『平和は歌を聴きに来ない』   作:-)

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何故それが"幻"か

 ほの暗い闇に風が走った。

 ”立花 響”の力強い踏み込みが、生暖かい風を裂き、握った拳にクリスを砕く勢いを与える。

 傍目にその身をぶれさせる怒涛のスピード。そこから放たれる一撃は万物の粉砕を確信させる。

 

 とは言えそれも、当たればのこと。

 

 (トロいんだよ! あの馬鹿のホントの拳を受けてりゃあ!!)

 

 クリスは心中で謗りつつ、後方へと高めのジャンプで飛び下がった。

 叩き下ろされた”立花 響”の拳は道路を無惨に砕くも、クリスには飛び散る石片すら届かない。

 

 『審判? 重犯! 断罪エクスキュート!!』

 

 クリスが宙にて歌を紡げば、イチイバルの脚部が見る間にその彩りを取り戻した。

 着地の勢いに地を滑りながらも、戻った力が、クリスの姿勢を崩させずに保たせる。

 

 『侵したのなら 逃しはしない』

 

 空いた距離と、”立花 響”が地面に腕がめり込み動けないのを良いことに、更に歌を重ねフォニックゲインを蓄積していく。

 深紅の魔弓・イチイバルは、完全にその彩りを取り戻した。

 満ちた力にほくそ笑み、クリスは腰部ユニットと連結しているアームドギアを”立花 響”へと構える。

 ヘッドギアから下りたバイザーにより、既に狙いは万全だった……が、クリスに直撃させるつもりはなかった。

 

  『破! Get ready!! 百と万年――』

 (言っても捕縛、命に届かせはしない。なら本命は!)

 

 高鳴る歌の力を受けて、アームドギアに収まるミサイルに火が点る。

 しかし、゛立花響゛がいち早く埋まった拳を引き抜いた。今から撃っても、避けられかねない……

 

 (……からこそベストだ! 今この時は!!)

 

 ミサイルから溢れる炎がゴォと唸る。さながら解放をはやし立てているかのように。

 その雄叫びに、クリスは力強い歌で応えた。

 

 『――跪いても Head shot!』

 

 バキンと、痛い音が鳴った。

 クリスの歌を受け高まるフォニックゲインが、ミサイルへと拘束を砕く力を与えたのだ。

 引きちぎられた腰部ユニットが崩れさり、元の形に縮こまった。

 

 一方放たれた力は、収まる場所など知らぬ勢いで”立花 響”へと猛進する。

 とは言え真正面からの素直な一撃、対応できない道理はない。

 

 (だから喰らえよ爆風を!)

 

 横に避けるか跳んで躱すか、素早く狙いから逃れることなど”立花 響”の俊敏さならば容易なことだろう。

 そしてそれこそがクリスの狙いだった。

 跳んで避けたその一瞬を狙い、ミサイルを起爆させるのだ。

 

 回避のために宙にある身体は、熱風により煽られ炙られ地に落ちる。

 その身を焼かれ、地面に打ち付ける。おまけにそれらを不意に食らうのだから、精神的にも相当に来るだろう。

 一射三撃のダメージが、“立花 響”の抵抗力を根こそぎそぎ落とす……そういう計算だった。

 

 そしてミサイルは計算通りに”立花 響”へと向かい、“立花 響”もまた、計算通りに躱せる距離と速さで動きを見せて――

 

 

 ――計算外に、ミサイルへと突っ込んだ。

 

 

 「なぁっ!?」

 

 クリスが漏らした驚愕の声も、イチイバルから流れていた曲も、強烈な爆発音が一瞬で掻き消した。

 

 遅れて到来した爆風と熱風に煽られるままに、その場に立ち尽くす。

 予想の外に過ぎる結果に、精神が揺らぐ。

 

 (お……ちつけ! 死ぬか! 死ぬかよ! 装者があの程度で!!)

 

 見開いた瞳を強引に細め、未だ下りたままのバイザーの機能も駆使し、爆心地より上がる黒煙の中を探る。

 

 次の瞬間、黒煙が横に薙がれて一気に晴れた。

 

 そうして現れた”立花 響”。

 その姿は、凄惨だった。

 

 拳から腕までのプロテクターは焼け熔けて原型を留めていない。

 指はその本数を減らしている。

 腕から半身に掛けて広がる火傷が正視を乱す。

 頬肉がえぐれ、何筋かの薄皮で繋がった向こう側から歯が覗いた。

 

 「――――っ!!」

 

 凄惨。壮絶。厳烈。

 拳を中心のダメージ。まさか殴り付けたのか?

 ダメージがデカすぎる。シンフォギアなのに――歌っていないから?

