CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

96 / 112
最初からの言い訳で申し訳ありません……
夏は色々とイベントがあり、小説まで手が回りませんでした……
この作品以外もまったく手が回らずで、本当に申し訳ないです
そんな中で仕上げた今回の話……久しぶりに書いたので読みづらさ満点かもしれません
そんな75話……どうぞ!





code:75 そのために

 「や、夜原先輩!」

 何があったから理解したところで、桜が慌てて優の元へと駆け寄る。その表情は、すっかり青ざめてしまっている。

 無理もない。なぜなら、今まで何事も無く話をしていた優が突然殴り飛ばされたのだ。しかも、彼が尋ねてきた家の主……匠によって。『コード:ブレイカー』たちを含め、誰もが反応できなかった突然の一撃を受けた優は、額から血を流しながら壁にもたれかかっている。

 「夜原先輩! 大丈夫ですか!?」

 「ッ……!」

 いつもなら「耳元で騒ぐな」とでも言いそうなものだが、今の優は意識を保つことに精一杯なように見えた。『コード:ブレイカー』として様々な闘いを乗り越えてきた彼だったが、ほぼ限界に達しているようだった。いくら『脳』を使っていない状態だったとはいえ、たった一撃だけで優はそこまで追い詰められたのだ。

 そして、その限界まで追い詰めた張本人である匠は優に背を向け、その口元から吹き戻しをそっと離した。

 「──血を止めたら、頭を冷やしてこい」

 どこか威厳に満ちた、覇気のある声でそう呟くと、匠はそのまま部屋を出ていった。

 ただ一撃だけで、ただ一言だけでその場は静寂に包まれた。誰しもがその場から動けないまま時間だけが一秒、また一秒と過ぎていく。

 しかし、一人の人間がその静寂を破る。最も動けないはずである人間が。

 「う、ぐ……!」

 「せ、先輩! まだ動いては──!」

 「黙って、ろ……。乙女……『斬空刀』を……」

 「大丈夫、なんとかして渡しとく」

 「……すまない」

 まだ衝撃が残っているのか、頭を押さえながら優が立ち上がる。彼の身を案じ、それを止めようとする桜だったが、優はその静止を振り払って歩き始めた。そして、全てわかっているかのように立つ乙女と言葉を交わすと、彼はそのままフラフラとした足取りで部屋を出ていった。

 『…………』

 優がいなくなった部屋の中で、言葉を放つ者はいない。それほどに彼らの目の前で起こったことは衝撃的で、圧倒的だった。指一本動かすことすら困難に感じるほどの緊張感が部屋一帯を支配していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ちょっと、ちょっと~! みんなして石にでもなっちゃったの? あ、それとも優君が飛んでった時にどこか怪我してたとか?」

 もっとも、その緊張感もただ一人に関してはまったく作用していないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……え?」

 「だとしたらゴメンね~。お父さんもあーいう時は周りのこと考えないから」

 けらけらと、何事もなかったかのように話す乙女に対して周囲が感じたのは──驚愕。

 乙女は優を好意的に見ている……それはまだ会って間もない彼らもわかっている。しかし、今の彼女はどうだろうか。いくら相手が実の父親とはいえ、その意中の相手が何の説明もなく傷つけられたのだ。それなのに彼女は怒りも感じず、むしろそれが当然であるかのように受け入れているように見えた。

 「……随分と、あっさりしてるんですね。あなたの場合、父親相手でも掴みかかるかと思ったのに」

 その驚きを言葉にして乙女に伝えたのは大神。腕を組み壁に寄りかかった状態で伝えられたその言葉を聞いた乙女は、「ん~」と頬をかいてから話し始めた。

 「まぁ、今回のことに関しては優君の方に非があるからね。私がお父さんの立場でも、同じことしたかもしれないし」

 「……なぜですか?」

 「鍛冶職人にとって、鍛え上げた作品は我が子同然。特にこの『斬空刀』はお父さんが優君のために作った最高傑作。何十回も失敗して……ようやく作り上げた子なの。それを壊されれば、つい手も出ちゃうでしょ」

 「ま、待ってください!」

 匠の突発的な行動の理由を話す乙女に対し、桜は勢いよく身を乗り出して割って入った。そして、彼女はそのまま反論を始めた。

 「夜原先輩は私と大神を護ってくれたのです! 『斬空刀』はその時に折れてしまった……。だから先輩は何も悪くは──!」

 「やめな、桜小路」

 しかし、そんな桜を王子が引き止める。肩を掴まれて止められた桜は、必死な表情で王子の方に振り向く。

 「王子殿!? ですが!」

 「オレは鍛冶職人じゃねぇから全部わかるわけじゃないが……こういうのは、過程は問題じゃない。何があったとしても、刀が壊れたのは事実なんだ」

 「ッ……!」

 王子に諭され、桜は何も言えずに立ち止まる。過程と結果、どちらが大事かはここで言い合うことではないが、仮に自分の子が他者を庇って事故に巻き込まれたとする。その過程を聞けば、その子を誇りに思うことはできるが、その子を失った悲しみが癒えるわけではない。

