CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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 「…………」








 「……………………」










 (そうか……)










 「終わった、のか……」












code:68 Heppy

 『渋谷荘』にて人知れず行われた『コード:ブレイカー』と『捜シ者』の勢力による闘い。『捜シ者』が死に、配下であったはずの時雨がパンドラの箱(ボックス)を奪っていったという形で終わったこの闘いから一夜が明けた。その朝はいつも通り平和で、昨日あった出来事全てが夢の中の出来事のような錯覚に陥りそうになる。

 それでも、頭に刻み込まれたその記憶は本物である。夢でもなんでもなく、ただ一つの現実だ。今まで過ごした平和な日常と同じ、紛れもない現実の一つ。

 「大神! おーい、大神!」

 それを自覚したのかは不明だが、桜はいつものように隣人である大神へと声をかける。不慮の事故により壁下に開いた穴があるため、他の部屋よりクリアに声が届く空間。

 しかし、一向に大神からの返事がない。といっても、これもよくあることであった。彼の性格上、毎回律儀に反応するはずがないのだ。そして、その上で桜は次の行動へと移る。

 ──ガラガラガラ!

 「大神! おはよーなのだ!」

 満面の笑みで穴を通り、大神の部屋へと入り込む桜。どこから用意したかは不明だが、なぜかスケートボードに乗った状態で。完全にギャグとしか思えない行動だが、普通の人間がこの光景を目の当たりにしたらまず笑いなど起こらない。起こったとしても苦笑程度だろう。

 一方、大神の反応はというと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──シーン

 「ぬ?」

 大神、不在のため反応自体なし

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ふむ」

 まさかの反応なしという事態にもめげることなく、私服に着替えて桜は部屋を出た。他の住人への朝の挨拶兼大神を捜しに出た彼女だったが、少し異様な状況に出くわしていた。

 「誰もいない……。まだ休んでいるようだな」

 ただでさえ古い造りのため、人が通れば必ずと言っていいほど音が出る『渋谷荘』。そんな『渋谷荘』にいながら、まったく音が聞こえないという現状。このことから、まだ他の住人は休んでいるということを桜は察し、少し声を抑え気味にする。

 「無理もないか……あんな戦いの後だものな。しかし、大神はどこに行ったのだ?」

 ほぼ全員が重傷を負った今回の闘いは、「疲れない」と言う方がおかしいレベルだ。今まで王子の方針で規則正しい生活が染み込んでいたとしても、圧倒的な疲れの前ではそのリズムが崩れても仕方ない。

 あまり騒がないようにしつつ、大神を捜し始める桜。腕を組み、「うーん」と唸りながらどうするべきか考え始める。

 「少なくとも起きているはずだからな。となると……洗面所か?」

 起きていることから考えて、朝の準備をしているのではと桜は予想する。ちょうど洗面所の近くにいたこともあり、桜はそのまま洗面所へと向かう。そして、誰もいない状況から確認もせずに桜はドアを開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あ?」

 そこには、確かに朝の準備をしている人がいた。ただ、大神ではない。そこにいたのは、身体の至る箇所に包帯を巻き、大きめのワイシャツ一枚だけ(・・)を着て歯磨きをする……

 「あ、王子殿。おはようごz──」

 「見るなー!!」

 ──ゴッ!

 『渋谷荘』の主(八王子 泪)であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「王子殿、そんな照れずとも……女子同士ではありませんか。急に開けてしまったのは申し訳ありませんが……」

 正面から王子の頭突きを受け、ダラダラと血を流しながらも桜は笑顔で王子に声をかける。まあ、頭突きとほぼ同時に王子がドアを閉めてしまったから扉越しにだが。

 扉越しに桜が声をかけると、扉の向こうから慌てた様子の王子の声が届く。

 「す、すまん! ちょっと今日は寝坊したから慌ててしまって……! 朝飯なら食卓に用意してあるからな!」

 闘いにおいて、最も闘いにくい相手でもある日和を相手にし、さらには防御に適した『影』の異能を持つため(キー)を任されていた王子。それを見抜いてきた雪比奈の攻撃も受け、かなりの重傷を負ったはずの彼女だったが、きっちりと朝食を用意してくれている。

 自分も疲れているはずの王子の気遣いに、桜は複雑な表情を浮かべる。

 「王子殿……もっと自分のことも気遣った方が……」

 「あれ? 朝ごはんっておむすびだけ? 王子、マジ超手抜きって感じ」

 ──ガンッ!!

