例えばこんなオーバーロード   作:ちゃんどらー

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捏造過多につき注意


災厄への誘い

 

 いつしか忘れていた。

 自分達の理想を詰め込んだその世界のことを。

 腐れきった現実世界よりも、その世界はあまりに魅力的過ぎたのだ。

 忙殺した上で忘却の彼方に封じてしまわなければ、いつまでも“自分自身”はこの世界に甘えてしまうと思った。

 

 荒廃した世界において、ゲームにのめり込み過ぎて帰らぬモノとなったモノは多い。

 過酷な労働体制を強いられる現実から逃げるように、はたまた決して自分達の暮らしが上位には上がれぬと理解しているが故に。

 生きる、というのは現代の人間にとっては拷問にも等しかったのかもしれない。

 

 何の為に生きているのか。何の為に生まれてきたのか。

 

 今より遥か昔ならば誰もが一笑に伏してしまえるような問いかけは、現代に生きる人間たちにとって決して考えたくはない最悪の問いかけとなっていたのかもしれない。

 人工肺に縋らなければ生きていけないような下層の人間の男は、自分達が誰かに生かされているようにも感じた。

 大きな暗黒の機械に組み込まれた歯車の一つとして、ギシリ、ギシリと一日一日を悲鳴を上げながら生きているのだろう。

 しかも、その歯車が一つ二つ欠けた所でその機械は止まることはなく、何事もなかったかのように動き続けるのだ。

 

 男はそんな世界が嫌いだった。

 男はそんな世界が憎かった。

 男はそんな世界を壊したかった。

 

 決して悪くはない頭脳を持ちながらも知識を与えられることはなく、しかし己の人生を諦観に沈めてしまうような楽天家でもなく……男はただ、抗う力を求めていた。

 唯々考えることしか出来ず、歯車として汗を流すだけの己を呪いながら。

 

 正義のヒーローは現実にはいない。

 世界には、甘い蜜を暗がりで吸い続ける腐乱した生き物が蠢いているだけで、ソレらの指先一つの命令によって、正義を掲げたモノ達は闇に葬られていく。

 

 だからかもしれない。

 男はそのゲームの中で誰よりも悪に拘った。

 現実世界に蔓延る浅ましい魑魅魍魎などではなく、ソレらを掌の上で転がしながら弄べるような巨悪を望んだ。

 誰かからは悪だと言われながらも、誰かからは慕われる……誇り高き覇王のような巨悪を求めた。

 下賤を容赦なく叩き潰し、弱きモノには庇護を与え、甘ったれた理想を掲げるヒーローを下してしまえるような巨悪を。

 

 災厄、と男はそのゲームの中で呼ばれていた。

 

 

 

 全ては過去のこと。

 理想の世界に災厄を振りまく巨悪であっても、現実の世界では暗黒の機械の歯車でしかない。

 

 ギシリ、と歯ぎしりを一つして、男はモニターから流れてくるニュースを睨んでいた。

 

『DMMORPG ユグドラシルの最終日にログインしていたプレイヤーの意識は未だ戻りません。

 日付が変わる前にログアウトしていたプレイヤーに異常はありませんが、日付が変わった時までログインしていたプレイヤーのみ、この被害にあっているようです。

 制作会社の社員並びに制作のスタッフ達は原因究明の為に――――』

 

 二日経った今も変化のない情報に男は小さく舌打ちを放った。

 それもこれも、彼が久方ぶりに過去のメールボックスを開いてしまったことが理由であった。

 

 この大事件のニュースが流れた日の夜、仕事から帰った男は昔の思い出を懐かしんでいた。

 自分が情熱を傾けたゲームのことは、忙殺することでやっと忘れられた。そうしなければ、自分は現実の世界でまともに生きようとできなくなっていたから。

 過去のこと、と思える程に割り切れたからこそ、男はメールボックスを開けたのだ。

 

 久しぶりにログインするアカウントには大量の未読メールがあった。

 昔を辿っていくと週毎に、年数を重ねていくと月毎に、二ヵ月、三ヵ月とメールの間隔が空いて行き……最後の一通を男は開いてしまった。

 

〈お久しぶりです! お元気ですか!〉

 

 そんなありきたりな冒頭から始まった文章は、自分の為だけに送られたのだと分かる内容が連なっていた。

 楽しかった思い出や、笑いあった出来事を綴ったソレは、男が封じ込めた思い出を容易く呼び起こすモノだった。

 こんなメールを送る人物など一人しかいない。

 いつでも皆の調整役として苦労していたギルドマスター、モモンガしかいない。

 

 読み進めていくだけで唇が震えていた。

 モモンガは男を決して詰ることなく、昔と変わらない想いを伝えてきていた。

 込みあがってくる罪悪感から、男はメールを閉じてしまおうかと思った程に、モモンガが送ったメールは男の心を揺さぶった。

 

