例えばこんなオーバーロード   作:ちゃんどらー

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しばらくウルベルトさんが続くかと


魔女になるために

 

 紅のドレスは見目麗しく。首元までで揺れる金髪は光り輝き、淡いサファイアの如き瞳が真っすぐに前を射抜く。

 彼女――アルシェ・イーブ・リイル・フルトの目の前に広がるのは豪華絢爛としか言いようがない食事の数々。

 しかしながら、彼女はそんな食事に目を輝かせることなく、猫のように鋭く細めた眼で睨みつけるのは対面に座る一人……いや、一体。

 

「……」

 

 声を発することもせず、彼女は目の前の“ソレ”を不機嫌さながらに見つめていた。

 並べられている食事に手を付けることさえしていない。彼女はただ、“ソレ”をずっと見続ける。無我夢中で食事を楽しんでいる“ソレ”を。

 

 彼女の目の前にいるのは悪魔だ。

 異質な角をはやした山羊の頭にモノクル、スーツをビシリと着こなして、胸ポケットに一輪の赤い薔薇を挿したその悪魔は、食事という人間の安らぎの時間に当たり前のようになじんでいた、

 そいつは彼女が知る限りおかしな悪魔であった。

 

 悪魔と言えば人間の苦しみに愉悦を覚え絶望と断末魔を子守歌にするようなモンスターであるはずなのだ。人間の大敵で、人間に害を及ぼすだけの存在。

 しかしながらその悪魔、ウルと名乗った彼は彼女との契約を交わしたのちに、誰一人として傷つけた者は居ない。

 今でも思い出す度に吐きそうになる魔力の奔流。彼女では到底敵うことのない大きな魔力を持つ危険な存在であるはずなのに……目の前にいる、料理に舌鼓を打ってご満悦の彼からは全く身の危険を感じることはできない。

 

 彼との出会いから十数日経つ。

 彼女が彼に望んだのは自らの命、そして妹達を護っていくことが出来るほどの力を手に入れること。そして妹達が幸せに暮らせる未来だった。

 森の中で結んだ契約通りに彼はアルシェの不幸の全てを変えた……否、壊した。

 貴族のプライドから抜け出せない愚かな両親を“優しく”諭し、彼女の妹達と彼女自身が没落貴族としてでも暮らせるように“紳士的に”金銭面の問題を解決し、アルシェ自身の能力を上げる為に自ら“誠実に”師事している。

 

 アルシェにとってこの十数日は夢と言われても納得してしまうほどの有りえないことの連続であった。

 まず、両親はもうこの帝国の屋敷には居ない。ウルが両親と話してくると言った次の日には、忘れさられていた離れ街の別荘へと両親の引っ越しが決まり、その日の夕方には出立してしまった。

 その際に両親から伝えられたことはこれらだ。

 

 一、借金返済関係の負担や他没落貴族との交流は全て両親が行う。

 一、婚約者等の話が来てもアルシェの了承がなければ顔合わせも行わない。

 一、パーティ等への出席はどうしても断れない相手からの誘いのみアルシェに連絡を行う。

 一、帝国魔法学院への復学、ワーカーの仕事は無理をしない程度に続けてもよい。

 

 アルシェとしては願ったりかなったりな内容であるが、その時の両親がアルシェに向ける怯え切った眼差しは一生忘れられないであろう。

 どんな魔法を使ったのか、と彼に聞くも軽く袖にされるだけである。

 

『豚が薄っぺらいプライド持って着飾ってるばかりじゃ腹は膨れねぇんだよ。それとな、ガキに道を教えることが出来ねぇならそれはもう親じゃねぇ』

 

 その一言は、憎しみが見え隠れする彼の放った言の葉は、アルシェの耳に深く残った。

 同時に、アルシェは彼の本質が悪魔としては外れていることに少し胸をなで下ろした。

 

 それ故、今の彼女の屋敷には両親の世話係以外の執事やメイド達と、妹達と、アルシェと、ウルがいる。

 メイドや執事達を雇う金銭はウルが独自に用意してきている、とのこと。

 どういった経緯で、何をしているのか、等の質問は事前にウルから禁止されている。

 