 「手抜きで悪かったな。つか、テメェは腹に怪我してんだろうが。食うんじゃねぇ」

 「いかにも、頭の方が痛くなってきたんだな……」

 王子の体調を心配する桜に対し、相変わらず着ぐるみ姿の会長は容赦なく不満を口にする。その手にしっかりと、王子が作ったおむすびを手にしながら。

 そんな会長の言葉を聞いた瞬間、いつもの格好に着替えた王子がドアを勢いよく開け放つ。さらにそのまま会長の頭を踏みつけ、ぐりぐりと踏みながら叱りつける。腹部を貫かれた以上、無理に食事をするのは好ましくないのは間違いないのだが……明らかに会長への怒りも混ざっているだろう。(完全に会長が悪いが)

 「おい、優。言っとくがテメーもだからな」

 「わかってる」

 「夜原先輩!」

 ふと、会長を踏みつけながら王子が食卓の方を見る。そこから返事と共に顔を出したのは、こちらも至る所に包帯を巻いた痛々しい姿の優だった。彼も『捜シ者』と闘っている中で腹部を貫かれたため、無理に食事はできない。しかし、彼はエプロンを着けてそこに立っていた。

 そのエプロンを気にしつつ、桜は優の傍へと駆け寄った。

 「お身体の方は大丈夫なのですか?」

 「まあな。といっても疲れてるのも事実だ。だから今日は簡単に卵焼きくらいしか作れなかった」

 「オレだってメシ握っただけだ。具もない塩むすびだしな」

 「あの、二人とも……。ですから、もう少し自分の身体を気遣って……」

 優も王子同様、疲れているにもかかわらず朝食の準備をしていたようだ。彼ららしいといえばらしい行動なのだが、闘いが終わった次の日なのだ。もう少し楽をしてもいいのでは、と桜は内心でハラハラしてしまっていた。

 「おや」

 すると、また新たに話題に入ってくる者の姿があった。いつも通りの制服姿で、何やら資料などが詰まっていそうなカバンを持った来訪者……平家である。

 「おはようございます、皆さん」

 「おはようございます、平家さん」

 「平家先輩、随分と早起きですね。何か用事でも?」

 「えぇ。“エデン”に報告等ありますからね。私は皆さんと比べて軽傷なので、特に問題はありませんし。そして今日は……」

 挨拶を交わしながら、平家はカバンを開く。多くの資料が入っているカバンの中から、平家は数枚のプリントを取り出して見せつける。

 「皆さんに今回の闘いにおけるジャッジを伝えに参ったというわけです」

 「ジャッジ……」

 平家が取り出したプリントを見てみると、大きく「通知表」と書かれている。彼は『コード:02』でありながら「ジャッジ」という立ち位置にある。今回の闘いもあくまで彼らにとっては仕事であるため、その評価がつくのは当然のことと言える。

 しかし、闘いの翌日……まして朝にそれを伝えに来るとは、彼の忙しさが伺える。

 「平家さん……個人はともかく、今回の闘い自体のジャッジはどんな結果に?」

 「……今回の任務は失敗と言わざるを得ません。『捜シ者』を斃すことができたといっても、我々の目的は『パンドラの箱(ボックス)』の守護。そして、その『パンドラの箱(ボックス)』は奪われてしまった……弁明のしようがありません」

 神妙な表情で闘い自体の結果を尋ねる優に対し、平家は声のトーンを下げながらその問いに答える。やはり彼も闘いに参加した一人であるので、失敗してしまったことを悔いているのだろう。

