しかも気づけばこの小説も始めて1年がたってるとは・・・時が経つのってはやい(しみじみ
休憩を終えた後、ルイズは途中でガンマに走行モードではなく歩行モードで運ぶようにと指示をだして移動した。まだガンマの存在を知られていない王国で走行モードのまま行ったらまず間違いなく騒ぎが起こってしまうから、そのための対処である。岩場から結構な距離があったが、ガンマは以外にも歩行モードでもかなり早く走れるようで、それほど時間をかけずに街に到着し、多少好奇の目で見られはしたが、なんとか問題を起こすことなく街へ入れたのである。
――――"ワイワイガヤガヤ"
「賑ヤカナ街……人間モ沢山。ステーションスクエア以外ノ街ハ初メテ」
「いいところでしょ? ここは『ブルドンネ街』っていってね、王都で一番の大通りでトリステインきっての名所なのよ。ここまで活気溢れる街はそうそうないわ」
「ココハ、ソンナ二有名?」
「もちろん! この大通りの先には宮殿があってね・・」
トリステイン王国にやってきたルイズとガンマは、賑やかな城下町の中を歩いていた。驚いたように辺りを見回してるガンマに、ルイズは歩きながらこの街について話してくれた。
この街はトリステイン王国の首都トリスタニアで一番の大通りであるブルドンネ街と呼ぶ場所で、各地から訪れてきた商人達が仕入れてきた物資の流通から商都としても有名であり、この先にある宮殿と繋がったもっとも繁栄した街なのだそうだ。
周りの建物は白い石造りで出来た建物が多く、ステーションスクエアのような煌びやかなネオンや高層ビルなどがない、中世ヨーロッパのような街並みだ。 街一番の大通りにしては幅5メートルほどしかない道ではあるが、老若男女と様々な人間達が行き交い、街全体が活気に溢れている。
道端には露店が溢れ、商人が声を張り上げて仕入れてきた品を売っていた。 果物や肉などの食べ物や、籠や食器などの日用品、アクセサリーや宝石、魔法道具と様々なものも売られている。
文明どころか世界そのものが違うが、たくさんの人間達が楽しそうにしてる姿を見て、ガンマは平和な都市ステーションスクエアの風景を思い出していた。
「ケロッケロッ」
いくつも並んである露店の一つからカエルの鳴き声が聞こえ、ガンマはその店の前で立ち止まった。その店には筵の上に奇妙な形をしたカエルが入った壜が並べられていた。
「(データニ無イカエル・・・)」
そのカエルも自分の世界には存在していない種で、見たこともないものだった。前に行ったカエル捕獲任務で捕まえた尻尾の生えたカエルも特殊だったが、このカエルはこの世界特有の種なのかもしれない。ガンマはそのカエルが気になって興味深げに見つめていた。するとルイズが腕を引っ張ってきた。
「ほら、寄り道しないの!」
「ア・・、申シ訳ナイ・・」
ガンマは素直に謝罪した。だがやっぱり好奇心旺盛なガンマは少し名残惜しそうに見つめている。ルイズはカエルの壜を見て引き気味に顔をしかめ、ガンマを強引に引っ張っていった。
「もう・・それより、あんたに預けた財布はちゃんともってる?」
「問題ナシ。チャント保管シテアル」
パカッと体の装甲の一部が開き、ルイズから預かった財布を見せた。ルイズは、財布は下僕が持つものだと言って、財布をそっくりガンマに持たせたのである。 ガンマの体には回収したリングをしまうための収納ケースが付いており、容量も大きく中にぎっしり金貨がつまった財布も簡単に収納できるのだ。
「よし、ちゃんとあるわね。これならスリでも簡単には盗めないわ」
「デモマスター、財布ハカナリノ重量。イクラスリデモ、コレヲ盗ムノハ困難ト思ワレル」
「たしかにね。でも魔法を使われたら、一発でしょ」
「魔法ヲ?」
