ニンジャスレイヤー・バーサス・マジカルガールハンター   作:ヘッズ

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第十二話 下らなくて大切なもの#5

カリカリカリ、部屋には相変わらずペンを走らせる音が響く、「イヤーッ!」突然響くカラテシャウト!そのシャウトにスノーホワイトとドラゴンナイトは思わず振り向く。そこには原稿をビリビリと破り捨てるカワタが居た。2人は声を掛けようとしたが、何と声を掛けたら分からず逃げるように自分の作業を続行した。

 

2人がコミック制作の手伝いを始めてから5日が経過した。締め切りまで残り2日、カワタの心身は限界を迎えていた。スノーホワイトとドラゴンナイトはアシスタント不在の穴を埋めるために奮闘した。だが本職のアシスタントとはどうしても見劣りし、それをフォローするカワタの負担は増えボディーブローめいて徐々に蓄積していく。

 

そしてこの時点で限界を迎えていた。独り言や挙動不審な動き、さらにバリキの摂取量も徐々に増えていた。普通なら描くのを止めさせるべきだ。だが描き上げられなければカワタのコミック作家人生は終わる。だが最悪死にかねない。死んだら終わりだ。どうする?スノーホワイトは判断に迷っていた。

 

アシスタントとして一緒に作業した上でカワタについていくつか分かった事がある。カワタは妥協するのが苦手だ。今はアシスタントがおらずニンジャと魔法少女が代理で行っているイレギュラーだ、それならば多少クオリティを落としても仕方がないはずだ。だがカワタはそれを許容しない。

 

常に自分の理想するコミックを描こうとしている。クオリティが低くなったら困るという声と締め切りに間に合わなかったら困るという声が常にせめぎ合っている。「アーッ!チクショウ!」カワタは再び大声を出し立ち上がる。向かう先は冷蔵庫だ、中にはバリキドリンクがストックされている。飲んでエネルギーを得るつもりだろう。

 

だが手に取った本数を見てスノーホワイトは立ち上がる。ナムサン!5本だ!まさか一気に飲むつもりか!?明らかにオーバードーズだ!スノーホワイトは決断的にカワタの元に近づき片手を抑えた。「それは飲みすぎです」スノーホワイトは平静に言う。「これを飲まないとクオリティが上がらない!原稿が完成しない!」

 

カワタは目を血走らせ親の仇めいてスノーホワイトを睨みつける。コワイ!「これ以上飲んだらオーバードーズです」「黙れニュービー!イヤーッ!」カワタはもう片方のバリキドリンクを持った手でスノーホワイトを殴りかかる!スノーホワイトは手首を抑えて攻撃を阻止。するとカワタの手からバリキドリンクが落ちる。

 

手加減して握ったが今のカワタには耐えられる力ではなかった。「アーッ!バリキが!どうするんだコラーッ!」カワタはスノーホワイトの襟首を掴み、さらに目を血走らせ罵詈雑言をぶつける。「落ち着いて!落ち着いてカワタ=センセイ!」2人が争っているのを見たドラゴンナイトが駆け寄りカワタを羽交い絞めにして離した。

 

「ウォー!離せ!バリキを飲むんだ!」カワタは構わず暴れる!まるで禁断症状を起こした麻薬中毒者だ!ブザマ!「ドラゴンナイトさん、抑えるのを代わって」スノーホワイトは覚悟を決めた表情を見せていた。「う…うん」ドラゴンナイトは言われるがままにスノーホワイトと代わる。

 

スノーホワイトはカワタを締め落とした。意識が落ちるまでの時間僅か3秒、ワザマエ!「何しているのスノーホワイト=サン!?」ドラゴンナイトは狂ったのかと非難の視線を向ける。「カワタさんは碌に寝ていなくて限界だった。手荒でも休ませないといけない状態だった」スノーホワイトは平然と説明を行い、ドラゴンナイトは黙る。

 

