モンハン リアル補正 ~英雄の軌跡~   作:ふーてんもどき

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古龍観測録

 小柄の老人が、ベッドに横たわる少年の隣に、腰を深く落ち着けている。地面を擦りそうな長い白髭はその半ばほどで結わえてある。杖を持つ手はシワだらけで骨と皮ばかりだが、薄緑の瞳に宿る光には老い枯れているとは思えぬ鋭さがあった。

 その老人の後ろには二人の屈強そうな男が、扉を塞ぐようにして立っている。直立不動の姿勢に、ただならぬ緊張感が見られた。

 

「すまんね、挨拶もそこそこに座り込んでしまって。儂も昔はハンターとして名を馳せたが、歳には勝てんのだよ」

 

 老人の言葉に、少年が慌てて答える。

 

「あ、い、いえ。その、ギルドの方、でしたっけ」

 

「いかにも。役職などは言えぬが、決して怪しい者ではない。先ほど見せた紋所がその証じゃ」

 

「も、もちろんです。信じます」

 

 結構。老人は頷いて、少年をじっと見つめる。

 少年は傷だらけだった。頭から始まり爪先までも、包帯でグルグル巻きにされている。足も手も固定されて、身動き一つできぬ状態だ。もっとも包帯がなかったからと言って、各所が骨折し、全身を打撲している少年がまともに動けるわけでもないが。

 

「重ねて謝らせてほしい。そんな状態の君のところへ急にやって来て、話を聞かせろと言うのだから。本来なら心身の回復を待ってからゆっくりと聞くべきなのだろうが、如何せん時間がない。これから辛いことを思い出させてしまうかもしれが、大丈夫かね」

 

 少年が唾を飲み込み、こくりと頷く。理解している様子に、老人は満足して話を続ける。

 

「よろしい。では本題に入ろう」

 

 老人が一呼吸置く。病室内の空気が張り詰める。

 

「古龍、クシャルダオラを、君は見たのだね」

 

 

 

 

 

 

 大都市ドンドルマより北東にある山村は、遥か昔からハチミツと鉱石の名地として知られている。季節毎に色とりどりの花が山を埋めて彩る、たいへん綺麗な場所だ。女は蜂と共に働き、男は鉱夫として汗を流す。それが村の営みであった。

 

 異変は足早にやってきた。

 

 ちょうど日が落ち始めた夕刻、晴れ渡っていた茜色の空に、どこからともなく雲が集まってきた。まるで意思のある生き物のごとく、瞬く間に山の上空を覆い尽くす。厚い層を成した灰色の雲は、ポツリと細い雨を疎らに落とし始めた。

 

「おや、今日は降らないと思ったんだけどねぇ」

 

 花の世話をしていた一人の女性が、顔に当たった水滴を撫でてそんな風に呟いた。

 雨脚は強くなり、洗濯物を取り込む暇もなく、土砂降りの豪雨が村に降り注いだ。穏やかだった風も吹き荒れて、さながら暴風雨の様相を呈していた。

 

 ちょうど鉱石掘りに行っていた男たちが手ぶら帰ってくる。ばしゃばしゃ泥水を撥ねながら、自分の家を素通りし、村の中央にある集会所の軒下に入り込む。

 集会所にはだだっ広い温泉があり、雨に降られれば皆そこへ集まるのだ。男たちが所狭しと集会所の玄関に集まるまで降り出してから十分もかからなかったが、皆ずぶ濡れになっていた。

 集会所の大扉から手拭いを女性らが手拭いを抱えて出てくる。

 

「あんたたち、ピッケルや鉱石はどうしたのさ」

 

 むさ苦しく押しくらまんじゅう状態になっている男たちにタオルを渡しながら、女性の一人が聞いた。

 

「どうしたもこうしたも、こんな大雨の中持って帰られるかよ」

 

「途中で置いてきた」

 

「夜になったらどうしようもないからなあ。明日取りに行けばいいさ」

 

 それより風呂に入りたいと、口を揃えて言う男たち。

 

「風呂は待ちな。今は泥んこになった子供らを奥様方が洗ってるんだからね」

 

 ブー垂れる男共に、貫禄がある女性が「うるさい」と一喝して黙らせる。

 天気が変わりやすい山間で生活する彼らにとって、雨に濡れるのは日常茶飯事である。

 そんなときに風邪を引かぬよう備えとして、すぐにハチミツと干した果物で、甘いスープを作って振る舞うのだ。これが格別に冷えた身体に効く。

 水気を拭き泥を落とした男たちはガヤガヤ屋内に上がり、湯気が立つハチミツのスープを美味そうに飲む。

 

