CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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次こそ早く、次こそ早く……言うだけ言っても、実行できなければ意味はありませんね、申し訳ありません……
新年度いかがお過ごしでしょうか
私は疲れに疲れて、家に帰る頃には頭が働きません
そんな状態で書いた……『エンペラー』様の復活
相変わらずだらだらと書いておりますが、よろしければご覧ください
それでは、どうぞ!


※H29 11/19
 大神の指輪は『捜シ者』から貰った、という内容を訂正
 彼が貰ったのは手袋のみで、作者の思い違いでした
 申し訳ありません





code:71 おはよう、『エンペラー』様

 これは、『捜シ者』との闘いが集結して数時間後の深夜に起きた出来事──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木を隠すなら森の中……同様に、人を隠すなら人混みの中が適している。

 何か事を成すにしても、ほとんどの人間はよほど自身の好奇心を刺激しない限り、他者の行動に興味など示さない。もちろん、殺人など嫌でも注目を浴びる行為をすれば周囲の人間全てが目撃者・証人にとなる。

 「お待たせしました。『パンドラの箱(ボックス)』……持って参りました」

 だが、人が人に物を渡す行為など、意識してみようとする者など一人もいない。たとえ、渡されている物が光り輝く箱だったとしても。

 「これで、いよいよ始められます。我々の計画が」

 「…………」

 『捜シ者』との闘いの中、自身の異能を用いて『パンドラの箱(ボックス)』を奪って姿を眩ませた時雨。今、彼はある人物と共に都内の大型交差点の真ん中に立ち止まっていた。周りを無数の人が往来するが、一人として二人のやり取りに聞き耳を立てる者などいない。

 そんな中、時雨が『パンドラの箱(ボックス)』を差しだす相手……右肩にインコを乗せた人物は、何も言わずに『パンドラの箱(ボックス)』を見つめていた。

 ──ぴょこん

 すると、今まで姿を見せていなかったもう一人の関係者が、時雨の服(・・・・)から顔を出した。

 「ちょ、ちょっと時雨! この人、誰!? な、なんかすっごくヤバい感じがするYO()!?」

 先の闘いでロストした『Re-CODE』が一人、日和である。小さい亀になっている彼女を、時雨は服の内側に潜ませて行動を共にしていたのだ。唐突に『捜シ者』から受けた傷にも簡易的な処置を施されている。

 しかし、彼女は幼いながら『Re-CODE』として行動してきた一人。常人よりもはるかに恐怖というものに慣れている。だが、時雨の前に立つ人物の姿を見た瞬間、日和の全身をぞわりとした感覚が襲いかかり、彼女はすっかり慌ててしまっていた。そして日和の反応を見る限り、彼らが会っている人物は少なくとも『Re-CODE』とは関係のない人物だということが推測できた。

 「……『捜シ者』(『コード:シーカー』)は死にました。彼を斃したのは例の『青い炎』……『コード:エンペラー』の腕を持つ『コード:ブレイカー』」

 慌てふためく日和に対し、時雨は少しも表情を動かすことなく話を続ける。知り合いだからか、元々感情の起伏が薄いからか……どちらにせよ、確実なのは時雨とこの「ヤバい感じがする者(・・・・・・・・・)」は協力関係にあるということだけである。

 「……そして、『青い炎』は目覚めようとしています」

 「…………」

 わずかに目を細め、『捜シ者』との闘いの中で目にした『青い炎』の目覚めについて話す時雨。だが、相手はそれを聞いても反応を返そうとはしなかった。

 すると……

 ──ドン!

 「痛っ……! チッ、交差点で立ち止まってんじゃねーよ。邪魔くせーんだ、ボケが」

 「…………」

 突然、時雨と話していた相手の背後から歩いてきた若者がそのままぶつかった。明らかに自分が前を見ていないせいだが、一方的に文句を言って暴言まで吐いてきた。

 背中からぶつかったため相手の顔を見ていないからか、若者は日和のように恐怖を感じる様子は無い。現に、言いたいことを言うとそのまま歩き出している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──スゥ

 その中で、その人物は静かに片手を挙げた。そして、その瞬間である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ったく、ウゼ──」

 ──ドサ

 ぶつぶつと文句を口にしていた若者。だが、唐突にその文句は途切れ、そのまま力無く倒れた。

 ──ドサ、ドサ

 いや、彼だけではない。交差点を歩いていた全ての人(・・・・)が次々に倒れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「え? え? 何コレ……いったいどうし──」

