CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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お待たせしました!
今回から少しオリジナルの話となります!
いよいよです!
今まで謎だったあの人物の正体がついに明らかに!
いったい何者なのか……全ては最後で明らかに!
それでは、どうぞ!





code:73 イレギュラーな訪問

 それは、突然のことだった。

 

 

 

 「え? 何日か出かけるから許可が欲しい?」

 「はい」

 『エンペラー』の復活(火の玉状態)、王子の秘密や彼女の弟の生存など、衝撃だらけの一日が明けた早朝……朝食を食べ終えたと思ったら、優が会長に対して外出の許可を取ろうとしていた。

 といっても、特にこの『渋谷荘』に「出かける時は許可を取る」などというルールは存在しない。しかし、何日かという長い時間のため、念のために許可をもらおうとしているのだろう。そして、そんな突然の外出許可願いに、会長はというと……

 「いやぁ、私としては好きにしてくれて構わないよ? しばらく修業もお休みだしね。それに今は『コード:ブレイカー』としての仕事も無いらしいし」

 そう、今の『コード:ブレイカー』は全員が休暇中となっている。というのも、『捜シ者』という強敵との闘いからさほど日が経っていないというのが大きな理由だ。さらに、その『捜シ者』が討たれ、彼に従っていた多くの異能者たちも優が斃した。当面の危機を避けたため、というのもある。

 「だから特に問題なし。いかにも、許可はするよ」

 「ありがとうございます」

 ピッ、と手を挙げて優の願いを快諾する会長。優は深々と頭を下げると、「失礼します」と一言添えてから歩き出した。そのまま食堂を出ようとした……のだが、そうもいかなかった。

 「夜原先輩、どこかにお出かけですか?」

 朝食を食べ終えてすぐだったため、全員が食堂には集まっていた。そのため、優と会長の話を聞いていたのも、また全員ということだ。

 優が外出するという珍しい出来事に興味を持ったらしい桜は、なにやら楽しそうに優に声をかけたのだった。

 「ああ、そんなに長くはないが何日かは戻らない。その間、オレが担当の家事はお前らに任せることになるが」

 「ハア!? 自分だけサボる気かヨ!」

 「心配するな。その分、戻ってきてから代わる。それでいいだろ? 王子」

 「あぁ、構わねぇぜ」

 「……チッ、仕方ねぇナ」

 最初の頃なら「お前には関係ない」とでも言いそうだが、特に嫌がる様子も無く桜と話す優。すると、「家事を任せる」と聞いた途端に刻も会話に混ざってくる。『コード:ブレイカー』としての仕事は無くても、『渋谷荘』での家事分担はもちろん続いている。承諾していることとはいえ、好きなことでもない仕事が増えることが嫌なのだろう。

 だが、その分だけ後で代わるという案を出され、真の主である王子もそれをOKとした。そうなると何も言えないため、刻もそれで納得したのだった。

 「……別にオレは家事とかどうでもいいですが……珍しいですね」

 すると、今まで黙って話を聞いていただけの大神が口を開いた。誰もが思っていたが、誰も口に出さなかった「珍しい」という言葉を、優に真正面から向けた。

 「なにがだ?」

 「仕事でもないのに長く出かけるなんて今までなかったでしょう」

 それは、なにも『渋谷荘』に住むようになってからの話ではない。優は旅行とか遠出が趣味と言うような人間ではないことは、『コード:ブレイカー』として共に過ごした大神はよく知っている。だから、何日か空けるような長い外出はとても珍しいものに感じたのだ。もちろん、他の『コード:ブレイカー』も。

 そんな疑問を察しているかはわからないが……優は大神の言葉に対し、どこか言いづらそうに頭をかきながら答えた。

 「……まぁ、やむを得ない事情ってやつだな」

 「……そうですか」

 はっきりとは答えない優の返答を聞くと、大神もそれ以上は踏み込もうとはしなかった。互いのことに深く干渉しない……『コード:ブレイカー』として、彼らが今までやってきた関わり方に徹していた。

 しかし、それとは正反対にどんどん踏み込もうとしている人間もいる。

 「ところで夜原先輩。先輩はどちらまで行かれるのですか?」

 さっき話しかけて手ごたえを感じたのか、そのまま行き先についても聞こうとする桜。彼女の予想……というより期待としては、そこまで詳しくはなくても少しは教えてくれると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「言う必要はないな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、そんな踏み込む人間()の質問を優は完全にスルーし、さっさと食堂を出ていってしまった。どうやら、「出かけること」自体について聞かれるのはいいが、「どこに出かけるのか」についてはタブーらしい。