辺りを見回したが、周りにいるのは全て質素な服装をした平民だけで、メイジの姿は見当たらなかった。魔法学院での生活で得た情報によると、メイジはとにかくマントを身に着けているようで、もったいぶった歩き方をしている。ルイズに言わせると、貴族の歩き方だ、というのだ。
「デモ、メイジハ一人モ見当タラズ、普通ノ人間シカイナイガ」
「だって、貴族は全体の人口の一割いないのよ。あと、こんな下賎なところ滅多に歩かないわ」
「ダガ、貴族ガ何故スリヲスル? 上流階級ノ人間ナラバ、盗ミヲ働クメリットハ無イト思ウガ」
「貴族は全員がメイジだけど、メイジすべてが貴族ってわけじゃなわ。いろんな事情で、勘当されたり家を捨てたりした貴族の次男や三男坊なんかが、身をやつして傭兵になったり犯罪者になったりするのよ」
「犯罪者・・・」
どうやらメイジにも、犯罪行為をするものは存在するようだ。天才科学者でありながら悪事を働くエッグマンという例もあるし、そこは自分の世界の人間と変わりないようだ。
「ま、いくらメイジでもわざわざゴーレムから盗もうとする馬鹿はいないでしょうけど、油断はしないでよ? あんたの体がいかに頑丈な金属でも、魔法でその体をこじ開けてお金を奪うことだってできちゃうんだからね」
「ソンナコトモ可能ナノカ?」
「あったりまえじゃない。トライアングルメイジだったらそんなの朝飯前よ。ドットのギーシュなんかと比べ物にならないわ」
言われて見れば、前のシュヴルーズの授業の内容を振り返ると、『錬金』で石ころを金属類に変換することが可能なら、逆に脆い砂に変えることだってできる。そのような高レベルのメイジが犯罪に手を染めた場合、メイジなら誰でも扱える"コモン・マジック"で物を浮かしたり鍵を開けたりして金品を盗むことは簡単だし、傭兵だったら昨日の晩キュルケが見せた炎の魔法だって壁を吹き飛ばすほどの威力があったから、エッグマンのメカのゴーラやボアボアなどの炎のように、攻撃用として使用すればとても強力だ。 もしかしたら魔法の炎でも金属を溶かすことだってできるかもしれない。
「(『錬金』ガ ロボットノボクニモ効果ガアルカハ不明ダガ…脅威ニ値スル・・・)」
前の決闘でギーシュはゴーレムでしか戦わなかったが、もし自分の体に『錬金』を掛けられ頑丈な合金を脆い物質に変えられてしまえば戦闘は不可能だ。 他の『火』『水』『風』の三つの系統魔法も"トライアングル"や"スクウェア"レベルでどれほどの破壊力をもった魔法を放てるか予測できない。メイジとの戦闘経験のデータがほとんどない段階では、ギーシュの時のように装甲にかすり傷がつく程度で済まないかもしれない・・・。
―――「(モシ、ルイズヲ守リナガラ戦ウ事態ガ起コッタ時・・・ルイズガ傷ツク事無ク守レルノダロウカ・・・・)」
「・・ちょっと、聞いてるの?」
「! ゴメン、考エ事シテイタ」
話の最中ガンマが少し考え込んでるところを声をかけられ、慌てて主人にカメラアイを向ける。ルイズはガンマがちゃんと話を聞いてなかったと思ったようで、眉をへの字に曲げていた。
「どうせあんたのことだから、また露店の品に目がいってボーっとしてたんでしょ?」
「イヤ、ソンナ事ハ…」
「誤魔化したって無駄よ。まったく、ご主人様がせっかくありがたい話をしてるんだから、ちゃんと聞きなさいよね!」
「善処スル…」
フンッとそっぽ向かれた。また主人を不機嫌にさせてしまったようで、シュンッとガンマは落ち込んだ。
「……トコロデマスター、先程カラドノ店ニモ、剣ラシキ武器ハ扱ッテイナイヨウダガ・・武器屋ハドコ?」
街に着いてからだいぶ歩いているが、大通りに並んだ露店にはいろんな品物があるが、剣らしき武器を取り扱っているような店はなく、ガンマはどこに武器屋があるのかと問いかける。
「こっちよ。剣だけ売ってるわけじゃないけどね」
「アノ、マスター、可能デアレバ…他ノ店ヲ見テ周ッテモ・・」