 目の前で起こった出来事が理解できず、日和は時雨の服から飛び降りて斃れた者たちの傍まで駆け寄っていく。

 そこで彼女は気付いた。彼らは倒れたのではなく……斃れた(・・・)のだと。

 「し、死んでる!? 全員死んでるYO()!? どうゆうこと!?」

 交差点にいた百人は超えるであろう人々……その全てが、一人残らず命を失っていた。だが、外傷はない。見た限りの異常はない。死因も、方法も……ある一点だけを除いては謎に包まれていた。

 「……零」

 謎に包まれた中で、唯一明かされている一点。それは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「大神……零か」

 それを行ったであろう人物が……今まで閉ざしていた口を開き、不敵な笑みを浮かべているということだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時と場所は変わり、嵐を耐え抜いた『渋谷荘』の玄関では新たな騒動が起こっていた。それも、普段から非日常に生きる大神たちですら顔面蒼白となるほどの出来事である。

 『久しぶりのシャバやー! ようやく目覚めたぞー!』

 「ひ、左腕が喋ったァァァァァ!?」

 『青い炎』を操る大神の左腕……その左腕が大神の意志に反して動き出したかと思えば、流暢に喋り始めた。人間の腕が喋るなど予想できるはずもなく、その場にいた者全員が驚きを覚えた。

 『ハハハ! よう、零! 久しぶりだな!』

 「左腕から声が……!?」

 「大神君、これは……」

 「い、いや……こんなの、オレは知らない……!」

 しかし、そんなことなどお構いなしに左腕はペラペラと喋り続ける。未だ事態を飲み込めていない桜に対し、平家は左腕の宿主である大神に心当たりがないか尋ねる。だが、当の大神も何が起こっているのかわからないらしく、彼らしくもない途切れ途切れの返答が返ってくるだけだった。

 ──ガタガタガタ!

 そんな大神の動揺を表現しているかのように、左手親指にしている指輪が音を立てて揺れ始める。人見や『捜シ者』との闘いで、この指輪が『青い炎』に対して封印のような役割を持っているということは察することができる。

 だが、そんな指輪の異常を認識するよりも先に、より目立つ異常が現れる。

 ──ゴォ!!

 「なっ!? 炎が勝手に──!」

 『オイオイ、知らないってことはないだろ! オレ様だ! 『コード:エンペラー』様だ!』

 「コ、『コード:エンペラー』!?」

 突然、大神の左腕に『青い炎』が灯る。大神の反応を見る限り、これも大神の意志ではないことは明白だった。そして、左腕はまた唐突に自身の名……『コード:エンペラー』という大神たちにとってつい最近聞いたばかりの単語を口にする。その名を耳にした瞬間、大神たちの脳裏に蘇ったのは『捜シ者』との闘いの中で明かされた左腕の秘密だった。

 「確か、大神の左腕の昔の持ち主……。平家先輩、これは一体……?」

 「……話しているのは間違いなく(・・・・・)『コード:エンペラー』。おそらく、魂の分身のようなものが残留思念として左腕に残っていて、それが目覚めたのでしょう」

 「残留思念ねぇ……。ていうか、『間違いなく』とか言っちゃうってことは……平家って『コード:エンペラー』と会ったことあるの?」

 「さて、どうでしたかね?」

 「答える気は無しってわけね、ハイハイ」

 かつて何千何万という悪を燃え散らしてきた『青い炎』……煉獄の業火(サタン=ブレイズ)。それを操っていた『コード:エンペラー』であり、大神の左腕の元の持ち主。思い出すように桜はその情報を言葉にする。だが、それはあくまで確認であるため、それだけで真実に辿り着くはできない。そこで近くにいた平家に尋ねると、彼はどこか確信めいた口ぶりで淡々と現状を整理した。

 その確信めいた口ぶりが気になったのか、今まで黙って話を聞いていた優子は腕を組みながら平家に尋ねる。だが、平家は優子の方を向くことも無く適当な言葉を返し、回答をはぐらかした。こうなると絶対に答えないということをわかっているらしく、優子も潔く引き下がった。

 「バカな……!? こんなこと、今まで一度も──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──もに。