 そして、それはそのやり取りを見ていた者全員が感じ取っていた。

 「今、完璧に隠しおったなー」

 「なんだ、あいつ。不愛想な奴だな」

 「テメーみたいにふてぶてしいよりはマシだ」

 優が出ていった食堂の入り口を眺めながら、遊騎はガタガタと椅子を揺らしている。さらに、『エンペラー』も大神の左手から現れ、つまらなそうに腕を組んでいた。

 ちなみに、見事に期待を裏切られた桜はというと……

 「……あ、あれ?」

 完全に意表を突かれてしまったようで、何が起きたのか理解しきれずにいた。

 そんな混乱する桜を尻目に、刻は頬杖をつきながら当然のように呟いた。

 「ま、そーなるだろうネ。アイツ、いつも肝心なことは全然話さねーシ」

 「それはそうだが……。でも、行き先くらいは……」

 「ただ単に知られたくないだけでしょう。下手に桜小路さんに話せば、そのまま付いてきそうですからね」

 「ぬう……!」

 「図星ですか……」

 やはり『コード:ブレイカー』としての付き合いがある分、優のことを理解している刻の言葉。今までの経験からもそれを否定しきれない桜だったが、そこに大神の的を得た言葉がグサリと突き刺さる。

 思わぬところでダメージを受けた桜だったが、その後なんとかして持ち直す。そして、「教えてもらえないなら」と彼女は腕を組んで眉間にしわを寄せ始めた。

 「仕方ない……。なら、夜原先輩がどこに行くのか考えることにするのだ」

 「どうしてそこまでこだわるんですか……」

 「だって気になるのだ!」

 目の前で断られたことや元々の性格もあり、桜はどうしても優の行き先が気になってしまっていた。しかし、彼女はそこまで優のことを知っているわけではない。よくどこに行くのかもわからない彼女にしてみれば、短期間でも家を空けて行く場所なんて候補すら浮かばないのだった。

 「ぬ、ぬぅぅ……!」

 「こんなくだらないことに頭を悩ませる必要なんて無いでしょう。どうせ関係ないことなんですから放っておけば……」

 「無駄だ、零。桜小路は聞いちゃいねぇよ」

 「……はあ」

 ひたすらに頭を悩ませる桜に、隠すことなく呆れを見せる大神。やめさせようとはするが、王子の言う通り今の彼女は周りの言葉なんて聞こえちゃいない。諦めの意味を込めたのか、大神は深いため息をついた。

 「うぅむ……やはり私では思いつきそうにないのだ。大神、お前はどこか心当たりはあるか?」

 「ありませんよ……。さっきも言いましたが、アイツが長く出かけることなんて今までありませんでしたから」

 「そうか……」

 自分一人では思いつかないと悟ったのか、桜は大神にも意見を求める。面倒だと思いながらも、大神は素直に自分の意見を口にする。しかし、内容としては桜と同レベルのため、そのまま平行線をたどった。

 「……心当たりだったら、無いことも無いケド?」

 「え!?」

 しかし、そこで意外な人物が意外な言葉を口にし、桜は目を見開いた。そして、その言葉の発信源……刻の顔をジッと凝視した。

 「そ、それは本当か!? 刻君!」

 「あったりまえジャン。ちょ~っと考えればわかることだっつノ」

 「さすがやなー、(よんばん)

 信じられない、とでも言いたげな桜をよそに、刻は自身の頭を指差しながら勝ち誇ったようにして胸を張る。自信満々なその態度に、遊騎もパチパチと拍手を送るのだった。

 「それで!? 夜原先輩はどこに行ったのだ!?」

 「マーマー、桜チャン。順番に話すからサ」

 少し興奮気味の桜に詰め寄られた刻は、ひとまず彼女を落ち着かせようと距離をとる。そして、なぜか顎に手を添えて、これでもかと言うほどカッコつけた顔をするのだった。

 「まず、大事なのはタイミング。時期……ってよりは、()しか行けないところってワケ。そしてここで大切なのは……その今ってのは、『捜シ者』との闘い(デカい仕事)が終わった時だってことなんだよネ」

