レッドさんの華麗()なる珍道中   作:らとる

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シリアス?いいえシリアルです。


1.もう…ゴールしてもいいよね…

 さて、諸君。私はコミュ障である。具体的に言うと脳内ではこんな風にネタにまみれた大変愉快な言葉の数々が飛び交うくせに、実際に話すとなるとあがり症になって何を言えばいいのかわからなくなった挙句口を閉じているタイプのコミュ障である。きっと近場にも一人二人は覚えがあるんじゃなかろうか。

 

 つまり何が言いたいかというと、こういったコミュ障はわりと意思疎通が困難である。

 

 

 

 

 

 

 

 ポケモントレーナーにならない、そう決心した私がまず実行したのは周囲にそれとなくそう告げることだった。

 

 元々の“私”、つまり前世なるクソッタレなものを思い出す前の私は幼馴染とよくポケモントレーナーになる夢について語り合ったりしたものだ。ジムバッジを集め、ゆくゆくはチャンピオンになる――この世界に生まれた以上、誰もが一度は夢見る未来。

 ところがどっこい、私がチャンピオンなんぞになってしまえばその果てに待っているのはシロガネ山にこもる日々である。それでなくとも旅に出るだけでロケット団とエンカウントする可能性があるのだ、原作通りに行動するなんて論外。

 

 とはいえあれだけあこがれていたのだ、急にトレーナーにならないなんて言い出したら心配されるどころではすまない。何か正当な理由がなければ周囲を納得させることなんてできないだろう。

 だから、私は考えた。ポケモンが好きで、けれどトレーナーを諦めるしかないと思うだけの理由。大人たちが仕方ないと納得する、あるいは深く追及するのをためらうようなもの。

 

 

 そうして出た結論は、いわゆる挫折だった。

 

 レッドの幼馴染であるグリーンは、自他共に認める優秀な人材だ。いずれ短い期間とはいえチャンピオンになる彼の実力は伊達ではなく、既にその片鱗を見せている。周囲もそれに気づいているし、それは記憶を思い出す前の私だって感じていたことだ。だから、ほんの少しそれを発展させればいい。

 ……つまり、どうせグリーンには敵わない、そう言って挫折してしまえばいいのだ。

 

 無責任な大人ならば「そんなことはない」なんて言ってくるんだろう。けれど少なくとも自分の周囲にはそんな風に一方的に努力を強要する人はいない。善意を利用する形になることは心苦しいけれど、むしろ下手にロケット団とかにやられるよりはずっとマシなはずだ。……それに後々ふっきれるとはいえ、私がチャンピオンになってしまうことで一時的にグリーンは腐ってしまうわけだし。

 言い訳がましいとは思うけれど、結果として良い方向に転がれば結果オーライというやつである。

 

 

 

 そうと決まれば善は急げ、私はその日からそれとなくグリーンと遊ぶ際に言いよどむようにした。

 トレーナーになりたい、チャンピオンにも憧れる、でもそれでも、と。おもむろにポケモンと触れ合うグリーンに意味深()な視線を向ければ完璧。

 まだ幼いグリーンはよくわかっていないだろうけれど、周囲の大人はなんとなく察したんだろう、次第に私に対してトレーナーやそれに関する話題をふることは少なくなった。

 お母さんからも何かいいたげな視線を向けられることが多々あったけれど、それも黙殺した。後ろめたい気持ちがあるのも確かだけど、むしろシロガネ山で遭難するよりかはマシなんじゃなかろうか。

 

 パーフェクトだね。非の打ち所がない作戦とみた。これなら誰も私の道を阻むことはできないっ!

