D.C.Street.Runners.~ダ・カーポ~ストリートランナーズ   作:ケンゴ

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Act.1 黒のGTO① -遭遇-

 深夜。初音山頂上の駐車場には、幾台かの車が止まっている。

 

「まだ来てないみたいだな……」

 

 白色のランサーEvo.6から降りてきた純一が、あたりを見ながら呟く。

 

「ったく。お前が家に乗って帰れば済む話だろうが?」

 

 ため息を吐きながら、助手席側からはケンタが降りてくる。

 

「俺だってそうしたかったよ。けど、音夢(あいつ)が走りたいって言うんだから仕方ないだろ」

 

 純一もまた同様にため息を吐く。

 

「まぁこれも仕事だから良いけど、どうやってここまで来る気なんだ? まさか徒歩とかじゃねぇだろうな」

「流石にそれは無いだろ。眞子に頼むとか言ってたぞ」

 

 純一がそう言うと、ケンタは驚きの表情を浮かべた。

 

「は? ちょっと待て。眞子の車って昨日入庫させたばかりだろ……」

「……そういやそうだったな」

 

 2人の顔に嫌な汗が流れる。

 

「おいおい……マジで徒歩とかじゃねぇだろうな」

「いや流石にそれは無い……と思う」

 

 2人の頭に不安が駆け巡る。しかしそれは、聞こえてきたエンジンサウンドによって掻き消されることになった。

 

「この音……ボクサーサウンドだな」

「登ってくる感じだな」

 

 徐々に近づいてくるエンジンサウンド。その音の持ち主は、暫くして2人のいる駐車場に現れた。

 

「あー、なるほどな」

 

 ケンタがその車――青色のGDA-B型インプレッサを見て納得する。インプレッサはそのまま2人の前で停車した。

 

「遅いぞ」

「ごめんごめん。車のキーが見つからなくってさ」

 

 愚痴る純一に対し、インプを運転していた水越 眞子(みずこし まこ)は手を合わせる。

 

「こんばんわ。すいません、無理言ったのに遅れてしまって……」

「気にするなよ、一応はこれも仕事だからな」

 

 ケンタにお詫びを言いながら助手席から降りてくるのは、エボ6のオーナーである朝倉 音夢(あさくら ねむ)

 

「それじゃ、これが今回の作業記録書。あと車のキーと領収書な」

 

 ケンタは数枚の用紙が入ったファイルとエボ6のキーを音夢に渡す。

 

「ありがとうございます。それじゃあ早速、試走してきますね」

「ああ。事故には気をつけろよ」

 

 音夢は愛車のエボ6へと乗り込み、3人に見守られながら、ゆっくりと初音山へとコースインしていった。

 

「今回はどんな作業したの?」

 

 眞子が2人に尋ねる。

 

「特には何もしてないな。精々オイル交換とアライメント調整くらいってとこか」

 

 純一がそう答えると、ケンタがジト目で純一を見る。

 

「“特には”ねぇ……お前、勝手にインテークパイプとブレーキパッド交換したろ」

「……何のことかな?」

 

 純一は明らかに目をそらす。

 

「バレてねーとでも思ってたのか? 給料からはキッチリ引いとくからな」

「なっ……!?」

「ちなみに音夢ちゃんに渡した作業記録書と領収書にもばっちり記載してるからな」

 

 悪い笑顔を浮かべるケンタ。完全なプライベート作業でなら工場の使用すらも気前よく許可する性格の彼だが、仕事となると話は別である。

 

「ったく。一声でも掛けてくれりゃあ、営業時間外に身内価格で作業してやるのによー」

「……すんませんでした」

 

 ため息をつくケンタに、純一は静かに土下座する。

 

「まぁそろそろ交換時期だったし身内の車だから、これ以上は何も言わねぇけどさ」

「有難いお言葉を頂き感謝します」

「……なーにやってんだか」

 

 純一とケンタのやり取りを見て、眞子が呆れ顔でそう呟いた。

 

「それで、アンタ達はどうやって帰る気なの?」

「俺は音夢と一緒にエボ6乗ってそのまま帰るぞ」

「んなもん、お前にショップまで乗っけてもらうに決まってんだろ?」

 

 さも当然の如く2人は答える。純一はともかくケンタは完全に人任せである。先ほどまで純一に説教していたとは到底思えない返答だ。

 

「まぁそんな事だろうと思ったけどね」

「察しが良くて助かる。んじゃ純一、また明日ショップでな」

 

 純一にそう言うと、ケンタはインプの助手席に乗り込む。

 

「じゃあね、朝倉」

「おう。気を付けてな」

 

 眞子も純一に別れを告げてインプに乗り込み、車を発車させて彼のもとを後にした。

 その後ゆっくりとしたペースで初音山を下るインプ。その車内ではケンタと眞子が談笑している。

 

「それでよー……ん?」

 

 暫く笑いを交えながら眞子と話していたケンタだが、ふと訝しげな眼をしてサイドミラーを覗き込む。

 

「なに、どうしたの?」

「直線で速い車が1台追いついてくるな、ハザード出してパスさせとけ」

 

 ケンタにそう言われて眞子もバックミラーを覗き込むと、そこには後方から追いついてくるヘッドランプが映っていた。

 眞子は彼の指示通りハザードを出して緩やかに減速して車体を左に寄せ、明確な意思を持って進路を譲る、いわゆる“お先にどうぞ”のサインを示す。このサインを受けた場合は、パッシングを行った後ハザードを出しながら追い抜いて行くのが、初音山の走り屋の間には深く浸透している。

 しかし、今回後ろから迫ってきている車は勝手が違った。そのままインプの後ろに留まり、短いパッシングを数回行う。

 

「おいおい、バトル申し込みサイン出してるぞ」

「こっちはハザード出して減速してるんだから、その意思は無いってことくらい分からないのかしら?」

 

 眞子はそのままハザードを出し続けるが、後ろの車はお構いなしにパッシングを続けてくる。お世辞にもマナーの良い走りとは言えない。

 

「いい加減にしてほしいわね……」

 

 眞子は呆れた顔で、インプを路側帯へ放り込み完全に停車させると、今まで後ろにいた車――黒色のミツビシ GTOはようやくインプを追い抜いて行った。

 

「……島外ナンバーか」

 

 ケンタが追い抜いて行ったGTOのナンバーを見て呟く。

 

「まったく。何なのよあの車」

「まぁまぁ、あんまり気にすんなよ」

 

 不機嫌そうにGTOに対して言葉を言い放つ眞子をなだめるケンタ。

 

「今度会ったら叩きのめしてやるわ」

「お前の場合はリアルファイトになりそうだから止めとけ」

 

 割と本気でそう願うケンタ。眞子はそんなことしないわよ、と言いたげな表情で彼を見る。

 

「それより早く帰ろうぜ、萌先輩だって車が無いと不便だろ」

「正直言うと、あんまり車運転させたくないんだけどね……すぐ寝ちゃうし」

 

 ため息を吐きながらも眞子は運転席に戻り、ケンタも助手席に乗り込むと、インプは初音山を下って行った――。

 

 


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