ニンジャスレイヤー・バーサス・マジカルガールハンター   作:ヘッズ

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第十四話 重要な一日#4

◇ファル

 

15;00

 

「「「「「ザッケンナコラーッ!」」」」」

 

 同じような服装とサングラスをつけた人間が容赦なくスノーホワイトに銃口を向けマズルフラッシュを焚く。

 これはクローンヤクザと呼ばれる所謂クローン人間である。スノーホワイトの世界では技術的にもそうだが倫理的問題もあり実用化されていないが、ネオサイタマでは実用化され防衛戦力として充てられている。

 

 スノーホワイトは弾丸を避けクローンヤクザに接近し撃退していく。次々とクローンヤクザを倒し、あっという間に行動不能としていく。

 すると部屋の天井から紫色の煙が噴射される。毒ガスだろうか、電子妖精型のマスコットは生物では無いので毒は効かず、魔法少女も毒耐性を持っているので普通の毒は効かない。だが万が一ということもある。ファルはIRC空間にダイブした。

 

 ファルの論理肉体はフィールドに立っていた。地面には人工芝、上を見るとドームの屋根とナイターの光が眩しく照らし観客席から歓声が上がる。論理肉体はアメフト選手の恰好をしていた。そして目の前には違うユニフォームを着た選手が猛然と近づいていく。

 ここのプログラムはこういうイメージか、コトダマ空間を通してプログラムに侵入するとそのプログラムごとにイメージが変わる。あるプログラムでは水槽の中だったり、迷宮の中だったりと様々だ。

 論理肉体はアメフトのボールを受け取り相手陣地に向かって駆け出す。1人目の選手を魔法少女レベルの急停止方向転換急加速で抜き去る。次々と選手が襲い掛かるが同じように抜いていく。

 フィールド半分まで進むと2メートル以上の巨漢選手が左右からタックルしてくる。ボールを前方に放り出し空いた両手で巨漢選手を叩き伏せ地面にめり込ませ、前方のボールを掴み再び走り出す。あとは独走で悠々と相手陣地最深部にボールを置く、タッチダウンだ。

 

 ファルの意識が現実に戻ると天井に設置されていた噴煙機は火花を上げ、目の前の扉は開いていた。スノーホワイトは扉の奥に進んでいく。

 マガメからの依頼を受け現地に向かうとそこには豪邸と呼べるような家が建っていた。広大な庭に何階建てか分からないほどの高さ。その一帯は平均的な家庭の家が建っていたがその家だけ不相応に大きかった。巨大な外壁を上り敷地内に侵入すると数々の防衛装備が待ち構えていた。

 庭にはいかにも狂暴な犬が放し飼いにされており、上から漢字が刻まれたサーチライトが侵入者を拒むように照らし出していた。まずサーチライトの動きを記録し規則性を見出し最適な侵入ルートを割り出す。

 侵入ルートを割り出すが番犬達に即感知され鳴き声ともに正面玄関付近に設置されていた彫刻から機関銃が飛び出し、スノーホワイトに向けて発射された。番犬と機関銃の攻撃を何とか凌ぎ侵入するとさらなるトラップが待ち受けていた。

 

 竹やり、ピアノ線、毒ガス、爆弾、鉄球、音波攻撃、クローンヤクザによる飽和攻撃

 

 マガメの家のトラップが子供の遊びのような殺意に満ち溢れていた危険なトラップだった。これでは魔法少女でもダメージを負う危険があり、ネットワークに侵入しトラップの解除かトラップの種類の察知を試みたが、かなりセキュリティが強固で場所ごとにセキュリティが全く別物で掌握するのに予想以上に時間が掛かった。その分スノーホワイトに負担をかけてしまった。

 

「最深部に宝物庫があって、そこにロウサイがあるぽん。もう一息だぽん」

 

