まぁ、遅い所は変わらないわけですが……
というわけで、今回は『エンペラー』復活のその後……なのですが、実は少しばかり訂正が
どこを訂正したのかというと……それは見てのお楽しみ!(モ○ナ風)
それでは、どうぞ!
異能とは、異能者が操る超常の力である。
だが、それらは全てこの世に存在するエネルギーや状態。本当の意味での超常の力ではない。しかし、『青い炎』だけは違う。この世に存在するはずもない、あらゆるものを燃え散らす炎。そんな強大な異能を操る大神だが、かつての
その『青い炎』を操って何千何万もの“悪”を燃え散らしてきた者……『コード:エンペラー』。実際に姿を見た者はいなくても、その過去を聞いただけで畏怖の念を抱くほどの存在である。
そして今、そんな存在が大神たちの目の前に現れた……
「ふん、目覚めてはみたものの……随分と退屈な顔ぶれだな。この『コード:エンペラー』様にはな」
……正確には、『コード:エンペラー』と名乗る『青い炎』の火の玉、だが。
「ギャーハハハハ! 大神! なんだよ、そのツマンネー芸はヨ!」
「『エンペラー』いう割にはちっこいわー」
「へぇ……『青い炎』を使いこなせるようになるとそんなこともできるんだな」
「いや、これは……」
自ら『コード:エンペラー』と名乗る火の玉の出現を目にした刻たちだが、誰一人としてそれを信じようとはしなかった。少なくとも、刻、遊騎、優の三人は大神が火の玉を作ったと思っている。
それに対して、当の大神はなんとかそれを否定しようとしているのか、どう説明しようかと言葉に悩んでいる。だが、そんな大神を無視して刻はニヤニヤと笑みを浮かべながら火の玉に顔を近づける。
「で? どーゆー仕組みなワケ?
「バ、バカ! やめろ!」
完全に油断している刻に対し、大神は真剣な表情と声色で彼を止めようとする。
しかし、それでも刻は止まらず、ニヤニヤとした笑みをしたまま続けた。
「ハッ、なーにをそんなに必死になってんだヨ。こんな火の玉にビビってんじゃ──」
──ボォ!
「熱ィィィィィ!?」
「気安く近寄るんじゃねぇ、このカスが」
「……だから言ったのに」
刻が「火の玉」と言った瞬間、火の玉の口から『青い炎』が放たれ、刻の全身を包み込む。もちろんそのダメージは計り知れないもので、当の刻は悶絶している。
(ま、まさか本当に……『コード:エンペラー』殿なのか……?)
傍若無人な態度に、『青い炎』を自在に操る力。なにより、大神の様子を見たことで、桜はあの日の弾が本当に『コード:エンペラー』なのではと考え始めていた。
「ふむ、まぁ仮に本物だとしても魂の分身のようなものですけどね。しかし、分身の身だろうと関係ない、全ての者に恐れ敬われるであろうその佇まい……まさに異能者の頂点に立つ『
「あんな落書きみてーな顔した火の玉のどこが──!」
呑気に納得している平家だったが、全身黒こげになった刻は涙目になりながらもあの火の玉が『エンペラー』だとは認めようとしなかった。そして、再び「火の玉」発言をすると……
「誰が火の玉だ! このクズ共が!!」
──ゴオ!
「うわぁ!」
「どっから見ても火の玉だろーガ──って、熱ィ!!」
「
「お前ら、少し落ち着──
どうやら「火の玉」扱いはタブーらしく、四方八方に『青い炎』を爆散させ始めた『エンペラー』。桜はなんとか避けたものの、遊騎や優も刻と同じように直撃を受けていた。しかも、外れた『青い炎』は容赦なく『渋谷荘』の壁を燃やし始める。木造のため、その勢いは凄まじい。
誰に対しても容赦なく『青い炎』を振るう『エンペラー』。誰も彼を止めることはできないと思われた……その時。
「ハン、カス共が! この古臭ぇ家ごと燃え散らして──」
「……おい」
「あ? なん──」
──ブミョ!
「ブッ!?」
「……ふざけんなよ? テメェ」
「お、王子殿!?」
(ふ、踏みやがったー!!)