 「なっ!!?」

 平家の見解を聞いても混乱が続く大神だったが、『コード:エンペラー』は関係なしに再び動き出す。灯していた『青い炎』を消したかと思うと、そのまま「桜の胸を揉む」という目覚めて最初に行ったこととまったく同じことをしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「エロ神ィィィィ!! 状況、考えろっつノ!!」

 「正々堂々やわ。さすが大神(ろくばん)や」

 「だ、だからオレじゃない! 左腕が勝手に!! というか、桜小路さんは早く服を着てください!!」

 「す、すまぬ……! 驚きの連続で、つい……」

 言い忘れていたが、桜はまだ小型化から戻ってすぐの状態……つまりタオルを羽織っているだけで、ほぼ裸なのだ。大神に言われて迅速に服を着始めたが、さっきまでの裸同然の状態で「胸を揉む」という行為は周りの人間にとっても視覚的にダイレクトな刺激を与えるわけで、年頃とも言える刻たちには強すぎる刺激であり…………

 「天誅ー!!」

 「がっ!?」

 「断罪!!」

 「ぐはっ!!」

 その強すぎる刺激によって、二人の人間が明らかに人間を超えた勢いで大神を攻撃した。そして、その二人の人間はどす黒いオーラを纏い、有無を言わさぬ顔つきで大神を見下ろした。

 「……私の目の前で桜小路君のお胸を揉むとはね。大神君、君にそんな度胸があったとは知らなかったよ。久方振りに本気を出そうと思うんだが……相手してくれるよね?」

 「最初は驚いてスルーしちゃったけど……誰に断って桜ちゃんの身体を好き勝手触ってんの? 私、優みたいに異能は使えないけど、今だったら誰が相手でも負ける気しないよ?」

 「ヒィィィ……! か、会長と優子チャンが黒い……!」

 「だ、だからオレの意志じゃなくてですね……」

 今まで見せたこともないような迫力で大神に迫る会長と優子。会長にしてみれば実の娘を目の前で辱められたようなものだからこの怒りも納得できるが、優子に関しては完全に自分勝手な私怨だった。だが、そこから見せる迫力は本物であり、刻ですら思わず恐怖を覚えてしまうほどだった。

 そんな怒りを向けられた大神は、なんとか二人の怒りを鎮めようと説得を試みる。もちろん、望みは薄いのだが、せめて自分の意志ではないことだけはわかってもらおうと思ったのだろう。

 「この左腕が勝手にやっているわけで……」

 ──ゴォ!

 「くっ……! また勝手に炎を……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ビキ

 

 

 

 

 

 

 

 

 大神ではなく、『コード:エンペラー』の意志で動く左腕。その左腕に再び『青い炎』が灯ったかと思うと、何かにヒビが入ったような音が響いた。

 ──ビキ、ビキビキ

 その音は次第に大きくなり、そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──パキン

 「な──!?」

 先ほどまでガタガタと揺れていた、大神の親指にはめられていた指輪。今まで『青い炎』の封印の役割をしていたそれが、音を立てて破壊された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その、まさに次の瞬間──

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ゴアァ!!

 「ッ──!?」

 突然、大神の左腕全体が巨大な『青い炎』へと姿を変えた。『捜シ者』との闘いの中で見せた姿は、まだ左腕としての形を保っていた。

 だが、今回は違う。左腕どころか、何かの形を保っているわけではない。ただただ巨大な炎として広がっていった。

 「ぐ、く……! ぐああああ!!」

 「大神!!」

 「バカ! 下手に近づくナ!」

 大神の苦しむ様子から、これが彼の意志でないことは明白だった。なんとか抑えようとしているようだが、『青い炎』はそんな大神の意志に反してどんどん大きくなっていく。

 そして、大神から一際苦しそうな声が響いたかと思うと、彼の全身を含んだ周囲一帯が『青い炎』に包まれた。桜は大神を救い出そうと身を乗り出すが、すぐさま刻が静止させる。桜が珍種であるということは把握しているが、今の『青い炎』は完全に暴走している状態。何があるかわからないのだ。

 ──フッ

 しかし、『青い炎』が周囲を包んだのはわずかな間だった。すぐに『青い炎』は消えた……

 「……お、大神?」

 ──…………

 宿主である大神と共に。

 「一体どうしてしまったのだ……? いや、考えている場合ではない! 皆! 大神が心配だ! 一緒に捜すのだ!」

 「ふむ、『青い炎』が変化しているのかもしれませんね。まぁ、こういう時は落ち着くためにお茶でも飲みましょう」

 「せやせや。それにひょっこり出てくるかもしれんし」

 「エロ神のことだからナー。姿を眩まして乳揉みの件をうやむやにする気なんじゃねーノ?」

 大神の失踪に桜は血相を変えて捜そうとする。だが、桜とは対照的に平家、遊騎、刻の三人は呑気にティータイムを楽しんでいた。普段から非協力的な彼らの性格を考えれば予想できたことなのだが、今回ばかりは桜も本気なのだろう。

