ニンジャスレイヤー・バーサス・マジカルガールハンター   作:ヘッズ

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第十二話 下らなくて大切なもの#3

部屋の中には原稿用紙にペンを走らせる音が響き渡る。床にはバリキドリンクの瓶が10本は転がっている。この本数は1日でならオーバードーズ、数日に渡って消費したとしても危険な量だ。カワタは右手でペンを動かしながら左手でバリキドリンクを摂取する。これで今日3本目だ。アブナイ!オーバードーズ一歩手前で有る。

 

「できた!」叫び声が響く。カワタはドラゴンナイトとスノーホワイトへの取材の後すぐにコミックを描き始めた。ニューロン内に次々とインスピレーションが沸き上がる。それらを選定し読み切りのページに内に収める。最低限の食事と睡眠以外はすべてコミックを描くことに費やした。

 

それは締め切り間近のコミック作家めいたデスマーチだったが、カワタは全く苦にならなかった。今までは編集のブスザワや会社の指示で矯正させられていた。でもこの作品は違う、自分のエゴを全て込めた作品だ。作業中は麻薬ジャンキーめいてハイになっていた。

 

カワタは原稿をケースに丁重に収納し身支度を整える。最初の読者は編集のブスザワではない、この作品を作る切っ掛けを与えてくれたドラゴンナイトとスノーホワイトだ。車のキーを取り玄関のドアのドアノブに手をかける。その瞬間立ち眩みが起きたが頭を振り構わず家を出て車に乗り込んだ。

 

 

「ドーモ、ドラゴンナイト=サン、スノーホワイト=サン。読み切りが完成したので読んでくれ」「その……大丈夫ですか」ドラゴンナイトとスノーホワイトは心配そうに見つめる。血色が悪くゾンビめいた顔だった。「実際ヤバイ、フラフラだ。家で寝た方が良かった。でもすぐに見せないとパッションが逃げそう。だから持ってきた」

 

カワタはぎこちない笑顔を見せる。ドラゴンナイトはカワタのスピリットを感じ取る。持っていた水とタオルで入念に手を洗いその場で正座し背筋を伸ばす。その姿はチャドーの授業の時のように厳かなアトモスフィアだった。「読ませていただきます」原稿を受け取り読み始める。

 

廃工場にはペラペラとページを捲る音と三人の呼吸音が響く。ドラゴンナイトは原稿を夢中で読み、カワタとスノーホワイトはドラゴンナイトの姿を見守る。ドラゴンナイトは最後のページを読み終わり静かに息を吐いて原稿をしまいカワタに渡した。

 

「スゴイ!圧倒的なパワー!レボリューション!エボリューション!スゴイ作品ですよ!」ドラゴンナイトは目を輝かせ自身の語彙力での最大限の賛辞を贈る。「スノーホワイト=サンも読んでみなよ!興奮のままにスノーホワイトの手を握り原稿を読むように促す。スノーホワイトはその熱意のままに原稿を手に取り読み始める。

 

レボリューション、エボリューション。ドラゴンナイトの言った意味が何となく理解できた。カワタの作品はニンジャが主人公のバトルもので、スノーホワイトの世界の漫画作品と雰囲気が似ていた。この世界のコミックはスノーホワイトの世界のアメコミに似ている。その中で日本の漫画的な作品は突然変異であり、進化であり革命であるかもしれない。

 

「どうだった!?」ドラゴンナイトは興奮気味に尋ねる。「うん、今まで読んだ作品で一番面白かった」その言葉にドラゴンナイトは自身のことのように喜ぶ。スノーホワイトとしてはカワタの作品は慣れしたしんだ漫画であり、読みにくいネオサイタマの作品より読みやすく面白かったのは事実だった。

 

「ファストボールも好きだけど、これはもっと好きです!描き方がまるで違うのは何で?」「こっちが本来の作風だ。今まではブルシットな編集とか会社によって矯正させられた」カワタは忌々しく呟く。フジサンで連載するために提出した作品は今のような作風だった。だが突然変異ミュータントは受け入れられなかった。

 

だが編集の一人のゴウダはカワベの作品を気に入った。ゴウダはフジサン編集内でも地位が高い編集であり、ゴウダの推薦もあってこの作風のままデビューできる予定だった。だがデビュー前にゴウダは派閥争いに敗れ、指を二本ケジメし会社を辞めた。カワタのデビューは白紙に戻された。

