CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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お久しぶりです!
今日からまた新章スタート!
ですが、最初からトラブル全開です!
原作でもトップクラスのトラブルに優が加わることでどうなるのか……お楽しみください!
それでは、どうぞ!





『エンペラー』復活篇
code:69 We are LOST'S!


 古来より、日本の歴史を彩ってきた城。戦略上の防衛拠点としての印象が強いが、通な者に言わせればその内装、佇まい……込められた歴史も含めて全てが芸術と呼べるほどの“美”を持っている至高の建築物である。

 「…………」

 目の前に建つこの城も、独特の”美”を持った芸術だった。内装や佇まいはもちろん、そこに秘められた歴史にも思いを馳せることができるようだった。こうして眺めているだけでも十分だと感じる。

 しかし、まだこの城は未完成(・・・)である。世の中には未完だからこそ評価されるものも少なからず存在するが、城は別だ。未完の城など城にあらず。そこに至るまでの歴史の重みを受け止めるには、完成品でなければならないのだ。

 だから、彼は昂る思いを胸に完成への一歩を踏み出す。

 「これで……」

 最後の1パーツ(・・・・)であるシャチホコを手に、屋根にはめ込もうと屋根部分に伸ばす。

 「完成──!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──じぃ~

 「……なっ!?」

 完成間近となり高揚感に包まれたはずが、何かの拍子に違和感に気付く。自分以外の全員が自分に注目している視線に気付き、大神は机に置かれた城のプラモに背を向けて振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ? なんで止めんだよ? それで最後なんだからさっさとやれ」

 「いや! なんですか、一体! わざわざ全員揃って!」

 「大神がバイトと修業以外のことに夢中なのが珍しいだけなのだ!」

 「ワン!」

 「大神(ろくばん)、夢中やったわー」

 「つーか、後ろ取られても気付かねぇとか。どんだけハマってんだヨ」

 「ま、大神の集中力は凄まじいからな。集中していたなら気付かないのも無理はない」

 「いかにも」

 訳がわからない大神に対し、一同は好き勝手に言葉をかけていく。総合すると、単に珍しいもの見たさに集まったようであり、大神は知らぬ間に見世物になっていたようだった。

 「しかし、城のプラモデルを作るのが趣味とはねぇ……」

 「……な、なんですか?」

 「いや、なんというか……」

 すると、会長が軽く首を傾げながら何か言いたそうな言葉をかける。ハッキリしないその態度に怪訝そうな表情を浮かべる大神に対し、会長は腕を組みながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「地味だね、すごく」

 「おじいっぽいわ」

 「まーた一人遊び系だシ」

 ハッキリしない態度からのストレートな言葉を口にする会長に続き、遊騎と刻もストレートな言葉を発していく。刻に関しては完全に悪意で言っているだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「別に……趣味とかじゃないですよ。ただの暇つぶしです」

 「どーだかネ~」

 ストレートな言葉を受けながらも、落ち着いた様子でそれを受け流す大神。刻はそこをさらに煽ろうとするが、大神は無視することに決めた。

 「ふむ。しかし、一番上だけ黒いなんて変わったお城だなぁ。昔のものが好きな夜原先輩。なぜこういう造りなのか知っていますか?」

 「いや、知らない。というか、オレは確かに昔のものは好きだが、それは小物とかの話だからな。あいにく、城は専門外だ」

 「ふむ、なるほど」

 「……聞いてるのか?」

 一方、桜はいつの間にか大神の隣まで移動し、より間近で城のプラモデルを眺めていた。そして、一番上の階層だけ黒く塗られていることに気付き、その意図について優に尋ねていた。しかし、当の優は考える素振りも見せず「わからない」と言い捨てた。

 「そもそも、そんなことは作った本人に聞けば──」

 「大阪城ですよ」

 「……ん?」

 面倒になったのか、大神にパスしようとした優。だが、そのパスが出るよりも先に大神が口を開き、自分からその話題を拾っていった。

 そして、彼はそのまま満面の笑みで語り始めた。

 「豊臣秀吉が建てた大阪城……大坂夏の陣で真田幸村らが善戦しましたが、秀吉の息子である秀頼と共に落城。その後も何度か全焼していますが、徳川秀忠などによって復元と再建がされている城なんです。この黒漆部分は栄華を極めた秀吉時代のもので、このモデルは壁細部や屋根形状まで見事に再現されています。その上、接合部のズレもほぼなくて、本当に見事しか言いようが────あ」

