『平和は歌を聴きに来ない』   作:-)

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黒き幻槍、がなり声の合唱団
月下の激昂


 状況は警急にあった。

 

 進展なき会議を良い加減で切り上げた二課面々は、机上に広がっていた食事の後片付けに勤しんでいた。

 それも終わりに差し掛かった頃だった。部屋の片隅にコンセントを差すだけして放置されていたノートPCが甲高い音を上げたのだ。

 

 このノートPCに搭載されたるその名も“簡易マルチサーチャー”。ノイズやフォニックゲインその他諸々、それらの反応を取集するシステムである。

 が、そこは何分“簡易”。取りこぼしは少ないものの、微弱な反応など分らないものは分からずUnknownとなりがち。

 

 本日の反応は二つ。内一つはunknown。そしてもう一つは――

 

 「イチイバル、か」

 

 弦十郎が、重い息の代わりにつぶやきを漏らした。飲み食いの行われていた部屋からより開けた場に移っている。そのために、弦十郎自身が思っていた以上に呟きは空間内で大きく響いた。

 

 「つまり。不明反応の付近にクリスちゃんが居合わせているということか、もしくは狙って出てきたか……」

 

 視線は操作しているノートPCから動かすことなく、藤尭が呟きを拾った。余所事に口を出しつつも、その表情に余裕はない。

 ノートPCは大型の機材に接続されている。以前の本部で使われていた情報装置の、少し古い型のものである。

 機材も人員も環境も、何もかもが常より劣悪。“超緊急仮設”の名はなんとなくのフィーリングで付いたものでは断じてない。

 

 「とにかく不明反応の方は現在照会中です、もう間もなく!」

 「すまん、負担を掛ける」

 「なんの、貧乏くじこそ男の魅せどころってなもんですよ」

 

 藤尭朔也は窮地に笑う。亭主関白志向は伊達ではない。

 

 「そういうのにおあつらえ向けなロケーションですからね、任せといてください」

 

 その言葉を受け頷く弦十郎の背後には、力強い筆使いで書かれた心技体やら初志貫徹やら、見るだけで力が入る掛け軸がぶらりと揺れていた。

  何を隠そう、“超緊急仮設本部”こと此処風鳴邸におけるミーティングルームが居間であるならば、その司令室は、

 

 「……うちの道場をこういう風に使う日が来るとは、さすがに思わなかったな」

 

 ここで汗水を流したかの日々に想いを馳せながら、今度こそ誰にも聞かれない小声で弦十郎は独りごちた。

 

 司令室の機能を果たせるだけの機材を運び込めて、それを稼動させる電源を有する場所となれば限られてきてしまう以上、しかたなかったのだ。

 飾られた神棚から冷ややかな何かしらが向けられてくる気もしたが、弦十郎にもそれに気づかぬ振りをするぐらいの器用さはあった。

 

 「司令、各所への通達完了しました」

 「ああ、ご苦労」

 

 卓上電話の受話器を置きながらの友里の報告に返事をしながら、次の手を考える。とはいえ打てる手は多くはない。

シンフォギアという強力なカードを有する二課だが、逆に作戦行動的な部分ではそれ以外の戦力は乏しい。

 そのため対ノイズでない状況でも、彼女らに頼らざるを得ないことばかりである。どんなに大人として情けなくとも、組織としてそう在ってしまっている。

 

 ……にも関わらずもう一つ、あまりに情けない事実がある。

 

 「クリスくんの応答は相変わらずか」

 

 自身の端末に表示された“No Signal”を睨みながら呟く。

 

 おそらく端末が破損なり紛失なりしたのだろう。クリスといえど、無意味に司令本部の連絡を無視するほど非協力的なわけではない。だから、それは別によかった。

 

 だが、そもそも端末など必要ないのだ。本来ならば。

 

 「……こういう事態になると、改めてイチイバルの通信機能が解放されていないのが悔やまれますね」

 

 友里が俯き加減で言う。その表情に差す陰りは、ただ不都合を嘆く者のそれではない。

 

 シンフォギアには、3億に上る無数のロックが施されている。

 

 装者への負荷軽減が一番の理由ではある。しかしこれは能力の制限以上に、装者に最も適した形態、装者が望んだ能力の発現が可能であることを意味している。

 言い換えれば、シンフォギアが持ち得て、しかし発現していない能力は、“装者が望んでいない”ためだとも言えた。

 

 通信機能などシンフォギアにおいては基本装備も同然。負荷など無い。響のガングニールにも翼のアメノハバキリにも最初期から設けられている。

 であれば、本部や他の装者らと連携し戦うための通信機能を、雪音クリスの纏うイチイバルが有していない理由は、一つしかなかった。

 