「ダメッ! 早く来なさい!」
この街のマップデータを得る目的もあったので主人に了解を得ようとしたが・・さりげなく言ったお願いをルイズはきっぱりと却下し、さっさと歩いていった。
「マ、マスター。待ッテ・・・」
おろおろしながらも、ガンマは慌てて主人の後を追いかけていった。
――――――――――
ルイズはガンマを連れて、さらに狭い路地裏に入っていた。表の通りと違って路地裏はゴミや汚物が転がっており、悪臭を放っていて表の綺麗な通りとは大違いな場所だった。ルイズはその悪臭に顔をしかめ、鼻を摘み、不快そうにしている。
「汚いわねぇ」
「ココハトテモ不衛生・・・掃除ノ必要性アリ」
「だからあまり来たくないのよ…臭いし汚いし靴も汚れちゃうし、最悪だわ…」
そう愚痴をこぼしながら歩いていくと、四辻に出た。ルイズはそこで止まると、辺りをキョロキョロと見回した。
「え~っと、ピエモンの秘薬屋の近くだったから、この辺なんだけど・・・」
「コンナ場所ニモ、露店ガアルノカ?」
「あるにはあるけど、ちゃんとこの街で経営してるお店があるのよ。ほら、あそこに看板が掛かってるでしょ」
ルイズが指で示した方向にカメラアイを向けると、たしかに四辻の角に何件か表の通りにもあった看板を掛けた店らしき建物があった。 看板には壺や本の絵が描かれたものがあり、それがその店の取り扱っているもののようだ。ルイズが武器屋を探してる間、ガンマは色んな形の看板に興味が出て、他にもないかと辺りを見回しながらじーっと眺めている。
それから、ルイズは一枚の銅の看板を見つけ、嬉しそうに呟いた。
「あ、あった」
ガンマもルイズが見つけた看板を見ると、剣の形をした看板が下がっていた。そこがどうやら、目的の武器屋であるらしかった。
ルイズとガンマは、石段を上がり、羽扉をあけた。
―――カランカランカラン♪
扉に設置されたドアベルが、羽扉が開いたことで反応しカラカラと鳴った。 中に入ると、店の中は昼間だというのに薄暗く、ランプの灯りが灯っていた。 壁や棚には所狭しと剣や槍、斧などの色んな種類の武器が乱雑に並べられ、立派な甲冑が飾ってあった。
薄暗い店の奥で、パイプをくわえていた五十がらみの親父が、プカプカとふかしながら入ってきたルイズのほうを胡散臭げに見つめ、紐タイ留めに描かれた五芒星に気づく。 身形や立ち振る舞いからして位の高そうな貴族だと目利きすると、パイプをはなしドスの利いた声を出した。
「お嬢様、貴族のお嬢様、このような場所にどういったご用件ですかな?うちはまっとうな商売してまさぁ。お上に目をつけられるようなことなんか、これっぽっちも…」
ガシャッガシャッガシャッガシャッ
「ありや・・・せ・・・・・」
後から店の中に入ってきたガンマの姿を見て、ドスの利いた声が次第に小さくなり、冷や汗を流しながら顔を引きつらせていた。
まさかゴーレムを連れて買い物に来ただなんて予想はしないだろうし、主人自身になにかやましいことがあるのかどうかはわからないが、この反応は当然ともいえる。しかもガンマは背が高く2メートルもある上に、店内が薄暗いせいで緑のカメラアイから発光する薄い光がまるで悪魔の目のように見えたようで、威圧感は抜群である。
「客よ」
だがルイズはそんな店主の反応に意にも介さず、腕をくんで言った。
「こ、これは失礼いたしました。ゴーレムを連れた客なんて始めてなもんで・・・いやぁしかしこりゃおったまげた。貴族が剣を!おったまげた!」
「どうして?」
「いえ、若奥様。坊主は聖具をふる、兵隊は剣をふる、貴族は杖をふる、そして陛下はバルコニーからお手をおふりになる、と相場が決まっておりますんで」
「使うのは私じゃないわ。使い魔よ」
「忘れておりました。昨今は貴族の使い魔も剣をふるようで」
