CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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連続投稿となりますが、投稿が難しくなる四月までに可能な限り進めておきたいので時間が許す限り書いていこうと思っています!
さて、皆さん……お待たせしました
今回の闘いで出番について心配されていた彼が……ついに行きます!
誰とどのように闘っていくのか、ぜひご覧ください!
では、どうぞ!





code:53 託す誓い

 「がはっ……! 雪……比、奈」

 『王子!? どうした! 何があった! 王子!』

 突如、聞こえた王子の悲痛な声。通信機越しにそれを聞いた大神が返答を求めるように声を繰り返す。しかし、今の王子にそれに答える余裕は無い。いつの間にか背後に立っていた男……雪比奈から放たれた無数の鋭い氷を背中に受け、意識は完全にそっちに向いていた。

 「う、く……!」

 「やったJAN(じゃん)、雪比奈! 早くその裏切り者、やっちゃいなYO()!」

 背後からの不意打ちを受け、王子はその場に倒れ込む。それに対し、ロストして亀になった日和は相変わらず甲羅を背にして倒れたまま、ちたぱたと手足を動かしながら雪比奈の登場に喜んでいた。すると、王子は背中からくる激痛に耐えながら、震える身体を起こして後ろに立つ雪比奈を見上げた。

 「雪比奈……制裁のために、わざわざ来たのか……。ご苦労なこと、だな……」

 「へへ~ん、その通り! 裏切り者を殺すためなら、『Re-CODE』はどこからでも──」

 「……そうやってとぼけるのもそこまでです、泪」

 「()?」

 わざわざ一人で来てまで制裁をしに来たことについて皮肉染みた言葉を返す王子。日和は皮肉に気付かずに偉そうにしてみせるが、当の雪比奈はそれを無視して王子に冷ややかな言葉をかける。どういうことかわからない日和は倒れたまま首を傾げた。

 すると、雪比奈は王子を見下ろしたまま自分がここに来た本当の目的について口を開いた。

 「あなたが持っているそのカードキー……渡してもらいましょうか」

 「ッ……!?」

 雪比奈の意外な言葉に、王子の身体は一瞬だが強張った。突然のことだったが、実は雪比奈の推理は当たっていた。現に、王子の上着の胸ポケットにはあの『渋谷』と書かれたカードキーがしまわれていた。護りに優れる『影』の異能を持つ王子が持つことで、何があってもカードキーが『捜シ者』の手に渡ることが無いようにしていたのだ。

 なぜわかったのか、と疑問が浮かぶが、今はそれはどうでもいい。今の時点で大切なのは、たとえ当たっていようと、それを雪比奈に悟られないようにすることだ。最悪の場合でも、とぼけ続けていれば自分を制裁するだけで済ませられるかもしれない。そう自分に言い聞かせ、王子は何食わぬ顔で再び雪比奈の方を見た。

 「嘘! こいつカードキー持ってるNO()!? 先に言ってYO()、雪比奈! わかってたらカードキーだけでも奪ったのNI()!」

 「……何を言っている? 大体、元『Re-CODE』の私にカードキーを持たせるわけ……」

 「あなたは『影』の守護神。物を護るのにあなたほどの適役はいないでしょう? それに、一番あり得ない者にそのあり得ないことを押し付ける……あの男がやりそうなことだ」

 日和も知らされていなかったのか、王子がカードキーを持っていることに驚いている。王子は構わず、自分が元『Re-CODE』であることも言ってしらばっくれようとする。しかし、雪比奈は王子が護りに優れた『影』を使うからこそ任されたであろうことを言い当て、さらに思い当たる節があることも口にした。

 すると、雪比奈は静かに右手を王子に向け、その手の周りに氷を作り始めた。

 「……ハァ、もう色々と疲れた。面倒だからさっさと終わらせる。さぁ、泪……早く出して」

 ──ドドドド!

