レッドさんの華麗()なる珍道中 作:らとる
お待たせしました……スランプ突入しました……。おかげでなんかあまり納得のいかない出来ですが何回も書き直して妥協点は見つけたので投稿します。それはそれとしてゲームばっかりしていたのは事実なのでだれか私の頬を殴ってくれ。
仕方ないじゃないか、懐かしいゲームを発掘したんだ……好感度イベント全部見るために六周したって仕方ないじゃないか……。
それはそれとして、いつの間にかお気に入り2000突破してましたね。皆様本当にありがとうございます!作者頑張る。
――――完敗だ。
リザードをボールに戻し、その場に大の字で倒れ込む。初めての敗北というのはこんなにもキツイものだったのか。
悔しい、悔しくてたまらない。負けたことも純粋に悔しいけれど、何よりもピカチュウとリザードの実力を十全に出し切らせてあげることのできなかった自分の不甲斐なさが情けない。
分かりきっていた結果とはいえ、こう、足をバタバタさせたい衝動に駆られてしまう。気絶しているピカチュウの体に障るからしないけど。
「……おい、レッド。まだもう一匹いるだろ」
グリーンの困惑したような声に、ゆっくりと上体を起こす。ああ、そういえばグリーンはフシギダネの事情を知らないんだった。もしかしたら舐められたと思って気に障ったのかもしれない。
「この子……フシギダネは戦えないから」
「戦えない?」
「ついこの間保護されたばっかりの子を引き取ったんだ。だから刺激しないほうがいいかなって」
「……ああ、そういうことか」
そういうことです。さすがグリーン、理解が早くて助かるよ。
しっかしまあ、いくらグリーンがカロスに留学していたり才能があるとはいえ、ここまではっきりと実力差があるとは。これはもうライバル(仮)の座を返上しなきゃならないね。すごいすごいとは思ってたけど、いつの間にこんなに上の存在になっていたのやら。
あーあ、最初は言い訳でしかなかった挫折が本物になってしまいそうだ。いやそもそもトレーナー目指してないから負けたところで挫折も何もないんだけどね。
負けた理由なんていくらでも思いつく。
才能のあるなしはとりあえず置いておくとして。まずそもそも私はトレーナー戦をほとんど経験していないから、思考の読みあいとかの経験が足りていない。あとは戦える手持ちがピカチュウとリザードしかいないから、どうしても手持ちが多い相手と戦う場合に体力の消耗が激しくなってしまう。他にもグリーンがやったみたいなわざの応用――【かぜおこし】の直後の【すなかけ】とか、【みずでっぽう】で足を滑らせるとか――を予測していなかった視野の狭さ。エトセトラエトセトラ。
課題は山積みだ。どうせ所持金がなくなってきたことだし、今後はそれなりにトレーナーに勝負を挑むのもいいかもしれない。トレーナーにはなりたくないけど、ピカチュウとリザードだって負けてばかりは嫌だろうし。
「つーか、なにがトレーナー諦めるだよ。お前普通に強いじゃねーか。二匹だけでこれだけ追い詰められるとか初めてだぞ」
グリーンのフォローが逆に虚しい気持ちにさせるけど、本人は善意で言っているのがわかっているので気にしない。グリーンはなんだかんだで良いヤツなのである、多分煽るっていう考えが頭の中にないだろう。いや、悪意のない煽りってそれはそれで厄介だけど、子どもなら仕方ないよね。
正直ここまで粘れたのはレベル差によるゴリ押しなので、バトルの上手さはそこまで関係ないというかなんというか。過大評価されている……これはよろしくない。
「……ありがと」
ただまあ、褒めてもらえれば嬉しいのは当然のこと。それがグリーンみたいに強い人からなら尚更だ。ここは変に反抗するよりも素直にお礼を言うべきだろう。
でも、無言で帽子取ってぐしゃぐしゃ頭撫でるのはやめような。ただでさえ髪の毛短くなったせいで爆発しやすくなってるんだから。そもそもその兄貴面をやめろと言っておろうに、たかだか数ヵ月誕生日が早いだけのくせしてーもー!
「…………ピカッチュ」
と、抱きしめていたピカチュウが目を覚ましたのか、小さく鳴き声を上げる。弱々しいその声に腕の中へと視線を落とせば、何か言いたげな様子でたしたしと腕を叩かれた。
……いや、何かじゃない。そもそも何故今まで忘れていた自分。ひんし状態のまま放置するとかトレーナーの風上にも置けないだろうが!