 過程がなんであれ、事実だけは消しようがないのだから。

 「……さて! それじゃ私は『斬空刀』をお父さんに渡しつつ、ご飯の用意でもしてくるかな。今日は人が多いから張り切らないとね」

 「え? いや、オレたちは──」

 「もう暗くなり始めてるから帰るのは危ないよ。それに、多分まだいてもらわないと困るだろうし」

 「……?」

 すると、乙女は空気を変えるかのようにパンと手を叩いた。『斬空刀』の破片が入った巾着を持ち、そのまま扉に向けて歩き始めた。そして、食事を遠慮しようとする王子に対して意味深な言葉を残すと、乙女は扉に手をかけた。

 「……あ、ちなみにウチの裏手にある獣道を真っ直ぐ行くとおっきな滝があるの。優君はそこにいると思うから、もし暇だったら行ってきてもいいと思うよ」

 部屋を出る前に、乙女は優が向かった場所について簡単に説明する。結局、彼女は最後までずっと変わらぬ調子だった。優が殴られた時も、その理由を話す時も。

 そして今は……うっすらと微笑んでいるようだった。微笑んだまま……どこからか取り出した日本刀を手にしていた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──それじゃ私、ちょっとお父さんとおはなし(・・・・)してくるね?」

 「お、乙女さん……?」

 「どうぞごゆっくり~……うふふふふふふふふ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……理解はしてるが納得はしてないってことか」

 「ふふ、実に彼女らしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこか黒い微笑みを浮かべた彼女が匠とどんなおはなし(・・・・)をしたのか……探ろうとする者は誰一人としていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────────────────────────────

 

 ───────────────────────

 

 ─────────────

 

 ─────

 

 ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「匠さん……オレは、『コード:ブレイカー』になります」

 「…………」

 正座の状態で凛と背を伸ばし、彼は自身の決意を言葉にして目の前にいる恩人にぶつける。恩人は何も言わず、ただ静かにこちらを見ていた。その覚悟を確かめるかのように。

 「今まで……お世話になりました」

 「…………」

 多くは話さず、彼は床に手をついて深々と頭を下げる。たとえ返される言葉がなくとも、彼はこの道を進むことを自身で選んだ。何を言われようと……揺らぐことはない。

 「……失礼します」

 そして、最後まで恩人からの言葉はないまま彼は立ちあがろうとする。するべき挨拶は済ませた。ならばもう止まることは許されない。そうして彼は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……『斬空刀』。空気すらも斬る……最高傑作だ」

 「……え?」

 進み始めようとした彼の前に突きだされた一本の刀……鞘に入っているというのに、彼には一瞬だけそれが光を受けて輝いているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「これは、お前個人に送る刀だ。『コード:ブレイカー』になるからじゃない。『天下一品』の務めとも関係ない……刃賀匠という一人の鍛冶職人が、お前という一人の人間に託す刀」

 「ッ──!」

 その言葉を聞いた時に湧き上がった感情を、彼は忘れることは無い。全身が熱くなり、目から雫が溢れそうになってくる。しかし、それを溢れさせるわけにはいかない。それを溢れさせてしまえば、自分はここで止まってしまいそうになりそうだったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ありがとう、ございます──!」

 そうして託された刀の重みは、彼の身体の芯まで刻み込まれた。その重みを自身の手に納めながら、彼は歩きだす。安寧などない、『存在しない者』(『コード:ブレイカー』)という茨の道へ向けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────────────────────────────

 

 ───────────────────────

 

 ─────────────

 

 ─────

 

 ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ドドドドドドドド!!

