レッドさんの華麗()なる珍道中 作:らとる
というわけでシリアスが続きます。そろそろギャグに戻るはず。
というか前回の投稿が…二年前…???嘘やん……。
「……うそ」
ピジョンの翼に吹き飛ばされ、リザードがなすすべなく地に伏せた。
相手の手持ちはこれで三体目、そしてピジョンもリザードの攻撃を受けてそれなりのダメージを負っている。……でも。
そう、もうピカチュウは先に倒されている。これが示す事実はただ一つ。
────完敗だ。それも、グリーンの時とは比べ物にならないほどの。
図鑑で見たところ、ハヤテさんの手持ちのレベルは最高でも20と少しだった。つまり、レベルではこちらが勝っていることになる。
そしてタイプ相性の方も、ハヤテさんはひこうタイプで統一していた。つまりピカチュウもリザードも、相性が有利か、あるいはそこまで不利もなく立ち回れるはずだった。
それなのに、蓋を開けてみればバトルは終始こちらの不利で進んだ。先手もあちらに取られ、息もつかせぬ猛攻で攻撃をする隙も少ない。最終的には手持ちの半分は倒せたとはいえ、それは指示をださなくてもバトルができるというアドバンテージがあってのものだ。
そして何よりも──補助技を使う暇がない。
補助技を使う場合、どうしても普通に攻撃するよりもタイムラグが発生しやすい。補助技というのは基本的にその場に留まった状態で発動するものだから、仕方ないといえば仕方ないのかもしれないけれど。
ハヤテさんは、見事にその隙をついてきた。あくまで彼の視線を追っての判断ではあるけれど、おそらくポケモンの初動を見て、どの補助技を使うのかを即座に判断した上で、最適なタイミングで攻撃をしかけていたはずだ。
なるほど、これは確かにリーグ戦とかで補助技があまり使われないはずだ。そんなことをすれば隙ができ、そしてその対応が難しい以上、そんなリスクを背負うよりは攻撃に専念した方が合理的、というわけか。
初心者は補助技を軽視しがち、熟練者はその有用性を認めつつも使える機会が少ない。なんというか、補助技に優しくない世界である。
バトルの後半でこそそれなりにタイミングを見計らって補助技を使えるようになったけど、ぶっちゃけこの動体視力がなかったら多分一方的にやられていた。あとはリザード達の咄嗟の判断力のお陰か。
レベル差がそれなりにあったのも不幸中の幸い、同じレベルだったら…考えたくもない。やめよう。
つまり、これは完全にトレーナーの力量差。私の至らなさもあるけど、いくらなんでも相手が悪すぎる。
だって、こんなのは相当のバトルを経験しなければ到達できない領域のはずだ。確かに手持ちを持ち変える必要があるって時点でそれなりのレベルであることは予想できたけど、これはそれなりなんて言葉ですませていいレベルじゃない。こんなのそれこそ全国レベルっていっても過言じゃないだろう。
この手持ちのメンバーとは、いつもの手持ちと同じほどのバトルをこなしているはずもない。それなのにここまで強いっていうことは、つまりその理由の大半はトレーナーにあるはずだ。
というか、なんでこんなに強いトレーナーがゲームに出てこなかったんだ。普通にメインキャラ張れるレベルだろう。それこそひこうタイプ使いなんだし、どっかのジムリーダーとか……。
…………ジムリーダー?
ちょ、ちょっと待て、ちょっと待とう。
そういえば、この人はジョウト出身のはず、それっぽいこと言ってたし。んでもってジムリーダークラスの実力者、うん、こんな外見のキャラクターは金銀にもHGSSにもいなかったはずだ。
だがしかし、ここでこの人の外見をちょっと幼くしてみよう。片目を隠した青い髪、着物、ジョウト出身、そしてひこうタイプ使い……なんだか誰かに似ている気がする。
そして、極めつけは名前だ。金銀におけるひこうタイプのジムリーダーの名前はハヤトだった。ところでこの人の名前はハヤテですね、似た名前ですね。
……ええと、つまりだ。もしかしてもしかするのか、これ。
「ど、どうしたんだ、顔色が悪いよ!?」
「あ、違います、そうじゃなくて」
「それならいいんだけど…何かあったのかい?」
ずっと黙り込んでいたせいか妙な勘違いをしてしまったらしいハヤテさんに問題ないと伝え、改めて正面からその顔を見る。
……うん、そういえば、雑誌かテレビかでちらっと見たことがあるような、ないような。うーんこの鳥頭どうにかしてぇ。
「……あの、つかぬことをお聞きしますが」
「うん?」
「ジョウトのジムリーダーだったり…するんでしょうか…」
一瞬の沈黙──そして。
「……ふふ」
もしかして人違いだっただろうか、そうだとしたら死にてえ、というか死ねる、そんな風にその一瞬で考えた私の思考を読み取ったかのように、ハヤテさんが思わずといった様子で笑い出した。
「ああ、ごめんね。あんまりにもおっかなびっくり聞いてきたものだから、つい」
ハヤテさんはそのままくすくすと笑い続ける。わー上品な笑い方だナー。
「それで、その、人違いですか……?」
「いや、確かに僕はジョウトのジムリーダーだよ。キキョウシティのジムリーダー・ハヤテとは僕のことさ」
ビンゴだー!?なんてこったいとんでもない大物とプライベートでバトルしてたぞ私!