 ファルはスノーホワイトを励ます。表情は相変わらず無表情でキツイのか楽なのか感情が読み取れない。するとスノーホワイトは突如来た道を戻っていく。何をしているとファルが尋ねる前に行動の意味を悟る。曲がり角のそこにはガンメタル色で葉巻を咥えている男がいた。

 

「ドーモ、はじめまして、ブラックヘイズです」

 

◆ブラックヘイズ

 

 スゴイテック重役のユカワは名の知れた収集家であり古今東西の名品珍品を収集してきた。その方法は強引で少なくない人間が物を奪い取られ、依頼主もその1人だった。

 難攻不落のユカワ邸、ハック&スラッシュ界隈では有名であり、傭兵稼業のブラックヘイズでも知っていた。

 割に合わない。それが率直な感想だった。金銭面も中々でコネを作るという意味でも悪くは無い。だが難易度が高い。

 スラッシュは対応可能かもしれないが、ハックは自身のワザマエでは足りない。だが雇い主は何度も食い下がり、腕利きのハッカーを雇いハック&スラッシュプランを提出してきた。ハッカーもプロフェッショナルでプランも現実的で実現可能だったので依頼を承諾した。ハッカーと何度もブリーフィングをして念入りな準備を行い、ハック&スラッシュを決行した。

 いざ侵入すると庭は所々に破壊跡があり誰かが侵入した痕跡があった。依頼主が別のチームを雇ったのか?尋ねると全く知らないと返答が返ってくる。同じ日に偶然ハック&スラッシュを行ったということか。

 屋敷内に侵入すると同じようにトラップの残骸が転がっていた。ハッカー曰く相手のハッカーはかなりのワザマエのようだ。そしてスラッシュ担当も中々のカラテであるのが見て取れる。

 楽に侵入できたのはありがたいが、目的が一緒の場合は戦闘に発展する可能性がある。そうなると面倒だ。ブラックヘイズは道中交渉の際の会話のシミュレーション、そして破壊跡から相手の武器や戦闘スタイルを予想しイマジナリーカラテを繰り返していた。すると先の侵入者が道を引き返しブラックヘイズに近づいてきた。

 気づかれていたか、アンブッシュに対応できるように神経を張り巡らせながら相手の顔を見た瞬間、先にアイサツをする。

 ブラックヘイズはアイサツをしながら驚いていた。侵入者はティーンエイジの女?この歳でこれほどのハッキングのワザマエとカラテの持ち主がいるのか。

 

「どーも、ブラックヘイズさん。雪野雪子です」

 

 ユキノ・ユキコと名乗るニンジャはアイサツする。アトモスフィアから即サーチアンドデストロイと分別なく暴れるようなイデオットでないのは分かる。

 

「この屋敷のトラップはユキノ=サンが解除して突破したのか?」

「はい」

「大したワザマエだ。そして今どきのティーンエイジはハック&スラッシュをバイトでするんだな」

「貴方の目的は?」

 

 ユキノは軽口に付き合わず淡々と質問する。無表情で相手を値踏みする目、かなりの場数を踏んでいることが分かる。

 

「依頼主からある物品を取り戻して欲しいと言われた。ユキノ=サンは?」

「同じです」

「ちなみに何を狙っている?」

 

 ユキノに尋ねるが沈黙する。質問に答えさせて自分の情報は出来る限り伏せようとしたが、そんな甘い相手ではないか、ならばこちらがリスクを払うべきか。

 

「俺のターゲットはとある茶器だ」

「私は刀です」

 

 ブラックヘイズはニンジャ観察力で様子を確認する。ポーカーフェイスで正確に読み取れないが嘘はついていない。ターゲットが被り争奪戦になる展開は避けられた。

 

「ちなみに奥には何が控えているか知っているか?」

「知りません」

「俺の調べではモータードクロが1体だ。オムラが作ったロボニンジャだが中々に厄介だ。よければ一緒に行動しないか?2人で倒せば楽だし、不測の事態にも対処できる」

 