 「…………」

 夜原優は……ただ無心だった。

 目を閉じた視界は暗闇に包まれ、『脳』によって聴力を使い物にならない状態にしたため耳をつんざくような滝の轟音もほとんど聞こえない。唯一感じるものは、一切の容赦なく全身に打ちつける水。少しでも気を抜けば、足場にしている岩に叩きつけられるほどの勢いで流れるそれだけが、今の優が外界から感じられるものだった。だから彼は……

 「……ホントーにいたゼ。つか、スゲー滝」

 「人間離れした身体をしてる(アイツ)じゃなきゃ、間違いなく一瞬で潰されるな」

 数m離れた先で自分のことを見ている者たちに気付くことはなかった。……正確には、気付いている様子は感じられなかった。動揺もなく、動きもなく、何も変わらずに滝に打たれ続けている。

 自分たちの存在に気付かず、ただ一心に滝に打たれている優。そこで、彼らはふと気付いた。今の優は滝に打たれているため、上の服は脱いで下の衣類だけを着ている。つまり、彼の上半身は包み隠さずに晒されているということ。だから、見ることができた。

 身体中に刻み込まれた、無数の傷痕を。

 「夜原先輩……あれほどの傷があるなんて、知らなかったのだ……」

 「いかにも、あれはかつての修業で負ったものらしいよ。『脳』で自己回復能力をいくら強化しても消えることはないほどの深い深い傷……彼が強くなろうとした証そのものさ」

 「そこまでして、夜原先輩は『コード:ブレイカー』に……」

 「それほどの覚悟と目的が彼にはあるってことだよ」

 『……ん?』

 普段は服で隠されている優の身体……そこに刻まれた傷痕を始めて見た一同は息を呑む。何をしても消えない傷を負うほどの修業をし、力を身につけて彼は『コード:ブレイカー』となった。そこに秘められた覚悟と目的について桜が思いを馳せた…………ところであることに気付く。

 なんの違和感もなく、先ほどまでいなかった人物が会話に混ざっているということに。

 「か、会長!? 今までどちらに!?」

 「いかにも、ケチな王子がバイクに乗せてくれなかったから走ってきたんだよ。全速力だったけど、ついこんな時間になっちゃったんだな」

 ぽむ、と自身の胸を叩きながら到着までの経緯を語る会長。いくら彼が珍種としての身体能力を有しているとはいえ酷なものであることには変わりはなく、現に彼は無意識に「ケチ」という文句を王子(本人)の前で言ってしまっていた。

 「それは……お疲れ様でした、会長」

 「つーか、別にいてもいなくてもよくネ?」

 「遅ぇぞ、渋谷。どこで道草食ってやがった」

 「温厚な私でも、この扱いにはキレてもいいよね?」

 「ハ、ハハ……」

 自力でやってきた会長に対し、桜は労わるような言葉をかけるが、刻と王子はまさに対照的。普段と同じ……いや、もしかしたら普段よりもハッキリと冷たい言葉をかけていた。王子に対しては常に下手に出ている会長もさすがに納得いかないらしく、なにやら負のオーラのようなものを放っていた。

 そんなやり取りに苦笑いを浮かべる桜だったが、そこでふと一つの疑問が浮かんだ。そして、何の迷いもなくその疑問を会長へと向けた。

 「そういえば会長、よく行き先がここだとわかりましたね? 確か事前に行き先を教えられたのは運転係の王子殿だけだったはずなのに」

 「え? あ~、それは~その~……」

 行き先を知らなかったはずの会長がなぜ自力でこの場所まで辿り着けたのか。桜からシンプルな疑問をぶつけられた会長は、頭をかきながら言葉を濁した。上手く言葉が出てこない彼を横目に、大神がため息をつきながら口を開いた。

 「……簡単なことですよ、桜小路さん。クソネコは最初からこの場所を知っていた……正確には、ここにいる人間たちのことを知っていた、ですけど」

 「え!? 会長は乙女さんのことを知っていたんですか!?」

 「いかにも、生徒会長だからね」

 「テメー……それ言えばなんでもオッケーだと思ってねーカ?」

 本人から答えを聞くまでもなく、見事に疑問の答えに辿り着いた大神。特に否定もしないところを見ると、どうやらその通りらしい。すると、会長は特に悪びれる様子も無く、手を挙げながら大神たちに背を向けた。

 「まぁ、知っているだけで会ったことはないけどね。というわけだから、私はひとまず挨拶しに行ってくるよ。それじゃあね~」

 「あ……お、お気を付けて!」

 「……何だったんだ、アイツ?」

 「自由やなー」

 「テメーが言うのかヨ……」

 挨拶に行く、と言って会長はさっさと行ってしまった。見送る桜をよそに、刻は意味がわからないと言いたげな表情を浮かべるのだった。

 ──ドドドドドドド!