 「君の夢に寄り添えないか? 俺たちは……」

 

 言葉を漏らしつつ弦十郎は自らの手を見た。

 

 人を守る立場を担う大人として、強くあらねばと鍛え続けた手は確かに太く力強い。

 だが、この手からこぼれ落としてしまったものが果たしてこれまでどれだけあったか。

 今もなお、クリスをたった一人で未知の危機に晒している。

 かつて救えなかった彼女を、信用させてやれない自らの情けなさ故に。

 

 「司令! 照会結果でました!」

 

 藤尭が声を上げた。それに弦十郎も顔を上げる。

 力なかった手を拳と握り直す。その姿から覗かせていた自責は消え、威風堂々とした司令官の姿があった。

 

 「照会結果を正面スクリーンに出せ」

 

 弦十郎の指示を受け、藤尭は再び素早くPCを操作した。

 スクリーンに文字が踊り出る。

 

 それは二課の面々にとっては見慣れた名前。 

 そうであるからこそ、この場において似合わぬ名前――

 

 「――ガングニール、だと!?」

 

 衝撃、動揺、そして何種も重なった“有り得ない”。

 かつてにも口走ったのと同じ言葉が、道場とその場の全員の心とを、どこまでも大きく揺さぶった。

 

 

 飛ぶはずもない鉄塊が宙を舞う。

 

 誰もが括目するであろう事態ながら、その目撃者は二つのみ。

 一つはより遥か高くに輝く月。そしてもう一つは、その事態を引き起こしてのけた罪深き下手人――ガングニールを身に纏った“立花 響”。

 

 それらに見守られる中で鉄塊は地に落ち爆ぜて、この悲劇は終わる。

 そう思わせる一瞬の間の後、すぐだった。地に落ちるより早くに、鉄塊が爆ぜたのは。

 

 爆ぜた車から“立花 響”の周囲へと、小さな鉄の欠片が無数に飛来し、コンクリートの地面を削る。

 その鉄は車の部品と、それ以上の数の弾丸。

 

 「何のつもりの意趣返しだ? こいつは」

 

 飛来した種々にも不動を保っていた“立花 響”だったが、突如の声に顔を向ける。

 一瞬見上げて、しかし視線はすぐに真っ直ぐとなった。

 声の主――イチイバルをその身に纏った雪音クリスが、“立花 響”の前に降り立ったからだ。

 

 左肩には気絶した運転手が担がれ、右手にはガトリング形態となったアームドギアが握られている。

 そのアームドギアで以てして、内側から車の下部をハチの巣とした後蹴り破り、気をやった運転手を引きずり出しつつ脱出したのだ。

 決して余裕ある脱出劇ではなかったのだろう。クリスの白い髪には毛先だけの焦げもよく目立った。

 

「おい――」

 

 “立花 響”を真っ直ぐ見据え、紡ごうとしたクリスの言葉を背後から爆音が遮った。

 少し遅れて車が地に落ちたことでの爆発音だ。

 

 すぐさま炎が立ち上り、熱と金属の燃える異臭とが辺りに立ち込める。

 それらを直に受ける場所に立つクリスの表情が、歪みを見せた。

 

「――ハ、ハハっ」

 

 笑みという、歪みを。

 

 爆発によって舞い上がった炎が、辺りを照らしたことで、クリスは“立花 響”の姿をはっきりと見た。

 羽を広げたヒヨコのようにふわりとした髪。いつも光を絶やすことのない瞳や、無邪気な表情に反して自分より高い身長の体躯。そして身に纏ったガングニール。

 

 それら全てが、仄暗い黒に染まっていたのだ。

 

 夜の影の仕業でもなく、クリスが喪心の中で見た幻覚でもなく、現実に染みついた色として、黒い立花響が立っているのである。

 

 この“立花 響”が、真にあの馬鹿であるならば、あまりにも大きな相違だった。クリスの嘲笑と、それ以上の苛立ちを誘うに十分なほどに。

 

 「随分とまぁ似合わねぇ色にしたもんじゃねぇか。なぁ、“立花 響”?」

 

 本人にも直にぶつけた覚えのない呼び名で語りかけるクリスだったが、しかし当の“立花 響”に反応はなかった。

 “立花 響”はぼんやりと佇み続ける。クリスを見続けるばかり。瞬きの一つもしない。

 

 聞こえていないわけではあるまい。しかし何かの意図で以て知らぬ振りを決め込んでいるようにも思えない。

 

