レッドさんの華麗()なる珍道中   作:らとる

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ポケスペから名前だけ借りた、容姿も性格もまったく別物のオリキャラが出ます。ご注意ください。

真面目に対戦について考えると、敵の猛攻をかいくぐりながら補助技を使うのってかなりの腕前が必要ですよね。特に補助技ありきの戦法を取るなら尚更。相手との実力が拮抗していたら、補助技を使おうとした瞬間に隙ありとばかりにやられてしまうなんてこともありえそうです。
現実においても、当時はまだネット環境が子ども達にとって身近でなかったことなどもあり、あまり補助技は重視していない人も多かったと思われます。

今回はそんなお話。同時上映:先入観ってわりとすごい。


3.かげぶんしん 三回積めば こわくない

 ジリリリリ、と聞きなれた目覚まし時計の音に意識が浮上する。うとうとしながら音が鳴る方へと手を伸ばし、目覚ましのボタンに一撃。ちょっと機械としてはまずいような音が鳴ったような気もするけれど、この目覚ましとは半年ほどの付き合い、この程度では壊れないことはわかっている。

 そのまま重い瞼をなんとかこじ開けてみれば、視界に入ったのは。

 

「……知らない天井だ」

 

 ノリで言ったがなんてことはない、知っている天井である。ちなみに言うなら昨日泊まったポケセンの宿泊施設の天井である。

 

 ……そうだった。私はついに旅に出たんだ。

 

 

 

 

 ぐっもーにん。清々しい朝、そして全く清々しくない目覚めである。つまりは先へ進む日の幕開けである。

 本当ならこのままヒトカゲを抱きしめてベッドにダイブからの二度寝としたいところだが、残念ながらそんなことをしたら間違いなくたたき出される。というか普通に掃除する人の邪魔である。さすがにそれがわかっていて居座るほど非常識な人間ではないです。

 

 

 

 で、これからの行動ね。大丈夫大丈夫、現実逃避なんてしてないよ。

 

 トキワシティのジムは現在開いていない。何せジムリーダーのサカキがロケット団のボスという前代未聞の事態だからだ。ここ数年ずっとジムを空けているらしいし、上は何をしているのやら。せめて代役を立てるなりなんなりすればいいのに。癒着とかしてたら流石に笑えないぞ。え、大丈夫だよね?

 とまあ、そういうわけでトキワジムはスルー。そもそもトレーナーじゃないんだから全部のジムに挑戦する必要性もなし、ひでんわざを使うのに必要なバッジだけ集めればおk。となると本来であればトキワの森を通ってニビシティへ向かい、フラッシュを移動中に使えるようになるためにニビジムに挑戦するべきなんだけれども……ここで現在の手持ちを見てみよう。

 

 ヒトカゲ♂ Lv.15

 

 以上。

 ……無理です。普通に負けます。さすがにこれは無謀すぎる。一番自分に懐いてくれてた子だからヒトカゲを選んだけど、初代はこの悪夢があったのである。

ちなみにニビジムは岩、次のハナダジムは水。もう絶望しかないよね。

 

 とはいえジム戦のためだけにポケモンを捕まえて育てるというのも、となってしまう。やっぱり自分の好きな子で勝ちたいし。というわけでレッツ・レベル上げ。レベルを上げてごり押し戦法。

 いや、流石に単騎で挑むとかアホなことはしないです。ちゃんとトキワの森でマイアイドルことピカチュウ捕まえていきます。どっちにしろニビジムでは地獄を見るけどそれはそれ、これはこれ。当たらなければどうということはないのである。

 

 ピカチュウなんて主人公の代名詞じゃないかって?よくよく考えてほしい。金銀におけるレッドさんはパーティーに御三家が揃っていた。そしてゲーム内で通信なしに御三家を揃えられるのはピカチュウ版のみ。そして私が最初のパートナーに選んだのはヒトカゲ、つまりこの世界は赤緑青あるいはFRLGだ。

 ふっ、勝ったね。この戦い、我々の勝利だ。そもそも主人公フラグなんて最初からなかった!ポケットモンスター赤緑、完ッ!