背後という死角から、声をかけられる『エンペラー』。それに反応して振り返った直後、高々と振り上げられた足が一切躊躇することなく振り下ろされ、『エンペラー』は顔面を思いきり踏まれてしまう。
それをやった者……王子は反省の色など見せるはずもなく、冷たい眼で『エンペラー』を見下ろしていた。
「『渋谷荘』燃やすなんざこのオレが許さねぇ……。火の玉如きがイキがってんじゃねぇぞ、クソが……」
「ひ、火の玉じゃねぇ! 『エンペラー』様だ! このクソアマが、足蹴にしてんじゃねぇぞ! オレが本気出したらテメェ一人くらいけちょんけちょんに──!」
踏みつけられながら、どこか殺意が込められた王子の言葉を向けられる『エンペラー』。しかし、彼はあくまでも強気な姿勢を崩そうとはしなかった。
「じゃあ、大勢だったらどうだ……?」
だが、その態度を崩そうと不穏な影たちがぞろぞろと集まり始めた。
「オレたち『コード:ブレイカー』にケンカ売るたぁいい度胸だゼ? 火の玉君」
「なぁ、ガチンコごっこしようや」
「生憎、燃やされかけても大人しくしてるほどいい子じゃないんでな……」
「八王子が踏めるということは、無敵の『青い炎』でも分身なら攻撃は効くようですね。何が有効か調べるためにも、色々と試してみましょうか」
「『渋谷荘』の修復費どーしてくれんの?」
それぞれ、恨みや好奇心を胸に『コード:ブレイカー』たちは黒い表情を浮かべる。いくら相手が『エンペラー』といえど今やただの火の玉。さらに自分たちはすでにロストからも回復した万全の状態で、数でも圧倒的に勝っている。強気に出るのも当然だろう。
だが、強気の姿勢を崩さないのは彼も同じだった。
「お、お前ら……! 本当にやめた方がいいぞ? オレ様が本気出したら大変なことに──」
「知るかヨ! 『皇帝』殿、お覚悟ー!!」
──
──ゴア!!
「な──!?」
まさに、一瞬の出来事だった。つい先ほどまで、簡単に踏みつけられてしまうほど小さな火の玉だった存在が、一瞬のうちに自分たちの四~五倍の大きさを持った、『青い炎』によって形成された巨人と化した。
巨大な体格に相応しい巨大な四肢を持つ
(なんてデカさ……! そ、それにコイツ……全部が『青い炎』だ……! 少しでも動けば、散りも残さずに燃え散らされる……!)
(これが、さっきまで火の玉だった奴だと……!?)
(『エンペラー』の名は伊達じゃねぇってことかよ……!)
ジリジリと、全身を焦がすような熱量が刻を襲う。そのあまりのプレッシャーに、刻以外の『コード:ブレイカー』たちも身動き一つできずにいた。
『Flame……Flame……』
そんな彼らを見下ろす『青い炎』の巨人。怒りに染まった眼を向けたまま、地に唸るような声でその殺意を言葉にする。
『
そして、その怒りのままに『青い炎』の巨人は刻を燃え散らそうと、右手を閉じ──
「やめろ」
大神の、決して大きくない静かな言葉が巨人の動きを寸でのところで止めた。
『…………』
「…………」
巨人から放たれる尋常ではない殺気を前にしても大神は微塵も視線を外そうとはせず、互いに睨み合うだけの時間がじわじわと過ぎていった。
そして……
──フッ
「刻君!」
「『青い炎』、消えよった」
「チッ……!」
唐突に、巨人が元の火の玉に戻ったことでその時間は終わりを迎える。巨人が消えたことで刻も解放され、心配した桜と遊騎が彼に声をかける。
大神が止めに入ったことで最悪の事態を免れた刻だが、不覚をとられたこと、そして大神に助けられたという事実を素直には受け入れられず、隠すことなく苛立ちを見せる。だが、そこで火の玉……『エンペラー』が意外な言葉を口にした。
