レッドさんの華麗()なる珍道中 作:らとる
トキワの森。
トキワシティとニビシティを繋ぐその森は、むしポケモン、そしてその可愛らしさから大人気のピカチュウが生息する自然豊かな地だ。
森に立ち入ったところで大きく深呼吸。うん、やっぱりこういう大自然はいつ来てもいいものである。
実は、トキワの森に来るのはこれが初めてじゃない。四年前くらいだろうか、グリーンがカロスに留学していた頃、まだわりとアクティブだった博士のフィールドワークに付き合って来たことがあるのだ。
当時はまだ私は前世なんて思いだしていなかったから、純粋にポケモンとの触れ合いを楽しめていた。あの時はたしか博士がゼニガメを連れてきていたんだったっけ。思えばちゃんとしたポケモンバトルを生で見たのはあれが初めてのことだった。あれを見て私は改めてトレーナーに憧れて――いや、この話はやめよう。今となっては過ぎた話、もう何の関係もないことだ。
……まあ、良い思い出ばかりではなかったりもする。具体的に言うと、当時の私はポケモンに夢中になるあまりに博士とはぐれて森で迷ってしまったのである。はい、方向音痴です。そればっかりは否定できない。
ほんとに野生のポケモンに襲われなかったのが奇跡でしかない。それどころか滅多に見ないピカチュウに会い、同情されたのか護衛までしてもらった始末。情けなくて涙が出そうだ。
ああ、あのピカチュウ元気かなあ。こんな面倒くさいガキを襲い掛かるどころか最後まで見捨てずに博士の元へ送り届けてくれるとか神か。しかも観光案内のごとく綺麗な花畑にまで連れて行ってくれたり、仲間を呼んで一緒に遊んでくれたり。人懐こかったし、毛並みも触らせてくれるし。もふもふは正義。
ま、ただでさえピカチュウなんて珍しいし、しかも人に慣れてるとなればトレーナー垂涎だ。きっともう誰かに捕まえられているに違いない。仮に捕まえられていないとしても、四年前に会った子供のことなんて綺麗さっぱり忘れてるだろうけど。
いつもどおりにヒトカゲをボールから出して、草むらへと入っていく。この辺りから一気にトレーナーが増えるから、できるだけ視線を合わせないようにしなければ。もうほんと目が合ったらバトルっていうのやめてほしい。通り魔かよ。
ええと、確かトキワの森にいるのはキャタピー、トランセル、ビードル、コクーン、それからピカチュウの五匹だったはず。モンスターボールやきずぐすりは昨日のうちにフレンドリィショップで補充してあるし、どくけしも何個か買ってあるから、うまく行けばそう時間をかけることなく図鑑を埋めていくことができるだろう。その後はまたレベル上げに専念すればいい。
……と、思うじゃろ?残念、そんなことはなかった。
ところでここで問題です。昨日の時点でヒトカゲのレベルは15でした。さて、ヒトカゲがリザードに進化するのは果たしていつだったでしょうか。
「ぎゃうー!」
A.レベル16。そしてむしポケモンは総じてほのおに弱い。大虐殺(死んではいない)の始まりである。
正直に言おう。ヒトカゲかわいさに捕獲のことをすっかり忘れ去っていた。出会うポケモン出会うポケモン、ヒトカゲが覚えている最も攻撃力の低い【ひっかく】一撃で沈んでいくのだ。
そしてトキワの森での三度目の戦闘を終えた瞬間、ヒトカゲが光に包まれたと思ったら、いつの間にかリザードに進化していたのである。
「ぎゃう!ぎゃうー!」
どことなく凛々しい顔つきになったリザードがかっこいいやらかわいいやら。でもこればかりはタイミングが悪かった。
喜びのあまり興奮して、通りすがりの野生ポケモンに攻撃をお見舞いするリザード。一撃必殺、相手は死ぬ(死んではいない)。ぅゎリザードっょぃ。もう捕まえるどころの話ではなくなってしまった。