店の主人は、商売っ気たっぷりにお愛想を言った。 それから、後ろのゴーレムのことは気にしないようにし、キョロキョロとその使い魔を探す。
「それで、剣をお使いになる方は、どちらに?」
店主はニコニコとそう聞いてきた。そしてルイズは首をくいっと後ろにいるガンマのほうへ動かした。
「こいつよ」
「へっ? こ、このゴーレムですかい?」
目をまん丸に見開いてる店主に、ルイズは頷いた。 ガンマはすっかり、店の中に並んだ武器を夢中になって観察していた。 とくに飾られてる甲冑を見て「コレモガーゴイル…?」と呟きながら指でちょんちょんとつついて、店の中のものを珍しそうに見入っている。
ルイズはそんなガンマを無視して言った。
「私は剣のことなんかわからないから、こいつに合うやつを適当に選んでちょうだい」
「で、ですが若奥様。お言葉ですがそちらのゴーレム…いや、ガーゴイルで? そのガーゴイルになぜ武器をお買いに? 土メイジでしたらガーゴイル用の武器は錬金で作るほうがお金も掛かりませんし、簡単ではありませんか?」
店主は素朴な疑問をルイズに投げかけた。たしかに錬金が得意分野である土メイジが、わざわざ魔法人形に武器を買って持たせるなどおかしなものである。 それにそのガーゴイルの右腕も変な形をしているが、おそらくメイスの役割をした腕かもしれないし、武器を買う必要はないように思える。
「こいつは~・・使い魔だから特別なのよ。いいから早く持ってきて!」
ルイズは言葉を濁しながらまくりあげるように言って、主人はいそいそと奥の倉庫に消えた。
倉庫の奥で、彼は聞こえないように小声で呟いた。
「・・・やれやれ、ガーゴイルに合う武器を持って来いとは、無茶なことをいう小娘だわい。人間とかってが違うんだからわかるわきゃねーってのによ・・・」
ブツブツ文句を言いながら店主は倉庫に並べられた武器の山を漁った。
「 …それにしても、最初は驚いちまったが、あのガーゴイルはいかにも弱そうだなぁ・・。見た目もへんてこだし、あんな棒っきれみたいな腕じゃ棍棒だってまともに振れやしないんじゃないかね? せいぜい荷物運びくらいしか使えなさそうだが、あんなガーゴイルを連れ歩くなんて、変わり者の貴族だなぁ。 ・・ま、ワシにとっちゃ鴨がネギしょってやってきたようなもんだわい。せいぜい高く売りつけてやるとしよう」
彼は保管用の大きなガラスケースにしまってある武器を見つけると、「これならちょうどいいだろう」とケースから何本か取り出し、それを抱えて倉庫から現れた。
「お嬢様のガーゴイルに合いそうなものを、いくつかお持ちいたしました」
ドチャリッと抱えていた数本の武器をカウンターに並べ、そのうちの一つであるハンドアックスを見せた。
随分、小振りの小さな斧である。 片手で扱うものらしく、銀色の刃で、短めの柄には装飾が施された皮製のカバーが巻きつけられていた。ちょうどガンマの大きな手でも握れる大きさである。
主人は思い出すように言った。
「そういや、昨今は宮廷の貴族の方々の間で下僕に武器を持たすのがはやっておりましてね。人間の従者をお連れになる貴族様が特にお選びになるのが、このようなレイピアでさあ」
彼は机に並べた武器から1メイルほどの長さの、細身の剣を見せた。これもハンドアックスと同様片手で扱える代物で、短めの柄にハンドガードが付いてるものだ。両方ともきらびやかな模様が施されていて、たしかに貴族に似合いの綺麗な武器ではある。
「貴族の間で、下僕に武器を持たすのがはやってる?」
ルイズは尋ねた、店主はもっともらしく頷いた。
「へえ、なんでも最近このトリステインの城下町を、盗賊が荒らしておりまして・・・」
「盗賊?」
「そうでさ。なんでも、『土くれ」のフーケとかいうメイジの盗賊が、貴族のお宝を散々盗みまくってるって噂で。盗む方法も大胆で貴族の方々は恐れているらしく、下僕に剣を持たせて武装させている始末で。へえ」