 モータードクロ、今は無きオムラが作ったロボニンジャだ。AIが粗悪という欠点はあるものもその圧倒的火力は並のニンジャでは太刀打ちできない。倒せないことはないがダメージを負うリスクを減らし、少ない労力で倒せるに越したことは無い。

 ユキノのカラテの全容は分からないが、少なくともモータードクロに瞬殺されるほど足手まといではない。自分も相手も楽できる。WIN-WINだ。するとユキノは一瞬目を合わせると奥に向かって行く。

 

「共闘成立と捉えさせてもらう」

 

 ブラックヘイズは後ろを付いて行った。

 

◆◆◆

 

鋼鉄フスマを開けるとタタミが敷かれたダンスホールめいた部屋が2人を出迎える。そして中央には4本の足に8本の腕を備えたオニめいたブッダデーモンが鎮座している。これこそが今は無きオムラが作ったニンジャロボ、モータードクロだ!「敵発見!排除します!」胴体のガトリングガンを発砲!BRATATATATATAT!2人は左右に飛び回避!

 

ブラックヘイズはモータードクロの一連の動きで変化に気づく。モータードクロは攻撃前にAIによる欺瞞的プロトコルを行うと聞いたが即発砲してきた。AIを単純化したか?ブラックヘイズの予想は正しく、このモータードクロは改造によって敵味方判別機能などを消され、不必要な機能を排除した。

 

これによってAIを単純化され、高度なAIを行使する為に必要なスシ・フィードの機会も極端に少なくなった。これによって本来の戦闘力をフル活用できるようになり、侵入した生物を全て破壊する無慈悲な殺戮兵器と化した!戦闘力は従来のモータードクロより上だ!

 

「イヤーッ!」モータードクロは4本の脚でブラックヘイズに近づく、そのスピードは2本脚のモータヤブと比べて2倍だ!「イヤーッ!」モータードクロのジュッテ、ハンマー、斧が同時にブラックヘイズを襲う!ブラックヘイズはブリッジ回避からのバックフリップで距離をとる。スノーホワイトはブラックヘイズを相手にしている間に後ろをとる

 

「イヤーッ!」モータードクロはノールックで後ろに向かって武器を振るう。腕の可動域は360°だ!スノーホワイトは攻撃から防御に切り替えルーラでナギナタ、スマタ、カタナの攻撃を防ぎ後退しながら見つめる。モータードクロのAIは単純化しているので、ファルや以前に出会ったアンドロイドからは聞こえていた困った声が聞こえず。そのせいで攻撃を読みにくかった。

 

BRATATATATATAT!距離が離れたブラックヘイズに向けてガトリングガンを向ける。ブラックヘイズは避けながら接近する。スノーホワイトも合わせるように背後から接近し同時に間合いに入る。「イヤーッ!」モータードクロはブラックヘイズに4本、スノーホワイトに4本の腕を同時に動かし迎撃する。何たる人間には不可能な多腕カラテか!

 

ブラックヘイズとスノーホワイトに武器が迫るが油がきれたカラクリ人形めいて動きが鈍くなる。その隙にブラックヘイズとスノーホワイトは攻撃をしかける。「ピガーッ!」何故モータードクロの攻撃が鈍ったのか?読者の方々は腕を注視していただきたい。黒い何かが見えるだろう。これはブラックヘイズのヘイズネットだ!

 

ブラックヘイズは攻撃を躱しながらヘイズネットを発射し、其々の腕に絡みつけさせた。そしてモータードクロは同時に違う方向に腕を動かしたことで、腕が引っ張り合い妨害し合ったのだ!ワザマエ!「イヤーッ!」「ピガーッ!」モータードクロは一方的に攻撃を受ける!このままスクラップだ!