「ちょ、おいレッド、どこに――」
「ポケセン!回復しないと!」
会話を一方的に中断したのは悪いけれど、それよりもこの子達の回復が最優先である。くるりとグリーンに背を向けて、ポケセンへ向けて走り出す。
「馬鹿、そこはまだ地面が乾いてないから走ると転ぶって……!」
――――あっ。
「ったく……少しは落ち着いて行動しろっての」
「ごめん……」
結局、なんとか追い付いたグリーンが受け止めてくれたおかげで転んで泥だらけという事態は回避できた。グリーンも手持ちの殆どがひんし状態なので一緒にポケセンへ行くことになり、かくして回復を終えた私はポケセンの隅、グリーンと向かい合って懇々と説教を受けているわけである。
うーん、子どもに説教される子ども、とてもシュールな絵面だ。一体どうしてこうなった。
「大体お前、昼飯毎日携行食とかアホなのか?いくら朝と夜はポケセンの食堂で食うっつっても、それじゃいつか体壊すぞ」
「失敬な、ちゃんとゼリーとか魚肉ソーセージも食べてるよ」
「そういう問題じゃねーだろ!栄養バランスのことを言ってんだよ!」
オメーは私のかーちゃんか!むしろお母さんよりもそれっぽいわ!
仕方ないだろ、おにぎりとかサンドイッチとかはリュックに入れると潰れるんだよ。バランス良くって考えるとお弁当系になるけどそれだってぐっちゃぐちゃになったの食べる気にはなれんだろ。むしろ何でグリーンはそんなに色々考えてるんだよ、主婦か、主婦なのか。
そもそも、これについては不可抗力というやつなのだ。引きこもり気味の人ならわかってもらえるだろうが、ゲームとかネトサとかしてると手軽に食べれる携行食はとても便利なのである。そのせいか未だに癖が抜けずに気が付けばそういう類のものばかり買っているってだけなんだ。だから私は悪くない。
……これで時々自分の昼を抜くなんて言った日には何時間も説教されかねないので黙っておこう。もちろんリザード達にはちゃんとお昼ご飯をあげているので心配無用。大丈夫、一食抜いた程度じゃ大して問題はありませんとも。
「あと飲み物。この時期は暑さで悪くなるからペットボトルは避けろ、水筒に入れろ!」
「水筒持つ暇もなく旅に出る羽目になったのはグリーンのせいでは」
「途中で買え」
「理不尽!」
お金がないって言ってるでしょうに。水筒買うお金があったらキズぐすりかモンスターボール買うよ。あとこれについてはペットボトルのスポーツ飲料は入れても水筒は入れてくれなかったお母さんにも非があるので私にも情状酌量の余地があると思われ。
「……まあ、とりあえずはこんな所か。まったく、こんなんでよく旅できてたな」
そうだね、それは私が一番驚いてるよ。主にコミュニケーションとお金の問題で。
それにしても、お前は原作のクールキャラをどこに投げ捨ててきたんだ。世話焼きのお兄さんキャラにキャラ変でもするんですか。似合わないからやめたほうがいいと思うぞ。
「おい、今変なこと考えただろ」
「キノセイジャナイカナ」
幼馴染みだから思考パターンも丸分かりってか畜生め。
さて。回復ついでの説教も終わったことだし、そろそろお暇するとしよう。グリーンだって何か用事があってハナダに戻ってきてたんだろうし、あんまり遅い時間まで拘束するわけにはいかない。あと墓穴掘ってまた説教されるのを避けたい。
膝に乗せていたピカチュウを肩に戻して立ち上がる。グリーンに負けたことで更に所持金が減ってしまったから、今から何人かトレーナーを捕まえて勝負しなければ。
椅子をしまったところで、ふいにグリーンが思い出したといわんばかりに手を叩く。
「ああ、そうだ。お前、フシギダネについてはどうするんだ?」
「……?」
どうするとは。いや、とりあえず預かりシステムとかは使わずに連れていくつもりだけれど、多分そういうことじゃないよな。
「いや、何があったのかは知らねえけど、保護されたポケモンなんだろ?何か問題とかはあったりしないのか?ほら、トラウマとか」
「んー……とりあえずバトルを見てる分には問題ない、かな。でも人には懐かないよ、保護した人にも威嚇してたし」
「……お前、よくフシギダネ引き取る気になったな?」
いやだって私にはそれなりの対応はしてくれるし。懐いてるとは言い難いけど撫でるのは許してくれる、ただし上からでなく下から限定。一度うっかり上から撫でようとしたらツルで引っ叩かれましたが何か。
というか、トラウマとか保護された経緯がわかったら苦労はしないんだよなあ。わからないからロクに手を打てていないわけであって。何かしら噂とかがあれば話は早いんだけれど……。
「グリーンは、何かフシギダネに関する話とか最近聞いてない?」
「いや、全然」
役立たずー。
「おいこら誰が役立たずだ」
「えっ」
「顔にはっきり出てるっつーの」
お前なんでこの仕事しない表情筋から読み取れるの?こわ……。
