CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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お久しぶりです!
すっかり暑い日が続くようになりましたね!
そんな暑さに負けず、なんとか書き上げました!
いよいよ刻と虹次の対決もラストスパート!
そして優の運命や如何に!
最後には謎の人物も登場!?
それでは、どうぞ!





code:56 牙を向きし破壊神

 「闘いの勝利はこの虹次が頂く」

 「ヘッ……。もう勝った気でいるとか、気が早ぇんじゃねーカ? まだ、ケリはついてないゼ」

 磁撃砲(ガウスキャノン)の反動で傷だらけになった両腕を力無く揺らし、刻は挑発的な言葉と共に立ち上がった。だが、それは一種の強がりであると刻は自覚していた。

 撃てば腕に強い負担をかける磁撃砲(ガウスキャノン)は左右の腕で一回ずつ……つまり二回までが限界。一回は大神と遊騎を先に行かせるために、残る一回は目の前に立つ虹次を仕留めるために。だが、その二回でも虹次を斃すことはできなかった。大きな傷を負わせることはできたが、現に虹次は目の前に立っている。そして、「勝利は自分がもらう」と宣言した。状況は刻に圧倒的に不利。

 だが、彼は諦めていない。何があろうと最後までくらいついて勝つ……そう誓っていた。

 「確かに少し気が早い。だが、すぐに終わる。お前には……」

 そんな少年()に対して破壊神(虹次)は……

 「オレが本当の強さというものを教えてやる」

 不敵に笑い、静かにその牙を向いた。

 「ア? 何を言っ──」

 ──ヒュウ

 今まで見せたことの無い笑みを見せた虹次を警戒しながら、彼の言葉の真意を探る刻。すると、柔らかな風が刻の顔を撫でた。刻は特に気にも留めず、目の前に立つ虹次に視線を向けたまま警戒を──

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──遅い」

 ──ゾク!

 瞬間、虹次は刻に飛びかかろうと跳躍していた。それを理解した刻の全身を、今までに感じたことの無いほどの悪寒が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──グシャア!!

 「ぐ!」

 跳躍した虹次が拳を振り下ろす。なんとか反応することができた刻は反射的に後ろに跳んでそれを避ける。すると、振り下ろされた虹次の拳はそのまま鉄製の床を直撃し、その部分周辺の床をまとめて破壊した。『脳』で腕力が強化された時の優とほぼ同等の威力の拳を眼前で見つつも、刻の頭は状況の理解に全力を注いでいた。

 (嘘ダロ……!? オレは一瞬も目を離していなかった(・・・・・・・・・・・・・))……! なのに、まったく反応できなかった……!)

 一瞬も目を離していない。だが、虹次は刻の反応を超えて近づいてきた。それはつまり、刻の反応速度以上のスピードで近づいたということである。人間の反応速度以上のスピードに、鉄製の床すら破壊するほどのパワー。そのスペックの高さは、次の瞬間にも容赦なく発揮された。

 「まだ終わらぬ」

 ──ドガ! ドゴォ!

 「チッ──!」

 まだ床が破壊された時の残響が耳に残っている中、刻の耳には確かに虹次の言葉が届いた。さらに、それを脳が理解した瞬間には虹次の身体が刻を覆い隠すように迫っていた。そして、そのまま何発もの拳を叩き込み、刻の周囲の床はどんどん形を変えていく。

 (は、速ぇ──! 動きが追い付かねぇし……息つく暇もネェ!)

 「ぬん!」

 「ぐあ!」

 休むことの無い虹次の猛攻を目にしながら、刻はその強さをひしひしと感じる。彼の異能である『空』だけかと思ったが、それは大きな間違いだった。純粋な身体能力だけでも虹次のレベルの高さは圧倒的だった。

 その虹次の拳がとうとう刻に向かって放たれた。刻は反射的にガードしていたが、そのガードごと吹っ飛ばされていく。

 「まだだ!」

 ガードごと刻を吹っ飛ばす虹次の拳。それだけの力が加わったため、刻はかなりの速さでその身体は移動させられてしまう。だが、虹次は殴った次の瞬間にはそのスピードに追いつき、新たに拳を放つ。

 「ッ──!」

 ガードした腕から伝わる痛みに顔を歪めながらも、虹次の動きから目を離してはいなかった刻。その追撃にもなんとか気付くことができ、ギリギリといったところでその身を空中で翻らせる。そのまま虹次の拳は再び床を破壊し、轟音が空間中に響く。その中で刻は片足を床につけ、込められるだけの力を込めて床を蹴る。とにかく虹次と距離をとろうと無意識に考えていたのだろう。

 だが、破壊神は逃げの一手すら許そうとはしなかった。

 ──グン!