「……まぁ、零。お前がそこまで言うなら仕方ねぇな。オレたちは一心同体……お前の身体はオレの身体だ。そして、オレはお前の心だってわかっている。……どうやら、お前はこいつらが大事らしいな」
「……へぇ?」
「……そうなノ?」
『エンペラー』の言葉に、優は意外そうに大神を見る。苛立っていた刻も、その苛立ちをすっかり忘れて瞬きを何度も繰り返していた。
「……何を訳のわからないことを」
「ふん、相変わらず素直じゃねぇな。まぁいいさ。……だがな、零。これだけはよく覚えておけ」
──オレが目覚めた以上、お前はこれからいろんな連中に命を狙われる。こいつらを巻添えにしないよう、せいぜい気を付けるんだな。
その言葉を最後に、『エンペラー』は大人しく大神の左腕へと戻っていった。だが、それはあくまで表面上のみ。内心では、自分をぞんざいに扱う『コード:ブレイカー』たちに対する怒りを燃やしており、なんとしても彼らの弱みを握ってやろうと一人闘志を燃やしていたのだ。
そして、みんなが寝静まった夜……彼は誰かの弱みを握ろうと行動を開始した。こっそり忍び込んだ管理人室にて弱みとなる物を捜す『エンペラー』だったが、ほとんど失敗状態。落ちていた漫画に感動したり、偶然点いたテレビを興奮したりなど、特に何も発見はできない……と思っていた時だった。
「むっ! 動きやがったな、
『コード:ブレイカー』全員に対し密かにつけていたらしい、『
「なぁ、大神。なぜ『エンペラー』殿がいなくなったのがわかったのだ?」
「……『エンペラー』が離れるとわかるんです。なんとなくですけど」
「なるほど。一心同体というのはやはり本当なのだな」
「そういう桜小路さんは、どうして気付いたんですか?」
「私は偶然だ。『子犬』がトイレに行きたがったから、それに付き合っていた時にな」
「ワン……」
突然の外出を察知し、王子を尾行する『エンペラー』だったが、その後方では当の『エンペラー』を大神と桜が尾行していた。それぞれが『エンペラー』の行動を察知した理由を話し合いながら尾行を続ける二人だったが、その話題はいつしか大元である王子に関するものへと変わっていった。
「……大神、お前は王子殿の外出については知っていたか?」
「たまに出ているのには気付いていました。ですが、今日と同じでバイトではないことはわかっていたので、オレには関係ないことです」
わかってはいたことだが、桜の問いに対して淡泊な言葉を返す大神。いつもならここで、「この薄情者が!」ぐらいの声がかかりそうなものだが……今回は違った。
「私は……全然知らなかったのだ。こんな機会がなければ、気付くことなんてなかったかもしれない……。一つ屋根の下に住んでいても……私は王子殿のことを何一つ知らないのだな」
「…………」
その言葉に込められたのは、明らかな自責の念。気付いた上で何も行動しなかった大神よりも、まず気付くことすらできなかった自分を情けなく感じていたのだ。こうした生真面目さも、彼女らしいといえば彼女らしいが。
「……着いたようですよ」
すると、ちょうどよく『エンペラー』がある場所に入っていった。どうやら、そこが王子が向かった、彼女の目的地らしい。大神に言われて気付いた桜がその場所を見てみると、そこは地下へと続く階段の先にあった。わずかに開いた扉の隙間から洩れる光は、夜だということを忘れさせるほどの賑やかさを感じさせた。
「ここは一体……? と、とにかく中に入って王子殿を──」
そうして中に入った大神と桜。そこで、彼らは知った。
「──いくぞ! 次の曲は……『泪~NAMIDA~』!」
──オオォオオォオオオ!!
八王子 泪……『コード:05』を名乗る彼女が、『
『──
『
『だめ……! ぜったいにだめ……。そんなはずかしいこと、できないよ……』
『やだー!