って、いやいやそうじゃなくて。フシギダネだよフシギダネ。わざわざ話題を振ったってことは何かあるんじゃないかと思うんですが、そこんとこどうなの。
正直藁にも縋る思い。専門家とか知らん?グリーンなら博士経由で知り合ってたりしてそうなんだが。博士に見せることができたらそれが一番だけど、いかんせん段差を下りてしまったからしばらくはマサラには戻れないのだ。ゲームではあの程度の段差って思ってたけど、これがびっくり、わりと高いんだよな。下りることはできても上ることは困難だと痛感した。……鍛えればジャンプして戻れたりしないかな。今度試してみよう。
「レッドはマサキって知ってるか?パソコンの預かりシステムの開発者なんだけど」
……おお?何故ここでその名前が出てくるんだ。
とりあえず一方的にゲームとか噂とかで知ってはいるので頷いておく。そういえば、ゲームではグリーンがマサキのところでポケモン見せてもらったみたいなことを言っていた気がする。やっぱり知り合いなんだろうか。
「知ってるなら話は早いな。マサキはポケモンマニアだから、結構な数のポケモンを見てる。フシギダネを見せれば、何かしら分かるかもしれないぜ」
あー、なるほどなるほど。たしかにその道の研究者ではあるわけだから、そういうのに詳しい可能性もあるのか。専門家とまではいかずともいい意見が聞けるかもしれない。
でもなあ、でもなあ……マサキってコガネ出身でしょ、あの独特の口調とテンションの人と一対一で話すのか……。
「私が初対面の人とまともに話せると思う?」
「いい加減話せるようになれ」
「ウィッス」
この幼馴染み、無慈悲である。
そんなわけで、私は半ばグリーンに放り出される形でポケセンを後にした。
なんかもうグリーンとの会話だけで一ヶ月分くらい喋った気がする。気軽に喋れる人がいるというのはいいものだ。これでグリーンがネタ会話にノッてくれるようになれば言う事なしなんだが、さすがにそれは高望みが過ぎるか。でもほら、ネタ芸人としては反応してくれる人がいないっていうのは空しいものがあってですね。
それはそれとして、明日あたり顔が筋肉痛になってないといいんだけれど。主に顎とか、動かし過ぎて筋肉痛なんて情けないのはやめてくれよ。
さて、まだ暗くなるまでには時間があるし、この分なら今からマサキの家に向かっても問題はないだろう。色々と話さなければならないと考えると胃がキリキリと痛むような気もするが、これも訓練みたいなものだと思えば!無理だよ。
うう、頑張ろう。大丈夫、相手のペースに呑まれずに事務的な会話に留めておけばそこまでキツくはない、はず、だから。
……それにしても。グリーンの助言通りマサキの家に向かうのはいいものの、途中でゴールデンボールブリッジを経由しなければならないのが問題だ。
何せあそこ、五人抜きをした暁にはロケット団に勧誘されるのである。断ったら無理矢理入れようとバトルを仕掛けてくるとか、本当にロケット団はろくなことをしない。ジュンサーさんにチクろうにも証拠がないし、かといってロケット団に会うのは嫌だし、何故こんなにも世界は私に厳しいのか。解せぬ。
というか、グリーンはあちら側から来たんだから橋を渡ったはずなんだけど、五人抜きしたんだろうか。だってマサキの家に向かう時に一回、そこから帰ってきて私に会うまでに一回渡ってきているわけだから、五人抜きが開催されているなら知らないはずがない。
もしも五人抜きをしたならグリーンほどのトレーナーがロケット団に誘われていないわけもないからもう解決してるだろうし、そうでなくても何かしら忠告くらいはしてくれるだろう。ということは、五人抜きはそもそもやっていないか、あるいは参加は任意かのどちらかなんじゃないだろうか。
とりあえず、橋の前まで行って様子見といこう。強制参加だったりしたら今日のところは引き返して、もしもやってなかったり任意だったりしたらそのまま渡ってしまえばいい。
そのままゴールデンボールブリッジに直行……なんてことはなく、途中で雑貨屋に寄って水筒を買う。もうトレーナーカードにはろくにお金が残っていないのでなけなしの現金をはたく羽目になったが、ここで買わなければ次にグリーンに会った時にまた説教コースである。さすがにそれはご遠慮したいところだ。
そしてグリーンと会った場所まで戻り、ゴールデンボールブリッジから少し離れたところで様子を見る。
金ぴか……というよりは黄色っぽい塗装のこの橋、とても目に優しくないカラーリングだ。そして橋の途中には五人のトレーナーがそれぞれ一定の距離を取って立っている。
どう見ても五人抜きです、本当にありがとうございました。
「ピカッ!」
無言で踵を返せば、現実と向き合えと言わんばかりにピカチュウの尻尾が背中に叩きつけられる。この短い付き合いの中で既にツッコミポジションを不動のものにしているとは流石ピカチュウ、そこに痺れる憧れるゥ!