 『…………』

 大神が勝機を取り戻した時には全てが手遅れで、自分以外の住人全員に「じとり」とした目で見られていた。その中でも唯一、桜は微笑ましそうに笑みを浮かべていたが。

 「好きだな」

 「大好きや」

 「城の歴史マニアってところか?」

 「いや、むしろプラモデルの方ダロ。プラオタだ」

 「……そんなんじゃないですよ。まったく、やだなぁ」

 やんややんやと話のネタにされ、困ったような笑みを浮かべる大神。プラモデル好きを否定してはいるが、先ほどの豊富な知識とマニアックな視点がその否定を打ち消している。

 「いやいや、好きな物があるのはいいことだよ? いかにも、中はどうなっているか──」

 ──バッ!

 ふと、会長が内装を見ようとプラモデルに手を伸ばす。まさに会長の手がプラモデルに向かって伸びた瞬間、大神はその間に割って入り、優等生スマイル(・・・・・・・)で会長に詰め寄った。

 「こんなもの、暇つぶしのオモチャですよ? ですから、見る価値なんて欠片もありませんよ……お師匠様」

 「…………は、はい」

 その有無を言わさぬ迫力に気圧され、会長も思わず敬語で頷いていた。この光景を見ていた『コード:ブレイカー』(彼の同業者)は、人を燃え散らす時のような迫力と同じレベルだと感じ取っていた。

 「大神よ、隠すことは無いぞ。私は大神が悪人を裁くこと以外に興味を持っているのが嬉しいのだ。せっかくだし、私も作ってみようかな」

 「桜小路の場合、完成の前に全壊すると思うがな」

 「酷いです、夜原先輩!」

 「事実だろ」

 そんな中、純粋に大神に趣味があったことを喜ぶ桜。この機会に彼女自身もプラモデルに挑戦しようと意気込んでいたが、隣にいた優の呟きによってその意気込みは怒りへと変わっていた。当の優は、その怒りすらスルーしているが。

 「……つうかさ、マジな話、どうしたワケ?」

 「……なにがですか?」

 すると、今まで散々バカにしていたはずの刻の眼がスッと細くなる。なにやら真剣な雰囲気での問いかけに、大神は不思議そうな表情を浮かべる。

 「『捜シ者』をブッ斃してから、縁側で真っ白になってたと思ったら今度はプラモ作り……今までそんなことなかったジャン。最近、お前おかしくネ? ……目的の『捜シ者』を斃したから、悪人殺しにももえなくなっちゃったトカ?」

 「…………」

 刻の言うように、『捜シ者』を斃してからの大神の姿は明らかに違っていた。真っ白になって意味も無くただ過ごしたり、周りのことが気にならなくなるほどプラモ作りに熱中したりなど……言うなら、あの人見を斃した後でさえそんなことは無かった。

 それは、彼の中で『捜シ者』がどれだけ大きな存在だったかを意味しているのだろう。そして、その存在を討つという目的を達した今、一種の燃え尽き症候群に陥っているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──と、その瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──グラァ

 「な──!?」

 「痛ッ──!」

 「やば──!」

 「……え?」

 突然、今までにも何度か経験している特有の感覚に襲われる大神を除く六人。そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ポンッ

