喧嘩別れ   作:副隊長

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切歌は言った「『ちょっと見ただけでも』そんな感じで、とにかく大変なんデース!」


3.そして

 電話の内容を正確に理解し飲み込むと、クリスは直ぐ様に走り出した。一瞬で感情が体の中に渦巻き大きくなる。二日前に抱いた焦燥感と同じもののようで少し違う。先日のそれは、嫌われたまま失うかもしれないと言う焦りだった。今のそれは、折角仲直りが出来たと言うのに、クリスの前から居なくなってしまうかもしれないと言う焦燥だった。

 そして連絡をしてきたのは、彼女が背中を預けるほど信頼している後輩でもある。その後輩が、何時もの元気の良さを微塵も見せず、動揺を隠せず慌てて電話をしてきている。彼女を焦燥の渦に突き落とすには十分な威力を持っている。

 

「クリスちゃん!?」

「響、私は携帯を回収してから行くからクリスを追って!」

 

 後ろから友達の叫び声が耳に届く。端末を落としている。そんな事も忘れ駆けだしていた。一人だったら大惨事になる所であったが、幸い友達が回収してくれる。心の中で一瞬ありがとうと呟くも、直ぐに焦りに上書きされる。なんでだよ。心の中でもう一度呟いた。治ったんじゃ無かったのかよ。この間はあんなに元気だったじゃないか。そう思ったところで気付く。

 術後一日(・・・・)でそれだけ元気な物なのか。抱えていた焦燥が消えた事による安堵と、あまりに暖かい時間の所為でそんな常識的な配慮が完全に抜けていた。思えば、最初に出会った時から疲れたから座らせてくれと言っている。傷が痛いとも言っていた。改めて思い返すと、体から管の様なものも出ていた。笑みを浮かべて冗談の様に笑いながら続けるので、そこまで深刻に捉えてはいなかったが、あれは全て事実だったのではないだろうか。

 手を握っても良いかと聞かれていた。実際に触れられた時に恥ずかしさがこみ上げ、つい驚いてしまった。あの時触れた手はどうだった。繋がった手がヤケに熱かったじゃないか。本人も熱があると言っていた。あれは、どれだけ熱かった。

 あの時に言われた言葉。思い出す。安心した。もう二度と会えないかもと思っていた。凄く嬉しかったと笑い、そしてごめんねと謝られた。手を握られた気恥ずかしさで上手く対応ができなかったが、思い返して見るとこの話し方はまるで……。

 嫌な想像がぐるぐると思考を巡る。

 そんな訳があるか。クリスは自分で自分の考えを否定する。

 外に行きたいと言っていた。買い物に行きたいと言っていた。皆で出かけたいと言っていた。約束だと、嬉しそうに笑っていた。あたしも一緒が良いんだと、そう言ってくれた。それがもし、無理押しして言われた言葉だとするのならば。あたしを気遣ってくれてそう言ったとするのなら。それは。

 ――それは遺言みたいではないか

 そんな考えがぐるぐると頭によぎる。あるわけない。あるはずがない。そう思いたいのに、思えない。緊急手術。相当無理をしていたのでは無いか。そんな事ばかり考えてしまう。

 

「いやだ……」

 

 言葉が口を吐く。

 

「いやだよ……」

 

 まるでシンフォギアを纏った時の様に胸の奥から言葉が零れ出る。

 

「もう失いたくないんだ。あたしが居ても良いと言ってくれた。あたしが居たいと思った場所」

 

 しかし、歌とは違いとても立ち向かえると思えない弱い言葉。

 

「解ったんだ。失いたくないんだって。ずっと一緒が良いんだって」

 

 クリスの頬に涙が伝う。

 

「居なくなるって思うと、胸が締め付けられるんだよ」

 

 大切な者を扱うように優しくされていた。それに本当の意味で気付けていなかった。

 

「こんな気持ちが続くなんて、嫌だよ……」

 

 自分の気持ちに気付くと、一気にそれが大きくなった。いやだ、いやだと涙が止まらない。

 

「なら!」

「あ……」

 

 訳が判らなくなりかけたところで、傍から鋭い声が飛ぶ。いつの間にか並走していた、クリスにとって戦友であり大切な友達。立花響。何時もと変わらない、温かな笑みを湛えている。

 

「早く会いに行かないとね! クリスちゃんが応援してるんだから、早く治しちゃおうよって!」

「おまえ……この、バカ!」

 

 その笑みを見ると、不思議と乱れていた心が落ち着くのを感じた。このバカは何時もあたしを支えてくれる。そうクリスは思うと、何か無性に気恥ずかしくなり手が出た。

 

