ニンジャスレイヤー・バーサス・マジカルガールハンター   作:ヘッズ

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第九話 だいすき ずっと またね#4

静まり返っている室内に雨粒が屋根や地面を叩く音や風の音が響き渡る。今日はハリケーンが上陸していることもあり、降水量は通常の雨より多い。湿気のせいかタタミから発する独特の匂いが嗅覚を刺激する。中にいる人々は列を作ってタタミに正座している。その表情はオツヤめいて沈んでおり今にも泣きそうな者もいた。

 

部屋の前方には祭壇と二つのカンオケが設けられ周りには献花が飾られている。個人や企業など様々な者から送られた事が分かる。40代ほどの男性と女性の遺影が飾られている、その遺影を最前列に正座しているセンジョウメ・フガシはじっと見つめていた。今夜フガシの両親のオツヤが行われる。

 

1週間前フガシの両親は自宅のリビングで首を吊っていた。マッポによる現場検証の結果、ハック&スラッシュによる他殺ではなく自殺であると判明した。それからはあっという間だった。両親の親戚や友人や会社等に連絡し、それからは親戚達が葬儀の準備を行った。

 

喪主は娘であるフガシが行うべきだが、ティーンエージャーのフガシでは無理であると親戚達が判断した。親戚達が準備をしてくれたのでフガシは特に何もすることはなかった。暫くするとレッサーボンズが祭壇の前に正座し、木魚とIRCプレイヤーを置いた。「カージーボーサツ」プレイヤーの声に合わせるようにボンズは木魚を叩く。

 

プレイヤーから再生されているのはドッキョウである。ドッキョウによって得られた徳を故人へ回し向ける。本来なら厳しい修行を積んだマスターボンズやアークボンズが自ら読む事で意味があるものだった。だがそれに異議を唱えたのがアークボンズのタダオ僧侶だった。

 

録音したドッキョウでも故人が得られる徳は変らない、これでレッサーでもオツヤを行えると主張した。それに反対したのはブディズム界の伝統派だった。それでは徳は得られない。それに遺族達にあまりにシツレイでありボンズの堕落に繋がると主張した。だがタダオの裏工作により主張は却下され、伝統派は堕落ボンズの烙印を押されることになった。

 

そしてタダオ僧侶は自ら読んだドッキョウの音声データを各寺院に高額で売り付け、買わない者は葬儀を行えないとの命令を下した。おお……ナムサン!何たる拝金主義!この行為にブッダも思わず「ヤンナルネ」と嘆くだろう!

 

ドッキョウが30分ほど行われると焼香が行われる。「ゴシュウショウサマです」通夜の参加者がフガシの横に正座しオジギし、遺影に向かってオジギする。次にマッコウを摘みコウロに入れる行為を三回ほど行う。最後にフガシにオジギする。これがネオサイタマにおける一般的な焼香のプロトコルである。

 

通夜の参加者は緊張しながら焼香を行っていく。これらの一連の動作を間違えることは大変シツレイである。フガシの両親はカチグミに属し、葬儀の参加者もカチグミだ。もし間違えれば会社や属するコミュニティーで即座にムラハチにあってしまう。

 

「ゴシュウショウサマです」フガシはマシーンめいて対応していくなか次に現れたのは白い服を着た者だった。通夜で着る服は黒色が原則である。そのなかで白を着れば即座にムラハチ対象だ。だがセーラー服などの学校指定の制服においては許される。彼女はフガシのクラスメイトだ。

 

読者の皆様の中には焼香の動作を間違えムラハチされる可能性がある葬儀、しかも親しくもないどころかムラハチされているクラスメイトの両親のオツヤに何故行くのかと思う方も居るだろう。ネオサイタマではコミュニティーの中ムラハチされている者でも、その肉親のオツヤに行かなければ逆にムラハチにされてしまうのだ!