そもそも五人抜きについては一度も口にしていないはずなのにどうしてピカチュウは知っているのか。もしかしてあれか、バトルジャンキーはバトルの気配みたいなのが感じ取れるのか。……いや違うな、これはあれだ、今まで私が露骨にトレーナーを避けてたから今回もそのパターンだと思われたんだな。誠に私にとっては残念なことですが正解だよちくしょうめ。
だがあえて弁解させていただきたい。私がしているのは現実逃避ではなく、そう、戦略的撤退であると。
イベントである以上は休憩時間とかやらない日とかあるだろうし、そういう時に渡ってしまえばいいのだ。別に先を急いでいるわけではないし、むしろ遅くなればなるほど原作イベントに関わらずに済むと考えれば一石二鳥では?
というわけで私はポケセンに帰る。五人抜きの実施期間とかが気にならないわけじゃないが、看板みたいなのもないし、スタッフさんに話しかけたらあれよあれよと参加させられるような気がするので近づきたくないでござる。さすがに考えすぎかと思うけど今までの経験上ありえそうじゃない?
好奇心虎を回す、危うきはつっこまないのが大人の対応よ!ネタがわからないって人は虎の道場へ逝こうな!なお誤字にあらず。
「チャア!」
「はいはいまた今度ね」
それにしても、なるほどこれが自由奔放な子どもを育てる親の気持ち。おもちゃ売り場で「ママーこれ買ってー!」と言われる親に共感する日が来ようとは。ちょっと勉強になった。いや結婚願望はそこまででもないんで役に立つ可能性は限りなく低いけど。
……どうせ相手いねぇし。ええ、ええ、前世も喪女でしたがそれがなにか?いいんだよ私は二次元と結婚するから。二次元万歳。あっでもかぁいいポケモンとなら結婚してmごめんやっぱり今のなしアブノーマルはちょっと。
まあ、考えてもどうにもならんことは置いておこう。とりあえず、背中をばしばしと叩いて橋の方を指差すピカチュウには悪いが、本当に、本ッ当に嫌な予感しかしないのでスルーさせてもらう。
別にトレーナーとなら戦っていいからさ、頼むからロケット団関係だけは勘弁してくれよ。もう髪の毛の二の舞は避けたいんだよぉ!
だがまあ、悲しいかな、ピカチュウはそんな私の事情を知りはしない。
「ピッカ!」
いくら叩いても私の考えが変わらないのを察したらしく、怒ったような鳴き声と共に肩から勢いよく飛び降りる。そして一瞬固まった私を尻目に橋の方へとまっしぐら。
…………おい。おい。
「待てコラーッ!」
正直自分でもこんなに大きい声が出たことにびっくりしているが、今はそれどころじゃない。参加しないのに乱入とか迷惑行為もいいところだ、目をつけられたらどうしてくれる!
