D.C.Street.Runners.~ダ・カーポ~ストリートランナーズ 作:ケンゴ
日はすっかりと落ち静寂が街中を包み込んでいく中、初音山を登って行く1台の車の姿があった。
「感触はどう?」
「ローター研磨とパッド交換で済んだから、アタリさえ付けば問題ないな」
黒色のランエボ3の車内で、ステアリングを握るケンタが助手席に座ることりからの質問に答える。
初音オートの営業終了後に純一のエボ3の整備を開始し、先ほど整備を完了させた2人は、試運転で初音山へと来ていた。
既にエボ3の調子は元通りになっており、若干速度を上げつつクルージング走行をしている。
「前のはちょっとグレード落としたブレーキパッドだったからなぁ、流石に耐えきれなかったか」
「朝倉君の懐事情が良くわかるね……」
「この前、勝手にウチの在庫部品使いやがって給料から天引きしたからな」
苦笑しながら話す2人だったが、ふとバックミラーを見ると後ろからヘッドライトの光が近づいてくるのを、ケンタは確認した。
「どうしたの?」
「1台追い付いてくるのが居る」
ケンタにそう言われて、ことりもサイドミラーから後方を確認。そこには確かに1台の車が接近してくるのが見えた。
今ケンタとことりが乗っているのは、純一のエボ3。初音オートのステッカーを貼っている車は初音山の走り屋間では有名で、またオーナーである純一本人も走り屋たちとは仲が良いので、そこまでちょっかいをかけてくる者は少ない。
「……ちょっとペースを上げるか」
ケンタはアクセルペダルを踏む足に少しだけ力を込めると、エボ3の心臓部である4G63が唸りを上げて車体を引っ張って行く。
だが、後方から来る車は相当スピードが乗っているのか、確実にエボ3の背後へと近づいてくる。
「……向こうはやる気みたいだよ」
後方から来た車はエボ3に向けて、短いパッシングを数回行う。走り屋間でのバトル挑戦という意思表示だ。
それに対して、ケンタはハザードを3回点滅させる。それはバトル了承の合図だ。
「あんまり気乗りはしねぇが、ちょっと位なら遊んでやるよ」
ケンタはバックミラーを見ながらそう呟くと、2速までギアを落としてアクセルペダルを全開にする。
「おっ、良いねぇ。遊んでくれるってワケか」
悠然と加速していくエボ3を見て、後方よりパッシングを行った車――白いVMG型レヴォーグのドライバーである男は喜びの声を上げ、アクセルペダルを床まで踏み込んだ。
・バトル車両・
MITSUBISHI LANCER Evo.3(大城 剣太 & 白河 ことり)-V.S- SUBARU VMG LEVORG STI-Sport(???)
バトルコース「初音山・登り・夜・晴れ」
バトルBGM「SUN IN THE RAIN(頭文字D ARCADE STAGE Ver.4参照)」
バトルスタートの場所は初音ワインディング手前の少し長めのストレート。
「ッ……!」
スタートと同時に、後ろを走るレヴォーグが車体を左に振ってエボ3をオーバーテイクしようという姿勢を見せる。
相手のバトル車両も相成り、流石にケンタも驚きの表情を浮かべた。
(スタートで一気に来るか……確かにレヴォーグ、しかもSTIモデルなら戦闘力は高そうだな。とは言え……)
外見こそステーションワゴンのレヴォーグではあるが、ノーマルでも最大出力300馬力というそのエンジンスペックはランエボに勝るとも劣らない物だ。
スポーツリニアトロニックCVTという、スバル自慢のトランスミッションシステムで一瞬のタイムラグも無く速度を乗せていく。
「れ、レヴォーグ!?」
助手席のことりも、相手の車種を見て驚きの声を上げる。
レヴォーグという車のスペックは知っているが、それでも峠を全開走行する車ではないという認識をしていた。
「峠で走り屋マシンのランエボに噛みついてくるのは良いが、それでも相手を選ぶべきだな」
ケンタはそう言い放ち、3速へシフトアップ。エボ3は一気に加速し、並びかけてくるレヴォーグを突き放す。
「おー、流石はランエボ。加速力が違うねぇ」
ぐんぐん加速していくランエボの姿を見ながら、レヴォーグのドライバーは呑気な声色でそんなことを言い放つ。
「やっぱココはS#モードで行くか、せっかく地元の走り屋が遊んでくれるんだし」
ステアリングに設置されたスイッチを押し、そしてパドルシフトでギアを1つ下げる。
するとレヴォーグは更に強烈な加速を見せつけ、先行するエボ3をしっかり追従していく。
(さぁ、地元の走りを見せて貰おうか)
2台の目前に現れるのは左の低速ヘアピン。
ケンタはヒール&トゥでシフトダウンさせながら、少し早目のブレーキ制動をかける。アタリを付けたとは言え、流石にハードブレーキングを行うつもりはない。
その代わり、早めに車の向きを変えてアクセルを踏むタイミングを早くし、コーナー脱出速度を稼ごうとする。
「えッ!?」
エボ3の助手席に座ることりが驚く。気が付けば、エボ3の左横にレヴォーグのノーズが入り込んでいた。
(こっちのブレーキが甘いことを知ってやがったのか……?)
