CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

71 / 112
一カ月ぶりとは……申し訳ありません!
どうにも疲れが取れず、休みの日はパソコンに向かう気力すら湧かない日々が続いてしまいました……!
ですが、これからは遅れた分をとり返す勢いでやっていき……たいです!
そんな復活一発目は刻VS虹次!
さらに優がまさかの行動を!
一発目らしく勢いのままに書いております!
それでは、どうぞ!





code:55 覚悟の一撃、決意の一撃

 「お前の強さを目にする前にオレを斃す……か。大きく出たな、刻。よほど今の自分に自信があると見える」

 「ああ。オレは絶対に──勝つ」

 かつて、そう遠くない過去に完膚なきまでに打ちのめされた相手に向けた強気な言葉。それを受け取った虹次はその胸中に期待の感情を抱いた。ただ純粋に、刻がどこまで上り詰めたか見てみたかった。そのため、虹次は最初の一手を刻に委ねた。彼は両手をポケットに突っ込み、静かにその場で姿勢を正した。

 しかし、状況はいったんそこで止まった。刻は決意を表すように握った拳を構えたまま、何一つアクションを起こそうとしなかった。タイミングを計っているのか、隙を突こうとしているのか。どちらにせよ埒が開かないと感じた虹次は、姿勢を崩さないまま再び口を開いた。

 「……どうした、刻。遠慮は無用だ。早くかかって──」

 ──ゴシャア!

 瞬間、虹次の言葉は強制的に中断させられた。音もなく虹次の周囲に浮かびあがった多量の鉄骨によって、彼の身体が押し潰されようとしたからである。意表を突いた刻の攻撃により、完全に虹次の姿は鉄骨の中に埋もれた。

 だが、それは決して戦闘不能にしたのと同義だとは限らない。

 「いいな。中々に『磁力』の異能量を上げた。だが、甘いな」

 虹次の身体を押し潰そうとした鉄骨は、その身体に触れるよりも先に動きを止めていた。目には見えないが、おそらく『空』による防御だろう。『渋谷荘』前で闘った時も同じように止められているようだったが、虹次は確かに刻の成長を感じており、それは鉄骨を操る『磁力』の強さからひしひしと伝えられていた。

 「こんな鉄屑では、オレに傷一つ刻むことはできない」

 ──ビュオ!

 その言葉と同時に、今まで虹次の身体を守っていた『空』が牙を向いた。まるで包丁で食材を切るかのように鋭い風の刃となって鉄骨を切り刻むと、そのまま全て吹き飛ばしていく。鉄骨はその力に抗えず、虹次から離れていき────ドロリと(・・・・)その形状を変えた。

 ──キュン!

 「……なるほど。鉄屑ではなく、汞だったか」

 突如として液体へと姿を変えた鉄骨。だが、それは変えた(・・・)というより戻した(・・・)と言った方が正しいかもしれない。明確なタイミングこそわからないが、刻は最初のうちに汞を使っていた。おそらく気体の状態で虹次の周囲に漂わせ、タイミングを見計らって鉄骨のように固体にさせたのだろう。そして、固体としての攻撃が弾かれた今、元の状態である液体へと姿を戻した。

 液体となり無数に分かれた汞はピンポン玉ほどの球状になり、あっという間に虹次を取り囲んだ。そして、一斉にそこから棘のように固体化させた突起を放った。虹次に鉄骨状態の汞を弾かれてからここまでほぼ一瞬……まさに息つく間もない攻撃である。

 「その発想や見事。だが、オレには届かん」

 並大抵の相手ならこの予想外な攻撃に対応できず、全身を串刺しにされていただろう。だが、虹次はそんな生温い相手ではない。再び『空』による防御でその攻撃を弾いてみせた。

 形状が変わったとはいえ、元は同じ汞。威力に大きな変化はないため当然だった。だが、全ての汞を弾いた瞬間、さらなる追撃が迫った。

 「くたばれ」

 ──ガギィィ!!