 「早く!!」

 「……スミマセンでした」

 どこから取り出したか、花火の大玉(着火済み)を抱えながら再び説得(という名の脅迫)を試みる。その行動から桜が本気であることを察すると、刻たちは素直に大神捜索へと加わることにした。

 「そうだね、早く見つけなきゃ……!」

 「生き地獄ってのを見せてあげるよ……!」

 「アンタら、色々と本気だナ……」

 こうして、二つの危険因子を含んだ大神捜索隊が結成され、『渋谷荘』中を対象にした捜索が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ①自室

 「……部屋にはいないようだな」

 「ま、さすがにここは安直ダナ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ②他人の部屋

 「オレの部屋には……いねぇか」

 「遊騎君の部屋には──って、うわぁ!?」

 「うお!? どうしたんだヨ、桜チャン!?」

 「な、なんでもないぞ!? 遊騎君の部屋にもいないようだ! さぁ、次に行こう!」

 「……遊騎。お前、どんな恐ろしい部屋に住んでんだヨ」

 「そんなん見ればわかるやろ」

 「じゃ、じゃあ遠慮なく────ドワァァアァァアァア!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ③それっぽいスペース

 「物置にはいなかったのだ……」

 「トイレにもいませんでしたね」

 「こっちもいなかったよ」

 「どこもハズレか……。つーか、優子チャンはどこ捜してたワケ?」

 「ゴミ箱の中」

 「そりゃいねーワ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ④論外

 「大神君~怖がらないで出ておいで~」

 「痛くしないよ~? 精神的に苦しめるだけだよ~?」

 「……あのサ、そう言われて出てくるわけねーシ。いや、それ以前に……そんな小っちぇー棚に大神が入れるわけねージャン」

 「(よんばん)、洗濯機の中にもおらんかったわ」

 「だからいるわけねーダロ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、手分けして『渋谷荘』中を捜しまわった一同だったが、大神の影すら見つけることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「大神(ろくばん)、どこにもおらんな~」

 「外に出てんじゃねーノ?」

 「いえ、『青い炎』が不安定な状態で外に出るようなことはしないでしょう」

 すっかり疲れ果てた一同はその場に座り込み、どこを捜すべきかの話し合いを始めた。平家の言葉で外に出たという可能性がないと考えられる以上、やはり捜索範囲は『渋谷荘』に限定されてしまう。だが、すでにほとんどの場所を捜してしまったのも事実だった。そこで、桜はまだ捜していない場所を考えた。

 「あと捜していないのは……風呂場なのだ。幸いにも近くにあるし、行ってみよう」

 「桜ちゃん、もし大神君がいなかったらそのまま一緒にお風呂入ろ?」

 「いえ、私は遠慮しておきます。まずは大神を見つけなくてはならないので」

 「……惜しい」

 「イヤイヤ」

 候補として上がった風呂場に向かう桜を見て、優子が抜け目ない言葉をかける。だが、今の桜には通用するわけもなく、それもあっさりとかわされてしまうのだった。

 「しかし、こんな時に『渋谷荘』に詳しい王子殿がいてくれたら助かるのだがな」

 「無理無理、王子は帰ってこねーヨ。ロスト中は絶対」

 「ということは……誰も王子殿のロストを見たことがないのか?」

 「私は見たことないし、優も見たことないみたいなんだよね~。私としては死ぬまでに見たい王子様の姿ベスト3に入ってるんだけど」

 「オレも見たことないわー」

 「まず興味がありませんので」

 ふと、この場にいない王子が話題に上る。ロスト中は絶対に姿を見せないというのはどうやら本当のようで、誰も王子のロスト姿を見たことがないようだった。まぁ、ロストした瞬間に絶叫しながら逃げていったことを考えれば、当然のことかもしれないが。