 ……うそうそ、冗談ですってば。ちゃんと真面目にやります。

 

 

 とにかく、そういうわけなのでレベル上げに励むとしよう。ピカチュウを捕まえたらそちらのレベル上げもあることだし。ヒトカゲと違って完全に一から信頼関係を築かなくちゃいけないから連携取るのも練習が必要なのだ。

 

 図鑑のことももちろん忘れていない。次はトキワの森に籠もることになります。22番道路のニドラン’sはその後ね。さすがにもうグリーンは先に行ったと思うけど、ほら、念のため。グリーンが嫌いなわけじゃないよ。考えてみてほしい、私達は旅立ったばかり、なにかとお金が入用なのである。そんな状態でバトルして賞金巻き上げるとかさすがに鬼畜すぎるでしょ。

 というか、トレーナーになりたくないって言ってた理由がグリーンへの劣等感なのである。これで万が一グリーンに勝ったりなんてしたらもう退路がなくなってしまう。かといってわざと負けるのはグリーンに対する侮辱だし、だったら最初から戦わなければいいよね!いやそもそも私がグリーンに勝てるわけなんてないんですけども。

 

 うん、やっぱり昨日の私の判断は正しかった。一度ぐっすり寝てリフレッシュした方が頭の回転はよくなるってもんである。

 

 

 

 というわけで、今日の予定も決まったことだし。

 もぞもぞと恋しいオフトゥンから這い出し、いつもの服に着替える。そのまま帽子を被ればちょっと髪の長いリメイクレッドの完成。こればっかりは微妙な気分になってしまうけれど、慣れるしかないだろう。

 時刻を見ればそろそろ七時、食堂も既に開いている時間。いかんせん昨日はヒトカゲのレベル上げに熱中していたおかげで昼夕共におにぎりだったため、さすがにそろそろ普通のご飯が食べたくなってくる。栄養バランス的にも今日は食堂でしっかりとした食事をとらなければ。

 

 ヒトカゲをボールから出し、食堂への道を歩いていく。食堂に近付くにつれて人も多くなってきて、なんだかじろじろとこちらを見られたり。まだこの時期はポケモンの連れ歩きがメジャーでないから仕方ないといえば仕方ないけれど。いいじゃん連れ歩き。ポケモンのみんなも周りを見て楽しめるし、旅において感動を共有する相手がいないってなかなかに寂しいことだと思うぞ。

 

 とはいえ人が多い場所では若干邪魔になってしまうことも事実。後ろをついてきていたヒトカゲを抱き上げて、周りの人の邪魔にならないようにする。ちなみに尻尾の火は触っても熱くない不思議。だからどういう仕組みなんだよ。

 

 

 そのまま改めてポケセンの中を探検気分で眺めながら歩くこと数分、着いた食堂はトキワシティという田舎(もっとも、マサラタウンほどではないけれど)にしては珍しく、ほぼ満席の状態だった。

 さして広くはない食堂とはいえ、ここまで混むことはそうないはずだ。運が悪いというかなんというか。

 

 あたりを見渡すと、初心者からベテランと思しきトレーナーまで十人十色。グリーンは見当たらないし、やっぱりもう先に進んでいるんだろう。

 もしかしたら、この中にはトキワジムに挑戦しようとして足止めを食らっている人なんかもいるのかもしれない。何せ今はそこまで通信機器も発達してないわけだし、そういう情報が上手く回らないなんてことも十分ありうる。パソコンとかポケモン関係の機器はやたらめったら発達しているのに、どうしてその科学力を他に生かせないのか。安西先生、DSが欲しいです。

 

 ……なんてどうでもいいことを考えていたのが悪かったのか、ぐぅ、と思い切りヒトカゲの腹の音があたりに響き渡る。腕の中のヒトカゲのおねだりするような目つき――ああ、これは博士の研究所にいた頃によく見た「ごはんちょうだい」の合図だ――に、ようやく本来の目的を思い出した。いや食堂に来たのに食事そっちのけで考え事とかどうかしてるだろ自分。

 

 ちなみに、ポケセンの食事は基本的に無料だけど、有料でメニューを別のものにすることもできる。例えば今日の朝は焼き魚定食だけど、食券を買えばカレーやらサンドイッチやらも購入できる、というわけだ。ちなみにポケモン用の食事はポケモンフーズ(ほら、アニメのアレだよ)だけである。まあポケモンの種類によって食べれるものも違うから当然といえば当然だけど。

 当然旅に出たばかりなので少しでもお金は節約すべし、焼き魚定食一択である。ここで貰えるポケモンフーズは安いものだからヒトカゲは少し物足りないかもしれないと心配だったけど、調理師のおねえさんが「あらあら新人さん?これから頑張ってね~応援してるわ」とこっそりと山盛りにしてくれたからヒトカゲもご満悦である。

 

「カゲ、カゲ!」

「ゆっくり食べないと喉に詰まるよ、ヒトカゲ」

「カゲ……ぎゃうっ!?」

 

