―――自分がやれることを尽くしても、結果は変わらなかったのだろうか。
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「こんなたいそう豪華な車なんかにわいらも乗って良かったん?」
「別にいいわよ!!ねっリンタロウ?」
「エリスちゃんの頼みなら何でもするからね!」
「「・・・。」」
服部と灰原は現在、森とエリスと共に車でヨコハマに向かっている。
なぜ結局こうなったかと言うと―――。
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数時間前___
服部と灰原の前に突然現れた金髪の幼女の保護者はとても冷静な感じの男性だった。
ただ、その幼女とは違ってその保護者らしき男性は見た限りでは服部達と同じ日本人のようだった。
しかも、その男が「人探しの手伝いをさせろ」と言う始末。
「わいらも忙しいんや。気持ちはありがたいんやが・・・。」
「えー?駄目なの?」
「ごめんね。私とお兄さんにとってこれは誰も巻き込んじゃいけないものだから。」
普段少年探偵団の連中の面倒で子供の扱いに慣れている二人は何とか諦めてもらおうとなだめる。
「何だい?未だ駄目の一点張りに拘るのかい君達は?」
だいたい保護者なのにワガママさせすぎてるんじゃないのか、と少し痺れを切らした服部はそんなことを考えながら男を睨みつける。
それに気付いているのか、男は服部にうっすらと笑ってみせた。
「っ・・・。」
服部はその顔を見た途端に体中に鳥肌が立った。
・・・・服部から言わせてもらえば、きっとその顔は笑っているんじゃなくて“嗤っている”ように見えたのだろう。
「・・・・其処まで君達が粘り強いのなら仕方が無い。」
「はっ・・・?」
「えっ?」
「此方も最終手段に行くとしよう。」
早くこっちはコナンを見つけなくてはいけないのにこんなところで時間を潰すわけにはいかないが、男の言う最終手段とは一体何なのだろうか。
「君達が探しているのは――――
――――江戸川コナン、否、“工藤新一”だろう?」
「!!?」
「なっ何であなたがそんなことをッ」
「其れに加えて、其処に居る少女は宮野志保。・・・・今は“灰原哀”と呼んだ方が好かったかな?」
「・・・。」
何で見ず知らずの男が誰も知らないはずのことを知っている。
灰原も服部も頭の中での情報処理でパンク寸前だった。
「嗚呼、すまない。混乱させる心算は無かったんだが。」
「・・・・や。」
「えっ?」
「何が目的なんや?!」
「ちょっと・・・!」
「工藤拉致して何がしたいんやお前らは!?」
「・・・・。」
服部はここが街中だということも忘れて大声で怒鳴ってしまった。
――――いや、彼にとっては今は街中とか人に見られているとかいうことは一切どうでもいいのかもしれない。
さすがの男も焦っているのかもしれないと灰原は内心思っていたがそんな考えは甘かった。
「ふっ・・・ふははは!」
「なっ何がおかしいんや!?」
男は突然笑い出した。
「いやぁ・・・君達は何か勘違いをしているんじゃないか?」
「はぁ?何を?」
「私は彼を攫ってなどしていない。只、彼が狙われているから安全な所へと連れて行っただけだ。」
「・・・・・狙われている?」
「そうだよ。彼は謎に包まれた『feint』と呼ばれる組織に狙われているのだよ。詳しいことはあまり話せないんだけどね。」
「何それ・・・・。何でそんなことにッ」
「此れ以上立ち話するのも時間が勿体無いね。近くに車をとめてあるから一緒に来給え。詳しいことは移動しながら話すことにしよう。」
肝心な話を後にしてその男は先に歩き出してしまった。
「私早く帰ってチュウヤと遊びたい!!」
「その中也君が現在お出掛け中だから遊べないのだよ。」
「えぇそうなの・・・。じゃあ一人で遊ぶ。」
「遠慮しないでいいのだよ。」
「気持ち悪い。」
「ぐはっ」
「わいらこれからどうなるんやろうな・・・・。」
「私にそんなこと聞かないで。」
――――こんな感じで今に至るのであった。
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「自己紹介を忘れていたね。私は森鴎外。ヨコハマでポートマフィアという組織の長を務めている。」
「ぽっ・・・・!?」
いきなり聞かされた正体に思わず息が止まりそうになった。
「ポートマフィア・・・・かなり有名な非合法組織。」
「おぉ知ってくれているんだね。何だか有名人の気分だ。」
「・・・・アンタ頭大丈夫なんか?」
「至って良好だよ?」
この男は本当に少し頭がおかしいんじゃないかと服部は苦笑いを浮かべながら考える。
