CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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お待たせしました!
62話目です!
『捜シ者』が異能を取り戻し、大神の左腕についての事実が明かされる……怒涛の展開が続き、興奮しながら単行本を見ていたのを思い出します!
いよいよぶつかる大神と『捜シ者』の闘い……お楽しみください!
それでは、どうぞ!





code:62 至高の青、煉獄の炎

 以前、彼女は何気なく尋ねたことがあった。

 「なぜ左手だけなのだ?」

 「え?」

 通学途中の電車の中、桜は大神に尋ねた。突然の問いに大神は首を傾げると、桜は質問を続けた。

 「異能の話だ。他の者たちは全身で異能を操っているのに、大神は左手だけだろう? 何か理由があるのか?」

 確かに、刻の『磁力』や遊騎の『音』、平家の『光』も全身から放つことができる。それに対して、大神の『青い炎』は左手以外に灯ったところを見たことが無い。人見との闘いで見せた力でも、左手でのみ操っていた。

 桜の的を得た質問に対し、最初に答えたのは傍で聞いていた第三者だった。

 「そんなの決まってんジャン、桜チャン。大神が『コード:06』(下っ端)だからだヨ。だから異能も左手だけしか──」

 「ガウ!」

 「イデデデデ!!」

 明らかな嫌味を交えた上に、確証もない答えを口にする刻。だが、すぐに『子犬』が飛び出してきて刻の頭に思いきり噛みつく。懐いている大神をバカにするのは許さない、ということなのだろう。

 すると、同じく傍にいた優が呆れた顔をしながら会話に入ってきた。

 「ま、とりあえず刻の意見は無視していい。で、左手でしか使えない理由だが……何とも言えないな。オレは異能の性質上、直に作用するのは脳だけだが効果は全身に作用する。けど、大神の『青い炎』はそういうものでもないからな……」

 「ふむ、なるほど……。実際のところどうなのだ? 大神」

 例を交えた優の言葉に、桜は顎に手を添えながら頷く。優の言葉を踏まえて、桜は改めて大神の方を向く。

 瞬間、窓の外から強い光が差し込む。見ると、太陽に被っていた雲が離れたようだった。日光が差し込み、逆光で大神の顔が黒く染まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……偶然、ってやつですよ」

 逆光で黒く染まった大神の表情はわからない。それでも、桜はどんな表情をしているかなんとなくわかった気がした。

 とても悲しい顔をしている……桜はその言葉を口にはせず、胸の内にしまいこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ど、どういうことだ……? 大神の左腕が他人(ひと)のものだと?」

 『パンドラの箱(ボックス)』が開き、異能と元の姿を取り戻した『捜シ者』から明かされた驚愕の事実。大神の左腕が彼自身のものではなく他人のものである……信じられないような言葉だが、爆ぜたことで露わになった大神の左肩には、左腕が手術で移植された跡のようなものがはっきりと刻まれていた。

 「ということは、『青い炎』を使えるのはあの腕の持ち主ってことか……? いや、だが移植されたことで他人の異能が使えるようになったなんて話は聞いたことが……」

 「だ、誰だ!? 誰の腕が大神の左腕に!?」

 「二人とも、落ち着いて……」

 同じ異能者として知識を総動員させるも、優は納得できずに驚きが続く。それに対し、桜は受けた衝撃が大きすぎたのか、あたふたと慌て始めた。

 頭を悩ませる二人を見て、横になった状態で会長が声をかける。『捜シ者』から攻撃を受け続けたせいでボロボロだが、なんとか無事なようだった。会長はゆっくりと身体を起こして、近くの瓦礫に背中を預けた状態で座ってから続けた。

 「大神君は、特別なんだ……」

 「特別……?」

 「そう。本来、異能というのは現存するエネルギーや状態であることがほとんど……。けど、あの『青い炎』だけは違う……」

 説明をしながら会長は視線を大神へと移す。その左手には『青い炎』が灯っており、親指の指輪がガタガタと揺れる。今まで多くの“悪”を燃え散らしてきた『青い炎』のゆらめきを視界に入れながら、会長は特別の意味について語り始めた。

