こめっこを満足させる旅が今始まろうとしていた。
最初の目的地は姉ちゃんのいる場所である。
村人というか里の人間が言うにはだいたいあっちの方ということでそっちの方に飛ぶことにした。
その方向にはアクセルというゲームみたいな始まりの街があるらしい。
上から見ると円形で分かりやすいらしい。
「すごーい、すごーい!飛んでる、飛んでるよ!」
頭上ではわーいと無邪気に喜ぶこめっこの姿があった。
俺は落とさないか気が気でないのだが、コイツ恐れを知らぬというのか。
落ちたら死ぬんですけど、お客様は手を上げたりしないでください大変危険です。
『ところでなんだが、その黒いのは何なんだ』
「コイツ、直接脳内に……」
『いや、そういうの良いから』
「これはちょむすけ」
なぁーお、と頭上で猫の声が聞こえた。
えっ、猫が頭にいるんですか?
『えっ?』
「ちょむすけです」
『えっ?』
「ちょむすけです」
何やらラッセーが納得行かなそうな声を上げていたが、そういう名前なんだろう。
ここは異世界、そういうセンスの名前が普通に違いない。
里の人達だってみんなそんな名前だった。
とはいえ、そんな空の旅もあっと言う間に終わりを告げる。
半日も飛べば、目的地まで一瞬だからである。
ワイバーンよりずっと早いのだ。
「見えた」
「おや、何やら人が集まっているぞ」
カンカンカンと鐘の音がする。
街の外にはたくさんの人がおり、此方を見ていた。
ここから導き出される答えは簡単だ。
「どうやら、歓迎しているらしい」
「らしい」
『どう見ても警戒です。本当に、本当にありがとうございました』
警戒って、警戒するレベルを通り越して逃げるべきなのに何を言っているのか。
まさか、俺と戦おうというのかスゴイなこの世界。
そんな威勢の良いやつがいるならぜひとも戦いたいくらいである。
というわけで、アクセルの街に降り立った。
「わが名はこめっこ、ドラゴンを駆りし紅魔族随一のグルメリポーター!」
「こめっこ、こめっこではありませんか!」
「あっ、姉ちゃん」
俺が降り立つと冒険者達の中からちびっこが現れてなにやらこめっこの名を呼んだ。
顔立ちからして、たぶん血縁者である。
その予想通り、姉ちゃんと言ってこめっこが飛んだ。
飛んだ!?
「ちょ」
俺は慌てて、手を差し出す。
その上になんとかこめっこが乗るが、こめっこは再び飛び降りやがった。
なので、今度は逆の手を使ってこめっこを着地させた。
俺の手を階段の如く使ってこめっこは降りたが、俺が居なかったら普通に怪我してる高さだった。
「今、このドラゴン喋りませんでしたか?」
「喋ってない」
「…………」
「…………」
「キャァァァァシャベッタァァァァァァ!?」
頭のおかしいちびっこが俺の前でドン引きするくらい叫んだ。
だから、流行ってるのそれ?
「どどど、どういうことですか!説明してください、こめっこ」
「だだだ、大丈夫なのこめっこちゃん」
「誰?」
「ゆんゆんだよ!覚えてないの!」
「じょーくです」
「子供に弄ばれた!?」
目の前で繰り広げられる茶番にどうした物かなと困惑する。
どうしよう、たくさんいるし一人くらい襲っても問題ないのでは無いだろうか?