 突如、刻の身体が空中で止まる。虹次に足を掴まれたかと思い、刻は自らの足に目をやる。しかし、彼の足を掴んでいたのは手よりも厄介なものだった。

 (か、風に捕ま──!)

 刻の足を掴んで離さなかったのは──風。虹次の『空』により生み出された風の枷が刻の足をしっかりと捕まえていた。風の枷は空中にある刻の身体を軽々と引き戻し、距離をとるつもりが両者の距離は完全に詰められた。

 そしてその時、刻は見た。自分を敵として認識し、容赦なくその拳を新たに振るおうとする虹次を。その背後に、さながら“風神”の幻覚(ヴィジョン)が見えるほどの気迫を持つ破壊神を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──破壊(こわ)れな」

 (く、喰われ──!)

 「『空圧(くうあつ)』!」

 刹那、『空』により押し固められた大気と共に振り下ろされた拳が刻の身体を押し潰そうと放たれた。獲物を目の前に、思わず頬を緩める──破壊神の一撃が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──ガハッ!」

 (ク、クソが……! アバラ、いっちまった……!)

 口内に溜まり切った鉄臭い赤黒い液体を吐きだす刻。同時に、身体の中から確かに感じる痛みと違和感から受けたダメージの大きさを確認する。おそらく、周囲の床同様に体内の骨も粉砕してしまっているというのがすぐにわかった。それでも斃れるわけにはいかないと、なんとか周囲の残骸を支えにして立ちあがろうとする刻。すると、はるか頭上から心から嬉しそうな声が響く。

 「耐えたか……。やはりそうでなくては面白くない。簡単に壊れてくれるな」

 「ぐ、く……!」

 痛みで気を失いそうになりながらも、刻は声の方向に顔を上げる。そこには、積み上げられた瓦礫の上で今まで見たことが無いほど清々しい笑顔を見せる破壊神の姿があった。まるで今まで見せていた強者としての表情が仮面と思わず感じてしまうほど、その笑顔は彼の本心によるものだと刻は感じた。そうして彼は直感した。これ(・・)が、本当の彼なのだと。

 「強さには、果てしなく上がある」

 (もっと静かな男だと思っていたが、大きな間違いダ……。コイツの本性、まるで荒ぶる魔獣……。これが破壊神と呼ばれる由縁かヨ……!)

 自ら前には出ず、静かに向かってくる敵のみを斃す。さながら“静”のタイプだと思っていた刻。しかし、彼の本性は真逆。闘いを、強者を求めてそれを喜びとする荒ぶる獣。間違いなく“動”のタイプだった。

 瞬間、刻は思わず彼の上に立つ『捜シ者』について考えた。彼のような制御できそうもないほどの強者の上に立つ存在。どれほどの実力を持っているのか、と。恐怖ではない。ただ、危機感として身体が警鐘を鳴らしたような気がした。

 「……ハッ。『捜シ者』の手下のクセに、よく言うゼ」

 「そのような立場、意味は無い」

 自分の身体が鳴らした警鐘を振り払うかのように、不敵な笑みを浮かべながら刻は強気な言葉を口にした。それに対し、虹次は同じように笑みを返す。そして、さも当然のように言葉を続けた。

 「全ては心友(とも)である『捜シ者』のためだ」

 「心友(とも)……だと?」

 「そう。そして……」

 『捜シ者』を守護する存在である『Re-CODE』。その一人であるはずの虹次の口から出た心友(とも)という言葉。あくまで自分と『捜シ者』は上下関係ではなく、対等な関係にあるとでも言いたげだった。だが、そのことを刻が言及するよりも先に、虹次は静かにその目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……行くのか」

 「ああ」

 ひどく雪が降る夜だった。だが、二人はまるで何事も無いかのように言葉を交わし、それぞれが向かう先へと足を向ける。一人は、その先に同志が待つ方へ。もう一人は、その同志が待つ方とは真逆の方向へと。それぞれ──虹次と王子は向かうべき方を向いていた。

