ニンジャスレイヤー・バーサス・マジカルガールハンター   作:ヘッズ

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第十三話 ベースボール・フリークス・ブルース♯1

「スポーツニュースの時間ドスエ。明日の午前12時よりオニタマゴスタジアムで全国ハイスクールベースボールカップネオサイタマ予選決勝戦、カスガ・ハイスクール対ハナサキ・ハイスクールの試合が行われます」イザカヤパブ『ハッキュウ』内にあるTVに映る映像にサラリマン2人が視線を向ける。

 

「もう予選決勝ですか」「いいですよね、ハイスクール野球。プロ野球より好きです」「私もです。待ったなしの一発勝負、プロはアウトになりそうだったらすぐに手を抜いて走る。でもハイスクールのプレイヤーは全力疾走!心打たれます!」仕事終わりのサラリマンがハイスクール野球を肴にケモビールを飲む。

 

「そういえばエトウ=サンもハイスクールでは野球をやっていましたよね」「はい」「何回戦まで勝てましたか?」「ベスト32まで進出しましたオガタ=サン」オガタの眉が動く。「でもベンチでした」「いやベンチメンバーもチームには必要ですよ」オガタは笑顔を見せながらエトウの肩を叩く、エトウも追笑する。

 

オガタもハイスクール時代は野球をしていたが、エトウのハイスクールより良い成績を残せていなかった。もしこのままエトウがベンチメンバーだと補足していなければ、上司に自慢する奥ゆかしくない人間と判断され今後の出世の道は途絶えていただろう。

 

「注目はハナサキ・ハイスクールの1年生ピッチャー、サワムラ・イチジュン=サン。エースが急遽離脱して代わりに任されたみたいですね。それで全試合1人で投げています」オイランキャスターのサイバーグラスには『献身的』『健気』『頑張る姿に心打たれる』という文字が流れる。

 

「どちらが勝つと思いますか?アマツカ=サン?」男性キャスターが人気グラビアアイドルに話を振る。「アタシはハナサキ・ハイスクールが勝ってほしいですね。サワヤカプリンスのサワムラ=サンの姿を見ると体温が上がってきます」グラビアアイドルは上着を脱いで豊満な胸を強調した。

 

「いや、次はない。明日勝つのはカスガ・ハイスクールだ」グラビアアイドルの言葉を遮るように中年の男コメンテーターが厳しい顔を見せながら喋る。「カスガ・ハイスクールのバッターは実際凄い。特に4番はプロ候補だ、実力が違う。グッドルッキングだからと言って過剰に評価する。メディアもベースボールプレイヤーとして評価をしてもらいたい」

 

「何でそんなヒドイ事言うんですか?サワムラ=サンは実際ガンバってますよ」グラビアアイドルが不機嫌そうに反論する。「私はサワムラ=サンを正当に評価しているだけで…」「分かったサワムラ=サンに嫉妬してるんだ!」「小娘!」グラビアアイドルの言葉にコメンター堪忍袋が温まり組み付く。

 

「ンアーッ!」クラビアアイドルの服が破れ赤の下着と豊満な胸が露出する。「2人とも白熱しております。明日の試合も同じように白熱した試合を期待しています。ではサヨウナラ」キャスターは2人の間に入りながら番組を終わらせた。

 

◇スノーホワイト

 

 カワタさんの件から可能な限り活動を自粛した。パトロールでもドラゴンナイトと回るときはヤクザ達などとの大立ち回りは行わず。従来の魔法少女の活動のようにボランティアレベルのささやかで誰にも顧みられることない活動を行うように誘導した。ドラゴンナイトは特に訝しむことなく、ネオサイタマの治安も少しは良くなり、これも2人の活動の成果なのかもしれないと解釈していた。

