レッドさんの華麗()なる珍道中 作:らとる
……で、さ。私はマサキさんの家での用事が終わって、明日以降はまた長距離歩かないといけないから早めに寝ようーなんて思っていたわけなんですよ。
なんだけれども。
「……んで?結局さっきのジュンサーさん達は何だったんだよ?」
「…………」
何故に私はグリーンと向き合って問い詰められてるんですかね?
ホワンホワンホワンレドレド~。
そう、あれは一時間くらい前のこと。
マサキさんの家を出た私は、帰り際にゴールデンボールブリッジを渡っていたところ、ふと某ロケット団のしたっぱが泥棒に入ったという民家の裏庭が目に入った。そういえばゲームでは裏庭にしたっぱがいてバトルになったよな~、でもさすがにゲームと違って二日も経っちゃってるからもういないだろ~、なーんて考えてフラグを立てたのが運の尽き。
「……えー」
いました。ふっつーに裏庭でこそこそと何かしていました。
いやね、確かに犯人は現場に舞い戻るものだとは言いますよ?でも普通に玄関は警察が封鎖してるわけなんですよ。そんな状態で戻ってくるわけないだろjk。ロケット団には馬鹿しかいないんです?
折角フシギダネの件に進展があって気分が良かったのに、一気にテンション急降下、ストレスゲージ急上昇。最近イライラするような事が多かったせいか沸点が低くなっているのは気のせいだろうか。まあ確かに前世を思い出す前の私は年齢相応に怒りやすいし泣きやすかったけど、前世での私はわりと事無かれ主義もあって沸点は結構高いと自負していたんだが。
まあ、見つけた以上は放っておくわけにもいかない。何のために戻ってきたのかはしらないけど、自業自得、捕まってもらおうと私は考えたわけで。
でも正面切って戦うなんて以下略、玄関を張ってる警官にチクっておさらばしようとしたんだが、まあそのタイミングで物影からこっそりとしたっぱが行方を眩まそうとしたのが目に入り、ピカチュウがそれに反応して【でんきショック】を一発。そのままそそくさと立ち去ろうとすれば、そこに現れるは昨日お世話になったジュンサーさん。
「あれ、君は昨日の……すまないね、また助けてもらってしまった」
「…………いえ」
結果として足止めに成功し、無事にしたっぱが逮捕されたはいいものの、一連の出来事に関与してしまったせいで事情聴取アゲイン。どうも、例の間抜けなしたっぱは前回泥棒に入った時に迂闊にも証拠隠滅を忘れたらしく、慌てて引き返して来たらしい。アホかな?
仕方ないこととはいえ、また時間を取られてしまったことで更にストレスがたまるたまる。いや、ジュンサーさん達は何も悪くない。私が苛立っているのはロケット団に対してだから。うん。
そして簡単な事情聴取を終えてジュンサーさんにポケセンまで送ってもらったところ。
「……レッド?」
「げっ」
たまたまポケセンで回復していたグリーンとばったり出くわしてしまった、というわけだ。
以上、回想終了。なお回想するほどのことでもないとかそういう意見は受け付けませんのであしからず。そういうわけで目の前には何とも言えない表情のグリーンが、というわけだ。
やばいね、そろそろストレスゲージが爆発しそう。いやグリーンからしてみれば当然の反応なんだけど、それとこれとは別問題なのである。タイミングの悪さがあまりにもひどい。実は狙ってたりでもすんのお前?