 「次に会う時は敵同士だな。つっても、お前らはなんの遠慮もしねーだろうがな」

 「無論だ。そして、それはお前も同じだろう?」

 「……そうだな」

 背中越しに言葉を交わす二人。互いに前を向いているため、互いの表情は見えない。それでも、虹次は王子が同意の言葉と共にフッと笑ったのがわかった。

 この時は王子自身もそれができると思っていたのかもしれない。だが、日和と対峙した時を考える。言葉では言えても、やはり実際に体感すると違うのだろう。しかし、それでも彼女は乗り越えた。それだけの覚悟は、この時点で形作られていたのかもしれない。

 「…………」

 「…………」

 そうして、二人の間にはいつの間にか言葉は消えていた。だが、歩を進めようともしなかった。雪が降りしきる中、背中のみ向かい合わせて。静かにその場に立ち尽くしていた。

 「……誓いを交わすか」

 「あ?」

 ふと、虹次がポツリと呟いたことで沈黙が止まる。突然のことに王子は振り向く。すると、虹次もいつの間にか振り返っており、笑みを浮かべて王子のことを見ていた。

 「オレたちは袂を分かつ。だが、オレとお前が同志であることに変わりはない。それゆえ、これは『Re-CODE』も『捜シ者』も関係ない。たとえ離れようと志は同じ……そのことを繋ぐ誓いだ」

 「……相変わらず小難しい言い方しやがる」

 笑みを浮かべながら、強い意志を持って言葉を続ける虹次。その言葉を聞くと、王子は呆れたように頭をポリポリとかいた。そして、虹次と同様にその顔に笑みを浮かべた。

 「要するに、誓いと一緒にお前らのこと忘れんなってことだろ。死んでも忘れるかよ」

 「……ふっ、そうか」

 自分の感性で感じた言葉の真意をそのまま王子は口にした。それが正しいことかどうかはわからない。だが、虹次は王子の言葉を否定しようとはしなかった。

 そして、二人は互いに拳を前に出し、拳同士をしっかりと合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「虹次……誰にも負けんなよ。誰が相手だろうと、負けるテメーなんて見たくないからな」

 「よかろう、ならば泪よ。お前はその心、決して折れるな。守護神として、強い心を持って全てを護ってみせろ」

 「上等!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、二人は別の道を行く。

 袂を分かちながらも、決して消えぬ誓いを胸に秘めながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「我が同志……八王子 泪と袂を分かつ時に交わした誓いのため。決して誰にも敗北(まけ)んという誓いのな」

 「な……!?」

 何かを思い出すように閉じられた虹次の眼が開き、真っ直ぐに刻を見据える。かつて王子と交わしたという、「誰にも負けない」という誓いを口にしながら。

 刻もそのような誓いがあることは察しがついていた。磁撃砲(ガウスキャノン)を受けた際、そのようなことを言っていたし、何より彼からそれだけ強い意志を感じたからである。だが、その誓いの相手が王子であることは予想していなかった。彼女が『コード:ブレイカー』……敵であるにもかかわらず、なぜ“同志”と呼ぶのか。今の時点では何もわからない。

 しかし、一つだけわかることがある。

 「悪く思うな。勝利はオレがもらう!」

 「……!」

 虹次はその誓いのため容赦など欠片もしない……それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「離せや、ろくばん! よんばんを助けな!」

 「やめろ! 戻るな、遊騎!」

 時を同じくして、『捜シ者』を追うために先に進んだ大神と遊騎の間でぶつかり合いが起きていた。先ほどから通信機越しに聞こえてくる刻と虹次の闘い。そして、もう磁撃砲(ガウスキャノン)が撃てないという事実。それらを受けて、遊騎は刻を助けようと戻ろうとしており、大神はなんとかそれを止めていたのだ。

 「虹次(アイツ)は小手先で勝てるようなレベルの相手やない! 磁撃砲(ガウスキャノン)撃てへんのやったら勝ち目はない!」

 すっかり興奮してしまっているが、遊騎の見立ては正しい。現に、磁撃砲(ガウスキャノン)を撃ち尽くしてからの刻は一方的な劣勢。今までの闘いから見ても、磁撃砲(ガウスキャノン)以外の攻撃は簡単に防がれる。戦況は絶望的と言えた。