 

「機体ダメージ実際ヤバイです。ゼツメツ・モード移行」電子音を発するとモータードクロの体から蒸気が噴き出る「イヤーッ!」モータードクロは武器を振り回しながら回転する。2人は即座に距離を取ってネギトロになる未来を回避、ヘイズネットはすでに断ち切られている!

 

モータードクロの胸板が左右にカンノン開きし、胸板の内側、鋼の肋骨の隙間から、無骨なミニガンの銃口が複数迫り出す! さらに八本の腕それぞれの甲殻が開き、そこからも機関砲の銃口が迫り出す!そして肩口にバズーカ砲めいた武器が二門、出現!「ゼツメツ!」展開した銃火器をブラックヘイズに一斉にむける!

 

ブラックヘイズはブリッジ、バックフリップ、側転、側宙で回避する。その火力は凄まじく火線に入った瞬間にネギトロと化すだろう!側転回避行動中のブラックヘイズにロケット弾が向かってくる。このままでは回避できない!「イヤーッ!」カーボンタタミに手を挟み3枚剥がし素早くヘイズネットで束ねた。ロケット弾がカーボンタタミにぶつかる!

 

タタミは千切られた人形に入っている綿めいて飛散するが、ブラックヘイズは無傷!敷かれているタタミがバイオカーボン製と素早く見抜き盾変わりにしたのだ!何たる豊富な知識に裏付けされたニンジャ判断力と行動力か!ロケット弾を防いだが依然オーバーキル銃火器攻撃がブラックヘイズに向けられる!

 

「ピガーッ!」モータードクロの悲鳴とともに攻撃はアサッテに向かって行く。背後からスノーホワイトが無慈悲にルーラを突き立てる!「ピガーッ!」1本目の腕を破壊!「ピガーッ!」2本目の腕を破壊!「ピガーッ!」3本目の腕を破壊!「ピガーッ!」4本目の腕を破壊!「ピガーッ!」5本目の腕を破壊!「ピガーッ!」6本目の腕を破壊!

 

腕を破壊しつくすと、背後から斬りつけた破壊跡にルーラをグリグリとねじ込み破壊していく!全身からさらなる煙が噴き出てスパークする!最後に頭部を切り飛ばす!「ピガーッ!サヨナラ!」頭部と胴体が同時に爆散!「予想以上の火力だった。あと少しで高級品を使うところだったが経費が浮いた」

 

ブラックヘイズは葉巻を吸いながらスノーホワイトに近づく。攻撃されている間に一切スノーホワイトは攻撃されなかった。その間に攻撃すれば楽に倒せると思うと同時に捨てられる可能性を考えていた。その時は貴重品の爆弾で状況を打破するつもりだったが、共闘の約束を守りモータードクロを倒してくれた。

 

スノーホワイトはブラックヘイズの言葉に反応を見せず、スクラップと化したモータードクロを見つめる。何故一切攻撃しなかったのか?それが不可解だった。その答えはゼツメツ・モードにあった。ゼツメツ・モードはニンジャソウルを感知し発動する。だがスノーホワイトはニンジャではなく、ニンジャのブラックヘイズのみに反応した。

 

その結果ブラックヘイズに全ての攻撃が向けられた。オムラのニンジャソウル感知器はニンジャすら勘違いしてアイサツしてしまう魔法少女のソウルをしっかり感知し判別していた。その高性能の感知器のせいでスノーホワイトに一方的にスクラップにされてしまった。皮肉!

 

2人は奥に進むと鋼鉄フスマがある。「奥が宝物庫だ。何もないといいが」「ありますよ」スノーホワイトはポツリと呟くと扉が開き中に入る。そこは高さタタミ5枚分、横タタミ10枚分、奥行き30枚ほどの殺風景な部屋だった。奥のフスマの前にはとてつもない長髪の着物の男が胡坐を組んで座っていた。

 

◇スノーホワイト

 

