CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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お久しぶりです!
ついに原作十巻目に突入です!
いよいよ『捜シ者』との最終決戦も近い!
そんな風にテンション上がったからか、なんだかいつもより長くなってしまいました……
なので、もしかしたらどこかしつこかったり、不要な描写もあるかもしれません……(おかしなテンションで書いていたので)
それでは、どうぞ!





code:58 扉の奥に潜む謎

 刻が敗北(まけ)た──

 その事実は各通信機を通して大神たちへと届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『光撃(フラッシュ・ネバー・ダイ)』!」

 「『氷面反射(アイス・リフレクション)』」

 平家の掌から放たれた目も眩むような『光』。それは一つの光線となって対峙する雪比奈へと向かっていく。しかし、自身を守る盾のように現れた氷によってその『光』は屈折し、周囲を破壊していく。

 『渋谷荘』地下の上層で繰り広げられている、かつての闘いから続いているという因縁の対決はどんどん激しさを増しているようだった。少なくとも──

 ──ドガァ!

 「KYA(キャ)!」

 「ぐああ!」

 両者とも、それぞれの味方の安否すら構っていられないほどに。闘いの中でロストして小さな亀になった日和と、闘いで尋常じゃないほどの傷を負った王子。二人は自由に動かない身体を必死に動かし、目の前で繰り広げられる闘いに巻き込まれぬようにしていた。

 「ッ──! 日和!」

 「──()?」

 だが、いくら巻き込まれぬようにしていても現実は無情なもの。先ほど放たれた『光』によって破壊され、崩れた部分が瓦礫となって王子と日和に目がけて落ちていく。それにいち早く気付いた王子は、『コード:ブレイカー』にとって裁く対象であるはずの日和を庇うように覆いかぶさった。

 「ぐう!」

 幸いと言うべきか、落ちてきた瓦礫はそこまで大きいものではなかった。だが、ほぼ瀕死状態に近い王子にとっては辛い衝撃だった。

 「な、なんで日和を……」

 それに対し、日和は精神的な衝撃に駆られていた。自分は王子にとって裁くべき“悪”。かつての同志と闘うことを覚悟した王子がなぜ敵である自分を助けるのか。日和はそれがわからず、ただただ目を見開いて王子を見上げていた。

 「……罪人であるお前を裁くのは『コード:ブレイカー』の私だ。それに、お前は自分勝手に罪を犯したんだ。ロスト中に苦しみなく死なれたら困る」

 「……!」

 容赦なく負荷をかけてくる瓦礫を押し返した後、王子はフッと笑いながら日和の疑問に答えた。あくまで日和を斃す(裁く)のは自分だと、罪を犯した者として苦しまずに死ぬのは許されないと。だが、それは言い換えれば今回は護るということ。少なくとも日和がロストから戻るまでは。だが、そこまで闘いが続くとは思えない。どんな結果にしろ、日和がロストから戻る頃には両者とも近くにはいないだろう。

 そんな厳しくも優しい王子の言葉を聞きながらも、日和の視線はある一点を捉えていた。

 (……あれって)

 その視線の先で捉えるもの……それは、王子の革ジャンの内ポケットからはみ出るもの。おそらく今まで彼女が受けた攻撃による影響だろうが、王子自身は気付いていないもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『渋谷』と書かれたタグ……地下の扉を開くカードキーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「消え逝け……『千氷撃(サウザント・アイス)』」

 一方、雪比奈と平家はというと息つく間もなく次の攻防に転じていた。雪比奈の掌から生成される無数の鋭利な氷が群れとなり、一斉に平家へと襲い掛かる。

 「おっと、怖いですねぇ。ならば……全て払い落しましょう!」

 ──シュパァン!

 だが、平家はそれを避けるのではなく真正面から向かっていった。その手に『光』のムチを握り、巧みにその手を振りながら向かってくる氷全てをムチで払い落す……どころか粉々に砕いていった。

 両者ともにまったくの互角。現に、二人は闘いが始まってから一切の傷を負っていなかった。すると、それが気に入らないのか雪比奈の眉間が途端に険しくなっていった。

 「……のらりくらりと。以前のようにまた三日三晩と長々続けるつもりか」

 「ふふふ、それもいいですね。ならば以前同様、四日目に同時にロストしたいものです。……私は結構好きなんですよ? あなたのロスト姿(・・・・)

