いつ判断を誤ったかなんて、その時にならないと誰にも分からない─────
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ランドセルをからった少年は喫茶店ポアロの横を通り過ぎ、とあるビルの階段を駆け上がる。
その少年、江戸川コナンはある事情から『毛利探偵事務所』に居候をしているのだ。
「たっ・・・ただいま。」
「お帰りコナン君。」
コナンを明るく出迎えてくれたのは、帝丹高校に通っている毛利蘭。
そして、彼女はコナンの体が小さくなる前の元の姿、工藤新一の幼馴染でもある。
「今日はハンバーグ作るんだ!楽しみにしててねコナン君!」
「あっ・・・そのことなんだけどさ・・・。」
「?・・・どうしたのコナンくっ「そこだぁいけぇえ!!」
「もううるさいお父さん!!」
「お前らも静かにしろ!今いいトコなんだから!!」
いきなり大声を出したのはこの家の主的な感じ毛利小五郎である。
一応彼が探偵事務所を運営しているのだが、コナンから言わせてもらえば、彼に任された事件は迷宮入りするかもしれないぐらい毛利小五郎は探偵には向いてないのだ。(たまに探偵らしいことをする時もあるのだが)
「・・・で、どうしたの?」
「えっあ・・・実はね、しばらく親戚の家に泊まることになったんだ・・・。」
「えっ!!?どうして!!!?」
蘭の言葉に思わずコナンも声が出なくなった。
何故なのだろうか。
嘘はつき慣れているのに─────
この嘘をついた瞬間、自分は─────
もうここには戻って来れないんじゃないか、と不安がコナンの頭を埋め尽くす。
「実は俺が頼まれたんですよ。暫くコナンの面倒を見る様にって。」
「あっ・・・。」
「えっ・・・?コナン君の知り合い・・・ですか?」
「はい。遊川洋輔と申します。コナンとは昔からの縁で此奴の両親とも結構親交深いんですよ。だから、今回は其の繫がりから頼まれたって訳です。」
コナンの頭を撫で回しながら淡々と嘘を話しているのは、今さっき知り合ったマフィア(?)の中原中也という人だった。
「(偽名を名乗るってことはやっぱり職業とかが関係しているのか・・・?)
「心配しないで下さい。少しの間だけ此奴の生活態度を見るだけですから。本当、親が過保護な物なんでね。」
「はっはぁ・・・。」
「じゃあコナンさっさと準備しろ。此方も色々としないといけないからな。ということなので、暫く預からせていただきます。」
「は・・・・はい。よろしくお願いします。」
「・・・・じゃあね蘭姉ちゃん。」
「うん。行ってらっしゃいコナン君。」
事前にまとめておいた荷物を持ってコナンと中原は毛利探偵事務所を後にした。
「帰れるんだよね・・・。」
コナンの一言を中原は聞いていたが、中原は聞いてないフリをした。
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「身元が判る様な物は持ってませんね。」
「可笑しいな。普通身元が判る物を持つのは当たり前なんだが。」
ヨコハマに拠点を置いている武装探偵社では太宰、中島、国木田の三人が依頼で行った際に助けた男性の身元確認をしていた。
のだが、何一つそういう物を所持していないことに三人は困っていた。
「若しかしたら、身元がバレたらいけない様な事情でも在るんじゃないのかい?」
「確かに・・・そう考えた方が好いですね。」
改めて男性の外見を見てみると、整った顔にスラリとした高身長、抜群のスタイル。
色黒な肌が彼の魅力を引き立てているかの様だった。
「改めて見ると・・・凄く格好いいですよね、此の人。」
「そうかい?彼なんかよりよっぽど私の方が格好良く見えないかい?」
「貴様の場合は見た目詐欺だ。数々の女性が被害にあっているのを忘れるな。」
此の太宰治は国木田の言う通り、確かに見た目は文句なしなのだが、美人の女性を見つけては「私と心中してくれないかい?」とか、「私を絞め殺してくれ給え!」などと、アホみたいな言葉を連発しては数々の女性を困らせてきたのだった。
「(本当・・・見た目は問題無しなのになぁ・・・。)」
「何を三人で気難しい顔をしているんだい?若しかして、此の名探偵の出番?」
「らっ・・・乱歩さん!お帰りになってたんですか。」
自分のことを名探偵などとサラリと口にしながら三人に話しかけてきたのは、此の武装探偵社の看板社員、そして、数々の難事件を解決してきた、江戸川乱歩である。
「其の人の正体を知りたいなら、顔写真撮って特務課に身元割り出してもらえばいいんじゃないの?太宰ならそんなこと直ぐにできるでしょ?」
「まぁ確かに可能ですけど・・・。」
「可能なんですか!!!?」
「お前は顔が社長並みに広いな。」
「ありがとう、そう云われると何か嬉しいね。」
「五月蝿い。気持ち悪い。」
「いきなりそんなことを云うのは酷くないかい?」
ぶつぶつと文句を言いながら、太宰はスマホで写真を撮りだした。
「其れで・・・此の色黒君は如何いった経緯で?」
「違法取引の差し押さえの依頼を受けた際に出向いた現場で・・・。と云っても時既に遅し、現場は黒焦げで焼死体だらけだったんですけど。彼は其の中での・・・たった一人の生き残りです。」
「生き残りか・・・。」
「乱歩さん。其の男性の身元が判りましたよ。」
スマホを片手に自慢げな顔をしながら、太宰はその言葉を口にした。
「其の男性の名前は降谷零、公安の人間だよ。最近は喫茶店ポアロで『安室透』として働きながら探偵をしているそうです。」
「ふ~ん。」
「太宰さんより優秀な感じがします。」
「そうだな。」
「二人して私を馬鹿にしないでくれ給え。」
「ってことは、此の色黒君は何らかの潜入任務の際に巻き込まれた被害者、だよね。」
「大方そんな処でしょう。」
すると、太宰は先程までソファーに置いていたコートを羽織り始めた。
「太宰さん何処に行くんですか?」
「物凄く楽しい処だよ。」
そう言って笑った顔になぜか嫌な予感を感じた中島だった。
「さぁて帽子置場をからかいに行くか。」
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太宰達が武装探偵社にいる頃、時を同じくしてとある雑居ビルに数人の男女が集っていた。
「first様の言う限りではどうやら『butterfly』の店員が一人生き残ったそうですわ。」
「あの爆発から助かるなんてどれほどの強運の持ち主なんだろうか!」
「とりあえず、secondが殺し損ねたことに代わりはない。second、分かっているな。」
『second』と呼ばれた女性は長い髪をひるがえしながら出口へと向かう。
「分かってる。この・・・・“紀伊由羽”が必ず殺してみせる。」
「・・・・そうだ。それでこそ『feint』の幹部長だ。」
雑居ビルを出た女性、secondは一人空を眺めていた。
「角谷君・・・・生きて・・・・るん・・・だよ・・・ね?」
震えながら呟く彼女の頬に一筋の涙がつたる。
「・・・・もし生きてるなら殺さなきゃいけないんだ、私。」
やがてその涙は止まらないほどに流れ出す。
「大好きなのに・・・・。殺したくなんか・・・・ないよ・・・!!」
彼女の悲痛の叫びは誰にも届くことがないまま、ただただ甘いストロベリーの香りが彼女を優しく包んでいた。
「生きて。」