戦闘不能になってしまった野生のポケモンにモンスターボールを投げても反応することはない。これは下手に生命力が低下した状態で無理矢理ボールに入れてしまうと、抵抗するために無茶をした結果生命活動が停止してしまう恐れがあるからだ。つまり、現状私は体力満タンの状態のポケモン相手にモンスターボールを投げ続けるしか捕獲の方法がないのである。
困った。どうしよう、このままじゃ図鑑を完成させるなんて夢のまた夢だ。手加減してもらおうにも今のリザードが手加減したところで果たして体力が残ってくれるかどうか。かといって体力が満タンの状態で捕まえるなんて何個モンスターボールを消費することになることやら。先にお小遣いが尽きる未来が目に見えている。
むむむ。ここは一旦諦めて、また後日スーパーボールやなんかを入手してから戻ってくるべきか。でも下手したら余計にお金がかかるし。
未だに興奮したままのリザードからそっと目をそらし、溜息を飲み込む。うん、リザードは悪くない。悪いのは私の計画性のなさである。
せめて、せめて持っているボールを全部消費してしまってでもピカチュウを捕まえてしまいたい。頼むリザード、ピカチュウだけは手を出さないでくr――。
「…………!」
「ぎゃうっ!?」
どしん、と鳩尾に走った衝撃に思わずその場に倒れこむ。ガフッとかいう明らかに女の子が出す声じゃないものを出してしまった気がするけどそれどころじゃない。あまりの痛みに涙が出てきてしまって視界がぼやけているせいか、何が起きているのか全くわからない。これもしかして:かなりやばい。
「ヒ……じゃない、リザード!」
「ぎゃう!」
大慌てでリザードを呼べば、心得たとばかりに声を上げる。ぼんやりとしか見えない視界の中で、リザードが私に攻撃が当たらないように繰り出した爪を、しかしその襲撃者は危なげなく避けてみせた。
しかしそのお陰でお腹の上の重みは消えて、何とかその場に起き上がる。ヒトカゲが他のポケモンの襲撃を警戒して私の側にぴったりと張り付いてくれているのを感じ取り、なんとか手探りで取り出したハンカチで生理的な涙を拭う。そうしてなんとか目を開けば、そこにいたのは。
「チャア……」
「…………」
ピカチュウです。どこからどう見ても電気鼠です。探していたお目当てのポケモンです。
しかも何故か襲い掛かってくる気配がない。こう、耳をしょぼんと下げて悲しげな顔つきをしている。あんまりにも予想外な展開に怒りが霧散してしまう。
いや、何でピカチュウ。野生のポケモンが飛び出してくるのはわかるけど、まさかのトレーナーへのダイレクトアタックって。しかも出会い頭の一撃だけで戦闘の意思を感じないとはどういうことだ。
未だに警戒心むき出しのリザードを手で制し、ピカチュウに一歩近付く。うん、特に攻撃してくる気配もなし、かといって逃げるということもない。もう一歩近付いてみる。何か一変してこう、パァァッとでもいわんばかりの笑顔を浮かべた。更にもう一歩。足元にすり寄ってきた。
……えー。なんだこれ。なんだこれ。何ゆえこんな状況に陥っているのか。リザードも対抗するかのごとくピカチュウに威嚇しながら抱きついてくるし、あ、まって、爪刺さってるいたいいたい。なにこれカオス。
とはいえ、ずっとそのままというわけにもいかない。とりあえずこれだけ友好的ならモンスターボールにも入ってくれるんじゃなかろうか、というわけでいらない子と化してポケットに入れていたモンスターボールを取り出そうとする。しかしそれは、くいくいとズボンの裾を引っ張ったピカチュウによって遮られた。
そのままズボンを引っ張って、森の奥まった方向へと進んでいこうとするピカチュウ。小さな体に似合わぬパワーに転びそうになり、慌ててもう片方の足を踏み出す。待て待て、そっちはどう見ても森の奥である。ゲーム内でマップに表記されてない方である。間違いなく迷う、ただでさえ今回はナビゲーターがいないというのに!