「ふーん」
ルイズは盗賊の噂話には興味がなかったので軽く流し、じろじろと斧や他の武器を眺めた。レイピアは流石に細すぎてすぐ折れてしまいそうだから論外だが、この手斧も小さすぎる。ガンマは確か、この前もっと大きな斧を片手で軽々と振っていたのだ。それに今欲しいのは斧ではなく、剣である。
「悪いけど、私が欲しいのは剣なのよ。それにもっと大きくて太いのがいいわ」
「お言葉ですが、剣と人には、男と女のように相性ってもんがございます。それはガーゴイルも例外じゃあありませんよ。見たところ、若奥様の使い魔とやらには、重い武器よりもこの程度の小振りのものが無難かと思いますが」
「大きくて太いのがいいと、言ったのよ。それにこいつを見た目で判断しないで頂戴!」
「かしこまりました」
ルイズは言った。 店主はぺこりと頭を下げると、カウンターに並べた武器を抱え奥に消えた。その際に小さく「素人が!」と呟くのを忘れない。
「マスター。ボクハアノ斧デモ問題ナカッタガ・・」
ガンマ的には手斧くらいなら体のどこかに携帯することで持ち運びができ、あのサイズなら近接戦闘の場合すぐに装備が可能で、それに斧を一度使った経験があるから小回りの効く軽い斧は都合がいいと判断した。
「イヤよ、小さい斧をもったゴーレムなんてかっこわるいじゃない! せっかくあんたに買ってあげるんだから、大きくて立派なものじゃないと納得いかないわ!」
「ソウダロウカ・・?」
だがルイズは利便性よりも見た目のほうを重視してるようだ。剣に関する情報があまりないガンマにはなんとも言えないものである。そう話しながら待っていると、今度は立派な剣を油布で拭きながら、店主が現れた。
「これなんかいかがです?」
先ほどの小振りのものと違い、ルイズの注文どおりの見事な剣だった。刀身は1.5メイルはあろうかという大剣で、柄は両手でも扱えるように長く、立派な拵えである。 ところどころに宝石が散りばめられ、鏡のように磨かれた両刃の刀身が光っている。やけに派手な剣ではあるが・・見るからに切れ味が良さそうな頑丈な大剣であった。
「店一番の業物でさ。貴族のお供をさせるなら、このぐらいは腰から下げて欲しいものですな。といっても・・・図体はでかいですが、やっこさんのその腰の形じゃぁ剣を腰から下げるのは無理でさあ。本来なら余程の大男が腰に下げる代物なんですが、やっこさんのようなガーゴイルなら、背中にしょわんといかんですな」
店主はガンマの体を見てそういった。 人間体系だったならまだしも、ガンマの体の構造上、腰部分に剣を備え付けることはできそうにない。無理やり腰につけたとしても、剣があったら走行モードにモードチェンジする時の障害となってしまう。ガンマもそれには納得していた。
「これ、試しに持たせてもいいかしら?」
「どうぞ、構いませんよ」
「ガンマ、持ってみなさい」
店主にそう尋ねて了解を得ると、ルイズは後ろにいたガンマにそう指示を出す。ガンマは「了解」と言って近づき、その剣を手に取った
ピピピピッ
《―――NEW WEAPON:シュペー卿の剣―――》
「(…アノ時ト同ジ反応・・・)」
剣を握った瞬間、前と同じようにこの剣の情報が自動的にダウンロードされた。どうやらこの剣の名前は『シュペー卿の剣』というようだ。電子頭脳に情報がインプットされたことで剣の扱い方が手に取るように理解し、細い左腕で大剣を持ち上げ、数回ほど軽く動かした。
「おったまげた・・片手でもちゃんと扱えるんですな。流石はガーゴイル」
どうせまともに振れないだろうとたかをくくってたが、意外と腕力はあるようで店主は驚いていた。
「へぇ~、意外と様になってるじゃない」