「私はエリス!宜しくね!!」
「おっおぉ・・・・よろしゅうな。」
「貴方の話し方面白いわね!何人?」
「日本人に決まっとるやろ!」
「そうなの?」
「・・・・。」
この少女は・・・・・とてつもない天然なのだろう。
「・・・・あの。」
「解ってるよ。今何処に向かっているか知りたいんだろう?」
「えぇ・・・。」
「此れから一度ヨコハマに有るポートマフィアの拠点へと向かっているよ。其の後、ちゃんと工藤君の元へ連れて行ってあげるからね。」
「そっそうなんか・・・。」
服部と灰原は完全にこの男を信じたという訳ではない。
実際、この男本人がコナンを狙っている組織とグルになっている可能性だってあるんだし、そもそもこの男、森鴎外に関する情報が“少なすぎる”。
作り笑いの様な顔で服部達を見つめるこの男の裏は一体どれほどの闇で溢れかえっているのだろうか。
「・・・ねぇヘイジ!」
「何や。」
そんな風に心の中で葛藤しているのを露ほども知らないエリスは車内の中に流れる沈黙をあっさりと破った。
「私ずっと思ってたんだけど、電話したらいいんじゃないの?」
「それならこのちっこい姉ちゃんがとっくの昔にしとるわ。」
「でも、もしかしたら出るかもしれないじゃない!」
「んなことあるわけ・・・。」
「確かにエリスちゃんの云う通りだ。もう一度電話をかけてみたら如何だい?」
「はぁ・・・しゃあないのう。」
――――繋がる訳がない。
服部は一人そう考えながらズボンのポケットからスマホを取り出し、電話帳を開く。
「ほんまに繋がるんか・・・・・?」
半分だめもとで通話ボタンを押し、耳にスマホを押し当てる。
スマホから流れてくるのはコール音。
「やっぱり・・・・。」
―――ダメなのか。
『もしもし?』
「はっ・・・・くっ工藤!!?」
『服部・・・!!?』
ウソだ。
まさか、本当に電話が繋がるなんて・・・・。
「ねっ云っただろう?」
その時、森が服部に見せた顔はなぜか“素の顔”の様な気がしたのは服部だけだった。
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一方、紀伊が訪れた後の武装探偵社の雰囲気は最悪と言わざるをえないくらい気まずさが漂っていた。
「・・・敦は未だ目を覚まさないのか。」
国木田は医務室にあるベッドの上で今も意識が戻らない敦を見ながら弱々しい声で呟く。
「最善を尽くして何とか大事には至らなかったけど・・・・何時目を覚ますかは妾にも解らないね。」
探偵社の専属医、与謝野の言葉に国木田は苦虫を潰した様な顔をする。
「アンタが悪い訳じゃないんだからそう責めるんじゃないよ。」
「与謝野さん・・・。然し、俺は・・・。」
「国木田。」
自分の名前を呼ばれた国木田は与謝野の方を見た。
与謝野の目は真剣そのものだった。
「アンタがうじうじしてる暇なんて無い。乱歩さんが太宰にも伝えてくれるって云ってたから多分直に太宰も戻ってくる。・・・・全てが終わるまで、此の一件が終わるまで一言も弱音を吐くんじゃないよ。吐いたら其の体を妾が解剖する。いいね?」
「・・・・。」
「返事は?」
「・・・判りました。」
「よし、其れでこそ“探偵社”の国木田だ。」
そう言って与謝野は優しく微笑んだ。
「とっ兎に角、俺は彼の木偶の坊を連れ戻してくる。」
「戻ってくるかもしれないのに?」
「待ってる暇なんて無いからな。」
さっきまでとは一変して凛とした構えで与謝野に向く姿に彼女は内心驚いていた。
「(矢っ張り男は凄いモンなんだねぇ・・・否、国木田限定?)」
ガチャッ
「其の必要は無い。」
「乱歩さん!」
国木田達の話を聞いていた乱歩は落ち着いた様子で医務室へと足を踏み入れる。
「国木田には此れから“或る場所”へと行ってもらう。」
「或る場所・・・?」
「此れからポートマフィアの拠点に行って『服部平次』と『灰原哀』に接触してくるんだ。」
「だっ誰ですか其の二人は?」
「行けば解る。時間も勿体無いから早く行ってきて。」
「はっはぁ・・・・。」
乱歩に言われ、国木田は渋々医務室から出ようとした。
「あっそうだ。」
「?」
「此の一件は・・・・一筋縄じゃいかないからね。」
「っ・・・・判っています。」
乱歩の気迫に押されながらも国木田は冷静に言葉を返し、医務室から出ていった。
「そんなに面倒なのかい?」
「嗚呼。・・・・少なくとも僕の考える限りでは相当大きな何かが裏で動いている。」
「其れは又随分と面倒だねぇ。」
「きっと太宰なら―――
――――楽しくなりそうだ、とか云いそうだよね。」
「・・・・そうですね。」
――――そう言いながらも、与謝野は乱歩の方が案外楽しみで仕方が無いんじゃないかと一人考えていた。