「……あの、私達、用事があるから」
「ピッカァ……」
やせいの ピカチュウの うわめづかい こうげき!
こうかは ばつぐんだ!
「うん……少しだけだよ?」
「ピカ!」
ぐうかわ。
というわけでピカチュウを先頭に森の奥へと進んでいく。なんか陽射しも入らなくなってきたし、リザードは不機嫌だし、これ罠とかじゃないだろうな。ないか。ないよなあ。
じゃあ一体何のためにこんなことをしているんだろう。野生のポケモンが人間にここまで干渉することなんてまずないと思うんだけど。博士に後で知らせたら喜ぶかな。その前に叱られる気もするからやっぱりやめておこう。
「ピカ!ピカー!」
どれくらい進んだ頃だろうか、ピカチュウが急に跳び上がり、今までよりもずっと早いスピードで走り出す。慌てて追いかけていくと、しばらくして今までとは異なる開けた場所が視界に入った。
先に行ったピカチュウがその場で小躍りしているのを見ると、どうやらここが目的地だったらしい。とはいえ森の奥にしては珍しく陽射しが入ってきているというだけで特に変わったところもないし、強いて言うならこう、なんか妙に見覚えがあることくらいで……。
…………見覚え?
ぐるりと辺りを見渡す。足元に咲いたかわいい色とりどりの花とか、なんかピカチュウがやたらめったら人懐こいとか、もしかして、もしかしてこれ。
「君、四年前のあの時のピカチュウ?」
「ピッカ!」
ま さ か の。
正解!とでも言わんばかりに輝かしい笑顔を浮かべて飛びついてくるピカチュウ。その顔をまじまじと見れば、確かにあの時のピカチュウになんとなくこう、顔つきとか耳の形とかそっくりである。
こんな偶然ってあるもんなのかー。だからあの時飛びついてきたのかー。
なるほど、あの時のピカチュウはつまり四年ぶりにあった友人にハグをかましたような感覚だったんだろう。ただ人間とポケモンの耐久の違いが度外視されていただけで。まだ鳩尾がじんじんと痛んでいるのは、まあなんだ、気付かなかった自分の自業自得ということにしようじゃないか。可愛いから許す。
というかむしろ申し訳ない。あちらは成長した自分をしっかり認識してくれたのに、こちらといえば出会い頭にリザードに追い払ってもらって、しかも知り合いだと気付かない始末。これが人間のやることかよぉ!案件である。これはひどい。
「ピカ!ピッカ!」
「ぎゃうー!ぎゃう、ぎゃう!」
なーんて沈んでいる私を他所に、喜びを全身で表現するかのように踊りまわるピカチュウに触発されたのか、リザードも警戒心を解いて一緒に踊りだす。お前らもしかして性格ようきか。もう私ついてけないよ。
「ピカピカチュー!」
「ぎゃうぎゃうー!」
……というか帰り道どうしようね。行きは案内人いたけどちゃんと帰りも案内してもらえるのかな。でないと最悪遭難である。チクショウこれだからトレーナーってのは嫌なんだ。もうおうちかえりたいよ。帰ったところでまた放り出されるのがオチだけどな!