「ふにゃお!? な、何でなぐるのぉ……」

 

 クリスの一撃に響は涙目になる。本人的には励ましたつもりなのに、まさか一撃入れられるとは思っていなかったからだ。

 

「ふん、わかりきった事言うからだよ!」

「ええ!? クリスちゃんが横暴だよぅ~~」

「けど、……ありがとな」

「え、なんて?」

「なんでもねーよ!」

 

 お前が友達でよかったよ。そんな言葉を胸の中だけで告げ、クリスは病院に急いだ。

 

 

 

 

 

 

「もしもし? えっと、小日向です」

「あ、未来先輩デスか?」

 

 クリスの落とした端末を拾い上げた未来は、電話を切る前に通話を試みる。幸いまだ切れていないようで、相手と会話する事に成功する。それは彼女の知る後輩の一人だった。

 

「クリスが慌てて走って行っちゃったんだけど、何かあったの?」

「あ、そうなんデス! 調と一緒にお見舞いに来てるんデスが大変な……調、ちょ、どうしたデスか?」

「月読です。切ちゃんが先走っちゃたので、電話代わりました」

 

 未来が切歌と会話を始めようとしたところで、唐突に電話相手が交代する。後輩コンビのもう一人、月読調だった。彼女にしては珍しく無理やり電話をはぎ取ったのだろうか、後方でいきなり何するデスかー、と言った声が届く。何を言っているかは正確には解らないが、とりあえずデスデス言っているのは未来にも理解できた。

 その様子に、あれ?っと未来は小首を傾げた。

 

「クリス先輩は……?」

「もう走って行っちゃった。それで何があったの?」

 

 簡単に現状を説明すると、調が少し考え込むのが解った。とりあえず話を進める。

 

「なら、遅かったかな」

「どういう事?」

「はい。さっきも言いましたけど、切ちゃんが先走ってしまって。あ……、はい、また電話代わります」

 

 チェンジからのチェンジ。ますます未来は不思議に思う。だって、二人の他に電話をする人がいるとすれば。

 何か後方でデデデデースと言う叫びが聞こえて来たのは気にしない事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 足早に病棟を進む。流石に病院でまで全力疾走するわけにはいかず、クリスはある程度の速さで進む速度を緩めた。相変わらず早く早くと気が急いてしまうも、隣に在る響の存在がクリスの冷静さを繋ぎとめている。

 考えるのは、今向かっている相手の事。明らかに相手の方が辛い筈なのに気遣われていた。それに気付いた時、どうしようもなく不安になり、だけどどこか嬉しかった。自分の事を見ていてくれると思うと、それだけで何処か面映ゆくなる。大丈夫。そう言い聞かせた。居なくなったりしない。そんな言葉を胸の奥で何度もつぶやく。

 

「着いた、な」

「大丈夫?」

「ああ。ふぅ……よし!」

 

 やがて、目的の部屋の前に辿り着く。部屋番号。一息つくと、がらりと扉を開けた。目に入るのは壁に架けられプレートに記載された患者の名前と担当医の名。間黒男。そういえば主治医の名前を見たのは初めてだとクリスは思った。

 

「こんなの……、こんなの……あんまりデース。デスデスデスデスデデデデース」

 

 室内にある更衣用のカーテンが引かれていた。其処から切歌の泣きそうな声が聞こえる。他には何かを書く音だけがカリカリと聞こえているだけだ。傍に居た響がごくりと息を呑んだ。思っていたよりも異様な雰囲気に、流石の響も呑まれていた。落ち着いていた気持ちが一気に高まった。殆ど反射的にカーテンを開け踏み込んだ。

 

「おい、大丈夫なのか!?」

 

 涙が零れ落ちた。そこには予想だにしていない光景が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃい」

 

 ばっと開いたカーテンに若干驚いたけど、入ってきたのがクリスだった為、直ぐに落ち着きあいさつを交わした。直ぐに手にしていた教科書に目を落とす。本の背には暁切歌の文字。彼女が使う授業の教科書だった。ちなみに内容は現文と古典。懐かしいなっと思いながら読む。ところどころ四コマとか落書きがあるのは実に学生らしい。昔は自分もやったな等と思い出すと、口元が緩くなるのも仕方が無いだろう。

  ちなみに何故こんな物を読んでいるかと言うと、切歌ちゃんの予習と宿題タイムに入ったからだ。と言うか入れた。デスデス謎悲鳴を上げながら、課題のプリントに向かっている。隣で調ちゃんが自分の教科書を取り出し、課題を手伝ってあげている。自分も切歌ちゃんが悲鳴を上げた時は一緒に考えたりしていた。