 

デビューを白紙に戻されたカワタはこのままでは路頭に迷い野垂れ死ぬ。それを恐れたカワタはプライドを捨て主流の作風に切り替えた。幸いにも絵の技量は高かったので絵を担当する作画としてフジサンでデビューすることができた。だが選択は誤りだった。その結果デビュー作でファックな作品を描かされ、その結果借金を背負わされた。

 

「この作品は編集に提出するよ。この作品が出来たのは二人のおかげだ。ありがとう」カワタは深々とオジギした。自分は死んでいた。だがニンジャの、二人のカラテを目撃したことで真に描きたい作品を見つけ魂が生き返った。「こちらこそ、今から連載が実際楽しみです!」「私も微力ながら協力します」

 

「ありがとう」そう言った瞬間カワタはデスマーチの影響で意識を失った。ドラゴンナイトは体を掴み、その後カワタを家まで運んだ。そしてカワタは泥のように眠った。

 

◆◆◆

 

「ふぅ~」フジサン編集室内、たばこの煙が立ち込め、編集達が室内をせわしなく動いている。ブスザワは書類が山のように積まれている机に足をかけ悠然とタバコを吸っていた。目線の先には「整理整頓」「締め切りは死んでも守らせる」「カラテ戦士マモル売り上げミリオン突破」ミンチョ体で描かれた張り紙や広告が飾られている。

 

「カラテ戦士マモル売り上げいいですね」「ありがとうござます」「いやいや、センソカベ=センセイのおかげですよ」「いやいや、カラテ戦士マモルはカリマル=サンあってですよ」

カリマルの周りには他の編集がおべっかを取っている。作家の売り上げが編集のパワーだ。ブスザワは嫌悪感をあらわに睨みつける。

 

なにがカリマルあってのカラテ戦士マモルだ、たまたま人気作家の編集になっただけだろ。俺だって作家に恵まれていれば。独自にマーケティングを調査して描かせたファストボール。本来なら売れて人気作家の編集としてパワーを持つはずだった。だが結果は打ち切りだ。これは俺のせいではない。カワタのワザマエが足りないだけだ。

 

「あのボンクラが!」ブスザワは怒りをぶつけるように机を叩いた。「ブスザワ=サン、持ち込み来ていますよ」「すぐ行く!」ブスザワはめんどうくさそうに立ち上がる。フジサン編集部にはフジサンでデビューしようと作品を持ち込むニュービー作家が日々訪れる。その作品を読みアドバイスし、有望な者を選考会に送り込むのも編集の仕事の一つである。

 

どうせ今日も才能のない奴らのブルシットな作品を見せられるのだろう。苛立ちを露わにしながら移動する。すると編集室内に見慣れた姿があった。スーツを見て普段とは違い身なりを整えているが担当作家のカワタだ。「ドーモ、カワタ=サン、何の用だ?」「読み切りを持ってきました」

 

「読み切りだ!?編集にネームを見せずに勝手に描いたのか!」ブスザワはカワタに凄む。ネームとは作品の下書きのようなもので、作家は編集にネームを見せて編集はアドバイスをして作品を作るのが一般的な方法である。つまり作家が編集にネームを見せないことは反逆行為そのものである!なんたるシツレイ!

 

「イヤーッ!」ブスザワの正拳突きがカワタに叩き込まれる!「グワーッ!」カワタはピンポン玉めいて吹き飛ぶ!ブスザワは大学時代ではジョックのカチグミ企業の社員、カワタはニボシめいたナード、カラテの差は歴然である。

 

「打ち切りツーアウト作家が随分舐めた真似してくるじゃねえか!」ブスザワはマウントポジションに移行しパウンドを叩き込む!ナムサン!何たる過剰暴力!だが周りの人物は止める素振りを見せない。人気作者ではない打ち切りツーアウトのサンシタ作者が暴行されようが会社にとってどうでもいいのだ。何たる格差社会!