 「一度燃えたら最期……遺伝子の欠片すら残さず消滅させる炎は現存するどんな炎でもあり得ない。あれはこの世に存在するはずがない炎……まさに煉獄の炎なんだ」

 「現存するはずがない、炎……」

 「そんなものが……」

 これまで『青い炎』は幾多の“悪”を灰も残さず燃え散らしてきた。遺伝子の欠片まで残さず、と言われてもハッキリとしたイメージはわかないかもしれないが、「何も残さない」ということは『青い炎』を目にしてきた者ならわかることだった。

 異能の定義を覆すような存在である『青い炎』の力を聞き、優と桜は改めて大神の方を見る。左手の身で『青い炎』を操る彼は、曝け出された左肩を隠そうともせずにその眼をキッと細めた。

 「……腕がどうした。元々この腕が誰のものだろうが、どうでもいい。今、肝心なのは──」

 ゆっくりと大神の左腕が動く。何の違和感もなく、最初から彼のものであったかのように。そして、大神は左腕を『捜シ者』に向かって伸ばしながら走り出した。

 「テメェはこのオレが燃え散らすってことだ!」

 「──だとしたら、どこを見てやがる?」

 「ッ!?」

 しかし、大神の左腕は空を切る。先ほどまでそこにいたはずの『捜シ者』の姿は影もなく、はるか上に吊るされている通路から声が届く。見ると、通路の手すり部分に『捜シ者』の姿があった。本来の姿と共に『パンドラの箱(ボックス)』から解放されたと思われる白いコートで身を包み、鋭く冷ややかな眼で大神たちを見下ろしていた。

 「まただ……! 『捜シ者』は一瞬のうちにあり得ない距離を移動している……!」

 「これが、『捜シ者』の異能……!? だとしたら、いったいどんな……!」

 目を離していないはずなのに桜の後ろを取ったり、一瞬で上方まで移動したりと目を疑うような移動をしてみせる『捜シ者』。彼の身に戻った彼の異能の力だとわかっている優と桜だったが、その能力について見当もつかないでいた。

 だが、過去の経験から異能の正体を知っているであろう大神は、すぐに体勢を立て直そうとした。

 「チッ! さっきからちょ

 

 

 

 

 

 

 

 

 こまかと────ッ!?」

 「……え?」

 舌打ちと共に『捜シ者』に向き直ろうとした大神。しかし、その身体は彼の言葉が言い終わる前に宙に浮かんだ(・・・・・・)。しかもただ宙に浮いただけではなく、『捜シ者』の手が届く位置に移動していた。突然のことに目を見開く桜だったが、当の大神も驚きで息を呑む。

 冷静なのはただ一人……スッと前方に右手を伸ばした『捜シ者』だけだった。そして、『捜シ者』は殺意を込めた眼で大神を捉え、右手を拳に変えた。

 「お前が一番よくわかっているはずだ、零。オレは誰が相手だろうと負けることは無い。誰も……オレを斃すことはできない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ゴッ!

 「ガハッ──!」

 「大神!」

 何の躊躇もなく、空中で支えを失った大神を『捜シ者』は瓦礫に向かって殴りつけた。落下の際の重力が加わることでより強く打ち付けられた大神の身体は、瓦礫に激突すると同時に大量の血を彼に吐き出させた。口以外にも、額や腕など様々な個所からの出血で周囲の瓦礫が紅く染まる。

 ロスト姿の際は大神を「弟」と呼び、少しは『捜シ者』の中にも家族としての情もあるのかと感じられた。だが、今はまるで違う。姿が戻った時に大神にかけた優しい言葉が嘘かと思えるほど、容赦なく手をかけている。誰よりも家族としての繋がりを大事にしている桜は、どうしようもない怒りを感じて感情のままにその身を動かす。

 「いくら兄上でも許さぬ! それ以上は──!」

 「やめておけ。今、行けば……死ぬぞ?」

 「虹次!」

 しかし、その桜をいつの間にか到着していた虹次が止める。『Re-CODE』の登場に身構える優だったが、虹次は瓦礫の山に腰を下ろして静かに大神と『捜シ者』の闘いを見物しようとしていた。