 “刻が”勝つためには助けに戻るのは正しい。だが、“この闘いに”勝つためには間違いだった。それこそ、平家ならそう言って遊騎を絶対に止める。そして、それは遊騎も安易に想像ができた。

 「ろくばん! お前もにばんと同じ──!」

 「無駄にするな!」

 「ッ──!」

 同じ……心からそう感じた遊騎の言葉に対し、大神が吐きだした言葉は平家ならば言うはずもないであろう言葉だった。その言葉を聞き、遊騎は思わず言葉を止めた。

 「刻は、二発しか撃てないとわかっていながら最初に一発撃ったんだ。なぜだかわかるか? オレたちのためにだ。オレたちを信じてアイツは撃ったんだ。その気持ちを……無駄にするな」

 「ろくばん……」

 真っ直ぐと、逸らすことなく遊騎の眼を見る大神。決して逸れることの無いその眼を見るだけで、遊騎は大神の言葉が本心からのものだとわかった。同時に、刻に任せて先に進むと決めた時に彼からかけられた言葉が遊騎の中で反響した。

 『──頼んだぜ、遊騎(さんばん)

 「……そう、やな」

 その言葉を改めて胸に刻むように、遊騎は胸の前で強く拳を握った。そして、今まで昂った気持ちを吐き出すように大きく息を吐くと、遊騎は柔らかな表情を浮かべて大神に向き直った。

 「ありがとな、ろくばん。ろくばんはよんばんとケンカばかりやけど、ほんまは一番よんばんのことを信じとるってわかったわ」

 「……悪い冗談だろ。噓つきでプライドだけは無駄に高くて、何かあれば絡んでくる。あんなウザイ野郎を誰が好き好んで信じるんだ」

 そんな遊騎の言葉に対し、大神は心底嫌そうな表情をして刻に対する酷評を並べた。しかし、それも一種の照れ隠しのように見えて、遊騎は笑みを浮かべながらそれを見守った。そして、大神は最後にボソリと呟いた。

 「その上……その上アイツはすこぶるしぶとくて諦めが悪い。他の誰よりも。だから──」

 信じているわけではない。ただ、そういう人間だと知っているだけだった。だからこそ彼は振り向かずに進むことができる。その確信を、彼は言葉ではなく胸の内で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから簡単に敗北(まけ)るわけがない、絶対に──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ドガァ!

 「ガ──!」

 「何度やっても無駄だ。オレには効かぬ」

 もはや立つことすら難しい身体が虹次の『空』によって壁に叩きつけられる。磁撃砲(ガウスキャノン)で負荷がかかった両腕だけでなく、刻の全身がすでにボロボロだった。だが、それでも彼は膝を折ることなく、再び拳を構える。

 ──ガッ

 「効かぬ」

 「ッ──!」

 もう声を上げることすらできなくなってきている。それでも、彼は斃れない。何度殴られようと、たとえ効かぬとわかっていても。

 「ハァ、ハァ……」

 「もうやめろ、刻。今のお前は見苦しいだけだ」

 どんなに見苦しくても、彼はその両足で立って拳を振るい続ける。

 

 

 

 

 

 

 ──ドッ

 一回

 

 

 

 

 

 

 ──ドッ、ドッ

 二回、三回

 

 

 

 

 

 

 ──ドッ、ドッ…………

 何度も、何度でも

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ガシッ!

 「刻、お前の敗北(まけ)だ」

 たとえ誰にそう宣言されようと、その拳を止められようと関係ない。何があっても、彼の心と拳は折れない。折れるわけにはいかなかった。

 「うる、せぇ……! 敗北(まけ)らんねぇのは……オレも同じだ!!」

 ──ゴッ!

