CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

81 / 112
お久しぶりです!
優VS『捜シ者』……オリジナル話です!
圧倒的に不利な優がどう闘うのか……今回も独自解釈満載でお送りしております
さらに今回は上条先生の作品を読んでいる方なら覚えがあるシーンがあるかもしれません!
それでは、どうぞ!





code:65 虚無を貫き、紅きに染まる

 「来い、『捜シ者』。大神に代わって……オレがお前を殺す」

 繰り広げられた激闘の末、大神を完全に地に伏せさせた『捜シ者』。だが、新たに一人の男がその前に立ちはだかる。

 無数とも言える数の異能者と一度に闘い、武器も砕かれて重傷を負った……夜原 優が。

 「バカ野郎、優! そんなボロボロで、さっきまで倒れてた奴が何言ってやがる! 死ぬつもりか!」

 「そうだ! 第一、君の異能と『捜シ者』の異能じゃ相性が悪すぎる! 闘いを挑むのは無謀だ!」

 すると、闘うことを宣言された『捜シ者』よりも先に、見守る立場にいる王子と会長が顔面蒼白といった様子で声を張り上げる。彼らには、この先に待つ結果がわかりきっていた。

 今の優の身体は、はっきり言って一目見ただけで重傷だとわかるレベルだった。一呼吸する度に肩が大きく動き、よく見ると立っているだけで汗が噴き出している。さらに、着ているシャツの所々に血が滲んでおり、白いシャツが徐々に紅く染まっていた。誰が見ても思うだろう……彼は、闘える状態ではない。

 そして、仮に全快状態だとしても彼が『捜シ者』に挑むのは分が悪すぎた。優の闘い方は『脳』によって身体能力を底上げした上で行う格闘戦がメイン。人間とは思えぬ力で繰り出す一撃一撃は当たれば非常に有効となる。だが、『捜シ者』は『絶対空間』で距離すら自在に操り、『細胞再生』であらゆるダメージを治癒することができる。リーチの外から攻撃されたり背後を取られれば、どんなに異常な力だろうと意味は無い。闘ったところで優の勝利は絶望的だった。

 「ふっ……中々に威勢がいいな。だが、そこの二人の言う通りだ。お前は……いや、誰もオレには勝てないんだからな。所詮は無駄な抵抗──」

 「黙れ」

 王子と会長の言葉に加えて、『捜シ者』から絶対の自信に満ちた声が優にかけられる。「無駄な抵抗」と切り捨てる『捜シ者』の言葉だったが、優は一言でその言葉を遮った。そして、明らかな殺意を込めて静かに眼を細めた。

 「オレは『コード:ブレイカー』で、お前は裁くべき“悪”……。どんなに傷だらけだろうと、無駄な抵抗だとしても関係ない。オレは『コード:ブレイカー』としてやるべきことやる……それだけだ。それに──」

 スッ、と視線を動かして『遮影』の中で倒れている桜たちを見る。先ほどまでの自分と同じ状態の彼らの姿を見て、優は再び殺気に満ちた眼を『捜シ者』へと向け──

 

 

 

 

 

 

 

 

 「“悪”に殺されるのを待つくらいなら、闘って無様に死んだ方がマシだ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「優……」

 殺意に混じって、優の言葉に込められていたのは……嫌悪。『コード:ブレイカー』としてか、それとも自身の信念からか。彼は同じ死だとしても、無抵抗のまま殺されるのではなく闘って死ぬことを選んだ。たとえ、その死が圧倒的力の差による無様なものだったとしても。殺意と嫌悪が込められた優の言葉に、説得しようとした王子も思わず言葉を失う。

 「……平家さん」

 「…………」

 すると、優は視線を『捜シ者』に向けたまま平家に声をかける。大神が斃れたことで雪比奈が手を止めたため、彼も闘ってはいない。だが、平家は返事をせずに黙って優の言葉を聞こうとしている。そんな平家の意図を察したのか、優は返事がないまま言葉を続ける。

 「お手数をおかけしますが、オレが死んだら……アイツ(・・・)には包み隠さず言ってください。そして……『悪かった』と伝えてください」

 「……わかりました」

 (アイツ(・・・)……?)

