
「…………」
うんうん、HGSSでの苦戦は未だに覚えているぞ、特に強化後。まさかあんなにレベル高いとは思わないもんな、普通にタイプ相性あんまり考えずに挑戦して泣きを見たくらいだ。
「俺の固い意志は俺のポケモンにも表れる!硬くて我慢強い……そう!使うのはいわタイプばっかりだ!」
じめんタイプと複合のな!ヒトカゲを選んだプレイヤーのことをもうちょっと配慮してあげてください、バタフリーの【ねんりき】くらいしか等倍ダメージ与える方法がないんですよ!
まあそんなのタケシとしては知ったこっちゃないだろうけど。今に見ていろ、タイプ相性なんて飾りでしかないと教えてやる。最後に勝つのは私のリザードとピカチュウへの愛だ!
「さあ、前置きはこれくらいにして早速バトルといこうじゃないか!来い、イシツブテ!」
「ラッシャイ!」
だーかーら、真剣勝負だってのに笑わせんなや。お前の鳴き声はほんとに何なんだよ。……いや、┗(↑o↑)┛エゥンエゥゥゥゥゥゥンとかやられるよか百倍マシですね。
ボールから出てきたイシツブテはLv.12。よしよし、やっぱりいわタイプやじめんタイプのわざは警戒せずにすみそうだ。これならピカチュウでも問題ないだろう。
「ピカチュウ、お願い!」
「ピッカチュー!」
元気な鳴き声と共に腕の中から飛び出したピカチュウが、先程のボーイスカウトとのバトルの時とは比べ物にならないくらい大きなバトルフィールドに降り立つ。特に障害物もないし、ピカチュウとしても動きやすいだろう。あとはそれを私が上手く生かせるかどうかにかかっているというわけだ。
バトルフィールドから少し離れたところに恐らく審判であろう人がスタンバイする。さすがにジムバッジをかけたバトルともなれば第三者の目があるらしい。攻撃の余波が飛ばないといいんだが。
「準備は整いましたか?」
審判の言葉に無言で頷く。ジムリーダーの実力は未知数、ここからは一瞬の隙が敗北に繋がると考えなくては。
「それでは――はじめ!」
その声を聞いた瞬間、ピカチュウが横に大きく跳躍する。真っ直ぐイシツブテに向かわず、そのままジグザグと広いフィールドを利用して相手に動きを悟らせないように距離を詰めていく。
本来ならそのまま殴りに行っても問題無いレベルだけど、相手はジムリーダー、それくらい予測して対策を立てている可能性がある。タイプ相性の問題もあって長期戦になる可能性がある以上、念には念を、というわけだ。
「イシツブテ、右に【たいあたり】!」
「今だ、【でんこうせっか】!」
まんまとフェイクの動きに引っ掛かってくれたイシツブテに、背後に回り込んだピカチュウの【でんこうせっか】が炸裂する。あまり助走をつけられなかったこともあってか、それともイシツブテの耐久が規格外なのか、少しよろめいた程度のダメージしか入っていないようだ。
そのままイシツブテが再びピカチュウに【たいあたり】をしようとしたところを、ピカチュウがジャンプして回避する。そうして距離を取ったところで睨みあいを始めた二匹を見て、思わず眉をしかめた。
……予想以上に手強い。このまま同じ動きを続ければパターンを悟られてしまうだろうし、ピカチュウの体力も消耗してしまう。今の一撃では急所もわからなかったし、長期戦になればこちらが不利になると思ったほうがいいかもしれない。
とはいえ、いくら私が考えこんでいたところでバトルは続いている。
じりじりとした睨みあいはイシツブテが移動を始めたことによって崩された。トレーナーの指示なしでのバトルは焼き付け刃でしかないにも関わらずピカチュウが相手を翻弄しながら少しずつダメージを与えてくれているけれど、それだっていつまで持つか。さっきのボーイスカウトのバトルから休みなしなためか、心なしか動きが少しだけ鈍くなってきている。
どうする、どうすればいい。今のピカチュウには、短期戦には必須とも言える火力がどうしても足りていない。何かそれを補うような手は――。
(…………補う?そうだ、それなら)
ふいに、頭の中にぼんやりとしたイメージが浮かび上がる。正直ピカチュウのパワーを考えると可能かどうかは賭けだけど、このままジリ貧になるよりはずっとマシなはずだ。
【まるくなる】を使用してピカチュウからの攻撃を防ぐイシツブテを注視すれば、それなりにはダメージが通っているとわかる。万全の状態ならまだしも、ある程度弱っているともなれば勝機は十分にあると見ていいだろう。
「ピカチュウ、イシツブテの体勢を崩して!」
「させるか!もう一度【まるくなる】!」
さすがはジムリーダー、指示から実行までのタイムラグがほとんどない。トレーナー戦はこれが二度目だからあまり詳しいことはわからないけれど、ここまでのレベルに至るには相当な訓練が必要なはずだ。
だけど、一度姿勢を解いてからもう一度同じ行動を取るとなれば少しだけ隙ができる。当然そこを見過ごす私達じゃない!
