ニンジャスレイヤー・バーサス・マジカルガールハンター   作:ヘッズ

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後書きでプラスのディスカバリー・オブ・ミスティック・ニンジャ・アーツを真似したものがあります。
ミスティック・ニンジャー・アーツはニンジャ真実を知ることができて好きですね。

それ以外にも本編の世界観を補足する情報などが記載されていますので、
興味がある方はニンジャスレイヤープラスに入ってみてはどうでしょうか?



第七話 ドラゴン・トレーニング♯2

◆ドラゴンナイト

 

 本来一人でするはずだったカラテ合宿だが、成り行き上残りの日数を二人ですることになった。ユカノの提案を承諾した当初は特に気にしていなかったが、事の重大さに気付く。

 改めて見るとユカノは美人だ。その容姿は人生の中で屈指の美人でテレビに映るモデルより美しかった。傾国の美女という言葉があるが、まさにユカノのような人を言うのだろう。 もし自分が王様だったらユカノのような美人に誘惑されたら国を滅ぼしているだろう。だがユカノが美人だからと言ってスノーホワイトから浮気したわけではない。

 

 スノーホワイトは美人でありカワイイでもある。イメージとしては美人半分カワイイ半分でありタイプが違う。例えるなら野球とサッカーどちらが強いと言っているものであり、二人の容姿に優劣はつけられない。むしろ好みはスノーホワイトだ。

 しかし、体の好みで言えばユカノだ。あの豊満なバストは無意識に目を奪われてしまう。煩悩で満たされている男子中学生にとってのあれ程の豊満なバストに心奪われない者は存在しない。

 

 そんな美人で豊満なユカノは思春期男子であるドラゴンナイトの煩悩を大いに刺激する。個人レッスン、手取り足取り、接近する肉体。魅惑的なワードが脳内を駆け巡る。そんな邪な事を考えてはダメだと一旦は払いのけるが、もしかしたらという期待を抱きながら眠りに落ちる。

 

 翌日その期待は木っ端微塵に砕かれた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「このままコンバインを5分間、回転数は落とさないように」

 

 ドラゴンナイトはユカノが真剣に見つめる中あん馬上で器械運動を行う。コンバインとは一つ把手を使いながら体を回転させるG難易度の高難易度技だ。モータルならばオリンピック代表選手レベルでなければ出来ない技だが、ニンジャなら可能だ。

 さらにニンジャがすればその回転速度は凄まじく、バイオスズメが回転の中に入れば即座にミンチになるだろう。

 

「ニンジャの回避行動の基本はブリッジ、前転、側転、後転バク宙です。このトレーニングはそれらの精度を高めるものです」

「はい!」

 

 ドラゴンナイトは吐き気を堪えながら返事をする。高速回転運動はニンジャ三半規管を容赦なく揺すっていく、さらにユカノは指を一本立てる。

 すると回転運動中のドラゴンナイトが一本と叫んだ。ドラゴンナイトの目線が合うたびにユカノは指を立てる本数を変化させ、その度に立てた本数を答えていく。

 

「側転しながらのスリケン投擲、これもニンジャの基本ムーブです」

 

 荒野を側転で円や八の字を描きながらひたすら移動し、同じように側転移動するユカノにスリケンを投げ込む。側転をしながらのスリケン投擲は立った状態でのスリケン投擲と比べ難易度は飛躍的に上がる。

 ドラゴンナイトのスリケンは時々明後日の方向に外れていくが、ユカノはそれを一つ一つスリケンで打ち落としていく。その技量に舌を巻いていた。

 

「ブリッジで回避すれば敵はストンピングを狙ってきます。攻撃に耐えられる耐久力をつけるのです」

「はい……」

 

 ユカノはブリッジするドラゴンナイトの腹を使いトランポリンのように跳躍しながら、腹にストンピングを繰り出す。その攻撃にドラゴンナイトは歯を食いしばり痛みで気絶しないように意識を繋ぎ止める。

 ユカノはドラゴンナイトのニンジャ耐久力を見切り耐えられるギリギリの威力でストンピングをする。その絶妙な加減がドラゴンナイトに責め苦を味あわせた。

 

「この間合いでのイクサはしばし有ります。考えてからではなく反射で行動できるように」

 

 ユカノとドラゴンナイトはワンインチの間合いに詰めるとショートレンジ攻撃の応酬を続ける。肘、膝、ショートフック、ユカノの攻撃が絶えず襲い掛かり、それを防御し反撃する。

