D.C.Street.Runners.~ダ・カーポ~ストリートランナーズ 作:ケンゴ
「それじゃあこのバトル、眞子は勝てないってことですか?」
コースの方へと顔を向けていたケンタに、音夢が質問をぶつける。
「さぁ……それはどうかな」
含みのある笑みを浮かべて、ケンタは音夢の方に顔を振り向いた。
「確かにプロレーサーは凄い技術を持ってる。特に今走っている宮沢はトップドライバーとして有名だしな」
ケンタは近くの石垣に腰を下ろして言葉を続ける。
「だが峠とサーキットでは基本的に“走れる環境”ってのが違う。峠には峠の走り方ってのがあるんだ」
「峠の走り方……」
ケンタの言葉を音夢が呟きながら復唱する。
「サーキット競技のレーサーと、峠の走り屋では決定的な相違点がある。それはとても単純なことだ」
ケンタは顔をコースの方へ向けて、言葉を続ける。
「そして、このバトルにおいて最も重要なポイントになるはずさ――」
このバトルで、初めて見る相手のインプレッサのテールランプ。
(このまま離されるわけには行かないわよ!)
相手がどうやって自分をオーバーテイクしていったのかは理解できないが、そんなものは頭の片隅に追いやって自分のドライブに集中する。
もうコースも残り少なくなってきている。このまま手を拱いていれば、敗北するだけだ。
(何が何でも……もう一度前に出る!)
若干長めのストレートで、3速へとシフトアップ。その後、大きく左へ回り込む穏やかなヘアピンコーナーへと突っ込んでいく。
バトル前に宮沢とケンタとがしていた会話で、相手のマシンはあまり大きく手を入れていない、ほぼノーマルに近い車であるということは把握している。
それに対し、こちらはエンジンパワーアップを施しており、暫定的なセッティングとはいえ足回りもそれなりに仕上がっている。ドライバーの技量では劣っているかもしれない、だがマシンの性能ではこちらに分があるはず。
(今更、相手がプロだとか関係ない。私は私の走りをするだけよッ!)
前を走るインプレッサのブレーキランプが赤く灯り、そのままコーナー出口へ吸い込まれていく。無駄なスライドを抑え、的確なコーナリングをしている。
続いて22Bがブレーキングを開始、ステアを一気に切り込んでリアを流していく。アクセルは全開のまま、とにかく脱出速度を速めることを意識したコーナリングだ。
(パワーはこっちの方が勝ってる。それなら、アクセルを踏める時間を少しでも長くする!)
この次は曲率キツめの右ヘアピンコーナー。そしてその後に現れるのは、初音山コース最長ストレートの高速区間。マシンの性能差を使用して追い抜けるポイントは、もうそこしか無いだろう。
先行するインプレッサのテールライトが、コーナーの曲がりに沿って揺らめく。眞子もヒール&トゥで2速へとシフトダウンさせ、やはりアクセルを多く開けることを意識したコーナリングをさせる。
(行くわよ、22Bッ!)
コース最長のストレートが目前に広がり、そしてアクセルは全開へ。一気にレッドゾーンまで跳ね上がるタコメーターの針。レブリミットまできっちり回し、そしてシフトアップ。
パワーに勝る22Bが、先行するインプレッサとの距離をどんどん詰めていく。宮沢もそれをバックミラーで確認する。
「パワー差を活かしてストレートでねじ込んでくるか……」
宮沢のインプレッサもシフトアップ。だが22Bとの距離は確実に縮まっていく。
(下り勾配がキツすぎてブーストが掛からない……。タービンがうまく仕事をしねぇ……)
ブーストメーターに目をやりながら悪態をつく。こうなればエンジンパワーが物を言う場面だ。後ろの22Bがどんどん迫ってくる。
(行ける……確実に追いついている!)
近づいてくるインプレッサの後ろ姿。眞子の闘争心に、更に火がつく。シフトレバーはすでに4速に入っており、どんどんスピードを乗せていく。
「…………ッ」
パワー差からくるストレートスピードの違いは歴然。22Bのノーズがインプレッサの左側から並びかけてくる。宮沢はブロックラインを意識していたが、この直線には対向車線に登板車線が存在するため道幅が3車線分と広い。そのため左右どちらかに、確実に横並びになれるスペースがあるためブロックラインは意味がない。
それならばコーナー進入の際、イン側の走行ラインを守ることの方が重要。そう考えた宮沢は、走行ラインはそのままの状態を維持する。
(登板車線のお蔭で俺は2車線分の道幅を使える。パワーの差はどうにもならないが、コーナリング速度ならば対抗する事が出来る……が――)
ちらりとサイドミラーに映り込む競争相手を見ると、22Bはすでに車体半分のところまで迫っている。
(イン側に切り込んでいけば、当然相手側にも走行ラインの余裕ができる……)
2台の目前に、大きく右に曲がる高速コーナーが見えてくる。インプレッサのブレーキランプが赤く光り、その一瞬後に22Bのブレーキランプも赤く点灯する。
そしてほぼ同時に2台ともからシフトダウン音が聞こえ、これまたほぼ同時に2台のステアリングが右に切り込まれた。
(ッ……若干アンダー気味か……!)
インプレッサのステアリングから伝わってくる感触が、少し心許ない。フロントタイヤが外へ流れる予感がした宮沢は一瞬だけブレーキを緩める。インプレッサの姿勢が若干崩れるが、少しカウンターステアを当てることにより軌道修正。だが、コーナリングスピードは22Bに対して劣る。
ワンサイズ大きなタイヤを履く22Bは苦も無くコーナリングを続け、そしてコーナー立ち上がりで22Bの車体がインプレッサの横に並ぶ。
「チッ……! 行かせるかよッ……!」
立ち上がりが若干ニブったインプレッサ。宮沢は思わず舌打ちをしながらもアクセルを踏み込み、22Bを前に出させない。
クロスミッションを積む22Bは、宮沢のインプレッサよりもシフトポイントが早い。そのため2台同時の立ち上がり加速では勝るが、代わりにシフトアップによる若干の息継ぎがある。
(流石に2速だとレブに当たっちゃうわね……!)
シフトアップするかどうか――、次のコーナーまで判断に悩む微妙な距離。眞子は迷わずシフトアップを選択するが、やはり加速し続けるインプレッサに対して少し不利だ。
しかし次は曲率緩めの高速左コーナー。2台はほぼ横並びの状態のため、必然的に眞子の22Bがイン側の進入ラインを獲得できる。少々インプレッサに後れを取っていたとしても、コーナーアプローチは絶対的に有利である。
「くッ……!」
2台同時に左コーナーへ進入すると同時に、宮沢の顔が渋る。ステアリングを切った角度に対し、コーナリング角度が浅いことを感じ取ったからだ。
(タイヤ半分ほど外に流れるか……!)
純正サイズ16インチのタイヤが音を上げる。DCCDでデフの駆動力をコントロールできないインプレッサは、アクセルを緩めてアンダーを消すしか方法が無い。
2台横並びで左コーナーを脱出。その際、3速ギアへシフトアップしていた22Bはもたつくことなく加速するが、2速ギアのインプレッサはレブリミットに当たってしまい、シフトアップ時の息継ぎで小さく失速してしまった。
(タイヤの残りグリップを考えると……この右の先、橋の上の高速左コーナーが勝負をかけられるラストポイントになる……)
宮沢は横を走る22Bの姿を見て、そう思案するのだった――。