 

「……は?」

「ん?」

「あれ? 悪化は? 出血があって、緊急処置で、終わっても呻いていて大変だったんじゃないのか?」

「ああー。うん。大丈夫です。かなり痛かったけど、ぴんぴんしてる」

 

 呆けたように膝を突いたクリスの質問に答える。

 傷が悪化したと言うのは本当だ。傷口が化膿しており、膿を出す必要があったのでその場で局所麻酔を施し、抜糸。基本的には抜糸の際には麻酔はしないみたいだけど、今回は術後間もない為か施されていた。それでも傷口を開くのは痛みが酷く、年甲斐もなく声を上げてしまった。傷口を開いて、ガーゼ入れて膿を取り出すなんて思わなかったし。ガーゼを使って血と膿を出したのだが、これが結構量がある。大体は膿なんだけど、赤黒くなったガーゼをいくつか寝台の上に置いていて、処置が終わった時看護師さんがひっくり返してしまった。その結果、シーツが大惨事になったりしたわけだ。交換の手配はしてくれたので、直ぐに交換されたが。

 そして処置自体も普通に痛くて泣きそうになったりしていた。と言うか、開いた傷口にまだガーゼ突っ込んである。数日は、この処置を繰り返すらしい。気が滅入る。あんまり痛いんで全身から汗が噴き出すし。

 そして、もちろんそんな状態で風呂なんて入れるわけないので、体を拭くしかない。点滴や体からでた管もあるので服を脱ぐのも一苦労だし、正直あんまり清潔とは言えない。一応拭いてはいるが、どうしても拭ききれない気はする。直ぐに疲れると言う点も大きい。

 話が脱線しかけてきている。とりあえず、痛くて不便で仕方が無いけど問題は無いと伝えていた。

 

「嘘じゃねーよな?」 

「うん」

「そ、そうか。う、動くなよ?」

 

 疑うような目で見るクリスに、そう答えた。別に嘘などいっていない。化膿している事を除けば経過は良い感じのようだし。熱も初日よりはマシになっている。39度を超える事は無くなった。8はあるのだけど。

 そんな事を思っていると、唐突にクリスが頬を掴んだ。何って思った時には、普段よりも遥かに近い位置に顔があった。

 

「わぁー!! クリスちゃん大胆」

「おい、滅茶苦茶熱あんじゃねーか!」

 

 響ちゃんの驚いた声も右から左に抜けた。既に離れた顔を赤く染めながら吐き捨て、右手を上げた。今起こった事がいまいち理解できずに呆けていると、頬に触れられた。体温差が冷たくて心地よい。

 

「無理してんじゃねーよ」

 

 そう言って、起こしていた体を横たわる様に軽く押された。かなり痛い。思わず表情が歪んだ。

 

「わ、悪い……、痛かったか?」

「少しね。横たわり方もあるんだよ。我流だけどね」

 

 慌てたクリスを宥めつつ、両手で寝台に付けられた柵を持ちゆっくりゆっくり横たわる。あんまり女の子の前で、動けないところを見せたくは無かったのだけど、勢いに押されてしまった。

 

「お前、やっぱりかなり悪いんじゃねーか」

 

 ただ頷く。今日は逆らわない方が良さそうに感じた。実際この子の言うとおりである為、言い返す事もできないし。

 

「大丈夫デス?」

「痛いなら、ゆっくりで良いよ」

 

 課題からこちらに意識を向けた二人が心配そうにしていた。

 

「大丈夫だよ」

「嘘つけよ」

 

 呆れたように言うクリスに苦笑い。まぁ、実際そう見えるのだろうけど、良くはなっている。何と言っても絶飲食が解除されているのだ。先ほどの処置の際に主治医に聞いていた。本日の夕食より、解禁されるとのことだ。勿論病院食だが、数日ぶりだと素直にうれしい。

 

「良くはなってるさ。さっき絶飲食も解除されたしね。今晩から、夕食も復活するよ。だから、良くはなってる」

「……、本当みたいだな」

 

 説明すると、以前話した備考欄を確認し頷いた。本日は妙に疑い深い。先ほどの誤情報の所為だろうか。切歌ちゃんが焦って間違った情報を伝えたことが尾を引いているのだろう。予習復習させる事で反省をさせているのであんまり怒らないで上げてほしい。

 

「あんまり、心配させんなよ……」

「うん」

 

 そんな事を考えていたら、寝間着の袖を引かれた。不意打ちだった。馬鹿みたいに頷く以外、反応がとれない。

 

「汗だってこんなにびっしょり噴き出してるし、辛いのならそう言ってくれよ」

 