 嗚呼、と声が漏れる。

 決して頭の悪くない男は、“他のメンバーと共に何かをしたこと”が書かれていない文章を読んで、モモンガがどういう状況であるかを知ってしまった。

 たった一人でギルドを維持し、たった一人で皆の帰りを待ち、たった一人で自分達が帰る場所を守り続けていた、と。

 最後まで読み進めてみると、それは招待のメールだと分かった。

 

 ユグドラシルの最終日に、アインズ・ウール・ゴウンの栄光を再び。

 

 それはきっとモモンガの願いで……モモンガが皆に伝えたかった悲痛な叫びだった。

 

 しかしもう、理想(ゆめ)の時間は終わった。モモンガの想いに男は応える事が出来ない。

 

 天井を仰いだ男はニュースを思い出す。

 今も尚、プレイヤー達の意識は戻らないという。

 

――孤独に過ごしていたギルドマスターも、もしかしたらゲームの世界に囚われたままかもしれない。

 

 考えた瞬間に男はギシリと歯を噛みしめた。

 心に沸いたのは圧倒的な罪悪感。しかし……ほんの少しだけ安堵が沸いてしまった。

 もしも、自分が同じようにログインしていたのなら……自分はこうして生きていない。

 

 その浅はかさに、その人間としての希薄さに、男は煮えたぎるような憎悪を持った。

 自分自身が保身だけを考えている薄汚い魑魅魍魎の同類であるということが、唯々許せなかった。

 

 哀しいことに、男は力を持たない。

 大事件に巻き込まれた仲間を救う力を男は持っていない。

 希望的観測だが、もしかしたらモモンガは普通に生きているかもしれない。

 しかしすぐに頭を振って否定する。

 自分達のギルドマスターがどんな男であるかなど、誰よりも知っているのだ。

 引退した、中途半端な自分達一人一人にメールを送ってくるようなモモンガが、理想(ゆめ)の場所で待つことを辞めるはずがないのだ。

 最後の最後までその世界に居たいと望み、最後の最後まで自分達を待つだろうことなど予想に容易い。

 しかし……男はモモンガを救う力など持たない。

 

 外を見ると星など映るはずもない濁った夜空が広がっていた。

 明日もまた、自分には歯車としての日々が待っている。

 

 男は少しだけ、理想(ゆめ)の世界に居続けられるモモンガを羨ましく思った。

 

 

 

 

 †

 

 

 

 

 夜更けに届いたのは一通のメール。

 持ち帰りの作業をしていた男は、急に届いたメールを不思議に思った。

 仕事の仲間ならば携帯端末にメールを送ってくるし、ネットの仲間ならば他のアカウントにメールを送る。

 届いたボックスは……ユグドラシルをプレイしていた時のメールアカウント。

 

 知っているのはギルドメンバーでも限られた数人だけなのだ。

 男はメールをクリックして目を大きく見開いた。

 

 

〈急なご連絡、申し訳ございません。わたくしはユグドラシル運営局です。

 ユグドラシル登録メールアドレスを辿り、こちらのメールは運営から送付しております。

 ユグドラシルのログイン不可問題はご存知でしょうか。実は貴方様が所属されていたギルド:アインズ・ウール・ゴウンからも一人被害者が出ております。

 原因究明と人命救助の為に尽力しておりますが、状況は難しく打開策は未だ出ておりません。

 サーバーを再起動させたモノの、負荷の影響もあってか一部のギルド拠点などのデータが喪失されており、貴方様の所属ギルドも場所ごと喪失しております。

 外側からは勿論のこと、再起動させたユグドラシルにも捜査員が潜り捜索を続けておりますが、未だに被害者の一人も発見出来ていないのが現状です。

 メディアには内密ではありますが、政府の協力の元、喪失したギルドのメンバーにこうしてメールを送り、被害者の捜索のご助力を願っております。

 ギルド拠点をリスタート地点に設定されているプレイヤーであれば、喪失したギルドへと赴くことが出来るのではないか、そしてそのデータの動きを辿れば、多くの被害者を救うことが出来るのではないか、というのが政府の見解です。

 ご協力を頂けた暁には、貴方様には特別控除と特別給付金が与えられることとなります。

 これは強制ではありません。このメールの内容を漏らすことがない限り、貴方様はこれまで通りの生活を送ることができます。

 しかし政府が関わっている以上、このメールを他言した場合は、ある程度の誓約を順守した上でその後の生活を送って貰わなければなりません。

 そして、喪失したギルド拠点へのログインがどのような影響を貴方様に与えるかも、何も予測は立っておりません。

 ここ数日で何名かのプレイヤー様に同等のメールを送付しましたが、命の保証のある依頼ではありませんので、世迷い言と切り捨ててこのメールを見なかったことにして変わらない生活を送る方だけでございます。