 「んなっ!?」

 刻は子どもの身体となり……

 「ぬお!?」

 「いかにもっ」

 桜と会長は掌に収まるほどのサイズになり……

 「おー」

 遊騎は人間から猫へと変わり……

 「おっとと! あれ? なんか今回は急だね」

 優は性別と人格が変わった。

 この常識では考えられない身体の異常……この現象の正体を、彼らは知っている。

 「──ロ、ロスト!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いかにも、ロストって時々うつるよね」

 「せやな」

 「アホか! 欠伸みてーに言うんじゃネー!」

 「桜小路さん! 服!」

 「そんな慌てなくても、桜チャンの服はそこに……って!? 裸のミニ桜チャンは反則でしょ!? 色気と可愛さの奇跡のコラボレーション!」

 「ぬわー!」

 突然起きた、ほぼ全員のロスト。その突然の出来事によって、現場はすっかりカオスなものとなっていた。

 左から右へ見渡しただけでそのカオスっぷりがわかる顔ぶれだが、ふと、その顔ぶれにいるはずの人間が一人いないことに刻が気付く。

 「って、アレ? 王子はどこ行った?」

 「そんなことより桜小路さんを取り返すのを手伝ってください! 王子なんてすぐそこに──!」

 ──いやああああぁぁぁぁぁぁぁ…………

 『…………』

 一瞬のうちに遠ざかり、すぐに聞こえなくなった叫び声。その後に訪れた静寂の中で、大神と刻は王子が「ロストして逃げたこと」を確信したのだった。

 「……ハァ」

 「ちぇー。もうちょっと裸の桜チャンを堪能したかったのに。……今から脱がせれば?」

 「──燃え散りますか?」

 「冗談、冗談」

 その数分後、なんとか優子の手から取り返した桜に小さくなった時用の服を渡したことで、大神は一息ついていた。それでも未だよからぬことを企む優子に対し、大神は左手に『青い炎』を灯して実力行使の意を示す。

 「…………」

 「……なんですか?」

 大神の本気の怒りを感じ取った優子は、ひらひらと手を振って大神から離れる。すると、今度は二人の様子を見ていた刻が大神に近づいていった。

 まだ苛立っているのか、どこか鋭い眼を刻に向ける大神だったが、刻は気にせず口を開いた。

 「『青い炎』が使えるってことは、ロストしてねーのはお前だけカ。……もしかしてサ、お前だけロストしないのってその『コード:エンペラー』の腕が理由? ホント、それって何なんだヨ」

 「…………」

 『捜シ者』一派との死闘を乗り越えた先に起きたロスト。その中で唯一ロストしない大神だが……そこには違和感しかなかった。彼も他の者たちと同様に異能を駆使し、あの死闘を乗り越えたのは違いない。それこそ、死に物狂いでだ。

 同じ条件下にあるはずの中で、ただ一人だけロストしない大神。そこに何か理由があるとしたら、彼だけが持つ特殊なもの……『コード:エンペラー』の腕しかない。

 「……どうでもいいでしょう? そんなことは」

 『捜シ者』との闘いの中でその正体が明かされた大神の左腕。未だに詳細や、元の持ち主である『コード:エンペラー』についてもなにもわかっていないが、この世のものではない『青い炎』を操る力を持つ腕だ。何か(・・)があるのは間違いない。

 しかし、当の大神はそこについて何も話す様子はない。何か言えない理由でもあるのか、彼自身もわからないのか……それは謎である。

 「とにかく、今ここを襲われたら危険です。元に戻るまでは大人しく──」

 狙われた際の対応が困難となるロスト。その現象が連続した今の状態はかなり危険だ。そのことを危惧し、注意を促す大神だが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「大神よ! プラモデルとは最高だな! このまま中に住めそうだぞ!」

 「いかにも、屋根の形状が昼寝に最適なんだな」

 「この魚、美味そうやわー」

 「」

 桜、会長、遊騎と、主に小型化した者たちが好き勝手に大神が作った大阪城に触れ、確実にところどころを破壊していた。その光景に、大神は声にならないショックを受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………」

 『え~、もっと遊びたい~』

 プラモデルを大神に没収され、揃って文句を言う桜たち。だが、大神は湧き上がる怒りを呑み込んで、無言のまま没収したプラモデルを高い棚の上に置いた。

 『──続いて、気象情報です』

 「ん……?」

 ふと、そこで丁寧な口調の声が大神の耳に届く。声の方を振り向くと、町内会で使う大道具やなにやら威厳を感じる鎧など、特に使い道のなさそうな物が廊下の端にまとめて置かれていた。そして、その傍にはラジオが置かれており、再びそこから声が出る。

 『戦後最大級の超大型台風が接近しています。直撃の恐れもあるため、住人の皆さまは警戒を強めてください』

 「誰がこんな所にラジオを……?」

 「う~ん、いかにも困ったな~」

 置いた覚えがない場所にあるラジオに違和感を覚える大神だったが、そんな大神の違和感をよそに会長は悩ましげに頭をかき始めた。

 「いつもは台風が来ると王子と一緒に『渋谷荘』の補強をしていたんだけど、今回は流石に無理っぽいな~」

 「……大袈裟ですよ。いくらボロくても、吹っ飛んだりするわけじゃ──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──バキィ!