 「そうか……。まぁ、今は仕方ないのだ。私たちだけで大神を…………ん?」

 話しながら、風呂場の引き戸に手をかける桜。いつものように引き戸を開けようとしたところで……それがいつもと違うことに気付く。

 「鍵が……かかっている?」

 いくら開けようと力を入れても、ほとんど動かない。この風呂場は男女兼用のため、覗き防止のためとのことで内側に鍵が用意されている。そんな風呂場の引き戸が開かないということは、鍵がかかっていると見て間違いないだろう。

 そして、この状況でわざわざ鍵をかけて閉じこもる人間など一人しか考えられない。

 「大神! ここにいるのだな! 開けるのだ、大神!」

 「え? 見つかった感じ?」

 「みたいやな」

 「でしたらお力添えしましょう」

 「もはや袋の鼠だよ、大神君!」

 「浴槽が真っ赤になっても許してね!」

 「あの、優子さん……穏便にお願いしますね?」

 確信を得た桜の声を聞きつけ、刻たちも加勢して引き戸に手をかける。ほとんどがロストしているとはいえ、『コード:ブレイカー』として活動するだけでなく、会長からのトレーニングの効果もあって彼らの力は同年代よりはるかに強い。そこに桜という怪力の持ち主が加われば……

 ──バキ!

 明らかな音を立てて、鍵が破壊される。閉められていた引き戸はすぐに開き、桜たちは遠慮も無しに乗り込んでいった。

 「大神! 無事か──!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ちゃぽん

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……え?」

 「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、確かに姿を消していた人間がいた。だが、それは桜たちがそこにいるとは予想もしていない人物。そして、普段とは明らかに違う部位(・・)をした人物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「み、見るなァァァァァ!!」

 顔を真っ赤にして絶叫するその人物は……八王子 泪。風呂場にいたためか、上の衣類はシャツ一枚とラフな格好をしている。

 ただ違うのは……下。足として二つに分かれているはずのそこは一つになっていて、その先も地に立てるような形状をしていない。わかりやすくいうならば、魚の尾びれにしか見えない。そう、言うならば今の彼女はまるで──

 「人魚ォォォォ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「王子殿のロストはなんとも可愛らしい人魚さんなのだな」

 「人魚? 半魚人の間違いでしょう」

 「なるほどナ……。そりゃ隠れたくなるわけダ」

 「そ、それ以上この姿に触れるな……」

 大絶叫をしてすぐに湯船に入り込む王子をよそに、桜は満面の笑みで王子の姿を眺める。一方、平家は完全に悪意のみの言葉をかけ、刻は彼女が隠れたがっていた理由を知って一人納得していた。

 と言っても、今の王子にしてみれば何を言われてもまともな反応などできるはずもなく、完全に全身が湯船に浸かっていた。まぁ、湯船はそこまで大きくないため尾びれの方は湯船から出てしまっているのだが。そして、そんな姿を見て会長は「頭隠して尾びれ隠さず」などと呟くのだった。

 「恥ずかしがることは無いぞ、王子殿。優子さんや遊騎君だってあんなに感動して……」

 そんな王子を励まそうとしてか、桜はなんとかフォローを入れようとする。そこで、後ろの方でなぜか固まっている優子と遊騎を話題に出したのだが……一つだけ残念なことがあった。

 「ハァ、ハァ、ハァ……!」

 「人魚……魚……魚…………!!」

 「オイ……これって感動してる反応カ……?」

 よくよく見てみると、優子は見るからに怪しい笑みを浮かべ、だらしなく開いた口からは荒々しい吐息が絶え間なく出ている。

 そして、遊騎は確かに目を輝かせてはいるが、その視線は王子の下半身へと注がれている。さらに、何かを訴えかけるように遊騎の腹が「ぐ~」と鳴った。

 とてもじゃないが、どちらも感動しているようには見えない。

 「も、もう限界……! 王子様! 私を抱いてー!!」

 「魚喰うし!」

 「来るなァァァァァ!!」

 優子は興奮が、遊騎は食欲が限界を迎えてほぼ同時に王子に飛びつこうとする。あまりに突然で、さらに自分が湯船という逃げ場のない空間にいたため、王子は悲痛な叫び声を上げた。やはりロストしているといつも通りとはいかないらしい。

 「いかにも、ここでコイツにも仕返ししちゃってもいいかな……?」

 「つ、つーかさ……このまま元に戻ったら下だけすっぽんぽんってコト……?」

 そんな王子を助ける素振りすら見せず、会長と刻も己の欲望に従って動こうと画策していた。残ったのは桜と平家だけだが、桜だけで子の人数を制することなどできるわけないし、それができるであろう平家は元より助ける気が無い。

 絶体絶命かと思われたが……

 「……てめぇら」

 確かに、ロストしていていつも通りとはいかない。だが、それでも変わらないことがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、彼女が八王子 泪という人間ということである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「人魚舐めんじゃねーぞ、ゴラァ!!」

 ──バシ!!