 

クラスメイト達は焼香を間違えることなく行っていく。アカツキ・ジュニアハイスクールはカチグミの子息達が通う学校ということもあるが、通夜の前に焼香のマナー講座を特別に行っておりマナーは完ぺきだった。それからはクラスメイト達が焼香を行っていく、中にはカワベ・ソウスケ等クラスメイトでは無い者もごく僅かにいた。

 

「ゴ……シュウショウサマ……です」その声を聞きフガシの感情が激しく動く。目の前にはアラレが居た。アラレは涙を堪えながら言葉を紡ぐ。フガシの家とアラレの家は最近までジュニアハイスクールに入ってから疎遠だったが、それ以前は近所で同じ学校に通っているということもあり交流が有った。

 

世間体も考えてオツヤに参加することは当たり前のことである。だがフガシにとって涙が出るほど嬉しかった。アラレは涙をハンカチで抑えながら焼香を行っていく。フガシはその姿をじっと見つめていた。アラレは焼香を終えてフガシに視線を向ける。笑っている?錯覚かと思いハンカチで眼を拭く。

 

するとフガシは悲しんでいる様子だった。さっきのは気のせいだ、アラレは元の席に座り、次の参加者が焼香する。参加者全員の焼香が終わりボンズによる法話が行われる。これもIRCプレイヤーによる録音音声だった。

 

 

「この後はどうする?」親戚達がフガシに尋ねる。オツヤが終わると故人をしのび参列者をもてなす為のツヤブルマイが行われる。それは主に大人が参加するものであり、遺族といえ未成年のフガシは強制的に参加しなくてもよい。

 

「家に……帰ります」親戚の言葉にフガシはボソリと答えた。故人をしのぶと言っても遺産の話やムラハチトラップの仕掛け合いになるのは目に見えている。そんな場には居たくはない。「わかった。じゃあ家まではタクシーで……」「アタシが送ります」親戚の言葉をアラレが遮る。

 

「ドーモ、フガシ=サンのクラスメイトのマエダイラ・アラレです。フガシ=サンとは近所ですので、家に帰るついでに送ることは可能です」親戚はフガシに視線を向けるとフガシは首を縦に振る。「分かりました。よろしくお願いします」親戚はアラレにオジギする。「帰ろう、フーちゃん」アラレはフガシの手を取り外に出ていった。

 

「大変だったね」「うん」「ご飯食べてる」「うん」フガシとアラレはアラレの父が運転する車の後部座席に座りながら会話をする。アラレは言葉を選びながら会話する。只でさえ両親が死んだことは大きなショックだというのに、しかも自殺だ。そのショックは途轍もなく大きいだろう。そんな人にどう言葉をかければいいのかまるで分らない。

 

「今日はありがとう、オツヤに来てくれて、焼香のプロトコルとかめんどくさかったでしょ」

「そんなことないよ!だって…あたし達……友達でしょ!来るのは当たり前!」アラレは声を張り上げる。中学から自分から離れたくせに友人面、ブルシットだ。だがムラハチされフガシが庇い共にムラハチされた日々。

 

その中でフガシの優しさや温かさ等良いところを多く知った。過去の自分は何とイデオットだったのだろう。だが今はフガシが認めてくれれば友人であると思いたい。そして友人が辛い体験をしているのなら支えてあげたい。それはアラレの本心だった。

 

「ありがとうアーちゃん……」フガシは声の大きさに思わず眉を上げ同時に涙を流した。「アーちゃんが来てくれて本当に嬉しかった。それだけで元気が出てやっていけそう」「うん!何でも相談して!ユウジョウ!」「ユウジョウ」アラレは手を強く握りしめ、フガシははにかみながら手を握る。バックミラーから眉を顰めるアラレの父親の姿が見えた。

 

「じゃあね、お休み」「お休み……」フガシの家の前に車が止まりアラレに別れの挨拶を告げようとするが、思わずセーラー服の袖を掴んだ。「どうしたの?」「その1人だと……あれと言うか……思い出しちゃうというか……」フガシは目線を逸らしながらしどろもどろに喋る要領の得ない言葉にアラレはニューロンを働かせ真意を測る。

 

「そうだ。今日は一緒に泊まろうか、明日も早いんでしょう?疲れているだろうし寝過ごしちゃうかも、寝過ごしたら大変だよ」アラレはおどけた口調で話す。その言葉にフガシは嬉しそうに首を振る。「アラレ、フガシ=サンに迷惑だ……」「いいよねフーちゃん!」アラレの父親は諫めるが言葉を無視して同意を求めた。

 

「うん」「決まり!じゃあ家から色々持ってくるから」了承を得るとアラレは駆け足で自宅に向かった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「うわ~変わってないね」アラレはフガシの部屋に入ると思わず声を上げた。部屋の間取りやアトモスフィアも記憶のままだった。部屋の中を物色し、本棚にある本を何冊か手に取りしまっていく。「相変わらずムズカシイ本読んでいるね」「そんなことないよ。そういえば、その青のパジャマ昔と同じだね」「そうなの?買い換えたけど」「色が同じ」

 