 アマクダリについてだが、今のところドラゴンナイトにはたどり着いてはいない。ファルにはドラゴンナイトや両親が経営しているカワベ建設へのハッキングがないかチェックしてもらい、今のところは異常ない。本来ならアマクダリのデータベースから2人のデータを消してもらうのがベストであり、ファルにハッキングを頼みー露骨に嫌な態度を示し何度も頭を下げーやってもらったが消すことはできず、AIが焼かれそうだったもう2度とやりたくないと散々愚痴を言われた。

 今のところは安全だ。だが何かのきっかけでアマクダリに感知されるか分からない。今後も神経を張り詰め情報を集めアマクダリに悟られないようにしなければならない。

 上空から音が聞こえてきたので見上げるとマグロ型の飛空艇みたいなものが映像を流している。

 

明日12時、オニタマゴスタジアムでネオサイタマハイスクールベースボールカップネオサイタマ予選決勝戦、カスガ・ハイスクール対ハナサキ・ハイスクール、プレイボール

 

 ハイスクールベースボールカップとは各地域の高校球児達が試合をして代表校が京都にあるニカワ・ベースボールパークという場所で、トーナメント方式で試合し高校ナンバーワンを決める大会だ。

 元の世界の甲子園みたいなものか、甲子園についても国営放送で一定期間の間朝から夕方まで放送し続けているだけあってスポーツに興味がなくても知っている。といっても地元の高校が出ていれば頑張って欲しいなぐらいの興味しかない。

 ネオサイタマでも高校野球は人気のようでメディアで取り上げられ、スポーツに興味がないスノーホワイトでも基礎知識が覚えられるほどの周知がされていた。

 ドラゴンナイトも同じようにマグロ型の飛行艇を見上げ映像を見ていた。その表情は憧れや感傷や嫉妬など様々な感情が入り混じっているように見えた。ドラゴンナイトもニンジャになる前は野球をしており、野球については色々と複雑な思いを抱えているようだ。

 

「ねえスノーホワイト=サン。ちょっと寄り道していい?」

「いいけど、どこに?」

「ジンジャ・カテドラルにお参り。そんな遠くないから」

 

 ドラゴンナイトの表情は含みのある表情から、いつもの年相応の少年らしい明るい表情に戻っていた。2人はビンのフタが開かなくて困っている人や自転車の鍵を失くして困った人―鍵を探したが結局見つからず本人の了承を得て鍵を破壊した―を手助けしながら神社に向かった。

 ドラゴンナイトが鳥居の前で一礼し、スノーホワイトもそれに倣い一礼し鳥居を潜り階段を登っていく。30段ぐらい登ると小さい本殿と狛犬があるぐらいのこじんまりとした神社だった。

 

「何ヶ月ぶりだろう」

 

 感慨深そうに呟くとお参りせず、左にある記念碑の奥にある木に向かっていく、そこにはチューブのような物が巻きつけられていた。それを手に取ると肘だけを動かし伸ばし始める。

 

「それは?」

「ああ、これはDIYで作った練習道具、ピッチャーだから肘のインナーマッスルを鍛えていたんだ。前は伸ばすのに苦労したけど、今じゃベイビー・サブミッションだ」

 

 暫くその運動を繰り返しチューブから手を離す。表情はどこか寂しげだった。そしてチューブを巻いている木の周辺の草むらを漁ると金属バットが出てきて素振りを始める。

 

「練習が終わった後さ、ここでセンパイと自主練習してたんだよ。センパイもピッチャーで色々とインストラクションしてもらった。テクニック、メンタル、フィジカル。本当に凄い選手でさ。食事とかも凄く考えていて生活が全て野球って感じ。何でそこまでするかと聞いたら何て答えたと思う。『野球が好きで上手くなりたいから』だってさ。ストイック!」

 

 素振りをしながら語り始める。ニンジャの力で金属バットの重さなど木の棒と同じものだろう。スイングスピードは常人より遥かに速く、スイングで起こした風圧が足元にある雑草は強風を受けたように横倒しになる。10スイング程度振ると、実際軽いと呟き金属バッドを置いた。