 そして、そんな彼の近くにいる者の存在が優と桜の意識を奪う。

 「刻!」

 「刻君!」

 虹次の近くにある瓦礫の上で力無く横たわるのは、虹次に敗北してそのまま連れてこられた刻だった。虫の息とも言える彼の姿を見たことで、桜は進む方向を刻の方へと変えた。

 だが、その間にも大神と『捜シ者』の一方的な闘いは続いていく。

 「ぐ……! クソ、が……!」

 「ほう、大したものだ。全身ボロボロのくせに動くとはな。その気迫だけは認めてやる」

 大量の血を流しながらも、大神はなんとか身体を起き上がらせていく。すると、再び一瞬で移動してきた『捜シ者』が大神の腕を掴み、その身体を軽々と持ち上げてみせた。そのまま空いている手で大神の頭を鷲掴みにし、グイッと顔を上げさせる。

 「だが、オレは斃せねぇ……何をしようと絶対にな」

 有無を言わさぬ迫力で大神の顔を見下ろす『捜シ者』。だが、それだけ言うと『捜シ者』から圧倒的な迫力が和らぐ。さらにそのまま、まるで諭すような言葉を口にした。

 「今だったらまだ許してやる。そしたら、また連れてってやってもいい。今のお前ならガキの頃よりは役に──」

 ──ピチャ

 しかし、その言葉は唐突に終わる。『捜シ者』の頬に吐き捨てられた、血で紅く染まった唾によって。その唾を吐いた張本人……『捜シ者』の目の前にいる大神はニヤリと強気な笑みを浮かべた。

 「気色悪ぃんだよ……。その汚ぇ(ツラ)を近づけんじゃねぇ……」

 「……気に入ったぜ、零。お前はただじゃ殺さねぇ!」

 ダメージを負って震える身体でも、大神は挑発するような言葉を吐き捨てる。その態度を目の前にした『捜シ者』は笑みを浮かべ、腕を掴んだまま大神の頭を殴り抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ガガァ!

 ほぼ同時刻の『渋谷荘』地下の上層では、変わらず平家と雪比奈による激戦が繰り広げられていた。日和が最下層に消えたため、王子のみが巻き込まれぬように気を付けている。

 変わらず互角の闘いを繰り広げる彼らだったが、『パンドラの箱(ボックス)』が開いたことでその状況は大きく変わっていた。

 「……ようやく、面白くなってきた。オレは正義とか『Re-CODE』の肩書きとかには興味なかったが、『捜シ者』が蘇ったなら待った甲斐があった。あの人には殺しと勝ちしかないから、一緒にいれば退屈することもないからな」

 「あなたの思い通りには……させません!」

 『パンドラの箱(ボックス)』が開いたことを『捜シ者』の気配で察したのだろう。満足そうに微笑む雪比奈に対し、通信機によってリアルタイムで開いたことを聞いていた平家は真剣な表情で雪比奈を止めようとしていた。

 『光』のムチが身体を絡め取ろうとするが、雪比奈はすぐに見切ってそれを避ける。そして、微笑みを嘲笑のようなものに変えて言葉を続けた。

 「しかし、大神もバカな奴だ。『コード:ブレイカー』なんていう、異能の無駄遣いしかさせてもらえない犬になって『捜シ者』を斃そうとするは。……まあ、仮に犬じゃなかったとしてもこのまま『捜シ者』に殺されて終わるがな」

 「雪比奈……!」

 大神の全てを否定するような雪比奈の発言に、王子はキッと睨みつけるが雪比奈はそれを無視する。すると、王子と同じように雪比奈の言葉を聞いていた平家が静かに目を伏せ、確信に満ちた声を発した。

 「……大神君を、彼を舐めない方がいい。彼には……あの『青い炎』があるのですから」

 確固たる確信に満ちた平家の言葉に、王子は思わず息を呑む。平家がここまで断言するのははっきり言ってかなり珍しい。その根拠を知らしめるように、平家は静かに雪比奈を見据えた。

 「かつて、あの『青い炎』は何千何万という数えきれないほどの“悪”を欠片も残さずに燃え散らしてきた。そう、まさに煉獄の業火(サタン=ブレイズ)。それが身体に触れれば最期、他の異能では絶対に消し去ることはできない。その炎はまだあの腕(・・・)で燃え続けている」