 危険な依頼ではございますが、人命救助の為に、どうかご助力を頂けたらと思います。

 控除の詳細、給付金の内容については添付のデータを参考ししてください。

 

 大変身勝手なご依頼ではございますが、よりよいお返事をお待ちしております〉

 

 

 

 読み通した男は歯ぎしりを一つ。憎々しげにメールを睨んだまま動かない。

 男の頭は悪くない。

 社会の歯車でしかない自分にまで依頼してきたのには理由があるのだろうと予測を立てている。

 例えば、他に参加者はいないと言ってはいても、実は参加者は多数いる可能性。

 言うなればモルモット。被検体の数は多ければ多いほどいいのだから。

 強硬策に出ないのはあくまで初期段階だからであろう。例えば誰かが行方不明になって、疑問に思ったモノが立ち上がれば反乱がおこるのは世の常。小さな火種から起こるクーデターを鎮める為にも金が掛かる。

 十数年も続いたゲームだ。プレイヤーの数は計り知れないし、プレイヤーの知人・友人などそれこそ星の数ほどいるだろう。

 だからあくまで“穏便な手段で協力者を募っている”。

 

 反吐が出るような社会のシステムはいつでも変わらない。

 男にとって、餌さえ与えれば食いついてくるだろうというその考えが気に食わない。

 

 昔の思い出に浸ったからか、余計に男の胸には怒りが沸いていた。

 ただ……思うところがないと言えば嘘になる。

 

 男はこれよりも大切なメールを読んでしまった。

 被害者からの、孤独な悲鳴を聞いてしまった。

 

 粗い記憶を思い浮かべてみれば、その姿は容易に想像することが出来て、男は無意識のうちに拳を握った。

 

 

 誰にも話しかけられることなく、

 

 誰にも感情を向けられることなく、

 

 誰とも触れ合うこともない。

 

 たった一人で玉座に座り、

 

 たった独りで墳墓を護り、

 

 たったひとりで、何も分からないままその命の灯を吹き消される。

 

 

 それはあまりに……あまりに残酷ではないか、と。

 

――置いてきたのは俺達だ。だから俺達の誰かが、迎えに行かなきゃいけない。

 

 独りぼっちの辛さを男は知っている。

 もしかしたら、あの時無理やりにユグドラシルを去っていなければ、自分もモモンガのようになっていたかもしれない。

 男には家族は居ない。友人など希薄な関係だけで、仕事に生き甲斐を感じてもいない。

 ただ生きているだけ。死にたくないから生きているだけ。まるで人形のようなこの人生に意味はあるのかないのか。

 

 男は力など持っていない。

 世界を動かすことなど出来ないちっぽけな歯車に過ぎない。

 されども頭を回すことは出来て、現実の世界が大嫌いだった。

 

――それに、せめて自分に出来る全てでこの世界に反逆してみるのも面白い。

 

 モモンガに対する懺悔の感情はあるだろう。しかし罪悪感を和らげたいだけの浅はかなモノかもしれない。モモンガを理由にして、自分の欲望を満たしたいだけなのかもしれない。 

 これは富裕層に生まれて満たされた暮らしをしている“大嫌いなあの男”のような感情ではない。

 

 これもまた一興、と男は思った。

 嘗ての……いや、自分が創り上げた理想(ゆめ)の“災厄”ならば、優雅に優美に、友を迎えに行くことだろう。

 死んでいるように生き続けるくらいなら、せめて少しくらいかっこつけて死にたいと思った。

 

 ただで使い捨てられるつもりなど毛頭ない。

 帰ってきたなら、“自分が辿るかもしれなかったもう一人の自分”と共に、世界に中指を立てて嘲笑ってやろうと思った。

 

 知らぬ間に笑みを浮かべていた男はゆっくりと指を動かし始める。

 返信のメールを打つ彼の心に少しだけ恐怖はある。

 それは死の恐怖ではなく、独りぼっちにしてしまった仲間に拒絶されることへの恐れ。

 わずかな恐怖を振り払い、自身の美学を心に宿す。

 

 

「許してくれなくていい。怒ってくれていい。憎んでくれていい。

 俺は悪だから、悪者は悪者らしく、自分勝手に掬い上げるだけだ」

 

 だけど、と続けた。

 

「喧嘩の一つでも出来たなら……こっちに帰ってきた時に酒でも飲もうぜ、モモンガさん。

 俺達の思い出でも肴にしながら、他の奴らも誘ってさ」

 

 にやりと笑った顔はどこか誇らしげに。やりたいことを一つ見つけた災厄が嗤う。

 

「俺もあんたも……いいや……ウルベルト・アレイン・オードルとモモンガはさ……欲張りだもんな」

 

 




読んでいただき感謝を。
独自設定のオンパレードはお許しを。

今回は災厄のお話。
モモンガさんが転移した後の現実世界の対応はどんな感じなのか、という妄想。
ウルベルトさんがあの世界にインするようです。

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