 

 

 

 

 

 

 

 そうして原作における二人の旅立ちが近づいたある日。

 

 日課のように通っていたオーキド博士の研究所へと駆け足で向かう。ノックをして中に入れば、朝早いからかまだグリーンはいなかった。

 博士の助手さんたちに軽く会釈をして、研究所の奥へと進む。博士はいつもと同じように機械とにらめっこをしていたが、私の足音を聞いて顔を上げた。

 

「うん?ああ、レッド君か。今日はまだグリーンは来とらんよ」

「ううん、今日は博士に用事があってきたから」

 

 朝早くという非常識な時間にも関わらず少しも嫌そうにしないオーキド博士。幼いころから通い詰めたせいか、今となっては私にとって第三の祖父といっても過言ではない。一度敬語を使ったら悲しそうにしたから外したのはいい思い出である。

 そんな善人をこれから利用しようとしている極悪人は私です。石投げないで。

 

「わしに?珍しいこともあるな……どうしたんじゃ、真剣な顔で」

「うん、その……相談があって。博士は、もし私がトレーナーを諦めるって言ったらどうする?」

 

 博士の顔が見る間に驚愕に染まっていく。かれこれ10年の付き合いだけど、こんな顔をした博士を見たのは初めてじゃあなかろうか。ちくちくと罪悪感が胸を刺すけれど、お孫さんの将来のためです、ごめんなさい。

 

「……理由を聞いてもいいかの?」

「前からなんとなく思ってたけど、やっぱり私じゃ力不足だから。……グリーンと違って」

 

 ……というかこれ、わりと本音である。前世の記憶があるとはいえ、自分がチャンピオンになるなんて想像もつかないのだ。

 あれはあくまでゲーム上の話、現実とは何もかもが違う。私がいくら経験を積んだところで頂点なんてまず無理だと思う。カロスに留学してたグリーンと違って、自分はトレーナーとしての修業なんてまったく積んでいないわけだし。現実はそんな甘くないよね。あと一人旅とか普通に考えて無理だよ。

 

 

 そんな私の打算を知ってか知らずか、博士は難しい顔をして黙り込む。はらはらと見守ること数十秒、やがて顔を上げた博士の顔は少し悲しげだった。

 

「……本当に、いいんじゃな」

 

 念押しのようなその言葉にうなずき返す。

 ちらりと横のテーブルを見る。ゲームとは異なり、未だそこにモンスターボールは置かれていない。いずれ来るグリーンの旅立ちの日には、ヒトカゲもフシギダネもゼニガメも、今まで研究所で一緒に過ごしたポケモン達がここに並ぶんだろう。まあ、トレーナーを諦める以上もう私には関係のない話だ。

 ……訂正。少し寂しいけれど、仕方ないだろう。こんな打算まみれの人間に引き取られるよりも幸せだろうし。

 

 そんな風につらつらと脳内で言い訳を並びたてていたその時。

 ――――扉が壊れるんじゃないかというほどの轟音と共に、研究所の扉が荒々しく開かれた。

 

「……え?」

 

 反射的に振り返れば、そこには毎日のように顔を合わせているグリーンの姿。しかしその顔はこの9年間で見たこともないような色に染まっていた。具体的に言うと激おこぷんぷん丸。

 

 そんな噴火寸前の火山みたいな顔色のグリーンは、開け放った扉はそのままにこちらへ早足で近づいてくる。そしてその勢いのまま、思い切り私の胸ぐらをつかんだ。

 

「諦めるってどういうことだよ!」

 

 そのまま唾でも飛ばしそうな勢いでグリーンが叫んだ言葉で、ようやく私は事態を理解した。

 

(き、聞いてらっしゃったー!?)

 

 恐らく彼は研究所の前で博士と私の話を盗み聞きしていたのだろう。人の気配を察するなんて漫画のようなスキルを私が身に着けているはずもなし、悲しいかな、私たちの会話は彼に筒抜けだったわけである。

 ……そりゃあそうだ、怒りますわ。なにせ彼からしてみれば一緒に夢を語り合った相手が急に自分を言い訳にして夢を諦めるなんて言い出したのだ。正当すぎてなんの言い訳もできない。

 

「これグリーン、いくら何でもそれ以上は……」

「じーさんは黙ってろ!」

 