 自身の推理を信じて疑わない……そんな自信が見てとれる刻は、すらすらとその全容を話し始めた。おそらくだが、今の彼の頭の中では身体は子どもで頭脳は大人の名探偵のBGMでも流れているのだろう。

 「仕事自体もそうだけど、それまでも修業とか色々あって忙しかった。けど、今はその全部から解放されている。だから、アイツは行動を開始したってことサ」

 「な、なるほど……! そ、それで……肝心の行き先は?」

 「……答えを言うのは簡単だヨ。でも、桜チャンにはこれだけは言っておきたいんダ。普段は女が苦手だって言って近づこうともしない奴だけど……一応、アイツも男ってことをサ」

 「……う、うむ?」

 「…………」

 答えを催促する桜に対し、刻はどこか遠い目をして天井を見つめる。その言い回しに、黙って聞いていた大神は嫌な予感を感じるのだった。

 「ま、つまり何が言いたいのかってゆーと……」

 「い、いうと……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ちょーっと大人のお店に行って溜まったモン発散しに行っt──」

 「ドラァ!!」

 「ゲボァ!!」

 散々引き伸ばして、ようやく口にした刻の答え。そのあまりの低俗っぷりに、『渋谷荘』の主である王子は鬼神の如き顔で刻に制裁を与えた。

 「……バカが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「刻、テメェ……! 『渋谷荘』にいる以上、スケベな発言は許さねぇぞ!」

 「冗談だっつーノ! 今までになく本気でやりやがって! マジで頭が割れるかと思ったじゃねーカ!」

 「いっそ割れればよかったのに……」

 「大神ィ! 聞こえてんぞ、コラァ!」

 さっきまでの雰囲気はどこへやら、痛みに悶絶する刻は涙目になりながら王子や大神に喚き散らしていた。

 結局、全ては刻の悪ふざけだったと知り、期待していた桜は残念そうに……

 「なぁ、刻君。『ちょっと大人のお店』とはなんだ?」

 『……え?』

 ここで、彼らは一つの事実を思い出す。彼女は……極道の家で育った。そして『コード:ブレイカー』と共に、本来なら知る由もない裏の世界で凄惨な現実を見続けてきた。

 それでも、彼女……桜小路 桜という少女は、純粋(ピュア)な生き物だということに。

 「刻君?」

 「あ、いや……なんつーか、その……」

 「王子殿?」

 「オ、オレに聞くな……!」

 「大神?」

 「…………」

 「『エンペラー』殿?」

 「あ? そりゃお前、女が男に──」

 「テメェは黙ってろ!!」

 「ぶっ!」

 純粋(ピュア)すぎる彼女の問いかけに、とてもじゃないが本当の意味など言えるわけもなく『コード:ブレイカー』たちはそっと視線を外す。そんなことなど関係なしに『エンペラー』はペラペラと話そうとするが、肝心な部分を言う前に大神が全力で彼を握り潰して強制的に引っ込めさせた。

 「むぅ……! 気になるではないか! いったい何を隠して──!」

 しかし、あからさまに隠し過ぎた大神たちの態度がかえって桜を刺激した。意地でも真実を知ろうと桜が身を乗り出した……まさにその時。

 「なぁなぁ、もしかして(ななばん)……これに行くんやないか?」

 「え?」

 今まで会話に積極的に入ってこようとしていなかった遊騎が、ポツリと口を開いた。突然のことだったが、桜の意識は一気にそちらに向いた。ほぼ反射的に遊騎の方を見てみると、彼の視線は愛用しているノートパソコンの画面へと注がれていた。

 「ほら、これや」

 そして遊騎は、見えやすいようにパソコンを桜たちの方へと向けた。そして、そこに映っていたページには……

 

 

 

 

 

 

 

 

 【古くから伝わる日本の美、その全てが東北に 日本総合芸術展示会、明日よりスタート】

 

 

 

 

 

 

 

 

 『あー』

 この時、桜と王子は揃って一瞬で納得したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「な? 行きそうやろ?」

 「なになに……『初回特典で明日から三日間は入場者全員に特典をプレゼント。特典は毎日違います』か。なるほど、泊まり込みなのも納得だな」

 「さすがなのだ、遊騎君! 夜原先輩なら間違いなく行くのだ! 向こうに泊まって全部揃えるつもりなのだ!」

 どういうわけか、確固とした自信を感じて盛り上がる女性陣。それに対して……

 「……なぁ、大神」

 「……えぇ」

 ((それは違うと思っているはずなのに、否定しきれない自分がいる……!!))