 目の前の男は宝物庫の番人か?髪は産まれてから切った事がないように長く、地面に落ちて放射線状に10メートルは広がっている。それにしては酷く生気がない。まるで即身仏かミイラのようだ。精神も常人とは異なり『奥に行かれたら困る』『宝物を盗まれたら困る』という声しか聞こえない

 

「ドーモ、ブラックヘイズです」

「ドーモ、ヘアーカッターです」

 

 ブラックヘイズは挨拶し、ヘアーカッターは今にも消えそうな声で名乗る。お互い名乗りこの名前からしてニンジャだろう。スノーホワイトは挨拶が終わる前に一気に駆けた。ヘアーカッターまで残り20メートルに入ろうかとした瞬間、急ブレーキをかけルーラを前にかざす。その瞬間目の前に火花が生じる。ルーラに何かが当たった?スノーホワイトは本能的にバックステップで距離を取る。

 

「危険手当を請求しておくか」

 

 ブラックヘイズは僅かに険しい顔をしながら、懐から葉巻を取り出し投げつけた。葉巻は数メートルほど進んだ瞬間コマ切れと化した。

 

「なるほどレーザー光線結界めいている」

 

 ブラックヘイズはコマ切れになった葉巻を見て淡々と呟く。ルーラから生じた火花は。恐らく何かが当たった際に生じたもの。その何かが葉巻を切った。

 

「特殊繊維の結界…ではないな、ひも状の何かで直接斬った。射程距離は20メートル前後といったところか?」

 

 ブラックヘイズは言葉を聞きスノーホワイトは周りを見てみるとあることに気づく。ヘアーカッターの前方20メートル内の床や天井には切り傷が無数についているが、そこから離れた場所には一切ない。恐らく斬撃の際に生じた傷で射程距離が20メートルという証だ。

 恐ろしく速い斬撃、『攻撃が避けられたら困る』というごく小さな声が聞こえたので防御態勢がとれた。でなければ顔面を切り裂かれていた。

 スノーホワイトは魔法に意識を集中させ、攻撃の正体や攻略法を模索する。だが精神に変調をきたしているのか『奥に行かれたら困る』『宝物を盗まれたら困る』という声が大半で他の声が聞こえない。一方ブラックヘイズは苦無などを投げつけるが切り裂かれた残骸が無残に転がっている。

 

「なるほどオレのカラテでは、この場所でこの攻撃を掻い潜るのは無理だ。ユキノ=サンはどうだ?」

「私も無理です」

 

 スノーホワイトは淡々と答える。開けた場所なら掻い潜れるかもしれない。だがこの狭い部屋では侵入方向が限定されてしまっている。

 ヘアーカッターは動く気はない。射程距離に入った者を切るという思考に没頭させ、防衛に専念しているのか。

 スノーホワイトはさらに魔法に意識を集中させる。2つの声がガンガンと鳴り響く中ほんの小さな声に耳を傾ける。困った声を聞いたと同時にブラックヘイズが呟く。

 

「このまま撤退するのが賢い選択だが、フリーランスはそうはいかないのがツライところだ。カラテでダメならテックで何とかしよう」

「殺さない方向でお願いします」

 

 スノーホワイトはブラックヘイズを見上げるように喋る。ブラックヘイズは僅かに目を見開き驚いた仕草を見せ、目つきが鋭くなる。

 

「何をしようとしているのか分かるのか?」

「詳しくは知りません。でもやろうとすることは見当がつきます。出来るなら殺さないでください」

「殺すとしたらどうする?」

「抵抗させてもらいます」

 

 ルーラを構えてブラックヘイズを見据える。ブラックヘイズは冷静に損得勘定を考えられるニンジャだ。殺すリスクとリターン、殺さないリスクとリターンは5分5分と考えている、つまりどちらでもいい。なら殺すリスクを上乗せすれば天秤は傾く。ブラックヘイズは数秒ほどスノーホワイトを凝視して呟く。

 

「今回は譲ろう」

 