 「ないですし──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ビュオオオオ!!

 「ぬおおお!?」

 「おー」

 「ワンワンワン!!」

 「な!?」

 大神が油断したまさにその瞬間、『渋谷荘』の天井に穴が開き、力を込めて堪えようとしないと身体が持っていかれそうになるほどの強風が吹き荒れる。何事もない大神がその状態のため、小型化した者たちや『子犬』は抵抗する暇もなく身体が宙に浮いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ガシ!

 「あ、危なかった……」

 「来る……! 何かが来るんやな……!」

 「ど、どうやらそのようなのだ……!」

 「おーい」

 「嬉しそうに……しないで、ください……!」

 外に吹っ飛ばされるよりも先に、大神が何とか彼らの身体をキャッチする。すぐさま風が届かないところまで移動し、なんとか事なきを得る。ぜぇぜぇと息を切らす大神に対し、遊騎と桜はキラキラと目を輝かせる。

 「いかにも、刻君だって両腕を怪我してるから動けないし。このまま『渋谷荘』が全壊なんてこともあり得るかも……。そしたら皆、無事で済むかどうか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ガン! ガン!

 数分後、彼らがいる場所周辺の窓は釘で打ち付けられた木材によって厳重に補強されていた。その前では、大神が一心不乱に金槌を振るっていた。

 「いやぁ、いかにも……別に大神君にやれとは言ってないんだけどね」

 「ねーねー」

 そんな大神の背後で黒い笑みを浮かべる会長。その後も……

 「なんやこれ、頭巾や」

 「おお! 防災頭巾がテントのような大きさだ! 気分はキャンプなのだ!」

 「はしゃぐな!」

 防災グッズではしゃぐ遊騎と桜。

 「いかにも、非常食って美味なんだな」

 「食うな!」

 貴重な非常食を無意味に食い漁る会長。

 『ヒュ~ドロドロドロドロ……』

 「う~ら~め~し~や~」

 「光るな!」

 それっぽいBGMをラジカセから流し、ランタンで顔を照らす刻。

 大神以外に、自ら動こうとする者は一人もいないのであった。そんな彼らに対し、大神が下した決断は……

 「城の中を探検なのだ~」

 「おー」

 「遊ぶなって言ったと思ったら遊べって、天邪鬼なんだから~」

 「いいからそこで大人しくしてください……!」

 「グヘ……」

 壊されまいと非難させた城を泣く泣く差し出し、そこで遊んでいるよう告げた。その後、大神は今まで見たことがないような勢いで刻の頭を殴って気絶させた。

 「まったく、王子の奴……! ロストしたからって逃げやがって……!」

 「おーい」

 「大体、なんでこうも揃ってロストなんか……。せめて優が残っていれば力仕事を任せられたものを……!」

 「もしもーし」

 「いや、そもそも優はロストしたところで女になるだけ……。中身が変わるとはいえ、動くのに支障はないのに……!」

 「ねぇ、お~がみく~ん」

 「ああもう! なんですか、さっきから──!」

 まるでストレスを発散するように釘を打ちつける大神。そんな大神を呼ぶ能天気な声が後ろから聞こえ続ける。最初は自分の世界に入ってぶつぶつと文句を言っていたため無視していたが、それがあまりにもしつこいため、大神は苛立ちを隠そうともせずに振り返る。

 だが、そこで彼の眼に映ったのは予想だにしない光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「な!?」

 そこにいたのは……全身に水を滴らせ、ぴったりと肌にフィットしたシャツを着た優子だった。びっしょりと濡れた髪が素肌にはりつき、いつもとは違う色気を醸し出している。だが、それよりも気になるのは彼女の服装。濡れたことで肌にフィットしたシャツは素肌を隠す役割を果たしておらず、じんわりと肌色が見えている。そうして肌色が露わになった彼女の胸部は、無条件で他者の目を引きつけ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なんて格好してるんですか!?」