固まったせいで生まれた数秒の遅れを取り戻すため、全力ダッシュで走り出す。流石ピカチュウというか、これだけ上昇した身体能力をもってしてもじわじわと距離が縮むのみである。
だけど放置するわけにはいかない。このままはぐれましたなんてオチは洒落にならないし、かといって素直に参加してみろ、冗談抜きで私の人生お先真っ暗だ。無理矢理ボールに入れようにももう射程外である。
そうこうしている内にピカチュウは橋のすぐ前にまでたどり着く。仮にそのまま橋の向こうまで行ってしまえば、私はリザード一匹でこの橋を越えるか、あるいはピカチュウと別行動の身。ここで捕まえる他はない。
あと10メートル……5メートル……2……1…………。
「捕った!」
背後がお留守になっているピカチュウめがけてダイブ。さながらポーズはルパンダイブのごとし、ただし脱衣はしていないので健全です。
ピカチュウの体をしっかりと捕まえたと認識すると同時に体をひねり、自分の体でピカチュウを押しつぶすことを回避する。武術を嗜んでいるわけでもない私は受け身なんて取れるはずもなく、そのまま地面に落ちることになり、一瞬の衝撃の後、背中を鈍い痛みに支配された。
「つぅ…………」
まあ、あれだ。とても痛い。ピカチュウの【たいあたり】並みに痛い。人体の急所でなかったことが幸いか。
今この時ほどジーンズはいていて良かったと思ったことはないんじゃないだろうか。厳密には汚れていい服でよかった、だけれども。
うっすらと滲んできた生理的な涙をごしごしと拭い、起き上がってピカチュウに怪我がないことを確認する。次いで自分の体も確認、うん、どっちも怪我は見当たらない。もしかしたら私の背中は赤くなってるかもしれないけど、まあそれくらいなら一晩もすればなんとかなるだろう。
腕の中のピカチュウもすっかり大人しくなっているし、これでもう問題はない。さっさとポケセンへ戻って改めて怪我の有無を確認するとしようじゃないか。
「えーっと……キミ、大丈夫かい?」
と、そんな私の前に腕が差し出される。声からして男の人だろう、もしかして一部始終を見られていたんだろうか。なんだか恥ずかしいぞ。
「……あ、ありがとうございます」
差し出された手を取れば、そのまま腕を引っ張って立ち上がらせてくれる。服の汚れを払いつつ顔を上げれば目の前にはイケメンの姿。うぐぐ、イケメンは行動すらもイケメンだというのか。周りがイケメンばかりでフツメンは辛い。
いや違うんだよ、レッドさんのファンだからレッドさんはカッコいいと思うし性別こそ違えど肉体はほぼ同一人物である私の顔も悪くはないんだ(だって私の顔を貶す≒レッドさんの顔を貶す、そんなことファンとしてとてもじゃないができません)。自分で言うのもなんだけど、中の上か上の下くらいではあるはず。ただこう、グリーンはイケメンだしお母さんは美人だしでかすむんだよ。おわかり?
「いきなり飛び出してきたから驚いたよ。怪我はないかい?」
「あ、はい、えと、大丈夫です……」
大丈夫だろうか、どもってたりしないだろうか。うう、こんな調子じゃやっぱりマサキに会いに行くとか無理ゲーなのでは。はー、せめてもう少しだけでもコミュ力があれば。というかこれ人見知りにあたるのか、やっぱりそうなのか。もしかしてこれコミュ障以前の問題?いやでもでもでも……。
「そっか、それならよかったよ。五人抜きに挑戦しようと勇み足で走り込んでくる人はそれなりにいるけど、キミみたいな勢いが良すぎる子は初めてだったからどうしようかと思ってね」
……ふぁい?ぱーどぅん?
「あれ?キミ、トレーナーだろ?てっきり五人抜きの挑戦者だと思ってたんだけど、もしかして違うのかい?」
「ピカチュ!」
「ああ、やっぱり。僕が最初の対戦相手なんだ、よろしくね」
違う違う違います、と首を振るよりも早く、ピカチュウが瞳を輝かせてその小さな手を挙げる。そしてそれを肯定と受け取ったのか、にっこりとイケメンスマイルを浮かべる目の前のトレーナーさん。
よくよく地面を見てみれば、足元はあの目に痛い黄色のカラーリングである。つまりピカチュウが捕まえられた時に反抗しなかったのは、あの時点で目的が果たされていたからだろう。
(は、謀られたー!)
腕の中のピカチュウのドヤ顔が、それが真実だと物語っている。かわいい、かわいいけど今この瞬間においては憎らしさが上回る。
ピカチュウはしてやったりという表情を浮かべ、私の腕の中から飛び出す。まって、ちがう、ちがうんです、ほんと五人抜きとかやるつもりなくて、ほんとこの子の独断なんですだからお願いボールを構えないで。っていうか一人目ってゲームじゃむしとりしょうねんだったはずなのに何故にイケメンさんなんだちょっとだれか説明して!
「それじゃ、改めて……この橋は、人呼んでゴールデンボールブリッジ!五人勝ち抜けば豪華な賞品がもらえるよ。さて、キミに抜けられるかな?」
ピカチュウが臨戦態勢を取るのと同時に、トレーナーさんがキャタピーを繰り出す。もう誤解だなんて言える雰囲気じゃない。
ああ……もう……。
助けてグリィィィィィィィン!
(いつかグリーン視点も書きたい)