 汞に気を取られている間に、使い手である刻本人が間合いを詰めてきた。そして、なんの躊躇いもなくその拳を虹次に向けて振るった。だが、もちろんそれは『空』によって止められる。理論上は空気の壁であるはずなのに、まるで鉄の扉にでも当たったかのような音が響き渡った。

 硬いだけでなく鋭さも併せ持つその壁は、完全に刻の拳の侵入を阻んでいた。それに負けじと拳に力を込めるも、鋭い空気の壁が牙となり拳の表面を傷つけていった。

 ──言ったはずだ。死ぬ、と。なぜ、そこまでする?

 脳内で、かつて同じように拳を止められた時にかけられた言葉が繰り返される。放った拳から伝わる痛みを感じながらも、刻の脳はその信号を処理するよりもその先の言葉を浮かばせた。

 ──キズ一つ……テメェの、身体に刻み込まなきゃ……オレの中で、次は無ェ……。例え死ぬことになったとしても……命なんて、とうの昔に捨てた……

 拳はそれ以上、動かない。前にも後ろにも。ただ皮膚が裂かれていき、次々と血が流れていくだけ。それでも、彼は決して拳を後ろに動かさない。なぜなら彼は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 『……お前、名は?』

 『……今の、オレの名は……刻むと書いて…………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──『刻』だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うおおおおおお!!」

 ──ゴォ!!

 瞬間、刻の拳が前に(・・)動いた。『空』の壁を突き破り、真新しい傷に構うことなく。その拳を虹次の頬に叩き込んだ。虹次は避けることなくそれを受ける。そして……その口から一筋の赤い線が流れた。

 「……ほう? この短期間に随分と腕を上げたな。この拳だけではない。何より、お前の心の静寂がそれを示している」

 プッ、と口内に溜まった血を吐き捨てる虹次。以前は決死の思いでようやく傷を刻んだ刻だったが、今回は違う。まるで今つけられた傷のお返しとでも言うように、虹次に傷を刻んでいた。

 明らかな成長を見せる刻だったが、虹次はその希望を払いのけるように「だが」と続けた。

 「刻、そのように傷を一つひとつ刻んでいったところでオレには勝てぬ。『磁力』単体の主たる作用は『引力』。引き寄せる力はそもそも攻撃に向かぬ。全てを破壊するオレの『空』と比べれば圧倒的にな」

 「…………」

 ここで虹次は、刻と自分の決定的な違いを述べた。それは、『攻撃力』。

 虹次の言うように、『磁力』とはそもそも物を引き寄せる力。一応、刻は鉄などを自在に操って前方に放つこともできる。だが、問答無用で引き寄せる『引力』の力と比べればその力は弱い。その特性は『攻撃力』というより『応用力』の方が強い。

 それに比べ『空』は圧倒的なまでの攻撃力を持つ。鉄骨すら簡単に斬り刻み、触れずして相手を傷つけていく。なにより、虹次が持つ『破壊神』の異名がそれを物語っている。

 早い話だが、刻には決め手がなかった。今までは汞がそれだったが、汞も通じない虹次が相手では完全にお手上げ状態。今のように少しずつダメージを与えたところで勝てる相手でもなく、形勢は明らかに刻の劣勢だった。

 「これ以上は無駄だ」

 ゴォ、と自分を中心に突風を巻き起こす虹次。寸でのところで刻は距離をとるが、虹次はそれを追おうとはしなかった。余裕、といえば聞こえが悪いが、正確には試しているのだろう。だからこそ無理に追い詰めようとしない。静かにその場で刻の次の手を待っていた。

 そして……それが大きな隙となった。

 「なんだ……!?」

 突如、虹次の瞳に驚愕の色が現れる。その視線の先にいるのは刻……いや、正確には刻の()。刻自身は身体だけ横に向けたまま足を広げ、右腕を虹次に向けている。その右手の手前には、周囲にあった鉄骨などを無理やりくっつけて作り上げたと思われる歪で巨大な球体。刻はその球体を『磁力』で浮かせ、右手の手前に位置させている。

 今までとはどこか違う刻の行動だが、その瞳には変わらず強い意志が込められている。そして、驚く虹次に対し、刻は改めて覚悟を決めるかのように静かに瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………」

 時を同じくして、彼らの間にも静寂が生まれていた。だが、それは刻たちのように落ち着いたものではなかった。どちらかというと張りつめた緊張感によって生まれた息苦しい静寂だった。