「ピッカ!」
「上に向けて【たたきつける】!」
【でんこうせっか】をがら開きの背中に食らったイシツブテが思わずといった様子で前によろめいた。それを目にするより早く、続けてピカチュウに指示を出す。
ピカチュウは一瞬動きを止めたものの、すぐに私が何をしようとしているのか理解したらしい。そのまま地面からほんの少し浮いたイシツブテの胴体めがけて尻尾を思い切りヒットさせた。
いわタイプはノーマルタイプのダメージを半減するとはいえ、8ものレベル差、そして【たたきつける】の80という威力があれば十分カバーできる。
【でんこうせっか】とは桁違いの威力の攻撃を体の下から受けて、イシツブテの身体はそのまま空中に放り出される。そしてそれを追うように、ピカチュウがイシツブテよりもさらに上空へと跳び上がった。
「しまっ――」
ここでようやく私の意図を悟ったらしいタケシが目を見開く。
そう、足りないのなら補えばいい。純粋な力が足りないならば、それを余所から持ってくればいい。
それは――――高さだ!
「もう一度!」
「ピッ……カー!」
宙を舞うイシツブテに、ピカチュウの渾身の【たたきつける】が命中する。当然不安定な空中で防御することなどできるはずもなく、イシツブテは凄まじいスピードで床へ墜落した。
ドゴン、という明らかにヤバげな音がした一瞬後には、イシツブテの周辺に小規模なクレーターもどきが形成されていて。……これ、弁償とかいわないですよね?
「い、イシツブテ、戦闘不能!」
「……すごいな、予想以上だ」
審判の言葉に、すぐさまイシツブテがボールに戻される。代わりに出されたのはイワーク、つまりはこれで一対二になったわけだ。
数の上では有利なはずなのに全然安心できない。うーん、本当にジムリーダー強すぎでは。これにあっさり勝つとかやっぱりグリーンは規格外だろ……。
「ピカチュウ、まだいける?」
「チャア!」
まだまだ大丈夫だといわんばかりに胸を張るピカチュウ。尻尾への負担はかなりのものだろうに、健気というか頑固というか。こうなったらこのまま下がってはくれないだろうし、私がしっかりと引き際を見極めなければ。
「……無理はしないで」
もう聞いてないだろうけど、念押しのように口にする。無理したらおしおきだかんな!言ったかんな!
「それでは、バトルを再開します」
審判がホイッスルを鳴らした瞬間、ピカチュウとイワークが同時に動き出す。
やっぱりイシツブテとは段違いに動きが速い。ピカチュウの方が速いとはいえ、動きが鈍くなっているせいでそこまでの差はつけられないのは痛いところだ。
「イワーク、そのまま【たいあたり】!」
「上に避けて!」
イワークはすばやさもぼうぎょも高いから、一度あちらに主導権を握られてしまえば立て直すのが厳しくなる。何より、尻尾も含めるとリーチに圧倒的に差が出てしまうのがきつい。つまり、一撃でも食らってしまえば命取りというわけだ。
そのまま背後に【たたきつける】をお見舞いしようとするも、最初からわかっていたかのように回避される。更にそのままピカチュウの落下地点に尻尾を動かし……っておいおい、まさか。
「そこだ、【しめつける】!」
ぎゃー!何で覚えてるんだ!ここは赤緑版だろ、さっきちらっと見た図鑑にもLv.14って表示されてたじゃないか、ひどすぎるよ、こんなのあんまりだよ!