 

「ここには野球のカミサマが居るんだよ」

「そうなの?」

「と言っても、ボクとセンパイが野球のトレーニングしてるからカミサマが来ているだろうって勝手に言っているだけだけど」

 

 ドラゴンナイトは冗談ぽく言いながら懐から小銭を取り出しながら本殿に向かう。

 

「だから野球のお願いはここでしようって思った。効果は有るか分からないけど」

「それって明日の野球の決勝戦に関係あること?」

 

 野球に関するお参りとなると、近々行われる野球に関することは明日の決勝戦かなという程度の薄い根拠だったがそれは当たっていたようで、ドラゴンナイトは驚きで眉を僅かに動かした。

 

「うん、ハナサキ・ハイスクールのピッチャーのサワムラ・イチジュンって知っている?」

「サワヤカプリンス?」

 

 サワヤカプリンスとはメディアがつけたサワムラのあだ名だ。端正なルックスと貧乏話で人気を獲得しており、スポーツに興味がないスノーホワイトでも知っているほど世間に知られている。

 

「その人がさっき話した一緒にトレーニングしたセンパイでさ。キッズ時代から一緒に野球していたんだ。それで3年が怪我でリタイアして急遽ピッチャーを任されて、そこでチームの為に投げ続け決勝戦までたどり着いた!特に圧巻だったのがセミファイナルのニシウラ・ハイスクール戦での3回裏ノーアウト、フルベースでのクリーンラップへのピッチング!」

 

 熱を帯びながら語り始める。その姿は魔法少女について語るファルを思い出す。ファルならすぐに話長くなるので話の腰を折るが、微笑ましいので話を止めず話を続けさせる。

 

「本来ならスリーアウトで終わってたんだけどエラーやフィルダースチョイスでノーアウトフルベース、前までのボクだったら完全にメンタルを乱して大量失点だよ。でもサワムラ=センパイは冷静だった!3番にはスリーツーからのインコースへの抉りこむようなカットボールでの三振!スリーツーでインコースだよ!ピッチャーではバッターに当てても気にしない奥ゆかしくないタイプはいるけど、サワムラ=センパイはそれを気にするタイプ、でも勇気を持って投げた」

 

 熱はさらに帯びボールの軌道や打者の様子もジェスチャーで再現し始める。

 

「うわ、熱くなりすぎてちょっとひくぽん」

「ファルも魔法少女について喋ると早口で話が長くなって、こんな感じだよ」

「え?そうなのかぽん?」

「そうだよ」

 

 ファルは流石にここまでヒドくないぽんと呟く。これで多少自分を省みるだろう。我がふりを直している間に話はさらに続いている。

 

「次の4番はチェンジアップで3振!完全にタイミングを狂わされてたね!ジュニアハイスクール時代には投げなかったボールだけど、ファストボールの後にあれはヤバイすぎる!次の5番は得意のムービングで芯を外させてのショートゴロ!スゴイ!」

「凄いんだね、サワムラさん」

 

 スノーホワイトは特に反応を見せずいつもどおり話す。話の内容が専門的すぎて理解できず、少し引くぐらいの熱の入りっぷりだった。だが表情で感情を見せると相手は気まずくなってしまう。

 

「うん、本当にスゴイだよ!身長が小さいからプロに行けないっていう人もいるけど、サワムラ=センパイなら明日勝って、ニカワで優勝してプロに行ける!」

 

 ドラゴンナイトは自分のことに嬉しそうに語るが一瞬表情に影が差していた。2人はハナサキ・ハイスクールの勝利を願って賽銭を入れお参りする。すると階段を登る音が聞こえた。スノーホワイトは階段ですれ違わないように階段の横に止まり、参拝客が階段を上がった後に降りよう伝え、2人は階段の両脇に移動する。そして参拝客が上がってきた。

 170センチ前後の身長で同年代の男性、ジャージ姿で背中には『hanasaki highschool』と書かれていた。その男性はドラゴンナイトを見て目を見開く、ドラゴンナイトも同じように見開く。