「そういえば坊やはどうしたのさ」

 

 次々と来るおかわりを注ぎながら、さきほどの貫禄たっぷりの女性がそう言った。

 

「坊やってどの坊やだい」

 

と男が返す。

 

「ほら、今日お試しで鉱石掘りに連れてくことになってた、あの子だよ」

 

 ああー、と思い出したように男たちが声をあげる。

 

「採掘所の入り口に、選別所と併せた仮眠小屋があるだろ?あの埃っぽい寝床のどこが良かったのか、あいつすっかり気に入っちまってさ。今日はここに泊まるって言って聞かねえんだ。一応ハンターさんが一緒にいてくれているから、大丈夫だぜ」

 

「ふうん、心配要らないならそれでいいんだけどね。それにしても変わった子だねぇ。小さい頃から散々、鉱石掘りに行きたいって駄々をこねていたし」

 

「俺はわかる気がするなあ。やっぱ宝探しは男のロマンだよ」

 

「俺も俺も。最初に仮眠所に泊まったときはなんか知らんがワクワクしたもんな」

 

「大して美味くもない備蓄食が、ご馳走に見えたっけなあ。食いすぎて親方に叱られたよ」

 

 そんなことを話していると、女たちが自分の子供を連れながら風呂から出てきた。子供のほとんどは父親を見つけると、満面の笑顔になって飛び付こうとする。「汚れるでしょうが」とそれを奥さんが引き止める。

 男たちは待ちに待ったとゾロゾロ風呂場へ入っていく。せっかちで脱衣所でもないのに服を脱ぎ始めていた男のケツを、その妻が張り手でひっ叩く。

 風呂を上がった女の一人が、さっきまでハチミツスープを配っていた女性に訊ねた。

 

「あの、うちの子は帰ってないんですか?」

 

「ああ。あんたんとこのなら、今日は仮眠所に泊まるんだってさ。ハンターさんが付いているらしいし、この時期は肉食のモンスターも大人しいから心配はいらないだろうよ」

 

「そう、ですか」

 

 「それにしてもひどい雨だねえ。生まれてこの方、こんな豪雨はお目にかかった覚えがないよ」

 

 木組みの集会所を、スコールが激しく叩きつけ、地鳴りのような音を響かせている。

 雷鳴が近くに轟き、面白がって騒ぐ子供たちと、大泣きしてしまう子供たちの二つに分かれる。小さい子らをなだめつつも、少年の母は不安を隠しきれないといった様子で、集会所の大扉の方を何度もチラチラと見ていた。

 止むどころか弱まりすらしない雨と風。堅牢な大扉を打ち破ってきそうな、そんな不気味さと恐ろしさがあった。

 

 雷が、近づいてきていた。

 

 

 

 

 

 

 

「私たちが気球船により観測できたのは、君の村が暗雲に覆われ始めた頃までだ。それからは厚い雲と、凄まじい乱気流のせいで、何も分からず仕舞いだ」

 

 看護師に淹れさせた熱い茶を啜って、老人は説明を区切った。

 少年は震えていた。顔色は悪く、とても話せそうにない。

 クシャルダオラ。

 その名前を出した途端、この調子になってしまった。老人は申し訳ないとは思ったが、それよりも先決すべきことがあった。少年の回復を待つ間、なだめるように、緩やかに話し続けていた。

 

「ご、ごめんなさい。もう、大丈夫です」

 

 真っ青な顔をした少年が言う。震えはある程度収まっている。老人の付き人が冷や汗を垂らしてバケツを抱えていた。吐くかもしれんからと、老人が持ってこさせたものだ。

 

「こちらこそ、性急であった。ふむ、報告によると、君が発見されたのは村からしばらく離れた、採掘現場の奥深い洞窟だったと聞いている」

 

 少年が頷く。

 

「ええ......あの日は、僕にとって晴れの日でした。憧れてた鉱石掘りをやらせてもらえるはずだったんです。実際にはピッケルを振らせてはもらえなかったけど。とてもワクワクしていて」

 

「それがどうして、血塗れで気を失う事態になったのかね」

 

 再び震えだした肩を抱き、荒い息を吐き出す。

 

「こ、こっそり採掘したくて、我が儘を言ったんです。今日は、仮眠所に泊まっていくって。そしたら、そうしたら......」

 

「落ち着いて。ゆっくりで良い」

 

「はい……はい。洞窟の奥深くに、居たんです。あんなに大きな生き物を見るのは初めてで、飛竜かと思いました。でも、でもすぐに違うって分かりました。こっちを向いたあいつは、あまりにも……」