 殺意と嫌悪がすっかり抜けた、遺言のような優の言葉。「アイツ」に向けられたその言葉を平家は静かに聞き入れ、ゆっくりと頷く。優の口から出た「アイツ」が誰を指すのか、心当たりがない王子は小さく首を傾げる。だが、その疑問を上塗りするように彼女の中で不安が大きく募る。

 そして、王子は「アイツ」に対する疑問も忘れ、不安を言葉にして問いかけた。

 「優……。お前、身体は……」

 「……なんだ、知ってたのか。まぁ、今となってはどうでもいいけどな」

 「大丈夫……なのか? その傷じゃ、もしかしてもう……」

 「今のところは問題ない。今まで死ぬ気で鍛えてきた身体だ……そう簡単に壊れはしないさ」

 あと一度でも壊れれば再起不能……優の身体が抱える大きな爆弾についての不安を、王子は口ごもりながら優に問いかける。すると、優は首を少しだけ動かして王子の方を向き、フッと微笑んでみせた。まるで少しでも安心させるように……静かに、優しく。

 「ッ……」

 その顔を見た瞬間、王子は完全に言葉を失う。もう彼は止まらない。何を言おうと、彼は全ての覚悟を決めている。その穏やかな決意の表情を、王子はそれ以上見ていられず顔を伏せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「安心しろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その顔に、大きな影(・・・・)が落ちたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「一目でわかるくらい、オレが壊し尽してやる──!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ドガァ!!

 「優!?」

 「チッ──!」

 優との間の空間を消して一気に距離を詰めた『捜シ者』。大きく振り上げた拳を躊躇なく振り下ろし、瓦礫や床が壊れたことで粉塵が舞い上がる。一瞬のうちに起こった出来事に王子は優の安否を案ずるが、粉塵の中から舌打ちと共に優が飛び出す。

 なんとか寸でのところで反応できたらしく、その身体に新たな傷はなかった。しかし──

 「死ね」

 「な──」

 ──ゴシャア!!

 「優!」

 「優君!」

 飛び出したことで距離をとったはずの優だったが、次の瞬間には目の前に拳を振りかざした『捜シ者』の姿があった。連続で空間を消すことで追撃の手を緩めず、完全に意表を突かれた優は防御する暇もなく拳の直撃を受ける。

 勢いよく吹き飛ぶ優の身体を見て、王子と会長は大きく目を見開く。だが、優もすぐに次の行動へと移る。

 ──ザザァ!

 「『束脳・反転』……視力」

 ──パァン! パァン!

 吹き飛ばされながらも空中で体勢を立て直し、手と両足を床に擦り付けながらその勢いを殺す。そうして止まったことで身体が安定した瞬間、『束脳・反転』で視力を強化しながら内ポケットから一丁の拳銃を取り出して撃つ。

 『斬空刀』を失ったことで唯一の武器となった拳銃は、真っ直ぐに弾を発射して目標である『捜シ者』の身体に穴を開けようと迫る。

 「『空間切断(SEVER)』」

 ──キィン!

 だが、『捜シ者』は慌てる様子も無く、空間ごと弾を切断することで無力化する。滑らかな切り口で半分に切断された弾はそのままポトリ、と床に落ちる。

 「くそ! やっぱりダメか……!」

 「たかが拳銃……当たったところですぐに『細胞再生』で治癒できる。結局は無駄だ。さて……そろそろ両手か両足を使い物にならなくしてやるか」

 唯一の武器であり、唯一の遠距離攻撃だった拳銃の無力化。予想していたこととはいえ、ここまで余裕の態度でやられると心中穏やかではない。それに対し、『捜シ者』はゆっくりと片手を前に出し、その延長線上に優を捉える。

 ニヤリと口角を上げ、感じる力のままそれ(・・)を撃ち出した。

 「『空間激圧殺(DEEP PRESSER)』!」

 「マズイ! 避けろ、優!」

 「……!」

 大神が最後に受けた、何重にも圧縮された空間が優に向かって撃ち出される。その威力は、直撃を受けた今の大神の状態が物語っている。危機感を感じた王子が力の限り避けるよう叫ぶが、優は座ったまま動かない。ただジッと前だけを見て、目を凝らして見続ける。そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──バッ!

 大きくその場から跳び上がり、空中から『捜シ者』を見下ろす。その次の瞬間……

 ──ドォン!