 博士の言葉すら聞かないとは、これはいよいよ逆鱗に触れてしまった可能性が出てきた。酸欠で頭がぐらぐらしてきたしこれはもうダメかもしれない。まさかこんな理由で自分の人生にさよならバイバイする羽目になろうとは。

 いやでも流石に幼馴染を殺人犯にするのは忍びない。制止の意味を込めてグリーンの腕に手を添える。グリーンは流石に正気に戻ったのか、ハッとした顔で襟元から手を放した。

 

 そのまま重力に逆らうことなく床に尻もちをつく。地味に痛い。せき込みながらグリーンを見上げれば、これまた珍しく複雑そうに顔を歪めて自分を睨みつけていた。

 

「……認めねえからな」

 

 何を、と聞き返そうと口を開いた瞬間に思いっきりガンを飛ばされる。不愉快だからもう喋るなってか。……はい、自業自得ですね。ここまで嫌われてしまうとさすがに今すぐ前言撤回したくなってしまう。私としてもグリーンに嫌われるのはつらいものがあるのだ。

 

 ああ、内心のこのしっちゃかめっちゃか具合に反して鉄面皮を保つこの表情筋が恨めしい。ここで少しでも申し訳なさそうな顔でもしてくれればいいのに、この顔ときたら全く動く気配がないのである。私なんか悪いことしたか。しましたね。

 重苦しい雰囲気を打破しようにも、コミュ障な私では何が最善策なのかなんてさっぱりわかりはしない。博士もおろおろとしているしグリーンは相変わらずこちらを睨んでいるし、私に一体どうしろというのか。もうこれドッキリですとか言って許される雰囲気じゃねーぞ。

 

 

 

 その状態のまま何分たったのか、それとも実際はそう時間は経っていなかったのか。やがてしびれを切らしたのか、グリーンが苛立たし気な表情で口を開いた。

 

「俺は認めねーからな!お前が何て言ったところで、俺のライバルはレッドだけだ!」

 

 鼓膜が破れそうなほどの大声でそう叫び、私に向かって指を突き付ける。そうしてそのまま開けたままの扉から走り去っていってしまった。

 ……思わず呆然としてしまったのは仕方ないだろう。まさに台風である。尻もちをついたままの視線でぼけっとしていれば、見かねた博士が手を引っ張って助け起こしてくれた。

 

「すまんのう、レッド君。じゃがグリーンも悪気があったわけではないのでな、許してやってくれ」

「……ううん、今回は私が悪いだけだから」

 

 本当にな!!!

 せめてグリーンが帰った後で話すとかほかにやりようはあっただろうに、なんでこんなタイミングで博士に話をした自分。

 

 きまずい雰囲気のまま博士に別れを告げ、とぼとぼと家に帰る。流石に今日はポケモン達と触れ合う気にはなれなかった。グリーンが乱暴に開けた扉が壊れかけていたのには見なかったフリをしよう。ガタが来てたんだね……。

 それにしても、明日からグリーンとどんな顔をして会えばいいのやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんて思った私が馬鹿だったのか、その日以降、グリーンは露骨に私を避けてきた。これはいよいよ本気で嫌われたかもしれん。私は悲しい。自業自得だけど。

 こちらが話しかけようとしても、私の姿を見た途端に走り去ってしまう始末。正直に言おう、わりとショックである。SAN値がやばくてそろそろ不定の狂気に突入しそう。たった一人の同年代の友達に嫌われるのってこんなにも傷つくんだね……知らなかった……。

 流石にこんな喧嘩にグリーンのお姉さんを巻き込むわけにもいかず、そうこうしている内にいよいよグリーンが旅立つ日がやってきた。そして私の11歳の誕生日でもある。

 

 

 ベッドから起き上がって時計を見れば、いつもだったらとっくに起きて着替えまですんでいる時間だった。せっかくの誕生日だというのにまさかこんな憂鬱な気持ちで迎えることになろうとは。