 

◆サワムラ・イチジュン

 

「カワベ=コウハイじゃないか、なんでこんなところにいる!元気にしていたか」

 

 まさかこんな所でジュニアハイスクールのコウハイに会うとは思ってもいなかった。サワムラはカワベに近づき肩を叩きボディータッチで喜びを表現する。カワベは一瞬渋い表情を見せたがすぐに笑顔を見せた。

 

「はい、元気です」

「そうかそうか!元気か!元気がイチバンだからな!ハッハッハッ!それで、その女の子は?」

 

 カワベの近くに居た女の子、偶然一緒になったと考えたが向ける視線から察するに知り合いだ。実際カワイイ。代理の1年生ピッチャーで決勝まで進みメディアにも多少なり紹介されたこともあり、同じハイスクールや違うハイスクールの女生徒が寄ってきて、中にはカワイイ娘もいたがその娘すらコールドゲームできるほどのカワイイだ。敢えてマイナスポイントをあげるなら胸が平坦なところだろう。サワムラは豊満派である。

 野球に集中するために女子とは距離を置いている。羨ましくはない。羨ましくはないがあの女子との付き合いが苦手なカワベがどうやって知り合った。肩を叩く手が強まる。

 

「はじめまして、ユキノ・ユキコです」

「それでカワベ=コウハイとは…」

「お友達です」

「そうかそうか。カワベ=コウハイをよろしく!」

「はい」

 

 ユキノは笑顔を見せ奥ゆかしく返答する。友達で良かった。もし付き合っていると言われたらメンタルに多大なダメージを受け明日の決勝戦はノックアウト確実だ。

 

「ところで、どうしてここに?」

「えっと、サワムラ=センパイが明日勝てますようにって。ここには野球のカミサマが居ますから」

 

 カワベは冗談めかして語る。このジンジャには野球の神様が居ると言ったのはサワムラだった。冗談で言ったのだが覚えていたか。

 

「それでサワムラ=センパイは?」

「ブッダダノミ」

 

 サワムラは頬を掻きながら恥ずかしそうに喋る。カワベと居るときはブッダに頼むようなキャラクターではなかった。だがジンジャで出会ってしまっては言い訳ができない。

 

「どうしたんですかサワムラ=センパイ!?ブッダ頼みだなんて惰弱って言ってたじゃないですか!」

「ウッセ!」

 

 カワベの頭を軽く叩き半笑いを見せていた。懐かしいやりとりだ。心が休まる。カワベとはキッズ時代から一緒に野球をしており、普通と比べネンコ関係は弱い。だが舐めているわけではなくリスペクトしてくれ、公の場ではしっかりとネンコ関係を演じていた。ハイスクールではジュニアハイスクールより遥かにネンコ関係が厳しく。こんな口をセンパイに聞けば即ムラハチだ。

 

「ユキノ=サン、こいつ俺について何て言っています?ディスってました?」

「いえ、凄い選手と褒めていました。特にニシウラ・ハイスクールでのピッチングは凄かったと」

「ヤメテ、ユキノ=サン」

 

 カワベは顔を赤くしながらユキノの口を止めようとしている。カワイイところがあるじゃないか。カワベにヘッドロックを決め髪型が崩れまで頭を撫でておいた。

 

「それで、何で野球を辞めた」

 

 ヘッドロックを解き正対させる。和やかなアトモスフィアから一転し、サワムラの声は真剣みを帯びていた。シリアスなアトモスフィアを感じたのかカワベの体は固まる。

 ハナサキ・ハイスクールに入学した直後、カワベがベースボールクラブを辞めたという話を違うハイスクールに入学した同級生から聞いた。

 俄かには信じ難かった。カワベは努力家で野球が好きだった。いずれはアカツキ・ジュニアハイスクールでエースピッチャーとなり、ハイスクールでも野球を続けプロを目指すと信じて疑わなかった。何が起こった?もし下らない理由だったら、サワムラはカワベの目をしっかり見つめる。

