D.C.Street.Runners.~ダ・カーポ~ストリートランナーズ 作:ケンゴ
2台は連続ヘアピンコーナーの区間を走行している。前を走るのは眞子の22Bで、そのすぐ後ろを宮沢のインプレッサが追走していた。
「一気に差を詰めてきたわね……!」
バックミラーに映るインプレッサの姿を見て、眞子は車内でそんな発言をする。
(マシンスペックはこっちが勝ってるはずよね)
3速へのシフトアップ。眞子の22Bはクロスミッションを積んでいるため、宮沢のインプレッサよりも早いシフトチェンジタイミングだが、パワーアップの恩恵でトルクの落ち込みなど無くスムーズに速度は乗っていく。
しかし後方を走る宮沢のインプレッサは離れない。
(……まぁ良いわ、この連続ヘアピン後は初音ワインディング――)
22Bのフロントスクリーンに、連続ヘアピンの最後を知らせる左コーナーが現れる。ブレーキペダルを踏み込みヒール&トゥでギアを1つ下げ、やはりテールを振り出してコーナーへ進入していく。
カウンターステアは無しのゼロカウンタードリフト。しかもアクセルは全開であり、スキール音を響かせながらコーナーを抜けていく。
「この区間で突き放すわ!」
眞子の22Bに少し遅れて宮沢のインプレッサも左コーナーを抜け、2台はいよいよ初音ワインディングへと突入して行く。
「でも、いくらプロレーサーだからって水越先輩の22Bに追いつくのは難しいんじゃあ……」
ケンタからの情報で眞子の相手がプロレーサーだと知った美春が、ケンタに再び質問をぶつける。
「まぁ確かに眞子の22Bは
だが、とケンタは言葉を続ける。
「やっぱドライバーの技術の差ってのはデカいんだよ。もちろん眞子の腕は確かだ、現にあの22Bを峠道で振り回して走れる位だからな」
眞子の22Bをチューニングしたのは彼であり、そのポテンシャルと眞子のドライブテクニックは重々把握している。
「それでもその車の持つポテンシャルを限界まで引き出せてはいない。理由は至極簡単で、それは眞子だけじゃなくオレ達にも通ずる物がある」
「どういうことですか?」
何を言っているのか、という表情を浮かべる美春からの質問にケンタは苦笑しながら答える。
「つまりオレ達がやっていることは、ただの“お遊び”だって事だよ。峠道で車を走らせるのはあくまでも趣味であり仕事じゃあない」
「え? でも朝倉先輩やケンタ先輩ってプロの車屋さんですよね?」
美春からのツッコミが来る。
「確かにオレや純一はプロの車屋だが
「でも眞子の相手の方は違う、と」
音夢が納得したかのような声色で呟く。
「そうだ。レーサーは車を速く走らせるのが仕事であり存在意義だ。オレ達とは根本的に“走ること”に対しての考え方が違う」
駐車スペースの車止めに腰を下ろし、ケンタは更に言葉を続けていく。
「しかもジムカーナ選手と峠道の相性は抜群だ。峠道ってのは、ジムカーナコースに勾配をくっ付けたようなもんだからなー」
ケンタは軽口を叩いて、薄笑いを浮かべた。
「っとと……忙しい区間だな」
初音ワインディングに突入した2台。後方を走るインプレッサの車内で宮沢が呟く。忙しなくステア操作を行い、インプレッサを曲げていく。
(こーゆー区間はDCCD装着車の22Bの方が速ぇよなぁ)
少し離れた22Bのテールランプを見ながら、シフトは3速ホールドのまま左右旋回を繰り返す。
(しかもクロスミッションのギア比がコーナーに対してキッチリ合ってるし……こっちは立ち上がりでブースト戻らねぇよ)
ステアリングコラム部の左上に設置された、小径のブーストメーターに目をやる。ハーフスロットルでコーナーへ進入し立ち上がりでは勿論アクセル全開だが、やはりコーナリング中のブースト圧の落ち込みが大きい。