 「ぐあっ!」

 ため息をつき、今まで丁寧だった口調を砕けたものにする雪比奈。そして、そのまま新たに作り出した氷を倒れた王子に向けて放った。瞬間、反射的にカードキーが入っている胸ポケットの辺りを王子は庇った。だが、もはやそんなことは関係ない。雪比奈は加減すること無く、問答無用で氷を放ち続けた。

 ──ドドド! ドドドドドドド!

 「昔は『流麗の守護神』とか言われてたくせに、情けない。……でも、悪い気はしない」

 「あぐ! ぐあ、あああああ!」

 ──ドドドドドドド! ドドドドドドドドド!

 「そんな風に苦しんで死んでいく泪を見るのも……面白い」

 「あ、あぁ……! あああああぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ヒュ、パァァァン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──そこまでです」

 「へ……平、家…………」

 容赦ない氷の連撃に、確実に死に近づいている感覚を味わっていた王子。その王子を救うように雪比奈に向かって放たれたのは『光』のムチ。肝心の雪比奈には避けられてしまったが、その攻撃をやめさせることには成功した。そうして王子を救った者、そのムチをしならせて戻っていった先にいたのは……最も王子を嫌う者である平家だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「()~! ピカピカ野郎!」

 「……やはり来たか」

 平家の登場に、日和は再び手足を動かし始め、雪比奈はかすかに眉をしかめた。平家は『光』のムチを消し、腕を組んだ状態で雪比奈と王子の間に立つ。その構図から見ても、どうやら王子を助けに来たようだ。普段あれだけ毛嫌いしているため妙な図にも見えるが、この状況ではかなり頼もしい。

 すると、平家は雪比奈を真っ直ぐと見て、自身が気付いた雪比奈の企みについて話し始めた。

 「日和さんに八王子のみを拉致させたのはあなたですね? 異能の相性も悪く、元仲間でもあることから最も闘いにくい者である日和さんをぶつける。そうすることで『女帝の矛と盾(エンプレス・パラドックス)』を発動させ、弱ったところを襲ってカードキーを奪う。まったく、姑息な男ですね」

 「お前に言われる筋合いはない。それに、一番悪いのは引っかかった泪」

 「……えぇ、その通りです!」

 なんとか気付くことができた雪比奈の企み。その全容を明かしてみせるが、それを行った雪比奈は苛立ち気に答えた後、あろうことか王子自身に責任転嫁し始めた。それは否定するかと思ったが、なんと平家も強い口調でそれに賛同した。

 「元仲間の少女にくだらない同情をし、『コード:ブレイカー』とは思えぬくらい手を焼く! さらには不意を突かれてカードキー一つ護れない! 私の完璧なる計画(パーフェクト・スキーム)を台無しにした八王子 泪は最低! いいえ、最低の低です!」

 「悪かった、な……」

 王子を悪く言う雪比奈に賛同したかと思うと、強い口調のままペラペラと流れるように王子に対する文句を並べる平家。身体的に傷ついている中で数多くの文句を言われ、王子は精神的にも参って弱々しい謝罪の言葉しか出てこなかった。やはり王子が嫌いなのか、と再認識するようだったが……

 「……ですが」

 休むことなく、続けて平家は口を開く。そして強い口調のまま、その眼に強い“怒り”を込めて雪比奈を睨みつけた。

 「その人の優しさと情につけ込み、利用した雪比奈。あなたはそれ以上に……最“悪”です!」

 「平家……」

 静かに激昂し、怒りを露わにする平家。その強い思いを彼の背中からも感じながら、王子はその背中に確かな安心感を抱いていた。冷たく言っていたが、彼は王子の中にある優しさと情は否定していない。むしろ、それを弄んだことに対して怒りを感じている。そうして怒りを抱いてくれることが、王子にとって何よりも強い信頼になっていた。

 「……何を熱くなっているのやら。それに、そのセリフはお前が言えたことか? ふざけるのもいい加減にしてほしい……な!」

 語尾を強めた瞬間、雪比奈は一瞬のうちに手を伸ばして勢いよく下ろした。すると、平家の足元から彼を囲むように巨大な氷が何本も現れた。巨大な氷にしたから貫かれたかと思われたが……

 ──パキィィィン!!