 

◆カワベ・ソウスケ

 

 やはり聞かれたか。サワムラが野球を辞めたことを聞いてくるのではと不安に思っていたが予想は見事に当たった。

 

「怪我か?怪我ならしっかり治してまたやればいい」

「違います」

 

 ソウスケは首を横に振った。怪我ではない。それを見てサワムラは語気を強めて理由を問いただす。そのアトモスフィアはエラーのせいでランナーを増やし負けた試合で、エラーをした選手を罵倒しまくっていたのを咎められた時と同じぐらいコワイ。基本的にフランクな関係だがコワイ時は本当にコワイ。それがサワムラだ。

 

「野球が嫌いになったんですよ。練習もキツイし、ネンコ関係も面倒ですし、野球のせいでカートゥーンやコミックも読む時間無いですし、ボクは野球よりカートゥーンやコミックの方が好きなんですよ。野球をやっていたのも親の体裁を保つためです。それに野球やっていたらユキノ=サンとも知り合えなかったし」

 

 サワムラのシリアスな雰囲気を変えようと乾いた笑いを浮かべる。これらの理由はナノ単位レベルでは思っていたかもしれない。だがこんな理由で野球を辞めるのは有り得ないことだった。だが自分ではどうしようもない問題で辞めなければならなかった。

 これはサワムラにも、ニンジャのスノーホワイトにも理解できないだろう。サワムラは偽りの理由を聞いて、根性なしという軽蔑も惰弱という怒りの感情も見せず、真っ直ぐ見据えた。

 

「嘘だ。本当の理由を言え」

「これが本当の理由ですよ。ボクは根性なしだったんですよ」

「嘘だ」

「嘘じゃないって言ってるじゃないですか!野球のせいでムラハチさせられて、カートゥーンについても友達とも語れなくて!野球なんてウンザリだ!」

 

 ケジメレベルの口の利き方で反論する。これも心痛めていたことだ。だがそれでもあれが起きなければ野球を辞めなかった。頼むこれで納得してくれ!その言葉はもはや懇願だった。

 

「嘘だ。いや今言った理由も嫌なことだったのだろう。コミックが読めないとボヤいていたし、ジョックの生活も嫌だしナード達をムラハチしたくないって言っていたしな。だがそれでも野球を辞めない。お前は俺と同じ野球フリークだ。悩みがあったら相談しろ。俺が解決してやるよ。カワベ=コウハイ」

 

 サワムラはサムズアップしてニカッと笑った。その瞬間ソウスケの気持ちを溜め込んでいた防波堤は破壊された。理由を聞いた誰もが今言った言葉で納得した。チームメイトも両親も納得した。それに安堵しながら本当は悲しかった。理解できるはずがないが理解してほしい。だが野球フリークのサワムラなら理解してくる。意を決して語り始める。

 

「サワムラ=センパイ……ボクはニンジャなんです……」

「は?ジョークか?」

 

 サワムラは真剣に話しているのに冗談を言うなと怒りの態度を見せる。それが当然の反応だ。ソウスケはその怒りに臆することなく言葉を続ける。

 

「ボール持ってますか?貸してください」

「ああ」

 

 ピッチャーたるもの常にボールを触っておけ、それが口癖で学校でも常にボールを懐に忍ばせ授業中でも試合後のミーティングでも触っていた。懐かしい光景を思い出し笑みをこぼす。ボールをとると丁度ストライクゾーンぐらいの太さの木から約18メートルの距離まで歩いていく。これはマウンドからバッターまでの距離だ。

 

「ストレート」

 

 球種を宣言して投げる。投げ込まれたボールのスピードは時速約170キロ。プロ野球のピッチャーでも出せない球速だ。サワムラは口をポカンと開け信じられないという表情を見せていた。ソウスケはボールを拾い次々に投げ込む。