 回避、防御、攻撃、無酸素での連続運動であり、余計な思考で酸素を消費しないように思考をそぎ落とし機械のように没頭する。

 

「では暫し休憩をしましょう。食事の用意をしますのでそれまで休憩しておいてください」

「はい……」

 

 ユカノが竹林に入っていくのを確認するとドラゴンナイトは大の字に倒れ込んだ。見つめる先には髑髏模様の月が一つ、もう日が落ちたのか、トレーニングに没頭しすぎて時間感覚を完全に失っていた。

 指先一つ動かそうとすると筋肉痛と疲労感が襲い掛かる。ニンジャになってここまでの筋肉痛と疲労感は初めてだ。もう呼吸するのがやっとだ。吸って吐いて吸って吐いて、何も考えず酸素を吸い込み吐きエネルギーを溜め込む。

 去年の野球部の合宿は凄まじくあれ以上の地獄はないと思っていた。だがそれ以上の地獄は存在した。あん馬に、側転しながらスリケン投擲、ショートレンジカラテ、その他様々なトレーニング。昨日は自分でも追い込んでいたつもりだが、どこかに甘えが有ったらしい。

 今日のユカノのメニューに比べれば昨日のトレーニングなどウォーミングアップ程度だ。ドラゴンナイトはユカノが食事の準備が終わるまで只管体力回復に努めた。

 

 この日の食事は昨日と同じバイオキジの焼き鳥だった。だが味は比べ物にならないほど美味しかった。昨日は臭くて固くて人生で食べた食事で一番不味かったと断言できる料理だったが、肉は柔らかく素材の味を引き出しており飲食店のメニューとして通用する程の一品となっていた。

 

「美味しいです。これが同じ鳥とは思えない」

「食事は栄養を摂取すれば良いというものではありません。美味しい食事はメンタルを回復させ明日への活力に繋がります。これを機に学んでみるのも良いかと」

「はい」

 

 ユカノの言葉を話半分にしながらバイオキジを黙々と食べていく。欲を言えば完全栄養食のスシが欲しかったが、味もさる事ながら疲労した体にエネルギーを与えていく。ユカノはその様子に笑みを浮かべながら自らの分を分け与えた。

 

「では組み手で今日のトレーニングは終了です。立ち上がりなさい」

「はい」

 

 ドラゴンナイトは疲労困憊の体に活を入れながら立ち上がり構えを取る。美味しい料理を食べた効果で多少なり体力が回復していた。モータルであれば疲労困憊で動けないだろうが、ニンジャであれば少しの休憩と栄養を取れば体力はモータルの比ではないほど回復する。

 

「ドラゴンナイト=サンのカラテには致命的な欠点があります。これを直さない限りいずれニンジャとのイクサで命を落とすことになるでしょう」

「欠点とは?」

 

 ドラゴンナイトは聞き返す。自分のカラテはユカノから見たら欠点だらけだろう。だが致命的と言えるほどの欠点と言われるとなると気になってくる。何が致命的なのか皆目検討がつかなかった。

 

「言葉で説明するより実感してもらうほうが早いでしょう。構えなさい」

 

ユカノが立ち上がり構えを取り、ドラゴンナイトも倣うようにして構えを取る。

 

 

◆ユカノ

 

「これで今日のトレーニングは終了です ありがとうございます」

「……ありがとうございます」

 

 ユカノが奥ゆかしく頭を下げる。トレーニングの最後はお互い礼で終わる。それはメンターでもアプレンティスでも変わらない。ドラゴンナイトも痛みや疲労に耐えながら最低限のアイサツをした。

 

「ところで、カラテは誰に教わりましたか」

「スノーホワイト=サンにベーシックな事を教わりました」

「そうですか、メンターに恵まれたようですね」

 

 組手をして改めて分かったがドラゴンナイトのカラテは癖がなく基本に忠実だった。教え方が下手な者だとカラテに変な癖が付いてしまい、今後の成長を妨げることになる。だがドラゴンナイトならその心配は無い。しっかりとした基礎が出来上がっておりカラテの発展の手助けとなるだろう。

 スノーホワイトはドラゴンナイトと同世代と聞いている。ドラゴンナイトの欠点を修正しなかったのは仕方がないとはいえメンターとしての評価を下げていたが、カラテの基礎を築き上げた事は評価できる。その若さでこの指導力は優秀といえる。もし将来自身のクランを作ることになれば、強いクランになるかもしれない。