 「ッ──!」

 瞬間、雪比奈の表情が一層険しくなる。それが見えたのも束の間、次の瞬間には回し蹴りが平家の顔を捉えていた。しかし、平家もそれを見切り、顔で受ける前に片腕でガードする。不意を突いたはずの一撃が防がれるも、その威力はかなり重い。

 その中で、雪比奈は氷のような冷たさを取り戻した瞳で平家を見据えた。

 「……お前は『渋谷荘』を壊したくないだけだ」

 「…………」

 静かに、だが激しい殺気をぶつけ合いながら睨み合う二人。膠着状態に陥り、次の手をどちらが打つかと緊張感が漂う。

 しかし、その次の手は彼らとは別の場所で起こることとなった。

 「ぐっ! や、やめろ!」

 「ッ──!」

 突如、離れた場所にいる王子の声が響く。まさかと思い平家が視線を向けると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──イエイ! 日和CHAN(チャン)(キー)GET(ゲット)!」

 そこにあったのは、日和()(キー)を奪われたという最悪の光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「この──! 逃がすか!」

 不意を突かれたのか、自分が護っていたはずの(キー)を奪われてしまった王子。しかし、その現実に悲観するよりも先に(キー)を取り戻そうと『影』を日和に向かって伸ばす。『女帝の矛と盾(エンプレス・パラドックス)』の時とは違い、触れても喰われることはないが動きを拘束することくらいはできる。幸いにも今の日よりはロストして亀の状態。亀といえば「鈍い」というのが定説だ。普通に考えれば何の問題も無く拘束はできた。

 普通、ならば。

 「HAN(ハン)! 全部の亀がドジで鈍いと思ったら──大間違いだYO()!」

 「くっ──!」

 日和は短い足を高速で動かし、とても亀とは思えないほどのスピードで走り出した。王子の『影』はそこに追いつけず、空しく何も無い床にぶつかるだけだった。

 そして、日和は近くの瓦礫を軽々と跳び移っていき、「ダストシューター」と書かれた引き戸式の小さな扉に辿り着いた。そのまま扉を開け、(キー)を抱えたままそこに入って落ちて(・・・)いった。

 「これが『パンドラの箱』の扉(一番下)への一番の近道だもんNE()~!」

 「──くそ!」

 ダストシューターという細長いトンネル状の空間内で反響しながら、徐々にフェードアウトしていく日和の声。残響すら聞こえなくなると、王子は悔しそうに拳を床に叩きつけた。ダストシューターは言ってみれば全階共通のゴミ捨て場だ。基本的に一番下の階に行きつくようになっている。確かに一番下に行くには一番の近道だが、あくまでゴミを落すためのものであり人が通るようにはできていない。また、ここのはかなり小さめのため小さな亀になっていた日和でもない限り、通るのは無理だろう。

 つまり、(キー)が『捜シ者』の手に渡るのを阻止するのは王子たちにはほぼ不可能となってしまった。

 「……さて、これは参りましたね。おそらく大神君たちが追い付こうとしているでしょうが間に合うかどうか。雪比奈さん、どうかそこをどいてもらえませんか?」

 「くだらないことを聞く。あんな『パンドラの箱(オモチャ箱)』ごときのために、オレがお前を殺す機会を逃すと思っているのか」

 (キー)が敵の手に渡ってしまった現実を嘆くように、やれやれと平家は肩を落とした。ダメ元でといった様子で雪比奈にそこをどくよう提案するが、間髪入れずに却下される。『捜シ者』があらゆる手を使って狙う『パンドラの箱(ボックス)』を、「オモチャ箱」と言い捨てて。

 すると、平家は深く息を吐き、スッと目を細めて真剣な声音で続けた。

 「……いいからそこをどきなさい。あなただって知っているでしょう? あの『パンドラの箱(ボックス)』には何が入っているか……。そもそもあなたは、なぜそれを知っていながらアレを開けようとする『捜シ者』に協力するのですか?」

 「平家……?」

 今まであまり見せたことがないほど真剣な様子で語る平家の言葉に、思わず反応してしまったのは言葉を向けられた雪比奈ではなく王子だった。彼女も『パンドラの箱(ボックス)』の存在は知っている。その中身によってどのような力が得られるかも。