 曰く、何処の街にも救えない豚は居るモノで、冷たく眠っているだけの金など有効活用しなければ腐るだけだ。

 

 毎日ほど顔を合わせている彼の配下の、影に潜る悪魔――シャドウデーモンがこの国の情報収集と悪徳貴族からの“資金援助”を行っているようだ。

 アルシェとしては他人の金で暮らすことに忌避感はある。盗みなど本当は看過できない。

 ただ、悪徳貴族からの資金関係に関しては、彼のモノクルの奥の瞳に宿る炎があまりにドス黒過ぎて口を出そうと思えなかった。

 

 アルシェは思う。

 脆弱な人間である自分など片手間で殺せてしまう大悪魔が、何故、豚のような小悪党にこれほどの憎しみを持つのか。

 悪魔・ウルが、あまりに人間くさい悪魔に思えて仕方ない。

 

 そういった思考に陥るたびに、彼女はぶんぶんと首を左右に振って自分の思い違いだと言い聞かせる。

 相手は悪魔だ。信じてはならない。いつ、こういったことに飽きて自分達の生活が壊されるか分かったものではないのだから。

 今はまだ、悪魔の思惑通りに動くべき時なのだ。信じられるのは自分だけ。それはいつだって一緒だ。

 どれだけ……その悪魔がアルシェの幸せに貢献してくれていようとも……

 

 閑話休題。

 

 食事はまだ続いている。

 彼の食べ方に作法はない。一応、ナイフとフォークの使い方くらいは分かっているが、貴族社会の食事としては失格なレベル。

 ただ、彼は食事を本当に心の底から楽しんでいた。

 たった一切れのパンでさえ愛おしそうに味わい、スープの一滴さえいつでも残すことはないのだ。

 貴族社会での上品で優雅な食事風景を見てきたアルシェではあれど、これほど楽しそうに食事をする者は見たことがない。

 

「そう睨むな。食事は楽しくするもんだぞ」

 

 フォークの先を向けられての一言。モノクルの奥の目が細められる。

 

「マナーってやつは覚えようと思ってないが、お前が望むなら俺も鍛えよう。何せ、貴族様の礼儀作法ってやつにも慣れていかなきゃ、いつか使うかもしれんしな」

 

 ふふん、と鼻を鳴らしながらゆったりとワインを流し込む。

 

「それで? 小娘。

 今日も随分とノルマに時間が掛かったな? お姉さまと一緒にご飯食べたいって妹君達が泣いてたぜ?」

 

 くつくつと喉を鳴らして楽し気に。彼の黄金の瞳はアルシェに愉悦を映していた。

 嫌味である。こうした嫌がらせでこの悪魔はアルシェの反応を楽しんでいるのだ。

 だから、彼女はグッと唇を噛んで耐える。乗ったら負け。口でも実力でも、彼女は彼に勝てない。

 

「……れべる15、とやらの訓練は終わったわよ」

「まーだ足りない。はー……全然、全っ然ダメだ!」

 

 からかいを無視し報告した。

 しかし盛大にため息を吐かれての一言に彼女の肩がビクリと震える。

 

「その程度で足踏みしてもらっちゃあ困るんだよなぁ?

 プチプチプチプチとスライム潰して何日も何か月も掛けてレベリングしてちゃ間に合わない。

 だから俺が! 俺の部下が! お前が死ぬか生きるかぎりぎりの線を見極めてレベリングに付き合ってるんだ。

 俺が悪魔召還のスキル持ってなきゃお前をどっか魔物が沸くスポットに蹴り飛ばしてやってるとこだぜ。感謝しろよ?」

 

 また、グビリと彼はワインを口に含んだ。

 アルシェには彼が何を言っているか分からない。

 強くなりたい、と彼女が言った時に彼が提案してきた方法は二つであった。

 

 一つは、外に出てモンスターを狩りまくること。

 一つは、彼が召還した悪魔を毎日倒し続けること。

 