勿論そんな私の気持ちを二匹は知りもしない。一緒に踊ろうとばかりにぐいぐいと腕を引っ張ってくる。これはきっと付き合わないといつまでも諦めないやつだろう。一度付き合ってあげれば納得してくれるかな、してくれるといいな。溜息ひとつ、仕方なくその場に立ち上がる。
と、ふいにポケットからモンスターボールが転げ落ちた。そう、先程から出番がなくてポケットの中でくすぶっていた空のモンスターボールである。そもそも私はピカチュウを手持ちに加えようと思ってトキワの森で粘っていたのだ。色々あって頭からすっぽ抜けていたけど、結局のところピカチュウとしてはどうなんだろうか。
兎にも角にも、モンスターボールがなければ話は始まらない。落ちた勢いのままコロコロとなだらかな斜面を下っていく200円のモンスターボールは、序盤においてはとても貴重なものである。200円を笑うものは200円に泣くのだ。慌てて見失う前に拾い上げようと走り出せば、すぐ横をひとつの影が素早く通っていく。
「ピッカ!」
そう、つい先程までリザードと踊っていたピカチュウだ。
新しい玩具を見つけたといわんばかりに瞳を輝かせ、転がっていくモンスターボールを追いかけていく。当然、素早さが高いピカチュウはすぐに追いついてみせた。
そうして手に持ったモンスターボールをためつすがめつ。まあ、いくら道行くトレーナーが持っているとはいえ野生のポケモンからしてみたら珍しい代物だろう。とはいえ玩具ではなく貴重な200円なので返して欲しいと思いつつ手を伸ばせば、いっそう輝かしい笑顔を浮かべて開閉ボタンを押、し……。
パシュン。テンテンテン。カチッ。
(NOOOOOOOOOO!!!)
なんということでしょう。こんなゲットの方法があっていいものか。ほらみろリザードも呆然としてるじゃねーか!
慌ててもう一度ボタンを押す。案の定、出てきたピカチュウは何が起こったのかわからないといった風に疑問符を飛ばしていた。
気まずーい沈黙があたりに漂う。一応逃がしてあげることは可能だけど、でもやっぱりこの子と旅をしてみたい気持ちもあるし、かといって今の事故みたいなのでゲットするなんて流石に恩人(恩ポケ?)に対して申し訳ないし。
とりあえず本人に確認を取るべきだろう。いや野性のポケモンにどれだけ意思が通じるのかなんてわからないけど。
「……あなたさえよければ、一緒に旅をしたいなあ」
ピカチュウの目の前に、モンスターボールを置く。これで本人がもう一度入ってくれるなら連れて行こう。もしも断られたなら、その時はしかたない。さっきので図鑑はもう埋まっただろうし、他のピカチュウを当たるだけだ。
一秒、二秒。ピカチュウはボールをじっと見つめて動かない。……やっぱり駄目なんだろうか。まあ、人に懐くのと故郷を離れるのはまた別問題だ。いくら仲良くなったといったって、たかだか二回会っただけの子供についていくだけの理由もない。ちょっと寂しい気持ちはあるけれど、ここは潔く諦めるとしよう。
その場で静かに立ち上がり、ボールを拾い上げる。リザードはしょんぼりしているけれど、お世話になった子の気持ちを裏切るわけにもいかない。
来た方向は何となく覚えているし、帰るぶんには何とかなるだろう……多分。ピカチュウに送ってもらうことも考えたけど、そんなことしたら離れがたくなってしまうし。
「ばいばい」
「ぎゃう……」
そのままピカチュウに背を向ける。振り返ったら未練たらたらの顔を見せることになってしまうので意地でも振り返らない。さて、気を取り直して。だいぶ時間が経ってしまったし、さっさと元の場所に戻って図鑑を埋めなけれb――――。
「ピッカア!」
「……!」
ぐふっという女の子にあるまじき効果音と共に、思い切り地面とこんにちは。なんというデジャヴ。さっきと違って腕を突き出すことで地面にキスすることは防げたものの、痛いことに変わりはない。なんだってんだよー!ってこれはもっと後だ。
「ピッカ!ピカピカチュ、ピカー!」
日本語でおk。私はポケモンじゃないから君の言葉はわからないよ。向き合ってれば表情とかしぐさとかから読み取れるけどそんな背中でぽこすかやられててもわかんないから。