 すると、先ほどまで王子に踏みつけられていた会長が起き上がり、腕を組みながら口を開いた。

 「いかにも、今は待つしかない。『パンドラの箱(ボックス)』を持っている時雨君については『ゐの壱』が追っているからね」

 「『ゐの壱』が?」

 「『パンドラの箱(ボックス)』が地下から出てしまった時、最優先で追尾するシステムが彼女にはあるからね。何かわかったら連絡も入るはずだよ」

 「だから『ゐの壱』の姿も見えず……。無事だといいのだが……」

 単身で時雨を追っているという『ゐの壱』。異能を吸うことができる対異能者戦に特化した彼女だが、相手は『Re-CODE』に所属するほどの実力を持った時雨だ。桜が彼女の身を案じてしまうのも無理はない。

 どれだけ心配でも祈ることしかできない歯痒さを感じていると、会長も堪えるようにグッと拳を握っていることに気付く。そして、会長は噛み締めるように呟く。

 「あの『パンドラの箱(ボックス)』は外に出していい代物じゃない……! 絶対に、取り戻さないといけないんだ……!」

 「会長……」

 中立という立場を貫き通して『パンドラの箱(ボックス)』を守ってきた会長。それが外に出てしまい、さらには少しだけとはいえ開いてしまった。外に出たのは間に合わなかった故だとしても、開いてしまった責任を強く感じているのだろう。その理由を知らないとはいえ、桜は会長の思いが痛いほど伝わってくるようだった。

 「……そうそう、忘れていました。雪比奈と虹次は現在も逃走中で居場所は不明という情報がエージェントから入っています。嬉しいですか? かつてのお仲間が無事で」

 「…………」

 突然、平家が王子に視線を向けながら雪比奈と虹次についての情報を伝える。彼らは闘いの後、特に強い抵抗はしようとはせず、その場から退いていった。平家曰く“エデン”のエージェントが追っているようだが、こちらも簡単に掴まりはしないはずだ。

 その事実を嫌味を交えるように王子に伝える平家はニヤリと笑みを浮かべる。しかし、王子はそれに腹を立てたりすることはせず、静かに真正面から平家の顔を見る。そして……

 「……ありがとう」

 「なんですか、それは? 気味が悪いですね」

 「お前には危ない所を助けられた。その礼を言うのは当然だ」

 「…………」

 深々と頭を下げ、王子は素直な言葉で平家に礼をする。どれだけ彼が自分を嫌っていようと関係ないとでも言いたげに。そんな王子の姿を、平家は顔をしかめながら見下ろし、そのまま──

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ペシ

 「5点です」

 「……え?」

 「ですから、あなたへのジャッジです。まったくなっていませんね……本当に足手まといです。もっと精進してもらわないと困ります。このままじゃあ、あなたに与えられた『コード:05』の称号()が泣きますよ」

 厳しい言葉と評価ながら、次に期待するような言葉もかける平家。そんな言葉と共に叩きつけられた自分の評価が書かれた通知表を手に取り、王子は噛み締めるように拳を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて、次は優君ですよ」

 王子に言葉をかけたかと思うと、さっさと背を向けて平家は優の方へと向かった。厳しいながらも彼なりの優しさを感じた桜は、「王子のことを認め始めている」と感じていた。しかし、平家はそれに構うことなく、何事も無かったかのようにジャッジを伝えていく。

 「優君は4千点です。『捜シ者』に協力していた異能者のほとんどを斃してくれましたからね、よくやってくれました。……自己犠牲に等しい考えで『捜シ者』に向かっていったのは減点対象ですが」

 「……すみません。以後、気を付けます」

 『転移』によって無限かと思えるほどの異能者と闘ってきた優。その全てを斃したこともあり、かなり高い評価をもらっていた。といっても、最後に『捜シ者』に向かっていったことについては反省点として咎められた。結果的には良い方向になったとしても、自己犠牲とも言える危険な行動には変わりない。