 「あの腕……『コード:エンペラー』と呼ばれる者の腕、か」

 まるでその目で見てきたかのような口振りで『青い炎』の真価について話す平家。すると、それを聞いていた雪比奈は相変わらずの無表情で意外な言葉を呟く。

 大神の左腕が『コード:エンペラー』と呼ばれる者の腕のもの……会長も口にしなかった左腕の持ち主について、最初から知っていたような口調で雪比奈はその名を口にした。

 「だけど片腕だけだし、あの指輪をつけなきゃ制御もできない。本当の意味で使いこなしていれば話は別だが、今の大神が操る炎程度ならオレの異能……水を含む全ての物質を操る『水態(すいたい)』でも相殺できる」

 「あれじゃ『捜シ者』は斃せない」と最後にはっきり雪比奈は言い切る。確かに、かつて研究所で雪比奈と闘った時も大神は彼を燃やすことができなかった。しっかりと手を組み合ったはずなのに、彼の『水態』によって完璧に相殺されていたのだ。

 自分すら斃せない者に『捜シ者』は斃せない、と確固たる自身で言い切る雪比奈だったが、平家は臆することなくさらなる根拠を口にした。

 「雪比奈……あなたなら聞いたことがあるはずです。これまで“エデン”によってあの『コード:エンペラー』の左腕を移植された者は、誰だろうとその『青い炎』で燃え散らされてきた。『青い炎』は何者にも属そうとしない至高の異能です。……しかし、大神君は違う。彼だけはその身を燃え散らされることは無かった。これは、操れる操れないの問題ではありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼は、至高の『青い炎』に選ばれた唯一の存在──“特別”なんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ガッ!

 「ハハハ! これで終わりか、零! だが、当然の結果だ! オレは誰にも斃せない!」

 一方的に『捜シ者』からの攻撃を受け続けた大神。何度か反撃を試みようとしたが、例の早すぎる移動のせいでかすりもしなかった。

 『捜シ者』は堂々とした笑い声と共に、大神の首に手をかけながら勢いよく壁に押しつける。その手に力を込めて首を絞めようとするが、大神はそれでも闘志を燃やしていた。

 「ま、だ……!」

 内なる闘志を表に出すように『青い炎』を灯す。そのまま『捜シ者』に攻撃しようと左腕を振りかざそうとするが、それを見た『捜シ者』が面倒そうに舌打ちをする。

 「……チッ。さっきからメラメラと……目障りな炎だ、な!」

 ──ズンッ!

 「ぐあああ!」

 瞬間、大神の振りかざした左腕に細い鉄柱が突き刺さり壁に固定される。見ると、瓦礫の山に転がっていた鉄柱の内の一本を『捜シ者』が左腕の中心を狙って突き刺していた。

 左腕から全身に流れる痛みと唯一の武器を封じられた苦痛。窮地に陥った大神に対し、『捜シ者』は心から軽蔑するような眼で大神を見下ろす。

 「……この程度か。まったくもって弱すぎる。少しはマシになっているかと思ったが、お前もそのへんにいる“(クズ)”と同じか。なら……これで(しま)いだ!」

 何の脅威ともならない大神の力に、『捜シ者』は心から落胆した様子だった。そして、まるで飽きた玩具を捨てるように見切りをつけ、大神の胸に向かって手刀を放つ。左腕を壁に固定されて思うように身動きができず、大神は目前に迫る手刀をただ見つめるだけだった。

 ──ブシャ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……許され、へん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ?」

 だが、その手刀は大神へと届くことは無く、彼を救おうと飛び出した者によって止められた。

 「遊騎!」

 「お前は、絶対に許されへん……! 時雨を、ろくばんを……よくも──!」

 「うぜぇ!」

 両手を重ねて構えることでなんとか大神に手刀が届くのを止めたのは遊騎。だが、『捜シ者』の手刀は遊騎の手の皮膚を裂き、力を込めづらくする。それでなくても時雨を庇った際に負った傷で瀕死の状態だった遊騎は今にも倒れそうにしている。

 それでも『捜シ者』に対して、友を切り捨てて大神()をないがしろにすることへの怒りを言葉にしようとする。しかし、『捜シ者』はその怒りごと振り払うように、遊騎を殴り飛ばした。

 「や、やめるのだ!」

 「な!? 桜小路さん、何を!」

 遊騎を殴り飛ばした『捜シ者』の腕に飛びかかり、桜はなんとか彼を止めようとする。同年代の男性でも敵わないほどの力を持つ彼女が力の限り腕を抑えようとし、同時に跳び出した『子犬』も微力ながら尽力する。

 だが、『捜シ者』にとっては意味がないことには変わりなかった。

 ──ゴッ!