 大神と刻の二人は、なんとも言えないような顔をしていた。

 ──ギィ

 「……おや、皆さん。随分と盛り上がっていますが、何のお話ですか?」

 「平家先輩!」

 すると、そこで思わぬ来客が現れた。いつも通りの制服姿で、手には官能小説を持った平家だった。余談だが、彼の姿を見た大神は、「来るのがさっきじゃなくてよかった……」と安堵していた。

 「実は夜原先輩がしばらくお出かけされるんですが、行き先を教えてくれなくて……。なので、皆でどこに行くか考えていたところです!」

 「それはそれは面白そうですねぇ。それで、答えは出ましたか?」

 「はい! 遊騎君が見事に答えを見つけてくれました!」

 目をキラキラさせながら、興奮気味に経緯を説明する桜。生き生きとパソコンの画面を平家に見せる姿を見る限り、どうやらさっきの疑問は見事に消え去ったらしい。どちらにせよ、遊騎たちに救われたという結果になった。

 そして、桜に見せられたパソコンの画面に映った展示会のホームページを見て、平家は静かにフッと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「確かに、何もなければ(・・・・・・)行っていたかもしれませんが……バッド・アンサーです。優君の行き先はここではありません」

 「え!?」

 「…………」

 平家が微笑みながら口にしたその言葉……それを聞いた瞬間、桜たちの顔は一気に驚きへと染まった。今の平家の言葉は予想とか推理ではない……完全に答えを知っている者の言い方だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……なぜ、あなたが優の行き先を知っているんですか?」

 「ふふふ、なぜでしょうね。ついでに言えば、優君がそこに行かねばならない理由も知っています。……そして、それは皆さんにも関係があるということも」

 「ハ……!? オイ、そりゃどーゆーことだヨ!」

 優が決して話そうとしなかったことを知っている。そして、それは大神たちにも関係がある。平家の口から語られた言葉は、彼らに次々と衝撃を与えた。

 「まぁ、落ち着いてください。私がここで全てを説明するよりも、良い方法があります」

 「……良い方法?」

 もったいぶるような口振りの平家。首を傾げる大神たちを前に、彼は「ええ」と頷くと……一つの提案をした。

 「なので皆さん、明日までにお出かけの準備をお願いします。トゥギャザー・ゴー・アウトです」

 『……え?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そして、翌日。

 「何日か遠出するわりには、随分と軽装なんですね」

 「まぁな。最低限の物さえあれば困らない」

 あれから優は食事時くらいしか大神たちの前には姿を見せず、ずっと部屋に籠っていた。桜を含め、誰も外出先についてなどは聞くことは無かったので、比較的平和に過ぎ去っていった。

 そして今日、ちょうど朝食と昼食の中間とも呼べる時間帯に優はウエストポーチ一つだけを持って玄関にいた。たまたま居合わせた大神は、そのまま見送りをしているというわけだ。

 「それじゃあ行ってくるが……」

 「……どうしました?」

 大神と軽く言葉を交わした優は玄関の扉に手をかけるが、すぐにそれを開こうとはしなかった。何かが引っ掛かる……とでも言いたげな表情をしている優を見て、大神は腕を組みながら首を傾げた。

 「他の連中はどうした?」

 優が引っ掛かっていたのは、大神以外の住人たち。朝食の時は確かに全員いたが、いざ自分が出かけようと部屋から出ると……大神以外の住人をまるで見かけなかった。さらに、耳を澄ましても声すら聞こえなかったのだ。

 何があったのかと感じ取った優だったが……大神の返答はサラッとしたものだった。

 「あなたと同じですよ」

 「同じ?」

 「あなたが急に出かけるなんて言ったからでしょうね。『なら自分も』って具合に出かけていきましたよ。桜小路さんはクラスメイトと遊びに、刻は都内に買い物、遊騎は最新『にゃんまる』グッズが出たとのことでそれを買いに……オレももう少ししたら出かけます。この前の台風で缶詰を大分消費したので」