 「いかにも、烏合の衆とも呼べる異能者たちだったけど一人で勝てたのはすごいね。やはり私の修業が役に立ったんだな」

 「えぇ、感謝しています。……あの、平家さん」

 優の評価を聞き、会長はうんうんと感心していた。師匠冥利に尽きる、とでも言いたいのだろう。そんな会長に軽く微笑むと、優は改めて平家に向き直る。

 「どうしましたか?」

 「一つだけ質問があります。オレが斃した異能者たちは、その……確実に全員死んでいましたか(・・・・・・・・・・・・・)?」

 「や、夜原先輩……?」

 その質問の内容に、桜は思わず顔をしかめる。自分が斃した者たちは確かに死んでいたかなど、明らかに普通の質問ではない。だからといって、冗談で済む話でもないし、なにより優の表情は真剣そのものだった。

 「…………」

 一方の平家は優の意図を察したのか、同じく真剣な表情で口を閉じる。ジッと優の眼を見て、無言のまま数秒が過ぎる。

 そして、新たにカバンから別の資料を取り出し、中身を確認しながらその問いに答えた。

 「……そうですね。優君が闘ったあの場所にいた異能者は全員が死亡。逃げたような跡もありませんでした。例の『転移』を使う異能者も即死状態でしたから、生き残りはいません」

 「……ありがとうございます」

 その時、優が見せた表情はとても複雑なものだった。ほっとしたようでもあり、心のどこかで残念と思っているような……そんな矛盾した心情を感じさせる表情をしていた。

 優にジャッジも伝え、質問にも答えた平家は次に向かうため歩き始める。そうして優の真横に移動した瞬間……ボソリと呟いた。

 「──『あの力』を使いましたね?」

 「……はい」

 「じゃあ、安心してください。先ほども言ったように、生存者は0。目撃者は残っていません」

 (……あの子(・・・)も、か。いや、わかっていたことだ。わかっていたし……覚悟していたことだ)

 改めて生存者がいないことを告げられ、優の頭に浮かんだのは咲と名乗った一人の少女。異能によって居場所を失い、『捜シ者』に従うことを唯一の居場所として望んでいない闘いに巻き込まれた被害者。彼女の『念力』によって動きを封じられていた優は彼女を斃し、『あの力』を使うことであの場を切り抜けた。

 『あの力』を使った以上、目撃者はいてはならない。それでも、優は心のどこかで「もしも」と考えていたのかもしれない。だから、あの質問は生存者がいないことを確認するためだけの質問ではない。同時に、咲という生存者がいることを無意識に願っての質問でもあったのだ。

 しかし、結果は告げられた通りであり、その現実は覆しようがない。優は自身の罪を噛み締めるよう、グッと拳を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「遊騎君! あなたはマイナス1万点です!人を庇いに庇って計四回! さらに、そのうち一回は敵を庇う始末! 闘わずして重傷など言語道断です!」

 「て、手厳しいですね……」

 数分後、平家は遊騎にジャッジを伝えるべく『参號室』まで移動し、他の者もそれについていっていた。だがその内容は、プラスの評価である王子と優に対してマイナスでの高得点という手厳しいものだった。呆れかえっているのか、平家は中に入ることなく扉に通知表を張りつけた。

 「人を護るというのは良い行動に思えますが……」

 「もちろん普通はそうです。ですが、遊騎君は違います」

 中で聞いているであろう遊騎をフォローするように、人を護ることについて問う桜。だが、平家も人を護ることの大切さはもちろんわかっている。それでも、遊騎の行動は違うとハッキリと主張する。

 「遊騎君は……真理という友人の死の経験から人の死を恐れ、無謀な行動に出ているだけです」

 「真理……確か、時雨もそう言っていた。『真理はお前が殺した』……ってな」

 遊騎の人を護るという行動の理由を語る平家に続き、優もそれを決定づける記憶を思い出す。それらの言葉を聞き、桜は静かに『参號室』の扉を見つめる。

 「遊騎君……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………」

 『渋谷荘』の屋根の上……子犬や猫などの動物でもない限り上ることが無いその場所に、遊騎は座り込んでいた。見上げた視線の先には、青空が広がっている。そよ風が頬を撫でるのを感じつつ、彼はふと顔を俯かせる。