 しかし、中身の詳細(・・)についてはほとんど知らない。それに対して、平家の言葉から察するに彼はその詳細を知っている。しかも、彼の目の前にいる雪比奈も。

 平家の雰囲気から中途半端なものではないことは伺える。あの様子を見るにかなり重要なものだ。しかし、それを同じく知っているであろう雪比奈は、冷たく言い放った。

 「……簡単な話だ。あの人が『箱』を開ければオレは退屈しない(・・・・・)。それに、『箱』が開こうが開かまいが、『箱』を狙えばお前が出てくる。……どっちに転んでも、オレにとっては好都合な話だ」

 「あくまで自分自身の目的のため、ですか。目指すもののためなら周囲がどうなろうと構わない……変わりませんね、あなたは」

 (……また、だ)

 今回の闘い全てをあざ笑うかのように、自身のために動いているということを明かす雪比奈。だが、平家はそのような答えが来るのをわかっていたのか、大して驚きもしなかった。真剣な問いかけに対し、このような答えを用意されたというのに。

 そんな二人の様子を遠くから見て、王子は確信に似た何かを心の中で感じていた。

 (この二人、本当に前の闘いで闘っただけ(・・)なのか? この二人の雰囲気には……ずっとお互いを知っているような感じがある。いったいこの二人に……何があったっていうんだ……?)

 まるで旧知の仲とでもいうような雰囲気で話す平家と雪比奈。王子の記憶が確かなら、この二人の初対面は前に起こった『捜シ者』と『コード:ブレイカー』たちとの闘いのはずだった。だが、二人が闘い始めてからのやり取りなどで、その考えは確かかと疑うようになった。それくらい二人の間には因縁……とても深く強い因縁があるように思えた。

 だが、王子がそんなことを考えていることに気付くはずもない雪比奈は、再び氷のような冷たい口調で口を開いた。

 「変わらないのはお前も同じだ。結局、お前は何も変わらないようにしようとしているだけ。……今回だってそうなんだろう? お前は……いや、お前たち“エデン”は大神(・・)が今回の件で変わることを防ごうとしている。『パンドラの箱(ボックス)』がある場所──

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの扉の奥が、大神と『捜シ者』の親が死んだ場所だと知ることで、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「離せや、ろくばん! オレはよんばんを助けに行く!」

 「いい加減にしろ! オレたちは優と刻に託されただろう! ここで『パンドラの箱(ボックス)』を護るんだ!」

 ほぼ同時刻、『渋谷荘』地下最下層に存在する『パンドラの箱(ボックス)』を護る扉。それを護るように立つ二人の少年……遊騎と大神が必死の表情で言い争っていた。

 なんとか扉の前まで辿り着くことができた二人。見ると扉に開けられたような形跡はなく、どうやら『捜シ者』たちより先に到着することができたようだった。『捜シ者』を迎え撃つために周囲を警戒する大神だったが、遊騎はそれよりも刻の安否が心配だった。

 通信機越しに、彼が虹次に捕えられていることはわかった。本当ならすぐにでも助けに向かいたかったが、まだ扉につく前だったためそれができなかった。しかし、今は無事に扉の前まで着くことができた。『捜シ者』もまだ辿り着いていないことから考えれば結果は上々。ならばすぐにでも刻を助けに行こうと遊騎は動きだした。しかし、大神がそれを止めていうというのが現状だった。

 「今は無事でもいつ虹次(アイツ)の気が変わるかわからへん! そしたら、よんばんだって殺されてまう! ここは無事やった! まだ『捜シ者』だって着かへん! だったら、よんばんを助けるべきや!」

 「──遊騎!!」

 「ッ──!」

 なんとかして刻を助けに行こうとする遊騎だったが、大神の腕が彼の腕をしっかりと掴んでいるためそれができない。彼が本気を出せばそれくらいの拘束を解くことはできるが、大神だって無傷では済まないだろう。仲間を助けるために他の仲間を傷つけることなど意味が無い。

 しかし、それでも遊騎の意志は変わらない。どうにかして振りほどこうとするが、大神が一際大きい声で名を呼んだことで一瞬だけその動きが止まる。反射的に声を出した大神の方を見ると、大神は真っ直ぐと遊騎を見ていた。

 「駄目だ!」

 「……なんで、なんでや。ろくばんは、そんなのとちゃう……。にばんとか、“エデン”の奴らとは違うって……思っとったのに……」

 真っ直ぐとした眼で、真っ直ぐに遊騎の行動を否定する大神。それを受けて遊騎が感じたのは、自分が思ったことができないもどかしさよりも、大神にそのような言葉を言われたことへのショックの方が大きいようだった。俯き、震えながら絞り出すように声を発する。