「…………」
王子は、地下のライブハウスでの活動を終えると、一件の空き家へと向かった。ライブハウスでは
──ギィィィ
廃れているせいだろう。独特の音を立てる戸を開け、王子は迷いなく空き家の中へ入っていく。
中は、まさに使われなくなった当時のまま、という状態だった。家具、玩具、日用品……全てが定位置とも言える場所に置かれており、動かされた形跡もない。
──
「…………」
思い出そうと意識したわけでもない。だが、どうしても
だから、心が大きく揺らごうとはしない。だが、心地よく感じるようなことでもない。自分の意志に反して、頭の中で再生され続ける思い出を振り払おうと、彼女は動き──
「…………」
『…………』
動き出したところで、ちょうどよく窓から月明かりが差し込む。窓の傍に障害物など無いため、本来なら窓の形に切り取られた月明かりのみが入り込むだけだった。
しかし、その月明かりの中にはどこか見覚えのある影が映っていた。若い男の左腕と、見間違えるはずもない着ぐるみの形。
「テメェら!! コソコソそこで何してやがる!!」
「うわぁぁぁ!!」
一切容赦することなく、本気で『影』を使って攻撃する王子。常人ならば一瞬で細切れになっているであろう攻撃だが、覗き込んでいた人物たちは寸でのところでそれを避ける。
だが、その正体についてはすでに見抜かれているため、すぐさま王子の怒号が飛び交う。
「こんなところで何してやがる、『渋谷』! つーか、零と桜小路まで一緒になって何やってんだ!」
「オ、オレは別に……! 原因はこいつらで──」
『散歩でーす』
口裏を合わせたかのように振る舞う会長と
というのも、ライブハウスで王子が歌手であることを知った大神と桜は、そこでバイトをしていた会長とも遭遇した。そこで、『捜シ者』との闘いや直撃した台風、『エンペラー』が壊した部分も含めての『渋谷荘』の修復費を稼ぐために王子に歌ってもらっている、と王子が歌う理由について説明される。
だが、それが全てではないことを大神はすぐに見抜いた。そのことについて言及したところ……会長は彼らをこの空き家へ案内し、王子の弱みを見つけたい『エンペラー』は大神に有無を言わさずに同行させたというわけである。
「こっそりついてきてしまったのは申し訳ないのだ……。でも、ここって一体……ん?」
男たちとは違って素直に謝る桜だったが、王子がここにいる理由……彼女が歌う本当の理由は誰よりも気になっていた。謝りつつもキョロキョロと室内を見渡す桜は、ある物を見つけた。
「これは……写真?」
写真用の額に納められた、ほとんど埃も乗っていない写真。そこには、仲睦まじい様子で写る四人の家族の姿があった。両親と思われる、満面の笑みを見せる大人の男女。母親の膝の上に座る、まだあどけなさの残る顔立ちをした男の子。
そして、わずかに顔を赤くしてスカートの裾をギュッと掴む女の子。その女の子の顔が、桜の中である人物と繋がった。
「もしかしてこれ……昔の王子殿!?」
「いかにも、その通りだよ」
「か、可愛いじゃねぇか……!」
「……お前、さっきから何やってんだ」
隠す様子も無く、桜の予想を肯定する会長。その隣では、顔を赤くした『エンペラー』がプルプルと震えており、大神はその奇行をただ見守るのだった。
しかし、なぜこのような空き家に王子の過去を写すものがあるのか。その答えは簡単だった。
「では、ここは王子殿の……?」
「いかにも、ここは──」
「渋谷! ……それ以上は言うな」
その答えを会長が口にしようとした時、王子がすぐさまそれを止める。その表情は懇願するようでもあり、どこか悲痛なものを感じさせるようだった。
まるで、過去の傷を抉られる寸前のような。
「…………」
「……ッ」
だが、そんな王子の顔を会長は真正面からじっと見つめ返す。あくまで見えているのは着ぐるみとしての姿なのに、有無を言わさない迫力を王子は感じた。
「──くそ! 勝手にしろ!」
「お、王子殿!」
「いいんだよ、桜小路君」
普段なら自分の意見を通そうと、頭突きの一発でもお見舞いしているだろう。だが、今回ばかりは会長の迫力に圧し負けるようにして、王子は会長たちに背を向けた。
王子を心配して思わず追いかけようとする桜だったが、会長は彼女を静かに止める。