っていうかいい加減背中から下りてくれ。別に重くはないけどもこう、姿勢的に辛いものがあってですね。上に重しをのっけた状態の腕立て伏せってわりとキツイんだぞ、落とさないで姿勢をキープするのってすごく神経使うんだから。
「ピィ……カッ!」
そんな思いが通じたのか、はたまたただ単に飽きたのか。しばらくしてようやくピカチュウが背中から下りてくれる。第二波が来る前にあわてて立ち上がれば、ピカチュウはそのまま胸元に飛び込んできた。
「…………!?」
「ピカッ」
反射的に受け止めれば、そのまま尻尾を振り回す。その一撃は寸分違わず、私が握ったままだったモンスターボールに命中。はたきおとされたボールはそのまま地面に落下し、ピカチュウはそれを見届けると何事もなかったかのようにじゃれついてきた。
……だから200円は大きいんだってば、通じるとは思えないけど。抱きしめたままで何とか拾おうとしゃがみこめば、途端ピカチュウは不機嫌な顔つきで尻尾を一振り。手の届かないところまでボールを弾き飛ばす。
「…………」
「ぎゃう?」
仕方なくリザードに目で訴えれば、困惑しつつも拾い上げてくれる。うんうん、まさに以心伝心、ベリーキュートだよリザード。今それどころじゃない?可愛いものは可愛いんだから仕方ないだろう。うちの子は世界一可愛いんだ、異論は認めない。
とはいえ可愛さで事態が解決するわけではないのも確かだ。ピカチュウはといえば、リザードが拾い上げたモンスターボールを、まるで親の仇か何かのように睨みつけている。
うーん、でもボールに罪はないんだけれども。さっきのはあくまでタイミングが悪かっただけというか、そもそも私がちゃんとボールをリュックにしまっていればあんな事故は起こらなかったわけだし、それだけでモンスターボールを嫌いになる理由はないと思うんだが……。
………………。
ふむ。嫌いとな?
「……一緒に来る?」
「ピカ!」
「…………ボールに入ってくれる?」
「ビガァ……」
なるほどなるほど。
つまりなんだ。一緒にいたい、旅をするのもいい、だがしかしボールに入るのは嫌だ、と。そういうことらしい。いや何となくだけど。
ボールを指差した途端にこう、放送禁止レベルの顔になるあたりビンゴだと思われる。ゴールデンタイムに流しちゃいけない顔だった……まさかピカチュウがあんな顔できるほど表情筋が発達していたとは……。
まあ、これはアニポケを見ていたから思いついただけなんだけども。サトシのピカチュウはボールが嫌いだったからね。キミはオレが嫌い?オレはキミが好きだよ!いや、別に私の場合は嫌われてはいないけども。
うーん、オタクとしてはあの名作をもう二度と見ることができないのが悔しくてたまらない。せめてピカチュウ版であれば再現ができたかもしれないのに。いや当事者になりたいわけではないからやっぱなしで。
ボールに入りたくない、かあ。別にその程度、ポケセンの時だけ我慢してもらえば後はどうとでもなる。流石に連れ歩き二匹は厳しいものがあるからリザードにはボールに戻ってもらうことになるだろうけど、移動中やバトル中でなければ何匹外に出したところで変わらないし。
そもそもまだこの時代はポケモンについてあまり研究が進んでいない。だから当然後々開発されるゴージャスボールなんて影も形もないし、モンスターボールの居心地が良いとは限らない。ましてやピカチュウは野生のポケモン、今までずっと研究所にいてボールに入ることに慣れているリザードとは違うのだ。それを無理強いするのは論外だろう。
ま、つまるところ、そんなことはどうでもいいのだ。
大事なのは、ピカチュウが一緒に旅をしてくれること。私の友達になってくれること。ボールに入りたくないなら入らなければいいのだ。その程度のことが何の妨げになろう。
ピカチュウを一度地面に下ろして、リザードからモンスターボールを受け取る。勿論それの開閉スイッチを押すこともなく、そのまま腰のベルトへ。代わりにリザードのボールを手に取れば、わかっているとばかりに頷かれた。