 そして、吐き出すように遊騎は声を荒げさせた。

 「やっぱり、ろくばんは『にゃんまる』とちゃう! 人の命がどうなっても、人が死んでもなんとも思わん! ただの人殺しの『かげまる』や!!」

 「遊──!」

 「離せ!」

 怒鳴り散らすように、大神を正義の味方(『にゃんまる』)ではなく人殺し(『かげまる』)と吐き捨てる遊騎。普段から自らを“悪”として行動してきた大神だったが、自分で言うのと他人に言われるのとでは違う。予期していない場面ならばなおさら。

 遊騎の言葉を受けた瞬間、思わず大神は彼の腕を掴む力を緩めてしまっていた。それを遊騎が見逃すはずもなく、彼はそのまま大神に背を向けて走り出した。そのまま刻を助けに行こうと、勢いよく地に足を──

 ──ずぶ!

 「な!?」

 遊騎が走り出したまさにその瞬間。地に着いた遊騎の足元が嫌な音を立てて砂のようなザラザラとした黒い物質の集まりに変わり、そのまま遊騎の足を飲み込んだ(・・・・・)。さらにはその地点を中心として、床全体が音を立てて黒い物質と化していった。

 「く、くそ! なんだ、これは!?」

 「身動きが、とれへん……! どんどん沈んでまう……!」

 なんとか逃れようとするが、どこに触れても黒い物質のため足場にもできなければ掴むこともできなかった。ただ少しずつ、自らの重みで黒い物質の中に沈んでいくだけだった。まるでアリジゴクのように。

 さらに、この黒い物質は少しずつ部屋全体に広がっていき、とうとう『パンドラの箱(ボックス)』を護る扉まで到達してしまった。

 「しまった! 壁も、扉も崩れる──!」

 扉に黒い物質が触れた瞬間、足元が崩れた時のように嫌な音を立てて扉が崩れ始める。その勢いは凄まじく、まるでその扉自体が黒い物質に変わるようで(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)──

 

 

 

 

 

 

 

 

 「バ、バカな──!? 扉が、開いている!?」

 確かに閉まっていたはずの扉が全て黒い物質へと変わったまさにその時、さっきまで閉じた扉があった場所には完全に開いた(・・・・・・)扉があった。以前見た時と同じ、奥に行けばいくほど視認できないほどの闇が包む……一直線の空間が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ようやく気付いたか、『コード:ブレイカー』」

 「お前は……時雨!」

 扉が開いていたことに意識を向けられていたのも束の間、扉のように黒い物質と化した壁から無機質な声が響く。大神が視線を向けると、そこには『Re-CODE』が一人である時雨が冷ややかな眼をしながら立っていた。その腕に、(キー)を持った日和を抱えながら。

 「これこそ我が異能『灰塵(アッシュ)』。『灰塵』によって創り出された疑似空間にまんまと騙されるとは……愚かだな」

 「お前ら……! 奴は、『捜シ者』はどこだ!」

 「バーカ! 『捜シ者』はこの日和CHAN(チャン)の活躍で開いた扉の中! きっと今ごろ、『パンドラ』を手に入れてる頃だYO()!」

 先ほどまで大神と遊騎が護っていたのは、時雨の異能により創り出された幻だと明かされる。本物の扉は見ての通り、とうの昔に開けられていた。どうやら大神と遊騎が辿り着いた時には(キー)を手に入れた日和と『捜シ者』が合流しており、そのまま『パンドラの箱(ボックス)』を奪いに行ったらしい。

 「くっ──! ざけんな!」

 まるで自分たちが掌の上で踊らされているような感覚を覚えた大神は、すぐにでも『捜シ者』を追おうと左手の手袋を外す。そのまま『青い炎』を煌めかせ、自分たちを飲み込もうとしている黒い物質……『灰塵』を燃え散らす。しかし──

 「も、燃えない!?」

 確かに『青い炎』が触れたはずの場所は、いつものように『青い炎』が燃え広がることはなく、ぶすぶすと音を立てるだけだった。一向に『青い炎』によって燃える素振りが見えない。すると、それを見ていた時雨がため息交じりに口を開く。