「過去っていうのは、黙って独りで抱えている内は何も変わらない。……ただの過去なんだよ」
「会長……」
まるで自身が体験したかのような、重みを感じる言葉を呟く会長。いつになく真剣な様子の会長に、桜の進みかけた足はぴたりと止まった。
そして、会長は静かに語り出した。『コード:05』……王子の過去を。
「この家は、王子が子どもの頃に家族で住んでいた家だよ」
「やはり、王子殿のご実家でしたか……」
「両親と王子、そして弟の四人家族。私は会ったことは無いけど、飾ってある写真とかを見れば仲の良い家族だったってことはわかるよ」
今でこそ空き家だが、この家はかつて王子が家族と共に過ごしていた家だと明かされる。飾ってある写真、子どもらしい独特のタッチで描かれた絵……幸せな家族だということを証明するようなもの一つひとつが、会長の言葉が真実であることを裏付けている。
「……でも、それも一瞬で終わってしまった」
「え……?」
ふと、会長の声のトーンが低くなる。そして、会長は驚愕の事実を語る。
「王子の家族は皆、異能を持っていた。そして、
「そ、そんな……!?」
家族全員が異能を持っていた、というのは冷静に考えれば納得できる事実でもある。現に王子が異能を持って生まれたのだ。血縁者も異能を持っていても不思議ではない。
だが、後半については看過することなどできない。事故に見せかけて殺された……つまりは暗殺されたという事実。会長は直接語らなかったが、異能の事実と暗殺の事実を一緒に話したことを考えると、暗殺の理由に異能が関わっているのは確かなのだろう。
「けど、両親が庇ったおかげか王子だけは生き残った。……たった独りでね。それ以降、王子は時間が許す限り家族のために色々な歌を歌っている。まるで独り生き残ったことを贖罪する鎮魂歌のようにね」
「鎮魂歌……」
それこそ、王子が歌う本当の理由。彼女が歌う歌の全ては、金や名誉などには欠片も向けられてはいない。全ては殺された家族のため……生き残ったことを“罪”と考えた所以の行動だった。
──ポォォ……ン
「……当然のことだ」
「王子殿……」
今まで背を向け、決して話に入ろうとはしなかった王子。だが、不意に部屋に置いてあったグランドピアノの鍵盤を弾き、心地の良い音を響かせる。
しかし、その直後に呟かれた彼女の声はひどく悲しい声音をしていた。
「昔の私は……弟からどんなに頼まれても、恥ずかしがって歌わなかった。……子どもだったとはいえ、自分が情けなくて仕方がねぇ。どんな歌でも……いくらでも歌ってやればよかったんだ」
「…………」
後悔の言葉を口にしながら、その言葉を噛みしめるかのように拳を握る王子。後悔と悲しみに満ちたその姿に、桜はかける言葉が見当たらずにただ見守ることしかできなかった。
「死んでから気付くものなんですよ」
だが、そこで大神が静かに呟いた。王子に背を向けて窓の外へと視線を向けたまま、自身の経験から語られるような重い言葉を。
「あの時こうしていればよかった、なぜああしなかったのか……決して埋めることはできない後悔を人は繰り返します。誰でも……生きている限り」
「大神……」
『コード:ブレイカー』として、人の死には近い日々を過ごしてきた大神。そして何より、彼はかつて生活を共にした『捜シ者』を自身の手で討っている。人知れず彼も通ってきた辛い道を語る彼はどんな表情をしていたのか……見えはしなかったが、哀しい顔をしているのだと桜は感じ取っていた。
だが、そこで誰も予想していなかった言葉を口にする者が一人。
「へっ、面白れぇ! あの凶暴女の弱みを見つけたぜ! そんなに後悔してんなら、そりゃーヒーヒー泣くんだろうな!」
「え……!?」
この上なく悪い笑みを浮かべる『エンペラー』を見て、桜は思わず目を見開く。どことなく嫌な予感を感じたが、それを止める間もなく『エンペラー』は動きだす。
「いくぞ、零! ボサッとしてんじゃねぇぞ!」
「ちょ!?」
「な……!?」
左腕を動かして、『エンペラー』は大神も連れて王子との距離を詰める。普段ならば王子もすぐに反応できたかもしれないが、思い詰めていた状態ではそうはいかない。反応が遅れたことで、『エンペラー』は難なく王子の目の前まで移動した。
「覚悟しやがれ、凶暴女! この『エンペラー』様をコケにした罰だ! 死んだ奴らの恨み節で泣き崩れやがれ!!」
──カッ!