「悪いけど仮眠室に行って、布団敷いてくれる」「分かった」ドラゴンナイトはスノーホワイトの指示に従い仮眠室に行きフートンを敷く。確かにニンジャ洞察力でもカワタは限界だった。強制的に休養を取らせるにはこれしかない。だがあそこまで決断的に締め落とせるのか。ファンの自分にはとてもできない。

 

フートンを敷き終わるとスノーホワイトがカワタを優しく置いた。「いつまで寝かせる。今の状態だと1日ぐらい寝そうだよ。それじゃ原稿を落としちゃう」「そうだね、辛いと思うけど2時間経ったら起こそう」「わかった」2人は机に戻り作業を開始した。

 

◆◆◆

 

「うう~ん」カワタは気だるそうにフートンから起き上がる。視界にはスノーホワイトとドラゴンナイトが居た。起き抜けのニューロンでは状況を把握できず数秒ほど時間が掛かった。「今何時!?」「22時です」「ファック!何で起こさなかった!?」カワタは八つ当たりめいてドラゴンナイトに掴みかかる。スノーホワイトはその手を剥がした。

 

「私の判断で寝かせました」「クソ!時間が無いっていうのに!」「カワタさん、クオリティを落としましょう」「今何て言った?」スノーホワイトの言葉にカワタは敵意を向ける。「このままでは原稿が完成しません。万が一完成しても今の無茶が後に響いて、次の週の原稿が完成しません」

 

「俺に手を抜けと言うのか!」「手抜きではないです。妥協です」「同じだ!手を抜いたらコミック作家としての魂が死ぬ!」「妥協してください!」今まで静観していたドラゴンナイトが声を張り上げる。2人は思わずドラゴンナイトに視線を向ける。「クオリティに満足できなくても、単行本で修正すればいいじゃないですか!」

 

「雑誌を読んだ読者には手抜きを見せることになる!読者はすぐに見抜く!プロとして手抜きは出せない!」「正規のアシスタントが居ないんです!読者は納得してくれますよ!」「読者にとってはそんなことどうでもいいんだよ!手抜きを見せて読者を失望させたくない!」

 

「それで頑張って死んだらどうするんですか!死んだら終わりですよ!」ドラゴンナイトの言葉にカワタは黙る。それをチャンスと見てさらに言葉をたたみかける。「センセイは言ったじゃないですか!ファックな世の中だけどもう少し生きてやるかって思える作品が描きたいって!ボクにとってセブンニンジャはそうなんです!続きがみたいんです!」

 

ドラゴンナイトは言い終わったのかゼエゼエと息を切らしていた。死んだら終わり、続きが読みたいんです、その言葉がカワタのニューロンにリフレインする。死んだら描きたい事が描けなくなる。まさにその通りだ。読者は続きを待っている。それを勝手に死んで完成さないのは手抜きよりブルシットだ。

 

「そうだな、長期的な視点を持たないとな。今週はクオリティを少し落として命重点でいくよ。悪かった」カワタは2人に頭を下げた。「それじゃあ、作業の続きをやりましょう」スノーホワイトが場の空気を変えるように明るい声色で言う。それに応じるようにカワタとドラゴンナイトは机に戻る。

 

「カワタさん、今日は徹夜できますので」作業しながらスノーホワイトはさり気なく言った。「いや未成年を遅くまで働かせることはできない」「働いていません、遊んでいるだけです。今の女子高校生は朝まで遊んでいるんです」スノーホワイトはおどけるように言う。

 

「ジュニアハイスクールの生徒もそうですよ、泊って朝まで遊ぶなんてチャメシインシデントですよ。しかもニンジャですから朝までフルパワーです」ドラゴンナイトも続けて言う。「いいの?親が心配しない?」「朝までに部屋に帰ればバレないから」スノーホワイトは耳打ちするが問題ないと言わんばかりに言い切った。

 

カワタは2人の意図を汲み取る。クオリティを下げ完成を重点する。だが徹夜することで自分への負担を少しでも減らして、少しでも納得できるようにクオリティを上げる時間を作ろうとしているのか、自分の主義を汲み取っての提案、何と言うヤサシミだ。カワタは思わず涙ぐむ。