ガンマが剣を確かめるように動かしているのを見て、ルイズはこれでいいだろうと思った。2メイルもあるガンマにはちょうどいいサイズで、護衛としてもピッタリである。店一番と親父が太鼓判を押したのも気に入った。貴族はともかく、なんでも一番でないと気がすまないのである。
「おいくら?」ルイズは尋ねた。
「何せこいつを鍛えたのは、かの高名なゲルマニアの錬金術師シュペー卿で。魔法がかかってるから鉄だって一刀両断でさ。ここにその名が刻まれているでしょう? おやすかあ、ありませんぜ」
主人はもったいぶって柄に刻まれた文字を指差した。
「わたしは貴族よ」
ルイズも、無い胸をそらせて言った。主人は淡々と値段を告げた。
「エキュー金貨で2千。新金貨なら3千でございます」
「さ・・・3千ですって!?立派な家と、森つきの庭が買えるほどの値段じゃない」
ルイズは呆れて言った。 ガンマはこの世界の相場と貨幣価値の情報は得ていないので、さっぱりである。自分の世界の『リング』と同じではないのは間違いないだろう。 それに単位のほうも『金貨』と『新金貨』で種類が違うようだし、今のガンマには理解ができず首をかしげて突っ立っていた。
「名剣は城に匹敵しますぜ。 屋敷で済んだらやすいもんでさ」
「新金貨で、百しか持ってきてないわ」
ルイズは貴族なので、このような商人との買い物の駆け引きがへたくそだった。あっけなく財布の中身をばらしてしまう。 主人は話にならない、というように手を振った。
「まともな大剣なら、どんなに安くても相場は二百でさ。百ぽっちじゃ、さっきの斧だって買えませんぜ」
「う・・・」
ルイズは顔をガンマのボディーの色のように赤くした。剣がそんなに高いとは知らなかったのだ。 ガンマに立派な剣を買ってやると息巻いていたのに、完全に赤っ恥である。
「マスター、ドウスル?」
「仕方ないわね・・・残念だけど買えるやつにしましょう。ガンマ、それ返しときなさい」
「了解」
ルイズの指示に従い、ガンマは剣を店主に返した。
――――そのとき・・・・、乱雑に積み上げられた剣の中から、笑い声がした。低い、男の声だった。
「こいつはお笑いだ! たった百しかもってないのに剣を買うだって? 世間知らずにも程があら!」
ルイズとガンマは声の方を向いた。それと同時に、店主は頭を抱え「また始まった…」とうんざりしたように呟いた。
「しかも、よりにもよってガーゴイルの武器にだと…? 冗談じゃねぇ! 木偶人形に力任せに振り回されるなんざ剣が泣いちまうぜ! そこの卵みたいなへんちくりんには、そこらへんの棒っきれを持たせたほうがお似合いさ!」
「・・?・・??」
ガンマはいきなり悪口をいってきた人物がいる方をキョロキョロと探した。しかし、声の聞こえてくるほうには人影はない。ただ、乱雑に剣が積んであるだけである。それなのに声だけが聞こえてくるので困惑している。
「おめぇみたいなのはガキの買い物に付き添って荷物運びをしてるほうがちょうどいいぜ、卵野郎。わかったらさっさとご主人様と一緒に帰りな! おめぇもだよ! 貴族の娘っ子!」
「失礼ね!どこにいるのよ!」
ルイズは怒り心頭に声のするほうに向かって怒鳴った。ガンマは、ガシャガシャと声のする方に近づいていき、緑のカメラアイで辺りをサーチした。
「生体反応無シ…。誰モイナイ・・・」
「おめぇのその緑の目玉は飾りか!」
「ッ!」
ガンマは驚いた。なんと、声の主は一本の剣であった。さびの浮いたボロボロの剣から、声が発せられているのであった。
「剣ガ・・・・・喋ッタ?」
「なんだ、剣が喋っちゃいけねぇってのかよ?おめぇみたいな木偶人形だって喋ってるんだ、喋る剣があったっておかしかあねぇだろ!このタマ公!」
「タ、タマ公・・?」
ガンマはポカーンとした様子で見ていたら、店の主人が怒鳴り声をあげた。
「やい! デル公! お客様に失礼なこと言うんじゃねえ!」
「デル公…?」