 引きつけられるよりも前に、大神は勢いよく目元を隠したうえで目を逸らす。そんな大神の反応を見ても、優子は特に恥ずかしがる様子も無いまま口を開く。

 「いや~、さっき雨が入ってきた時に直撃を受けちゃってさ。さっきまで優だったから、ブラだって着けてないから最悪だよ」

 「じゃあさっさと着替えれば……!」

 「そうしようと思ってずっと呼んでたよ。『おーい』とか『ねーねー』って。こんな状況だから黙っていなくなったら困るかなー、って思ったけど、大神君ったら忙しそうだったし」

 「わかりましたから早く着替えて着てください!!」

 平常心のまま話す優子に対し、大神は目元を隠したまま目を逸らし続ける。その空気に耐えられなくなったのか、大神は声を荒げて優子に着替えるように言う。

 すると、優子は「はーい」と返事をしつつ早足で移動を始めた。だが、何かを思い出したようにピタリと止まって振り返ろうとする。

 「……あ、何かあったらここに戻って来れば──」

 「振り返らなくていいです! そして何かあれば服を着た状態でここに戻ってきてください!!」

 「了解で~す」

 そう言って、優子の姿は大神の視界から完全に消えた。優子がいなくなったことを薄目で確認した大神は、大きなため息をつきながらその場に座り込んだ。

 「なんでオレがこんな目に……」

 「まあ、彼女らしいといえば彼女らしいですがね」

 そんな大神に話しかけるのは、ただ一人……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まさにゴー・トゥ・マイロードです」

 「!!?」

 どこかで聞いたような声で奇妙な英語を発する……先ほどまでいた廊下にあったはずの鎧だった。

 「あ、平家(にばん)や」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「へ、平家……!? いつから……!?」

 「110行前からですよ」

 「ま、まさかアンタまで……」

 「ええ、ロスト中です。『人前に出られない姿』になってしまったので、秀吉公の鎧で失礼します。もちろん、大神君が作った大阪城にちなんでですよ?」

 「どうでもいいです……」

 淡々とロストした事実を話す鎧……ではなく平家。すぐには信じられないが、よく見ると手元には愛読書である緊縛関係の官能小説があるため、どうやら本当のようだ。

 「それにしても、この兜の形状……素晴らしい。まさにスーパーライジングサンです!」

 「…………」

 その後も、数ある武将の中でも派手な形状で有名な兜を指して、平家はどこか楽しそうにしていた。実際に顔は見えていないが、なんとなく今の彼は満面の笑みを浮かべていると想像できた。

 しかし、これ以上は関わるまいと考えた大神は黙って平家に背を向けた。再び補強作業を始めようと準備をする大神だったが、そんな彼から少し離れたところである人物がこそこそと動いていた。

 「ぐ、ぎ……!」

 彼の前にあるのは、『捜シ者』との闘いが終わってすぐに行われた花火の写真。大きな闘いが終わったことによる緊張から解き放たれたかのように明るい表情を見せる『渋谷荘』の住人たちが写っている。それら写真が入れてある箱から、彼は一枚の写真を取り出そうとしていた。

 普段ならばスムーズにできるはずの作業だが、今の彼は闘いで受けた負傷のせいで両腕共に動くことすらままならない。そのため、彼は口を使っていた。

 (こ、この写真だけは……台風如きで濡らせるわけには……!)

 彼……刻が取り出していたのは、自分と寧々音が唯一揃って写っている写真。端の方に遊騎らしき人物もいるが、黒の油性ペンでめちゃめちゃに落書きされている。おそらく、この落書きも彼がやったのだろうが。

 (えぇい、もうちょっとダ……! 取り出せれば、後は服の中にでも入れとけば濡れる心配は──)

 ──バシ!