 スライダー、シュート、フォーク、カーブ、ナックル。現時点で存在するありとあらゆる変化球を投げる。その変化はプロのトップピッチャーの投げるボールより鋭く大きく曲がっていた。

 

「マジで…ニンジャなのか?」

 

 投げる球を後ろから見ていたサワムラは呟く、ジュニアハイスクールの子供がプロのトップレベルを遥かに越えたボールを投げる。そんな事ができるのは超人、ニンジャしか有り得ない。野球が上手いほど者こそこの結論にたどり着く。サワムラは軽いNRSを発症し股間を僅かに湿らしていた。

 

「信じてもらえましたか?」

「ああ、あんなボール投げられるのはニンジャしかいない。それは理解した。でも何故野球を辞める?これならプロでも楽勝だろう」

「こんなのチートじゃないですか」

 

 ソウスケは苦々しく語る。

 

 ニンジャになってからの初めての練習試合、相手が投げるボールが止まって見えバットを振れば全打席場外ホームランだった。投げれば誰ひとり打てずパーフェクトゲームを達成した。その日の夜は嬉しさで狂喜乱舞した。

 この力が有ればプロ入りは確実、それどころかプロ野球での最高年俸の獲得も可能だ。人生はイージーモードのバラ色だ。しかし喜びに浸かれたのは僅かな時間だった。

 次に感じたのは罪悪感だった。ホームランを打たれたピッチャーの絶望に染まった顔、空振りして悔しがる顔。試合に勝つために、レギュラーになるために、それぞれの理由で野球に打ち込んでいる。

 3学年のバラダ、サワムラの後を継ぐために必死にトレーニングしている。ネンコを盾にえばっているが努力の姿勢は評価している。だがソウスケがいる限りレギュラーピッチャーになることは永遠にない。

 この能力は圧倒的すぎる。この力で野球をするたびに試合に勝ちたいと思う相手選手、レギュラーになりたいと頑張る味方の夢や願いを理不尽に奪っていく。野球が好きだからこそ辛さや悲しみは痛いほど理解できる。この力で野球をしてはならない。

 ならばこの力を使わず野球をすればいいと考えた。だがこの力は切り離すことできなかった。手加減するにしてもどれぐらい手加減すれば前の実力になるか分からない。そして今後どれほど実力をつけられるのかも分からない。

 ニンジャになった瞬間に普通の野球選手に戻れないことを悟り野球を辞めた。野球が好きだから同じ野球をする同志の希望と夢をニンジャの力で奪う傲慢さを持てなかった。

 

「そうか、辛かったな」

 

 サワムラはソウスケの頭を優しく撫でた。その行動に思わず戸惑いアタフタする。

 

「お前は野球フリークだ。野球フリークだから他のプレイヤーをリスペクトし尊重しドヒョーから降りた。俺だったら同じ選択ができたか分からない。その選択を選んだ事を心からリスペクトする。最高の野球フリークだよ、俺の誇りだ、カワベ=コウハイ」

 

 その言葉を聞いた瞬間涙が溢れた。誰にも理解できずオヒガンまで持っていこうとした秘密、それを1番リスペクトしているセンパイに理解してもらい、最高の野球フリークと褒められた。こんな言葉を言われれば嬉しくて泣かないわけがない。サワムラやスノーホワイトに涙を見せられるのを恥ずかしいという感情を忘れて泣いた。

 

◇スノーホワイト

 

「ほら飲め、ユキノ=サンもどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 サワムラが買ってきた缶ジュースを受け取り口につけながら考える。魔法少女とニンジャは同じ超人であるが決定的に違うところがある。魔法少女はスノーホワイトと姫川小雪を切り離して生きていける。だがニンジャは切り離せない。人間のカワベ・ソウスケであり、ニンジャのドラゴンナイトでもある。人間の大会でもドラゴンナイトの能力を持ち込んでしまう。それゆえに起きてしまった出来事だ。