 会長という話す存在がいなくなったことにより、彼らの間には静寂が生まれる。その静寂の中では、ただでさえ大きい滝の音がさらに大きく聞こえてくるように感じた。その滝の音に誘導されるかのように、一同は再びその滝に打たれ続けている優の姿を目に焼き付ける。

 無数の傷にまみれ、ほとんど限界に近い状態の身体。それでも彼は『コード:ブレイカー』として活動し続ける。彼以外、誰も知り得ない『目的』のために。いったい、その『目的』はどれほど大きなものなのか……それを考えると、桜は無意識に彼の名を呼んでいた。

 「夜原先輩……」

 「ハァ、ハァ……優君……」

 「どうして、そこまで……」

 「ハァ……いつ見ても、優君の半裸は犯罪的だぁ……。うふ、うふふふふふ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 『……え?』

 デジャヴ……ではないが、ついさっき感じた違和感と同様の感覚が彼らの間に流れる。そして、その違和感の正体に、彼らはそーっと視線を向け……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うふふふ……うへへへへへ……」

 これでもかというほど恍惚した表情を浮かべながら、鼻から絶賛出血中の乙女の姿を見てしまったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──ドワァァァァ!! なんかいルゥゥゥゥゥ!?」

 「お、乙女さん!? いつの間に!」

 「優君の裸が見られるのなら、ご飯の支度なんて一瞬で終わらせられるよ!」

 食事の支度をする……そう言って別行動をとっていたはずの乙女がいたことに気付き、刻は涙を浮かべながら絶叫する。まぁ、いるはずのない彼女がそこにいることも驚きだが、そこまでの恐怖を刻に与えたのは他ならぬ乙女の狂気すら感じるほどのだらしなくなった表情なのだが。

 そして、驚きながらもここに来れた理由を尋ねた桜に対し、乙女は勢いよく親指を立てながら力強い根性(欲望?)論を展開するのだった。……親指以上の勢いで流れる血に構うこともなく。

 「……とりあえず、鼻血を拭いてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いや~、失敬失敬。やっぱり久しぶりで実際に目にしちゃうとさ、抑えようとしても抑えきれない優君への愛がね~」

 「こんな血生臭い愛イヤだ……」

 その後、なんとか鼻血が止まった乙女はまるで笑い話でもするかのように軽快な様子で謝罪をした。あくまで「優への愛」と言い張る乙女。刻のツッコミという名の呟きは聞こえていないようだった。

 「しっかし……(ななばん)のことめっちゃ好きなんやな~、『ふわ丸』」

 「そんなめっちゃ好きだなんて~。将来一緒の墓に入りたいって思ってるくらいだよ~」

 「くらい(・・・)で済む話じゃないと思うんですが……。ていうか遊騎、その『ふわ丸』って乙女(この人)のことですか……?」

 「だってなんかふわふわしとるし」

 「そうですか……」

 そんなやり取りをしていると、遊騎が感心したような言葉を口にする。率直に言われたからか、乙女は赤らめた頬に手を添えながらぶんぶんと首を振り遠慮がちな言葉を返す。といっても、その遠慮もあくまで本人にとってはであり、第三者からしてみれば十分すぎるほどの気持ちを感じ取れるような言葉であった。

 「…………」

 そんな中……桜だけはどこか腑に落ちないといったような表情を浮かべていた。さらに、彼女の眼からは「疑い」の感情がひしひしと伝わってくるようだった。彼女はそんな表情で、乙女を見つめていた。

 「……乙女さん」

 「ん~? どしたの、そんな真剣な顔して」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「本当に……夜原先輩のことが好きなのですか?」

 そして、彼女はその「疑い」を「質問」として乙女にぶつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さ、桜小路……?」

 彼女の質問は、その場にいる人間たちにとっては意外なものだった。乙女が優を好いていることは、乙女のこれまでの行動を見ればわざわざ確認するようなことではない。誰だってわかることだ。

 しかし、それでも桜は聞いた。彼女はふざけてこのような質問をするような人間ではない。それは、大神たちにとっては乙女の明らかな好意以上に周知の事実だった。だから、なぜ桜がこのような質問をしたのか……その意図を察した者は一人もいなかった。

 「…………」

 その質問をぶつけられた当人すらも。

 「……好きだよ? さっきも言ったけど、一緒の墓に入りたいくらい」

 「……だったら、なぜですか?」

 しかし、桜にしてみればこの質問は当然のものだった。むしろ、聞かずにはいられない質問。そもそも彼女が求めている答えは「本当に好きなのか」に対する「YES・NO」ではない。

