中々書く時間が取れず、書く内容もまとまらずで時間がかかってしまいました……
なるべくオリジナル要素を入れたかったのですが、入れようとすると中々上手く書けず……なので、入れたかったオリジナル要素は夏祭りのように番外篇で消化しようと思います
といおうわけで、どうぞ!
悪いことは続くという。
それがただの偶然か、それとも神の悪戯か……それは誰にもわからない。
ただ、一つだけ言えることがあるとするなら、その不孝の連続は最悪な場面だからこそ起こりやすい。
そう、今の彼らのように……
不幸その一 突然のロスト(全員)
不幸その二 ロスト中の来訪者(クラスメイト)
不幸その三 直撃の超大型台風
「おーい、大神! 遊びに来たぜー!」
「桜っ! 私たちもいるよ~!」
(だ、誰も人前に出られない──!!)
闘いが終わり、束の間の平穏を味わっていた大神たち。しかし、その平穏は突然のロストを始めとした不幸の連続によって思わぬピンチへと変わった。
「というか、そもそも何で
「いや、私は何も教えていないのだが……」
本来ならロストしても「体温が下がる」だけで最低限の生活には支障がないはずだったが、『青い炎』が覚醒したことで「透明化」のロストに変わった大神。そのことに強く動揺していたが、今はそれよりも訪問者であるクラスメイトたちをどうするべきかと頭を悩ませていた。
そもそも、なぜ彼らは誰も知らないはずもないこの『渋谷荘』に来ることができたのか。桜は教えていないと言うし、大神だって言うはずがない。他の
「いやー、でも元気そうでよかったよね」
「うんうん。神田ちゃんは病欠って言ってたけど……二人とも、生徒会のホームページに載ってるんだもんね~。楽しそうに花火してる写真」
「クソネコォォォォ!!」
「いかにも、タイトルは『落第点の生徒と秘密の強化合宿中』なんだな」
「さすが会長」
もっとも、その正体も全ては会長が原因だったというお粗末なものだったわけだが。
「……う~ん、なんか出る気配ないね。大神くーん! いないのー!?」
一向に開く気配の無い扉を前に、クラスメイトたちは大神を呼びかける声を、大神の不在を確かめる声へと変える。この状態がこのまま続けば、少なくとも今日のところは帰るだろう。天候を考えても、誰もいないボロボロのアパートの玄関先に居座り続ける理由はない。
嵐の中を帰らせるのは心が痛むが、人前に出られない現状では仕方がない……そう大神は結論付けた。
「……こうなったら仕方ありません。申し訳ないですが、ここは居留守を──」
「はいはーい。今、出まーす」
「なっ!?」
だが、そんな大神の提案を刻が真っ先に打ち破る。両腕が使えないため、肩で押すことで扉を開ける。そんな刻の行動に慌てる大神だったが、考えてみれば刻のロストは「子どもの姿になる」こと。他の者たちと比べれば、人前に出ても特に支障はないロストだった。
「あれ? ボク、ここに住んでる子? 大神のお兄ちゃんっているかな?」
「…………」
もっとも……
「れ、零お兄ちゃんが今日は留守だって言えって……」
中身はいつも通りのため、色々な意味で支障が出る行動をしたわけなのだが。
言わされてる感が満載な言葉、怯えているような表情と涙目、至るとこにある怪我、そして両腕だけが重症という不自然さ。これらの要素から、クラスメイトたちは揃って一つの事態を想像した。
(ぎゃ、虐待──!!?)
──バッ!