 「桜小路さん!!」

 「そこで寝てろ、珍種。お前は後回しだ」

 桜と『子犬』がしがみついたまま、『捜シ者』はその腕を勢いよく床に向かって振り下ろす。そのあまりの勢いに桜たちは手を離してしまい、その勢いのまま床に激突する。『捜シ者』の力も加わり、より強烈となった衝撃が桜たちの意識を奪う。

 しかし、『捜シ者』は追撃しようとはせず改めて大神に向き直る。

 ──ガッ!

 「『壊脳』──!」

 瞬間、『捜シ者』の背後から伸びた手が彼の頭を鷲掴みにする。見ると、優が『捜シ者』に向かって飛びかかっている。『壊脳』を使い『捜シ者』の脳を壊すことで形勢の逆転を狙っているのだろう。風牙との闘いのことを考えると、脳を壊された状態で勝つのはほぼ不可能となる。

 優は絶対に離すまいとそのまま頭蓋を砕く勢いで手に力を込め、そのまま『壊脳』を──

 「次から次へと……邪魔だ、雑魚共がァ!!」

 ──ドガァ!

 「ガハッ──!」

 「優!!」

 だが、激昂した『捜シ者』がその手をいとも簡単に片手で引き離す。そのままもう片方の手を拳とし、邪魔された怒り全てをぶつけるかのような拳を繰り出した。

 『捜シ者』の拳は優の顔面を殴り抜け、その身体をはるか後方に吹き飛ばす。大きく目を見開いて優の名を呼ぶ大神に対して、『捜シ者』はコキコキと首を鳴らす。

 「テメェの異能量如きじゃ、オレの脳は壊せねぇ。……さて、待たせたな」

 優の行動を無駄だと切り捨て、『捜シ者』は再び大神を見据える。左腕に突き刺さった鉄柱はいまだ抜けず、大神をその場に留まらせる。そして、今までなんとか『捜シ者』を止めようとした仲間たちは倒れている。

 今の大神には、逃げの道も逆転の道も……何一つ残されていなかった。

 「さぁ……お前から死ね! 零!」

 全てが絶望に染まっていく大神の前に、凶刃と化した『捜シ者』の手刀が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「見て、らんねーナ……」

 ──ドッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 振り下ろされた。それは確かだった。

 現に、その手刀によって裂かれた皮膚から鮮血が飛び出し、視界を紅く染める。

 しかし、痛みを感じない。あまりの状況に痛覚が麻痺したわけではない。鉄柱によって突き刺された部分から今も確かな痛みを感じる。

 だが、それだけ(・・・・)だ。新たな痛みも、身体を貫かれた際の異物感もない。左腕だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 不思議ではなかった。ただ、信じられなかった。

 なぜなら、新たに彼を庇ったのは過去と現在、どちらの状況から考えてもあり得ない人物だったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「と、刻!!」

 振り下ろされた手刀が貫いたもの……それは大神ではなく、彼を庇おうと大神と『捜シ者』の間に割って入ってきた刻の右肩だった。常に大神を認めようとせずにいがみ合い、すでに虹次との闘いで限界を超えていた刻。

 そんな彼が、確かにそこにいた。

 「何やってん、だ……この下っ端野郎が!」

 虹次との闘いで全てを出し切り、追い打ちにのように『捜シ者』からの一撃を受けた刻。だが、彼はその動かぬ身体をその強靭な精神力で動かし、胸の内に抱える言葉を彼にぶつけた。

 「周りが、見えてねーのかヨ……。今ここで、マトモに動けるのはテメーだけだ……。テメーがあいつを……『捜シ者』を斃さねぇと全員死ぬ! ここにいるオレたちだけじゃねぇ……世界中で普通に暮らしてる奴らも! ……テメーしか、お前しかいねぇんだよ」

 刻の声が大神の耳に届きながら、無意識のうちに大神の視線が動く。

 自分を護ろうとして倒れた遊騎、桜、『子犬』、優。

 本来の中立という立場と『捜シ者』と交わしてしまった約束、あり得ないと思っていた『捜シ者』(かつての弟子)からの刃で傷ついた会長。

 その場にはいない王子も倒れ、その王子を護りながら平家も闘っている。

 この空間に存在する者の中で『捜シ者』を斃せる者……それは、確かに大神以外には存在していなかった。そして、ここで彼も斃れれば世界が地獄に染まる。『捜シ者』の野望により、彼という“悪”が“正義”と名乗ることを許す世界となってしまう。