「尻尾に【たたきつける】!」
【しめつける】なんてやられたら一貫の終わりだ。一度拘束されて身動きが取れなくなれば、でんきタイプが効かない以上どうしようもなくなってしまう。
すんでのところでピカチュウの【たたきつける】が尻尾の中ほど、イワークの体を構成している岩と岩の隙間のあたりに命中する。怯んだイワークが硬直した隙に距離を取れば、これ幸いと体勢を立て直されてしまった。
たった少しの攻防だけでも、イシツブテ以上の強敵だとわかる。不幸中の幸いなのは急所が分かったところだけど、それでも当たらなければ意味がない。【たたきつける】の命中率は低い上、さっきの攻防のせいで尻尾に力が入らなくなってきてることもあって【たいあたり】と【でんこうせっか】に頼るしかないし、正直に言うとここから勝ちにいくのはかなり厳しい。
リザードに交代すれば勝率はかなり上がるんだけど……。
「ピー……」
バリバリと頬の電気袋から電気を放つピカチュウの様子からして、明らかに下がるつもりはない。ボールに入りたがらないせいで無理矢理下げることもできないし、やっぱりこのまま戦うしかなさそうだ。
「さあ、こちらはまだまだいけるぞ。イワーク、もう一度【しめつける】!」
「右によけて関節部分に【でんこうせっか】!」
空振りに終わった尻尾の先端付近に【でんこうせっか】が当たるも、これといってダメージが入った様子は見られない。それでも尻尾をもう一度動かすまでの時間は稼げただけ上出来だ。
「【たいあたり】!」
一度【たたきつける】が命中したあたりに攻撃すれば、さすがのイワークでもダメージが蓄積されたのか、そのままよろめいて隙ができる。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
今のうちにと言わんばかりにピカチュウが猛攻をしかけていく。【でんこうせっか】で次々と場所を変えて繰り出される攻撃に、さすがのイワークも為す術がない様子だ。当然相手も攻撃しようと尻尾を振るうけれど、そもそもこうげきが低いイワークの尻尾がかすったところで大したダメージにはならない。
この調子ならいけるんじゃないだろうか、そんなことを考えたところで、ふと目に入ったタケシの様子が引っ掛かった。
これだけ攻撃を食らっているのにもかかわらず、タケシは余裕そうな表情を崩していない。それこそ、まるで最初から作戦通りみたいな――。
……ちょっと待った。そうだ、イワークの攻撃手段は【たいあたり】以外にもあったんじゃなかった?