「刻……! お前……!」
「ギャハハハ! あー、おもしれー!」
時すでに遅かったが、余計なことを突っ込まれる前に大神は姿が見えないように刻を引っ張り込む。あまりに突然すぎる行動に怒りをふつふつと湧き上がらせる大神だったが、刻はそんな怒りすら面白がるようにケラケラと笑っていた。
「つーか別にいージャン。透明人間とか超レアだゼ? せっかくだから見てもらえって」
「他人事だと思って……! そんなことを言っている場合じゃ──」
「その声、大神君?」
自分は関係ないとでも言いたげに、無責任な発言をする刻。そんな刻に詰め寄る大神の背から、クラスメイトの一人であるあおばの声が届く。どうやら刻を引っ込めるのに精一杯で、扉の鍵を閉めていなかったらしい。
「なんだ、いたならもっと早く────え?」
幸いとでも言うべきか、天候や『渋谷荘』の内装のおかげで薄暗かったため、あおばたちも声だけで大神がそこにいることを何とか知ることができていた。
だが、人の身体というのは慣れてしまうもの。その薄暗さに目が慣れ、少しずつ大神の姿がはっきりと見えてくる。そう──
「ハァ……ハァ……! い、いらっしゃい……皆さん」
結論から言えば、その大神は透明人間という超常な状態ではなかった。
ただ、サングラスと顔のほとんどを隠しているマスク、目深に被られた帽子の上には防災頭巾。長袖のジャージに軍手、室内なのに長靴を履いている……息も荒れに荒れている
「お、お邪魔だったかしら……?」
入ってきてまさに数秒で飛び込んできた予想外の光景。あおばを含めた全員が「帰った方がいい」と本能的に感じていた。
「こ、この格好は気にしないでください……。少し風邪気味だったので、そのためです……。桜小路さんはインフルエンザのため面会謝絶です、すみません……ゴホゴホ!」
「た、大変だね……」
「そんな時でも
(大人しく)
(なんや、こいつら)
とりあえず風邪のせいということにした大神だが、不審なことには変わりない。彼の肩から顔を覗かせている
「ちょ、ちょっと……あなたたちは大人しくしていてください……!」
「大神、困った時はお互い様なのだ。私も協力するぞ」
「せやで、
(桜人形と会話……!?)
(つうか、猫とも……!?)
クラスメイトたちから見えないように桜と遊騎に大人しくしているよう話すが、当の本人たちは聞き入れる様子は無い。それどころか、その会話している様子でさらに不信感が増していっていた。
「お、大神君……。風邪だったら横になっていた方がいいんじゃ……」
しかし、そんな大神を前にしても「風邪だ」という言葉を信じて体調を心配する紅葉。背中を向けている大神にそっと近づいて……
「近寄んな。しばくぞ、このクソアマが」
「……え?」
(ゆ、遊騎……!!)
体調を案じる紅葉に対して非道な言葉をかける大神……だが、これは大神ではない。ちょうど大神の身体で隠れている遊騎が勝手に話しており、そのせいで大神がそう話しているように見えるだけだった。まあ、仮に遊騎が見えていたとしても、誰もその猫が喋っているとは思わないため、どちらにせよ大神が言っているように見えるのだが。
「あの、大神君……今なんて?」
「い、いえ……違うんです。今のは──」
「すっこんどけ、ボケカス」
「ほ、本当に違くて──」
「脳ミソかち割るぞ、オラ」
「…………」
「だから違うんですって!!」
止まらない罵詈雑言に、クラスメイトたちはもはや遠巻きに大神を見ている。どんなに大神が誤解を解こうとしても無駄だという雰囲気がそこには漂っていた。
どんどん大神の印象が悪くなっていく泥沼の状況。当然、居心地などいいはずがない大神は、この悪い流れを変える何かが起きないかと無意識に願っていた。
「お~い、大神く~ん」
しかし、現実とは常に非情なのであった。
「そういえば私の服、洗濯したまま放置しててさ~。仕方ないから(優の)服借りたよ──って、ありゃ? お客さん?」
(謎の美女、登場!?)
(服借りたって……どういう関係!?)
ぐちゃぐちゃに着崩したTシャツとズボンを着て、何食わぬ顔で戻って着た優子。彼女の口から発せられた、もはや悪意が込められているのではないかと思うほどの言い回しに、大神はさらにあらぬ誤解を受ける羽目になった。
「てゆーか何そのカッコ。我慢大会とか?」
「こ、これは深い事情が……! というかその服、優のですよね! だったらちゃんと優の服を借りたって言ってください!」
「優のだってわかってるならいいじゃん」
「わからない人たちもいるから言ってるんです!!」
(あ、あんなに親しそうに……!)