 「らしくねぇな? いつぞやよろしく、聞いてもないことべらべら並べて聞かせたらどうなんだ?」

 

 火のない場所へと移りつつ、“立花 響”が真にそうであるという体で言葉を投げかけ続ける。無論アームドギアの狙いはつけたままで。

 運転手を安全な場所に移すための時間稼ぎが半分と、苛立ち解消目的の皮肉が半分だった。

 

 だが、“立花 響”は何の言葉を返さない。

 

 運転手を離れた場所にそっと避難させて、そこから距離を置き、改めて相対するまでの間、ついぞ“立花 響”が何らかの反応を見せることはなかった。

 

 「お前……」

 

 もはやクリスにも掛ける言葉がなかった。

 言葉が尽きたのではない。

 ただ、心中に渦巻く感情が大きくて、もはや喉から出すことが叶わなくなっていた。

 

 炎に煽られ“立花 響”の全身を染める黒は淡く薄まっている。

 それでも唯一、その目だけが。

 漠然とクリスを捉え続けているその目に宿る黒だけが、変わることない暗さを、深さを、湛え続けているのである。

 

 その姿が、見せつけられているかのように思えてきていた。

 

 その“黒”こそが、立花響の真実であると。

 

 かつて繋いだ手の温もりは、未だクリスから消えてはいない。

 それでも、クリスがこれまで浸かってきた黒の深さが、幻視させられる悪夢を鼻で笑うことを許さない。

 そのせめぎ合いが、より一層にクリスの心を苛立たせ、言葉を選ぶ理性を削ぎ落していった。

 

 「……してんじゃねぇ」

 

 だから、そうしてその果てに吐いた言葉は、紛れもない雪音クリスの本心で。

 

 「どっかのどいつかが好きに勝手にあいつの姿で、んな面晒してるんじゃねぇ……!!」

 

 

 「あいつは、あたしらみてーのとは違うだろうがぁっ!!」

 

 

 叫びが、夜の闇に響いて行く。

 その残響が消え行く前に、一つの歌が流れ始めた。さながら、その残響が消えること無いよう後を引き継いだかのように。

 雪音クリスが纏うイチイバルの、その全身より奏でられる、暴力的なまでに力を持った歌だった。

 

 どれ程の曲であれど、歌と唄わねばフォニックゲインは生まれない。

 にも関わらず、クリスのギアに変化が起きた。

 腰部ユニットの片方が、背中から右肩まで昇る。

 それと相応の高さにまでアームドギアを構えれば、ボウガン形態であったその銃身が“開き”、そのまま肩のユニットと連結する。

 

 諸々の変化に反比例し、イチイバルの全身を染める真紅の色彩から、鮮やかさが失われていく。

 シンフォギアが、その身に蓄えるフォニックゲインを失っている証だった。

 即ち、自らが纏うギアを形作るフォニックゲインで以て、アームドギアを、戦う力を、鋳造せしめたということである。

 

 もはや奇策の域にある所業だった。断じて効率的なものではない。

そして現状、斯様な手を打つべき事態とは言い難い。

 しかし、クリスの心が、そうしなければ堪えられなかった。

そこに合理的な思考などない。胸にあるのは、ただ嫌悪のみ。

 

 ギア本体に対し、アームドギアは強く輝きを増していく。

 アームドギアに宿した鉄の臭い漂うトラウマが、クリスの抱いた激情と共鳴しているのだ。

 そうしてアームドギアの銃身に生まれ出たのは、火薬と爆薬の申し子。雪音クリスが単一で誇る最大火力――

 

――“MEGA DETH FUGA・impromptu”!!

 

 絶対破壊を約束する暴力の権化と化したアームドギアを、眼前の敵へと突きつける。その先端に比類する鋭さを宿した眼光と共に。

 その眼光が青く染まった。ヘッドギアより下りたバイザーの仕業だった。

 色の殆どを失くしたギアに、青いバイザーだけがギラリと映える。

 

 「さぁ、何とか言ってみな? 奴らしくなく、怯えて、叫んで!」

 

 口角を不自然に釣り上げて、挑発的に言葉を並べる。

 その表情とバイザーに、見る者が見れば思い出したことだろう。

 かつてフィーネの傀儡として、ネフシュタンを纏った彼女を。

 口元に湛えた嗜虐の笑みもまた、その頃のまま。

 

「それとも? 変装解いて土下座して、ホントの名前ブチマケたっていいんだぞぉ!?」

 