 「……時雨」

 その名を呼んだ呟きは風に乗り、彼方へと消えていく。しかし、その声に応える者はおらず、風だけが遊騎の横をすり抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて、次は刻君です。失礼しますよ」

 「へ、平家先輩……! 刻君は一番怪我がひどいからそっとしておいた方がいいのでは……!」

 遊騎にジャッジを伝えた一行は、そのまま隣の『肆号室』へと向かう。ノックだけして入ろうとする平家を見て、桜は刻の容体のことも考えてそれを止めようとする。彼は厳しい修行を乗り越え、目的である虹次に挑んだが敗北した。両腕を犠牲にという奮闘ぶりを見せたが、あと一歩及ばなかったのだ。彼の身体の傷や心の傷も考えると、闘いのことを思い出してしまうジャッジを伝えるのは後日でもと思えた、が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、ゴメ~ン! 両手使えないから食べさして~!」

 そこにいたのは……

 「っと、汗かいちゃったナ。拭いてくれる?」

 両腕にギプスをし、病院用のベッドの上で過ごし……

 「いや~、大怪我って最高だよネ~!」

 ピンク色のナース服を着た女性二人に看護される、とても楽しそうな刻の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『…………』

 「あ、そろそろ失礼しまーっす。じゃあねー」

 「アリガト~。また出張看護よろしくネ~」

 刻のまさかの状態に、揃って言葉を失う一同。だが、心のどこかでは「彼らしい」と納得してしまったのもまた事実であった。

 一方、ナース二人は終了時間を迎えたらしく、手を振りながら部屋を後にしていった。刻も笑顔でそれを見送り、「ここは当たりだナ」などと呟いていた。

 「……刻君、300点ですよ」

 「どーも、先輩。つか、それってマイナスで?」

 「いいえ、プラスで300点です」

 「アレ~? なんか先輩、甘くない?」

 そんな刻に対し、平家は何事も無かったように通知表を移動式の机に置く。その内容が意外だったらしく、刻はわざとらしく声を張り上げてみせた。そして、フッと自分を嘲笑うかのように笑みを浮かべた。

 「オレは負けたんだ。なんの役に立ってないんだから遊騎以下ダロ?」

 「それを決めるのはあなたではなく、私です。……では、失礼します」

 「…………」

 自身を「役に立ってない」と切り捨てる刻。しかし平家は、ジャッジとして自分が決めた結果だと告げて、そのまま部屋を後にした。優も無言でそれに続く。

 その様子を気にしつつも、桜は刻を気遣って部屋に残ろうとした。

 「刻君、何か私にできることは──」

 「行くぞ、桜小路」

 「え?」

 「バイバ~イ。これから女の子のお見舞いとかいっぱい来るから邪魔しないでネ~」

 「え? え?」

 ──バタン!

 しかし、王子に引っ張られるように部屋の外まで連れていかれ、刻からもニヤニヤとした笑みを向けられながら外へと追いやられる。どういうことか理解することもできないまま、『肆号室』の扉は閉じられた。

 「王子殿! 本当に放っておいていいのですか!? 刻君、なんだか様子が変だったように──!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ガシャァァン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 「な──!?」

 ほとんど強制的に『肆号室』から出てきた桜は、自分を連れ出た王子に詰め寄ろうとする。しかし、それよりも先に後方から派手な音が響き渡る。

 突然のことに桜は目を見開くが、彼女以外の者たちはそれがわかっているかのように『肆号室』の扉を見つめる。

 「…………」

 「……今はそっとしておいてやりな」

 「外野には……どうすることもできない」

 まるで、その中の状態が見てわかるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぐ、う……! が、ぁ……!」

 ベッドの上から片手を上げようと、手が震えるほど力を込める。

 しかし、その手はベッドからわずかに上がっただけで、そこから先に上がる気配は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ドン!