 もし他人の心を気にせず自分の利益だけを追求できれば、このまま野球をして無双していた。だが他人の気持ちを顧みられる優しさが野球から身を引かせた。

 

「カワベ=コウハイはクラブを辞めてから野球はしたか?」

「いえ、してないです」

「そうか、ちょっと待っていろ」

 

 サワムラは金属バットがあった場所に向かい草むらを漁り始める。すると手にカラーボールを持ってこちらに戻ってきた。

 

「じゃあキャッチボールしようぜ、硬式ボールじゃあ危ないけど、カラーボールなら大丈夫だろ」

 

 ドラゴンナイトは満面の笑みで答え立ち上がり、その後ろ姿を見送る。

 

「折角だからユキノ=サンもやりませんか?」

「そうだよ。ユキノ=サンもやろうよ」

 

 サワムラの提案にドラゴンナイトも賛同する。先輩後輩水入らずでやらせようと思ったが2人から誘われたら断りづらい。キャッチボールなら参加しても問題ないだろう。スノーホワイトも立ち上がり位置に着く。サワムラを頂点にした二等辺三角形の位置につき野球素人のスノーホワイトへの配慮でとドラゴンナイトとの距離が短い底辺になった。

 

「やっぱり右で投げるんですね」

「ピッチングのためには利き腕じゃない方も鍛えないとな。いくぞ」

 

 投げる順番はサワムラ→スノーホワイト→ドラゴンナイト→サワムラへ三角形に投げていく。

 

「今更だけど、ユキノ=サンはあいつがニンジャだってことに驚かないの?」

「私もニンジャですから」

「マジか世間は狭いな。ところで歳は?どこでこいつと知り合ったの?」

「16歳です。ソウスケさんとは火災現場で協力して人命救助して、それが縁で一緒に行動しています」

「同い年か、しかし火災現場ね、まるでカートゥーンの正義のヒーローだな。好きだったもんなヒーロー」

「ええ、今も真似事をしています」

「じゃあ、ヤクザとかやっつけたのか?」

「ええ、まあ」

「ニンジャスゲエ、でもほどほどにしておけよ。ユキノ=サンにかっこつけようとして危ない場所に行くなよ」

「それは大丈夫です。ユキノ=サンはボクの10倍強いですから」

「マジか、いやお前が弱すぎるだけだ。コーチにしごかれてピーピー泣いていたもんな。その度に俺がフォローしていたんだぜ、ユキノ=サン」

「そんな昔の話はいいですよ。サワヤカプリンス=サン」

「やめろその呼び方。恥ずかしい」

 

 会話をしながらキャッチボールを繰り返す。ドラゴンナイトは兎も角サワムラも流石決勝戦まで勝ち上がったピッチャーだけあって、投げた球は正確に胸に届きコントロールに乱れがない。暫く雑談しながらキャッチボールを続けるがスノーホワイトのボールを捕ったサワムラがキャッチボールを止めた。

 

「あ~ダメだ。気になってしょうがない!ユキノ=サンちょっといい」

 

 サワムラはスノーホワイトを手招きする。何をするか分からないがとりあえず近づき、指示されるままにドラゴンナイトにボールを投げる。その様子をふむふむと興味深そうに見つめる。

 

「ユキノ=サンの投げ方ってレディースローなんだよ。別にそれはそれでいいけど、その投げ方で並みのピッチャーより良い球投げているんだよ。それが何かモッタイナイ。だから直す。とりあえずゆっくりと投げる動作して」

「はい」

 

 スノーホワイトは言わるがままに投げる動作と行う。するとストップという掛け声とともに腰と肘にサワムラの手が添えられる。

 

「腰をもっと回転させて、肘を出すんじゃなくて肩を回す感じで……」

 

 スノーホワイトは思わぬ接触に反射的に手を握りつぶしそうになるが懸命に抑えた。危なかった。魔法少女が加減無しで掴めば骨なんて簡単に折れてしまう。明日試合のピッチャーを怪我させるわけにはいかない。