 先ほどまで優がいた場所の後方にあった瓦礫が、音を立てて跡形も無く潰れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ほう、避けたか」

 トン、と小さな音を立てて優が着地すると、『捜シ者』は面白そうにその姿を眺める。優はさほど気にする様子も無く、背後にある完全に潰れた瓦礫を指差しながら立ち上がった。

 「その『空間激圧殺( DEEP PRESSER)』とかいう技……何重にも空間を凝縮されたせいで、撃ち出されると微妙にだが通り道の空間が円形に歪む(・・・・・・・・・・・・)。それをよく見れば、大きさも軌道もわかるから避けられる。威力は確かに高いかもしれないが、避けにくさなら『空間圧殺(PRESSER)』とやらの方が勝ってたな」

 「今さっき見ただけでそこまで見破ったか……面白い。だが、見破ったところでオレには勝てねぇ!」

 実際に目の当たりにしたのは今のが初めてだというのに、その特徴を見破ってみせた優。見事に言い当てられた『捜シ者』は慌てるどころか、面白そうに笑みを浮かべる。そして、笑みを浮かべたまま優へと向かっていった。

 「オラァ!」

 「ハアッ!」

 『捜シ者』が骨をも砕く勢いで拳を振るう。だが、身体能力を『脳』で強化した優はしっかりとそれに反応して避けてみせる。やはり単純な格闘戦では彼は圧倒的に有利だ。

 「うおおお!」

 「どこ見ていやがる! そんな(モン)が当たるか!」

 しかし、優が繰り出す鋭く重い一撃は『捜シ者』にかすりもしない。普通ならば完全に捉えている間合いやタイミングでも、『絶対空間』で空間を足されることで二人の距離は一瞬にして距離が生まれる。それにより、優の攻撃は全て空振りとなって空を切る。そして、そこで生まれた隙を突くように、今度は空間を消して次の攻撃を行う『捜シ者』。

 遠距離攻撃も無効化され、得意の格闘戦すら圧倒的に不利な状況。最初に王子と会長が言ったように、優が『捜シ者』に勝つことは絶望的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「消え逝け!」

 「そうはいきません」

 一方、優と『捜シ者』から少し離れたところで、雪比奈と平家の闘いも続いていた。大神が斃れたところで一度は終わった二人の闘いだが、優との闘いが始まったところでこの二人の闘いも再開したのだ。もっとも、雪比奈が一方的に攻撃した結果だが。

 「まったく、あのまま終わるかと思いきや再び始めるとは。そこまで私と闘いたいですか」

 「オレは闘いたいんじゃない……お前を殺したいだけだ。『捜シ者』が闘っている以上、まだ闘いは終わっていない。だから、オレはお前を殺すために闘う!」

 「相変わらず……熱心な方ですね!」

 ──パァン!

 『水態』によって生み出された氷と『光』のムチが真正面からぶつかり、大きな音を立てる。冗談ではない、本気の殺意を平家にぶつける雪比奈に対し、平家はのらりくらりと彼の攻撃をいなしてみせる。

 完全に拮抗した実力の二人の闘いは周囲の瓦礫ごと破壊しながら続いてく。だが、ふとした瞬間にそれは一時的に止まる。

 ──スパァン!

 空中に現れた巨大な氷を、平家は『光』のムチで縛り上げてからバラバラにしてみせる。人を切れば出血すらさせないほど滑らかな切り口を誇る『光』のムチにより、巨大な氷は一瞬で小さな氷塊へと化す。パラパラと欠片となった氷が舞う中、雪比奈がポツリと呟く。

 「……しかし、『コード:07』も馬鹿な奴だ。あの状況で『捜シ者』に闘いを挑んだところで、死期を早めるだけ。勝てもしない相手に手負いの状態で挑むなど、愚の骨頂だ」

 「…………」

 「殺されるのを待つくらいなら闘って死ぬなどと言っていたが……どうだかな。奴は、大神に代わって『捜シ者』を本気で(・・・)討とうとしている。まるで……なにか勝てる策でもあるかのように(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 雪比奈の怪しむような言葉に一瞬だけ平家がピクリと反応する。確かに、闘いそのものを掌握してしまうような異能を持つ相手に、手負いの身体で挑むというのは死にに行くだけ。だが、優はそれでも闘いを挑み、今まさに立ち向かっている。無謀とも思える行動だが、それは彼の信念ゆえの行動なのだろう。