 横たわっていると、寝台の中に置かれたタオルを掴み額の汗を拭ってくれた。そこまでしてくれなくて良いのにと思うも、心地よさに目を閉じる事しかできない。

 

「クリス先輩、凄く優しい手付きデス」

「うん。大切なものに触れてるみたい」

 

 二人が此方を見つめながら笑った。ちょっと気恥しい。

 

「な、な!? べっつに、そんなんじゃねーよ!」

「うーん。クリスちゃんが此処まで甲斐甲斐しいとはなぁ。これは私たち解散したほうが良いかな?」

「確かに、あんな空気を出されたら、流石のあたしたちでも居辛いデス」

「そっちの方が先輩も嬉しそう。そんな気がする」

「お・ま・え・ら~!!」

「じゃー私たち帰りますねー!!」

「またデス!」

「また来ます。元気になったら、切ちゃんと一緒に勉強見てくださいね」

 

 あんまりな言い草に、ついに切れた。きゃあきゃあ言いながら女の子たちが退散していく。それをクリスが追い駆けていく。横たわったまま、またねと彼女たちに手を振った。バタバタしていたので、とても起き上がれなかったからだ。あんまり行儀が良くないけど仕方が無い。

 嵐のように過ぎ去っていった。この間も思ったけど、楽しかった。元気がもらえた気がする。勿論疲れてはいるのだけど、気力を分けてもらった気がする。会いに来てくれる人が居るってのは、思って居たよりもずっと嬉しかった。

 そのまままたゆっくり体を起こし、タオルを幾つか取りカーテンを閉める。クリスにも言われたけど汗だくになっている。寝間着の替えを取り、まずは上着を脱いだ。点滴を一々経由しなければいけないので、着脱にかなり手間がかかる。半裸になったところで、体を拭い始めた。

 

「たっく、あいつら言いたい放題言いやがって」

 

 その瞬間に、ばっとカーテンが開いた。目が合う。

 

「な、ななな、なにやってんだぁー!!」

 

 クリスがばっと自分の手で顔を隠した。が、思いっきり指の隙間から見られている。とりあえず、上着を羽織った。きちんと着るのには面倒な工程を必要だからしかたない。見られて困る訳では無いが、何かが減るような気もする。

 

「いや、帰ったと思ったんで汗拭おうと」

「そ、そうか。でもだからって……」

「カーテン思いっきり引かれるとは思ってなくって」

「……思いっきり、あたしの所為じゃねーか」

「ま、まぁ、気にしてないし。逆じゃなくて良かった」

 

 冷静に考えて見れば、完全にクリスの落ち度であった。へこんでいるのを軽く励ます。立場が逆なら、酷い目に遭いかねない。

 

「そ、そうだな……、って、あ!?」

 

 クリスが声を上げた。腹部の傷。処置の施された手術痕や管が刺さった場所を凝視している。大きなガーゼが血と膿に滲んでいた。目の端に涙が滲む。それを直ぐに拭っていた。

 

「痛かったよな」

 

 ただ頷いた。ずっと、虚勢を張らないでくれよと言われ続けていたように思えたからだ。

 

「その……、体拭くの手伝おうか?」

「ん、頼むよ」

 

 濡らしたタオルを手に取り、背を拭ってくれる。一人では動かせない方向などもある為、随分と助かった。

 息遣いが首筋に時々かかり、くすぐったい感じがする。拭うのに集中した。

 

「こんなもんか」

「ああ、充分。ありがとう」

 

 頷き、インナーと上着を着るために点滴台を外す。最初は不思議そうにしていたクリスだが、直ぐに合点がいったのか、それも手伝ってくれた。至れり尽くせりと言った感じか、少し困ってしまう。そのまま着替えた。

 

「さて、ちょっと外に出てほしい」

「……なんでだよ?」

「いや、下も拭く気?」

「ばっ!? 出てくからさっさとやれ!!」

 

 流石に女の子に下半身を拭いてもらう気は無い。真っ赤になったクリスが退出したらできるだけ直ぐに終わらせる。そして、もう大丈夫だと声をかけた。

 

「やっぱり、大変なんだな」

「まぁ、多少は不便だよ。本調子じゃないし、立ったときとか良く立ち眩みもするしね」

 

 座ったまま、そんな言葉を交わす。

 不便ではあるが、今日に限ってはそれほどでもない。それから、他愛のない話をぽつぽつと語る。

 夕食の時間が近付いてきていた。

 

「今日は長いね」

「もしかして、あたしが居たら邪魔か?」

「いや、安心できる」

「そ、そうか。ならもう少しいる」

 