 彼女が知りたいのはその先……

 「なぜ……夜原先輩が『コード:ブレイカー』になるための手伝いなんてしたんですか?」

 そう、なぜ彼女は好意を持っている相手を『コード:ブレイカー』へと導いたのか。いくら自分が“エデン”と関係がある立場にあるとはいえ、どう考えてもマイナスな面が多い。“エデン”の手足となり、“悪”を裁く『コード:ブレイカー』。その日常は嘘と虚無に塗れ、常に命の危険が付きまとう。現に桜が知る限りでも、優は『コード:ブレイカー』としての闘いの中で何度も危険な目に遭っている。それこそ、一歩間違えれば本当に命を落としかねないほど。

 なにより、彼らは存在を抹消されて『存在しない者』となる。それによって一生抱えることとなる虚しさや寂しさの片鱗を味わった桜は、そんな状況へと追いこむことに意味を見出せなかった。

 「…………」

 真っ直ぐな目と共にぶつけられた桜の質問に、乙女は沈黙で答えた。しかし、そこに後ろめたさは感じられなかった。なぜなら、乙女が桜へと返すその視線もひどく真っ直ぐとしたものだったから。

 「乙女さんは……『コード:ブレイカー』がどんなことをしているかも知っているのでしょう? それなのにどうして、夜原先輩を止めなかったのですか……?」

 「…………」

 互いに目を逸らすことなく向かい合う女と女。どちらも「逃げる」という選択肢を選ぶようなことはせず、目を合わせ続ける。

 そして、目の前の相手へと一直線に向けられる感情の昂りは、桜の眼に涙という形で溢れ出た。

 「……どうしてですか? 夜原先輩が人を殺しているのを知っていて……どうしてそんな平気な顔をしていられるんですか!?」

 「桜チャン……」

 「『にゃんまる』……」

 涙と一緒に溢れ出たその言葉は、紛れもない桜がこれまでも抱えてきた感情。たとえどんな理由があったとしても、人を殺すことを良しとしない……彼女の甘さ(優しさ)

 「…………」

 「乙女さ────!」

 そんな隠そうともしない直球な感情が込められた言葉を受けた乙女は、変わらず何も語ろうとしない。抑えようとしても溢れる涙を拭いながら、桜は彼女から答えを引きだそうと言葉を────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──平気なわけ……ないでしょ…………」

 「……え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、乙女の表情がこれまで見せなかった色に染まる。それは、気を抜けば今にも押しつぶされそうなほど大きく、そして深い……そんな“哀しみ”の色だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……なーんてね。桜小路さん……だっけ? そんな真剣な顔で聞いてくるから、ついこっちも雰囲気合わせちゃったよ」

 しかし、それを見せたのはほんの一瞬。一度の瞬きの間に終わるくらいの短い時間が過ぎると、彼女はくるりと桜たちに背を向けた。声だけを聞くと先ほどまでと同じ普段の明るい彼女だったが、それが一種の強がりであることは誰しもが感じていた。でなければ、わざわざ背中を向ける必要はない。

 「……ハァーッ」

 そして、乙女は背中を向けたまま空を仰ぎ、大きく息を吐く。まるで、自分の中にある感情ごと吐き捨てるかのように。そして、ボソリと呟いた。

 「こうなったらもう……話しちゃった方が楽だよね、優君」

 「え?」

 乙女の言葉を、桜は完璧に聞きとることはできなかった。だから乙女が何を言ったのかはわからない。桜がわかったのは、こちらに振り返った乙女の表情からは先ほどの“哀しみ”はまるで幻だったかのように消えてしまっていたということだけだった。

 「……教えてあげようか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 優君が……なんで『コード:ブレイカー』になったのか……さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「え!?」

 『ッ──!?』

 突然の言葉に、桜は大きく目を見開く。桜だけではない。大神たち『コード:ブレイカー』の面々も、乙女のこの言葉は予想することなどできず、ほとんどが意表を突かれていた。

 「だって、ここまで言われちゃったら気になるだろうし。優君だって後々大変だろーしね」

 「仕方ないってことで」と続けると、乙女は近くにあった岩に座り込んだ。長い話になる……とでも言いたいのだろう。そして、彼女は再び空を仰ぐ。すでに空は黒に染まり始め、一番星がうっすらと輝き始めていた。

 「優君が『コード:ブレイカー』になった理由……それは、すごくシンプルなコト」

 人工の光もなく、空という自然の光に包まれ始める中で……乙女は語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「優君は……一人の“悪”を捜している」

 夜原優という一人の人間に隠された……深く暗い過去を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「自分の家族(・・・・・)を殺した“悪”を捜して殺す……そのために、優君は『コード:ブレイカー』になった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで、次回は過去話になります
優の過去、そして目的……それらがついに明らかになります
まぁ、当の本人は絶賛滝に打たれているのですがそこは気にせず……
それではまた次回!



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。