 しかし、彼の表情は何かを狙っているようだった。目を見張り、どこかにあるであろう隙を見つけては攻撃を続ける。自身に振りかかるであろう死を覚悟した上での行動にしては、どこかに『勝機』を感じているようで、それが雪比奈には一つの違和感として感じられた。

 そして、その違和感の正体を平家は知っている。

 (確証はない……。それでも、確かに優君の『あの力』ならば事態が好転するかもしれない。ですが……)

 優の中にあるであろう『勝機』について、自信に満ちた表情で平家は思案する。その『勝機』を、自身も『勝機』として疑っていないようだった。

 だが、平家は視線を動かし、未だ拳で『捜シ者』と闘う優を見る。そして、その『勝機』が現実になることはあり得ないと確信する。

 (ここには目撃者()がいすぎる……。『捜シ者』と一対一ならば使っていたかもしれませんが、この数では隠し通せないでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてなにより、彼自身が『あの力』を嫌悪(・・)している……。使われることは、決してあり得ない……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『捜シ者』を相手にしたとしても『勝機』を感じさせるほどの力を持ち、優自身が嫌悪しているという『あの力』。『転移』により集まった無数の異能者たちを斃した際に使ったが、その時はそれだけの覚悟を決めたということなのだろうか。

 どちらにせよ、その『勝機』が表に出る可能性は……万に一つも無かった。

 「ガッ──!」

 たとえ、そのせいで死ぬことになったとしても。

 「……結局、お前もその程度か。自分から挑んできた時は面白いと思ったが、もう飽きた。お望み通りに殺してやる」

 ──ゴシャア!

 「ぐ──!」

 『捜シ者』に胸倉を掴まれ、優の身体は地面から離れる。しかし、『捜シ者』がつまらなそうに呟くと同時に勢いよく地面に叩きつけられる。容赦なく、本気の力でやっていることがわかるほどの音が響き渡り、思わず周囲も息を呑む。

 「ほら! 死ね! 死ね! 死ねぇ!!」

 ──ガン! ドシャ! バキ!

 「ゆ、優君……!」

 さらに、『捜シ者』の容赦ない行動は続く。何度も、何度も優の身体を浮かしては地面に叩きつけていく。連続した強烈な痛みに、優は声も上げられず痛みに耐える。あまりにも一方的で残酷な光景に、会長も思わず目をそむけたくなる。

 そして、それは気まぐれのように突然終わる。

 ──ブン!

 「ッ──!」

 飽きた玩具を捨てるかのように、『捜シ者』は優を投げ捨てる。今度は体勢を立て直すこともできず、優は受け身も取れないまま身体全体を地面に擦り付ける。

 「あ、ぐ……! ハァ、ハァ……!」

 勢いが弱まり、ようやく優の身体が止まる。すると、優はまだ闘う意思があるかのようにゆっくりと立ち上がる。どこから出血したのかもわからないほどの傷を負い、息も荒れるに荒れている。そこまでして彼は、無抵抗の死を受け入れようとしない。

 あくまで彼は闘い続けようと、再び拳を──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ズン!

 「飽きたっつってんだ……さっさと死ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 孔が、開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 構えた拳の合間を縫うように、その身体の中央に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこにあった皮膚を、肉を裂き、向こう側にある空間まで手を伸ばして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『捜シ者』の手刀が、優の腹部を完全に貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「優ゥゥゥゥゥ!!」

 目の前で起きた残忍で非情な出来事に、王子は悲痛な叫びを上げる。嘘だと信じたかった。だが、仲間の身体に開いた孔から流れる夥しいほどの血が、自分の胸を絞め上げるような息苦しさが……全て現実だと物語っていた。

 「……やれやれ、あっけない終わり方だ」

 腹部を貫かれた優の姿を見て、雪比奈は振り上げていた手を静かに下ろす。そして、ひどく呆れたように深いため息をつく。その深いため息と「あっけない」と切り捨てる言動は、明らかに優に対して向けられていた。雪比奈にしてみれば、優の行動は結局「無駄」としか思えなかった。

 (優君……それが、あなたの答えですか)

 それに対し、平家はスッと細めた厳しい視線で優を見る。優の中にある『勝機』が出る可能性はないとわかってはいたものの、あるはずの『勝機』を出さずに斃れるというのはジャッジとして見過ごせないのかもしれない。