「そういうフーちゃんだってピンクのパジャマ、変わってないよ」「そうなの、私も買い換えたんだけど」「二人ともあまり変わってないね」二人は同時に笑い合う。ムラハチの一件から二人で遊ぶことはあったが、昔のように互いの家に泊まるのは初めてだった。「あっ、これ!」アラレは青い花を挟んだ栞を手に取る。

 

「あの時の栞、持ってるんだ。あたしも家に置いてるよ!」二人はその当時の記憶をニューロンから再生させながら思い出を語り始める。

 

幼少期二人で遊んでいた時に見つけたのが栞に入っている青い花だった。それは百合の花で本来なら青色は存在しないが、重金属酸性雨によって変異したものだった。そんな事を二人は知ることは無く、その青い百合の花に心奪われた。

 

「キレイだね!」「うん!」「この花の花言葉は何かな?」アラレの問いにフガシは首を傾げる。当時の二人は花言葉に興味を持っていた。アラレが尋ねフガシが答える、それがいつもの流れだった。だが突然変異の花の花言葉は存在しなかった。「わからない、ごめんね……」フガシは泣きそうな声で謝った。

 

「じゃあ、今から考えよう!」アラレはフガシを元気づけるように大声を出す。「うん!」フガシは大きく首を縦に振った。「フーちゃん何かある?」「えっと、親愛、永遠、再会なんてどう?」「それどういう意味?難しくてわかんない」アラレは首をひねる。「え~っと」フガシはアラレにも分かるように再翻訳する。

 

「だいすき、ずっと、またねって意味」「それなら分かる。でも何でそれにしたの?」「アーちゃんがだいすきで、アーちゃんとはずっと一緒居たくて、何かあって分かれてもまた会いたいから!」フガシは恥ずかしさで赤面する。改めて好意を伝えることに気恥ずかしさがあった。

 

「アタシもフーちゃんが大好きだし、ずっと一緒にいたいし、何かあっても別れてもまた会いたい」アラレもフガシの言葉を受け止めるように言う。「ねえ、これ持って帰ろうよ、お守りタリスマンにしてさ、そうすれば花言葉通りにずっとなるよ!」「うん」そして二人は青い百合の花を摘み、栞に挟みお守りタリスマンとした。

 

「この栞効果あったね。色々あったけど、また仲良くなれた」「そしてずっと大好きだし、ずっと一緒だよ」アラレはフガシの手に触れた。「なんてね!それよりあのこと覚えている?あれは…」それから二人は昔話に花を咲かせる。二人にそれだけアラレとの日々は輝かしく鮮明にニューロンに刻み込まれていた。二人の思い出話は数時間に及んだ。

 

「そろそろ寝ようか」「そうだね」時刻はネハンアワーを迎えていた。大人にとってはまだまだ活動時間だが、成長期の二人にとっては就寝時間だった。「ねえ一緒に寝よう」「寝るって昔みたいに?」「うん」フガシは恥ずかしそうに体をソワソワさせる。「フーちゃんは甘えん坊だね。いいよ、おいで」アラレはわざとらしくため息をつき隣をポンポンと叩いた。

 

フガシはベッドから自分のフートンを持ち上げ隣に敷いた。肩と肩が今にも触れ合うほど近く、お互いが顔を向け合えば息が感じられるほどの至近距離だ。「オヤスミ」「オヤスミ」フガシはリモコンで部屋の電気を消した。

 

「アーちゃん起きてる?」雨や風がドラムめいて窓を叩く音を遮るようにフガシが独り言めいて話す。「起きてるよ」「家に泊まりに来てくれてありがとう。家に一人でいるとお父さんやお母さんの事を思い出しそうで……辛くて寂しくて」「うん、ワカル」「それにあれだから……」

 

「大丈夫。フーちゃんのおとうさんとおかあさんはオバケになってもフーちゃんを見守ってくれる。全然怖くない」アラレはフガシの心情を察し、言わんとしようとしたことを先に言う。フガシはオバケなどのオカルト話が嫌いだった。以前怖がらせようとカイダンを話したら恐怖のあまり失禁させたことがあった。

 

だから両親がオバケになって害を与えると思ったのだろう。今年ハイスクール受験をする生徒にしては幼い考えだがフガシらしい考えだ。フートンの中で思わずにやける。「それにフーちゃんの両親はフーちゃんを残して自殺する人じゃないよ。きっと誰かにやられたんだよ。犯人を捜すなら声をかけてね」アラレは体をフガシのほうに向ける。

