D.C.Street.Runners.~ダ・カーポ~ストリートランナーズ   作:ケンゴ

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Act.18 訪島者⑥ -異色-

「うーん……」

 

 怪訝な表情を浮かべながらPCの画面を見つめる楓花。

 その画面には相変わらず、凄まじい速度でコーナーを駆け抜けるMR-Sの姿が映っていた。

 

「どうしたの?」

 

 楓花の表情に気付いたことりが、彼女に問いかける。

 

「いや~……別に大したことじゃないんですけど、お兄ちゃんがコーナーで離されるって珍しいなぁと思って」

「松山さんはコースを熟知してないはずだし、それにGT-Rは車重も重たいし当然じゃないのかな?」

 

 何処か納得のいかない声色で話す楓花に、ことりが至極当たり前の言葉で返答する。

 確かに地元の走り屋では無い松山が、コースを熟知しており地元でも指折りの走り屋であるケンタに追いつくことは難しいはずだ。

 更に松山が操るGT-Rは車体が重い車種の為、軽量なMR-Sにコーナリング速度で競り負けるのは仕方のない事だと分析することり。

 

「普通に考えたらそうなんですけどね~……」

 

 それは楓花が、兄である松山の“走り”をよく知るからこその疑問だった。

 

「そうね、あの34Rで兄さんが先行車に距離を詰めていけないとは考えにくいわよね」

 

 巧みなテールスライドでコーナーを駆け抜けるMR-Sの動きを、PC画面から目線を外さずに注視している萌も楓花と同じ感想を述べる。

 

「それともう一つ気になる事があるんだけど……」

「何かしら?」

 

 今度はPCの画面から視線を外した萌の問いかけに、楓花は暗闇に飲み込まれていく道路の先を見つめながら言葉を紡ぐ。

 

「MR-Sってさ……“あんな音”してたっけ――?」

 

 

 連続ヘアピン区間を軽快に駆け抜けるMR-S。それに少し遅れる形で34Rもその後を追うが、2台の距離はスタートした時よりも若干ではある物の明らかに離れていた。

 コーナーを立ち上がる度、わずかではあるがMR-Sが34Rとの距離を稼いでいる。

 

(少し離され気味、か)

 

 松山は前を走るMR-Sのテールランプを見つめながらそんなことを思うが、その顔に焦りなどと言った表情は見受けられない。

 むしろ想定の範囲内と言ったような、余裕のある表情にも見える。

 

(まぁ流石にブレーキングが多くなるヘアピン区間じゃ、大人しく待つしかないよな)

 

 重たい車体の34Rでハードなブレーキング競争を何度も行うのはリスキーだと考えている松山は、ブレーキングからターンインにかけてはMR-Sに離されても我慢の走りを強いられることになる。

 しかしコーナー脱出時の加速勝負はこちらに歩がある状況であり、コーナリングをトータルで見れば多少MR-Sに遅れる程度でさほど問題は無かった。

 

「とは言え、もし予感が的中してれば好ましい状況じゃねぇよな」

 

 これまでMR-Sの走りを見て、とある考えを持っている松山。

 

(この連続ヘアピン区間を抜ければ細かいコーナーが連続する区間。そこで予感が当たっているかどうかハッキリするな)

 

 そう考える松山の目前に連続ヘアピン区間の終わりを告げる左ヘアピンが現れる。

 先にコーナーへ突入したMR-Sは、フルブレーキングで一気にリアを振り出しドリフト状態で駆け抜けていく。

 

(ここから初音ワインディング……そろそろ来るか?)

 

 ケンタはバックミラーで34Rの動きに警戒しながらシフトレバーを3速に叩き込み、MR-Sに更なる加速を与えていく。

 細かいコーナーが多いこの区間。右に左にと連続して車体を旋回させる行為に関しては、MRレイアウトよりもFRベース可変式4WDシステムを持つ車両の方が有利だ。

 現に後ろから追ってくる34Rはコーナリングの際に左足ブレーキを多用し、横方向への車体の動きを最低限に抑え込んでいるのか徐々にその姿が近づいてくる。

 

(やっぱり追いついてくるな……重たい34Rでここまで走れるもんなのかよ)

 

 予想はしていたが実際に目の当たりにすると驚きの感情を隠せない。

 

(流石はSPEED SHOP設立者の松山 健悟――、至高の公道(ストリート)ランナーと称されるだけあるぜ)

 

 バックミラーに映る34Rの姿を見つめながら今一度、バトル相手である松山の存在感を思い知るのであった。

 

 

「多分だけど、楓花の考えは当たってるわね。このMR-Sは間違いなく“ターボ化”されてるわ」

 

 PCの画面に映る黄色いMR-Sの姿を見て、萌が衝撃的な一言を言い放った。

 

「やっぱり?」

 