 「ちなみに、オレもこれから渓流釣りだ。こき使うために渋谷も連れていくぜ」

 「せ、せっかくの休日が……」

 「ああ……二人はいたのか。しかし……うん、まぁ…………あり得るか」

 出かける優に感化されて、それぞれが出かけていった……一見すると少し嘘っぽいことだが、普段から予想外なことをしている彼らだ。特に桜なんて、すぐに「なら私も出かけちゃうのだ!」と言っている姿が目に浮かんだ。

 大神、そしてタイミングよく現れた王子と会長。優は改めて彼らに向き直った。

 「……じゃあ、行ってくる」

 「お気を付けて」

 「帰って来たら覚悟しとけよ」

 「いかにも~」

 ──バタン

 『…………』

 怪しむことも止め、そのまま玄関から外へ出た優。その後、王子はこっそりと窓の傍まで移動し、そこから外を見て彼がしっかりと外に出ていることを確認する。

 そして、確かに優が『渋谷荘』から離れ、その姿が見えなくなったところで……彼女はやる気を見せるかのように、拳を自身の掌に向けて放った。

 「よし! オレたちも出発するぞ!」

 「いかにも! 作戦開始なんだな!」

 (なんでオレまでこんなことを……)

 やる気十分な王子と会長に対し、大神はこの上なく冷めた顔つきで顔を俯かせていた。しかし、そんなことはお構いなし。王子と会長に引っ張られながら、大神も『渋谷荘』を出るのだった。

 そして残ったのは、「本日不在」の看板を玄関に下げた『渋谷荘』だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おーい! 大神~! 王子殿~! こっちなのだ~!」

 優が『渋谷荘』を出発して数時間後……とある山の麓に『渋谷荘』の住人たちは集合していた。待ってましたとばかりに手を振る桜の視線の先には、バイクに跨る王子と大神の姿があった。

 彼らも桜たちの姿を見つけると、そのまま彼らの近くでバイクを停めた。

 「よう、待たせたな」

 「私たちもさっき着いたところだから大丈夫なのだ!」

 「大丈夫じゃねーヨ! さっきから蚊が多すぎて刺されまくってるっつーノ! あ~! 痒い痒い痒い!」

 「(よんばん)の血が美味いからやろ?」

 「嬉しくネー!!」

 遅れての到着について、桜は満面の笑みで気にしていないことを告げる。それとは対照的に、後ろの方では刻が身体の至るところを掻き毟りながら文句を言っているのだが。

 「ったく、しょうがねぇな……。ホレ、かゆみ止めの薬だ。念のためにと思って虫よけスプレーも持ってきたから、これも使っとけ」

 「さすが王子殿、準備は完璧なのだ」

 「た、助かる……! サンキュー、王子」

 そんな刻を見て、王子は呆れながらも持ってきた荷物の中から薬とスプレー缶を渡す。『渋谷荘』でも発揮している彼女の準備の良さに、桜は感心し、刻は感動の涙を流すのだった。

 「……さて、見送り係(・・・・)のお二人が来たということは……優君は無事に出発したということですね?」

 「……えぇ、大丈夫ですよ」

 すると突然、今まで会話に入ってこなかった平家がその場で立ち上がる。ちなみに、彼は愛用のティータイムセット(テーブルと椅子付き)で官能小説を読んでいたため、山の麓とは思えない光景がそこには広がっていた。

 そんな異様な光景をスルーし、見送り係(・・・・)である大神は無事に優が出発したことを平家に伝える。その報告を聞いた平家は、フッと怪しく微笑む。

 「では作戦は成功……というわけですね。イッツ・パーフェクト・プランです!」

 作戦(・・)……それこそが、王子と大神が見送り係(・・・・)と呼ばれた理由だった。そう、『渋谷荘』の住人たちの突然の外出……それ自体が、平家が立てた作戦だったというわけなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、概要はこうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ①まず優以外の住人たちを、バスグループ、電車グループ、見送り係の三グループに分ける。

 ②朝食後、バス、電車の順に外出する。この際、優に怪しまれないよう時間をずらす。

 ③見送り係は優が怪しまずに出発したことを確認したところで出発する。

 ④それぞれの手段で、第一の目的地である山の麓まで辿り着く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、いうわけである。ちなみに、内訳としてはバスに平家・刻、電車に桜・遊騎、見送り係に大神・王子・会長といった具合だ。まぁ、例外を除いたほとんどの者が大神のように嫌々やっていたのだが。