 「……『灰塵』とはその名の通り灰。つまりはすでに燃え終わった物質だ。燃え終わった物が新たに燃えることなどありはしない。さらに『灰塵』は音も吸収する性質を持つ。だから遊騎の『音』も無効。脱出などお前たちには不可能。『捜シ者』が戻る前に死灰(しかい)と化すがいい」

 燃えることも無く、『音』すらも吸収するという時雨の『灰塵』。こうなると完全に八方塞がり、脱出することなど不可能だと感じてくる。こうしている間にも大神と遊騎の体はどんどん沈んでいき、タイムリミットが近いことを痛感させる。

 「チッ……! ふざけるな! こんな所でもたついている暇はねぇんだよ!」

 それでも、大神は諦めていない。時雨を睨みつけ、その眼に強い意志を込める。脱出する手が浮かんだわけではない。だが、それでも彼は諦めるわけにはいかない。どうにかして抜け出そうと──

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──歯ぁ食いしばりや、ろくばん」

 ──ヴォ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぐっ!?」

 瞬間、大神の背中に衝撃が走る。その衝撃の威力は重く、大神の身体は『灰塵』に飲み込まれるより先にそのまま吹き飛ばされた(・・・・・・・)。その大神の背後にいたのは……遊騎。

 「っ──! 遊騎! お前、『音』の音波でオレを押し出して──!」

 吹き飛ばされたことで『灰塵』から抜け出た大神。そのまま滑るように床に着き、未だ『灰塵』に飲み込まれようとしている遊騎を見る。『音』は『灰塵』には効かない。だが、『灰塵』に飲み込まれようとしている“人間”には当然のごとく効く。『灰塵』が飲み込む力より強く音波をぶつけることで、大神を外に押し出したのだ。

 しかし、それが限界だった。『灰塵』が飲み込む範囲は大きく、とてもじゃないが大神が範囲外から手を伸ばしても届かない。つまり……遊騎が助かる可能性は万に一つも無い。

 「ろくばん! オレのことはええ! 早よ『捜シ者』を追うんや!」

 「だ、だが……!」

 遊騎自身もそれをわかっているのか、『捜シ者』を追うよう大神に諭す。しかし、いくら大神でも目の前の仲間を見捨てて目的を達成しようとするほど冷たくはない。その足がすぐに動かない。

 すると、遊騎は残った力を振り絞るように大きく口を開き、叫んだ。

 「“拙者は『かげまる』! 非常なる悪の(しのび)よ!”」

 「な……!?」

 何を思ったのか、遊騎が口にしたのは『にゃんまる』の敵である『かげまる』のセリフだった。遊騎がどのような意図でそれを口にしているのか、大神がそれを理解するよりも先に遊騎が続けた。

 「……堪忍な、ろくばん。オレ、わかっとった……ろくばんが、本当はよんばんのこと助けに行きたいってこと。それでも行けへんってことも……わかってたんや。それなのに、オレは……」

 俯き、申し訳なさそうに言葉を連ねる遊騎。大神が本当は刻を助けようと思っていたこと、それでも行くわけにはいかない現実があること……それを知っていながら我儘を言った自分のこと。

 だが、最期(・・)が謝罪だけでは気分が悪い。遊騎は暗い雰囲気をそこで打ち切り、ニッといつものように無邪気な笑みを浮かべた。かつて見た、『にゃんまる』のワンシーンを思い浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「拙者は『かげまる』。密命のためならば命は惜しまぬ。たとえそれが友の命だろうとな」

 「じゃ、じゃあ! どうして『にゃんまる』を助けてくれたにゃん!?」

 「ふ……どうもこうもない。ただの気まぐれよ」

 『にゃんまる』が正義で『かげまる』が悪。それは誰しも知っていることだ。しかし、それでも遊騎はわかっている。非情な忍と言いながらも、このように彼は『にゃんまる』を助けたことがあることを。それを「ただの気まぐれ」と言い捨て、本心を表に出さないところも。

 そんな優しく不器用な悪役が……遊騎の中では大神と重なって見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……オレ、『にゃんまる』が一番やけど、本当は優しい『かげまる』も大好きやし」

 それは、『かげまる』というキャラクターに向けたものではない。我儘の中で“悪の『かげまる』”と言い捨ててしまった仲間に対する言葉。

 その言葉が言えたことに満足し、遊騎は静かに眼を閉じてその顔を『灰塵』の中に沈めた。

 「ゆ、遊騎!!」

 また飲み込まれても構わない。大神は走って手を伸ばす。自身を切り捨てて自分を助けた仲間を救うために。たとえ他人から「甘い」と罵られようとも。そうして必死に手を伸ばす中──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「駄目だー!!」