 ああほらいわんこっちゃない。噎せたヒトカゲの口に飲みかけのお冷を流し込む。呆れて溜息をつけば、ヒトカゲは自分は悪くないといわんばかりにある方向を指差した。

 つられて視線を向ければ、そこにはひとつのブラウン管。画面には字幕曰く、今までの四天王対挑戦者の特集が映っていて……ああ、なるほど。ヒトカゲはバトルが好きだし、ああいった強者同士の戦いには憧れるんだろう。興奮するのも納得できる。

 

 画面に映っているのは挑戦者のゲンガーと、四天王カンナのルージュラ。どうやら挑戦者はこれが最後の一匹らしい。流石は四天王というべきか、ゲンガーの素早さにも見事に対応している。あ、【サイコキネシス】出した。ゲンガーの苦悶の表情なんてものを見ることになろうとは。

 それでもジムバッジ七つ(グリーンバッジの入手は現状不可能なので、ジムバッジ七つでも挑戦できるのだ)の実力は伊達ではないらしく、すぐに素早さを生かして接近し、【したでなめる】をお見舞いする。

 

 ……うん?ルージュラが妙にダメージがでかいな。もしかしてこれ、タイプ相性は赤緑じゃなくてFRLG準拠なのか。赤緑の時点ではゴーストタイプはゴーストタイプにしか効果抜群にならないし、バグでエスパータイプには効かないはずなんだが。まひ状態にもなっていないようだし……ううん、どうなっているのやら。

 あくタイプの話を聞かないことなんかを踏まえると恐らくは赤緑準拠なんだろうけど、これ実は解明されていないだけで実際はあくタイプもはがねタイプもフェアリータイプも存在するってことなんだろうか。そこんとこどうなの。

 

 

「ああ、あの映像が気になるのかい?」

 

 食事の手を止めてじっと画面を見ていると、ふいに正面に座っていたトレーナーさんが話しかけてきた。ああ、なんということだろう。初対面の人相手に会話なんていうコミュ障にとって地獄極まりない事態である。

 何と返せばいいのかもわからず、とりあえず頷いてみると、トレーナーさんはにっこりと笑いながら言葉を続けた。

 

「ポケモンリーグは四天王戦を毎回記録しているんだけど、そのいくつかを公開することがあってね。そうすることでそれを見たトレーナー達が彼らのバトルから色々なことを学んで、結果的にトレーナー全体の技量の向上に繋がるように、ということさ。ちなみにこれは二年前の映像だよ」

 

 それはなんとなく聞いたことがある、気がする。確かに彼らのバトルはとても技量が高いし、学ぶべきところも沢山ある。それに、こうして四天王の技量を見せつければ、彼らに憧れてリーグに挑戦するトレーナーだって増えるだろう。戦法が知れ渡ってしまうというデメリットもあれど、それすらものともしない技量が四天王にはある。

 

 そして何よりも、ゲームとは違ってポケモンが覚えられるわざの数はトレーナーとポケモンの技量に依存する。ゲームと同じく四つ程度の技を極めるというのもアリだし、いくつもの技を覚えて状況に応じて使い分けるなんていうことも可能だ。四天王ともなれば、数回のバトルを分析されたところでいくらでも対応できるということだろう。

 

 もう一度、画面に視線を戻す。目を離していた間にかなりの攻防があったらしく、ルージュラがほぼ無傷なのに対してゲンガーは立つのもやっとな状態だ。そしてルージュラの【れいとうパンチ】がゲンガーに直撃し、審判がカンナの勝利を宣言する。ヒトカゲに視線を移せば、興奮冷めやらぬという様子で瞳を輝かせていた。

 トレーナーさんはといえば、私達が熱心にバトルを見ていたのをずっと眺めていたらしい。にこにこと微笑ましげなものを見る目で見られて、おもわず帽子を目深にかぶって下を向いてしまう。

 

「君は新人トレーナーかな?もしよければ、さっきのバトルを見てどう思ったのかを教えてくれないか?たとえば、自分だったらここでこうした、みたいな」

 

 ……といわれても。私よりもトレーナーさんの方がずっと技量は上だろうに、どうして私なんかに聞くんだろう。

 私のそんな視線を感じたのか、トレーナーさんは苦笑しながら再び口を開いた。

 

「ああ、僕は後進を育成するのが趣味でね。だから、君のような新人トレーナーにはついつい声をかけてしまうのさ。それにほら、新人だからこそ固定概念に囚われない思考ができるだろう?」

 

 なるほど、そういうことなら。

 とはいえ、途中で目を離していたからあまり細かいところを言及することはできない。トレーナーさん曰く私ならどうするかを聞きたいということだけど、はてさてどうしたものか。

 

 

 ゲームにおけるカンナのルージュラは、私の記憶が正しければこおり・エスパーの複合タイプでありながらも覚えているわざはノーマルかこおりタイプのみだった。しかし、先程の映像では明らかに【サイコキネシス】を使っていたから、おそらくこの知識はあまり役には立たないだろう。あとはどれだけ補助技を使っているかだけれど、先程の戦闘を見る限りどうもフルアタ構成かな?