(大神……! 桜小路さんという人がいながら、まさか……!?)
何食わぬ顔で自由奔放な発言を繰り返す優子に、大神は何かが爆発するのを何とか抑えながら詰め寄って注意をする。しかし、クラスメイトから見ればその詰め寄る姿も十分に誤解の素材となるわけだが……当の本人は気付いていない。
そして、もう一人忘れてはいけない人物がいる。普段の姿から考えて、最悪のパターンとなれば一番のトラブルの元となり得る人物が。
「ったく、どいつもこいつも……! 平家……お願いですから、あなただけは大人しくしていてくださいね……。まぁ、あなたなら下手なことはしないでしょうが」
ひとまず優子との話を終わらせた大神は、ちょうどよく後ろに座っていた平家(鎧姿)にぼそぼそと注意を促しつつも、どこか安心しているような言葉も漏らす。
普段なら奇抜な行動や言動が目立つ平家だが、下手に何かが起きればロスト……つまりは異能の存在が一般人に知られる危険があるこの現状。機密を守ることには厳しい彼ならば、そんな愚行は犯さないとわかっているのだろう。
「えぇ、もちろんですよ。私はじっと静かに、ここで嵐が過ぎ去るのを待って──」
──ピシャアァァァ!!
「サンダー☆ソウル!!」
しかし、そんな安心も一瞬で打ち砕かれるのであった。
「バ──!」
「ギャアアアアア!!」
雷が落ちて轟音と光に包まれたと同時に、高々と手を振り上げて立ちあがる平家(鎧姿)。完全に安心していた大神は、驚きのあまりに大きく肩を震わせてしまい、被っていた防災頭巾が取れて透明な頭が露わになる。突然、動きだした鎧と透明な大神……二重の異常な光景を目撃してしまったクラスメイトたちは悲鳴を上げた。
「……すみません。雷という光の芸術に身体が反応してしまいまして……」
「この、バカが……!!」
急いで防災頭巾を被り直した大神は、今にも燃え散らしそうな勢いで平家に詰め寄る。平家もすぐさま非を認め、素直に謝罪の言葉を口にした。
一方、衝撃の光景を見てしまったクラスメイトはというと……
「今……あの鎧、動かなかったか?」
「いやいや……気のせいだろ。雷でよく見えなかったし」
「オ、オレは大神が透明に見えたような……」
「それも雷のせいでそう見えただけだって」
「……鎧とも友達なんだな」
奇跡的にも、雷の光のおかげで見間違いという結論に至ってくれていた。まぁ、さらなる誤解も受けているわけだが。
異様な姿をした大神に、決して手放そうとしない桜人形。容赦のない暴言、怪しい関係が疑われる謎の美女の存在、鎧のお友達……クラスメイトたちが『渋谷荘』に入ってから、外の嵐以上の勢いで起きた衝撃の出来事の連続。それらすべてを踏まえて、クラスメイトたちは揃って同じことを考えていた。
(大神君って……前から薄々気づいていたけど、超変わり者……!?)
「え、えぇと皆さん……今日は色々と立て込んでいるので、帰ってください……」
『ハ、ハイ……』
超変わり者から帰宅を促され、声を揃えて了解の意を示すクラスメイトたち。正直言うと、言われなくても帰りたくなっていた。
しかし……
「……あ! でも、ちょっと待って……」
──ザパァン!!