 「ッ──!?」

 大神は眩い光と共に、誰かの必死な声を聞いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──な!?」

 「はにゃ?」

 突然現れた眩い光。それが止んだと同時に、驚くべき変化が起こった。先ほどまで遊騎を飲み込もうとしていた『灰塵』が完全に消えていた。現に遊騎は床に座っており、何が起こったのかわからず首を傾げている。

 「な、何コレ!? 何が起こったっていうのYO()!?」

 「『灰塵』が……異能がかき消えたのか!?」

 「異能が、かき消えた──!?」

 同じく驚く日和と時雨。いや、彼らの方が強い驚きを感じているだろう。特に時雨は、自身が消そうとしたわけでもないのに異能が消えたのだ。その姿を見る限り、ロストしたわけでもないというのに。意味がわからずに声を荒げるが、その中で発した「異能がかき消えた」という言葉で大神はハッとした。

 彼はこの現象に覚えがある。異能が効かないどころか、その異能自体をかき消してしまう力を。その力の持ち主を。だが、その持ち主がここにいるはずがない。そう自分たちが仕組んだのだから。そう思いながらも、大神は周囲を見渡して……見つけた。

 「最後の最後に自ら異能を消して思い止まるとはな。殊勝なことだな、時雨。だが──

 

 

 

 

 

 

 

 

 命を粗末にする者は、この『にゃんまる仮面』が許さないのだー!!」

 「ワン!」

 「──!!?」

 そこにいたのは珍種である桜……ではなく、『にゃんまる』の仮面と唐草模様のマントを着けた『にゃんまる仮面』(輝望高校の女子用(・・・)制服着用)と同じく仮面とマントを着けた子犬(・・)という奇妙な一人と一匹だった。そのあまりに衝撃的な人物の登場に、大神は思わず言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、な……何を、いったい……」

 「なんでもキャンプ場から走って出動してきて疲れたらしくてな。しょうがないから連れてきた」

 「優!?」

 あまりの衝撃に大神が言葉を失っていると、今度は完全に見知った人物が見知った姿で現れた。かなりの傷を負っているが、それは無数の敵を一人で引き受けた夜原 優だった。ここに来るまでにある程度は回復していたようで、意地の悪そうな笑みを浮かべていた。

 すると、『にゃんまる仮面』は優の方を見て勢いよく頭を下げた。

 「夜原先輩! ここに着くまで、ほんとうにありがとうございました! 壮絶な闘いが終わってすぐだというのに運んでくださって! ……最後には勝手に飛び込んでしまいましたが」

 「ああ、それは構わない。どうせ向かうところは同じだし、結果的に遊騎が助かったんだからな。ところで、オレのことをそう呼ぶのは今日キャンプに行っているはずのどこかの女子高生だけなんだが?」

 「ぬお!? や、やや……夜原先輩殿()! この『にゃんまる仮面』、謹んで御礼申し上げる!」

 どうやら優の闘いが終わってすぐに現れた謎の人物……それがこの『にゃんまる仮面』だったらしい。本来なら優よりも上にいるはずの王子か平家に会いそうなものだが……彼らは正規ルートから外れた場所で闘っている。正規ルートを通ったならばまず会わないだろう。

 そうして合流してから一緒に来たらしいが、この様子を見る限り優は『にゃんまる仮面』の正体に気付いている。その上でからかっているのだ。呑気な二人に呆れる大神だったが、それよりも先にすべきことをすることにした。

 「……あの、何をやっているんですか? 桜小路さん(・・・・・)

 「うぐ!?」

 優のように合わせる素振りも見せず、一言で正体を言い当てる大神。優が突っ込まないことで自信を感じていたのか、あっさりばれてしまったことに動揺する『にゃんまる仮面』はダラダラを汗を流しながら誤魔化そうとする。