 「おやおや、随分と熱くなっていますね。氷のように冷たかったあなたはどこに行ってしまったのでしょうか?」

 雪比奈の氷が下から貫いた瞬間、平家は『光』のムチを振るってその全てを砕いてみせた。互いに睨み合いながらも、まるで知り合いのように言葉を交わす二人。その様子を見て、日和は未だ手足を動かしながら口を開いた。

 「ちょ、ちょっと! 雪比奈とピカピカ野郎って知り合い!? 日和、置いてけぼりでわかんない~!」

 「……あの二人は、かつての闘いでも闘っていた」

 「()?」

 「かつての闘い……あの二人は三日三晩不眠不休で闘い続けた。だが、それでも決着はつかなかった。言ってみればあの二人は、因縁の相手ってわけだ……」

 知り合いのように話す雪比奈と平家に動揺する日和だったが、王子がなんとか息を整えながらその疑問に答えた。思い返せば、原子力研究所で会った時も二人の間には何か因縁があるようだった。かつての闘いから続く因縁というなら納得できそうだが……

 (……しかし、どうにもそれだけって感じじゃなさそうだ。あの二人……一体どんな因縁があるって言うんだ……?)

 二人の様子から、ただ決着がついていないだけの相手同士とは思えない。もっと強い、もっと根深い何か(・・)があるように王子には見えたが、その疑問について考えるよりも先にその二人が動いた。

 「元からお前は殺す気だが、お前と泪が消えれば残りの『コード:ブレイカー』の始末も楽。だから、今度こそ殺してやる」

 「そう簡単にはいきません。それと、今の『コード:ブレイカー』をあまり甘く見ない方がいい」

 「……どうでもいい。今は厄介な珍種もいないし、『捜シ者』からも好きにするよう言われた。もう、邪魔は入らない」

 「そうですか、それはなによりです。それでは、そろそろ……私たちの決着をつけましょう!」

 ──ドォォォン!!

 平家の『光』と雪比奈の氷……互いに真正面からぶつかり合い、激しい轟音が部屋中に響いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……とりあえず、王子は平家さんに任せれば大丈夫そうだな」

 場所は変わり、『捜シ者』を追う大神たち。移動しつつも通信機で平家たちの声を聞きながら、優は王子の安全を確信していた。しかし、他の者はというと……

 「そうかネェ……。むしろ、平家がドサクサに紛れて王子を始末しそうだケド……」

 「さすがにそれはないと思うが……巻き込まれそうではあるな」

 「にばん、ごばんのこと嫌いやからなぁ」

 見事なまでに王子の身を心配していた。決して平家のことを信用していないわけではないが、普段の態度がアレ(・・)である。心配になるのが当然である。

 「おいおい……。確かに平家さんは王子のことを良く思っていないが、それとこれとは別だ。あの人は王子を護りながら闘う。そして勝ってみせるさ」

 しかし、その当然が異常であるかのように優は呆れた表情を見せた。刻はそんな優に呆れながら、ふと頭に浮かんだ疑問を優にぶつけた。

 「随分と信頼しているようデ……。つーかサ、前から不思議だったケド、なんでそこまで平家のこと信じてるワケ? アイツ、ただのヘンタイじゃん」

 刻が優にぶつけた疑問……それは、優がそこまで平家のことを信じる理由だった。以前から平家の意見については忠実な優だったが、それを見ている者としては少し異常に見える。まあ、対象である平家自体が異常ということもあるが。

 疑問をぶつけられた優はどこか気恥ずかしそうに頬をかくと、その理由を明かし始めた。

 「なんというか……オレはあの人ほど、自分を堂々と出せる人を知らない。内容はどうであれ、オレはあの人のそういうところを尊敬しているんだ」

 「まぁ……確かに堂々とはしてますね。すごいとも思います」

 優の答えを聞いた大神の頭には、学校の廊下で堂々と官能小説を読みながらティータイムを楽しむ平家の姿が映っていた。確かに、あそこまで自分のしたいことを堂々とする人間はそういないだろう。優の言う通り、その姿は尊敬できることかもしれない。