 そう言うと腕についている携帯端末を操作し始める。とりあえず折れてくれたようだ。勝手に侵入している身分だが、これ以上無駄な犠牲は出したくないし、出させない。

 ブラックヘイズは操作が終わると、懐から葉巻を出すと右手で火をつけて地面に置き、鋼鉄フスマを閉めて手で抑え込む。スノーホワイトも同じように抑え込む。

 数分間、2人は全力で鋼鉄フスマを抑えた。その間抵抗は一切なく、徐々に心の困った声は小さくなり、消えた。

 

「もう大丈夫そうです」

「そのようだ、気配を感じない。開けるぞ」

 

 ブラックヘイズは鋼鉄フスマに手をかけて開ける。魔法少女は大丈夫だが念のため息を止めておく。フスマを開けると突っ伏したヘアーカッターが居た。2人はすり足で20メートル以内に侵入する。謎の斬撃は来ない。完全に意識を失っているようだ。ブラックヘイズは近づき手足を結び拘束する。

 ヘアーカッターの見えない斬撃、普通の手段では突破は不可能だった。突破法を考えるなか2人は同じ方法を思いつく。

 どんな斬撃でも気体を切り裂くことはできない。なら気体、ガスで攻撃すればいい。

 ブラックヘイズが思いついたのは致死性のガスによる毒ガスだった。それを魔法で知ったスノーホワイトは異を唱えた。その結果神経毒で動きを止める方法に変えた。

 

「ありがとうございます」

「こっちのほうが若干安いし、入手しやすい」

 

 スノーホワイトの礼にブラックヘイズは素っ気なく答える。困った声で分かる。倫理観で殺さなかったのではない。本当にリスクとリターンを天秤にかけて神経毒を選んだにすぎなかった。

 2人は奥に進み扉を開ける。この奥が最後の部屋であることはファルに確認してもらっている。中に入ると、水墨画、甲冑、掛け軸、刀など素人でも分かるほど高級品が展示されていた。

 スノーホワイトは宝物庫から全ての刀をかき集める。目的の品は刀だが、どれがロウサイなのか判別は不可能で、判定はカメラ越しでマガメにしてもらう。

 気が付くとブラックヘイズの姿はなかった。目当ての物を手に入れてこの場所から出ていったのだろう。もし目的の品が一緒だったら戦闘になっていただろう。あのニンジャは強い、戦闘力は突出したものではないが、ガスで仕留めるというアイディアを思いつく頭脳と冷静な判断力、ああいう相手はやっかいだ。

 

「もしもし、マガメさんですか、雪野雪子です。それらしいものを手に入れました」

「マジか!実際無理だと思っていたが、本当にゲットするとは!?」

 

 IRC通信機越しのマガメは嬉しそうに語り掛ける。そんなことはどうでもいい、マガメに本物かどうか鑑定を依頼し、貰った端末で写真を撮るデータを送る。すると返信が返ってきた。

 

「最初の刀がロウサイだ」

 

 集めた刀に目的の物があったようだ。これでドラゴンナイト達のネオサイタマ脱出に近づいた。

 

「それで受け渡しだが、ASAPだ」

「構いませんが、ネオサイタマ脱出の準備はどれぐらいで出来ますか?」

「早くて3日後、遅くて1週間だ」

「なら準備が出来てからお渡しします」

「ダメだ!1秒でも早く見たい!触りたい!」

 

 マガメはさらに興奮気味で話す。余程欲しいようだ、これなら交渉の余地がある。

 

「この刀が私の生命線です。渡して用意されないという事態になれば最悪です。刀を渡すのはネオサイタマ脱出の準備ができてからです」

「ダメだ!俺が信用できないのか!」

「はい、信用できません」

 

 スノーホワイトとマガメは押し問答を続け、結論は平行線をたどる。暫く膠着するとスノーホワイトが気を見計らって喋る。

 

