D.C.Street.Runners.~ダ・カーポ~ストリートランナーズ 作:ケンゴ
「――楓花」
純一からMR-Sのキーを受け取るケンタを見ながら、松山は妹その2である楓花に声をかけた。
「はいはーい」
今度は松山が楓花から車のキーを受け取り、それを初音島サイドの3人に見せる。
「なるほど、そういう事ですか」
「この展開で流石にノーマルのレヴォーグで走る気にはならねぇからな」
松山が見せつけてくるキーには“GT-R”のエンブレムが埋め込まれていた。
レヴォーグの横に駐車している青いBNR34型スカイラインGT-Rに、周囲の人間の視線は移動する。
「あのGT-Rって楓花ちゃんの車だったんだ?」
「えへへ~。元々はお兄ちゃんの車でしたけど、免許取ったお祝いに譲って貰ったんです。でも整備はお兄ちゃんにお任せ状態なんで、あの車の状態は完全に把握してるはずですよ」
ことりの質問に楓花が答える。
「まぁそう言うわけで34Rで相手をさせて貰う。とは言え別にバカにするワケじゃあないが、これだと流石に車の差がデカいよな?」
松山は苦笑しながら黄色いMR-Sを見つめる。
「勝負はダウンヒルで横に並んでカウントダウンでのスタートじゃあなく、先行後追い方式でのスタートで行こう。先行はMR-S、後追いが34Rだ」
「それが車のハンデという訳ですか?」
「ああ。前の車が好きなタイミングでスタートして、それに後ろが続いていく。後ろの車は当然出遅れるが、それがエンジンパワーのハンデだ」
「わかりました。それじゃあ、先行で行かせてもらいますね」
ケンタはバトル方式に了承の旨を伝えると、愛車のMR-Sに乗り込んでスタート位置へと移動する。もちろん、松山も楓花の34Rに乗り込んでそれに続いていく。
「おいおい……マジでGT-Rとやる気だぜ」
「初音オートの代表でも流石にこれはキビしいんじゃねぇか……?」
スタート位置に並ぶMR-Sと34Rを見て、駐車場から見学しているギャラリーたちは思わずそんなことを言い出す。
周囲の人々の目をくぎ付けにしながら、黄色いMR-Sが数回空ぶかしを行った後にスタートダッシュを決めた。
そしてそれにワンテンポ遅れた形で青い34Rも一気に加速し、MR-Sの後を追っていく。
「さてこのバトル、どんな展開になるかしらね」
バトル開始となり小さくなっていく2台の姿を見つめながら、微笑を浮かべる萌は小さく呟いた。
・バトル車両・
TOYOTA ZZW30 MR-S(大城 剣太)-V.S- NISSAN BNR34 SKYLINE GT-R(松山 健悟)
バトルコース「初音山・下り・夜・晴れ」
バトルBGM「STATION TO STATION(頭文字D ARCADE STAGE Ver.2参照)」
「さて……まずはお手並み拝見と行こうか」
左に緩く曲がりそのあと右に切り返す第1コーナーへ進入していく、目の前を走る黄色のMR-Sを見つめながら松山は軽口を叩く。
(流石にパワー差がデカいからな……軽さを活かしてコーナリングで差を付ける他ねぇな)
バックミラーに映る34Rの姿を意識しつつも、ケンタはアクセル全開のまま左コーナーに進入しアウト側を通るラインを描いて、次の切り替えしの右コーナーへ。
ステアリングを一気に切り込み大げさな荷重移動を起こすと、MR-Sのリアはあっという間にブレイク。しかし慌てることなくカウンターステアを当て、コーナリング速度を極力落とさずに通過していく。
「ほぉ……良いねぇ、中々やるじゃねぇか!」
ほぼ速度を落とさずにコーナーを駆けて行くMR-Sの走りを見た松山は、おもわず称賛の声を上げる。
34Rの走行ラインはMR-Sと違い、少しアクセルを抜きタックインで左コーナーをイン側のラインで駆け抜け、次ぐ右コーナーはアウト側から大胆にステアリングを切り込んで堅実かつ速いコーナリングを見せる。
彼自身は走りの世界から身を引いて暫く経つのだが、現役の公道ランナーと比べても遜色のない技量であった。
「お姉ちゃん何してるの?」
2台のスタートを見送った楓花が、レヴォーグのリアラゲッジで何やらノートPCを操作している萌に声をかける。
「ちょっと色々とね……よし、繋がったわ」
萌に誘導され楓花はノートPCに映し出された画面を見る。
そこには地図上を赤い丸印が移動する画面と、黄色のMR-Sがヘアピンコーナーに進入していく映像が映し出されていた。
「何これ!?」
「34Rに搭載してるGPSレーダーと車載カメラの映像よ。これであの2人が何処を走っているかが良く分かるわ」
「い、いつの間にそんな物を……」
「面白いでしょ。貴方たちも見る?」
驚く楓花に涼しい顔で説明をしながら、純一とことりにも画面を見るように勧める萌。
2人が画面を覗きこむと、MR-Sがドリフト状態で左ヘアピンカーブを通過する場面が映っていた。
「ず、随分とハイテクな物を使ってるんですね……」
ことりも楓花と同じ様なリアクションを見せる。
「まぁそのお蔭で2台の動きをリアルタイムで見れるのは確かに面白いけどな」
画面に映るMR-Sの動きを見ながら純一がそう言う。
「さてこのバトル、どういった展開になるのかしらね」
萌は画面を注視しながら、小さく笑みを浮かべた。
「なるほど、こりゃあ話に聞いた通りだ」
前を走るMR-Sが描くテールランプの軌跡を見つめながら、松山は感嘆の声を出す。
(スピンの速い
少しでもステアリングの操作を誤れば即スピンするであろう速度域で、安定した姿勢でテールスライドさせながら走るMR-S。
(恐らく車重の差だろうがコーナー通過速度はこっちよりも速い――いや、速すぎる)
ノーマルの状態ではあるがMR-Sと34Rとでは大雑把に比較しても、大体500キロほどの車重差がある。
もちろんお互いチューニングを施しているのでノーマル状態のそれよりも車重差は小さくなっているが、それを鑑みても明らかに“コーナー立ち上がり時の脱出速度”に差が出来てない。
暫くMR-Sの走り後ろで見ていた松山は、どうにもその部分が腑に落ちていなかった。
(予感は当たってるかも知れねぇな)
松山はフッと小さな笑みを受かべて前を走るMR-Sを見つめる。
「流石だな……」
バックミラーに映る34Rの姿を見ながら、ケンタも松山同様に感嘆の声を上げた。
(コーナリング速度はこっちの方が明らかに上なんだけどな)
コーナー脱出時に後ろを引き離せることは確認していたが、それでも思ったより距離が開いていない。
細かくコーナーが続くセクションでマージンを稼ぐつもりでいたケンタにとっては、あまり好ましくない展開である。
(高速セクションに入るまでに、少しでも引き離さないとな……)
ケンタはそんなことを考えながら、シフトレバーを3速に叩き込みMR-Sを加速させていく――。