 だが、それが彼の信念に似た感情のせいだと知っている。あらゆる事情を呑み込んで、平家はグッと拳を握りしめた。

 「──ゴフッ!」

 逆流するような勢いでせり上がってきた血が喉を通り、優は思わず咳き込んで口外へと逃がす。普通は通らないものが通ったせいか、痛みを感じるほどの熱さを喉に感じる。だが、それ以上に腹部から感じる焼けるような痛みが全身を襲う。

 「後悔しているか? オレに闘いを挑んだことを。あのまま寝ていれば楽に死ねた……そう思っているんだろ?」

 腹部を貫いたまま、『捜シ者』は優に話しかける。人の身体を素手で貫いて起きながら、その顔に笑みを浮かべながら話している『捜シ者』の姿は異常そのものだった。

 そんな『捜シ者』の問いがなんとか耳に届き、優はかすみ始めた視界でその顔を見上げた。

 「…………」

 だが、そこにあるはずの『捜シ者』の顔はほとんど見えない。どんどん視界がかすんでいき、暗く染まっていく。

 じわりと、浸食するように広がっていく闇。そして、視界の全てがその闇に包まれ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──カッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ッ!?」

 「な──!?」

 「これ、は──!」

 刹那、『捜シ者』の身体が硬直する。腕一本……筋肉一つすら動かせないように、ピクリとも動かずに固まる。いや、『捜シ者』だけではない。王子も、会長も……虹次までもが、その動きを完全に封じられていた。

 だが、それは彼らが意識して行っていることではない。それは、驚きに染まった彼らの表情が語っていた。

 (なんだ、これは……!? 今、オレの身体を支配しているこの感情(・・)は……!)

 自身の身体を無意識に硬直させる、『捜シ者』の内なる感情。彼は、その感情の正体についてはすぐに予想がついた。

 しかし、認められるはずがなかった。なぜなら、その感情は彼にとって最も遠いものであり、彼はその感情を与える側の人間だったから。そう、その感情は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──“恐怖”

 

 

 

 

 

 

 

 

 (オレが、“恐怖”しているだと……!? 馬鹿な! このオレが何に……!)

 じわじわと溢れてくる汗すら拭えず、全身を支配する“恐怖”に抗おうとする『捜シ者』。それでも、彼の身体は相変わらず1mmも動かない。

 (いや……さっきのアレ(・・)だ! あの……殺気!)

 数秒前に感じた人間離れした殺気。まるで巨大な眼に睨まれているような感覚に陥り、全身の筋肉が強張った。蛇に睨まれた蛙……自分が蛙になったと思えてしまうほどの殺気こそ原因と理解はしたが、それでも疑問は消えない。

 (誰だ……!?)

 (誰が、こんな化物みたいな殺気を……!)

 理由が殺気ということはこの際どうでもいい。重要なのは、あの『捜シ者』すら蛙にしてしまうほど人間離れした殺気を放つのは誰なのか、ということだった。『捜シ者』も、王子も、会長も、虹次も……動きを封じられた全員がその殺気の正体を確かめようとした。

 だが、それがわかるのに長い時間はかからなかった。なぜなら……

 ──グッ

 「ッ!!」

 誰も動けない中、たった一人だけ静かに動いた。静かに……自身の身体を貫いている『捜シ者』の腕を掴んだ。

 「……どう、した? 随分と、具合が悪そう……だな」

 「夜原、優……!?」

 ニヤリ、とあざ笑うような笑みを浮かべる優。腹部を貫かれ、今にも斃れそうな重傷を負っている彼……あの人間離れした殺気が放たれてなお動く彼こそが、殺気の正体だった。

 しかし、触れただけで斃れそうなほど弱った彼のどこにそんな力があるのか……あまりに不似合いな現実に、誰もが目を疑った。

 「テメェ……どこに、あんな力が……」

 「……何の、ことだ?」

 だが、当の優は心当たりがないようだった。貫かれたことで記憶が混同しているのか、無意識のうちにやっていたのか……真実はわからないが、優は構わず次の行動へと移った。

 「まぁ……このままお前の腕をへし折るぐらいの力は、残ってるがな……!」

 「この……死にぞこないが!」

 『捜シ者』の腕を掴んだまま、ギリギリと力を込める優。重傷とはいえ、彼の力は『脳』によって強化されている。相手が『捜シ者』といえど、腕一本折るくらいなんてことはない。

 すると、殺気を受けてから少し経ったからか、殺気の正体に拍子抜けしたからか……それとも純粋に彼の力か。殺気によって硬直していた身体を動かし始める。優の身体を貫き、折られようとしている腕を優の身体から引き抜こうと──

 ──グッ!