 とりあえず納得のできる答えを聞いたため話が終わるかと思っていると、ふと優が顔を上げる。そして、どこか遠くを見るような眼をしながら、ボソリと意味深なことを呟いた。

 「……そうだな。本当に、あの人はすごい。

 

 

 

 

 

 

 

 

いつまでも自分(・・)から逃げているだけのオレなんかと違って……本当に、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……優?」

 まるで自分を蔑むような言葉に、どこかいつもと違う雰囲気を大神は感じた。優の名前を呼ぶが、優はそれ以上は何も言おうとせず、ただ前を向いて足を急がせた。言葉ではなく態度で話を切るという彼らしくない行動に疑問を抱きながらも、大神は同じ『コード:ブレイカー』(過去を捨てた者)として無理に聞こうとはしなかった。

 そうしてしばらく進んでいくと、大神たちはある場所に辿り着いた。そこは今まで通っていた廊下と比べると何十倍にも感じるほど広い空間。広さとしてはちょうど学校の体育館ほどだが、特に何か置かれているわけでもない。ただ、床と壁を構成する白いパネルが敷き詰められているだけの寂しい空間だった。

 「ここは……」

 「確か、予備の修業場……だったか?」

 「前に通った時も思ったケド、無駄に広いトコだよナ」

 突然、広い場所に出てきたため大神たちは一度立ち止まって周囲を見渡した。実は彼らがここを通るのは初めてではない。会長が小さくなった例の騒ぎで桜を追いかけてきた際、ここもしっかり通っていた。その際、王子からここが予備の修業場であることも聞いていた。異能を用いる修行のため、何があってもいいように予備を用意していたらしい。今回は特に使われることはなかったが。

 「これだけ広いと敵が潜んでいるかと思ったが……それはなさそうだな」

 「せやな。ここ、隠れるトコあらへんし」

 「ジャ、さっさと行こーゼ。無駄に立ち止まってる暇は──ん?」

 部屋中を見渡しながら敵の有無を確認する大神だったが、幸いにも大神たち以外の人影はなかった。まあ、最初にも行ったがここには何も置かれていない。そのため、遊騎が言うように隠れられる場所などあるはずがないのだ。そのため、不意を突くには適していない。

 そうして敵がいないことを確信すると、刻がさっさと先に歩いていく。すると、何かを発見したように立ち止まった。その視線は部屋の中央付近に向けられており、それに気付いた優が声をかけた。

 「刻、何かあったのか?」

 「……イヤ、単なる汚れだナ。ったく、使わなくても綺麗にはしとけよナ」

 「汚れ? どこだ?」

 「ちょうど真ん中のトコ。……って、よく見りゃそこら中にあるじゃねーカ。なんだよ、この赤っぽい汚れはヨ……」

 優に声をかけられながら中央を凝視する刻。そして、それが汚れであることを伝えた。気になって優も隣に立って見ると、確かにそこには赤っぽい何か(・・)があった。さらに刻が注意深く周囲を見てみると、どうやら他にもあったらしい。意識しないと気付かなかったが、よく見るとそれは部屋中に点々としていた。

 一見すると、どう見てもただの汚れだ。普段から使われていない場所のため、変な汚れがあってもおかしくはない。しかし、優はその汚れから違和感を感じて仕方がなかった。その違和感の正体を掴もうと顎に手を当てて考える優を見て、刻は笑みを浮かべながら軽口を叩いた。