『洪水警報発令中です。高い所へ避難してください』
「その……帰りの電車が止まるどころか、今夜生き残れるかもわからない状況なんだけど……」
「なっ!?」
今の今まで気付かなかったが、『渋谷荘』の外は大雨、強風、洪水に晒され、とてもじゃないがで歩ける状況ではなかった。その光景は、嵐が本格的に猛威を振るってきたことを示していた。
──ポタ、ポタ……
「や、やだ……! どうしよう、怖い……!」
「雨漏りのせいかな……? なんか寒くなってきたような……」
「今気付いたッスが、水も電気も止まってるッス」
「くそ……何か対策を調べようにも、ネットも全滅だ」
「こ、この家……崩れたりしないよな……?」
強風で屋根が脆くなったのか、彼らが集まっていた一階部分のほとんどが雨漏り状態となり、大量の雨水がぽたぽたと落ちてきた。停電による暗闇と雨水による体温の低下……幾度も命の危機を乗り越えてきた大神たちならばまだしも、一般人であるクラスメイトたちは並々ならぬ恐怖を抱えていた。
「ちょっと男子! なんとかしてよね!」
「うっせーな……。こんな時だけ頼んじゃねーよ、ツボミ」
「お、沖田!? なんか口悪くなってるぞ!?」
「ケンカしてる場合じゃないよぅ……!」
「…………」
慌てふためき、荒々しい雰囲気が見え隠れしてくる中、大神はその場をただ静観していた。だが、それは恐怖に怯える彼らの姿をあざ笑うためではない。まして、彼らと同様に絶望しているわけでもない。
「──皆さん! こっちに来てください!」
「お、大神……?」
「早く!」
──ガンガンガン! ガンガンガン!
「……急場しのぎですが、二階のこの部屋だけは雨漏りを防ぎました。今日はここで寝てください」
「こ、ここで? ていうか、なんで二階に……?」
「一階は水浸しです。それに、外から水が流れ込んでくるかもしれません。何かあっても絶対に行かないでください」
「──くしゅん!」
「さっきの雨で身体が濡れた人はタオルで拭いて防寒をして体力が落ちないようにしてください。それから、ろ過機を作ったので水はそれを通してから。ガス漏れの危険もあるので火気厳禁でお願いします」
「火気厳禁って……じゃあ、飯は?」
「飯は困りません。缶詰があります」
「た、大量だな……」
大神の指示で二階まで移動してきた一行。大神が急ピッチで仕上げた雨漏り対策がされた部屋に集まって、一通りの注意事項を説明されていた。充電式のランタン、寝袋、大量のタオル、ろ過機に大神の私物である大量の缶詰。少なくとも今日一日だけならば何とかなるほどの用意がされていた。この用意のほとんどを、大神が一人で行ったというのだから大したものである。
「……ふむ、さすがはサバイバルマスターですね」
「ほとんど一人でやってしまうとは……さすが大神なのだ」
「戦場で育てられただけはあるってことカ」
大神とクラスメイトたちのやり取りを陰で見守るロスト組は、大神の迅速な対処に感心していた。といっても、これ以上のトラブルを未然に防ぐために大人しくしているよう大神に念を押され、それ以外にすることがないからである。
そんな彼らとは対照的に、大神はただひたすらに動き続けた。
食事でも……
「缶詰って開けるまで面倒臭いんだよな~」
「一度に何個もできないしね」
「できますよ」
──スパパパパ!
「一瞬で五個くらいの缶詰を開けた!?」
「しかも一個の缶切りだけでだよ!?」
補強でも……
「大神、オレたちも手伝うぜ? お前ひとりに任せるのは男として気が引けるぜ」
「……ッス」
「いえ、皆さんは体力を落とさないように休んでいてください。心配せずとも、こういう作業は慣れているので──」
──ビュオオ!
