ギルドに入ると奇異の視線を向けられる。
周囲からリザードランナーなどという単語が聞こえた。
なんだ、モンスター扱いされるとはこの世界にはリザードマンはいないのだろうか。
「いら……ッ!?」
こめっこが無邪気に掲げたそれを、ギルドの受付の女が見た瞬間息を飲んだのが分かった。
まぁ、見るからに輝きが宝石と同等である。
それはルビーのような光沢を持っており、しかし子供が軽々と持ち上げられるほどに軽い。
間違いない、ドラゴンのウロコだ。というか、俺の鱗だった。
「お姉さん、買い取ってください」
「えっ、えっ、でも、えっ?」
「お金になると聞きました、これでお願いします」
受付嬢は失礼しますと、手を震えさせながら手袋をして持ち上げる。
鑑定のスキルでもあるのか、何かした途端一瞬で気配が変わった。
まるで信じられないものを目にして固まる人のような、そんな気配だ。
「……い、一億エリスはするわよこれ!」
たった一枚、されど一枚。
ドラゴンのウロコだ、用途は様々。
魔法の媒体から装備、はては武器から薬まで何にでも使える。
それくらいの値段はしても当然だろう、それを幼女が持ってきたのだからギルドの者もびっくりだ。
「すごいね、すごいね、お金持ちだね!」
「あぁ」
「これで固いものが食べられるね!やったね!」
「…………」
一個と言わずもっとあげれば良かっただろうか……。
急いで持ってきたギルドの受付嬢に俺は感心した。
子供だから悪びれもせずにネコババすると思ったのだが、誠実であろうとするとは素晴らしい。
盗もうとしていたら殴ってやろうと思っていたからな。
しかし、こういう場合はチンピラ風情が絡んでくるのがテンプレであるはずなのだが、どうして誰も俺と目を合わせようとしないのだろうか。
そこの金髪なんか、すごく絡んできそうなのに何故俯くんだろうか。
あれ、俺ってば避けられてね?
「馬鹿な、この俺が避けられてるというのか」
「キャァァァァシャベッタァァァァァァ!?」
『あっ、そういうのは良いから』
受付嬢の叫びも物ともせず、その手から金貨の入った袋を笑顔で奪い取るこめっこ。
目の前で人が叫んでるのに無反応なのは大物なのだと思いたい、人でなしだからではないはずだ。
こめっこは俺の腕を引っ張って、ギルドのカウンターへと誘導した。
そして、ドンと大きな音を立てて袋を置いてキメ顔で言った。
「めにゅーにあるもの、ぜんぶ下さい」
「えっと、全部?」
「……だめですか?」
「任せて!今すぐ、持ってくるわ!」
こめっこが悲しそうな目で店員を見れば、店員は大慌てで厨房に向かう。
視線一つで自分の要求を飲ませるとはやりおるわ。
だが、ちょっと待って欲しい。
俺はカードを作るために金がいると思ってウロコを渡したのだがどうしてカードを作らないのだろうか。
「カードはいらないのか?」
「既に持っています、じゃーん」
「なんだと!?」
「驚かせたか」
いや、持ってることに驚いたのではなく騙されたことに驚いたのだが、それに気づいた様子は見られなかった。
とはいえ、満足するまで旨いものを食わせるとかそういう約束を結んだ気がするので騙されてもいいとしよう。
「おぉ、食べ物がいっぱいだね」
「あぁ、とは言え普通はモンスターを倒して金を稼ぐのが冒険者というものだ」
「そっか、冒険者だもんね」
「そうだとも、最後に頼れるのは筋肉だ。身体を鍛えることが良き冒険者への第一歩だ」
力こそパワー、魔法なんぞ魔力がなければ使えない力、つまり無力。
最後に頼れるのは身に宿る力、有力なのは筋肉と言うわけだ。
「おお、筋肉……」
「おい、私の妹に変なことを吹き込むのはやめて貰おうか」
「あっ、姉ちゃん」
「ひひへふは、ほへっほ」
「あぁ!姉ちゃん、それこめっこの!取った、姉ちゃんがこめっこのご飯取った!」
こめっこが筋肉の道に目覚めようとした時、それを邪魔するが如く姉が現れる。
おい、何故に勝手に座って食べている。
「ふん、姉より優る妹などいない!ハーハッハッ、この世は弱肉強食!諦めるのです、こめっこ」
「うぅ……」
こめっこが俺の方を悲しそうな瞳で見ている。
弱肉強食か、良い言葉だ。
「おぉ、圧政者よ!汝の心意気はまさに天晴れ、では戦おうか」