 「さ、桜小路? し、知らぬぞ? 拙者は、ただの『にゃんまる仮面』で……」

 「あなた、どこまでバカなんですか? そんな話、誰が信じるって言うんですか?」

 「や、夜原先輩殿が……」

 「はあ? 気付いてたに決まってるだろうが。その上で知らない振りをしたんだよ。桜小路、やっぱお前は大馬鹿だな」

 「なぬ!? ひ、酷いのだ!」

 しどろもどろになりながらも誤魔化そうとする『にゃんまる仮面』……もとい桜。気付いていないと思っていた優に助けを求めるも、その優も問答無用で切り捨てた。まあ、たかが仮面とマントを着けただけのため気付かない方がおかしいのだ。桜を知らない人物ならまだしも、知っている人物なら確実に……

 「『にゃんまる仮面』……!」

 「……遊騎はまあ、純粋だからな」

 「……とりあえず放っておきましょう。それよりも──」

 確実……ではないことは証明されたが、遊騎に関しては例外だと優と大神は目を逸らした。というよりこんな茶番をしている場合ではないのだ。大神は大きくため息をつくと、鬼気迫る表情で桜に詰め寄っていった。

 「なんでここに来てるんですか! あんなクソ芝居してまでアンタをここから遠ざけたっていうのに、これで全て水の泡ですよ!」

 「あう……!」

 あまりの迫力に思わず距離をとってしまう桜。確かに大神の今の迫力は凄まじく、言葉遣いこそ丁寧だが完全にブチ切れていることがわかる。それを承知しながらも、桜はビクビクと震えながら言葉を絞り出す。

 「い、いや……皆が私のためにそこまでしてくれたのはわかっているぞ……? 感謝もしている……」

 「と、桜小路は言っていた」と桜は最後に付け足した。あくまでまだ『にゃんまる仮面』として接するらしい。まあ、この時点で先ほどの「桜小路? 知らぬぞ?」の発言と矛盾しているのだが……それまで突っ込んでは面倒極まりない。

 「し、しかしだな……」

 すると、桜は変わらず怯えながらも言葉を続けた。全てを知りながらも、なぜ戻ってきたのか。その理由を話すために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャンプ場にて、大神たちが協力して自分を避難させたことを会長から伝えられた桜。それと同時に、会長はある物(・・・)を桜に手渡していた。それ(・・)を見て、桜は思わず目を見開く。

 「こ、これは……私が『渋谷荘』に持っていっていた荷物? 会長、どうしてこれを……」

 「いかにも、大神君だよ。もう実家に帰って、普通の女子高生として暮らせるようにって。今ならまだ……今までのような“当たり前”の日常に戻れるだろうってね」

 会長によって伝えられた大神の思い。それが彼なりの優しさであり、気を遣った結果だということも桜にはわかった。しかし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「正直、腹が立った」

 「え……?」

 予想外の言葉に、大神は思わず開いた口が塞がらなくなる。すると、桜は顔を俯かせて心の内を吐き出すように続けた。

 「大神、お前の言う“当たり前”ってなんなのだ? ……少なくとも、それは私が考えているものとは違う。私にとっての“当たり前”は……大神と毎日、学校に行く! なぜ、それがわからぬ!」

 「……!」

 「いや、それだけではない! 皆で『渋谷荘』で暮らすことこそが“当たり前”なのだ! 遊騎君がご飯を食べながら寝ていて、遅く起きた刻君も歩きながら食べて、そんな行儀の悪い二人を王子殿が怒って、夜原先輩が仕方なさそうにそれを眺めている。会長だって騒ぎを聞きつけて起きてきて、私と大神はそれを聞きながら学校に行く……私は、またその時が来るまで絶対にここを離れぬぞ!!」

 「…………」

 思いの丈全てをぶつけたような桜の言葉。彼女にとっての“当たり前”、もはや大神たちもそこの一員になっているのだ。彼らがいるから桜は日常を過ごすことができる。彼らの存在こそが日常なのだ、と。その言葉を聞き、大神は口を紡いだまま静かに目を伏せる。

 「『にゃんまる仮面』……!」

 「あ! えと! そう桜小路が言っていたぞ! 私──拙者ではなくてな! だ、だからな? こう言っているわけだから、桜小路へのお仕置きはほどほどにしてほしいのだ。ほどほどに……」

 「ワ、ワフッ!」

 遊騎から「『にゃんまる仮面』」と呼ばれたことで今の自分が『にゃんまる仮面』であることを思い出した桜は、慌ててそのフリをした。そのついでに、自分へのお仕置きを軽くするように頼み始めた。先ほどまでと違い、またビクビクと震えながら。