 選んだのは後者。

 本来ならアルシェなど足元にも及ばない実力の部下を召還出来る彼が、インプやレッサーデーモンなどの下位悪魔をわざわざ用意してアルシェと戦わせ、育てているのだ。

 死にかければイビルプリーストという悪魔の能力で治療を施され、また戦わされる。

 魔力がなくなれば、タンク用、と呼ばれる悪魔から魔力譲渡を受けて無理やり回復され戦わされる。

 正直、彼女にとってこの訓練は地獄である。

 体力がなくなろうと、大けがをしようと、魔力がなくなろうと、終わりなく敵と戦い続けなければならないのだ。

 不思議なことに、ウルはこの屋敷の地下に数日で訓練場を作ってしまった。

 召還した悪魔に結界をも張らせた特別性。しかもどれだけ壊れても土系統の魔法でもとに戻せるような部屋であった。

 延々と繰り返される悪魔との戦闘は、彼女にとって死にもの狂いのモノだ。

 ワーカーとして相対したのならば一対一では絶対に戦わず、皆との連携で安全に勝利を収めるはず。

 しかしウルから強いられた訓練は、自分より少しだけ魔力の低い悪魔を一対一で殺し続けること。

 初めの内は殺すことに抵抗があったが、知性の持たぬモノを用意してくれているからまだ続けていけてる。

 これが後々、彼が小間使いにしている知性ある悪魔との戦闘を強いられると思うとぞっとする。

 

「くそっ……コンソールがありゃ情報見れるんだがないしなぁ。

 レベリング出来てるかどうかもわからねぇ。此処じゃあパーティでのEXP振り分けだのなんだのってシステムがあるかもわからないから引き上げは出来ないし……ラストアタックだけで試しても実践経験がないとPvPなんざになると後衛のサポにすらならん置物でしかねぇ。

 俺自身の勘を取り戻しつつこの世界での戦闘にも鳴らさなきゃならんってのに……課題が多すぎる」

 

 ぶつぶつと一人の世界に入っていくウルを見ながら、アルシェはきゅっと片腕を握った。

 

(……強くなってるのは……分かる。魔力量も、体力も、魔力消費量も、何もかもが昔よりも数段上がって来てる。

 でも、こいつにはまだまだ、なんだ)

 

 たった数日で自分が強くなったのが分かったというのに、彼女は浮かばれない。

 目の前の悪魔はそんな些細な強さの変化、全く気にも留めていないのだ。

 彼が求めている水準がどの程度なのかは分からない。

 それに……自分がどれだけ強くなれるのかも、成長限界がどこで訪れてしまうのかも……それが彼女には不安だった。

 

「まあ、学院への復学までには間に合わせなきゃな……そうだろ?

 お前が学院に通ってくれなきゃ俺の目的は進まない。契約は守ってもらわないとな?」

 

 またため息を吐いた彼がアルシェに目を向ける。

 

「……うん。普通なら……多分、復学は許してもらえない。でも……」

 

 そこまでで彼は掌を前に出した。

 にやりと笑う山羊の口元。モノクルの中の黄金が楽しそうに揺れる。

 

「クク、しみったれた雑魚ばっかりのこの世界は第三位階が上級だといいやがる。

 しかしこの国の最高の魔法詠唱者は第六位階まで使えるってか。

 それなら……いきなり第四以上を使えるようになった魔法詠唱者、しかも嘗ての弟子が現れたら……そいつの目にはどう映るんだろうなぁ?」

 

 心の底から楽しそうに、彼は嗤っていた。

 

「ああ、あの人が一緒に居たら、もっと楽しくこういうこと考えれるのによ……。

 お前のこれからのランクだって相談できるし一緒に創り上げていけるんだ……。

 だけど、まあ、仕方ない」

 

 残念だ、と肩を竦めながら彼は首を振った。

 

「安心しろよ。成長限界ってのは俺らみたいなやつらのことを言うだけだ。

 お前にはまだまだ無限の可能性が残されてるんだぜ?

 ユグドラシルの醍醐味、キャラメイクをお前はまだ出来るんだ。ま、時間はかかるが……楽しもうぜ?」

 

 そういってまた、クピリと彼はワインを喉に流し込んだ。

 

 




読んでいただきありがとうございます。

まだ表立っては動けないので雌伏のとき
とりあえずアルシェちゃん育成計画。ウルベルトだけのアルシェちゃんを創り上げろ。

次もウルベルトさん回です。
ではまた

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