 「うぎゃあぁぁぁあああぁぁぁあ!!?」

 あと少しで箱から取り出せる……そう思った直後に、何を思ったか大神が刻の右肩を叩いた。両腕以外にも、右肩に大きな負傷を負っている刻。ようやく傷が塞がり始めた部分だが、直接的な刺激を受ければ容赦ない激痛が彼を襲うのは当然のことだった。

 その予期せぬ激痛に耐えられるはずもなく、刻は写真を咥えていた口を大きく開けて絶叫し、その場に倒れ込んだ。

 「バ、バカ野郎……! 右肩はダメだっつの……! そこはまだ……!」

 「…………」

 あまりの激痛に涙を流す刻だったが、彼に手を出した張本人である大神は彼に背を向けている。なんとも理不尽で薄情な行動だったが……それは思い込みだとすぐにわかった。

 「……落とすなよ」

 「ア……?」

 「右肩(そこ)にもデカい傷があるだろうが……。わかったら大人しくしてろ」

 「……お前」

 落とすな、と言って大神が刻の首にかけたのは、刻が取り出そうとした写真が入ったネームプレート入れ。ぶっきらぼうで乱暴なやり方だったが、大神は刻のために動いたのだった。右肩の傷を案じる言葉と共に。

 思えば、刻が右肩に負った傷は大神を『捜シ者』から護ろうとした時に受けたものだ。大神が意図しなかったこととはいえ、刻が大神を護ろうとしたのは事実。しかも、虹次に敗北して満身創痍となっているのにも関わらず。

 「……なんだヨ、それ。優しくしてるつもり?」

 「寝言言ってんじゃねぇよ。チョコマカ邪魔なだけだ、バカが」

 右肩の傷に対して、彼なりに責任を感じての行動だと悟った刻。その思いを受け取りつつ、いつもの軽口でいつも通りに接する。

 下手に気遣う必要はない。彼も、自分も。乱雑でも、言葉足らずでも……彼らにしてみれば、それで十分なのだ。

 「お~い、大神! 大神~!」

 そんな二人のやり取りが終わってすぐ、これまたいつも通りに明るい声で桜が大神を呼ぶ。何事かと思って大神が声の方を見ると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「く、苦し……!」

 「しっかりやれや、コラ」

 「ワ、ワフ……!」

 「ふふふ……どうだ!」

 さっきまで城のプラモデルで遊んでいたはずの小型化集団。その彼らが何を思ったのか、自分の身体にロープを巻きつけて窓の淵の上部分にぶら下がっていた。その中で、桜は白い布を頭巾のように被って自信満々な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何をやってるんですか! というか、どうやってそこまで!?」

 あまりにも奇想天外な行動に、その意図も方法もわからない大神は思いきり声を荒げる。だが、怒鳴りつける大神を前にしても桜は笑顔を崩すことは無く、笑みを浮かべたまま答えた。

 「大神が皆のために頑張ってくれているからな! 少しでも早く晴れるように、私たちはてるてる坊主になることにしたのだ!」

 「──!」

 桜の言葉に、思わず大神は目を見開く。冷静に考えれば、誰が見てもくだらないことと切り捨ててしまう行動。それでも、そこに込められた純粋な思いは切り捨てることなどできない。

 確かに滅茶苦茶なもので、それで現状がどうにかなるということは無い。それでも、大神は自分の中で何かが軽くなっていくのを感じていた。その証拠に……

 「……まったく、あなたという人は」

 自然と大神の口元が緩み、今までどこか強張っていた表情に笑みを浮かべさせた。

 「別に、頑張っているわけじゃありませんよ。たまたまオレだけロストしていないから、するべきことをやっているだけです」

 「ア? オイ、桜チャン何やってんだヨ? 見せろ、大神!」

 笑みを浮かべながらも、普段の彼らしい謙虚な言葉。しかし、いつもより少しだけ明るめの声で大神は続けた。……後ろで騒ぐ刻を放置したまま。

 「まぁ、仮にロストしていたとしてもオレの場合は体温が下がるだけですから、特に問題はありませんけど。むしろ皆が気の毒なくらいです。特に優と平家」

 自分はまだマシ、とでも言いたげに言葉を並べる大神。言葉を並べる中、ふと年上二人のことを思い浮かべる。ロストした瞬間、自身が最も苦手とする女性になる優と、人に見せられない姿になり何かに身を隠す平家。少なくとも、自分が知る限りではかなり稀有で気の毒なロストを持つ二人だった。