 軽く横たわる。自然と手を繋いでいた。何も言わないけど、この子の事だから真っ赤になっているのではないだろうか。あえて表情は視ない事にする。多分自分も赤いだろうし。

 不意にノックが聞こえた。そういえば来客は多かったけど、ノックはあまりされていなかった気がする。そんな事を考えていると、入院して初めての食事が運ばれてきた。流石に恥ずかしかったのだろう、直ぐに手は解かれていた。それが少しだけ寂しい。

 

「うん。病院食だ」

「これとか殆どお湯じゃねーの?」

「まぁ、重湯ってそんなもんじゃないかな」

 

 運ばれた病院食を見て二人して興味津々に見つめた。重湯とかなり良く煮た卵料理と魚料理。後はヨーグルト。かなり消化に良さそうなものだった。量が少ないのは仕方が無い。と言うか、これでも食べきれない気がする。

 

「さて、食べていようかな……って、なんでスプーンを持つのか」

「そりゃ、お前、復讐だよ。嫌がるあたしに無理やり突っ込んだのは忘れてねーからな!」

「なんと人聞きの悪い言い方」

「事実じゃねーか」

 

 食べてみようかと思ったところで、スプーンを奪われる。絶食解禁からのまさかの仕打ちに抗議を上げると、台詞とは裏腹に、首まで真っ赤になりながら恥ずかしそうに此方を見る女の子が一人。

 おもむろに重湯を掬った。右手にスプーン左手を下に零れないように添えている。どうにも根に持たれているようだ。

 

「いや、流石に夕食は自分で」

「あたしは友達の前であんな辱めを受けたんだぞ?」

「はい」

 

 どうにもやらなければいけない様だ。覚悟を決める。凄まじく恥ずかしいだけだ。死にはしない。

 

「あーん」

 

 できるだけ目を合わせないようにして、口に含んだ。これで視線まで合うと、色々ときつい。

 二人して恥ずかしがりながら、食事を進める。クリスを怒らせるのはもう止めようと心に誓った。

 

「なんとか、食べられた」

「美味かったか?」

「……凄く」

「……そっか。良かった」

 

 頷く。気恥ずかしいが、確かに美味しかった。ちなみに久しぶりに食べたせいか、少量だが食後は結構苦しい。

 しばらく楽にしていると、不意にクリスがベッドの反対側に腰かけた。ちょうど背中合わせになる形だ。

 

「安心した」

 

 ぽつりと漏らした。何も言わずに、耳を傾ける。

 

「今日連絡聞いた時には、凄く怖かったんだ。居なくなったらどうしようって。お前が死んだらどうしようって」

 

 そこまで心配させてしまったのかと思うと、少し申し訳なく思った。背を預けてくれる女の子が続けるのをただ待ち続ける。

 

「その時に、な。失いたくないものに気付いた。大切なものに、気付いたんだ」

 

 背中から束の間熱が離れた。すぐにまた暖かくなる。

 

「あたしは帰る場所が欲しかった。そして漸く見つけたその場所。それを、今日失いかけた。凄く、怖かった……。あなたが居なくなると思うと……怖くて仕方が無かった……」

 

 嗚咽が届いた。首元に回された手に、自分の手を重ねた。

 

「だから、今は本当に安心してるんだよ」

 

 ただ眼を閉じ、嗚咽を聞いていた。やがて、それもやむ。

 

「わりぃ。ちょっと泣いちまった」

「死なないよ。君より先に勝手に死んだりしない。君の帰りたい場所は無くなったりしない。だから、大丈夫」

 

 手を重ねて、そう言った。うん、っと頷く声が聞こえた。

 

「また、きても良いか?」

「何時でも。君を見ると安心できる」

 

 照れ隠しの様に、クリスはそんな言葉を零した。頷く。彼女が来てくれるなら、自分も安心できる。

 

「そっか……」

 

 首に回されていた手が離れた。ぐるりと回り、こちらに向き直った。

 

「なら、早く治さねーとな!?」

 

 そう言ってクリスは笑った。此方もつられて笑みを浮かべた。

 入院する事によって、思いもよらない心配をかけてしまう事になったが、仲直りをする事が出来ていた。

 この笑顔が見られたのなら、病気になった甲斐があった物だと不謹慎にも思ってしまう。

 それぐらい魅力的な笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、何故『早く治さねーとな』と言ったのかを、退院した後、自宅に現れた女の子を見て思い知る事になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




空気の読める未来ちゃんは、クリスが部屋を出てくるまで携帯を持って待っているのです。

特に落ちもないですが、この物語はこれで完結になります。
気が向いたら何か書くかもしれませんが、とりあえず終わり。
※長編を書き始めました。

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