 楓花も自身が思っていたことに間違いがなかったと確信した様子で、PCの画面を見つめる。

 いくら地元でコーナリング速度が速いとはいえ、MR-Sが松山が操る34Rの立ち上がり加速に対抗できるとは思えなかった。

 

「スタート加速時のシフトアップでブローオフの音がするなーとは思ってたんだけどね」

「1ZZ型エンジンのボルトオンターボ化は、MR-Sの基本性能そのままで大幅にパワーアップを果たせる最適な手段よね」

 

 PCの画面ではMR-Sの姿が徐々に近づきつつあり、34Rとの距離が詰まっている。

 

「でも――どうやらターボ化だけじゃないみたいね」

「え?」

 

 画面に映るMR-Sの姿をしばらく見ていた萌は、再び衝撃的なことを言い放つと楓花をはじめ初音島サイドの2人も驚いた顔をした。

 

「ふふっ、貴方たちのボスも兄さんに負けず劣らず、なかなか面白いことをするわね?」

 

 PCから視線を外し、ことりと純一に向かって微笑えむ萌に、楓花はどういうことなのかと尋ねる。

 

「楓花もMR-Sのエンジンサウンドが気になってたでしょ、私もスタート直後に少し不自然な音だなとは思ってたのよね」

「それはブローオフの音じゃなくて?」

「いえ、もっと単純よ」

 

 視線を楓花から初音島サイド2人に向けて、萌は核心を突く質問を行った。

 

「あのMR-S、エンジンスワップしてるでしょ?」

 

 

 右へ左へと細かいコーナー群を駆け抜ける2台。

 後ろを走る34Rをドライブする松山は、先行するMR-Sの動きをじっくり観察した後、一つの結論を出した。

 

(なるほど、予想的中だ)

 

 フッと思わず口元に笑みがこぼれる。

 

(あのMR-S、明らかに7000回転以上ブン回るエンジンを載せてやがる)

 

 ノーマルのMR-Sに搭載される1ZZ型エンジンは、どちらかと言えば低速~中速をメインに造られたトルクフルなエンジンであり、高回転域でのパワー不足を感じる代物だ。

 精々6000回転程度でパワーは頭打ちとなってしまい、ノーマルでの最高出力は140馬力と34Rに比べて半分である。

 

(1ZZにターボを装着しECUをキッチリやったところでプラス1000回転伸びるかどうかだ)

 

 ターボ化していることはスタートダッシュを見て判断出来ていたが、それを踏まえても明らかに使用しているエンジン回転数の領域がMR-Sとしては異次元だ。

 今走ってる初音ワインディングのコーナー立ち上がり速度を見て、予想は確信に変わった。

 

「ったく……まさかVTEC(ブイテック)エンジン載せてるとはなぁ」

 

 苦笑いする松山の口からはとんでもない言葉が出てくる。

 VTECエンジン――つまりホンダのスポーツ車両に搭載されているハイパワーなエンジンだ。

 

(最初は2ZZかと思ったが、あれだけエンジンをブン回してるところを見るとK20A辺りか?)

 

 2ZZ型エンジンもVTECエンジンと同じく回転数でカムを切り替えて高回転を狙えるスポーツ系エンジンだが、MR-Sのエンジン回転数はそれを余裕で超えていた。

 その辺りを踏まえると、やはり行きつく先はVTECエンジン。それもノーマル状態でかなり煮詰められたK20A型エンジンになるだろう。

 

「まさかこんなバケモンが居るとは……面白いじゃねぇか」

 

 松山が34Rのコンソールボックスに埋め込まれたボタンを押すと、ピピッと言う電子音が短く鳴った。

 それとほぼ同時に、2台の目の前に初音ワインディングの終わりを告げる、右に曲がる低速ヘアピンが姿を現す。

 MR-Sが先ほどまでと同じく、フルブレーキングを行いドリフト状態でコーナーへと進入していく。

 続いて34Rもコーナーへ差しかかるが、松山がニヤリと口元に不敵な笑みを浮かべると、34Rは今までとは全く異なる動きを始めた。

 

(なっ……!?)

 

 先にコーナーへ進入していたMR-Sの車内で、ケンタは信じられない物を見たというような表情をする。

 最早タイヤロック寸前といった状態からの凄まじいレイトブレーキングで、一気にMR-Sとの差を詰めた34Rがテールスライド状態でコーナーへと進入してくる。

 

(一気に差を詰めた!? いやそれよりも……!)

 

 大柄な34Rのボディが横滑りしながらMR-Sに近づいて来るが、ケンタにとってそれは常軌を逸した行動に思えた。

 MR-Sに比べても明らかにワイドなコーナリングラインを描いた34Rは、アウト側のガードレールまで吹っ飛んでいくが接触寸前で車体は安定し、そのまま全開でコーナーを立ち上がる。

 結果的に、1つの低速ヘアピンコーナーでMR-Sと34Rの距離がかなり詰まる事になるのであった――。




久しぶりの更新。

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