 そんな中、一人の男がその緊張感を無視するように軽快な足取りで前に出てきた。

 「いやいや、いい格好だなぁ。まるで名のある美術館に飾られてる彫刻みたいだ。なぁ……夜原 優」

 「…………」

 ポンポン、と目の前で動けなくなっている男……優の頭を軽く叩く『転移』を使う男。そんな屈辱的な状況にもかかわらず、優はその手を払うことも、その場を離れることもできなかった。それというのも、彼の視線の先にいるたった一人の少女が原因であった。

 「ッ……!」

 優の視線に気付いてか、栗色の髪をした少女はその顔を引き締めた。だが、よく見ると顔色が青くなっていることがわかる。優に向かって伸ばされた両の手も、小刻みに震えていた。

 「……これは、あの子の異能か」

 「その通り。アイツはまだガキだが、この異能は中々に便利だぜ。触れずして相手の動きを止める……『念力』ってやつだな」

 「『念力』……」

 優の言葉に対し、我が物顔で答える男。自分の動きを止めている原因がわかったところで、優は再び視線を少女に戻した。改めて少女を見ると、確かにその効果は大きなものだが、同時に少女自身にも大きな負荷がかかっているようだった。すると、そんな優の視線に気付いた男がへらへらと笑いながら言葉を続けた。

 「中々に使うタイミングが難しいんだぜ? 動きを完全に止められるってのはいいが、ガキだから長続きはしねぇ。だからこいつは奥の手でもあるが、同時に役立たずでもあるんだよ」

 「…………」

 男の言葉を聞きながら、優は少女の姿を凝視する。一見するとわからないが、白い肌のところどころに殴られた痕が見えた。普段、彼女がどのような扱いを受けているのか……それを考えただけで優の胸中にはどす黒い怒りが湧き上がってきた。

 「……“(クズ)”共が」

 思わず、だがそれなりの音量で優の口からその言葉は漏れた。それは確実に優の近くにいた男の耳には届き、そして──

 ──バキィ!

 「ぐっ!」

 確実に男の怒りを買ってしまった。

 「お前、状況がわかってるのか? 今のお前は動けない。周りも見ろ。今までお前にやられてきただけの人間が何十人といるんだぜ。まさか、まだ余裕のつもりか?」

 間髪入れずに放たれた男の回し蹴りを頬に受け、口内が切れた優の口から血が流れた。今まで何をしようと傷をつけられなかったというのに、今はいとも簡単に一撃が入った。その現実は男が指し示した『捜シ者』の部下たちの間にざわめきを生み、同時に彼らの間に希望も生み出してしまっていた。

 「や、やれるのか……?」

 「見てなかったのかよ! アイツ、本当に動けねぇんだぜ! やれるに決まってる!」

 「あ、あの野郎……! ガキのクセにすかしててずっと気に入らなかったんだ……!」

 口々に強気な言葉を口にしていく『捜シ者』の部下たち。この現実が、今まで彼らが虐げてきたたった一人の少女の功績だということには目もくれず、今まで受けた屈辱を返すことだけに意識が向いていた。その当の少女は、どこか怯えた表情をしながらも異能を解く気はないようだった。いや、正確には解くことができないのだろう。解いてしまえば最後、何をされるかわかったものではない。

 「さあ、どうする? 今のうちに思いつく限りの謝罪を述べるか? 泣いて許しを乞うか? 内容によっては半殺し程度で済ませてやるぜ」

 「…………」

 視線を動かせば、自分に対する恨みや憎しみを瞳に込めた敵たち。じりじりと距離を縮めてきて、何か一つでもきっかけがあれば飛びかかってきそうだった。逃げ場はないし、なにより逃げるという行動ができない。そんな状況の中、優が出した結論は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ふん、反吐が出るな。やはり“(クズ)”は頭の中まで腐っているのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……上等だ。よーし、お前ら。間違ってもすぐに殺すな。痛めつけて、痛めつけて……殺してくれと懇願させろ。この生意気な『コード:ブレイカー』に……今までの礼をたっぷりしてやれ!」

 『ウオオオオオオオオ!!』

 それを合図に、何十人という“悪”の群れは雄たけびを上げ、身動き一つできない一人の『コード:ブレイカー』()に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『磁力』が攻撃に向かないことなど、初めからわかっていたことだった。