──ドォ……ン
突如『エンペラー』の身体が光りだし、その場にいた全員が目を瞑る。ほんの一瞬の暗闇が視界を染めた後、すぐに目を開けると……そこには『青い炎』の巨人と化した『エンペラー』の姿があった。
そして、もう
「こ、これは……」
「……あなたの死んだ家族のようです」
「なに!?」
「『エンペラー』の
突然のことに混乱する王子に対し、『エンペラー』の宿主である大神は冷静に説明する。死者を呼び出すという普通ならば信じられないような内容だったが、相手は『コード:エンペラー』で、彼が操るのは超常の力である『青い炎』。人知を超えた現象を起こしても不思議ではない。
『────』
「ほ、本当に……父さん、母さん」
驚きながらも、王子は二人の顔をジッと見つめる。幼い頃の記憶とはいえ、自身の家族の顔を忘れるはずがない。二人が自分の両親であることはすぐにわかった。
最期に過ごしたあの日……死んだ時のままの姿であることも、すぐに気付いた。
「な、なんて言ったらいいか……。オレ──いや、私独りだけ生き残って……」
本来なら、死んだはずの両親と会えれば話したいことなど山のようにあるだろう。だが、王子の口から最初に出てきたのは生き残ってしまったことへの謝罪だった。
家族一緒ではなく、自分独りだけ生き残ったことを罪とするかのように。
「どう言っても許してはもらえないと思う……。だけど、今の私には……こうすることしかできない。本当に、申し訳な──」
「違う!!」
「……さ、桜小路?」
突然、今まで事態を傍観していた桜が大声を張り上げた。驚いた王子が桜の方を見ると、彼女は全身をわなわなと震わせ、とても哀しげな顔で拳を握りしめていた。
「違うのだ……王子殿。せっかくご両親に会えたのに……謝るだけなんて間違っているのだ! もっと他にもお話することがたくさんあるでしょう!?」
「そ、それは……」
真正面からぶつけられる桜の正論に、王子は思わず目を逸らす。わかってはいても、自分にできることは謝罪しかない……そう思って出てきたのが今までの言葉だったから。呑気に笑って話をすることなど自分には許されないと考えていたからだった。
「ご両親殿! 王子殿ならもう独りではないから心配いらないのだ! 我々だけでなく、刻君や遊騎君、平家先輩や夜原先輩……『渋谷荘』の皆がいる!」
そんな王子の心情を察して……いや、察してはいないのだろう。ただ純粋に、「ならば自分が」と考えて、桜は王子の両親を安心させるような言葉を必死に語り始めた。彼女はもう独りではないと、だから心配いらないと……桜は懸命に訴えかけていた。
そして、桜に続いてもう一人。両親に向けて話す者がいた。
「いかにも、いいマネージャーもついていますから。王子だったらちょっと生足出して歌えばそりゃあもうザックザク──」
──ドガッ!!
「そうだな、ザクザクぶっ殺せるな」
もっとも、その内容は自身の欲望丸出しであり、話をしていた会長は当事者である王子から容赦のない制裁を受けるのだった。
「ぼ、暴力反対だよ~!」
「誰が悪ィんだ、オラ! アァ!?」
「ちょ、ちょっと! 二人とも、仲良くするのだ~!」
『…………』
会長の発言で、一気に泥沼と化していく王子たち。ギャーギャーと騒ぎ散らして暴力をしたりと、とてもじゃないが実の両親に見せるような現場ではない。
そのカオスな現状に、王子の両親も表情を曇らせて──」
「……ったく、しょうがない奴らだ」
静かに、そう呟いた時の王子の表情……それは、心から安心している表情。
『────』
それを見た両親は、一点の曇りのない笑顔を見せる。そこには不安も、ましてや生き残ったことを憎むような感情は欠片も存在していなかった。
王子と同じ、心から安心している表情を見せて……彼らは消えていった。
──フッ
「ギャハハハ! どうだ、死んだ奴らの恨み節は! さぞ傷ついただろ!?」
「……お前も大したことねぇな。所詮は見てくれだけか」
「アァ!?」
王子の両親が消えたところで、巨人と化していた『エンペラー』も元の火の玉に戻る。あくまで王子は傷ついたと考えているようだが、結果としては傷つくどころか癒しているようにも感じる。