なるべくブースト圧が落ちないよう、微妙なテールスライドを維持しての走行をする宮沢のインプレッサ。前を走る22Bは軽快にタックインを行ってクリップポイントを抜けていく。
「まぁそれを言い訳にする気は無いけどな」
前を走る22Bのテールランプが光る。それは初音ワインディングの終わりを告げる、低速ヘアピンへの進入アプローチだった。22Bは大きくテールを振り出して4輪ドリフト状態でコーナーを駆けていく。
「さてと……そろそろ反撃開始と行くか」
宮沢の目前にも低速ヘアピンが現れる。コーナーへの進入スピードと走行ラインは眞子の22Bとほぼ同じ。だがブレーキング開始の位置は、22Bと比べて大幅に遅れていた。
「お、おいおい……! あのインプレッサ、ブレーキ遅らせすぎじゃねぇか!?」
「やべぇ! 逃げろッ、車が突っ込んでくるぞ!」
低速ヘアピンでギャラリーしていた数人が慌ててガードレールから離れて避難を開始したが、それを嘲笑うかのようにインプレッサからハードなブレーキング音が聞こえてきた。超レイトブレーキングでインプレッサのブレーキローターは熱で真っ赤になり、4つのタイヤは一気にグリップを失い車体は吹っ飛ばされる。
普通ならばパニックになってしまうような挙動だが、宮沢はそこからアクセル全開。鮮やかなゼロカウンタードリフトで車体を制御し、フロントバンパーがイン側の縁石ギリギリを舐めるかのように通過していく。
「すげぇ! なんであんな速度で曲がれんだ!?」
「コーナリングスピードが水越の22Bよりも速ぇぞ!」
アウト側ガードレールのギリギリをかすめながらコーナーを立ち上がり、次のヘアピンへもドリフト状態でで突っ込んでいくインプレッサに、ギャラリーたちは騒然となった。
(……じわじわ追い上げてきたわね)
先行する22B。眞子はその車内で、徐々に近づいてくるヘッドライトの光をバックミラー越しに確認する。
(あの低速ヘアピンだけで、一気に追いついてくるなんてね。随分と巧いやつじゃないの)
ヘアピンコーナーを抜けて、22Bはアクセルを踏み込める高速区間へ突入。眞子はアクセルペダルを床まで踏み込み、それに呼応して22Bが独特のボクサーサウンドを奏でながら猛加速していく。
「でも、このパワーセクションでまた突き離すわよ!」
レッドゾーン付近までエンジンを回し、そして4速へとシフトアップ。マフラーから青白いアフターファイヤを吐き出し、初音山に22Bのエンジンサウンドが響き渡る。
「おいおい……流石に速すぎねぇか?」
加速していく22Bを後ろから見た宮沢が、思わずそう呟く。
(シフトタイミングとスピードを見る限り、軽く100馬力は乗せてるだろうな……この峠だとちょっとハイパワーな気もするが、この直線区間だと脅威だぜ。何もせずに離されちまう)
宮沢のインプレッサも4速へとシフトアップ。若干の曲がりはあるがほぼストレートと言って差し支えないこの区間で、再び22Bとインプレッサの距離は離れる。
ブーストメーターに目をやると、その針は正常値の1.1キロを指していた。視線を前へと戻すと、22Bのブレーキランプが赤く灯りそのまま右奥へと吸い込まれていく。
(あの動きから察するに右曲がりの高速コーナーか……そのあとは確か、4連続ヘアピンコーナーだったな)
頭の中でコース図を描きながら左側へと車体を振る。宮沢の目前にコーナーが迫ってくると、アクセルを少し緩めて左足でブレーキペダルを踏みながらステアを曲げる。
インプレッサは綺麗にコーナリングラインに乗り、クリップポイントを通過。宮沢はブレーキを抜いて、再びアクセル全開。4つのタイヤが地面を蹴飛ばし、猛然とコーナーを立ち上がっていく。
22Bとインプレッサの距離はまた少し詰まり、バトルは白熱してゆく――。