 今は鉄などを瞬時に磁化させてから動かしているが、それよりも自分の方に引き寄せる『引力』の力の方が強いし速い。これを攻撃に転用できれば、とずっと考えていた。そこで、一応は師匠である会長に尋ねてみたのだが、返答は以下の通り。

 「大変だねー。難しくってよくわかんけど」

 だが、きっかけはそこだった。会長の適当な返答が頭に来て、何も考えずに会長が持っていたものを引き寄せてみせた。引き寄せてから見てみると、それは「ニュートンのゆりかご」と言われるオモチャだった。

 A、B、Cと三つの鉄球があり、AをBにぶつけるとCはぶつかった際の力と同じ力で弾かれる。そして、戻ってきたCがBにぶつかるとまた同じ力でAが弾かれるという「運動量保存の法則」を用いたものだ。すると、会長はどこからか磁石を取り出し、パパッとBの鉄球と取り替えた。すると……

 ──ガチンッ!

 「な──!?」

 突如として鉄球が弾かれる力が大きくなった。音を聞いてもそうだし、なにより弾かれていく距離が段違いだった。会長曰く、Bを磁石に変えたことにより鉄球がぶつかる力に磁石の『引力』が加わり、もう片方の鉄球はその分だけ強化された力で弾かれる。それを「ガウス加速器の原理」と呼ぶことを刻も知っていた。

 そして、彼は答えを見出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 覚悟はすでにできている。

 どんな手を使っても斃すべき敵を斃す。

 それが……彼の全てだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──カッ!

 瞬間、刻は閉じていた目を開いた。それと同時に、虹次に向けた右腕とは逆方向に左腕を伸ばす。そして、その先に右手の手前にある物と同じように鉄骨などで押し固めた歪な球体を作る。前後を鉄の塊によって挟み込んだ刻。そして、彼は動いた。

 「はあ!」

 ──ヴン!

 刻が短い言葉を吐き出すと、左腕の先にある鉄塊が動いた。だが、その軌道にいるのは虹次ではない。真っ直ぐに突っ込んでくる鉄塊の先にいるのは……他ならぬ刻自身。

 ──ゴッ!!

 「馬鹿な! 自分に衝突させただと!?」

 『磁力』の『引力』によって引き寄せられた鉄塊は、強すぎる勢いのまま刻の左手に衝突する。左手を通って左腕へ、そこからさらに全身に広がる思い痛み。突然の自傷行為に虹次は目を見開くが、刻の眼は決して臆していなかった。

 「ぐ、く……! あああああああ!!」

 ──バキバキ!

 強すぎる衝撃を受け、左腕部分の袖が弾け飛んで骨が悲鳴を上げる。だが、それでも逃げはしない。刻は痛みに呑まれそうになる意識の中でも敵である虹次を見据え、右手を彼に向け続けた。

 これが、彼が辿り着いた『引力』による攻撃方法。「ニュートンのゆりかご」で言うAとCの鉄球を巨大な鉄塊とし、Bの鉄球部分に『磁力』を使う自身を置くことで「ガウス加速器の原理」による威力の底上げを行う。『引力』と共に自身にぶつかった力をもう片方に乗せて放つ。それが……

 「沈みな! 『引力』の最強攻撃! 磁撃砲(ガウスキャノン)!!」

 「『空壁(くうへき)』!」

 高速で向かってくる巨大な鉄塊に対し、回避が間に合わないと判断した虹次は空気の壁を作る。鉄骨が突っ込んできても、汞に貫かれようとしても防いだ空気の壁。鼓膜が破けるような轟音と共にぶつかり合った。

 「ぬ、ぐ……! これ、は──!」

 ──ドォォォォォン!!

 次の瞬間、大地震を思わせる揺れが『渋谷荘』の地下全体を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ズゥゥン!!