 「キメろ、大神……! お前はそのために、今までやってきたんだろうガ……!」

 「刻……」

 ──ドクン

 首だけを動かしたことで、刻の顔が大神の視界に映る。その金銀妖眼に射抜かれ、彼の言葉がダイレクトに大神の胸を震わせる。そして、『捜シ者』が手を引き抜いたことで支えを失った刻も遊騎たちと同様に倒れる。

 ──ドクン

 自分の身など構わず、大神を護ろうとした四人と『子犬』。その彼らが倒れる場所の近くに、大神はつい最近見たことがある一枚の写真を見つける。

 以前、無理やり行くことになった夏祭りで最後に撮った全員が写った写真。無邪気に楽しむ仲間たちの顔だが、いつの間にか燃え移った『青い炎』によって欠片も残さず燃え散っていく。

 「ッ──!」

 『青い炎』によって燃え散る写真……その光景を見た瞬間、大神の頭は真っ白に染まり、過去の光景が次々とフラッシュバックし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『死ぬぞ?』

 幼い自分が発した『青い炎』が燃える中、兄は母を殺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『あの時と同じ……お前はまた何もできない』

 冷たくなった母の身体に触れ、その身体から流れた血がその手を染めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『誰もかも……皆、死ぬぞ──?』

 何が何だかわからず、無意識に視線を逸らした先。そこには、幼い自分、母、父……そして笑顔の兄が写った写真。その写真を、失った存在をそこからも奪うかのように『青い炎』が父と母の姿を燃え散らしく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『さぁ、どうする……?』

 ──うるせぇ

 

 

 

 

 

 

 

 

 『このままでは、ただ繰り返すだけだぞ……?』

 ──させない。もう、二度と…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、もう二度と──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 殺させない──!!

 「うおおおおおおおお!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ゴッ!!

 「な──!?」

 刹那、『捜シ者』の中に小さな混乱が起こる。今、自分は殴られた(・・・・)。しかも、右側から右頬を殴られた(・・・・・・・・・・・)

 今、彼を殴ることができる距離にいるのは大神のみ。だが、その大神が右頬を殴るには左手を使うしかない。突き刺さった鉄柱によって動かすことができない左腕を。

 (腕を引きちぎったとでもいうのか……!? どこにそんな力が──!)

 何が起こったのか理解しようと、『捜シ者』は視線を動かして大神の姿を捉える。すると、そこには予想だにしない衝撃の光景が広がっていた。

 「オレは、アンタに育てられて良かったと思うことが一つだけある。それは……」

 そこにいたのは覚悟を決めたようにしっかりと立つ大神。全身、『捜シ者』の攻撃によって刻まれた傷痕が生々しく残っている。それでも彼の眼は強い意志を込めて『捜シ者』を貫き、それに応えるように左腕が揺らめく(・・・・・・・)

 「この手、この炎で! テメェをぶっ殺すことができるってことだ!!」

 大神は、左腕を引きちぎったわけではなかった。彼の左腕は確かにそこにある。傷など一切無く……いや、傷が刻まれること自体あり得ない形となって。

 (左腕が、『青い炎』に変化した、のか──!?)

 『コード:エンペラー』なる者から移植された大神の左腕……その左腕全体が左腕の形を遺したまま『青い炎』と化し、雄々しくその姿を揺らめかせた。

 

 

 




CODE:NOTE

Page:45 『パンドラの箱(ボックス)

 『渋谷荘』地下の最奥にある、ガーディアンによって護られている厳重な扉の先にある箱。光り輝き、宙に浮いていること以外は何の変哲もない立方体の形状をした箱だが、中に秘められているものは謎に包まれている。
 中身として現在わかっているものは、『捜シ者』の異能、『捜シ者』本来の姿のみ。また、これは過去に幼少時代の桜が箱に封じたとされている。箱を開くには珍種の血が必要で、一度開いた部分はそのままとなる。

※作者の主観による簡略化
 いつの時代も、パンドラ系と悪者はセットです。



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