 

「ザッケンナコラー!何ユキノ=サンに触ってるんですか!」

 

 その様子を見てドラゴンナイトが猛烈に抗議する。それを聞いてやっと『セクハラと思われたら困る』という声が聞こえてきた。どうやら下心はなく投げる動作を教えるという100%善意だったようだ。何回も頭を下げたので気にしていないと念を押しておく。

 改めてサワムラに教えてもらった通りに投げてみる。すると以前よりスピードが出たようだった。

 

「流石ニンジャ、一発で修正した。これだったら大会に出ても通用するよ」

「そうですね。現時点でサワムラ=センパイより凄いピッチャーですよ」

「いや俺のほうがまだワザマエだ。変化球も投げられるし経験値が違う」

 

 ドラゴンナイトの嫌味に反応しサワムラは語気を強め張り合う。その様子が子供の喧嘩のようだった。

 

「じゃあ、次は変化球を投げてみよう。まず握りは……」

「ボクが教えます!まず握りはこう、もっと縫い目に引っ掛ける感じで」

 

 手を取りながら握り方を教えようとするサワムラに割って入りドラゴンナイトが教え始める。サワムラと違い『触って嫌がられたら困る』という声が大音響で響いていたがあえて何も言わなかった。

 短い時間だったがカーブとシュートという変化球をマスターした。その間にサワムラとドラゴンナイトは握り方や投げ方について「こっちがいい」「ニンジャだったらこっちのほうがいい」と言い争いのような議論を交わしていた。だが険悪ではなく気のおけない友人同士がふざけ合っているようだった。

 

「そろそろ帰るわ。ユキノ=サン勝手にピッチングを教えて悪かったね、飲み込みが良くてつい熱が入りすぎた」

「いえ、こちらも楽しかったです」

「カワベ=コウハイも会えてよかった。大分緊張が取れた。それにお前が野球をやめた理由が聞けてスッキリした。これでグッスリだ」

「逆に聞かないほうが良かったのでは?それだったら負けても言い訳できますよ」

「スゴイシツレイ」

 

 ドラゴンナイトが煽るように言うとサワムラは半笑いで軽く小突いた。サワムラは階段に向けて歩くと足を止めて振り返る。

 

「カワベ=コウハイ、もしニンジャプロ野球リーグがあったらどうする?」

「勿論入ります」

 

 ドラゴンナイトは質問にノータイムで即答し、サワムラはそれを見て満足気に笑った。

 

「カワベ=コウハイ、ユキノ=サン。ニカワに優勝した後はオフだから野球して遊ぼう」

「はい」

「ヨロコンデー!明日の試合見に行きます!絶対勝ってください!」

 

 スノーホワイトは了承しドラゴンナイトは満面の笑みで答えた。サワムラはそれを確認すると階段を下っていく。

 

「良い先輩だね」

「本当に……ベースボールプレイヤーとしても人間としてもリスペクトできるよ。サワムラ=センパイと一緒に野球ができたのは人生の誇りだよ」

 

 ドラゴンナイトは噛み締めるように言った。確かに野球ができたのが一生の誇りと言わしめるほどの人物だった。ドラゴンナイトを理解し野球を辞めた理由を引き出した。スノーホワイトなら魔法でなら聞き出せるが、本人の口からは聞き出せなかったかもしれない。

 そしてサワムラも後輩と会えたことはプラスに働いたようだ。野球部のピッチャーというものは想像以上に色々と抱えていることが心の困った声で分かってしまった。

 

「もし良かったら、明日の試合見に行く?」

「ごめん。明日は同じ時間に外せない用事があって」

 

 ドラゴンナイトはスノーホワイトに悟られないように肩を落とす。行きたいのはやまやまだが優先度は残念ながら自分の用事の方が高い。申し訳ないともう一回心の中で謝っていた。

 


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