 その例外とは、もちろん言うまでもなく……

 「むぅ……それにしても、せっかくなら私が夜原先輩をお見送りしたかったのだ」

 「あなたの場合、すぐにボロを出して終わりでしょう……。何か質問された瞬間、ウソ顔になるところが想像できます」

 「そ、そんなことは……ないぞ?」

 「…………」

 優を見送ることができなかったことを悔しがる例外()だったが、大神は容赦することなく的確なツッコミを彼女に向ける。桜はその言葉を弱々しい言葉で否定するが……そうやって否定している時の表情がすでに「ウソ顔」になっていることに、彼女は気付いていない。

 「……さぁ、それでは皆さん。このまま本当の目的地まで移動しましょう。レッツ・ゴー・マウンテンです!」

 「ゲー!! まさかとは思ってたケドやっぱり山の中かヨー!!」

 すると、そこで平家が出発の号例を高らかに宣言し、その足取りを目の前の山道へと向ける。他の者たちがそれに続く中、麓にいるだけで参っていた刻はガックリと項垂れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、出発してすぐ……桜の中である疑問がふと浮かんだ。

 「……あれ? ところで王子殿、会長は?」

 「ああ、アイツか。オレたちはバイクで来たんだが、バイクに三人なんて乗れないからな。仕方ねぇからアイツは歩きだ」

 「……の、乗り物を使っても数時間かかる距離をですか?」

 「大丈夫だろ」

 何も気にしていないかのように「珍種だしな」と付け足す王子。しかし、王子のスパルタぶりに若干引いていた桜には、もはや何も聞こえてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ところで平家先輩」

 「なんですか? 桜小路さん」

 「私たちが今向かっている、夜原先輩が行こうとしている場所とはどんなところなのですか?」

 険しい山道を登り始めて数十分が経った頃。ちょうど休憩を挟んでいたところで、桜は平家に尋ねた。自分たちが優と同じ目的地に向かっているということはわかっている。だが、そこがどんな場所かについては誰も知らされていなかったのだ。そのため、彼女の疑問はもっともだと言える。

 「ふふふ、それは着いてからのお楽しみ……というものです」

 「そう言われると、余計に気になってしまうのだ~……」

 しかし、平家は一向に口を割ろうとはしなかった。残念がりながらも渋る桜だったが、特に効果はないだろう。

 すると、その会話に加わる者が一人。

 「だからサ~、桜チャン。昨日も言ったっショ? ちょっと考えればすぐわかるって」

 「刻……ここが『渋谷荘』じゃなくても、オレの前でスケベな発言は──」

 「だー! 違う違う! 今回はちゃんと真面目なヤツだっつーノ!」

 噴き出す汗を拭きながら、桜と平家の会話に加わる刻。昨日のデジャヴともとれる光景に、すぐさま王子が釘を刺す。なんとか王子を落ち着かせると、刻は手で自身の顔を扇ぎながら続けた。

 「こんな山の中だゼ? 少なくとも、人がいるような場所じゃない。だったら、秘密の修業場とかそういうところじゃねーノ?」

 「おお、なるほど!」

 今回ばかりは刻の発言に納得したらしく、ポンと手を叩く桜。それに調子を良くしたのか、刻はニッと笑いながらさらに続けた。

 「ま、でも誰かに会うって可能性もあるかもだけどネ。つっても、こんな山の中にいるような奴なんだから、ゴリラみたいな毛むくじゃらのオッサンだゼ、ゼッテー」

 「ふふ……さすがですね、刻君」

 「オ? もしかして大正解!?」

 「えぇ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 見事なまでの不正解です」

 ──ズザァ!

 期待させるだけさせておいて一気に落とす……定番といえば定番なやり方をされ、刻はその場で勢いよく転んでしまった。ちなみに、当の平家はいつもと同じように微笑を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「テメー! 期待させんじゃねーヨ!」

 「勝手に期待していたのは刻君でしょう?」

 「うっせー!!」

 完全にぬか喜びをさせられていたことに気付き、刻は顔を真っ赤にしながら平家に掴みかかる。だが、平家はやれやれといった様子で刻の文句を受け流していた。まぁ、ややこしい言い回しだったとはいえ勝手に期待していたのは刻の方だったため、なんとも言えない。