 

「本当ですか!?そっか、スノーホワイト=サンはメンターとしても優秀なのか」

 

 ドラゴンナイトはユカノの言葉を聞くと疲労と痛みを忘れたかのように嬉しそうに呟く。まるで自分が褒められたかのようだ。よほどスノーホワイトが好きなのだろう。それは人間的好きということもあるが、恋心を持っていると推測した。

 

「スノーホワイト=サンはどのような人物ですか」

「はい、強くて優しいです!ニンジャの力で弱きを守り強きを挫く、ボクの理想のニンジャです!」

「なるほど、ちなみに私とスノーホワイト=サンはどちらがカワイイですか?」

「え?……それは……その……」

「冗談です」

 

 ドラゴンナイトは赤面しながらユカノから視線を外し地面を見つめる。その様子を見て思わず微笑んだ。若者の恋心というものは久しく感じなかった感情だ。悠久の時を生きるリアルニンジャにとって新鮮な感情であり悪戯心でからかってしまった。ユカノは話題を変えるようにスノーホワイトについて話す。

 

「しかしスノーホワイト=サンはサトリニンジャ・クランのジツに加え、確かなカラテが備わっていそうです。もし対峙することになれば骨が折れそうです」

「サトリニンジャ・クラン?スノーホワイト=サンはサトリ・ニンジャクランなんですか?というよりサトリ・ニンジャクランって何ですか?」

「そうですね。サトリニンジャ・クランとはサトリ・ニンジャが興したクランで……」

 

 ユカノはサトリニンジャ・クランについて語り始め、ドラゴンナイトは真剣な眼差しで聞く。そうしていくうちに夜は更け、二人は就寝した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「これでトレーニングは終了です。ありがとうございます」「ありがとうございます」7日目の昼、ドラゴンナイトとユカノはお互い向き合ってアイサツを交わす。ドラゴンナイトは数々の傷と疲労感を見せながら体からエネルギーが満ちている。厳しいトレーニングを耐えたことへの確かな自信を感じていた。

 

「この六日間よくトレーニングをこなしました」「はい!ありがとうございます!」「今後も驕らず謙虚な心を持ちトレーニングに励みなさい」「はい!」「世の中には上には上がいます。スノーホワイト=サンを超える日が訪れても精進するように」「はい!」ドラゴンナイトは力強く答える。

 

ドラゴンナイトは今後も自己研鑽に励むだろう。だがスノーホワイトという目標を超えてしまい、目標を失ってしまったら?無気力に堕落してしまうかもしれない。そういったニンジャを残念ながら見てきた。そうならないように常に上が居ると自覚し精進して欲しいという願いが有った。

 

「ドラゴンナイト=サン、最後にこの技を授けます」「技ですか?」ドラゴンナイトは思わず姿勢を正す。この6日間ベーシックカラテのインストラクションを授かったが技は一切教わっていなかった。カラテ戦士マモルのイナヅマゲリ、ヘルインフェルノ、ニューロン内でカトゥーンめいたヒサツワザの映像が浮かんでくる。

 

ドラゴンナイトはドラゴンニンジャ・クランの門戸を叩いたわけではない。その者にクランの技を教えるわけにはいかない。故にこの6日間はベーシックカラテをインストラクションしたが技は教えなかった。だが気が変わった。手とり足とりは教えない。だが技を見せて自分のものにするならば問題ない。

 

ユカノは数メートルスプリント跳び込み前転からの空中前転踵落としを地面に打ち込む「キエーッ!」地面は抉られ土煙が舞う!ドラゴン!これはドラゴンニンジャ・クランに伝わる技の一つドラゴン・ヒノクルマ・アシだ!「スゴイ」ドラゴンナイトは思わず感嘆の声を上げる。

 

今の技の形だけなら真似はできるだろう、だが技の精度や威力何より込められたカラテが違う。ユカノは振り向き語り掛ける。「岡山県のドラゴンマウンテンにドラゴン・ドージョーというドージョーがあります。私はある目的を果たしたら、そこでドージョーを開きます。もしよければ入門しませんか」

 

ユカノは6日間を通してドラゴンナイトを見定めた。常に自己を研鑽し、怠けず、ニンジャとしての力に溺れない高潔な意志を持つ者がドラゴンロードに立てる。ドラゴンナイトの精神は充分な資格があり、その素直さと実直さは将来のドージョー門下生に良い影響を与えるだろう。