 「優はどんなに嫌がっていても優子さんに好き勝手されますし、平家は何かで隠さないと人前にも出られない。……『人前に出られない姿』なんて、どんな姿だか想像もできませんけど……それならいっそ、姿が見えない(・・・・・・)方が──」

 「──てるてる坊主」

 「え?」

 言葉を続ける大神の背後で、ポツリと刻が呟く。それ(・・)は、ロストして小さくなった彼と大神の慎重さを考えれば見えるはずのない桜の姿。ピッタリ大神の背後にいた刻は、完全に大神の顔と重なっていた桜の姿など見えるわけがない。

 だが、刻はその姿が見えた。

 「刻、よくその位置から見えましたね」

 「いや、位置っつーか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 お前……なんか透けて(・・・)んだケド」

 「え?」

 感心したように刻の方に振り返る大神……その顔には、彼の後ろにあるはずの桜たちの姿がしっかりと見えていた。まるで、そこにあるはずの大神の顔が無いかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ハハハ、何をバカなことを」

 「大神君……ルック・ミラーです」

 刻の言葉を何かの冗談だと思い、適当に笑い飛ばす大神。しかし、そんな彼の目前に平家が手鏡を用意する。本来なら、しっかりと自分の顔が映るはずの位置。だが……

 「…………」

 そこに映るはずの見慣れた自分の顔はいつまで経っても移ることは無く、自分の後ろに広がっている光景が映っているだけであり……

 「──ΔΩ★ж!!?」

 それが真実だと自覚した瞬間、彼は声にならない悲鳴を上げた。

 「な、なんだコレ……!? ちゃんと触れるのに、顔が映らない……!?」

 何度も鏡を見返し、自分で自分の顔をペタペタと触って顔があることを大神は確かめる。そこにある感触はあるが、視覚に映らない自分の顔。もしやと思って腕をまくると、そこにあるはずの腕も同様の状態だった。

 現状を知ったが、まったく何が起きたから理解できず混乱する大神。しかし、この中で一番の知識人が堂々と宣言した。

 「ロストです」

 「ロ、ロスト……?」

 「おそらくですが、大神君の左腕の異能である『青い炎』が真の力に目覚めたことでロストにも変化が生じたのでしょう。言うなれば、この『透明化』こそが大神君の真のロストです」

 「そんな、バカな……」

 『青い炎』の覚醒によって生じたロストの変化。そのような話など聞いたこともないが、『透明化』などという説明がつかない事態が起こりうる可能性としては、ロスト以外ありえない。

 それはわかっているはずだが、理解が追い付かないのか大神は立ちくらみを覚える。

 ──ドンドン!

 そんな大神に追い打ちを立てるかのように、台風によって飛ばされた物が『渋谷荘』の扉を叩いて──

 

 

 

 

 

 

 

 

 「オラ! 大神、さっさと開けろ! クラスメイト様のご訪問だぜ!」

 「ヤッホー、桜! いきなり遊びに来たよ!」

 「ここが大神君と桜ちゃんが暮らしてる『渋谷荘』かぁ」

 「い、今さらだけど……同棲ってことか?」

 「これだけデカいから、他にも人がいるはず……ッス」

 「なんでもいいっての。つか、台風マジ直撃っぽくない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「は、はぁ!? 今の声って!」

 違う。扉を叩いているのは飛ばされてきた物などではなく、人間の来訪者。しかも、大神と桜のことをよく知る人物……輝望高校のクラスメイト。

 「こ、こんな時に客かヨ……!」

 「ヤ、ヤバい……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (誰も人前に出られない──!!)

 ロスト、台風、来訪者……次々に起こる不孝の連続に、大神たちは台風とはまた別の嵐が起ころうとしていることを予感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
相変わらず我が道を行く優……改め優子でした
さて、次回はロストしている中でのクラスメイト来訪!
ビショビショになった優子はまたやらかしてしまうのか!
(あれ? 一応、優子は人前に出られるような……)
とりあえず、また次回!
ありがとうございました!



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