「あ、隙間風で大神君の頭巾が……」
「飛んでっちまった──って、大神!? なんでお前、頭を包帯でぐるぐる巻きにしてんだよ!? 怪我どころか重傷じゃねーか!」
「……その、聞いたことありませんか? 風邪気味の時、包帯で身体を巻いておくとすぐに良くなるって話」
「(色々な意味で)ねーよ!!」
就寝時も……
「今日は皆さん、この寝袋で寝てください」
「うわ~! 寝袋とかキャンプみたい!」
「これだけで寒くないのか?」
「構造上、熱は籠りやすいですし、慣れると快適ですよ」
「けど、寝てる間に屋根とか壊れたりしたらどうしよう……」
「僕が寝ずの番をしておくので大丈夫です。何かあればすぐに逃げられるように手引きします」
「けど、それじゃあ大神君が……」
「心配しなくても、仮眠くらいは頃合いを見てとりますよ」
そうしてクラスメイトたちが寝静まった頃になっても、大神はただ一人で寝ずの番をし続けた。仮眠などとることなく、ずっと。
「大神……一人で大変ではないだろうか」
見ているだけで疲れるほどの量の作業を、たった一人でこなし続ける大神を陰から見守る桜はボソリと呟く。ただ純粋に、大神の身体を案じた故の言葉だった。
だが、そんな桜とは対照的な言葉を、刻は平然と返した。
「むしろ、いーんじゃネ? あれでサ」
「え?」
近くにあった椅子に座りながら、「あれでいい」と口にする刻。その意味がわからず、桜が刻の方を向くと、いつの間にか他の『コード:ブレイカー』の面々も椅子に座り込んでいた。
そして、全員が刻の言葉に納得しているような表情をしていた。
「ま、刻君の言う通りかな。あれくらい忙しい方が気が紛れていいんじゃない?」
「せやな。他のことなんか考える暇あらへん」
「……それが、いいことなのか?」
「今の大神には、ネ」
優子、遊騎は表情だけでなく、言葉でも刻への同意を示す。いまいち理解ができず首を傾げる桜に、再び刻が言葉を返す。
自身の過去を思い出すかのように、目を閉じながら。
「……人が死んだ後ってのは、無駄だとわかっていても色々と考えちまうのサ」
「せやから、メッチャごついプラモや」
「あれは半分くらいは趣味が入ってる気がするけどね」
「プラモもそのために……? それって──」
「──虚しいんですよ」
ポツリと、平家が付け足すように呟く。プラモデルも、一人で多量の作業も……全ては何も考え込まないようにするため。そして、そうでもしなければ考え込んでしまうものの正体を、平家は静かに告げる。
「たとえ相手がどんな“悪”だろうと……報復という名の死には虚しさしか残らない。何事でも決して埋めることなどできない虚しさが。……もっとも、我々『コード:ブレイカー』の手は、そんな虚しさしか生み出すことはできませんがね」
『…………』
平家の言葉に同意するかのように、それぞれ虚空を見上げたり、俯いた状態で黙り込む『コード:ブレイカー』たち。仕事として、“悪”と認定された者を裁く存在である『コード:ブレイカー』。普段の雰囲気や今までのやり取りから、彼らにとって人の命を奪うことに対しての抵抗は一般人よりも低い……そんな風に思っていたこともあるかもしれない。
だが、彼らは知っている。自身の手によって他者の命を摘んだ後に遺るものを。そして、その重さを。それら全てを理解した上で、彼らは“悪”を裁き続けていた。自身の手を、虚しさしか生み出さないモノとして。
「…………」
彼らに対する言葉について、桜は最初の一文字すら思い浮かばなかった。それほど彼らが発する雰囲気は重く……大きかった。そんな虚しさの存在を感じながら、桜は嵐の夜が終わるのを静かに待ち続けた。
「……むぅ?」
すっかり休息に入っていた意識が覚醒していくのを感じ、桜は静かに目を開ける。起きてすぐというのは誰しも身体が上手く動かないものだが、今の桜はいつもより身体が鈍く感じていた。小型化したことによる疲れからか、かなり眠っていたようだった。
「寝過ごしてしまったか……。そうだ、皆は?」
目をこすり、じっくりと身体を伸ばしながら身体全体も起こす桜。少しずついつもの感覚に戻っていくと、桜の意識はクラスメイトたちの安否へと移る。大神たちがいたとはいえ、自分も眠っていたので彼らの安否を直接見続けていたわけではない。すぐに確認しようと、昨晩クラスメイトたちが夜を過ごした部屋へと移動した。