 

「うん」フガシもアラレのほうに体を向ける。二人はお互いの顔を見つめ合う。いつもなら照れ臭くなるのだが、不思議と気恥ずかしさはなかった。アラレはフガシを見つめる。フガシの返事には確信めいたものがあった。フガシも自殺と考えていないのだろう。自殺と他殺なら他殺のほうが心の整理がつく。他殺なら感情を犯人にぶつけられる。自殺では感情をぶつける相手がいないからだ。

 

「それでフーちゃんはこれからどうするの?親戚の人のところに行くの?」アラレは世間話のように尋ねる。だがその声は僅かに震えていた。「とりあえずアカツキ・ジュニアハイスクールを卒業するまではここで暮らす。それ以降は決めてない」「そう」「それにアーちゃんと一緒に居たいから。アーちゃんが一緒に居ないと耐えられない……」「フーちゃん」

 

アラレはフガシが居なくなることでムラハチに耐える心の支えが居なくなり、対象が一人に絞られるのを恐れていた。フガシが大変な状態なのに自分の事を考えている。その自分本位さに自己嫌悪に陥りかける。だがフガシも自分の心の均衡を保つためにアラレと一緒に居ることを望んでいるのだろう。

 

お互いが自分のために相手を望む。それは共依存関係だった。だがアラレはそれでも良いと思っていた。アラレがフガシに依存する。フガシがアラレに依存する。それが歪な関係と言われても構わなかった。「フーちゃん、アタシ達友達だよね」「うん」「ならケジメをつけなきゃいけないことがある。聞いてくれる」アラレの声にシリアスになる。

 

「うん」フガシが返事をするとアラレは深呼吸し語り始めた。「アタシ達中学から疎遠になったよね」「違うクラブ活動だったり、違うクラスになったりしたからしょうがないよ。今は一緒になれたし、それで充分」「違うの!」アラレはヒステリックに叫ぶ。

 

「本当はフーちゃんと仲良くできたの!でもキリステした!両親にスクールカーストの上層に取り入れって!下層のフーちゃんとは付き合うなって!最初は拒んだ!でも両親がスゴク怒るし、上層に取り入れなかった末路をスゴク言い聞かせて!その将来が自分だと思うと怖くなった!だから……だから……」

 

フートンの中からアラレの嗚咽が漏れ部屋に響く。するとフガシはアラレの手を包み込むように両手で握りこむ。「辛かったねアーちゃん。気にしてないから。過去の事より未来のことを考えよう。二人で幸せな未来を送ろう」「フーちゃん」

 

フガシはアラレの後頭部に手を添える顔を胸に埋めさせた。アラレは胸の中でアカチャンめいて泣いた。「ゴメンね……ゴメンね……」「赦すよ。アーちゃんは赦すよ」アラレの背中に悪寒がよぎり吐き気がこみ上げる。思わず見上げるとマリアめいて微笑むフガシがいた。

 

 

 

◇マエダイラ・アラレ

 

 目の前には祭壇と二つのカンオケが設けられ周りには献花が飾られている。献花に飾られている名前には見知ったものが多くいた。あれは父親が勤めている会社の名前だ。その隣は母が参加しているサークルの名前だ。献花は十数にも及んでいる。

 それに参列者の数も多く、パッと見ても死を悼んでいることが分かる。父と母はそれなりに人望があったのだろう。そのことが少しでも父と母の魂を安らげてくれれば幸いだ。マエダイラ・アラレはそう考えながら笑顔を見せる両親の遺影を見つめた。

 

 フガシの両親のオツヤから一週間後、アラレの両親は死亡した。下校後家に帰ると目に飛び込んできたのはリビングで首を吊る両親の姿だった。

 アラレはすぐにマッポに連絡し、両親が持っているIRCに入っている連絡先に片っ端連絡した。その行動はマッポに不審がられるほど迅速で的確だった。不思議と動揺しなかった。ただフガシが行った行動を真似しただけにすぎなかった。フガシもこんな気持ちだったのか、そう思いながら行動していた。

 

 オツヤ会場にはボンズが現れ木魚を叩きドッキョウが録音されているIRCプレイヤーを再生する。その光景は一週間前に見た光景そのままだった。あまりにそっくりだったのでニヤけてしまう。それはそうだ。会場もボンズも一週間前とすべて同じなのだから。

 その顔を隣にいた親族はのぞき込む。オツヤで笑えばムラハチになるだろう。だが学校でムラハチされているので怖くはなかった。幸運にも周りには両親が自殺したことで気が触れてしまったと黙認された。