 「痛い! けど幸せ!」

 「魚~!」

 「ぎゃう!」

 「いかにも!?」

 「さすが半魚人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 尾びれを器用に振り回し、勢いをつけて遊騎と優子を叩き飛ばす王子。そのあまりの威力に、二人は刻と会長すら巻き込んで強制的に風呂場から退場するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その数分後……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──コホン。さ、さっきはすまなかったな」

 「……いや、こちらこそ迷惑をかけた。……本当に」

 「この世の終わりみてーな顔してんじゃねーヨ……」

 「なんやそんなに魚喰いたくなくなったわ」

 「ふふ……実に開放的な気分です」

 「うむ! みんな元に戻ったのだ!」

 無事にロストから戻った『コード:ブレイカー』たちは、王子も加えて大神の探索を続けていた。ちなみに、会長はまだ小さいままなのだが。

 「これでゆっくり大神を捜せるな!」

 「……そう時間をかけてもいられないかもしれないぞ」

 「え?」

 改めて大神を捜しだす意志を見せる桜だったが、ボソリと呟かれた王子の言葉が彼女の動きをピタリと止める。時間をかけていられないとはどういうことか……尋ねる前に、王子は言葉を続けた。

 「お前たちから聞いた話から考えると、もう『青い炎』は目覚めていると考えていい。……思ったよりも早い目覚めだが、これがどんな影響を与えるか誰にもわからないからな」

 「どんな影響を……」

 『コード:エンペラー』と呼ばれる存在の目覚め……これが吉と出るか凶と出るかは、現時点では誰にもわからない。だが、目覚めた直後でも大神の意志を無視して自身(左腕)を動かしたり『青い炎』を操ることができることを考えれば、時間が過ぎれば何が起こっても不思議ではない。それこそ、大神の身を危険に晒すほどのことが起きたとしても。

 「な、なら早く大神を──」

 「おったで」

 「なに!?」

 王子の言葉を聞き、大神を捜すことに集中しようとする桜。だが、そうした矢先に遊騎が大神発見を知らせる。一瞬耳を疑った桜だったが、遊騎が向ける視線の先……管理人室の中には、こちらに背中を見せて座り込む大神の姿があった。そして、その左腕は全体が『青い炎』と化していた。

 「大神!」

 『…………』

 特に躊躇もなく大神に声をかける桜に対し、刻たち『コード:ブレイカー』は息を呑んで警戒心を高めていた。もし不穏な動きをすればすぐにでも動けるよう覚悟していた。

 だが、当の大神は……

 「…………」

 不穏な動きどころか、何も反応を返さない。聞こえていないのか、反応する余裕すらないのか……それを確かめるためにも、桜たちはゆっくりと大神との距離を詰めていった。

 「……お、大神? 大丈夫か……?」

 「…………」

 いつもと違う雰囲気に緊張を感じつつも、桜は大神の顔を覗き込む。そうして見えた大神の表情は、ただただ驚きの色に染まっていた。目を見開き、瞬きすら忘れて前方に向けられている。一体彼は何を見て驚いているのか、桜もその視線の先へと意識を向けた。

 「これは……『青い炎』の火の玉?」

 大神の視線の先……『青い炎』と化した左腕の掌の上にポツリと浮かぶ『青い炎』の火の玉。大神を驚かせている原因と思われる物を見つけた桜だったが、何が大神をそこまで驚かせているのかまではわからなかった。

 だが、すぐに彼女も知ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──随分と長く眠っちまってたみたいだな

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おはよう。オレが『コード:エンペラー』様だぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その火の玉こそが、『コード:エンペラー』目覚めの証だということに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『…………ん?』

 ──多分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以上、『エンペラー』様復活でした
またしばらく優子さんの出番はなくなる予定なので、欲望のままに暴れていただきました
今後の予定としては、あと二話ほど本編通りの流れになってから、オリジナルの話を三話ほど入れる予定となっています
といっても、大まかな内容しか考えていないので増えるかもしれませんが……
それではそこを目指して……失礼します



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