そんな『エンペラー』に対して毒づく大神だったが、そこで彼は今まで誰も触れようとはしなかった点について触れる。
「弟……王子の弟がいなかっただろうが」
「そ、そういえば!」
「両親二人で手一杯とは、随分と情けねぇ皇帝様だな」
そう、『エンペラー』の手で呼び出されたのは両親のみ。両親と共に死んだ弟の姿など影も形もなかった。死んだ家族の恨み節を聞かせるなどと言っておきながら、家族全員を呼び出せない『エンペラー』に呆れる大神だったが、当の『エンペラー』はというと……
「零……お前、バカか?」
「あ?」
「これでオレ様の宿主とか、心底呆れるぜ……。情けねぇ上に何もわかっちゃいねぇ」
「テメェ……さっきから何を言って──」
「
「……え?」
「エ、『エンペラー』殿……それって……」
「なんだよ……だから、この凶暴女の弟は
『エンペラー』が呆れたように放ったその一言は……王子たちに両親が現れた時以上の衝撃を与えた。今までずっと、死んだと思っていた弟が生きていた……それは、王子の心を癒すどころではない。強い希望を与える言葉だった。
「ほ、本当なのですか!? 王子殿を悲しませるための嘘だったりしないんですよね!?」
「あ? オレ様がそんな下らねー嘘をつくわけねーだろうが。間違いなく弟は生きてるぜ」
「生き、てる……」
何度も確認する桜に対し、しれっと答える『エンペラー』。それだけ淡泊ということは、何も考えずに言っているということ。それに、言い方としては失礼だが、彼は陥れるための嘘をつくならばもっと悪意に満ちた顔をするはずだ。ほんの数時間前に出会ったばかりとはいえ、彼が人を上手く騙せるような器用な人間ではないことは皆わかっていた。
『エンペラー』のその淡泊さが、その衝撃の事実を真実だと決定づけていた。
「よかった……! 本当に、生きて……! ありがとう……ありがとう、『エンペラー』……!」
「王子殿……」
胸の前に拳を握り、こうして明かされた真実を噛み締める王子。その眼から溢れる涙からは、決して悲しさを感じない。ただただ喜びに満ちた……宝石のように輝く
今までは鎮魂歌として、死んだ家族に向けて歌われていた彼女の歌。だが、これからは違う。これからはどこかで生きている弟に向けて歌うことができる……桜はそう感じていた。
「…………」
時は、数十分ほど前まで遡る。扉越しに感じる人の気配で、大神たちが外出したことを感じ取った優だったが、彼はそれを放置した上で自室に籠っていた。といっても、ただ籠っているのではない。灯りは蝋燭の火だけという暗闇の中で、彼は凛とした姿勢で正座をし、目の前にある風呂敷包みを見ていた。
──シュル
伸ばした背中を崩さぬまま、包みを丁寧に解いていく。そうして露わになった中身には……粉々に砕け散った『斬空刀』があった。
「…………」
『捜シ者』との闘いで砕け散った自らの愛刀……その変わり果てた姿を改めて目の当たりにした優は、先日、平家から全『コード:ブレイカー』に向けて話された話について思い出していた。
「……皆さん、『捜シ者』との闘いはお疲れ様でした。『Re-CODE』を仕留めることはできなかったとはいえ、『捜シ者』という一人の強大な“悪”を斃し、『捜シ者』に加担する異能者たちを壊滅状態にできたことは大きい。……ですが、これで終わりではありません。『パンドラ
「やっぱり……このままじゃダメだよな」
ボソリと、そう呟いて優は立ち上がる。窓の外に目を向けると、今日は珍しく星がよく見えた。いつもより若干ながら明るい夜の世界を、優は遠い目で見つめる。届くはずもない……ある人物へ向けて。
「行くべきか…………
その言葉を最後に、彼は蝋燭の火を消した。完全な暗闇に染まった部屋で、彼は静かに目を閉じた。
以上、『エンペラー』……というより、王子メインの回でした!
ちなみに訂正箇所はというと……ここまで読んだ方ならもうおわかりでしょう
前回の後書きで「本編二話、その後にオリジナルを三話」と書きましたが、今回の話を書いていたら「あれ? この二話繋げて書いた方がいいんじゃね?」と思いまして、一話にまとめました
なので、次回からはオリジナル展開!
ついに出ますよ、アイツが!
ここまで進められたことに、非常にテンションが上がっております!
それでは次回、お楽しみに!