大体、幼馴染とはいえ女の子の部屋に押し掛けるっていうのがよくない(この際ここはポケセンの部屋だという話はなし、これはもうそういう問題じゃない)。そろそろ性差を意識し出す年齢だろうし、少しはデリカシーってものをだな。親しき仲にも礼儀ありって言葉知ってる?このイライラを少しも表に出さずに(というか出せたら苦労してない)一つしかない椅子を一応は来客であるグリーンに譲った私は誉められてもいいと思うの。
……いや、よくよく考えたら大したことでもないか。別に私、前世でも高校生の時点で普通に男子を自宅に呼んでたわ。普通にモン○ンやってたわ……。思春期とは一体何だったのか。
いや、それはいいんだ。問題はなんでこんなことになってるのかであって。
「……別に何も」
私何も悪いことしてないですし。むしろほら、善行積んだくらいですし?だからその不機嫌オーラをしまってほしいといいますか。
「あのな、警察沙汰なのに何もないなんてことありえないだろ」
せやな。私がお前の立場でもさすがに心配するわ。いやでも説明すんの面倒くsげふんごふん。
まあいっか、別に聞かれて困ることでもなし、ジュンサーさんに戒口令敷かれたわけでもないし。というかちゃっちゃか説明した方が後が楽なやつだこれ。具体的に言うとここで説明しないと後からなんかグチグチ言われそう。
「……えっと、とりあえずグリーンに言われた通りにマサキさんの家に行ったんだけど」
「おう」
「その帰り道にロケット団がコソコソ何かしてるのを見かけて」
「うん……うん?」
「んで結果的に逮捕した」
「おいちょっと待てどうしてそうなった」
どうしてだろうねぇ。むしろ私が聞きたいんだよなあ。
あっはっは、と乾いた笑いが出てくる。いやほんと、どうしてトラブルの方から舞い込んでくるのか。私何か悪いことしました?別にこんな不幸な目にあうほどのことした記憶はないんですが。これだから神様ってやつは。
「いやおまっ……ロケット団!?大丈夫なんだろうなそれ!?」
大丈夫じゃないです、主に私のメンタルが。
と言いたいところだが、そんなことを言えば更に面倒なことになるのは目に見えている。面倒事は避けるに限るのだ。
「大丈夫、無事に逮捕されたから。昨日とか、あとこの間も何ともなかったし」
「昨日!?この間ぁ!?」
いかん藪蛇。
「おい、とりあえず洗いざらい話せ。場合によってはじーさん達に連絡するぞ」
グリーンの顔がだんだんと険しくなっていく。ああ失敗した、まさかこんなことになってしまうとは。なんでこの口は動くべき場面では動かないのにこういう時に限って余計なことをポロッと喋ってしまうのか。
ええい、もう知らん。この際ヤケクソである。むしろそう、これで旅してたら危ないってことになれば私帰れるんじゃないの!?みたいな。
「おつきみ山にロケット団がたむろしてたのは知ってる?」
「……一応噂では聞いたぜ。実際には見なかったけど」
「たまたま遭遇してバトルになって。その時にあっちの手持ちの攻撃が飛んできて、慌てて避けたんだけど間に合わなくて髪の毛切れた」
……嘘は言ってない。嘘は。ただちょっと、その後のちょっとやりすぎたことについては端折っただけである。だって言ったらまた説教案件だし。えへへ、社会的に抹殺しなかっただけ良い人だよね私!誰もほめてくんないからセルフでほめていく方針でいこうな。
そして何故そっちから聞いてきたのにぎょっとしたような顔してんだ。今更やっぱなしなんて聞かないからな。今まで愚痴る機会がなかった分存分にストレスを発散させてもらおうじゃないか。
「で、昨日は」
「成り行きでゴールデンボールブリッジの五人抜きに挑戦したら、そこのスタッフがロケット団だったんだよ。強引にロケット団に入れようとしてきたからそのままバトルした」
「五人抜きってあれかよ!は、え、あれロケット団だったのか!?」
っていうか、本当に二回とも私に非はないよねこれ。巻き込まれただけじゃん。いや一応不注意に関しては私にも若干、ほんの少し責任はあったかもしれないけど、でもそれだってここまで連続して不幸な目にあうほどのもの?
ああ、私は悲しい。どうして私だけこんな目に合わなければならないのか。この不運の十分の一でもいいからグリーンに回ってくれないものか。つか回れ。全人類私より不幸になれ(過激派)。
「お前なあ……少しは気を付けて行動しろっての」
「気をつけてはいるよ」
その上を行くトラブルが舞い込んでくるだけで。そもそも運の良し悪しなんて私にはどうしようもありませんのであしからず。
「あのな、そもそもロケット団がどんな連中かわかってんのか?あいつらと戦うなんて、下手したら怪我どころじゃ済まないかもしれないんだぞ?」
「知ってる」
「知ってるって……お前な、取り返しのつかないことになってからじゃ遅いんだっつーの!」
「わかってるってば」
だーっ!あーもう、うるさいしつこい!大体誰のせいでこんなことになってると思ってんだ。そもそもの話、グリーンとお母さんが私を無理矢理連れ出したりしなければこんな風にロケット団と関わる羽目になることだってなかったんだぞ。それを棚に上げて説教だなんてどういう神経してんだ。嫌がらせか、嫌がらせなんか?