そ、そうか、そういえば金銀でもハヤトくんはわりと幼く(若く)してジムリーダーになった様子だった。つまり、現時点ではもっと年齢が低いわけで、なら先代のジムリーダーだったとしてもおかしくないわけで。それがこのハヤテさん…名前と外見からして父親か、そうでなくとも血縁者?
え、てことはなんだ、私結構なお偉いさんにとんでもなく失礼な……真似を……?トキワシティでの挙動不審とかあまりにもスゴイ・シツレイにあたるのでは。え、タケシの時と態度が全然違う?バッカお前、ハヤテさんは大人だろ!
「す、すみません!その、そうとは知らず失礼な真似を!」
「い、いや、むしろ引き止めたのは僕の方だから。ほら、気にしないで」
気にしないとか無理です。いや、できたら苦労しないんですよ、それが出来ないからコミュ障こじらせてるんですよお!いや待て、むしろここで気にしなかったら明らかにKYだから私の反応は正しい……?ちくしょうどうしろってんだ。
よーし考えろ自分、この場における最適解を導き出せ。会話を繋ぎ、トレーナーさん、じゃなかったハヤテさんに不快な思いをさせず、かつ今後の付き合いに差し障りのない言葉を!
きゃーすごーい推しの身内だー(あっはい、ジョウトのジムリの中でも二番目にハヤトくん好きでした)という邪念よ去れ、もう一度バトルして対策を研究したいという欲よ去れ、あわよくば弟子入りなりして特訓してもらって強くなりたーいという願望よ消えろ!
鎮まれ私の欲望!!!さあ!!!いざ!!!
「こ、こちらこそ色々とご教授いただいたわけですし!そ、の、えっと」
「だ、大丈夫かい?ほら落ち着いて、ゆっくりでいいから」
「あ……う、え、えっと……その!」
「うん?」
「で……弟子にしてください!!!!!!」
今後の付き合いに差し障りのない言葉ーーーー!?!?!?
あんまりにもあんまりな残念すぎる自分の口に絶望し、その場に膝から崩れ落ちる。そのまま前に倒れ込めば土下座ならぬ土下寝のポーズ。
なんでこういう時に限って脳内駄々洩れになるかな!漫画でいう脳内で考えたのと声に出たのが逆っていうのほんとに起こりうるんですね。
死にたい。今ならHARAKIRIもできる。通常のテンションであれをやってのけた武士の皆さんすごすぎやしませんか。私ならヒャッハーしてでもない限り無理っすわ。
「……それは……ごめん、応えることはできない、かな」
そして振られたーーーーーーー!!!!!
わかってはいたけど結構ショックだ……まあ弟子とかね……個人的に取るわけにはいかないよね……いわゆる公務員的な職なわけですし……。ううでもやっぱりもう一度バトルしたぁい。これが数年後ならポケギアで電話番号の交換だってできたかもしれな、あ、嘘ですごめんなさいそんなコミュ力ないです。
「そ、そうですよね……すみません、いきなりご迷惑を……」
「ああ、違うんだよ。別に迷惑とかそんなんじゃないんだ」
うぇ?と土下寝のポーズから復帰する。こんな奇行を見せられた挙句厚かましいお願いをされて尚、ハヤテさんはドン引きした様子もなく優しく、安心させるような笑みを浮かべていた。聖人か?