 「な!? ぬ、抜けねぇ!?」

 しかし、いくら力を込めてもその腕が抜けることはなかった。まだ硬直が続いているわけではない。掴む力が強いからかと考えたが、違う。正確には……腕を掴んでいる力以上の力が腕を捕えている。

 そして、その腕を捕えているモノを見て、『捜シ者』は驚愕する。

 (コ、コイツ……! 筋肉を収縮させて(・・・・・・・・)腕を捕まえてやがる!!)

 『捜シ者』の手刀が貫いた優の腹部……その周囲の筋肉が収縮し、万力のように『捜シ者』の腕を捕えていた。異常な手段のためどれほどの力かはわからないが、腹部から大量に流れていた血が今ではすっかり止まっている。つまり、筋肉が『捜シ者』の腕と零距離で密着しているということだ。

 そして、その零距離という状態が『捜シ者』の次の手を完全に封じていた。

 (クソが……! この状態じゃ、『絶対空間』を使っても離れられねぇ(・・・・・・)……!)

 そもそも、『絶対空間』による移動は『捜シ者』と対象の間に空間を入れたり消したりすることで可能にしている。つまり、移動というよりはテレポートに近い。一見するとメリットしかない方法だが、実は大きなデメリットが存在する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、触れているモノも一緒に移動させてしまうということ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 もし味方を窮地から救うのであれば、これ以上ないほどの手段だろう。しかし、仮に爆弾が身体に零距離で密着しているとしよう。頭の中では身体と爆弾の間に空間を足そうと考えていても、その間は零であり入る余地がない。ただの計算ならば、零に足すことはできる。

 だが、現実は違う。いくら形のない空間だろうと、零距離で密着している所に何かを入れる(足す)ことはできない。

 つまり、優の腹部と『捜シ者』の腕が零距離で密着している以上、二人の間に空間を足しても意味は無い。もしかしたら、足した瞬間に『捜シ者』の身体から腕が引き千切れるかもしれない。そうなったとしても『細胞再生』で治癒できるが、腕一本を治癒するとなると時間がかかるだろう。

 『捜シ者』の移動手段は、完全に封じられた。

 「……どうやら、お得意の瞬間移動は使えない、ようだな。上手くいくか、自信はなかったが……結果オーライ、ってところか……」

 「テメェ……! そんな状態で、確実かわからねぇ方法のために……!」

 一向に移動しようとしない『捜シ者』を見て、『絶対空間』を封じたことを確信した優。弱々しくなった声になりながらも、ニヤリと笑みを浮かべる。だが、彼にとってこの行動は一つの賭けだった。それも圧倒的に分が悪い賭け。

 それでも彼は全てを賭けた。そして……彼は賭けに勝った。

 「……壊し尽す? 上等、だ。オレの身体一つ、命一つでお前を斃せるなら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなもの! 喜んでテメェにくれてやる!!」

 ──バギィ!!

 全てを賭けた男の、全てを込めた一撃が今……『捜シ者』の顔面を打ち抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぐおおおおお!!」

 拳に力を込めて緩んだせいか、その威力のせいか。『捜シ者』の腕は優の腹部から引き抜かれ、その巨体は瓦礫にぶつかりながら地に擦り付けられた。

 「クソが!!」

 だが、なんとか体勢を立て直す『捜シ者』。すぐに反撃に転じようと、『絶対空間』で優との距離を──

 ──グラリ

 「!?」

 瞬間、『捜シ者』の視界が大きく揺れる。さらに、意識を持っていかれそうなほどの強い吐き気に襲われる。

 そして、それは闘いでは大きな隙となる。

 ──ガッ!

 「ぐっ!」

 強化された身体能力で距離を詰めてきた優の蹴りが『捜シ者』の顔を蹴り上げる。体格の差をものともしないその威力に、『捜シ者』の身体は完全に浮き上がり……

 ──ズン!!