ううー、思い出したらまたイライラしてきた。そりゃ、ピカチュウやフシギダネと会えたのはある意味グリーンのお陰だけど、それとこれとは別問題だ。原因を作ったやつがそれを言うのか。
「大体、なんでグリーンがそんなこと気にすんの」
いいからほっといてくれ。というかそれこそさっさと先にいってロケット団を倒してくれればいいのだ。そうすりゃ大人しくトレーナーにならなくもない、ってくらいには検討するのに。
言い方がつっけんどんになってしまったけれど、これくらいの仕返しはしたっていいだろう。むしろ私が旅に出てから出くわしたトラブルの数々を考えれば、これじゃ足りないくらいだ。
「あのな、お前は俺のライバルなんだぞ!勝負もついてないのに他の奴らにやられるなんて許すわけねーだろ!」
「勝負はついてるけど」
「あんなんで勝負がついたなんて言えるか!」
「は?」
……うーん、前言撤回。私全然沸点高くないわ。キレそう。
あんなんってなんだ。あの完全勝利でまだ気が済まないと?あれか、もしかして敗者には屈辱を与えなければならない的な思考に目覚めでもしたんか?やめとけその路線はいつか黒歴史になるぞ。
それにライバルっていうのは実力が対等な者同士を指すんであって、私みたいな格下をライバルというのは本当におかしい話ではなかろうか。いやそりゃ昨日勝負がつくまでは実力差なんてわからなかったからライバルって言われても悪い気はしなかったけど、あれだけ格の違いを見せつけられると嫌味とか皮肉の類にしか思えないといいますか。
(……んー、ああ、でも)
そこまで考えて、はたと思いつく。もしかしたらグリーンは、本当にそう思っている――いや、
マサラタウンはとても狭い。隣のトキワシティも気軽に遊びに行ける距離ではないし、そもそもわざわざトキワシティに行かずとも研究所にさえいればすることはいくらでもある。そんな環境で、かつ同じ年頃の子どもが私しかいない状況だ。ライバルという位置に当てはめることができる人物は自然と限られてしまう。
少しの間カロスに留学していたとはいえ、完全なアウェイだった上に期間も短いとなれば、あちらの人と親睦を深めるのも難しいだろう。そういった事情を踏まえれば、こうまで私をライバルだと言い張るのも分からなくはない。この年頃ならそういうのに憧れるものなんだろう。
そう考えたら、不思議なくらいにすっと怒りが消えていった。だってほら、本当にそうなのであれば、グリーンに非はないというか、むしろ期待させるようなムーブをしていた私が悪いわけですし。
とはいえ、このままでいいわけでもないんだけれども。旅をすれば強いトレーナーなんていくらでも出会うだろうし、その中にはきっとグリーンのライバルにふさわしい人だっているだろう。そういう人をライバル認定する機会をグリーンから奪うのはちょっと、ねえ?
そりゃあ、悔しい気持ちがないわけじゃない。というか正直めちゃくちゃ悔しい。だってほら、私だって結局諦めきれてないからうだうだ言いつつもなんだかんだで旅をしているわけだし。前世なんて思い出してなければ今頃はグリーンに対抗心を燃やして頑張っていただろう、なんて考えたこともなかったわけじゃないから。
でも結局はifの話であって、ここにいる私はそんな風に主人公気質で頑張れる人間じゃない。というかそんなもん期待されても困る。私はRPGでいう、主人公のご近所に住む準主役級の登場人物、くらいの立ち位置がいいのです。
そういうわけで、お互いのためにもそろそろなあなあにし続けるのは終わりにすべきだろう。
だってほら、私のことを気にしてたせいで本来の実力を発揮出来ずに~なんてことになったら寝覚めが悪いし。あとは……なんだろ、そうだな、今まで気にかけてもらったお礼?それから、改めて口に出すことで未練を断ち切る意図もある。あれ、こうして見ると自分の保身ばっかりだな。私結構なひとでなしでは?
い、いや、いやいやいや。グリーンのためっていうのも嘘だったり建前だったりするわけではないし。結果的には変わらないし。落ち着け私、ネガティブになるのは悪い癖、ほら深呼吸だぞひっひっふー。
……うん、よし。大丈夫、別に悪いことするわけじゃないんだから、いつも通りでいればいい。シリアスは私にゃ似合わんのですよ。
「あー……の、さ」
「あ?」
ひえこわっ。せめてその般若みたいな顔をやめてくれ、しわになるぞしわに。
ってそうじゃなくて。今は現実逃避してる場合じゃない。後回しにしてもいいことなんてないんだから、ここでちゃんと終わらせなければ。
「いい加減、そのライバルってのやめない?」
「……は?」
――瞬間、グリーンの顔から表情が抜け落ちた。本当に抜け落ちた、としか表現できない。真っ白とも違う、なんだかぽっかりと穴が開いたような表情だった。
その顔に、今更ながら後悔が押し寄せた。なんだか取り返しのつかないことをしてしまったかのような、そんな焦りがじりじりと心を灼く。でももう言ってしまった以上取り消しはきかない。自分にできるのは、少しでもお互いにダメージがないように伝えることだけだ。
「ライバルっていうのは対等な人同士がなるものであって、私たちはそうじゃない。私なんか気に掛けるより、もっとグリーンのライバルに相応しい人なんていくらでもいるだろうし」
あまりの気まずさに、思わず目を伏せる。おっかしいなあ、もっとこう、いつも通り茶化して誤魔化すつもりだったんだけど。いやだってここまでドシリアスまっしぐらな反応されると流石に……。
「…………本気で言ってんのか」
「……」
顔は上げずに、少しだけ顎を動かす。
やばいやばいやばい、何がやばいってグリーンの声のトーンがマジだ。あの、もしかしてこれ本気でヤバいパターンなんですか。そこまで真剣にライバルだと思ってもらえていたらしいのが嬉しいような、それならそうともっと早く、具体的に言うならこうやって地雷踏む前に言ってほしかったような!