 「オイオイ、こんな汚れくらい気にすんなヨ。なんだったら、闘いが終わった後に掃除すりゃ──」

 「──がう」

 「ア?」

 「違う……。これは、ただの汚れじゃない……」

 深刻な顔でそう言い放つ優。その様子を見て、大神と遊騎も近くに来て話に加わった。

 「どうした?」

 「なんや汚れがどうの話とったけど」

 「あの汚れだヨ。気にしなきゃいいのに、優が無駄に色々と考えてんだ」

 「汚れ……あれかいな。そない気になるんやったら、消せばええねん。よんばん、これ借りるで」

 「ア? って、遊騎! それオレのハンカチだろーカ! 気に入ってるヤツなんだからヤメロー!」

 大神はわからなくて当然だが、遊騎は自慢の聴力で話だけは聞いていたらしい。刻は簡単に数ある汚れの一つを指差しながら簡単に説明すると、面倒そうに欠伸をした。すると、汚れを発見した遊騎がそれを消そうと、刻のハンカチを(無断で)借りてから近づいていった。刻の怒号を聞き流しながら、遊騎は汚れを拭こうとハンカチを──

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ゴォ!

 「ッ──!?」

 「──遊騎! 今すぐそこから離れろ!」

 汚れを拭こうとハンカチを近づけたまさにその瞬間、汚れを中心にして謎の黒い空間が広がった。危険を感じた遊騎は、背後から聞こえた優の声を聞いて反射的に後ろに跳んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「遊騎! 大丈夫か!?」

 「ななばんが声かけてくれたから大丈夫や。ありがとな」

 「なんだヨ、これは……!」

 素早く跳んで戻ってきた遊騎を見て、優は異常がないか確認する。遊騎は目の前への警戒を怠らないまま、礼を交えてそれに反応する。突然のことに驚きが隠せない刻が呟きながら見る先……先ほどまで遊騎がいたその場所には、不気味な黒い空間が生まれていた。

 「どうやらただの汚れじゃなかったようだな」

 「ああ。……しかも、あれ一つじゃなさそうだ」

 警戒心を最大にして構える大神。それに続くように呟いた優の視線の先を見ると、遊騎がいた場所以外でも黒い空間が発生していた。その数はどんどん増えていくが、どれも共通しているのは汚れがあった場所を中心にしているということだった。どうやら、最初の優の警戒は正解だったらしい。

 何が起こるかわからない状態の中、いつでも動けるように四人は構えた。すると、ちょうど中央にある黒い空間に変化が起きた。

 「……ハハハ。驚いてるな、『コード:ブレイカー』」

 「誰だ!」

 突然、黒い空間の中から聞こえてきた謎の声。大神が声を大にしていち早く反応すると、謎の声は困ったような口調で話を続けた。

 「おっと、そう叫ぶな。警戒しているのがバレバレだ。まぁ、仕方ないか。こんな……」

 ──ズズ、ズズズズ……!

 謎の声に続いて、黒い空間は不気味な音を立て始める。すると、黒い空間の中央から何か(・・)が伸びる。そして……

 「……こんな風に現れたら(・・・・)なぁ」

 『──ッ!』

 まさかの事態に、四人は一斉に息を呑んだ。さっきまで誰もいなかった場所に、見慣れぬ男が現れたのだ。オールバックの黒髪に、露わになった額に刻まれた十文字の傷。白衣を纏い、異様な雰囲気を溢れさせている。だが、さらに驚くべきなのは別のこと。その男は明らかに、あの黒い空間から現れていた。

 「……なんだ、お前は」

 「名乗るほどのものじゃないさ。そうだな……『捜シ者』に仕える異能者、って言えば十分だろ?」

 「要するに敵ってコトか。マ、この状況じゃそれしかあり得ねーがナ」

 黒い空間から現れた男に意識を向ける大神に対し、男はひらひらと手を振っておどけてみせた。そして自分が『捜シ者』側の異能者であることをあっさりと明かした。だが、そんなことは刻が言うようにわかりきったことである。これは、明らかに『捜シ者』たちが仕掛けた罠だった。

 「そういうことだ。しっかし、最初の方で見抜かれるとは思わなかったぜ。そこのお前……確か『コード:07』だったか? いい勘してるじゃないか」

 「そんなもんじゃない。ただ、前にここを通った時は汚れなんて一つも無かった。あれからそんなに経っていないから、あそこまで汚れるわけがないって思っただけだ」

 「……なるほどな」

 早い段階で違和感に気付いた優を称賛するような男の言葉に、優は構えを解かずに冷ややかな対応を見せた。以前見た時の記憶から判断したという優の言葉に、男はなんだかつまらなそうに肩を落とした。すると、男は黒い空間から出てきて再び話を続けた。