 ドッキョウが終わると参列者が焼香を始める。これも先週見た光景と同じだった。父と母の親族や友人の焼香が終わると、クラスメイト達が焼香を始める。

 プロトコルに沿った動作を行うが、明らかに不機嫌感を募らしていた。二週連続でムラハチされているクラスメイトのオツヤに駆り出されたとなれば嫌な顔の一つや二つもするだろう。クラスメイト達は粛々と焼香していく、すると参列者の中に見覚えのある顔が飛び込んでくる。

 黒髪のロングヘア―、丸みを帯びたほっぺた、きめの長いまつげは悲しみの表情で伏せられている。フーちゃんだ。

 

「フーちゃん!フーちゃん!」

 

 アラレは思わず泣き崩れる。正直両親が死んだことに実感がなかった。まるでドラマの登場人物が死んだような感じだった。それはオツヤを行っている今でもそうだった。

 だがそれは現実感がないのではなく、現実感がないように思いこんでいただけだった。両親の死、将来の不安など様々な現実の不安に押しつぶされてしまう。だから心を鈍化させ何も感じないようにしていた。だがフガシの姿を見て、鈍化させていた心は敏感になり、感じないようにしていた両親の死や不安が押し寄せてくる。

 

悲しい、苦しい、怖い

 

 寒気が襲い動悸が乱れる。感じている恐怖や不安、言語化できない漠然とした恐怖や不安、それらが具現化したように襲い掛かり、アラレの体に変調きたす。

 フガシは泣き崩れるアラレに寄り添い背中に手を回す。その手は温かく、動悸は落ち着き寒気もなくなってきた。

 アラレはフガシの肩を借りながら会場から出ていった。

 

 

「アーちゃんの部屋も変わってないね」

 

 フガシはアラレの部屋を懐かしむように見渡す。中学校に入ってから模様替えは特にしていない。机に本棚にクローゼットにベッド。家具類もあの時のままだ。変わっているとすれば本棚に入っている教科書が変わっているのとクローゼットの中の服が変わっているぐらいだろう。服もクラスの上層部に合わせるようにダサすぎず、オシャレじゃなさすぎない服を必死に選んだものばかりだ。プライマリースクールのように好きな服は殆どない。

 オツヤが終わった後ツヤブルマイからはほぼ強制的に締め出された。未成年ということもあるが、あれだけ泣き崩れて醜態を晒した親族とは一緒に居たくないというのが本音だろう。アラレもそれに関しては同意見だった。タクシーで家に帰ろうかと考えている時にフガシから声をかけられた。

 

「今日アーちゃんの家に泊まっていい?」

 

 つい一週間前アラレはフガシの家に泊まった。一人だと色々考え込んでしまうから一緒に過ごして励ましてあげようと思ったからだ。しかし自分が居ても役に立つのだろうと不安だった。だが今なら分かる。今の状況で親しい友人が居るというのがどれだけありがたいかということを。フガシは一週間前に両親を失い、今のアラレの心境を察し励まそうとしている。それは何よりも嬉しかった。

 

 二人は夕食を作ったり、TVショーを見ながら他愛もない時間を過ごす。フガシがいる間は両親の事を考えずに済み穏やかな時間を過ごせた。もし一人だったらネガティブな考えが頭を駆け巡り気がどうにかなっていただろう。一週間前と同じようにネハンアワーになると二人は部屋に戻り肩を並べて就寝する。

 

「フーちゃん起きてる?」

「起きてるよ」

「あたし達どうなるのかな?」

 

 部屋の中にアラレの声が響く。両親が居なくなったことで数々の苦境が訪れるだろう。まずこの家には居られず、親戚の家に引き取られるか、一人暮らしの二択だろう。

 親戚に引き取られるという選択肢だが可能性は低い。親戚にも親たちと同等のカチグミもいるので世間体を考えて引き取ってくれるだろう。だが自分はムラハチを受けている生徒だ、そんな子供が居ればカチグミとしての評価は下がるので、引き取ることはないだろう

 ならば一人暮らしだが、ジュニアハイスクールを卒業した少女が就ける仕事は少ない。特技でもあればマシだが、自分は平均的なカチグミの娘だ。あるとすれば若さだけ。そんな少女はオイランかマイコに就くしかない。そうなれば真っ当な人生を送れる可能性は低い。

 