 「キャ! な、何YO()! この揺れ!」

 突然、地が唸りを上げるような揺れが起こったことに驚いた日和(亀)が手足をパタパタさせる。まだひっくり返った状態のため、逃げようにも逃げられないのだろう。と、慌てふためく日和に対して、激しい戦いを繰り広げていた平家と雪比奈は冷静に状況を整理した。

 「音の出所からすると、刻君のようですね」

 「虹次……」

 「()!? 虹次君、死んじゃったの!? それとも敵が!? もしかして両方とか!?」

 「ッ……!」

 冷静な二人に対し、相変わらず慌てふためく日和。すると、王子が全身の痛みに耐えながらも横になっていた身体を起こした。そして、目の前に転がる通信機から聞こえる音声に耳を傾けようと身を乗り出した。

 「ど……どう、なった……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衝撃の強さを表すように、目も開けられないほどのホコリが舞う。まるで霧の中にいるのではと錯覚するほどだ。しかし、それでも互いが向かい合う相手のことはよく見えた。一人は背筋を伸ばし、もう一人は膝を突いている。見上げ見下ろし向かい合い、静寂の中で眼をぶつけ合う。だが、()はその静寂を口元に浮かんだ微笑と共にやめた。

 「──今のはかなり効いた。少々、迂闊だったようだ。心の弛みがお前のことを甘く見ていたようだ」

 「…………」

 凛とした姿勢で立つ虹次。だが、その左腕は使い物にならなくなっていることは一目瞭然だった。袖も破れ、全体から血が溢れ出ている。よく見ると、腹部にも大きな横一文字の傷が刻まれている。

 言うまでもない。刻の磁撃砲(ガウスキャノン)は明らかな脅威を持つ必殺の一撃となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よっしゃ! いけるで、よんばん! かなり効いてるわ! あと一発かましたら勝てる!」

 刻に虹次を任せ、『捜シ者』を追う大神と遊騎。通信機越しに聞こえる虹次の言葉を聞き、遊騎は刻の優勢を確信していた。走りながら希望を見出した声を張り上げた。

 しかし、妙なことに喜んでいるのは遊騎だけだった。一方の大神は、何か考え込むように目を伏せ、何も言わずに足を進めていた。そして、彼はポツリと告げた。

 「……ダメだ」

 「はにゃ?」

 大神の口から出てきた否定の言葉。いったい何がダメだというのか。遊騎がその疑問を口にするよりも早く、大神は言葉を続けた。

 「会長(クソネコ)が前に言っていた。刻が修業で見出した技はとてつもない威力を持つ。だが、同時に一発撃つだけで腕に大きな負担がかかる。つまり……

 

 

 

 

 

 

 

 

技が使えるのは左右の腕で一回ずつ。二回が限度」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……え? せやかてさっき、オレらを行かすために一発撃って──」

 「今のが……二発目(・・・)だ」

 冷静な表情のまま、静かに告げる大神。その言葉が鼓膜を震わせ、神経を通じて脳が理解した瞬間。遊騎の全身は奈落につき落されたかのような衝撃を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、何よりも彼自身がわかっている。

 「……悪いな、刻。オレは何者にも斃されず、殺されぬ。いや、絶対に斃されるわけにはいかない」

 わかっていながらも彼は撃った。仲間のために、そして今も。だから、理解している。

 「闘いの勝利はこの虹次が頂く」

 もう磁撃砲(ガウスキャノン)は撃てない──その現実は、膝を突いた状態の刻の両肩に重くのしかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「オラァ!」

 「ガ……!」

 もう何度目かわからない拳の直撃を受け、優は蚊の鳴くような声を出す。口内には鉄臭い味が蔓延し、全身は『念力』で動かないのか痛みで動けないのかわからないほどだった。

 何度、顔に蹴りを入れられたか。

 何度、腹を殴られたか。

 何度、皮膚を裂かれ、衝撃を受けただろうか。

 もう数えるのすら億劫なほどで、先ほど起きた強い揺れすら気にならないほどだった。

 「あ~あ。酷いツラだなぁ、おい」

 歪みに歪んだ卑しい笑みを浮かべながら、何十人という敵をけしかけた張本人が声をかける。その後ろには新たに優に殴りかかろうとした男がいたが、手で制されたため物足りなさそうに止まった。話しかけてきた男……『転移』の男の言葉を聞き、優は視線を男に向けた。