 「……認められぬか。いいだろう、ならば今一度──」

 一撃。それだけ決めて勝負を決しようと手を開く虹次。そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──グラリ

 「な──!?」

 突如、全身から力が抜け、その身体が倒れかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よ、ようやく……全身に回ったか」

 突然、自分の身体を襲った謎の現象に、虹次は思わず目元を手で覆い隠す。すると、それを待っていたかのように刻がニヤリと口角を上げる。いったい何をされたのか。その疑問を口にする前に、刻は自らその種明かしを始めた。

 「最初に使った汞だよ……。あれからずっと、細かく霧状にして撒いておいた。アンタはそれを吸い込んだってワケ」

 「汞……。なるほど、水銀の毒性というわけか。どこまでもしぶとい男だ。だが、この程度でオレを斃せるとでも?」

 最初、鉄屑に擬態させて利用した汞。出鼻を挫くために使われていたと思われていた武器だが、時間が経過したところで効果が出るようにまだ利用していた。どこまでも抜け目がない男だが、それでも虹次を斃すほどではない。そのままじわじわと弱っていくのを待ったところで勝てはしないだろう。土壇場で効果を発揮しても、勝利のための決め手とは──

 「勝つためじゃねーよ」

 ──ギシィ!!

 「ぬ!?」

 (身動きがとれん!?)

 刻が右手を虹次にかざした瞬間、まるで身体全体が抑えつけられたように虹次は動けなくなった。動こうと力を込めても、それ以上の力で封じられる。この状況だと、考えられる要因はたった一つ。目の前で不敵に笑みを浮かべる……刻だった。

 「汞が全身に回れば少なからず隙ができる。だが、本当の狙いはその隙を突いて、全身に回った汞ごとアンタの動きを封じることさ」

 「な……!?」

 「そして──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「アンタをブッ斃すためだ」

 刻の後方──そこにはいつ用意されたのか、鉄柱や鉄屑で形作られた巨大な鉄塊が浮かび、鉄塊に向かって伸ばされた刻の左手を狙っていた。この光景から導き出されるのは……あり得ない選択だった。

 「磁撃砲(ガウスキャノン)だと!? まさかその身体で──!」

 「ブッ斃されるテメェの心配してろよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「冥土の土産にオレの片腕くれてやる!!」

 ──ゴッ!!

 瞬間、鉄塊は刻の左手に向かい、轟音と閃光が二人を包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………………

 ………………………………

 …………────

 ────

 

 

 

 

 

 

 静寂。

 

 

 

 

 

 

 その空間を支配していたのは、その二文字以外になかった。

 肉が焦げるような異臭はある。元の姿がわからないほど変形したり、焼け焦げた死体がある。

 一目で致死量とわかるほどの血を流して倒れている人だったものがある。

 それでも、その空間を支配している静寂に比べれば、微々たることのように感じた。

 それほどまでに、その空間は静けさに満ちていた。

 「あ、う……」

 と、そんな静寂に支配された中で一つの呻き声が生まれる。声の主は、幾重にも積み重ねられた死体の中から這い出すように腕を伸ばし、腕の力だけで身体を動かしていた。

 「ハァ、ハァ……。だ、駄目だ……。早く、知らせなくては……」

 ずるり、ずるりと引きずるような音が響き渡る。腕の力だけで進んでいるため、仕方がないのは承知している。いや、そもそも彼はどうして腕の力だけで移動しているのか。とても効率的とは言えない。

 だが、その答えは簡単だ。今の彼にとって、唯一の移動手段がそれ(・・)だったからだ。よく見ると、彼の両脚……もとい、下半身は存在していなかった。よほど強い衝撃で吹き飛ばされたかのように、乱雑な切断面からはボタボタと血が流れている。しかし、それでも彼は進もうとした。自分の命は尽きてもいい。それでも、やるべきことがあるとでも言いたげに。

 「危険、すぎる……。奴の力(・・・)……()は、『捜シ者』の元に行かせては……」

 すでに視界もかすんできている。それでも、自分の頭に刻み込まれた恐怖(・・)に染まった記憶は消えない。怖いゆえの恐怖ではない。まるで底なしの崖下を見たような、生物としての本能が打ち鳴らす恐怖が残っていた。

 かすむ視界の中、彼が目指すのは先へと続く出口。そこに向かって、彼はゆっくりと手を──

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……どこに、行くつもりだ?」

 手を伸ばしたその瞬間、背後から聞こえたその声と伸びた手が、彼の動きと頭をしっかりと掴んで離さなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、あぁ……! ま、待ってくれ……! わかった、『捜シ者』にも時雨にもお前の力のことは言わない……!」

 自分の頭を背後から掴む手と、確かに背後から感じるその手の持ち主に、彼は懇願するように弱腰な言葉を並べ立てる。掴まれている手に力が込められているわけでもない。それでも、ただ触れられている(・・・・・・・)だけでも彼にとっては大きな恐怖だった。