 

ソウル憑依者であり違うクランの者ではある。だがドラゴン・ドージョーのインストラクションを受け継ぎ、他の者に授けられるニンジャで有ると認めていた。「ドージョーに入門すれば今より強くなれますか?」「ええ、怠けず自己研鑽を続けていけば」ドラゴンナイトの心が一瞬揺らぐ。

 

6日間のトレーニングでユカノの指導力の高さは実感している。強さへの渇望は有り、ドージョーに入門すれば強くなれる確信めいたものがあった。ドラゴンナイトは顎に手を添え考え込む。

 

「ボクはドラゴン・ユカノ=サンから見たらニュービーで弱いです。それでもニンジャです。こんなボクでもネオサイタマで出来ることは多くあります。もし困難な事や勝てない敵が現れ、力が必要になれば教えてください」ドラゴンナイトは深々と頭を下げた。

 

ネオサイタマには助けを必要としている人が多くいる。その人を放っておいて修行する事はできない。それに繁栄しているネオサイタマから田舎の岡山県に行くのは抵抗が有る。何よりスノーホワイトと一緒に過ごせるこの時間を手放すことはありえない。

 

「そうですか」ユカノは僅かばかり残念そうに息を吐いた。「ではドラゴンナイト=サン、カラダニキヲツケテ」「はいドラゴン・ユカノ=サン!カラダニキヲツケテ」ユカノが手を差し出しドラゴンナイトも手を握り返す。そしてドラゴンナイトは頭を下げ勢いよく竹林に消えていく、ユカノはその姿を見送る。

 

基本的な事はインストラクションしたが、まだまだ手練れと戦えば負けるだろう。ドラゴン・ドージョーに入門したのなら、本格的なインストラクションを授け仕上げられる。だが自らの意志で入門を断り自らの道を定めた。クランの一員では無い者にこれ以上干渉する事はできない。出来ることはただドラゴンナイトの無事を願うのみだ。

 

 

 

◇ファル

 

 電子妖精は人の機微には疎く俗にいう空気を読むという機能は備わっていない。それでもこの状況を表す言葉は知っている。これは空気が重いと表現される場面だ。 外ではマグロの形をした悪趣味な飛行艇がギンギラに光りながら、けたたましく音声を流している。だがスノーホワイトとドラゴンナイトにはその光も声も届いていないだろう

 

「今まで何をしていたの?」

「トレーニングです」

「六日間もずっと?」

「はい」

「どこで?」

「メガロ工業地区にある自然公園の奥で」

 

 ドラゴンナイトのアジト内、スノーホワイトとドラゴンナイトは正座しながら向き合っている。スノーホワイトはドラゴンナイトを見据え淡々と質問をする。平静を装っているようだが言葉の節々に怒気が滲んでいた。

 一方ドラゴンナイトは床に視線を定めスノーホワイトに視線を合わせようとしない。怒気を感じているのか体は縮こまり、いつもより一回り体が小さく見える。

 

「トレーニングしていたとしても、何で連絡してくれなかったの?」

「わ……忘れてました」

 

 ドラゴンナイトは振り絞るように発音し、その姿がさらに縮こまる。

 

「連絡、報告、相談って知ってる?家に行っても誰もいないし、こんな長い期間居なくなるなら、せめて連絡しないと」

「はい、ゴメンナサイ」

 

 ファルはスノーホワイトの言葉に思わず驚く、所属している監査部に一切連絡せず悪い魔法少女を捕まえに行き、捕まえても報告せず次の魔法少女の元に向かい、相談せず独断で行動するという。連絡、報告、相談を一切せず、優秀だからという一点のみで監査部に所属できているスノーホワイトからそんな殊勝な言葉が出るとは。

 

「本当に心配したんだよ……」

 

 スノーホワイトは怒りを含んだ語気から憂慮が帯び始める。声は僅かに震え涙目にもなっていた。

 

 ドラゴンナイトからパトロールに参加できないと連絡が来た翌日、ドラゴンナイトはアジトに来なかった。スノーホワイトは病気に罹り来られないのかと思いIRC通信で連絡したが一切返信が返ってこなかった。

 それを不審に思いドラゴンナイトの家に向かうとドラゴンナイトの存在を確認できなかった。家にいる家族に聞こうにも誰もいなかった。翌日も、その翌日も家に訪れてもドラゴンナイトとその家族は家に居なかった。