 グリーンはもう旅立った後だろうか。そうだといいなあ、なんて思いながらもぞもぞと布団のなかで寝返りをうつ。さすがにここまで嫌われてるのに見送りにいくほど気遣いができない人間ではないのです。

 

「レッド!起きなさい、何時だと思ってるの!」

 

 ……だというのに、本当にお母さんは空気が読めないにもほどがある。むしろわざとなんじゃないかと勘ぐってしまうくらいだ。

 仕方なしにのろのろと着替えをすませて階段を下りれば、そこには笑顔を浮かべるお母さんの姿。

 

「ほら、早く支度しなさい。オーキド博士が呼んでたわよ?」

 

 妙に凄みのある笑顔に、思わず顔をひきつらせる。こういう顔をしている場合は十中八九ロクなことにならないということを、私はこの10年間で嫌というほど思い知っていた。

 とはいえ、博士の頼みだというのなら仕方ない。この間の一件でも迷惑をかけてしまったし、と嫌な予感を無理やり振り払う。

 持たされたリュック――そういえば妙に重いような――を背中に背負い、憂鬱な気分で玄関のドアをあける。

 

 

 不機嫌そうな顔のグリーンが立っていた。

 

 閉めた。

 

 

 力ずくで扉を開けられ、無理やり外に引っ張り出された。

 

 

 

 

 

 無言のグリーンに腕をつかまれ研究所にドナドナされる私を、周囲の大人がほほえましげな目でみている。やめてください止めてください。こんなの絶対おかしいよ。

 そのままズルズルと引きずられることしばらく、研究所に着いたところでようやくグリーンが腕を離した。おま、真っ赤になってるとかどんだけ強く握ってたんだ。

 

 研究所には博士の助手たちがいるだけで、肝心の博士の姿は見当たらかった。そういえば、確か原作では草むらに入ろうとしたところを止められたわけだし、外にいるんじゃなかろうか。待ってろってことですか。

 

「…………」

「………………」

 

 沈黙が痛い。周囲では助手の人たちが動き回ってるはずなのに、ここだけ隔離されているかのようだ。

 

 グリーンは相変わらず無言のまま私を睨みつけている。嫌いになったならそう言ってくれれば一思いにやられるだけですむのになあ、なんて思ったところでふいにグリーンが口を開いた。

 

「……この前言ったことは、本気だからな」

 

 唐突なその言葉に、思わず首をかしげる。するとグリーンはまた苛立たしげに顔を歪め、先ほどよりも語気荒く言い募った。

 

「俺のライバルはレッドだけだ。お前が勝手に諦めるなんて俺は許さないし、絶対に引きずり戻すって決めたんだよ!」

 

 ――その言葉に、不謹慎にも嬉しく思ってしまったのはばれなかっただろうか。

 いくら記憶を思い出したとはいえ、ポケモンが好きなことも、本当は心の底ではトレーナーに憧れていることにも変わりはない。きっとグリーンはそれに気づいているんだろう。

 

 私だって、本当ならグリーンと一緒に旅立ちたかった。けれどそうすればどうしても問題が浮上する。ロケット団とかロケット団とかシロガネ山とか。

 いっそ前世なんぞ思い出さなければと思ったりもしたけれど、それだと私は最後にはグリーンを傷つけることになってしまうし、何故かは知らないけどシロガネ山にこもる日々を迎えることになる。運が悪ければロケット団に負けてジエンドオブ俺。結局グリーンを傷つけることに変わりはないのである。

 

 

 ただ、まあ。

 

「ありがとう、グリーン」

 

 この程度くらいは許されるだろう、と小さな声でつぶやく。グリーンにはしっかりと声が届いたらしく、一瞬の驚きの後に破顔した。

 やっぱりグリーンはそういう顔をしている方がカッコいいなあ、なんて近所のお姉さん感覚でぼんやりと考えていれば、ふいに扉の開く音が聞こえてくる。入口に目を向ければ、そこには私を呼び出した博士がいつものように笑顔を浮かべて立っていた。

 

「おお、来ておったか二人とも」

 

 ニコニコと笑顔を浮かべたまま、博士は私たちが立っている場所よりも更に奥へと進んでいく。そうして博士が手に取ったのは――。

 

「……モンスターボール?」

 

 グリーンにこれから手渡すところだったのだろうか、だとすれば旅に出ないと宣言している自分が呼び出される理由はないのだけれど。あるいは仲直りさせようという博士の善意か。

 自分がぐるぐると考えていると、おもむろに博士はそのボールを私にむけて差し出した。

 

 ……ホワッツ?