 

 胸中で乱れる思考。

 その中から、声が一つ、割いて出た。

 冷たく、酷く響いて、突き刺さるかのような声。

 

 

 ――あれが、お前の『歌』の力だ。

 

 

 (……んなことは知ってらぁ)

 

 バイザーがヘッドギアに収納される。

 クリスの目に直接、”立花 響”が映る。

 惨たらしい有様の、自ら放った力の結果が。

 

 力の意味を知らない訳がない。

 それによって成されることを、傷付くものを、知らない訳がない。

 

 (だからこそ、選んだ。この道の、この力なら、ただの歌じゃ出来ないことを……!!)

 

 クリスは目を反らさなかった。その残酷から。

 

 だからこそ対応出来た。

 

 到底動ける筈のない負傷から繰り出された、まるで変わらぬ速さの一撃を。

 

 「っ!?」

 

 咄嗟にアームドギアを右腕部へと戻す。手甲状になったそれで、剛速の“右“拳をギリギリでいなす。赤い火花が散った。

 その火花の消えぬ間に、いなした勢いそのままに、繰り出された“立花 響”の右腕に組み付いた。

 背中を相手に押し付け、右腕を腋で挟み込む。

 そのまま右手首を引っつかみ、動かさせまいと思い切り“立花 響”の右腕を伸ばし上げた。

 

 「あぁクソ! 何なんだよお前!? 妙に脆い癖に妙に平気で……」

 

 口を衝いて出た問いに、答えはすぐ返ってきた。ただ言葉ではなく奇妙な音で。

 

 耳元すぐそばから聞こえる、パキパキという異音。

 その音は、今クリスが抑えこんでいる腕から聞こえている。

 

 ふっと、腕に目を向けた。

 

 ――治っている。少しずつ。

 

 焼けただれていた皮膚がぐよぐよとうごめき、徐々に張りを取り戻していく

 手甲のヒビが閉じ、欠けていた部分が欠損した箇所から生え出してくる。

 

 (ネフシュタン……!?)

 

 異常な再生に、忌々しい鎧の名前が頭をよぎってしまう。

 そんな筈がないのは分かりきっている。

 あの鎧は、かつての戦いで装着者と共に塵と消え去ったのだから。

 

 では一体何かという疑問に思考を割く余裕は、現状クリスにはなかった。

 拘束から逃れんと暴れる”立花 響”をどうにかしなければならない。

 これが本物のガングニールやネフシュタンであればとっくに振りほどかれていただろうから、やはり全くもって正体不明である。

 

 (だが、何にせよ今は!)

 

 思考を”立花 響”への対処に切り替える。そうと決めればクリスの思考は速かった。

 

 蓄積されているフォニックゲインを腰部ユニットへと集中させる。

 すると腰部ユニットが再び展開し、ミサイルの発射台を形成する。だが、その発射台に撃ち出すべきものはない。

 それだけでは何の力もない。だが、今においてはそれで十分。

 

 背を密着させた状態で、そこに突如発生する大きな質量。

 ただそれだけで、相手を押しやり“その身を地面から浮かせる”には、あまりにも十分。

 

 踏ん張りを失くした”立花 響”へとクリスは素早く向き直った。

 そして”立花 響”の足が地に着くよりも早く、一瞬でガトリング形態に展開したアームドギアで、

 

「……精々悪く思え!!」

 

 その足を盛大に撃ち抜いた。

 

 無数の弾丸に撃たれ、穿たれ、”立花 響”の両脚から血肉がほとばしる。

 

 腕の再生に気づいてさえいなければ、数本の矢で膝を射貫く程度に済ませたことだろう。

 しかしあの驚異的な回復力は、クリスに更なる残酷を覚悟させるのに十分だったのだ。

 

 とはいえ、やはり良い気分ではない。

 自らの手で、まともに立てもしないだろう程に無残な姿となった脚を見る瞳は、耐えるように歪み――

 

 ――気が付けば、夜空だけを映していた。

 

 「がっ……!?」

 

 遅れて、顎に割れんばかりの痛みが走る。

 その痛みの意味も分からないまま、どうにか視線だけでも、下へと戻す。

 

 そうして見えたのは、真っ直ぐに振り上げられた脚。そこから滴り落ちる血。

 

 そこで理解する。

 

 “立花 響”が、クリスの顎を蹴り上げたのだ。今にも崩れそうなその脚で。

 着地も、蹴りも、出来るわけがないのに。

 

 (嘘だろ……!? 治るにしても、すぐに動かせるわけが……)

 

 混乱の最中にあるクリスを差し置き、”立花 響”は振り上げていた脚を、ゆっくりと自身の傍に引き戻す。

 それと同時に、深く、息を吐いた。深く、深く。

 

 遅れてクリスの体に悪寒が走る。だが痛みに痺れ動けない。

 ままならない身体に、焦りだけが増していく。

 そうしている内に、地を這うように長く続いていた”立花 響”の吐息音が、止まった。ぴたりと。

 