「僕はひこうタイプのポケモンしか基本使わないからね。君は他のタイプを使っているだろう?だから弟子入りしてもあまり参考にはならないと思ってね」
「そういうもの、なんでしょうか……」
「バトルっていうのはどうしてもタイプごとの傾向が出てしまうから」
そうか、そういうものなのか。
タイプごとの傾向、確かに言われてみればゲームをプレイしていてもそういったものはあった気がする。単純に覚えるわざの種類というだけではなく、戦法という意味でも。
そもそもひこうタイプのように身軽に空を飛び回るポケモンが手持ちにいない以上、その戦法を身につけたところで現状では使い道があまりない、ということだろうか。
いや、呆れられたりドン引きされたのが理由で断られたんでなくてよかった。いやもしかしたら内心ではそう思われてるかもしれないけど……いやでもこんな優しい人がそんなこと思うなんて、でも私さっきから結構な奇行ばっかり晒して、いや(ry。
おっかなびっくり顔色を伺う。見たところ、不快そうな様子はない。それどころか……なんだか少し、楽しそうにすら見える?
その表情の理由は、すぐに彼自身の口から明かされた。
「後は、個人的な感情かな」
「個人的な感情、ですか?」
「ああ。君の戦い方、すごく新鮮だったよ。ただポケモンに指示するだけでなく、ポケモン自身の判断力も高い。君、そういう風に育ててるんじゃないかい?」
……強いトレーナーっていうのは、一度戦っただけでそんなこともわかるものなのか。改めて世界が違うと感じつつ、その問いに頷く。
「僕はね、君に可能性を見たんだ。新しいバトル……新しい時代の可能性を。だから、僕に弟子入りすることでその可能性を狭めるんじゃないかと思ったのさ」
「そ、そんなこと!」
さすがに恐れ多いにも程がある評価に、ぶるぶるともげそうなくらいに首を振る。
私なんて、グリーンに比べれば天と地ほどの差がある一介のトレーナーに過ぎない。新しい時代のトレーナー、なんていうのは彼にこそふさわしいのであって、自分のようなトレーナーが受けていい評価じゃないはずだ。
……そう考えたところで、グリーンのことを思い出してブルーになってしまう。せっかくバトルで忘れかけていたのに。いや、忘れていいようなことじゃないけれど。
「……私なんて、まだまだなんです」
思わずそうこぼす。出会って二度目の人に何を言っているんだ、と理性では考えつつも、心はどこかで吐き出したいと思っていたのか、口が止まることはなかった。
ハヤテさんも私の様子が変わったことに気付いたのか、どこか気遣わしげな様子でこちらを伺ってくる。……それを認識したら、もう止まらなかった。
「幼馴染がいるんです。すごく強くて、昔から全然敵わなくて。才能があるって、ああいうことを言うんだろうなって。……この間も、完敗しちゃったんです」
「……それで?」
「なのにあいつ、私のことライバルだなんて言うから。……私たちの街にはトレーナーを目指す子供が私たち以外いなかったけど、カントー中を見れば、もっとあいつのライバルに相応しい人だっているはずなんです。だから……」
だから、ライバルの座を返上しようとした。私なんかに縛り付けてはいけないと、そう思った。
正しいはずだ。正しいはずなのだ。私は──“私”は、小さいころに夢見たチャンピオンになんてなれないけれど。ゲームの主人公のように、鮮やかに勝ち進むことなんてできないけれど。グリーンなら、きっと夢を叶えられると、そう信じているから。
「……でも、結果として、傷つけちゃったんです」
自分の中に渦巻く思いを上手く言葉にできない。ただ事実だけを口にして、今にも潤みそうな目を隠すために俯く。
本当に何をやっているんだろう、私。さっさと図鑑を埋めてマサラに帰ろうと思っていたはずなのに、気が付けばこうしてバトルに熱くなって──本気でチャンピオンを目指しているわけでもないのに。
わからない。自分がわからなくなっていく。
バトルが好きなリザードやピカチュウのため?違う、私は確かにバトルを楽しんでいた。あのポケモンたちと一体化するような熱が、昂ぶりが、何よりも素晴らしく感じられた。
でも……でも、好きだから、楽しいからというだけで全てが解決するはずもない。好きこそものの上手なれ、なんていうのは才能のある人間にしか当てはまらないのだ。だから、私は身の程を知って、それで、それで、それで────。
「……僕には、事情はよくわからないけれど」
──ぐちゃぐちゃになった思考が、ハヤテさんの声によって静止する。