すると、そこには丁寧に畳まれた寝袋が置かれ、窓からは温かな朝日が差し込んでいた。
「……そうか。皆、無事に帰れたのだな」
どうやら桜が起きるよりも先にそれぞれ自宅へと帰ったらしく、その部屋にはもう人の気配は無い。せめて帰るところまで見届けたかったと思いながら、桜の足は自然と玄関へと向いていた。
「……む?」
階段を飛び下り、玄関へとたどり着いた桜。すると、そこにはすでに先客がおり、玄関のすぐ近くで座り込んでいた。
「おお、大神ではないか!」
そこにいたのは他でもない、クラスメイトたちを最後まで見届けたであろう大神だった。クラスメイトたちが帰ったからか、あの異様な格好はもうしていない。
だが、それでも一つだけ異様なことがあった。
「あれ? もうロストから戻ったのか? まだ24時間は経っていないはずだが……」
そう、『透明化』で見えないはずの大神の姿は桜の眼にしっかりと映っていた。大神がロストしたのは一番遅かったため、普通に考えれば一番最後に戻るはずだった。だが、現に大神の姿は元に戻っている。そのことを不思議に思いながら、桜は大神の服をよじ登って彼の肩へと登っていった。
「大神、聞いているのか? ところで、こんなところに座り込んで一体何を……」
肩に登ると、桜は何を言っても反応を返さない大神の頬をぺちぺちと叩く。それでも反応がないことを不思議に思い、ふと視線を落とすと……
『大神サンキュ~』
『ありがとうね』
『防災ヒーロー! 感謝!』
そこには、クラスメイト一人ひとりからのメッセージが書かれた一枚の紙があった。字体や内容は違うが、全てに共通しているのは……そこに、大神に対する純粋な感謝の気持ちがあったことだった。
「これはまた皆らしいのだ!」
「ふわぁ……。んだヨ、あいつら良い奴らジャン」
クラスメイトたちの気持ちが込められたそのメッセージに、桜は思わず笑みを浮かべる。ちょうど起きてきた刻(ロスト中)も、素直に彼らのメッセージを評価していた。
だが、当の大神はというと……
「……まったくわからない。オレはやるべきことをやっただけです。わざわざこんなものを書いていくなんて……馬鹿馬鹿しい」
「そう言うな、大神。お前にとってはそうでも、皆は感謝の気持ちを伝えたかったのだ。お前に助けてもらえて嬉しかったんだと思うぞ」
「…………」
自分はやるべきことをやっただけであり、感謝されるようなことはしていない……クラスメイトたちの行動が理解の外にあるかのように、切り捨てる大神。そんな大神を、桜はクラスメイトたちの気持ちを代弁するかのように笑顔で諭していく。
その桜の言葉を受け取った上で大神は……
──グシャ!
「!?」
「オイオイ……お前、それも燃やす気カヨ」
乱雑に、左手で紙を掴みとる大神。わずかでも『青い炎』を出せば、紙片も残さず燃え散らせる状態。これまで桜が見てきた大神の冷酷な部分を考えれば、そのまま燃え散らすなど十分にあり得た。
そして、それを現実にするかのように、大神は左手に力を込めて──
「……わかりませんよ。今まで、誰かに感謝なんてされたことがないし。でも────」
──ぐっ……
力を込めて紙を握りしめたまま、大神はそっと自身の胸に添える。まるで、そこに書かれた言葉を噛みしめるかのように。
それを書いた彼らが向かっていった外に、真っ直ぐと眼を向けながら。
「……何? もしかしてお前……何気に嬉しかったトカ?」
「は? 何言っているんですか、あなたは。馬鹿ですか?」
「とぼけんな、とぼけんな。今ゼッテー喜んでたロ」
「喜んでません」
決して表情が綻んだわけではない。だが、大神が発する雰囲気を察してか、刻はニヤニヤと笑いながらそれをからかう。刻のからかいに対し、いつも通り淡々と相手をする大神。そんな彼の姿を見て、桜はかつて彼が放った言葉を思い出していた。
『物は嫌いです。人が死んでも物は残るから。だから、先に片付けておきたいんですよ』
かつて、彼はそう言ってクラスメイトたちから渡された名簿を、内容を全部覚えた上で燃え散らそうとした。もし、あの時の彼が今回のメッセージを見つけたとしたら、同じようなことを言って真っ先に燃え散らしていただろう。