 そんな桜を見て、大神は静かにその距離を詰める。そして──

 ──ぽんっ

 「ぬわ!?」

 「──来てくれて助かりましたよ。『にゃんまる仮面(・・・・・・・)』」

 「お、大神……」

 ピンチに現れた『にゃんまる仮面』として……大神は彼女の肩に手を置き、微笑みながら感謝の気持ちを伝えた。

 「……いいのか? このまま桜小路がいて」

 「あの人は『にゃんまる仮面』だそうだから、問題ないさ。……ああ、それとほら」

 怒りを鎮めた大神を不思議そうに眺める優に対し、大神はやれやれと肩をすくめてみせた。そして、思い出したように内ポケットに手を入れ、そこから一個の通信機を取り出して、そのまま優に投げた。

 「確かに返したぞ。人に長い間、荷物を持たせてたんだ。その分の仕事はしろよ」

 「……どうも。手負いの状態でも、やれるだけのことはやるさ」

 分かれる前に大神に託した通信機。それを改めて自分の耳に着けながら、優はやる気十分とでも言いたげに笑みを浮かべた。

 優も加わったことで戦力に余裕が出た大神たち。ここからどうするか、迅速に決め始めた。

 「優、お前は知らないだろうが刻が虹次に捕まった。それに、見ての通り扉も開いて『捜シ者』はその中だ」

 「刻が……!? ……なるほどな、それに加えて目の前には『Re-CODE』か。分かれる必要があるようだな」

 「『捜シ者』はろくばんに任せるわ。ななばん、悪いけどよんばんは任せてええか? オレは……時雨と闘わなあかん」

 最低限の情報を伝え、それぞれがやるべきことを確認する。それが終わったところで、改めて三人の眼に強い闘志が宿る。

 「よし、じゃあ──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「分かれる必要はないさ。どうせ……もうすぐ終わる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さ、『捜シ者』!」

 いざ分かれようと大神が声をかけた瞬間、扉の中から冷徹な声が響く。見ると、そこには変わらぬ冷たさを漂わせる『捜シ者』。そして、その手にはちょうど『捜シ者』の手に収まるほどの大きさの、光り輝く正方形の立方体が浮かんでいた。

 「まさか、それが『パンドラの箱(ボックス)』!?」

 「くそ! 遅かったか!」

 「あんな小さいんか……? アレの中に……何が入ってんねん」

 話に聞いていただけで『パンドラの箱(ボックス)』自体を見たことは無い大神たち。だが、この状況で明らかに『箱』と呼べる物質を持っているのだ。十中八九、あれが『パンドラの箱(ボックス)』だろう。『捜シ者』に奪われるという最悪の展開になってしまったが、まだ逃げたわけではない。とり返すことができれば大逆転となる。

 「それを返せ! 『捜シ者』!」

 「……あの時のままだったよ」

 「なに!?」

 殺気を込めて『捜シ者』の前に立ちふさがる大神。しかし、『捜シ者』はそんな大神の言葉を無視して自身の言葉を口にする。まるで遠い過去に思いをはせるように見上げて、そのまま彼は言葉を続けた。

 「この扉の中は……私たち兄弟の母さんが死んだ、あの時のままだった……」

 「何を、言って……!」

 「──ねぇ」

 「ぬ!?」

 突然の言葉に、大神は目を見開く。『パンドラの箱(ボックス)』がある扉の中は自分たちの母親が死んだ場所だと言われ、思わず混乱してしまう。だが、それに対して『捜シ者』は何事も無いように視線を動かし、そのまま桜の眼の前まで移動してその顔を覗き込んだ。

 視界を遮らないように開けられた仮面の穴越しに、桜と『捜シ者』の視線が交わる。互いにその視線を外すことなく、桜は『捜シ者』の言葉を聞き、『捜シ者』は桜に言葉を続けた。

 「君も……そろそろ思い出してよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの時、母さんが死んだ原因は桜小路 桜……君なんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがでしたか?
平家と雪比奈のセリフやら優との合流やら、かなり付け加えた部分があったのもあり長くなってしまいました……
さて、優も合流したところでいよいよ『捜シ者』との直接対決!
優がこれからどう『捜シ者』戦に関わってくるのか……ご期待ください!(ほとんど関わらないかもしれませんが)
それでは次回も頑張ります!
あと、お時間あれば新しく投稿した『クロガネ回姫譚―不動不朽―』もどうぞ!(笑)



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