 「先に言っておくと、オレは異能『転移』を使う異能者だ。仕組みは簡単。オレは自分の血がある場所から、他に自分の血がある場所に『転移』することができる空間(・・)をつくれる。ま、見りゃわかるがあの黒いヤツだな。オレは『Re-CODE』の時雨に自分の血が入った瓶を渡し、別の場所で出番を待つ。そして、時雨がちょうどいい場所に血を振り撒いておけば……」

 「こうして『転移』することで不意を突ける……というわけか」

 「そういうことだ」

 意外にも、自らの異能である『転移』について男はペラペラと話し始めた。自分の血がある場所同士なら『転移』が可能という男の異能。ということは、部屋中にあった汚れは男の血だったというわけだ。そして、男の話によれば『Re-CODE』の時雨がこの部屋に血を撒くことで、その『転移』を可能にしたようだ。かなり手が凝った方法だが、不意を突くには適している。

 しかし、不意を突くことを考えるとこの状況はどうだろうか。今、男は大神たちの前に出てきてしまっている。これでは不意を突くどころではない。すると、男はため息をつきながらさらに続けた。

 「まぁ、本当ならお前たちが部屋を出る直前に『転移』して奇襲する予定だったんだがな。『コード:07』が気付きそうだったし、『コード:03』に関しちゃ血を拭こうとしやがった。血を拭かれたら、それだけ『転移』する場所が減る。そうなっちゃたまらないから、こうして出てきたってわけだ」

 「なるほどネ。長ったらしい説明をドーモ」

 「だが、それももう終わりだ」

 「せやな」

 計画が狂わされたことを悔やむかのように男はため息をつく。だが、刻、大神、遊騎の三人はそんなことに構わず臨戦態勢に移った。たとえ何をしようと、『捜シ者』側に属する敵は斃す。それが今の彼らがなすべきことだ。

 すると、今すぐにでも向かってきそうな大神たちを制すように、男は両手を前に出した。

 「おいおい、慌てるなよ。まだ役者は揃っちゃいない(・・・・・・・)んだからな」

 「……何を言っている」

 男の意味深な発言に、大神は眉をしかめながら反応する。そんな大神に対し、男はニヤリと笑みを浮かべながら続けた。

 「だから、言っただろ? オレの『転移』はオレの血がある場所から他に血がある場所に『転移』できる空間(・・)をつくること。つまり──

 

 

 

 

 

 

 

 

その空間(・・)さえ通れば誰でも(・・・)『転移』できるんだよな、これが」

 ──ズズズズ! ズズズズズズズズ!

 男の言葉が終わった瞬間、全ての黒い空間から不気味な音が響く。そして次の瞬間、無数の人間がそこから現れて大神たちを取り囲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「な……!?」

 「なんだヨ、この数ハ……!?」

 「……あかん。数えんのも嫌になるわ」

 「くそ……!」

 黒い空間から現れ続ける無数の人間たち。どうやら彼らも男が『転移』してきた場所に控えていて、男がつくった『転移』の空間から来たようだ。男が『捜シ者』側の異能者であることを考えると、おそらく彼らも同じだろう。『捜シ者』が日本に来た際、多くの危険分子を引き連れているということは大神たちも最初から聞いていた。しかし、こうして実際に見ると圧倒的な数である。

 「ハハハ! 言っておくが、こんなもんじゃないぜ!? 『捜シ者』が集めた人間は異能者以外にも多くいる! それこそ、ただの人間だが人間離れしたイカレ野郎もいる!」

 無数に存在する敵の中で豪語する男。『転移』を使う彼を斃せば、これ以上敵が増えることを防ぐことができる。しかし、少なくとも目に見える範囲に男の姿は無い。おそらく人混みに身を隠しているのだろう。木を隠すなら森の中とはよく言ったものだ。