 

ブスザワはガードに構わず殴り続ける。以前のカワタなら心が折れ泣きながら許しを乞いていただろう。だが今のカワタにはカラテが漲っていた。「イヤーッ!」ブスザワが大振りのパンチを叩き込もうとした瞬間にカワタはブリッジをして体勢を崩し、マウントから脱出し睨みつける

 

「この作品は俺のプライドだ、売れ筋ばかり考え商業主義に走るアンタに見せれば矯正され魂が死ぬ!」「魂だ!?お前みたいなサンシタにあるのかよ!」「有る!この作品が俺の魂だ!」カワタの声に編集室の人間の手が止まり視線を向ける。カワタのアトモスフィアには得体の知れないパワーが有った。

 

「じゃあ、見せてもらうか」「ドーモ!編集長!」ブスザワは電撃的な速度で90°の姿勢でオジギする。カワタも同様にアイサツする。週刊フジサンの編集長、フジサン編集部においてのショーグンであり、新人編集と打ち切りをくらったコミック作家が口を聞ける立場ではない。

 

「編集室で騒ぎを起こして、コミック作家が魂を口にしてブルシットな作品だったらケジメだぞ」編集長はカワタに鋭い眼光を向ける。これはジョークではない。本当にケジメさせるつもりだ!コワイ!「構いません」カワタは静かに頷いた。編集長は原稿を手に取り読み始める。

 

その様子を皆が固唾を飲んで見守る。カワタも同じように見守る。その間心臓は高速で脈打ちまな板にいるマグロめいた心境だった。「オイ、ゴダイゴ=センセイはどうやっても間に合わないか?」編集長は後ろを振り向き編集に尋ねる。「ハイ、今朝事故で両手怪我して実際重症です」「そうか」編集長は前を振り向きカワタの肩を叩き呟く。

 

「ラッキーだったな。それを穴埋めで載せてやる。ケジメは無しだ。本連載にするかは読者の反応次第だ」「アリガトウゴザイマス!」カワタは90°の角度で頭を下げた。編集長はそれに応じることなく自分の席に座り電話をかけ始めた。

 

◆◆◆

 

「おめでとうございます」「ありがとう、でもこれでスタートラインに立っただけだ」ドラゴンナイトの言葉にカワタは口では当然という態度を見せているがアトモスフィアから嬉しがっていることが漏れ出していた。

 

読み切りが掲載された翌日、ドラゴンナイトは校内でコミックを読む生徒達の声をニンジャ聴覚で限り収集した。面白かった。表現にオリジナリティーある。奇抜すぎる。奥ゆかしくない。評価は真っ二つに分かれていた。IRC上でも同様の意見だった。とりあえず印象には残った。あとはどう転ぶか、

 

ドラゴンナイトはフジサンに付属されているアンケートと呼ばれる嘆願書めいたものにカワタの作品を連載で読みたいと記入し、パトロールの最中にアンケートが取られていない捨てられたフジサンを回収し送った。スノーホワイトも手伝い多くのアンケートを送った。

 

読み切り掲載から2週間後、ドラゴンナイトのIRC通信機にカワタから本連載が決まったと連絡が入った。そして組手を行う廃工場にカワタが飲み物や食料を持参し囁かな宴会を行っていた。「この2週間本連載されるかどうかってソワソワしていましたよ」ドラゴンナイトが合成果汁炭酸飲料をカワタの紙コップに注ぐ。

 

「これでも読み切り掲載から決まるまでかなり早いほうだよ」カワタは返礼し飲む。「いつから連載するんですか?」「1ヶ月後だ、連載用に色々ブラッシュアップしなければならない。まずは長期用のストーリーだな」読み切りはニンジャが戦うだけの話だった。それは2人も気になるところだった。

 

「大まかには弱者側だった7人がニンジャになって体制側に反逆するのが大筋だ」復讐劇か。ベタと言えるが元の世界でも古今東西に復讐劇は存在し好まれている。ネオサイタマでもそのようだ。「そして連載用にフックを作らなければならない」「フック?」スノーホワイトとドラゴンナイトは首を傾げる。

 

「フックとは読者に気になる部分を作ることで、歪なものが特にフックになる。例えば読み切りでもニンジャ同士が戦う前にアイサツしただろう。ニンジャの二人には普通かもしれないが他の人には変な行動なんだよ。それがフックになって目に止まる」「そうなんですね」ドラゴンナイトはいまいち納得いかないように返事をする。

 