 「それにしても、お前も丈夫な奴だ。身体も妙に硬いしよ。やっぱ『脳』で強くなってるのが原因か」

 鍛えられた結果だ、と口にしようとしたが止めた。わざわざ言うことでもないし、無駄なことに思えたからだ。すると、男は優の髪を乱暴に掴み、その顔を一人の少女へと向けさせた。

 「気の毒にな。あのガキがいなければお前は何事も無くオレたちを斃せただろう。憎たらしいか? だったら殺してみせろよ。あいつもオレたちと同じ“悪”だ。『コード:ブレイカー』なら、殺しても文句は言われないだろ?」

 「ハァ、ハァ……! う、うぅ……!」

 「…………」

 力ずくで向けられた先には、先ほどよりも顔を真っ青にさせて荒い息を繰り返す栗色の髪をした少女の姿だった。伸ばした両腕は目を見張らなくてもわかるほど大きく振るえ、触れただけで倒れ込みそうなほど足元もおぼつかなかった。

 見ただけでわかる。彼女は……このままだと長くない。すでに限界だ。いや、もう限界すら超えているのかもしれない。どちらにせよ、彼女を待っているのは残酷な“死”だけだった。

 (……同じ、だ)

 死を前にしても、どれだけ苦しくても、変わらず異能を使い続ける少女の姿。その葉かなげな姿が、優の中でデジャヴとなった。あらゆる人に否定され続け、ようやく自分を受け入れる優しい人を見つけた。その人のために力を振るい、その人のために闘った。どんなに傷つこうとも、ただその人のためだけに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──手を……手を貸しておくれよ。リリィはまだ頑張れる……。『捜シ者』が褒めてくれたリリィの『分泌』は誰よりも役に立つ……

 そう言って、傷だらけの身体で仲間に手を伸ばす彼女。そして、目の前で自らの命を削って優の動きを止める少女。その二人の姿が完全に重なり……優は、全てを覚悟した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……なあ」

 「ッ、ぅ……!?」

 男に向けさせられたからではない。自分の意志で再び少女を見た優。そして、口元から感じる痛みに耐えながらも少女に向かって言葉をかけた。

 「お前……名前は?」

 「え──」

 予想外の言葉に、少女は思わず瞬きを繰り返す。傍で見ていた男にとっても優の言葉は予想外だったらしく、興味深そうに二人の様子を見ている。一方、優は少女から眼を離さない。だが、それは咎めるような眼ではない。むしろ、どこか慈愛を感じるような……そんな眼だった。

 「……名前は?」

 「ぁ……さ、(さき)、です」

 「……そうか」

 繰り返された問いに怯えながらも、少女……咲は自らの名前を名乗った。名前を聞いた優は静かに口元を緩ませると、優しげな声で言葉を続けた。

 「咲……君は、なぜ『捜シ者』についてきた?」

 「ぇ、ぁ……」

 名前を呼ばれたことに驚いたのか、予想よりも優しい声に驚いたのか。咲は自分ですら聞き取れないほどか細い声を上げた。答えていいのか迷い、咲は男に視線を向けた。だが、男はニヤニヤとした笑みを浮かべたままで合図らしきものはない。しかし、元から期待はしていなかったらしく、すぐに目を伏せながら考え込んでいた。そして、ポツリとその口を開いた。

 「わ、私は、ダメなんです。私は、生まれちゃいけない子、だから。お母さん、も、お父さんも……そう言ってた、から。だって、私はこんなことしか、できないから。だか、ら……」

 絞り出すように、過去に起こったのであろう出来事も思い出しながら話し出す咲。酷くたどたどしい話し方だったが、それは彼女自身の言葉だった。そして、自分で言った言葉を自分の耳でも聞きながら、頭から溢れてくるであろう過去が合わさって、咲は自分でも意識しないうちに大粒の涙を流し始めた。

 「だから……グス、行くしかないんです。わた、わだじは……いらないがら……! う、うぅ……! ホント、は、こんなごどしたくない……! 傷つけたく、ない……! だげど! 私は──!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──わかった」

 「──え?」

 「今、楽にしてやる」

 刹那、優の眼が咲を確かに捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あぐ!? あ、あぁぁぁぁ!!」