 

 そういえば、今までお母さんと一緒にテレビを見る中で何度もポケモンバトルを見たけれど、わりとみんな補助技を使わずにひたすら攻撃に徹してた気がする。でもそればっかりじゃバトルはつまらないと思うんだけどなあ。少し性能的には問題があってもそれをもちものや戦略で補うバトルだって面白いんだぞ。

 

 まあ、それは今は関係ないから置いておくとして。

 ゲンガーはどく・ゴーストの複合タイプ、対するルージュラはこおり・エスパー。さっきの映像ではルージュラがゴーストタイプのわざに怯んでいたことから相性自体は第二世代以降と同じと見るとして、となると両方とも相手に有利なわざを習得できる。しかも挑戦者側はあの時点でゲンガー一体のみ、となるとあまり体力を削るわけにはいかない。

 つまり、いかに攻撃に当たらずに相手の体力を減らすか、というわけだ。もうこれ答えは出たようなもんである。

 

「【みがわり】を最初に使って、効果を発揮している間に【かげぶんしん】を三回程度積んで、その後は攻撃に徹すればいいと思います」

「……驚いたな。まさか補助技をメインに据えた戦法だなんて、滅多に思いつくことじゃない。確かにゲンガーはどくタイプもあるからエスパータイプを正面から相手取るのは厳しいものがある。対してゲンガーはルージュラに効果抜群のわざを覚えることはできない……なるほど、実際のバトルで可能かどうかは置いておくとして、確かに理論上はそれが最善手といっても過言ではないね」

 

 やっぱりこの時点では相性は赤緑時代のやつだと思われているらしい。実際私もさっきの映像見るまでは確信持てなかったけど。博士あたりに調べてもらえば周知されるのかな。そのためには図鑑を埋めなければ。

 私が色々とタイプ相性について知っていてもそれが理由で勝ったらただのズルになってしまうし、かといって子どもがタイプ相性に口出ししたところで子どもの戯言で終わるだろうから博士に頼るしかないという。とほほ。

 

 で、はいはい続きね。そんなにじっと見つめないでほしい。私は廃人じゃないからそんなに上手い戦闘はできないんだって。初代において【かげぶんしん】や【すなかけ】を三回も積めばほとんど攻撃が当たらないなんていう常識程度の戦法しか取れないんですー。畜生め、もう少し時代が先ならもっと面白い戦法がゴロゴロあるというのに。どうして私はもっと後の時代に生まれてこなかったんだ。

 

「よく勘違いされてるけど、エスパータイプはゴーストタイプが弱点のはずです。だからさっきのルージュラはゲンガーの【したでなめる】でかなり体力を削られてた、と思います」

「……何だって?いや、でも確かに今までのバトルでもそれらしき状況があったな……だとすると本当に……?」

「でもゲンガーはルージュラに対して効果抜群のわざをほとんど覚えられないから、攻撃パターンを悟られないためにも【したでなめる】だけじゃなくて固定ダメージの【ナイトヘッド】と【ちきゅうなげ】なんかを状況に応じて使い分ければいいんじゃないかと……」

 

 ねー、ほんっと初代のゲンガーさん不遇すぎワロタ。しかも第二世代からは特攻と特防が分かれてしまうので、ゲンガーさんは打たれ弱くなってしまうのである。

 ちなみにゴースト同士も弱点なのでルージュラが【したでなめる】を覚えていた場合はそれも警戒しなければならない。ああ、悲しきかな初代のエスパー無双。あくタイプが来い。

 

 

 

 ふう、それにしても珍しく長い間喋ったせいで喉が渇いてしまった。コミュ障兼オタクが饒舌になるのは自分の趣味を語る時くらいだからこんなに喋る機会滅多にないし、まあしかたないね。これだからコミュ障は。何とかしろって?何とかできたらそもそもコミュ障になんざなってないよ。

 何やらトレーナーさんがぶつぶつと呟いているのを尻目に、すっかり冷めてしまった定食を片付けていく。ほんとはお冷を飲みたいけどヒトカゲと間接キスはさすがにちょっと……うん……。親愛のキスはともかくマウストゥマウスはだめでしょ。性別的に。