「わかりました。刀は出来る限り早く渡します。ですが条件があります」

「なんだ?」

「引き取る時はマガメさん本人が来てください。来なければ刀は破壊します」

 

 IRC通信機越しに苦渋の声が聞こえる。襲撃のリスクを考えれば本人が行くわけがない。ノコノコと本人が来るようではネオサイタマのアンダーグランドを生きていけないだろう。だがスノーホワイトとしては本人が来てもらいたかった。

 マガメはこの刀は不当に強奪され奪い返すと言った。その言葉を確かめなければならない。もし刀欲しさに強盗の依頼をしたのなら、渡すわけにはいかない。ドラゴンナイトを助けるためでも魔法少女が犯罪をするわけにはいかない。暴力で汚れてしまっても、ここだけは守らなければならない。

 

「わかった……だが取引場所は指定させてもらう」

「どうぞ、取引場所で私を始末しようと考えないようにお願いします」

 

 ドスは利かさないが抑揚のない冷淡な声で告げる。悪人が考えることは顔を見られた人間の殺害だろう。こちらとしては極力暴力を行使したくない、ただ穏便に済ませたいだけだ。

 

「取引先場所はおって連絡する」

 

 マガメは落ち着いたトーンで告げ電話をきった。

 

「ドア・イン・ザ・フェイスで最初に無理な要求して、次に本命の要求を通させる。中々の交渉術ぽん」

「本当は準備が出来てから渡したかったけどね、でも魔法で声を聞けばマガメが私の依頼をこなそうとしているのか、ネオサイタマからの脱出は可能かが分かる」

 

 もしマガメがネオサイタマから脱出する手段を持っていなかったら?マガメがアマクダリの手先だったら?ネガティブな想像が次々と浮かび上がる。嫌な想像が脳を駆け巡るなか携帯端末に返信で現実に引き戻される。

 

───2時間後、タマリバーのセンベイ河川敷で取引を行う

 

「2時間って早いぽん」

「ここから着ける?」

「電車で1時間だぽん」

「分かった。ファルはマガメに着くまでに出来るだけ調べて」

「了解ぽん」

 

◆◆◆

 

18:00

 

パパパー、パパパー、パパー。店内でティーンエイジ向けの安っぽいポップスが流れている。高校生や無軌道大学生達は一切耳を傾けず、それぞれの席で騒いでいる。その店内で小雪はマグロバーガーを一口食べ顔を顰める。あまり美味しくない。マグロバーガーをテーブルに置き、オハギバーガーを一口食べる。こっちはまだマシだ。

 

魔法少女に食事は必要ない。だが気分転換にはなる。ファルは小雪に気分転換を兼ねてこの「バーガー名人」で食事を摂るのを薦めた。理由は若者に人気だからだ。だが小雪のの舌には合わなかったようだ。「不味かったぽん?」「ネオサイタマの料理は基本的に元の世界より美味しくないみたい。はぁ」小雪はため息をつく

 

「結果的にベストの結果だったぽん」「結果的にはね」小雪は不満そうに呟く。取引現場に向かうとマガメ本人は来ていた。そして襲撃された。襲撃者の中にはニンジャがいた。スノーホワイトは応戦しニンジャを含めた襲撃者を制圧する。

 

それに恐れたマガメはドラゴンナイト達のネオサイタマ脱出をASAPで行い、魔法の袋に入れているカワベ家の隔離場所を提供することを約束した。魔法で本心であることは確認済みだ。カワベ家の避難場所については何とかしなければと思っていただけに丁度良かった。

 

結果は最良だった。だが結果的に力を見せて恫喝めいた行動になってしまった。これではまるでヤクザではないか。「相手から仕掛けてきたんだから、スノーホワイトは悪くないぽん」ファルは小雪を励ます。この件で自己嫌悪しているので気分転換に誘ったが失敗だった

 