 

―――もしかして、ニンジャに殺されたのでは

 

 スノーホワイトはその可能性に気づき、大いに動揺し混乱した。その動揺ぶりは今まで見たことないほどで、その姿を魔法少女が見たらあの魔法少女狩りのスノーホワイトとは誰もが思わないほどだった。

 それからスノーホワイトは24時間フル稼働でネオサイタマを駆けずり回った。一応はフォーリナーXを探すという体で動いていたが、頭の中にはフォリナーXのことなど全くなかっただろう。

 動揺の原因はラ・ピュセルだろう。ある日ラ・ピュセルはスノーホワイトの目の前から消えた。クラムベリーに殺されたのだ。親しい人が突然居なくなるという出来事はスノーホワイトの心に深い爪痕を残した。

 

 そして連絡を入れた六日後、スノーホワイトの通信機からドラゴンナイトから連絡が入った。それを見た瞬間安堵からかスノーホワイトは膝から崩れ落ちた。魔法少女は体は勿論、心も強くなる。その状態でこの動揺ぶりであれば、相当の精神的負荷が掛かっていたのが分かる。

 

「ごめん、次から連絡するから、絶対にするから」

「うん……そうして……」

 

 ドラゴンナイトは自分が想像を遥かに心配させた事に気づき、真剣みを帯びた声で誓い、スノーホワイトは安堵の笑顔を見せた。

 

◇スノーホワイト

 

「じゃあ、ヨロシクオネガイシマス」

「よろしくお願いします」

 

 廃工場に二人の声が響き渡り、お互いが構えをとる。パトロール終わりの組手稽古、6日間ずっとトレーニングしていたと聞き、その成果がどれだけ出ているのか少しだけ興味があった。そして予想以上に変化していた。

 スノーホワイトが右のローキックを繰り出すとドラゴンナイトは側転で回避する。右側面に回り込むがスノーホワイトは予想してように向き直り突きを繰り出す。 

 ドラゴンナイトは突きをブリッジで回避し、そこからブレイクダンスのウインドミルのような動きの足払いに移行する。それも察知し後ろに軽く飛び回避、追撃を図ろうとするが手裏剣が飛んでくる。四枚は正中線上にある額、喉、心臓、股間に正確に向かってくる。

 半身になり最小限のステップで回避、その間にドラゴンナイトはバックフリップで間合いを取る。

 

 動きが変わっている。回避動作ではブリッジ、側転、前転後転バク宙を多用するようになった。それは今まで相対した魔法少女の動きとは異なるもので僅かに違和感を覚えていた。

 それに回避動作から連動しての手裏剣投擲、これにより回避動作の隙を突かせず、かつ攻撃も行う。攻防一体とも言え中々いい動きだ。これは今までにない変化だった。そして変化といえばもう一つある。

 

「イヤーッ!」

 

 ドラゴンナイトは間合いを一気に詰めタックルを仕掛ける。だがそれはフェイントであり、足を手で掴む前に体を起こし勢いを利用して斜めに突き上げる。スノーホワイトは突きを回避し腕をとり、そのまま背負い投げに移行しドラゴンナイトを叩きつけた。

 

 ドラゴンナイトがフェイントをするようになった。以前は殆どしなかったが、今日はフェイントを入れ始める。

 だがスノーホワイトにとってフェイントは悪手だった。いくらフェイントを入れようが本物を見極め対処すればいいだけだ。スノーホワイトにとってフェイントは只の無駄な動作にすぎなかった。

 

「ありがとうございました……」

「ありがとうございました」

 

 二人は礼を行い組手は終了する。ドラゴンナイトが帰り支度をしているとスノーホワイトは問いかける。

 

「今日はフェイントをよく使っていたね。何かあった?」

 

 フェイントの比率が増えていた。何かに影響を受けたのだろうか?ドラゴンナイトの戦い方の変化は気になるところだった。

 

「うん。今までのカラテはサトリニンジャ・クラン用のカラテだから、そのカラテばかりやっていると他の相手に通用しないから、今後は組手でフェイントを使用しろってドラゴン・ユカノ=サンにインストラクションを受けたんだ」

 

 ドラゴンナイトはユカノの教えを思い出しながら答えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「言葉で説明するより実感してもらうほうが早いでしょう。構えなさい」

 