 

 それにしてもこのトレーナーさん、さっきから真剣な表情で何を呟いているのやら。恰好もよくよく見たらジョウトなんかで見かけるような和風っぽい服だし、わざわざこっちにまで旅をするってことは結構腕があるんだろう。そういう人なら、私が言ったことくらい普通に知ってると思うんだけど。いや周知されてない相性はともかくとして。

 

 いや、それにしても沈黙がつらい。席を立とうにもなんだかそんなことができる雰囲気じゃないし、私どうすりゃええのん。

 手持ち無沙汰にヒトカゲの頭を撫でる。物欲しげな視線は無視。いくら可愛いヒトカゲのお願いでもカバンの中のポケモンフーズはあげられません。デブにはなりたくないでしょ。ただでさえニビジムはいかに素早く攻撃を避けるかにかかってるんだから。

 

 

 そうしてトレーナーさんをじっと見つめること数分。ようやく顔を上げたトレーナーさんは、どことなく感激したような表情をしていた。一体脳内でどんな会議が行われていたのやら。

 

「いや、すまない。ありがとう、君のお陰で色々と学ぶことができたよ」

「…………?」

 

 といわれても私ほぼ何もしとらんのですが。固定概念云々とか言われたにもかかわらず常識的な戦法しか提示できなくてむしろ申し訳ないくらいなんですが。

 うーん、なんだろう。マサラタウンにいた時にも何度もあった、自分のことをまるっきり無視して話を進められている感がですね。嫌な予感がするのは気のせいだと思いたい。

 

「僕の目に狂いはなかった。まさかこんな素晴らしい出会いがあるなんてね。もし良ければ君の名前を教えてくれないかな?」

「……レッドです。マサラタウンのレッド」

「レッドか、いい名前だ。それじゃあレッド、君の旅路に幸多からんことを。縁があったらまた会おう!」

 

 そう言うが早いか、トレーナーさんは素早く立ち上がってそのまま去っていった。まさに台風のごとし、終始置いてけぼりである。

 

「……何だったんだろう」

「カゲ?」

 

 食器を片付けて食堂を出る頃には、トレーナーさんの姿は全く見えなくなっていた。まあ当然といえば当然だけど。名も知らぬトレーナーさんよ、あなたは一体何がしたかったんだ。

 朝っぱらからなんだか妙な気分になってしまったけど、まあそう気にするようなことでもあるまい。気を取り直してトキワの森へ向かうとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 心なしか軽い足取りで道を歩いていく。頭の中に浮かぶのは、つい先程言葉を交わした駆け出しであろう一人のトレーナーのことばかり。

 

 一般的に強いとされるポケモン、威力の高いわざ。それらが重視され、画一的になりつつあるポケモンバトル。

 それが必ずしも悪いとは言わない、だがそればかりでは戦略は狭まるのみ。自分とて、それに何ともいえない思いを抱きつつもそういった戦法を取ってばかりだった。

 ――――けれど。

 

(あの子は違う。初心者でありながらポケモンについて博識で、かといってそういった人にありがちな応用力の欠如もなかった。そして今までのバトルの常識を覆すような補助技重視の戦法。ましてや、エスパータイプはゴーストタイプが弱点かもしれないだって?これがもし本当なのだとしたら、大発見だ、ポケモンバトルに改革が起こること間違いなしだ!)

 

 彼女の言った方法は理想論であり、実際にバトルでそれを実行できるかは別問題だ。ポケモンとトレーナー、両者の技量が共に高く、信頼が深くなければまず不可能といってもいい。

 けれど、彼女ならいつかやり遂げるだろうという根拠のない思いがあった。数多くの後輩にあたるトレーナーを育てた自分ですら、あれほどの可能性を秘めた者を見たのは初めてだ。神童とはまさに彼女のためにあるような言葉だ。彼女のような人物こそが、これからの時代を担っていくに相応しいトレーナーに違いない。

 

 そうだ、もしもそうなったら――いつか、成長したあの子と全力でバトルするのもいいかもしれない。ひこうタイプのポケモン使いとして、更なる高みを目指すために。

 

 わざわざ休暇を使ってまでカントーに来た甲斐があったというものだ。強いトレーナーとの戦いを求めて来たのが、まさかこんな形で運命的な出会いを経験することになるとは。

 

(マサラタウンのレッド……次に会うときが楽しみだ)

 

 いつか誕生するであろう強者との、心躍るバトルを夢見て。

 男は、静かに微笑んだ。




名前を借りた(名前が出るとは言っていない)
一応分かるひとには分かるようになっているはず……。

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