 

「うむ、あれからわしも考えたが、グリーンの後押しもあってな。レッド君、君に無理にトレーナーになれとはいわん。ただ、一度ポケモンと旅に出て、もう一度自分のしたいことを考えてほしいんじゃ。結論を出すのはそのあとでも遅くはないからの」

 

 真剣な顔で言う博士から思わず視線をそらす。たまたま目に入ったグリーンは、してやったりといわんばかりの笑顔を浮かべていた。

 ……つまり。つまり、これは。

 

「さあ、この3匹の中から好きなポケモンを選びなさい」

 

 差し出されたボールの中にいるのは、記憶通りヒトカゲ、ゼニガメ、フシギダネ。いわゆる御三家と呼ばれるポケモンであり、私とグリーンが幼いころから一緒に遊んでいた友達でもある。どの子もみんな、私に優しくしてくれた子だ。

 

 ボール越しに向けられる親愛の情に、脳内でトレーナーの夢と自分の将来とでぐらぐらと揺れていた天秤が勢いよくバランスを崩した。

 

 

 

 

 

 

 数分後、私の手元にはヒトカゲが入ったモンスターボールがあった。即落ち2コマのごとき展開ではあるが、こればっかりは私に非はないと信じたい。あんな純粋な好意を向けられてそれを無視することができるだろうか、いやできまい。

 ちなみに、対してグリーンはゼニガメを選んでいた。このあたりはゲームと同じなんだなあ、なんて半ば現実逃避のように考える。

 

「さて、それからおまえたちに頼みがあるんじゃ」

「頼み?」

「うむ、これはわしが作ったポケモン図鑑じゃ」

 

 そう言って博士がおもむろに取り出したのは2つのポケモン図鑑。……って、ちょっと待った。

 

 そのイベント、もっと先じゃなかったです?具体的に言うとトキワシティのフレンドリィショップの店員からおとどけものを任されて戻ってきた時に渡されるんじゃなかったです?

 混乱するこちらを尻目に、博士は私に図鑑を手渡す。反射的に受け取ってしまったけれど、これを受け取るということはつまり……。

 

「レッド君、グリーン、これをお前たちに預ける」

 

 ですよねー!

 トレーナーに無理してならなくてもいいっていったじゃないですか!博士の嘘つき!おにちく!

 ……なんて口に出すことができるはずもなく。悲しいかな、私はNOと言えない日本人なのである。これだけされて突き返すとかそんな難易度ルナティックなことができようか。

 

「この世界のすべてのポケモンを記録した完璧な図鑑を作ること、それがわしの夢だった。しかしわしももうジジイ、そこまで無理はできん。そこで、お前たちにはわしの代わりに夢を果たしてほしいのじゃ」

 

 ほれ、と5個のモンスターボールを渡される。この空気で断ることなんてできず、渋々受け取った。

 隣のグリーンが真剣に、しかし興奮を抑えられない様子で図鑑を手に博士の話を聞いているのを横目に見ながら、ため息が出そうになるのを必死にこらえる。ちらりと図鑑の型番を見れば刻まれている「HANDY505」の文字。どうやらリメイクではなく初代の方らしい。私の見た目はリメイクなのに図鑑は初代とはこれ如何に。

 