横にレヴォーグが並びかけたことにより、強制的にアウト側の走行ラインへと追いやられるエボ3。思っている以上にアクセルを踏み込むタイミングを遅くさせられ、コーナー脱出速度はレヴォーグに及ばない。
そのまま前へと抜け出すレヴォーグを見て、ことりはとある事に気付く。
「島外ナンバー……あのレヴォーグって、今日お店に来てた車じゃない?」
「言われてみれば、確かにナンバーが同じだな」
ケンタが納得するのも無理はない。あのレヴォーグの作業を担当したのは、彼だったのだから。
「島外ナンバーが飛び込みのオイル交換作業ってコトでちょっと引っかかってたが、ただの観光客じゃあ無さそうだ」
前を走るレヴォーグを見据え、ステアリングを握る手に力がこもる。昼間見た限りでは、間違いなくフルノーマル車両。しかもほぼ新車という状態のはずだ。
(つまり相当手練れた乗り手だってことか……)
ギアを1つ上げて3速へシフトアップ。前を走るレヴォーグを追従していく。
ここから先は、高速コーナーが不規則に連続する初音ワインディング区間だ。
(とは言え、その図体だと車重は相当重たいだろ。このコーナー群の横Gに耐えれるかい?)
レヴォーグが初音ワインディング区間に突入、左右に車体を振ってコーナリングを開始していく。
「おぉっと、ステア操舵が忙しい区間だなコレは」
男は軽口を叩きながら右へ左へレヴォーグの車体を旋回させ、少々大きめのロールを起こしながらコーナーをクリアしていく。
標準モデルよりも締め上げられたサスペンションだが、初音峠仕様にセッティングされたエボ3に敵うわけはない。
徐々にレヴォーグとエボ3の差が詰まってきている。
(流石にこの区間じゃこっちが有利だが、向こうは左足ブレーキを多用してアクセルを抜かずに車体を安定させてるな……)
思ったよりもレヴォーグの動きが小さい事に、ケンタは素直に驚く。よほど車体をコントロールする技術が長けていないと、到底マネ出来ない芸当だからだ。
「かなり良い走りだね、あのレヴォーグ」
「ああ、素直にスゲェと思うよ。こっちは様子見の車、向こうは峠道に不向きな車ってことが、少し物足りないと思うほどだぜ」
ケンタは口元をゆるませる。向こうのドライバーも恐らく同じ表情をしているのだろうか、と思いながらコーナリングを続けてレヴォーグを追従していく。
エボ3よりもブレーキランプが点滅するポイントが多いレヴォーグではあるが、それでも車体の動きは全く破綻していない。
2台の距離はそれほど離れておらず、やがて初音ワインディング区間のコーナー群を抜け、少々短いストレートのある高速区間へと進入していく。
「流石に立ち上がり加速はこっちの方が上か」
ストレートでの加速区間で距離をグッと詰め、エボ3とレヴォーグはテールトゥノーズ状態へ。
「やるねぇ……ソコまで詰めてくるのかよ」
バックミラーに映るエボ3の姿を見て、やはり男は軽口を叩く。
そしてストレートが終わる合図である高速の左コーナーが、2台の目前に現れる。
「おっと……」
レヴォーグが旋回を開始するが、流石に高速コーナーでは車体重量故に動きがシビアだ。脇が甘くなったところを、エボ3がすかさず狙いに来た。
少しステアリングを切り込めばエボ3が飛び込むスペースを潰すことが出来る。しかし男はステアリングの舵角はそのままで、アクセルペダルを少々緩める。
イン側に車1台分が走行できるラインを残してコーナリングするレヴォーグを、悠々とエボ3がオーバーテイクして再び前へ。
(随分と余裕だな……)
前に出たケンタは、バックミラーに映るレヴォーグを見ながらそう思う。
先ほどの高速コーナー、彼にレヴォーグを追い抜く気はあまりなく、精々コーナーへの進入速度で差を詰めて、多少のプレッシャーを与えるだけのつもりだった。
たまたま相手のインが開いたというよりも、半ば開けて貰ったスペースに飛び込んで前を譲ってもらった感触だ。
「今のって……」
助手席のことりも、先ほどのレヴォーグの動きが気になったのか、ケンタに声をかける。
「ああ、こっちの車速に合わせて走行ラインを譲ったな。まぁ車両スペック的に無理をする場面じゃないという判断を下した可能性もあるが――」
バトル開始直後のブレーキングで追い抜いて行ったことを思い返すと、余力を残していると考えた方がしっくりと来る。
(――ん?)
不意に後方よりパッシングされてバックミラーを覗くと、レヴォーグがハザードを出してゆっくりと離れていくのが見えた。
(マシントラブル……じゃねぇな)
走行ラインを譲った事を考えると、相手がただやる気をなくしただけか。減速体勢に入っているレヴォーグが徐々に離れていく。
「相手の車、離れるね」
「お互い全開じゃ無かったとはいえ、ちょっと不完全燃焼ってとこだな……まぁ良いさ」
ケンタはアクセルペダルを踏み込みランエボを加速させていくが、減速していくレヴォーグの後ろに小さくではあるがもう1つ光源が存在しているのを確認していた。
「――ったく、タイミングが良いんだか悪いんだかわかんねーな」
ランエボから離れていくレヴォーグの車内で、こちらへと猛烈に追いついてくる光源をバックミラー越しに確認した男はそう呟く。
『あら、それはどういう意味かしら?』
カーナビのハンズフリー機能で電話での通話が可能となったレヴォーグの車内に、女性の声が響く。
「言葉通りだ、さっきまで地元のランエボと遊んでたんだよ」
『……よくその車でランエボ相手にバトル吹っかけるわね、流石は兄さん』
電話相手の女性は呆れた声色。
「うるせー、このまま頂上行くだろ?」
『ええ、着いていくわ』
通話が終了し、レヴォーグともう1台の車は頂上を目指して初音山を登って行く――。