「――ッ!ピカチュウ、今すぐ後ろに下がって!」
「遅い!チャンスだイワーク、【がまん】を解け!」
ここで、踏んだ場数の違いから来る指示から実行までのタイムラグが致命的な差になった。
ピカチュウが指示通り後ろに下がろうとした瞬間、今までとは比べ物にならないほどの力がこめられたイワークの尻尾がピカチュウの体にたたきつけられる。【がまん】は受けたダメージを二倍にして返すわざ、いくらピカチュウの攻撃の一回一回の威力はそこまでではなかったとしても、あれだけの回数があれば馬鹿にならない数値のはずだ。
「ピ……」
「ピカチュウ、戦闘不能!」
飛んできたピカチュウの体を受け止める。ぐったりとした様子に、思わず自分をなじりたくなる。
今回は完全に自分の判断ミスだ。ピカチュウにとって【がまん】は初見のわざだから対処のしようがないというのに、唯一知っていたはずの私がこの体たらく。本当に、これだけ頑張ってくれたピカチュウに対して申し訳なさしかない。
「……お疲れ様」
「チャ……」
ピカチュウの意思を汲んでボールに戻すことはせず、抱きかかえたままでもう一つのボールを取り出す。
「お願い、リザード!」
「ぎゃうっ!」
ボール越しにピカチュウの戦いを見ていたんだろう、今まで見たこともないくらいに目をギラギラと輝かせたリザードがボールから現れる。やる気は十分、これならきっと大丈夫だろう。
リザードはボーイスカウトとのバトルでは出さなかったからか、タケシが一瞬驚いたような表情を浮かべた。
「まさか両方とも不利なタイプで挑むなんて、正直驚いたよ」
「……別に、不利だからって勝てないわけじゃない」
前世のゲームで言えば、レベル差をつけて【ひのこ】でゴリ押しすれば普通に勝てるしな。まあ勝てるようにしとかないとゲームバランスが問題になりかねないけども。
まあ、そう簡単に行かないのは今のバトルで十分にわかっている。あちらは消耗しているとはいえ有利なタイプ、こちらとしても残るはリザードのみ。かなりギリギリの戦いになりかねない。
「リザード、作戦通りに」
力強く頷いてくれたリザードの頼もしさに頬を緩め、その場から一歩下がる。もちろん、腕に抱いたピカチュウに負担がかからないようにゆっくりと。
「では、再開します!」
二度目の審判のホイッスルの音が鳴る。イワークが先手必勝とばかりに動き出したのを前に、しかしリザードはその場から動くことはなく、大きく肺をふくらませる。そうしてある程度の距離までイワークが近付いた瞬間、リザードが勢い良く口から煙を吐き出した。
「なにっ!?」
視界が白い煙で覆われ、反射的に目を閉じる。聞こえた声からして、タケシも同じ状況だろう。慣れてきたところでゆっくりと目を開けば、相も変わらずフィールドは煙に覆われている。……勘の良い人ならわかっただろう、リザードの【えんまく】によるものだ。
【えんまく】によって出てきた煙は、リザードとイワークを隠すようにフィールドの中心を覆っている。つまり、この状況ではどちらのトレーナーもポケモンに指示を出すことができない、というわけだ。
ジムリーダーとのバトルをするとなって、真っ先に思い付いたのがこの作戦だった。確かにジムリーダーのポケモンは強い。けれど、指示ありきのバトルに慣れてしまえば、いざその指示が失われた場合、どうしても勝手の違いから動きが鈍くなるはずだ。
対してリザードは、私の方針もあって既に指示がなくても動けるようになってきている。ピカチュウは発展途上だけど、リザードは十分に実戦で可能なレベルに達しているから、そういう状況さえ作り出せれば優位に立てることはまず間違いない。
――果たして。十数秒後、青い衝撃波によって内側から【えんまく】が払われたフィールドの中心には、無傷で勝ち誇ったように立っているリザードと、その前で地に伏しているイワークの姿があった。
「イワーク、戦闘不能……勝者、マサラタウンのレッド!」
審判の声が響き渡ると同時に、リザードが勢い良くこちらへと駆けてくる。……勝った。勝ったんだ、私達!