 「もう悪事からは手を引く……! “エデン”に裁かれろというなら大人しく裁かれる……! だ、だから頼む……!」

 思いつく限りの許しの言葉を並べる男。しかし、背後にいる者から言葉は返ってこない。何も言わずに自分の頭を掴んでいるだけ。

 奇妙な静寂が何秒か続いたかと思うと、背後にいる者は小さく吐いた息の後に静かに告げた。

 「言ったはずだ。『この力』を使う以上、お前たちはここ(・・)で死ぬ。生きて出ることはできないし、どんなに許しを乞おうと意味は無い」

 瞬間、男の頭を掴んでいた手に少しずつ力が込められていく。五つの指先から伝わり頭がい骨全体に広がる痛み。それはすぐに脳まで伝わり、警鐘のようにじくじくとした痛みに変わる。

 「ぐ、く……! ふ、ふざけんな!」

 すると、痛みとして確かに伝わる死の予感のせいか。枷を外した獣のように男が吠え立てた。しかし、込められる力は緩むことなく、痛みは続いていく。

 「あんな『力』……一人の異能者が持っていい力じゃねぇ! ましてや、“エデン”の飼い犬如きが持っているようなもんでもない! お前が本気になれば、それこそ『捜シ者』のように世界を──」

 「あいにく、オレは世界をどうこうしようとは思わない。それに、“悪”である『捜シ者』と同じようになんて死んでもゴメンだな」

 指先が当たる場所が変色していく。実感はないが、そこから頭がい骨全体に向かってヒビが入っているように感じる。少しずつ、だが確実に指先がめり込んでいくのがわかった。訪れるであろう死の瞬間までものの数秒と悟り、男は全ての言葉を吐きだそうと激昂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なにが“悪”だ! そんな『力』を持ってるお前の方が“悪”魔だろうが! そうだろ! 夜原 優!!」

 

 

 

 

 

 

 「──目には目を 歯には歯を 悪には無慈悲なる裁きを」

 

 

 

 

 

 

 そこで、かつて『転移』を用いた異能者の命は摘まれ、再び静寂が空間を支配した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ガシャン

 壁に隠されたボタンを押すと、出入り口を封鎖していた扉が音を立てて解除されていった。その音を耳で聞きながら、優は咲と名乗った幼い少女の傍へと歩み寄った。

 うつ伏せに倒れた少女の顔は、正直言って酷いものだった。眼は見開かれ、口からは信じられない量の血の跡がある。だが、その原因を作ったのは他ならぬ自分自身であることを優は承知している。決して罪滅ぼしでもなければ、許しを乞うつもりもない。ただ、せめて静かに眠らせようと、その目を閉じようと手を──

 「ッ……」

 ふと、その手を止める。先ほど残った一人の頭を潰し、赤黒い血に染まった手を。優は静かにその手を下げ、もう片方の手で咲の眼を静かに閉ざす。それと同時に、扉の解除も終わったようで、優はそのまま立ち上がる。

 そして、『捜シ者』を追うべく先へ進もうとした……その時。

 ──ザッ

 「誰だ!」

 背後……入口の方から聞こえた足音に、すぐ戦闘態勢に入る。生き残りがいたのか、新手かはわからない。それでも彼は気を緩めることなく、足音の主を見据える。

 だが、その顔を見た瞬間……その眼は大きく見開かれた。

 「ッ──! お、お前は……!」

 「…………」

 驚く優に対し、足音の主は言葉もなく静かにその場に立ち尽くしていた。

 

 

 




CODE:NOTE

Page:42 『音』

 『コード:03』天宝院 遊騎が扱う異能。口から出す音波の衝撃による遠距離攻撃だけでなく、音速での移動で一気に距離を詰めることも可能。また、音を把握する能力も優れており、その聴覚は犬などの動物並みで高音域の音を聞くことも可能。万能な異能だが、遊騎が寝ぼけていると、くしゃみと一緒に音波を出したり、音速で転げまわることもあるため味方だからといって絶対安心とは言えない。
 音速での異能では残像を何体も作るほどだが、それをやると服が破れてしまうため多様はしない。また、本気を出すと全身が赫く染まっていき圧倒的なプレッシャーを放つが、詳細は不明。

※作者の主観による簡略化
 遅刻しそうなときに使いたい!



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