「……レッド。お前は、それでいいのか」
グリーンが、絞り出したような声でそう言ったのが耳に届く。捨て猫みたいなその声色に、今すぐにでも「ドッキリでーす」とか言いたくなるのを必死にこらえる。一時の衝動で動くのはよくないってそれ何度も経験してるから。というか今更そんなこと言ったところで火に油を注ぐだけですしおすし。
ああ、多分目を合わせたら手のひらくるりでまたライバルでいようなんて言いかねない私の意志の弱さよ。そんなんだからグリーンも期待しちゃうんでしょうが、いい加減にしなさい。
はいともいいえとも言えず、手持ち無沙汰に頬を掻く。既に頭の中は早くこの気まずい沈黙がなんとかならないかなあ、なんて考えでいっぱいだった。ほら、もうこの際ロケット団が襲撃してくるのでもいいからさ。え、それはトキワシティだからもうフラグ潰れてる?そもそもここはゲーム時空であってアニメ時空じゃない?そういうのほんといいから。
もう言うべきことは言ったし、これ以上口を開いたらまた余計なことを言いかねないし。グリーンが納得してくれればそれが一番なんだけど……。
数秒か、数十秒か、それとも数分経っていたのか。結局、沈黙を破ったのはグリーンの方だった。
「………………ああ、そうかよ」
感情を押し殺したような声と共に、グリーンが立ち上がるのが視界に入る。思わず顔を上げれば、グリーンは既に扉の前まで移動していた。
グリーンが、遠目に見てもわかるくらいにきつくドアノブを握りしめる。扉を開き、そこで一瞬、躊躇するように動きを止めて。
「――勝手にしろ」
振り返ることもなく、激しい音を立てて扉が閉められた。
バン、というとんでもなくでかい音に、反射的に肩を跳ねさせる。き、近所迷惑ー!ここ公共の場ー!いやそもそもの原因は私だけど!
うっうっ、まさかこんなことになろうとは。泣きたい、いやほんとに冗談とか比喩でなく泣きそう。だってこれ今度こそ完全に失望されたじゃん。嫌われたじゃん。
「あー……」
半ば放心状態でベッドに寝転がり、枕に顔を埋める。やり場のない感情をぶつけるように足をじたばたしても、一向に気分は晴れない。いやまあ自業自得なんですけどね。さすがにこの責任を他人に押し付けるほどのクズに成り下がったつもりはない。
でもほら、そう割り切れたら苦労しないんですよ。だってグリーンは私の今世における最初にして唯一の人間の友人なわけですから……その、嫌われるとダメージがすごくてな……。うるせーぼっちとか言ってんじゃねー!ポケモンの友人ならいるわ!手持ちのみんなが!可哀そうな目で見んじゃねーよぶっ飛ばすぞ!!!
はっはー、もはや泣くとか暴れるとか通り越して笑いしか出ねえわ。は?いやほんとですし、強がりとかじゃねーし。別に心が虚無感で満たされたりしてないですし。枕のちょうど目の当たってるあたりが感触がしっとりしてきてるとかそんなことねーから。
「……ふ、っく」
あーあ、ここで笑ったらキ〇ガイ認定されると思うと声出して笑えなくてつらいわー。笑い堪えるのに必死で腹筋痛くて枕から顔上げたら顔芸になるから仕方なく放送事故起こんないように頑張る私って超えらくない?ほめてほめてー。
……うん、これはこれでどうなんだ私。なんか負けたような気分になってきた。はーい笑いをこらえて深呼吸ーひっひっふーだぞひっひっふー。
よいこらせ、と体を起こす。意外と抱き心地のよかった枕から顔を上げれば、ほーらお前ら大好きな肉体ロリの満面の笑みだぞ喜べよ。
「………………あ゛ー」
うん、我ながらテンションがおかしい。なーんかなんもする気がおきん。なんとなく体もだるいしなんぞこれ。もしかして風邪でも引いた?今日は早く寝るべきかなあ。
はい?どっかで見たような顔してる?目が死んでる?……一体全体何のことやら。