そのままリザードをボールに戻し、ピカチュウをもう一度抱き上げる。くりくりした可愛らしい瞳を正面から見つめて、あらためてご挨拶。
「これからよろしくね、ピカチュウ」
「ピカチュ!」
よろしくのハイタッチをひとつ。満面の笑みを浮かべたピカチュウが、私達が来た方向を指差す。
「……道案内してくれるの?」
「ピカピカ」
……方向音痴の件も覚えていたらしい。それは忘れていてほしかった。
ところで、そもそも私がトキワの森に来た理由を覚えているだろうか。
図鑑である。図鑑を埋めたいのである。つまりは運良く大量消費せずにすんだボールをひたすら投げ続ける苦行をせねばならないのである。
初代の癖にわりとハイテクな博士お手製のポケモン図鑑は、ポケモンに向けることで状態異常やらレベルやら覚えているわざやらを画面に表示してくれる(さすがにゲームじゃないのでHPやPPという概念は存在しなかった)。
ピカチュウを無事ゲットした私は当然ピカチュウのことも調べた。尻尾の形でオスであることはわかったけど、トキワの森にはレベル3の固体とレベル5の固体がいる。できればレベルが高いほうが今後が楽だなあと思って図鑑を覗いたらあらびっくり。
――このピカチュウ、なんとレベル14だったのである。
なんということでしょう。明らかにトキワの森にいていいレベルじゃない。そもそも1番道路の草むらのポッポとコラッタも、トキワの森でリザードに屠られていった(死んではいない)むしポケモンたちも、ゲーム内のレベルと全く同じだったはず。だっていうのに何故このピカチュウだけ妙にレベルが高いのか。
その疑問はすぐに解消されることとなった。行く先々で出会うポケモンが、私が抱きかかえるピカチュウを見た瞬間、そそくさと姿を消すかその場で平伏するかの二択なのである。
……ピカチュウ、どうやら辺り一体を取り仕切っている番長的な存在のようだ。というかそんなレベル14ピカチュウの【たいあたり】を二度も食らったのか私。よく生きてるな我ながら。なんでピカチュウが【たいあたり】覚えてるんだよ……。
いやまあレベルが高いのはいいことだ。今まで戦闘をリザードに任せきりだったのが一気に分担できるようになるから楽になるし、いいことづくめだ。だがここで当初の目的を思い出してくれ。
何度でも言うが、私は図鑑を埋めたいのだ。出会うポケモン出会うポケモンこの調子ではどうしようもないのである。
「…………はあ」
ピカチュウを見るなりスタコラサッサと逃げ出したキャタピーの前で、本日何度目かもわからない溜息をつく。逃げられたらボールを投げるどころじゃないし、かといってこう、ピカチュウに怯えてうずくまってプルプルと震えるポケモンにボールを投げつけ続けるなんて追い討ちをかけるほどの下衆になるつもりもない。まさに八方塞がりである。
せめて襲い掛かってきてくれれば、ボールを投げることくらいはできるというのに。仮に捕まえられなくても倒せば経験値は手に入るのに。どうして世界はこんなにも私に厳しいのか。
「…………ピカ?」
どうしたのか、といわんばかりにきょとんとした顔をするピカチュウの愛くるしさだけが癒しだ。そもそもの原因はこの子にあるといっても過言ではないけども、それを差し引いても可愛さが勝るからノープロブレム。
そうだレッド、もっとポジティブに考えるんだ、ここでこうして苦戦していればその間にロケット団イベントが終わってくれる、具体的にはもうかなり先行しているであろうグリーンがさっさとカントー地方を救ってくれると!……我ながら最低だな。
仕方ない、出直すとしよう。もっと性能のいいボールが買えるようになってから戻ってくればいい。最終的にはチャンピオンロードに行くためにこっちに戻ってくるわけだし。この調子だと22番道路のニドラン♂♀も一撃必殺で終わりそうだからこのままニビシティに抜けちゃおうじゃないか。
「…………なんか」
「チャア?」
「すごく順調に旅してる気がする……」
何かの陰謀を感じる。主に神様とか神様のクソヤロウとかふぁっきん神様とか。
信じてねえけどな!!!
よくよく考えるとスーパーマサラ人疑惑。