 

 老人は黙って、少年の続きを待つ。つっかえつっかえ、深呼吸を挟み、喉に絡むタンを飲み込んで、少年は話した。

 

「あれは、モンスターなんかじゃない。神です」

 

 そこまで言って、ハッと思い至ったように、少年は身体を急に起こそうとした。しかし重症の体が痛むばかりで、ギプスの固定もあってまんじりとも動けはしない。首だけが突然跳ねたように見える。

 付き人の男たちが驚いて身を乗り出す。それを老人が片手で制した。

 

「僕の村は、母ちゃんはどうなったんです。同じ病院にいるなら今すぐ会いたいよ」

 

 叫ぶ少年の頭を、乾いた手が優しく撫でる。老人の薄緑の瞳は同情の陰りがさしていた。

 

「我らが最高戦力、ギルドナイトの精鋭部隊が、救援に行っておる。しかし極めて情報が薄い相手だ。君が今、話してくれる内容によって、形勢が変わるやも知れぬ。教えてはくれまいか。何があったのか。何を、見たのかを」

 

 老人の言葉には切実さがあった。少年は唇を噛んで、混乱を抑える。

 

「僕が見たのは......たった一瞬でした。大洞窟の岩壁にせり出している鉱石の塊を、あの龍が食べているところに出くわしたんです」

 

「色は何だったか、分かるかな。」

 

「銀色でした。金属みたいな、鈍い銀色。僕はそれに見とれてしまったんです。あいつは僕に気付いて振り向き......息を吹きました。こう、フッと、何気ない感じで。そこから先は、覚えてません。気が付けばこんな状態になって、今ここでこうしています」

 

「ならば君は、やつのブレスに当てられたのだ。文献では、クシャルダオラは風を自在に操るという。たった一息で、虫を払うが如く、人間を破壊してのける質量弾を撃てるということじゃろう。なるほど、聞きしに勝る怪物ぶりじゃ」

 

「そんな馬鹿げたことが......」

 

 堪らずに付き人の一人が、そう呟いた。ため息一つで人を殺せる空気の砲弾。それが本当なら、火竜のブレスが可愛く思えてくる人智を遥かに越えた力だった。

 老人が頷き、その付き人に言った。

 

「そろそろ時限じゃな。待機している第二波の部隊に出動の旨を伝えよ。僅かな口の動きにも警戒せよ、とも」

 

 敬礼一つ、院内にも関わらず、男は病室から駆けて出ていった。少ない情報ではあるが、それがこれからの闘いの行方を左右するかもしれなかった。ハンターである彼は、そのことを骨身に染みて分かっていた。

 

 夜が開けようとしている。白んだ空には、一つの雲も浮かんでいない。王都が誇る気象観測隊の雨予報をバカにするような、白々しい天気である。

 それは神の御業か、物の怪の所業か。

 

 

 

 

 

 

 真っ暗な山道を、男が一人で降りていた。背に負ぶっている少年は、か細い息を小刻みにしている。気を失っている身体は小さくとも重く、男は歯を喰い縛って行かねばならない。

 死が迫っていた。時間は幾許もない。

 男は左手では少年を支え、右手には松明を持っていた。持つと言っても、グチャグチャにねじ曲がった肉と骨に、藤のツルで松明を縛り付けているだけである。痛みはとっくに消え失せ、強引に布を巻いてある肩口からは、血が滲む程度だ。男の右腕は既に事切れている。

 どれほど歩いただろう。麓のギルド管轄の連絡小屋まで、霞む頭で覚えている限り最短の道を進んだ。

 夢か現か、向こうの方に明かりがポツポツと見える。

 そう思ったときには、男は一歩も歩けなくなっていた。その場に座り込んで、こちらに来る明かりの列に、全て託そうと思った。

 

「────ろ!─っかり───!!」

 

 誰かが呼んでいる気がする。血が抜けきった男の耳には、何も聞こえない。ただ安穏と近付いてくる常闇があるばかりだ。

 最後に、背にいる少年を想う。死にゆく男の体に、少年の弱々しい鼓動が伝わってきた。

 生きている。間に合った。

 男は血だらけの顔に微笑みを浮かべて、そのまま動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

 勇敢なるハンターの亡骸と、彼が命を懸けて守った少年を街に連れ帰るために、ギルドナイトの部隊から、数人が抜けた。

 隊長を始めとした残りは、雨の中を進んでいく。目的地である村に近付くほどに雨足は強くなる。しかしそこは誉れあるギルドナイトで、皆愚痴の一つも言わずに、鹿のような速さで山を登っていった。