しかし、クラスメイトたちからの感謝が込められたメッセージは、不格好な形になりながらも大神の手の中にある。乱雑な扱いだが、大神なりに大切に持とうとしているように桜には見えた。
「……嬉しかったら素直に喜べば良いのだよ。大神……」
「あなたまで馬鹿なことを……。言っている意味がわかりませんよ」
「わからんか……。ふむ、それならそれで良いぞ!」
「カー!! お前ってホントにメンドクセー奴!!」
「せーの……『珍鎮水』!」
「むっ」
小瓶に入った独特の色をした液体を、微量に振りまく会長。その一滴が桜の額に付着すると、徐々に桜の身体は元のサイズへと戻っていった。ちなみに、完全に戻り切る前に近くに置いておいたバスタオルを羽織っているので心配はいらない。(色々な意味で)
「よし、戻ったのだ! それにしても、人間とはよく小型化するものなのだな」
(まだ嘘を信じてんのかヨ……)
「このクソネコが……! 戻れるならさっさと戻っとけよ……!」
「え~? だって戻るよう言われなかったし、もう少し小さいままでいたかったんだも~ん」
「私は桜ちゃんがちっちゃくて楽しかったよ!」
「聞いてねぇよ……!」
あの後、他のメンバーとも合流したところで、『珍鎮水』の存在を思い出した一同。試しに会長に聞いてみるとやはり持っており、こうして使っているというわけである。
思えば、最初からこれを使っていれば大神もここまで苦労はしなかったのでは……そう誰もが思っていたが、キレる寸前の状態で会長に詰め寄る大神を見て、誰もが口にするのをやめた。
「しかし、『珍鎮水』は便利なものですね。我々異能者は24時間経たないと戻れませんから」
「ん? でも大神君、元に戻ってるよ?」
「ア、オレもそれ気になってた。一体どんな裏技使ったんだヨ」
「いえ、オレは別に……」
桜が元に戻ったところで、話題は大神の方へと移る。ロストしてから24時間経っていないのに、なぜ大神は元に戻ったのか。どうやら平家や会長も心辺りはないらしく、揃って頭を悩ませていた。
「う~む……大神だけ先に戻った方法か。確かにそれは気になる──」
──もに。
「な────」
──もにもに。
「…………ハ?」
大神のロストについて頭を悩ませていたまさにその時……話題の当人である大神が、何食わぬ顔で起こした
「お、大神……?」
「はい、なんでs──」
突然、
「──%$*#Δ¥!!?」
……当人である大神も含めて。
「な、な……
「おやおや」
「
「わ、私はいったいどうしたら……」
「ち、違います!!
「アホか! テメーがテメーの手でやってんだろーガ! テメー以外に誰がやるんだヨ!!」
胸を揉む、という大神の行動に、顔を真っ赤にしながら真っ先に反応した刻。彼とは対照的に、平家や遊騎はむしろ感心するかのように大神を眺めていた。そして、実際に胸を揉まれた桜はどうすればいいかわからず、汗をダラダラ流しながらその場で固まっていた。
だが、彼ら以上に慌てていたのは
「つーか、
その手……刻が言っているのは、桜の胸を揉み、今は呑気にピースサインをしている大神の左腕のことだった。混乱しきっている大神の表情とは違い、ひらひらと揺れている。慌てているのに余裕の動きを見せる左手……矛盾以外の何者でもなかった。
「だ、だから
『──シャバやー!!』
「……え?」
突然、大神の言葉を遮るように聞き慣れぬ声。いったい誰の声だと音の出所を捜すと……予想だにしない場所に目がいった。
『久しぶりのシャバやー!!』
「……ひ、ひ────」
間違いない……が、間違いとしか言いようがない。なぜなら、その声の出所は本来なら声など出るはずもない
「
嵐が去ったはずの『渋谷荘』。
だが、嵐以上の衝撃が『渋谷荘』の住人たちに、新たに襲いかかったのだった。
前回、感想にて優子とクラスメイトの絡みを期待する声もあり、可能なら本当に入れたかったので……入れられなくて残念です
その分、番外篇で十二分に書いていきたいと思います
さて、次回はいよいよあの方が復活!
そしてまた優子が大暴走……の予感
今月中に書ければ……と思います