一方スノーホワイトは納得していた。ニンジャのアイサツ、最初にアイサツされた時は余りにも隙だらけなので何かの罠だと思ってしまった。そして隙を突くようにアイサツ中に攻撃したら罵詈雑言を浴びせられる。それはどのニンジャでも共通だった。今では受け入れられたが他人から見れば相当変だ。

 

「それは読み切りのフックで連載用のフックを考えなければならない」「フックか」ドラゴンナイトは顎に指を当てて頭を傾げる。スノーホワイトも考えてみるが全く思いつかない。するとドラゴンナイトが閃いたようで挙手する。

 

「あの一つ思いついたんですけど、いいですか?」「どうぞ」「フェアリーにサトリというのがいるんですが、それの元はニンジャで後世には架空の存在と伝わってしまった。というように架空の存在は実はニンジャだったという設定はどうでしょうか」ドラゴンナイトはカワタの反応を見ながら話す。

 

ユカノとのトレーニングでサトリ・ニンジャクランについて聞き、その後何となく調べるとサトリというフェアリーの存在を知った。そこから伝承のフェアリー等はニンジャがモデルになったという仮説を思いついた。だがすぐに考えを否定した。あまりにも荒唐無稽すぎる。まるで狂人の戯言だ。だがコミックの世界ならそれも面白いのかもしれない。

 

「なるほどフェアリーはニンジャがモデルか、面白いね」カワタは荒唐無稽さに半笑いを浮かべながら答える。「そんな世界ならいっそ歴史上の偉人達もニンジャだったなんてどうかな!?卑弥呼もニンジャ!聖徳太子もニンジャ!ミヤモト・マサシもニンジャ!織田信長もニンジャ!」

 

カワタはジョークを言うようにおどけながら喋る。その口調と内容にドラゴンナイトは思わず吹き出す。「歴史の影にニンジャ有り!人の歴史はニンジャの歴史だったのだ!」カワタはさらにおどける。「じゃあ今のネオサイタマ知事も実はニンジャ」「そう、知事もニンジャ」ドラゴンナイトは腹を押さえて苦しそうに笑う。スノーホワイトも釣られて笑う。

 

ALAS!何ということだ!カワタとドラゴンナイトはジョークで話しているつもりだった。だがそれは歴史の真実である!ニンジャ歴史学に精通している読者の方はご存知であろう。ドラゴンなどの空想のモンスターはニンジャのメタファーであり、ドラキュラもニンジャであり、歴史の偉人の多くはニンジャである!

 

この事実は知ればカワタは重篤な急性NRSを引き起こすだろう。だが完全に与太話と思い込んでおり、NRSを引き起こすことはない。「フフフ、だがこれはフックになるかもしれない」カワタは一頻り笑った後真面目な口調で喋る。「体制側を支配しているのは古の偉人でニンジャ、このトンキチな設定は印象に残るはず。この設定使っていいかい?」

 

カワタはドラゴンナイトに尋ねて了承をもらう。「アイディアが沸いてきた。悪いが家に帰って設定を練り直させてもらう。飲み物や食べ物は二人で食べていいから」カワタは一方的にアイサツし廃工場から出て行った。「ジョーク半分で言ったんだけど、採用されちゃった」ドラゴンナイトはポカンと口を開けながら後ろ姿を見送る。

 

「偉人がニンジャで空想上の怪物もニンジャがモデル。何だか可笑しいね」スノーホワイトは思わずニヤける。自分の世界ならクレオパトラもお釈迦様もキリストも実は魔法少女ということだ。何とも荒唐無稽だ。そんなことがあれば世界がひっくり返る。

 

「でもこれぐらいの方がカワタ=サンの言うフックになりそうだね」「そうだね」その後2人は組手を行い、カワタが買ってきた物を分配し受け取り家路につく。スノーホワイトは移動しながらファルに尋ねた。

 

「ファル、実は卑弥呼やジャンヌ・ダルクが魔法少女だったなんてことないよね」「流石にそんなぶっ飛んだ設定は聞いたことがないぽん」「そうだよね」確かにそうだと内心で頷く。でも魔法少女という常識では有り得ない存在が居るのだから、偉人は魔法少女だったという荒唐無稽な話が加わっても不思議ではない。

 

クレオパトラが魔法少女ならどんな魔法を使うだろう。とんでもな設定を聞いたせいか、普段では考えないような空想をしながらネオサイタマを駆けていった。

 


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