 図鑑とモンスターボールをしまうためにリュックサックを下ろせば、中に入っているのはお小遣い、キズぐすり、それから旅に出るにあたって必要なあれやこれや。……おいこら、トレーナーカードなんて発行した記憶はないぞ。しかもこれ写真が最近のだぞ。もしかしてこの間お母さんに写真屋さんに連れられていったのはこのためだったのか。ただの証明写真だと思ってたのに、くそう、油断した。

 しかしまあ、これだけ入っているのなら妙に重かったのも納得である。先ほどのグリーンや出発前のお母さんの様子からして、十中八九二人はグルだろう。

 

「さて、んじゃ行こうぜレッド。姉ちゃんがタウンマップ貸してくれるはずだ」

 

 私を出し抜いたからか、それともただ単に図鑑がもらえたのがうれしかったからか、満面の笑みを浮かべたグリーンが私の手を引いて研究所を出る。来た時と違って力加減はしっかりとしてあるあたり、未来の女タラシ野郎の片鱗が見えるようだ。

 ……いや、ちょっと待とうか。私たちついさっきまであれだけ険悪だったのにそれでいいのか。

 

「グリーンって馬鹿?」

「開口一番それかよ!?」

 

 だってそうとしか思えないだろう。そうでなければなんだというんだ。少しでもシリアスをやろうとした私が馬鹿だったとでも言いたいのか。

 

「だって、あれだけ怒ってたのに」

「そりゃあお前、ライバルがくすぶってたらつまんねーだろ」

「私トレーナーにはなりたくない」

「旅すりゃ絶対なりたくなるって」

 

 人の話聞けよ。

 

 

 

 そのままドナドナされること再び。いい加減大人たちの視線が生暖かいものになってきている。つらい。とてもつらい。

 

 そのままグリーンの家に連れていかれれば待っていましたとばかりにナナミさんにタウンマップを渡され、息つく暇もなく再び外に引っ張られる。そうして1番道路まで出たところでようやくグリーンは私の手を離した。

 

「じゃあ、ここからは別行動な。心配すんな、お前ならきっと上手くいくって」

 

 一体ツンをどこへ置いてきてしまったのか、グリーンはぽんぽんと背丈もそう変わらない私の頭を軽く叩く。お前私のことをなんだと思ってるんだ。前世とかも含めれば中身は私の方が上なんだぞぅ。

 

 

「あ、そうそう。お前の母ちゃんから預かってたものがあったんだ。ほら」

 

 まるで面倒見のいい近所のお兄さんのようなノリのグリーンから手渡されたのは1通の手紙。飾り気のないそれを受け取ると、グリーンは役目は果たしたとばかりに走り出した。えっバトルしないの。

 

「じゃーなー!次に会った時にどっちが図鑑埋まってるか勝負だぞー!」

 

 そのまま遠ざかっていくグリーンに石を投げたくなる衝動に駆られながら、手元の封筒に目を落とす。

 その場で中の手紙を取り出せば、入っていた便箋に書かれていたのはたった一言。

 

“グッドラック!”

 

 その場で衝動的に破きたくなったのは至極当然のことである。

 

 

 

 

 

 

 斯くして私は不本意にも旅立つことになった。

 もう私は自分のコミュ障っぷりと優柔不断っぷりに殺意しかわかない。どうしてこうなったも何もない、自分のせいである。

 

 とはいえここまで来たら引き返すなんて恥ずかしくてできないし、こうなった以上はとことんやってやるしかない。

 別に廃人でもなかった私がどこまでやれるかは未知数だけれど、とりあえずロケット団とかのトラブルを避けていけばそう悪い旅にはならないはずだ。

 

 目指すは図鑑制覇からの手持ちレベル100、そしてゆくゆくはマサラタウンで平々凡々な引きこもり生活!

 目指せレッド、頑張れレッド、未来は輝いている!

 

 

 

 

 

 

 

 ……ん?どうやら便箋は裏にも何か書いてあるようだ。どれどれ。

 

“P.S. オーキド博士のお使いをちゃんとやり遂げるまで帰ってきちゃだめよ”

 

 もう……ゴールしてもいいよね……。え、ダメ?そんなー。

 


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