 「ちく、しょう……!」

 ギリ、と歯を噛み締めながら、わずかに上がった腕をベッドに叩きつける。激しい痛みが走るが、その痛みに苦しむ余裕もない。

 (虹次に負けた上、刻の両腕はもう再起不能かもしれないんだからな……)

 それほど、今の彼に突きられた現実は酷なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて、最後は大神君ですね」

 「あ……その、部屋にはいなかったのですが」

 「オレも今日は姿を見ていないですね」

 複雑な思いを胸に、刻の部屋を後にした一行。ジャッジを伝えるのも残り一人となったため、最後の一人である大神を捜し始める。桜は部屋にいなかったことを、優も姿を見ていないことを話す。

 「ああ、零なら……」

 すると、王子が先頭に立って歩き始める。どうやら居場所を知っているらしい。桜たちは王子の後に続いていき──

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ほら。縁側で真っ白になっているぞ」

 「────」

 「わふっ」

 そうして到着した『渋谷荘』の縁側。そこには、両手でお茶を持ったまま空を見上げる……見るからに真っ白な状態の大神だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 隣で気持ちよさそうに日向ぼっこをする『子犬』と比べると、なんともシュールな光景である。そんなことを思いながら、桜は大神に声をかけていく。

 「大神」

 「────」

 「大神?」

 「────」

 「お~がみ~」

 「────」

 「……ダメみたいなのだ」

 つついても反応せず、腕を引っ張って見ればそのまま動かない。その腕をぶんぶん大きく振らせても、大神はなんの反応も示さなかった。普段の様子と比べてあまりにも無防備過ぎるその姿に、桜も思わず言葉を失ってしまった。

 「無理もありません。ずっと追い続けていた『捜シ者』を討ったのですからね。……あ、ちなみに大神君は1万点ですよ」

 「精も根も尽き果ててしまった、ということですか……」

 「だが、大神のことだ。すぐに元に戻るだろう」

 「……そうだな。今は少し休息しているだけだ」

 燃え尽き症候群のような状態である大神をそっとしておき、遠巻きに彼を見つめる一同。その中で、王子が全てわかっているような表情を浮かべていた。

 そして、どこか確信を持っているかのような口ぶりで言葉を続けた。

 「『捜シ者』を斃した今、自分が何をするべきなのか……零はわかっていると思うしな」

 「と、いうと……?」

 「……『捜シ者』と共に零を育てた家族。彼らが零の本当の家族じゃない(・・・・・・・・・)ことと……桜小路 桜。お前が零と一緒にいたあの場所こそ、全ての始まりなんだ」

 大神に向けていた視線を桜に移しつつ、意味深な言葉を呟く王子。現時点では確かめようもないことを告げられ、桜は思わず眉をひそめる。

 「ど、どういうことですか?」

 「王子、あなた……『捜シ者』から()を託されているんですか?」

 「…………」

 桜と平家の問いに、王子は口を紡いで何も答えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 過ぎてしまえば時というのは早く感じてしまうものであり、すでに夜になっていた。夕食の準備がしてある『渋谷荘』のリビングだったが……

 「メシができたっつーのに……なんで食えない連中しか集まってねぇんだよ……!」

 「オレは作る側だったからな。いるのは仕方ない」

 「いかにも、そうカリカリしないことだよ? ストレスは美容の天敵。今にシワまみれに──」

 「黙ってろ!!」

 「痛い!」

 「……適当に捜してくる」

 そこにいたのは食事を作った王子、同じく料理を作ったが食事ができない優、そして食事できない状態がさらに悪化しそうな会長の三人だった。余計な一言で怒りを買った会長が王子に痛めつけられる中、優は他の住人を捜そうとリビングを後にしようとする。

 その瞬間──

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──カッ!