 「さて、刻君のくだらない話に付き合っている時間はありませんよ。先を急ぎましょう」

 「そのくだらない話をするハメになったのはテメーのせいだからナ!」

 「ま、待ってください!」

 マシンガンのように出てくる刻の文句をかわしながら、平家はそのまま先へ進もうとする。唯一の案内役である彼からはぐれれば、目的地に行くどころか帰り道すら危うくなる危険性がある。ついていくしかない桜は急いでその後を追うが、内心では目的地に着いてはまったく知らされないままの現状を不審に感じつつあった。

 「……一つだけ言うとしたら」

 「え?」

 しかし、先に進んでいた平家が突然ピタリと足を止める。何事かと思った矢先、顔だけ振り向かせた状態で平家はボソリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「目的地に関係している、とある人のことを優君に話す時、私は……『彼女』、と呼んでいます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……『彼女』?」

 平家はそれ以上は語らず、再び足を進め始める。詳しいことはまるでわからないまま。しかし、少なくとも彼らが向かっている場所……そこには『彼女』と呼ばれる女性がいることだけはわかった。

 「平家先輩は……その『彼女』殿とはお知り合いなのですか?」

 「えぇ、もちろん。よく……知っていますよ」

 「…………」

 その後、桜は黙って平家の後に続いた。ただ静かに、『彼女』と呼ばれる女性がどのような人物かを考えながら。

 彼女のことについて、悲しそうな顔(・・・・・・)で話した平家の顔を同時に浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ゼェ、ハァ……! ゼェ、ハァ……! ど、どんだけ登んだヨ……!」

 「さすがにちょっと、疲れてきたのだ……」

 「情けねーな、お前ら。オレ様は全然余裕だぜ」

 「『エンペラー』(テメェ)はまず歩いてすらいねぇだろうが……」

 『彼女』の存在がわかってから約一時間後。道なき道を進み続けた彼らは、すっかり疲弊しきってしまっていた。そろそろ限界に近い者が多い一同だが、先頭の平家は構わず進み続ける。はぐれないために、なんとか身体を動かしてそれに続く桜たち。そして、まさに今登っている坂道を抜けると……

 「お疲れ様でした、皆さん。……着きましたよ」

 木々に囲まれた坂道から、一気に視界が開けた。円状に広がったその場所には草だけが生い茂り、周りの木々とは一定の距離が保たれている。上空から見れば、ミステリーサークルのようにも見えるかもしれない。

 そして、そんな円の中心……ちょうど坂道を登り切った桜たちの直線上には、今となっては時代劇でしか見ないような、古びた木造の一軒家が建っていた。

 「こんな山の中に家が……」

 「しかも、あの造り……かなり昔に建てられたもんだナ」

 ようやく辿り着いた達成感も確かにあったが、それよりも目の前に広がる景色へと桜たちの意識は向いていた。

 今まで右を見ても左を見ても木々ばかりだった空間から一転、それなりの解放感を感じられる景色。それに加えて、今の時代では珍しい家……はっきり言って、誰もが予想していない景色だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あ、ななばんや」

 そして、その家の扉を今まさに叩こうとしている優がいるということも、誰も予想していなかった。

 「──ッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お、お前ら……!? なんでここに……!?」

 意味がわからない、と言葉にせずとも伝わってくるような、そんな混乱した表情を浮かべる優。まさかこんなドンピシャなタイミングで優と会うなど、桜たちは予想していなかった。だが、優にしてみれば彼らと会うこと自体が予想していないこと。いや、予想もしたくないことだったのかもしれない。

 しかし、現実はそんな彼の思いを打ち砕く。そして、その元凶とも言える人物は何食わぬ顔で一歩前に出た。

 「すみません、優君。私がご案内しました」

 「へ、平家さん!? どうして、そんな……!」

 「あなたの用事は私たちにも少なからず関係があります。それに、これは『あの人(・・・)』から頼まれたことでして。……次に優君がここを尋ねなければならない時が来たら、『コード:ブレイカー』全員を連れてきてほしい、と」

 「な……!?」

 優が混乱する中、ようやく大神たちをここまで案内した理由を平家は明かした。その中で出てきた『あの人(・・・)』という人物だが……おそらく『彼女』とは別人なのだろう。すでに大神たちにも『彼女』のことをわずかながら話している以上、呼び方を変える必要はない。