ガンマは、その剣をまじまじと見つめた。スキャンしてみたところ、さっきの大剣と長さは変わらないが、刀身が細く、薄手の長剣である。 少ないデータの中に載ってあったサムライブレードとよく似ている。 ただ、刀身の表面には錆が浮き、お世辞にも見栄えがいいとは言えなかった。
「お客様? たった金貨百枚しかもってねぇ貴族の娘っ子に、この弱そうなへなちょこガーゴイルがお客様だぁ? ふざけんじゃねぇよ! おままごとなら他所でやれってんだ!」
「黙りやがれ! てめぇみたいな性根のひん曲がったやつに比べりゃ、こっちのガーゴイルのほうが大人しいしかわいいもんさ! 爪の垢でも煎じててめぇにぶっかけて、もっと錆びだらけにしてやりたいくらいだ!」
「知ったことかよ!出来るもんならやってみやがれ!」
ギャー!ギャー!と、店主と喋る剣が口喧嘩を始めだした。
「・・・これって、インテリジェンスソード?」
ルイズが、当惑したように声をあげた。
「そうでさ、若奥様。意思を持つ魔剣、インテリジェンスソードでさ。 いったい、どこの魔術師が始めたんでしょうかねえ、剣を喋らせるだなんて・・・。こいつはとにかく、やたらと口が悪いわ、客に喧嘩を売るわで閉口してまして、ほとほと困らされてるんでさ・・・・。やいデル公! これ以上失礼があったら、貴族に頼んでてめぇをドロドロに溶かしちまうからな!」
「おもしれ!やってみろ! どうせこの世にゃもう、飽き飽きしてたところさ! 溶かしてくれるんなら、上等だ!」
「やってやらあ!!」
店主が裾を巻く利上げて動き出した。しかし、ガンマはそれを遮る。
「店主サン、落チ着イテ。ボク、コノ喋ル剣、トテモ興味深イ」
それからガンマは、緑のカメラアイでまじまじとその剣を見つめた。学院で見たゴーレムやガーゴイルなどの魔法人形とは違う、武器そのものに意思がある。喋る武器など初めてみたので、ガンマはとても興味が引かれた。
「初メマシテ、デル公。ボクノ名前ハE-102γ(ガンマ)、ヨロシク」
「ちがわ!俺はデル公じゃなくてデルフリンガーさまってんだ!驚きやがれ!」
「見た目も性格も悪いですが、名前だけは一人前でさ」
店主がそう付け足した。
「了解、訂正スル。ヨロシク、デルフリンガー」
「ヨロシクじゃねぇーよ!ったく、ガーゴイルのくせに変なやつだな、なんか調子が狂うぜ・・。まぁいいや、ちゃんと挨拶できる点はガーゴイルにしちゃ上出来だ、褒めてやらぁ。ヨロシクなタマ公」
「ウン、ヨロシク」
ぶっきらぼうに挨拶したのに、無機質な声でペコリと挨拶された。 普通なら自分の罵詈雑言で相手は怒り心頭になってるはずだが、このガンマってガーゴイルは一向に反応してこず、じーっとデルフリンガーという剣を見つめている。デルフリンガーはその視線がなんだか居心地が悪く、再び暴言を吐いた
「ほら、挨拶は済んだろ?ジロジロ見るんじゃねぇよ! 言っとくが俺はおめえなんかに使われるつもりはないかんな!さっさと帰りやがっ・・・・・・」
「?」
突然、あれだけうるさかった剣が黙った。じっと、ガンマを観察するかのように黙りこくった。
それからしばらくして、剣は小さな声で喋り始めた。
「おい、おめえ・・・・俺を持ってみろ」
「エ・・?」
「いいから、俺を持て」
あれだけ騒いでた剣が、静かに語りかけた。そんな有無を言わさぬような言動に、ガンマはすこし困惑しながらも、言うとおりにして剣を左手で握ったと同時に、剣のデータがダウンロードされる。
ピピピピッ
《―――NEW WEAPON:魔剣デルフリンガー―――》
左手のルーンが光だし、剣に関するデータが電子頭脳に流れ込んだ。魔剣というから何か特別な構造にでもなってるのかと思ったが、やっぱり金属の剣のようだ。魔法のエネルギーも感知できないし、どういった仕組みで喋ってるんだろう?