 

 そして“立花 響”の蹴りがクリスの無防備などてっぱらに真っ直ぐぶち込まれた。

 

 

 背骨をへし折らんばかりの衝撃が突き抜け、その勢いのままにクリスを吹き飛ばす。内臓が無茶苦茶に暴れ、腹を破り飛び出る感覚が襲う。

 二、三度地面を跳ねながら、その度にコンクリートとギアの破片が飛散する。

 

 やがて、一際大きな衝撃と共に勢いは止まった。

 倒れ伏すその身に大きなケガはない。だが、纏ったシンフォギアのダメージは深刻だった。

 

 ヘッドギアはヒビにまみれ、腰部ユニットに至ってはその半分余りを失っている。インナーも所々裂け、白い肌が覗く。

 先ほどの精神的ショックで、シンフォギアからの曲が止まっていたのがまずかった。消費した分のフォニックゲインを回収できず、シンフォギアの強度が弱まっていたのだ。

 

 食いしばった歯の奥から、クリスは苦し気に声を漏らした。さながら獣の唸り声。

 唸りながら拳を必死に握りしめ、出せる限りの力で地面へと叩きつける。

 その勢いを借りて、腕を支えにどうにか身体を持ちあげた。しかし下半身に力が入らず、立ち上がるには至らない。

 

 そんなクリスの耳に、地面を踏みしめる音が届いた。

 

 目を向ければ、血に染まった黒い足が見える。

 そのままほぼ眼球だけを動かして、視線を上に移していく。

 

 こちらを見下ろす目と、視線がぶつかった。

 

 相変わらず光はない。

 治りつつあるとはいえ腕も脚も傷にまみれているのに、瞳に少しの震えもない。

 自らが痛めつけ倒れ伏している相手を見下ろしているというのに、何の感情も覗かせない。

 

 その目だけを見ていると、まるで最初の遭遇から一切の時間が流れていないかのような錯覚さえ覚える。それほどまでに、完全なる不変であった。

 

 『痛みを、数えて……見つけ出した 道だろぉ……!?』

 

 声を出すだけで、全身に痛みが走る。

 それでも喉を絞り、心を蹴り上げ、歌を紡いだ。

 

 この状況に嘆くつもりはない。

 戦場で歌を唄うと決めたのは他でもないクリス自身。

 そこにどれほどの痛みが待とうと、全ては覚悟の上だ。

 

 (だけど、私はまだ証明しちゃいない。パパとママの歌の……それまではぁ!!)

 

 『とまり木ってやつは 要らない! はず、だからぁ……!!』

 

 心の奥底より絞り出した歌がフォニックゲインを生み、イチイバルから力を振るい起こす。

 その力をアームドギアへと集約する。体の動きは鈍いが、アームドギアの展開は速い。クリスの戦意が尽きていない証だった。

 

 ボウガン形態に展開し、続けざまにガトリングへと変形させたアームドギアを、”立花 響”へと突きつける。

 対する“立花 響”は拳を上段に振りかざした。地面に転がるクリスを叩きつぶすためと一目で分かるほど高く。

 

 あの拳が振り下ろされるより速く、ガトリング弾の連射で”立花 響”を押し飛ばす。クリスがこの窮地を脱するにはそれしかない。

 “立花 響”の異常なまでのタフネスと再生力の前では勝算は薄いのは分かっていた。

 

 だがそれでも、やるしかない。

 抱いた夢を終わらせるには、今日という日は早すぎる。

 

 『さぁ! Let's Show――』

 

 その覚悟と同時だった。“それ”が来たのは。

 

 遥か遠くからの強く地面を蹴りつける音が、クリスの視線をさらった。

 その存在はクリスの目が捉えるより速くに距離を詰め、クリスを抱きかかえた。

 そして勢いそのままにクリス諸共に跳んだ。”立花 響”の拳は狙いを失くし、地を無残に砕く。

 

 先ほど”立花 響”の蹴りを受けた時と同様の浮遊感がクリスを襲う。

 だが先と違って、浮遊感が消えた時には何の痛みもなかった。

 クリスを抱きしめている彼女が、クリスと地面との間に自らの体を割り込ませて、クッションとなっていた。

 

 顔を抱え込むようにして抱いていたから、クリスからは自分を抱く人物の顔は見えなかった。

 見えなかったが、分かっていた――正確には、知っていた。

 

 自分を抱きしめるこの手の温もりを、クリスは知っている。

 

 「お前、なんで……」

 

 口から問いが漏れる。それに対して、

 

 「へへ……クリスちゃんに当たりそうだったから、つい」

 

 ガングニールを身に纏った“本物の立花 響”が、微笑みながら返事した。いつかに聞いた、口調と言葉で。

 

 





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