 

「......いた」

 

 先導を勤めていた隊員が、片手を上げて隊を止める。目の前に破壊された村の門がある。

 ここに来るまでに嵐と比べても遜色のない豪雨だったが、ちょうど、今来たそこら一帯だけが、カラリと晴れている。空を見れば丸く雲が開けていて、真上にある月明かりが、辺りを松明よりも明るく照らしている。

 それはまるで、台風の目に入ったようだった。

 崩れかけた村の門の先。月光にその身体を煌めかせ、クシャルダオラは眠っていた。

 村は全壊と言って差し支えない状態である。木片があちこちに散らばって、家と呼べるものは何処にもない。緊急の連絡を受けてからたった三時間で、この惨状が作られたというのか。

 

「第二隊の合流を待ちますか」

 

 部下の極小さい呟きは震えている。大至急向かった第一隊の任務は、被害状況の確認と生存者の保護である。討伐用の第二部隊を待つはずもない。

 クシャルダオラとの交戦など、初めから選択肢にも入っていないが、実物を目の前にした部下は冷静さを欠いているようであった。

 

「そんな時間はない。手筈通り散開しろ。クシャルダオラが寝ているのは奇跡的な好機だ。起こさぬよう、細心の注意をはらって捜索する」

 

 隊長の命令に、固まっていた隊が村を囲むように散っていく。

 村の中央、集会所のなれの果てに鎮座し、規則的な呼吸を続けるクシャルダオラに、起きる気配はない。全身を覆う金属質の甲殻。村の入り口に残った隊長と側近は、あまりの神々しさに目を奪われていた。

 

 もう少し近くで見たい。無意識に思った、その時だった。

 クシャルダオラの目が開いた。

 のそりと巨躯が起き上がる。隊長も、捜索していた隊員も、唖然としてそれを見つめていた。

 ミスはないはずだった。虫の音すらない山の中で、熟練のギルドナイトたちは完全に、足音を始めとして気配の全てを殺していたはずだった。何があのモンスターを起こしたのか、誰にも分からない。

 突然吹き荒れる強風。

 瞬時に雲が上空はに集まり、雨が降り注ぐ。瞬き数回の間にやってきた嵐の中で、クシャルダオラの厳めしい瞳が、強かに隊長を睨み付けていた。

 雷鳴にもひけをとらぬ咆哮を最後に、ギルドナイト第一捜索隊の活動は、幕を下ろすこととなる。

 

 

 

 

 

 

 それから二日跨いだ日中、ギルドナイトの総本山である大老殿には、重苦しい空気が流れていた。

 人里近くに古龍が現れるという事象は、極めて稀である。直近では10年前に、火の国が空飛ぶナナ・テスカトリが落とす炎の塵により、間接的に苦しめられたという記録があるだけだ。直接人を襲ったなどというのは、一世紀遡ってみても事例がない。

 戦力差は歴然だった。

 火竜の討伐経験をいくつも持つギルドナイト隊長を中心とした、少数精鋭の第一隊。そして彼らが交戦したとの報告を受け、送り出した討伐のための大規模な第二隊。

 どちらの隊も、逃げ出す暇すらなかった。

 すっかり心を折られた生き残りに事情を聴けば、クシャルダオラが息を吐くごとに隊員の身体が木っ端微塵になっていく光景を、切々と語られる。どれだけ注意しようとも、あれは避けられるものではなかった、と。

 二つの部隊が五割以上の犠牲を出した引き換えに持ち帰ったものは、僅かな戦闘の情報と、削り取れた甲殻の破片のみであった。

 村は全壊。生き残りは一人もおらず、クシャルダオラがあの山を去らなければ、行方不明者の捜索もできないと判断が下された。

 噂に違わぬ、それはれっきとした天災だった。人為ではどうしようもない、圧倒的な力があったのだ。

 

「痛わしや......」

 

 一席に座している、小柄の老人が、そう呟く。

 先日、話を伺ったあの少年は、きっとまだ村の誰かが生きていることを切に望んでいるはずである。英雄、ギルドナイトを信じて。

 それがどれほど救われぬことか。

 パイプを燻らせる。数十年、慣れ親しんだ煙の味は、どこか辛く、苦かった。

 

 

 

 

 

 

おわり




古龍は天災と同義らしいですね。
そんな神憑り的な存在に勝つなら、いったい何をどうすればよいのでしょう。図体が大きいだけのラオシャンロンみたいなのなら、まだやりようはあるのでしょうか。
いやあ、ロマンですな。

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