 だが、そうなるとそれは誰のことを指しているのか……。当然ながら思い当たる節もない桜は、おずおずとした様子で平家に尋ねた。

 「へ、平家先輩……? 夜原先輩の用事が私たちに関係あるとは……? というか、そもそもここはいったい……」

 「それは私より優君から言ってもらった方がいいでしょう。……優君にとっても、ね」

 「…………」

 桜の問いに対して、平家は優にバトンタッチする。当の優はこの状況になっても頑なに口をつぐもうとするが、ここまできた以上、彼に逃げ場はない。

 だが、彼の実力を考えれば力ずくで帰らせるという手段を取ることもできる。純粋な身体能力で言ってしまえば、彼の右に出る者はほとんどいないのだから。しかし、それをやらないということは彼が大神たちを連れてきた張本人が信頼している平家だから、そして「『あの人(・・・)』から頼まれた」という平家の言葉があるからなのだろう。

 どちらにしても、彼にとって自分の意地のためだけに大神たちを帰らせるわけにはいかない。そして、そうなると話すべきことは話すべきということも……彼はわかっていた。

 「こ、ここは……」

 諦めがついたのか、全身が震えるほど強い力で拳を握りながら口を開く優。まだわずかながらの抵抗はあるが、それでも話さなければならないということを受け入れている……そんな彼の中に渦巻く葛藤と共に、優は言葉を紡ぐ。

 「ここは……オ、オレの────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──バァン!

 「優くーーーーん!!」

 「ぶっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ガシャアァァァァン!!

 「な、なんだ!?」

 「家の中から出てきおったで」

 一瞬のうちに起きた出来事に、大神たちは開いた口が塞がらないまま驚くことしかできなかった。状況を整理すると、この家について優が話そうとしたまさにその瞬間、何か(・・)が家の中から飛び出してきて優にぶつかった。そして、そのまま少し先にある木の根元まで優もろとも突っ込んでいき、大量の砂埃を今もなお巻き起こしていた。

 その状況をわかっていても、どういう理由でこうなったのかはさっぱり理解できない大神たち。だが、一人だけ全てをわかっている人間がいた。

 「大丈夫ですよ、皆さん。少なくとも、敵などではありません」

 大神たちを落ち着かせるように、平家は掌を広げてみせる。そして、大量に巻き起こった砂埃がようやく薄くなり始めると、彼はそこにいる二人の内の一人(・・・・・・・)が見えるように自らの立ち位置をずらした。

 そして、そこにいたのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あれが『彼女』……この鍛冶屋『天下一品(てんかいっぴん)』の一人娘である乙女(おとめ)さんです」

 絹を連想させるほど滑らかな光沢を放つ腰まで伸びた灰白色のストレートへア、花と戯れる蝶を表現したような暗い青を主調にした着物。しかしその着方は本来のスタイルから見れば着崩されており、特に大きく着崩された胸元からはこの場にいる誰よりも豊かなのだと主張してくるような二つの膨らみが見えてしまっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おかえり、優君!! 七ヵ月と十三日ぶりだね!! 私の『あ~ん』でご飯食べる!? それとも一緒にお風呂入る!? それともやっぱり~……!」

 雪のように白い肌に左眼下の泣きボクロ……一般的に見ると抜群に整っているはずの美貌だが、その口元からは涎が垂れ、眼はこれでもかとばかりに血走っている。はっきり言って、嫌な意味の方で興奮しているということが一発でわかるほどだった。

 「私を食・べ・る!? キャ~!! むしろお願い! 今すぐ私を食べて、優く~ん!!」

 そして、その顔以上にだらしない発言の連発によって、大神たちはすっかり引いてしまっていた。登場の瞬間から、異常性MAXな行動や言動を見続けた彼らだったが……一つだけ揃って確信していることがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び……いや三度(みたび)。大きな嵐がこれから起こるのだろうと……大神たちは静かに悟った。

 

 

 

 

 

 

 

 




……書きたいから書いた、後悔はしていない
でも、言っておきたい

……リア充爆発四散しろ(中指立て)

というわけで、新たに『彼女』こと乙女が登場です!
色々な意味でけしからん感じが出まくっていますが……誤解ではありません、真実でございます
優と乙女の関係は! 『あの人』とはいったい! こんなアウェイな状況で大神たちはどうすればいいのか!
次回からもお楽しみに!



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