 ユカノが立ち上がり構えを取り、ドラゴンナイトも倣うようにして構えを取る。

 ユカノが数メートルの間合いを一気に詰める。右手を振り上げ手刀を作っている、恐らく鎖骨から首へのチョップ攻撃、ドラゴンナイトの予想は当たりユカノは袈裟斬りの手刀を振り下ろし。

 

 ドラゴンナイトは左上腕部を鎖骨から首への部分を覆い、防御姿勢をとり衝撃に備えて歯を食いしばる。だがチョップが腕に当たる数センチで攻撃を止め、手刀の形のまま肘を引き心臓部に貫手を放った。

 その急激な変化についていけず、腕での防御どころか筋肉を固める最低限の防御すらできない。ユカノの拳が心臓部に届く数センチで拳は止まった。

 

「理解できましたか?」

「えっと、フェイントですか?」

「正解です」

 

 ドラゴンナイトの回答に。ユカノは授業で正解を述べた学校の先生のような笑顔で答えた。

 

「カラテとは虚と実が巴のように交わってこそカラテです。ですが貴方のカラテは全て実、一直線です」

 

 視線、体重移動、足運び、様々な技術で攻撃の意図を悟らせず相手に偽りの意図を見せる。それがフェイントであり虚だ。 だがドラゴンナイトのイマジナリーカラテには虚が一切無かった。そうなってしまった原因はイマジナリーカラテの相手であるスノーホワイトだろう。

 彼女は恐らくサトリニンジャ・クランだ。ジツで相手の心を読んでいるかのように攻撃を回避し、先の先をとってくる。

 そのような相手には虚を駆使するのは無意味どころか逆効果だ。攻略法は心を読まれても防ぎきれない最高の攻撃を出し続ける。ドラゴンナイトは無意識にそれを行っていたのだろう。だが対サトリニンジャ・クラン用のカラテが染み込んでしまい、すべての相手にそのカラテをしてしまう。

 

 ドラゴンナイトは今までのカラテをニューロン内で振り返る。組み手を始めて最初のほうはフェイントを使っていた。ピッチングでも自分が得意なボールを投げてばかりではダメだ、相手の予想していない球を投げなければ打ち取る事はできない。だがスノーホワイトはまるで自分の投げる球を予め分かっているようにフェイントに対処し続ける。

 次第にドラゴンナイトはフェイントを使うのをやめた。球種が読まれているのなら不得意な球を投げても意味がない。それならば全球得意な球を投げて球威とキレで打ち損じを期待したほうがいい。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ごめんなさい。全然気づかなかった」

 

 スノーホワイトはドラゴンナイトに深々と頭を下げる。

 魔法少女は強者になればなるほど戦闘における読み合いが発生する。自分の意図を隠し相手を騙す。その読み合いを有利に進めるために使うのがフェイントだ。

 だが困った声が聞こえるスノーホワイトには逆効果だ。それを理解しているリップルはフェイントを使わず自身の身体能力でごり押しする戦い方で組手においてスノーホワイトから一本を取っていた。

 他の相手にその戦法を取れば手玉に取られてしまう。その事に気づかず、ドラゴンナイトのフェイントに反応せず、いつものように戦った事で悪癖を植え付けてしまった。   

 リップルなら、ピティ・フレデリカなら気づき修正していただろう。己の指導力の無さのせいでドラゴンナイトを死なせていたのかもしれないのだ。腹立たしい、何て腹立たしい!スノーホワイトは血が出んばかり右手を力いっぱい握りしめる。

 

「いや、スノーホワイト=サンは悪くないって!それにユカノ=サンもスノーホワイト=サンを褒めていたよ!メンターに恵まれたって!」

 

 ドラゴンナイトは慌ててフォローする。スノーホワイトが予想以上に落ち込んでいるのに動揺していた。

 

「それより、スノーホワイト=サンはサトリニンジャ・クランのジツを使うんだね!だからパトロールで困っている人をすぐに見つけられたんだね!サトリニンジャ・クランにつてもユカノ=サンから色々聞いたよ!例えば……」

 

 ドラゴンナイトはスノーホワイトの気を逸らすように一方的に喋り始める。そこからユカノとのトレーニングの出来事を一方的に喋り続けた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「しかし、ニンジャにもスノーホワイトと似たような能力を持っている者がいるぽんね。他にも魔法少女と同じ能力を持っているニンジャもいるかもしれないぽん」

「そうかもね」

 

 スノーホワイトはファルと他愛のない会話を続けながら、ビルとビルの間を移動する。スノーホワイトの活動はまだまだ続く、深夜を回ったがネオサイタマはネオンの光で煌煌と光っている。この景色も見慣れたものだ。

 

「まあ、ドラゴンナイトじゃないけど人に教えるのも初めてだし、気づかなくても仕方がないぽん。フェイントと分かってて引っかかるバカはいないぽん」

 

 ファルはスノーホワイトを慰めるが、その言葉は頭に入らず別の事を考えていた。ドラゴンナイトはこれからフェイントを使うだろう。だがわざと引っかかっても実戦的な組手といえない。やはり別のニンジャを見つけ組手させるのが一番だが、しかし、そんな都合よく見つかるものだろうか?