目の前の彼の顔は、先程の笑顔とは打って変わって、真剣な、何かを案じるようなものへと変わっていた。
「君は、その子がすごく大切なんだね」
その言葉に、しっかりと頷く。
当たり前だ。大切な、大切な幼馴染だ。“私”に前世の記憶が芽生えようと、私が夢を諦めようと、あいつが大切だってことには何の関係もない。
「なら、君が大切に思っているその子だって、同じ思いのはずさ」
わからない、と首を横に振る。
だって、あんなに酷いことを言ったのだ。いくらそれが本人のためという理由の下であったとしても、自分がしたのがグリーンに対する酷い裏切り行為であることくらいわかっていた。それなのに、同じ思いでいてくれるはずがない。軽蔑されたはずだ、嫌われたはずだ。私が同じ立場だったらきっとそうする。
自分の中で荒れ狂うわけもわからない感情にどうにかなってしまいそうで、ぐっと唇を噛み締める。
思考が支離滅裂だ。こんなことじゃいけない、と自分を叱咤する。このままじゃきっと自分がダメになる、そう分かっていても感情はそれについてきてくれなくて……。
ぽん、と。ふいに、帽子越しに頭の上に何かが触れる感触が伝わった。
視線を上げて、それがハヤテさんの手のひらであることに気付く。トレーナーとしての経験を示すように固い手のひらは、けれどそれとは正反対のやわらかい手つきで自分の頭をゆっくりと撫でる。
その感触に、荒れていた心が落ち着いていく。……それと同時に、自分がとんでもないことをしでかしていたことにも気づき、思わず紅潮した顔を隠そうと帽子を目深に被った。
「……本当に、すみません。無関係の人に、色々と愚痴を言ってしまって」
「いいや?その思いは、君の優しさから来るものだ。決して忌むべきものじゃない」
……そう、だろうか。こんなにもいろんな人に迷惑をかけているのに、私はこのままでいいんだろうか。
「今の君に僕から伝えられることはそう多くない。でも、これだけは忘れないでくれ──自分の想いに、正直に生きるんだ」
「…………正直に、生きる」
「ああ。小さいことからでもいい。そうすれば、君もどうすればいいのか、自然とわかってくるよ」
ぽんぽん、と優しく頭を叩かれ、その手が離れていく。
「さっきも言ったけれど、君には間違いなく可能性がある。きっとそれは、まだ君自身も気づいていないものだ。もしかしたら、今はまだ、すごく小さいのかもしれない。……その小さな芽をどうするかはこれからの君次第だ」
「…………」
「説教みたいになってしまったね。でも、これは伝えておかないとって思ったんだ」
さあ、そろそろ暗くなってしまうし、街に戻ろうか、とハヤテさんが促す。
気が付けば、太陽はすっかり西側へと傾き、そろそろ暗くなりだす頃合いだった。……この様子では、今日中にクチバに着くのは無理だろう。
ハヤテさんに促されるまま、ハナダのポケセンへと足を進める。夜も近いし、何よりハヤテさんとの戦いで傷ついたピカチュウとリザードを回復させなければ。
腕に抱いたピカチュウを、傷にさわらない程度に抱きしめる。こんな私にもついてきてくれるこの子たちに、私はちゃんと応えられているだろうか。
(正直に。自分の想いに、正直に)
私は、どうしたいんだろう。憧れははるか遠く、大切な幼馴染も遠ざけて、その上で何がしたかったんだろう。
……まだ、私にはわからない。自分がどうしたいのか、どうなりたいのか。この旅を続けて、その後は?
わからないことだらけだ。ハヤテさんの言葉の意味も、グリーンの気持ちも、何よりも私自身の想いも。
でも。
それでも、たったひとつだけ、わかったことがある。
(──強くなりたい。みんなと一緒に、もっとバトルがしたい)
グリーンに、ハヤテさんに、圧倒的な実力を持つ人に負けた。それでも、バトルをやめたいとは思わなかった。
チャンピオンになる、なんて大言壮語を吐くつもりはない。トレーナーになんてなれない、という弱音に似た思いも、まだ私の中に残っている。それでも、バトルに対する熱は冷めなかった──これは、ハヤテさんの言葉に対する答えになるだろうか。
まだグリーンと向き合う勇気はないけれど、少しだけ、胸につかえていたものがなくなったような気がする。
「……あの、ハヤテさん」
「なんだい?」
「いつか、私がもっと強くなったら……その時は、もう一度バトルしてくれませんか?」
ハヤテさんは、私の言葉に嬉しそうに微笑んだ。
もしかして:主人公すごくめんどくさい性格してる