そう思って俺が冒険者の何人かを見ると、敵感知だとか言って何人か逃げ出す。
それに釣られて、みんな逃げ出した。
残ったのは、ちびっことこめっこと影の薄い子だ。
「まるで意味が分かりません、こめっこ下がってください!敵感知に引っ掛かる時点でコイツは危ないです!我が爆裂魔法で――」
「ふぅぅぅぅ」
「わぁぁぁぁぁ」
軽く息を吹きかけただけでちびっこがクルクルと回転しながら転がった。
その様子に、めぐみーんと影の薄い子が叫び声を上げる。
「めっ!」
「ちょっと戯れただけじゃないか」
「姉ちゃんは小さいから飛んじゃうのです」
「ぐはっ!?ち、小さい……小さいだとぉ……」
なにやら俺以外のダメージをくらって凹んでいる少女がいた。
おいおい、姉ちゃんお前の一言でダメージ食らってるぞ。
「す、スゴイよめぐみん、ドラゴンさんがこめっこに従ってる!」
「まさか、ドラゴンすら魅了するとは……恐ろしい子」
何やら盛大に勘違いされてるようだが、まぁ細かく説明するのも面倒なのでほっておく。
魅了と言うか、まぁ暫くは従わないといけないからな。
こっちから約束を破るのは負けた気がするしな。
「ところでこめっこ、こんな決戦兵器なんて連れて何しに来たんですか」
「出稼ぎ」
「えっ、いや、一人でこんな所に来る許可が与えられるはずがないんですが」
「ドラゴンがいるから平気、納得もされてる」
『ナ、ナンダッテー!?』
聞いてないよとラッセーが抗議する。
こめっこの頭の上でポカポカと殴ったら、尻尾を捕まれて地面に叩きつけられた。
やめろ、ラッセーがピクピクしてるから。
「私に挑むとは十年早い、ムハハハ」
『なんという魔王ムーブ、無念じゃー』
「よし、じゃあ出稼ぎするか」
行くぞ、こめっこに声を掛けられ応えるように動き出す。
だが、それを静止する声が聞こえた。
「待ってください、こめっこは小さいから稼げませんよ」
「姉ちゃんも小さいよ。あっ、ゆんゆんは大きいね」
「…………」
「待ってめぐみん!どうしてこっちを睨むの!痛っ、痛たたた!胸から手を離して」
何やら内輪揉めが始まってるのを他所に、こめっこはモグモグと芋を食べてた。
待て、どこから手に入れた。
「なんだそれは」
「蒸かした芋です」
「いや、見れば分かる」
気にしてはいけないのかもしれない。
こめっこは芋を食べながら喧嘩する姉達を放って歩き始めた。
いいのかそれで?
「待ちなさい!まだ話は終わってないですよ」
「黙秘します」
「ど、どこでそんな言葉を……」
「くっ、ころせ」
「本当にどこで覚えたんですか!?」
「ぶっころりーが教えてくれた」
「あの野郎、帰ったら覚えていろよ」
首根っこを捕まれてだうーんとした状態でこめっこは姉の質問に答えた。
というか話が進まないからチョロチョロしない方がいいんじゃないか。
「大体こめっこ、貴方はどうやって稼ぐ気なんですか?」
「……お願いする!」
「お願いっていうか脅迫では?」
チラチラと此方を見る、めぐみんとやら。
ニヤッと笑ってやったらヒッとビビられた。
顔が怖かったか、すまない。
「じゃあ路地裏でイケナイことする」
「こめっこ!?だだだ、ダメです!身体を売るなんてダメですよ」
「身体を売るって、なーに?」
「あれ?じゃあ一体何をしようとしてたんですか?」
「親父狩り」
「ダメに決まってるでしょ!」
「であるか」
こめっこは仕方ないなぁという目を向けた。
よく、君はその目をするけど仕方なくないからなぁ。
とんでもない行動をしている自覚がないようだ。
「無難に冒険者でしょう。町で手伝いなどなら出来るはずですし」
「めぐみん、でも登録料が掛かるよ」
「貸してあげれば良いでしょ」
「でも、めぐみんお金ないじゃない」
「……ゆんゆん、貴方の財布を賭けて勝負です!先手必勝!」
「ふ、不意打ち!勝負のルールは何!あっ、返して財布返して!」
わーわーとまたもや争う少女達、それをまたもや芋を食べながら真顔でこめっこは見ていた。
だから、どこで手に入れたんだ。
こめっこは俺の方を見ながら、手を出した。
「なんか下さい」
「……ウロコでいいか」
「おぉ、これは売れる」
醜い女の争いをスルーし、こめっこがギルドへ向かっていく。
待て待て、一人では危なかろう。
慌てて俺は半竜状態へと変身する。
人間体は全裸だからな、こめっこの教育に悪い。
「慌ててもギルドは逃げんぞ」
「兄ちゃん、誰?」
「俺だよ、ドラゴンだよ」
「そっか!兄ちゃんだっこ」
「全く動じないのなぁ……」