 言葉が並べられると共に、バイザーに映し出されたサークルが、何重にも“立花 響”を捉えていく。

 もはや狙いは絶対だった。“立花 響”のどんな動きも、もはやイチイバルの暴力から逃れらない――

 

「…………“名前”」

 

 ――だが、その動きは、クリスの予想から外れていた。

 

 散々煽っていながらも、全く想像していなかったのだ。

 ここに来て、“立花 響”が何か言葉を発するなんてことは。

 

 「お、お前今更……」

 

 クリスの構えが乱れる。

 予想を超えられ、状況に対応しようと思考を働かせてしまった。

 その思考が、無思慮な激情を阻み、引き金に入るべき力を緩ませる。

 そして、生まれたその隙を、“立花 響”の更なる言葉がこじ開けた。

 

「名前を入れてください」

「……………………は?」

 

 真の響と変わらない声、しかし決して聞くことのないだろう淡白な調子。

 

「“キサラギ”、“めぐたん@青子がん推し”、“強大エックス”、“吉屋羅気威”、“あきふみくん(58)”……」

 

 “立花 響”の口から延々と、何処かの何かが、垂れ流され続ける。

 淡々と、つらつらと、延々に。

 

 (いや、いやいやいやいや)

 

 ただただ瞬かせるばかりだった目を、一度ぐっと閉じる。

 内に渦巻く息を全て吐きだして、それから改めてパッと目を開いた。

 

 (まぁ、うん。いっぺん、落ち着け。脳がゆでダコすぎてる)

 

 幸か不幸か予想外の常識外れにより急激に醒めた心で、現状を捉えなおす。

 

 一番に感じたのは、纏うギアのいつも以上の重さ。感情的に過ぎる自らの愚行のツケである。恥じつつ受け入れる他ない。

 

 ついで、未だぶつぶつと謎の言葉を吐き続ける“立花 響”。

感情的にはもう十二分に堪能したので、今度は冷静かつ客観的に考える。

 

 それが、“ガングニール”を纏った“立花響”を模している、その意味を。

 

 (シンフォギアのことは、今じゃ確かにお天道様の下に晒された。にしたって、使ってる聖遺物やら纏ってる装者についてまで知ってる奴なんざ限られてる)

 

 となれば一番に思い至るのは、かつてのフィーネこと櫻井了子のように勝手知ったる裏切者の存在の仕業、という発想が妥当だろう。

 だが、今はそれ以上に、考慮すべき存在がある。

 

 その存在は、立花 響”を知っている。

 正確に言えば、その名を知っているかは分からない。だが、“人々を歌の力で助ける謎の少女”についてなら、きっと二課を除いたどこの誰より知っている、そんな存在――

 

 (――“バックコーラス”。目の前に居る馬鹿モドキは、奴らの掴むべき尻尾足り得る可能性が高い……!!)

 

 導き出された結論に、クリスは自分の心が冷たく冴えわたっていくのを感じた。

 

 “バック・コーラス”はノイズと関わりがある。それは先の施設におけるノイズの発生からもほぼ間違いない。

 

 そして、今眼前に居る“立花 響”が“バック・コーラス”に繋がる存在ならば、

 その対処が、シンフォギア装者の……“人々を歌の力で助ける者たち”の成すべきことならば、

 

 (こいつを確保し、奴らの正体を手繰るのは、即ち私の夢を手繰り寄せるも同じってこった!!)

 

 と、何かが地面を擦ると音がした。

 

 クリスがそちらに目を遣れば、“立花 響”の様子が変わっていた。

 

 言葉を並べるのは止めていた。足は開き、拳を握り、クリスへと向かい構えを取っている。

 つまるところは、臨戦態勢。

 

 「へぇ、ここに来て良い子だ。自分の扱いってのを心得てきた」

 

 クリスもまたアームドギアを構え直し、“立花 響”を睨んだ。

 

 その視線に、当初の熱はない。睨んでいるのだって、本当は“立花 響”ではない。

 クリスが見据えるのは、“立花 響”の向こう側に広がるであろう景色。

 自らが望み臨んだ道を、一歩でも多く進んだ先。

 

 「あたしもお前の首を餞別に、行くべき所に行かせてもらう……!!」

  

 銃口に重ねられた眼光を、“立花 響゛の瞳が受け止める。

 変わらず暗く、力はない。だが、何か怪しい光が、瞳の中で瞬いていた。

 

 二つの光がぶつかり合その様を、ただ砕けた月だけが覗いていた。

 




※”impromptu”は"即興曲"という意味の英語。グーグルは何でも教えてくれる。

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