「心の底からごめんなさい」
「姉ちゃん、この世は弱肉強食だよ」
「やめて下さい、死んでしまいます」
ギルドの真ん中で、妹に土下座する紅魔族の姿がそこにはあった。
まぁ、そんなこともあったがこめっこの好意により食事をみんなで取ることになった。
と言っても二人追加されただけだがな。
「あ、ありがとうねこめっこちゃん。ふぁぁ、夢みたい」
「なんでいるの、ゆんゆん?呼んでないよね?」
「夢でしょ!夢なら覚めてよぉぉぉ!」
「ところがどっこい、げんじつです」
「現実が辛い……」
「じょーくです」
「弄ばれた!」
こめっこの対応を見て、このゆんゆんなる者は弄られキャラなのだと認識した。
散々、飲み食いした姉とゆんゆんは今更ながら自己紹介を始める。
マントをファサっとしながら名乗り上げである。
「我が名はめぐみん!紅魔族随一の魔法の使い手にして爆裂魔法を操る者!」
「めぐみん?ふざけてるのか?」
「ちがわい!おい、私の名前に何か文句があるというのか?」
「変な名前だな」
「よし表に出ろ、この野郎!」
「ダメよめぐみん!あの人、闘うとなったら絶対容赦しないタイプだから!あと、正体はドラゴンだから!人の気持ちが分からないに決まってるでしょ、種族が違うんだから!」
めぐみんをゆんゆんが押さえるが、俺だって骨を折る程度には手加減するつもりである。
殺してないだろ、失敬な奴め。
それはそれ、これはこれ、闘うからには全力でだ。
『おいおい、コイツほど人間の気持ちが分かるドラゴンなんてのはいないぜ。人間にして人外にして人非人とはまさにコイツの事だ。化物染みた人間ではなく、人間染みた化物なんだぜ』
「こ、コイツ……直接脳内に」
『フッ、我こそはラッセー。言うまでもなく、言う必要のないことではあるが、言うべきではないのだろうけど』
「なんですか、面倒くさい喋り方をしますね。邪魔です」
『そんなー!ぐべぇ!?』
こめっこの上で、キメ顔を作りながら喋っていたラッセーは尻尾を掴まれてテーブルに叩きつけられた。
ドラゴン的にキメ顔だけど、あのカッコイイ角度がめぐみんには分からないようだ。
トカゲにしか見えないとか屈辱の極みである。
めぐみんは、尻尾を握ったまま何度も叩きつけながら、此方を見た。
おいおい、容赦を知らないとは頭がオカシイのではないかこの女。
まぁ、それくらいでボロボロになるラッセーではないのだがな。
『オデカラダハボドボドダ』
「何だと!?馬鹿な……」
「ええい、話が進まないので頭の中に響くようなその何らかのスキルをやめなさい」
『だが断る!このラッセー、ちょ!まだ喋ってる途中で、やめ、やめろっー!遠心力で胃袋でちゃうでしょ!』
ブンブン音をたてながら、ラッセーがめぐみんに振り回されていた。
なんというか、耐久値だけはラッセーも誇れるレベルだと思う。
「所で、貴方は一体何なんですか?どうしてドラゴンがこめっこに従って、そもそもドラゴンなんですか?」
『喋るドラゴンが不思議かね?モンスターが喋ることなど珍しくもないだろうに』
「俺はドラゴンだ、モンスターではない」
「えっ、ドラゴンってモンスターじゃ……ひぃ!ごめんなさい、睨まないで」
ゆんゆんが、顔を覗き込んだだけで涙目になってしまった。
ふむ、怖いかね。
少し窮屈というか、こめっこが急な不意打ちを受けないように警戒していたがそこまで荒んだ世界ではなさそうなので一番最弱の状態でも問題なさそうだ。
ということで、人間形態になってやった。
俺の身体が発光して、そして収まると眩しかったのかギルドの奴らが此方を見て固まっていた。
何人かは顔を背けたり、目を覆っている。
眩しかったのだろう、すまない。
「なっ……」
「どうした、目が真っ赤だぞ。どういうことだ、瞳から真っ赤だぞ?抉り取って確認してもいいか、治すから」
「サイコパスですか!というか、なんで全裸なんですか!変態なんですね、変態ですよ!」
「俺の肉体に、恥ずかしい所などないんだが?」
「こっちが恥ずかしいんですよ!馬鹿ですか!」
そうなのかと、こめっこを見たがこめっこは数秒悩んだあとに口を開いた。
「分かんない」
「そうか、そうだな」
「それよりごはん美味しいね、冒険もしたいね」
相変わらず、こめっこは動じてなかった。