 「ゴハッ!!」

 空中で無防備な姿を晒し、お返しとばかりに腹部に向かって渾身の拳が放たれる。足場のない空中では堪えることもできず、『捜シ者』は背後にある瓦礫の山に頭から突っ込んでいった。

 「いくらお前が強くても……身体の仕組みは人間だ。あれだけの力で顔を殴られれば、当然脳が派手に揺れる。脳はとてつもなくデリケートだから、揺れただけでも身体に異常をきたす。そして……」

 「があああああ!!」

 腹部に孔を開けながらも、凛と立ち続ける優。『捜シ者』を襲った異常について簡単に説明するが、その背後から『捜シ者』が激昂しながら襲い掛かる。瓦礫に突っ込んですぐ、『絶対空間』で背後まで移動したのだろう。背後は人にとって死角。目で見ることができない範囲のため、それ以外の感覚に頼るしかない場所。だが……

 ──ガシ!

 「なにィ!?」

 「随分と頭に血が上っているようだな。力が込められているだけで、見切るのは簡単な攻撃だ。それでなくとも、お前は相手が立っている時は背後を取ってから攻撃することが多い。……もう、その攻撃は通じない!!」

 ──ゴッ!

 再び、優の拳が『捜シ者』を吹き飛ばす。ここまで来ると、もう奇跡ではない。彼はその洞察力で『捜シ者』の行動パターンを見切り、『脳』で人間の限界まで強化された力を発揮している。そのきっかけとして払った代償は大きかったが、間違いなく今の優は『捜シ者』と互角……いや、互角以上の闘いをしていた。

 その優の闘いぶりに、周囲で見ていた者たちも驚きを隠せず驚嘆の声を漏らす。

 「優君……。あなたは、『あの力』に頼らなくてもここまで……」

 「バカ野郎が……! 滅茶苦茶やりやがって……!」

 「これが、『コード:07』……か」

 普段はそこまで表立って動こうとはしない。闘いにおいても、『あの力』という秘められた力を誰の目にも触れないように一歩引く。それでも全てを懸けるべき時が来れば、その時に懸けられる全てを懸けて闘う。たとえ、それが限界を迎えた身体や自身の命だろうと。

 それが『コード:07』……夜原 優という男の闘いだった。

 「ハァ……! ハァ……! この、野郎……!」

 動きを見切られ、続けてダメージを負った『捜シ者』。『細胞再生』で治癒できるとしても、疲労感までは消せない。肩を激しく動かしながら息をしつつ、ギロリと優を睨みつける。そこから放たれる殺気をビリビリと感じながら、優はゆっくりと構えをとる。

 「『細胞再生』……厄介だな。それでも、異能は使い続ければ限界が来る。オレとお前……どっちが先に限界が来るかな」

 「……舐めんじゃ、ねぇぞ。このガキがァァァァァ!!」

 「──うおおおおお!!」

 『絶対空間』ではない、自身の足で跳躍して『捜シ者』が距離を詰めてくる。優は構えをとりつつ、その動き全てを注視する。そして、次の攻撃を予想してから彼も踏み出していく。互いに拳を振りかざし、目の前の敵に向かって力のままに────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ゴッ!!

 「ッ!?」

 刹那、優の身体が真横(・・)に吹き飛ぶ。殴られた衝撃が痛みとなり駆け巡り、そのまま派手に倒れる。そして、『捜シ者』の拳も空を切る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ッ、ぐ……! なんで、お前が……!?」

 だが、優が殴られたこと自体は大きな問題ではない。問題なのは……それをやった人物が()だったということ。

 痛む頬を押さえながら、優は自分を殴った相手の名を呼ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「答えろよ、大神……!」

 「…………」

 優を殴った大神は、目を伏せたまま何も答えない。代わりにとばかりに、左腕の『青い炎』が音を立てて揺らめいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
『絶対空間』のデメリットや『捜シ者』の行動パターンとかは自己解釈です
原作でも身体を貫かれているのに空間を足していなかったし、よく見たら後ろ取って攻撃ばかりしていたので、そういうことにさせていただきました
そしてKYOではおなじみの筋肉止血!
クロスオーバーまで長いので、ちょっとその要素を出させていただきました

さて、優位に立ってきた優ですが、突如として邪魔をする大神
その意図はなんなのか……
次回から再び原作でのストーリーに戻ります
それでは、失礼します!



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。