 涙ぐみながらの言葉が続いたと思った瞬間、咲は自分の胸を押さえて苦しみだした。突然のことに男を含めた『捜シ者』の配下の者たちは何事かと身構える。だが、彼らに異常はない。異常があるのは彼女一人のみ。そして……

 「ゲホ! ガフッ!」

 咲は大量の血を吐きだし、足元に血溜りを作った。その後、何度か咳き込んだかと思うと、その足がふらりと浮き……

 ──ドシャア

 そのまま、前のめりになって倒れた。何が起こったのか、男たちは理解していない。ただ一人……それをした(・・)であろう優を除いて。

 「……『念力』っていうのはいわばプレッシャーだ。プレッシャーで相手の動きを封じる。なら、それ以上のプレッシャーを与えれば、解くのは簡単だ。異能を持つだけで人を傷つけたがらない女の子と『コード:ブレイカー』……精神力の強さは比べるまでもない」

 「ッ!」

 その声が耳元(・・)で聞こえ、傍にいた男は反射的にその場から引いた。見ると、優の身体がゆっくりと動いているのが見えた。どうやら、本当により強いプレッシャーをぶつけて『念力』を解いたらしい。いや、そもそも異能を使っていた本人が倒れたのだから、解けるのも当然とは言える。

 「……ハ、ハハハ。ハハハハハハ! 恐れ入った! 恐れ入ったぜ、夜原 優! まさか本当にあんなガキを殺しちまうとは! さすが『コード:ブレイカー』! “悪”には容赦ないな!」

 「…………」

 咲を殺した優を改めて見て、男は大きく拍手しながら優を称賛した。だが、優はそんな言葉など聞こえていないかのように、鞘に納めた『斬空刀』と懐にしまっていた二丁の拳銃を取り出して……捨てた。

 「あ?」

 「お前の言う通りだ。あの子……咲はオレが殺した。咲は『捜シ者』の勢力……つまり“悪”。そしてオレたち『コード:ブレイカー』は“悪”を裁く。お前が言うように……容赦はしない」

 一つ、また一つと優は制服のボタンを外していった。そして、一歩ずつ男に近づいていく。足元に武器を放置したまま、どんどん武器とは距離をとっていき、男との距離を縮めていく。

 「そしてそれは……お前たちも同じだ」

 「……言ってくれるねぇ」

 パチン、と男が指を鳴らす。すると、今まで外野で見ていただけの他の『捜シ者』の部下たちが優を取り囲んだ。人混みの中に混じり、男は再び声高らかに笑い声を上げた。

 「ハハハハ! 威勢がいいのはいいが、自分の身体をよく見てみろ! 今のお前はすでにボロボロ! なぜかは知らんが武器も捨てた! 容赦しねぇのはオレたちの方だ!」

 取り囲まれたことで歩みを止めた優。だが、それでもボタンを外す手を止めない。視線だけを動かして全方位を囲まれていることを確認すると、優は静かに告げた。

 「……一つだけ言っておく。これ(・・)を使う以上、お前たちはここで死ぬ。生きて帰ることは何があろうとあり得ない。たとえ罪を認めて許しを乞おうと……絶対に」

 言い終わるのとほぼ同時に……制服のボタンが全て外れた。制服の前が開き、中のワイシャツが晒される。ワイシャツもところどころに血が滲んでいるが、特に気にする様子は無い。そして、優は静かに左手を目の前に掲げた。

 「お前たちはここで死ぬ。異能者にとって禁忌とされた……『この力(・・・)』でな」

 「だから……死ぬのはテメェだ、このヤロォォォォ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「目には目を 歯には歯を 悪には────」

 次の瞬間、優の左手から閃光が放たれ、彼らがいる空間全体を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがでしたか!?
ついに出ました、刻の磁撃砲(ガウスキャノン)
そして優の『あの力』!(最後、自分で言ったのでやむなく『この力』にしましたが)
「ニュートンのゆりかご」や「ガウス加速器の原理」の説明についてはわかりにくかったら申し訳ないです。
原作見てなくてわからない方は原作コミック9巻をぜひ!(笑)
ちなみに『念力』の抜け出し方についてはほぼ思い付きの力技です。
おかしくてもお許しください……!
さて、次回は刻と虹次の激しい対決!
優の闘いはどうなるのか!
ご期待ください!



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。