「ぎゃうっ!ぎゃうぎゃうー!」
「ありがとう、リザード。かっこよかったよ」
万感の思いを込めて、普段よりも丁寧に頭を撫でる。ああ、やっぱりうちの子最高。いつの間にか起きていたピカチュウも腕の中で笑顔を浮かべているし、ここが天国か。ポケセンに戻ったらいつも以上に気持ちいいブラッシングをしてあげようと心に誓う。
そのままハイテンションなリザードを落ち着かせてボールに戻す。いつの間にか、フィールドの反対側に立っていたはずのタケシがすぐ傍まで歩いてきていた。
「素晴らしい勝負だったよ。さあ、俺に勝った証としてリーグ公認のグレーバッジを授けよう!」
タケシの手には、新品ならではの輝きを放つ八角形のバッジがひとつ。
差し出されたグレーバッジを受け取り、リュックから出したバッジケースにしまう。これで一つ目。ひでんわざ目的とはいえ、中々に感慨深いものがある。
「グレーバッジを持っていれば、それだけで君のポケモンは強くなる。それに、【フラッシュ】を覚えているポケモンがいれば、戦っていない時はボールから出さなくても【フラッシュ】を使えるようになるんだ」
あっそういうシステムなの。確かに【フラッシュ】だけのためにボールから出すっていうのも手間がかかるけど。なんだろ、そういう特殊な電波みたいなものでもバッジから出ているんだろうか。まあ流石に【いあいぎり】とか【なみのり】とか他のひでんわざはボールから出さなきゃ使えないだろうし、気にするほどのことでもないか。
「それから、このわざマシンも持っていってくれ」
「…………?」
渡されたのは、一枚のケースに入れられたディスク。CDのようにも見えるけど細部が違うこれは、どう見てもゲームのアイコンで飽きるほど見たわざマシンである。しかも白っぽい色からしてノーマルタイプのわざの。
「そのわざマシン34には【がまん】が入っている。相手の攻撃をじっと耐えて、後で一気に二倍にして返す!その強さは、君もよくわかっているはずだ」
おお、ゲーム通り!威力についてはまあ、ピカチュウを一瞬でKOされりゃあ嫌でも理解しますわ。正直HGSSの【いわなだれ】が欲しい気持ちもあったけど、さすがに駆け出しトレーナーにそんな高威力のわざマシンはくれないか、残念。
まあ貰えるというのならありがたく貰っておこう。今のところは使うつもりはないけど、今後手持ちに加えた誰かに覚えさせる可能性がないわけじゃないし。
さて、ここでの目的は果たしたし、早くピカチュウを回復させにいかないと。さすがにきずぐすりでどうにかなるレベルのダメージじゃないからポケセンに一直線だ。
タケシさんに会釈をして、その場から離れようと背を向ける。
「そうだ!君はこれからもジムに挑んでいくんだろう?」
と、声をかけられてくるりと振り返る。
まあ、挑むか挑まないかといったら答えはYesだし、頷いて肯定する。まあリーグに挑戦するのが目的じゃなくて、ひでんわざが目的なわけだけど。ちなみに言うなら私はトレーナーになったつもりはないし、将来は研究者とかブリーダーとかそっち系がいいです。他の地方に行ってコンテストなんかで生計立てるのもいいかもしれん。
「それなら、次はハナダシティのジムに挑むといい。ハナダシティは3番道路から行けるおつきみ山を抜ければすぐの所にあるぞ」
ハナダジムというと、【いあいぎり】に必要なジムだったはずだ。となると今後の旅においては必須……うん、挑むしかないですね。
そのおつきみ山で迷わないといいなあ、という鬱々とした気持ちに蓋をして、もう一度会釈する。知っていたこととはいえ、わざわざ時間を割いて教えてくれたことに対しては感謝しなければ。
タケシとも、またいつか手持ちが六匹揃った時に、本来の手持ちとバトルができたらいいなあ、なんて。まあ、そのためにはカントー地方を巡らなければいけないし、本来の目的である図鑑の完成もさせないと。最近はやれリーグ制覇だやれ厳選だなんて風に最終目的がすり変わっている人が多いけど、元々の目的は図鑑の完成なんですよ、そこお忘れなく。
……だから、トレーナーにはならないってば。あくまでこう、リザードが戦いたいだろうし、みたいなやつだよ、うん。
さて、これで最初のジムも終わり。正直最初のジムでこれとか次からもっとしんどいんじゃないか、なんて不安も生まれてきたけど、まあなるようになるだろう。
次の目的はハナダシティ、まだ見たことのない街、まだ見たことのないポケモン。うん、楽しみになってきた!
……そういえば、借りた部屋に戻る前にちらっとポケセンの中を回った時、なんかロケット団がどうこう、おつきみ山がどうこう、って電話で話してるジュンサーさんがいたような気がするんだけど。
ま、さすがに時間も経ったし、どうせ出発は明日だし、大丈夫だよね!
(バトル描写なんて嫌いだ、という血文字の傍に、見知らぬ人間が倒れている……)