「親が居ないし、学校ではムラハチされてる。お先真っ暗!ネオ・カブキチョでも行って二人でオイランかマイコになるしか無いね。フーちゃんはカワイイし、あたしもチビだしマニア受けするかも」

 

 アラレは自虐気味に語り始める。カチグミの家で生活していたアラレにとって性風俗関係の仕事は底辺の仕事だ。そんな仕事に就くことはあり得ないと考えていた。だがカチグミの娘という肩書を取れれば自分には何もない。それこそ唾棄していた性風俗関係の仕事に就くしか道はない。そんな自分があまりにも滑稽だった。

 

「ねえ、アーちゃん。二人でオキナワに行こう?」

「オキナワ?いいね。オイランになる前に記念に旅行して遊ぼう!」

 

 オキナワはネオサイタマの遥か南にあるカチグミが行くようなリゾート地だ。その陽気とネオサイタマでは見られない重金属で汚染されていない透明な海は人気を誇り、カチグミにも人気の観光スポットである。思い出作りには最適だ。その思い出があればオイラン生活も乗り切れるかもしれない

 

「海水浴して、マンゴープリン食べて……」

「旅行じゃない、オキナワで暮らすの」

「暮らす?どうやって?フーちゃんイデオット?」

 

 アラレは余りにも荒唐無稽な提案に思わず暴言を吐いてしまう。オキナワで暮らすとならば莫大な金がかかる。それこそ退職したメガコーポの重役などが余生を過ごす場所だ。アラレやフガシ等のカチグミの末端ではとても暮らせる場所ではない。

 

「実はお父さんがトミクジ当たったの」

「何円?」

「3億」

「3億!?」

 

 予想を遥か超えた額にアラレは思わずベッドから飛び起きる。3億円といえばトミクジの3等だ。そんな大金をまさかフガシの父親が当てたのか。

 

「3億もあればオキナワで長く暮らせる。お金がなくなってもその頃には大人になっているし働ける。オキナワに行けばムラハチされた過去何てバレやしないし、どんな仕事だって就ける。どうアーちゃん?」

 

 フガシは熱を帯びた視線をアラレに向ける。アラレは視線から逃げるように目を伏せる。フガシの提案には一理ある。だが本当に上手くいくだろうか?オキナワではネオサイタマより過酷な生活が待っているかもしれない。何より少女二人で新天地に向かうことが何よりも不安だった。その様子を察したフガシは肩に手を置き語気を強めさらに押していく。

 

「アーちゃんが言ったように、このままじゃジリープアー(徐々に不利の意)だよ!ダイジョウブダッテ!私たち二人なら何とかなる!こんなファックな場所からサヨナラしよ!」

 

 フガシの声が部屋に響き渡る。奥ゆかしく恥ずかしがり屋のフガシがここまで自己主張をするのは今までの付き合いで初めてだった。このまま行けばオイランに身を堕とし真っ当な人生を送れないと諦めていた。だが今フガシの救いの手が伸びている。確かにリスクは有るかもしれない。だがタイガー・クエスト・ダンジョンだ。

 フガシと一緒なら何だって出来る!何にだってなれる!何よりフガシと離れたくない!

 

「うん!一緒にオキナワに行こう!こんな場所サヨナラだ!」

 

ーーーーー

 

 

 

「オキナワ行ったら暫く遊んで、それから仕事しなきゃだね。何やろうか?」

「喫茶店でも二人でやろうか。二人で色々メニュー作ったりしてさ」

「それなら任せて!アンコとバナナ、それにオキナワのマンゴーを使った凄いの開発するから!」

「アンコとバナナとマンゴーか、合うかな?」

「美味しいものと美味しいものと美味しいものを合わせれば美味しさは1000倍だよ。フーちゃんにこの算数が分かる?」

「わっかんな~い」

「ええ~」

 

 二人はオキナワでの今後の生活について楽し気に語る。見切り発車で決まったオキナワ行き、住むところすら決まっていない杜撰な計画。大人が聞けば妄想のように甘く非現実的な計画だった。だがアラレには明るい未来しか見えていなかった。

 アラレの胸中には両親が死んだことはすっかり消えていた。今はフガシとのオキナワでの生活への希望と期待で一杯だった。

 これは両親が死んだことへのショックを紛らわすために現実逃避しているのかもしれない。それでもこの気持ちは偽りでないと信じたい。

 その後二人はウシミツアワーを過ぎてもオキナワでの生活について語り合う。部屋の中には常に笑い声が響いていた。

 


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