ガンマが不思議そうに思ってると、剣がカタカタと震えた。
「………おでれーた、本当におでれーた。見損なってた。てめ、ガーゴイルのくせに・・・『使い手』か」
「『使イテ』?」
「それに・・・おめえの中の、このエネルギー・・・・・どこかで・・・・」
「・・・?」
ブツブツと呟くばかりで、まるでうろたえているような様子である。一体どうしたのだろう?
「デルフリンガー、大丈夫?」
ガンマは少し心配になり、剣に声をかけると・・・剣は突然閉じてた口を開きだす
「決めたぞ。おめ、俺を買え」
「エ・・デモ、帰レッテ・・・」
「うるせ、気が変わったんだ。剣が欲しいんだろ?だから俺が買われてやるんだ。感謝しやがれ」
「・・リョ、了解」
なんだかよくわからないが、ガンマはそう言った。すると剣は、黙りこくった。
「ルイズ、コノ剣ニ決定スル」
ルイズはいやそうな声をあげた。
「ぇえ~~~~。そんなのにするの? もっと綺麗でしゃべらないのにしなさいよ」
「デモ、喋ル剣ハ珍シイ。希少性ガ高イト判断。ソレニ、ナンダカ・・人間ノ言葉デ例エルナラ、気ニ入ッタ」
ガンマは左手に掴んだデルフリンガーを眺めながら、無機質な声でそういった。なんとなく、そう感じたのである。
「むー・・・まぁ、あんたがそれがいいんなら、別に構わないけど・・プレゼントが錆びた剣だなんて・・」
ルイズはぶつくさ文句を言ったが、他に買えそうな剣もなく、ガンマが気に入ったならしょうがない。ルイズは店主に尋ねた。
「あれ、おいくら?」
「あれなら、新金貨百で結構でさ」
「安いじゃない、安くても相場は2百なんでしょ?」
「こっちにしてみりゃ、厄介払いみたいなもんでさ。こいつにゃこの価格で十分ですよ」
主人は手をひらひらと振りながら言った。
「ガンマ、財布を出して」
「了解」
ガンマは収納ケースからルイズの財布を取り出すと、中身を広げた。中には金貨や銀貨、銅貨などの硬貨がジャラジャラと入り混じっている。ガンマは中身から綺麗な金貨を一枚取り出した。
「マスター、新金貨トハ、コレ?」
「そうそれよ。それを百枚払って」
「了解」
ガンマは財布の中身を緑のカメラアイをチカチカと点滅させて、選別を開始する。左手で新金貨のみを機械的に識別して10枚づつ重ねて取り出し、カウンターの上に並べる作業を始めた。
「最近のガーゴイルは、こんなこともできんのか・・。それに手際もいいし、うちにも一体欲しいねぇ」
と、店主は感服したように驚いてる間に、カウンターにはあっという間に綺麗に並べられた新金貨が10枚ずつ重ねられていた。ガンマは店主に確認とった。
「確認ヲオ願イシマス」
店主は慎重に枚数を確かめると、頷いた。
「毎度」
剣を取り、鞘に収めるとガンマに手渡した。
「どうしても煩いと思ったら、こうやって鞘に入れればおとなしくなりまさあ」
「アリガトウゴザイマス」
と、ガンマはペコリとお辞儀して、デルフリンガーという名前の剣を受け取った。
「じゃ、剣も買ったことだし、出るわよガンマ」
「了解、マスター」
主人のルイズに従い、店の玄関へ後に続いて行った。
……チャキッ
ガンマはもう一度、鞘に収めた剣を少し抜いて、その剣に話しかけた。
「改メテ、コレカラヨロシク。デルフリンガー」
「おう!よろしく頼むぜ、"相棒"!」
「・・・相棒?ボクハ、ガンマ…」
「相棒は相棒さ。それから、俺のことはデルフって呼んでくれや。そのほうが呼びやすいだろ?」
「了解、キミノ事ハ、デルフト呼ブ」
「へへへ。 おめぇの中の力…、どんなもんか期待してるぜ」
カタカタと鍔を動かし、なんだか笑ってるかのように見えた。
「デルフノ言ッテル事・・理解不能」
――――そんな気さくな剣と出会い、ガンマは初めての相棒を得た。