 

「何か可笑しいことがあったかぽん?」

「別に、どうしたの?」

「スノーホワイト笑っていたぽん」

 

 笑っていた?無意識に笑っていたのか?先ほど考えていた事に笑うような要素は無かったが、スノーホワイトは自身の心境を振り返る。するとなぜ笑ったのか気づく。

 今日のパトロールは無事に終わった。ニンジャとも特に出会わず、いつも通り人助けをしていく。そして終わりの組手稽古。ネオサイタマでの日常となった行動、その日常がとても愛おしく、楽しかった。

 ドラゴンナイトとの日々が自分の心に大きくなっていることを改めて自覚する。フォーリナーXを見つけ自分の世界に帰り、いずれこの日は終わる。それは明日になるかもしれない。その日が訪れて良いように今この時間を堪能しよう。

 スノーホワイトは噛みしめるように再び笑顔を作った。

 

ドラゴン・トレーニング 終

 




●ディスカバリー・オブ・ミスティック・ニンジャ・アーツ:サトリニンジャ・クラン

 サトリニンジャ・クランは江戸時代に生まれたニンジャクランである。開祖はサトリ・ニンジャ、アカシニンジャ・クランの系統のセンセイからメンキョを授かり、アーチニンジャとなる。

●ツタワリ・ジツ

 サトリ・ニンジャは奥ゆかしく心優しいニンジャだった。か弱きモータルの為に力を使うべきであるという信念の元修行を繰り返し、座禅や瞑想の果てに生物の感情や心境を読み取る「ツタワリ・ジツ」を開発する。
 このジツで災害で苦しんでいる者、野伏せり(セキバハラの戦いで敗北した西軍につき、その結果社会的地位や富を失い、モータルから略奪行為を繰り返すニンジャ)の襲撃に遭っている者の苦しみを感知し、人命救助や野部伏せりを倒してきた。

 ツタワリ・ジツは生物用のジツであり、戦闘においても効果を発揮する。シノビニンジャ・クランのステルスジツやコブラニンジャ・クランのアンブッシュを感知し、アンブッシュにカウンターを見舞うなどしてそれらのクランの天敵といえる存在になった。
また通常のカラテでも相手のウィークポイントを見抜き、行動を先読しカウンターを見舞うなどの応用を可能にした。
 だがアカシニンジャ特有のニンジャ第六感は失い、ドージョー攻略時にもシークレットドアやトラップを感知などの能力は失ってしまった。
 サトリ・ニンジャはジツを開発の影響かで病に罹り、数名のクランの高弟ニンジャにインストラクションを授け命を落とす。他のリアルリンジャと比べ短命だった。

●クランの滅亡

 高潔で慈悲に満ちたサトリ・ニンジャだったが、その思いはクランのニンジャに伝わらなかった。
 クランの者はツタワリ・ジツを使い、モータルのトラウマを抉り自殺に追い込むなどして悪行の限りを尽くした。
 またツタワリ・ジツに胡坐をかきベーシックカラテの鍛錬を怠った。

 その結果、ツタワリ・ジツを脅威に感じクランの堕落を耳にしたシノビニンジャ・クランとコブラニンジャ・クランの同盟によるドージョー襲撃。そして当時のニンジャスレイヤーに遭遇しスレイされた。
 クランの者はツタワリ・ジツでニンジャスレイヤーの攻撃は読めたが、その圧倒的なカラテは次の手が読めても反応できるものではなく、成すすべもなく蹂躙された。

●後世への伝達

 サトリ・ニンジャの存在は天狗などの日本に古来から存在するフェアリー「覚」サトリとして伝わっていた。
覚は人に害をなすフェアリーとして伝えられ、それは堕落した高弟のサトリニンジャ・クランのニンジャと勘違いされて伝わっている


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