 夜とは思えないほどの光が放たれ、『渋谷荘』を包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ん?」

 「おや?」

 「……光?」

 

 

 

 

 

 「これは……」

 「まー君、これって何の光?」

 

 

 

 

 

 「……何だ?」

 

 

 

 

 

 「あっちからや……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……この音と光は?」

 光を見た『渋谷荘』とその付近にいた者たち。強い光が印象的だったが、耳を澄ますと何かが噴き出すような音も聞こえる。その原因の元に向かおうと、彼らは外へと出ていく。

 そして、そこにあったものは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──シュオォォォ

 「──花火?」

 「H」「e」「p」「p」「y」と巨大文字のように並べられた無数の花火。打ち上げのような派手さはないものの、その数の多さから美しさはかなりのものとなっていた。

 「み、みんな~……。花火、楽しんでほしいのだ~……。うぅ、やっぱり丸くなくても花火は怖いのだ……」

 「さ、桜小路さん!?」

 並べられた花火の間を見ると、前に花火を見た時と同じ表情で震える桜の姿があった。花火に囲まれているというのもあるだろうが、一番の原因は両手に持つ着火済みの花火だろう。ちなみに、背中には着火前の花火が大量に背負われていた。

 花火が苦手なはずの桜がこの花火を用意したことを悟り、大神は驚いて声を上げる。すると、その声に気付いて他の住民たちも集まってきた。

 「ギャッハハハ! なんだよ、桜チャン! そのブッサイクな顔!」

 「花火やし!」

 「キレー!」

 「一体どこからこの量を……」

 隠そうともせず大笑いする刻の横では、遊騎と寧々音が目を輝かせる。優は見渡す限りに広がる大量の花火を改めて眺め、呆れたように呟く。

 「……つうか」

 優が言うように準備の仕方も気になるが、それよりも気になる箇所が彼らにはあった。そして、彼らは声を揃えてその点を指摘した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『「Heppy(ヘッピー)」ってなに?』

 「ふふふ……きっとおまじないですよ」

 「え!? 私はH()ppyって……えぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「見てや。オレ、めっちゃキレイやし」

 「おい、遊騎。間違っても自分の方に向けるんじゃないぞ」

 「ねーねー。アレ、寧々音もやる~」

 「じゃあ一緒にやるか」

 「バカヤロー! ねーちゃんには危ねーだろ! 一緒にやんじゃなくて止めろー!!」

 「花火……『光』関係ならば負けるわけにはいきません」

 「脱ぐナー!! つか、あんたが一番危ねーワ!!」

 花火を抱えて走りまわったり、細々と楽しんだり。真似したがる者や注意(ツッコミ)ばかりしている者など、それぞれ花火を楽しんでいく『渋谷荘』の住人たち。だが、それを用意した桜はというと……

 「う、うぅ……」

 苦手な花火に囲まれ、全身が緊張で固まったままだった。表情も固定されたままである。そんな桜を見て、大神は半ば呆れたように声をかける。

 「だ、大丈夫ですか? あなたは花火が苦手なのに、どうしてこんな……」

 「よ、良かったのだ……」

 「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「みんな、笑ってくれて良かったなぁ……」

 涙を浮かべ、緊張で固まった表情。それでも、彼女の口元は満足そうに弧を描いていた。大神は「何がそんなに嬉しいんですか」と首を傾げていたが、桜にそれを言葉にする余裕は無い。それでも、彼女は胸の内でその問いに答えていた。

 (だって、またこうして皆で笑い合える日が来たことが……夢みたいに嬉しいのだ)

 花火に囲まれ、様々な表情を見せる大神たち。その中でも最も多く見せていた表情こそ……桜が望んだ笑顔だった。一時の気晴らしでも構わない。

 ──カシャ

 この瞬間、彼らが笑顔を見せたことは写真という形にもなり、彼らの心にも強く刻まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~次の日~

 

 

 

 「うむ! 皆でゴミ捨てするのも楽しいな!」

 「楽しかねーヨ!!」

 「……業者からクレーム来そうな量だな」

 「……やれやれ」

 

 

 




ついに! 無事に!
『捜シ者』篇、完全終了!!
皆さま、お付き合いいただきありがとうございました!
次回は……いつものように番外篇!
バトルメインの章だったので、日常的なもの中心にと考えています!
番外篇が終われば……もちろん新章突入です!
それではまた次回!



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