「ンッン!」後ろから店員が咳払いをする。サイバーサングラスには『みんな食べたがっている』『思いやり』という文字が流れる。スノーホワイトは頭を下げて、いそいそと席を立つ。「元の世界のファストフード店では追い出さられなかったけど、ここだと追い出さられるんだ」小雪は懐かしむよう呟く。

 

「ドラゴンナイト達をネオサイタマから逃して、フォーリナーXを見つけて、元の世界に帰ればいくらでも居座って友達とおしゃべりできるぽん」ファルはスノーホワイトに言い聞かせるように喋りかける。「そうだね」小雪ははっとした表情を浮かべると僅かに微笑みなが答えた。

 

「残り2日でドラゴンナイトさんを見つけないと。どう?」耐重金属酸性雨レインコートで姿を隠し雑踏に紛れながら人ごみの波に逆らわず歩いてく。「まだ見つからないぽん」「とりあえずヤクザが多い地域でウロウロして、騒ぎが起きたら駆けつけてドラゴンナイトさんが居ないか確認しようと思う」

 

「それがいいぽん。しかし、ヤクザを倒しても元を倒さないと意味がないぽん」ファルは呆れ気味にため息をつく。

 アマクダリを知っている者ならヤクザから情報を収集しても成果は得られないと分かり、そう言える。だがドラゴンナイトなりに一生懸命正しいことをしようとしているのだろう。けなすことはできない。

 

「まだ襲われていないヤクザが多い地域はここだぽん」ファルが地図でそのエリアを示す。小雪は確認するとそのエリアに向かうためにメインストリートから外れ路地裏に向かう。すると稲妻めいた衝撃がニューロンに走り反射的に魔法少女スノーホワイトに変身しその場に座り込んだ。「どうしたぽん?」スノーホワイトの異変にファルは心配そうに尋ねる。

 

「フォーリナーXがネオサイタマに戻ってきた」「マジぽん!?」「たぶん、少し前の感覚が戻ってきた」ゴウランガ!何たる幸運か!ファルの立体映像は狂ったバネ人形めいて飛び跳ね鱗粉を撒き散らす。もうここから逃げて別の世界に行ったと思っていただけに、グッドニュースだった。

 

「居たぽん、ドラゴンナイトを発見したぽん!」ファルは鱗粉をまき散らし声をあげる。継続してハック&スラッシュの傍らでもドラゴンナイトを捜索していたがついに見つけたのだ。スノーホワイトは目を見開き立体映像を凝視する。「どこに!?」「ここから電車で2時間ぐらいのとこだぽん」さらなるグッドニュースにスノーホワイトは安堵の笑みを浮かべる。

 

「さっさとドラゴンナイトと見つけてネオサイタマから脱出させてフォーリナーXを探すぽん」ファルは声のトーンを上げる。するとスノーホワイトは険しい表情を浮かべ上を見上げる。CRASHHH!突如人間が流星めいてポリバケツに突っ込んでいく!スノーホワイトは駆け寄り抱き抱える。

 

背中と太腿裏にスリケンが刺さっており、極度に息が荒い。応急処置をしようと魔法の袋に手をいれかけるが動きが止まる。(((ニンジャスレイヤーに殺されたら困る)))(((ニンジャが逃げて殺せなかったら困る)))ニンジャスレイヤーという単語に不穏な心の声、まさかニンジャスレイヤーが来るのか!?

 

「WASSHOI!」決断的なシャウトが響く!ネオサイタマの死神がエントリーだ!

 

「どーも、ニンジャスレイヤーさん。スノーホワイトです」スノーホワイトは敵意が無いという意味を込めて先手を打ってアイサツをする。「ドーモ、スノーホワイト=サン。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーの双眸には困惑の色が帯びていた。だがすぐにもう一人のニンジャに目線を向ける。

 

「アマクダリの密書は頂く。そしてオヌシはここで死ね!メッセンジャー=サン!」ニンジャスレイヤーは目に殺意を漲らせながらスノーホワイトに襲いかかった。

 


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