 

「じゃあ、朝まで遊んでもらうか」「ハイ、ヨロコンデー!」「はい、喜んで」カワタは明るい口調で呼びかけ、2人も同じように明るい口調で答えた。2人の作業は朝6時まで続いた。その間夜まで重苦しいアトモスフィアとは一転し、和やかなアトモスフィアであった。

 

カワタは2人を車で送ると自宅に戻り、最後の仕上げをして今週分の原稿を完成させた。出来はやはり完全ではなかった。だが2人が朝まで作業して作ってくれた時間はおおよそで3時間程度、その3時間でクオリティは上げられた。おかげでやけに晴れやかな気分だった。

 

◆◆◆

 

「センセイ確認お願いします」「おう」アシスタントが原稿を渡してカワタが出来を確認する。ドラゴンナイトとスノーホワイトが臨時でアシスタントをやった後、正規のアシスタントの病状が回復し、いつもの体制になった。「そういえばセンセイ、俺たちが休んでいた時はどうやって原稿完成させたんですか?いい加減教えてくださいよ」

 

「ニンジャが手伝ってくれたんだよ」「またそれですか」チーフアシスタントははぐらかされたと思い作業に戻る。事実を言っているのだがアシスタント達には与太話と思われていた。実際そうなのだから仕方がない。「でもニンジャがアシスタントだったらもっと速く原稿終わりそうですよね」レッサーアシスタントがニンジャで話を広げる。

 

「そうだな、今の半分の時間で倍の作業ができるだろう」「俺もニンジャになって何本も連載したいっすね」「ニンジャになる妄想より絵の勉強をしろ、まだ背景ちゃんと描けねえんだから」「分かってますよ」チーフアシスタントの言葉にレッサーアシスタントは不貞腐れる。その様子を見て仕事場に笑いが起こる。

 

スノーホワイトとドラゴンナイトとカワタでコミックを描いた後はカワタの調子は悪かったが徐々に体調が回復し、それから2か月経った今では余裕をもってスケジュールを組み納得がいくクオリティで作品を描けている。人気もフジサンの中堅をキープし最近発売されたコミックスはそこそこの売り上げをあげている。

 

心身の充実は周りにも良い影響を与え、仕事場のアトモスフィアは適度にリラックスし理想的な状態である。「よし、原稿終わったし皆で飯食べてこい」カワタはチーフアシスタントにトークンを渡した。「ごっちゃんです。センセイは?」「野暮用を済ましから行くよ」「分かりました。今日はセンセイの奢りだ」「「「ヤッター!」」アシスタント達は声をあげる。

 

アシスタント達が出かける準備をしている間にIRCチャットを行う。通信相手はドラゴンナイトだ。原稿を手伝ってもらった1件の後、謝礼金の他に雑誌で店頭に出る前に原稿を読ませていた。本当は禁止行為だがコミック作家人生を助けてもらったのだから、それぐらいのサービスをしてもブッダも許してくれるだろう。

 

「イヤーッ!」「アバーッ!」突然のカラテシャウトと悲鳴!何が起こった!?カワタは慌てて声がした方向に駆け出す。玄関には胸を貫かれたレッサーアシスタントが居た。そしてレッサーアシスタントの胸を貫いている腕の持ち主は誰だ?その人物はメンポを着けていた。

 

ニンジャ!?ニンジャが何で家に来てレッサーアシスタントを殺害している。カワタのニューロンには困惑と恐怖が押し寄せニンジャリアリティショックを発症しかける。だがドラゴンナイトと交流しニンジャの存在を知っていたことで発症を抑える。

 

「「「アイエエエ!ニンジャナンデ!?」」」だがアシスタント達は即座にニンジャリアリティショックを発症!「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」エントリーしたニンジャは即座にチョップでアシスタント達のクビを切断していく。数秒で玄関はツキジと化した。サツバツ!

 

ニンジャはカワタの存在に気づくと尊大にアイサツした。「ドーモ、カワタ=サン、アクターです」

 


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