 「さぁ、『コード:ブレイカー』! この異能者全員を相手にして持ちこたえられるかな!? 仮に突破できたとしても、その間に『捜シ者』は目的を達成してしまうだろうがな!」

 『うおおおおおおお!!』

 どこからか響く男の声に続き、『転移』してきた敵たちはその闘志を見せるように大声を上げた。部屋全体に響き渡るその声を聞きながら、大神たちは嫌な汗を流した。

 「おそらく一人ひとりの実力は大したことない。だが……」

 「多すぎるわ。何十分かかるかわからん」

 「しかも、まだまだいるっぽいしナ。くそ、面倒くせぇ……!」

 大神、遊騎、刻の三人は別々の方向で構えながら、口々に文句を言った。パッと見ただけでも敵の実力がさほど高くないことは見抜けたが、それを埋めるほどの数がいる。さらに、男の口ぶりからして増援の可能性も高い。早く『捜シ者』に追いつかなければいけない大神たちにとって、これは不意打ちを受けるよりも最悪の状況だった。

 「…………」

 すると、今まで黙って状況を見ていた優が静かに視線を動かした。

 左には無数の敵。

 右にも無数の敵。

 はるか向こうには……先へと続く廊下への入り口が見えた。

 それを確認した時、彼は覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……オレがやる。お前たちは先に行け」

 「ゆ、優!?」

 一歩前に出て、大神たちを庇うように手を伸ばす優。そして、あろうことか無数の敵を前に、一人で闘うことを宣言した。その言葉に、大神たちは耳を疑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何考えてんだヨ! どんな異能持ってるかもわからねー敵があんだけいるんだ! お前が闘って勝てるワケねーだろガ!」

 「あかん! あかんで、ななばん! こんなの一人で勝てる闘いちゃう! 皆で闘うべきや! それが嫌なら、ろくばんとよんばんを先に行かして、オレも残る!」

 「王子の時とは違って一対一じゃないんだ! たとえ時間はかかっても、全員で──!」

 「黙れ!!」

 『──ッ!』

 口々に優の言葉に反対する刻、遊騎、大神。いくら一人ひとりが大したことないとはいえ、この数を相手に一人で闘うのは無茶だ。誰かに押しつけるのではなく協力して闘うことを提案するが、優の叱りつけるような怒号で三人は思わず言葉を失った。

 そうして数秒の沈黙が生まれると、優は静かに口を開いた。

 「これが一番いいんだよ。オレたちの目的は『捜シ者』にパンドラの箱(ボックス)を渡さず、奴を斃すこと。追いかける人間は一人でも多い方がいい。いくら平家さんがいるとはいえ、王子がカードキーを持っていることはすでにバレている。何かの拍子に敵の手に渡るかもしれない。そしたら、何もかも終わりだ。……それに、お前たちにはそれ以外にもやることがあるだろ?」

 「やること……?」

 諭すように言葉を紡ぐ優。その最後の言葉に大神が反応すると、優は「ああ」と言って一人ひとりに声をかけた。

 「刻……お前はあの虹次を斃すんだろ? そのために煙草もやめて、強くなった。あの虹次は消耗した状態で勝てるような相手じゃない。全開の状態で……アイツに修業の成果を見せつけてこいよ」

 「…………」

 「そして、遊騎。お前とあの時雨の間に何があるかは聞かない。だが、聞かなくてもわかる。お前とアイツは決着をつけなきゃならない。早く追いついて、お前なりの決着をつけてこい。……それに、平家さんがいない今、お前がトップなんだ。二人のこと、任せたぞ」

 「ななばん……」

 「最後に、大神。お前と『捜シ者』が兄弟だろうがなんだろうが……この際、もう関係ない。斃すと決めた以上、絶対にやり切れ。そして……お前お得意の薄っぺらい笑顔で桜小路を一緒に迎えに行くぞ」

 「優……」

 三人それぞれに、彼らのやるべきことを伝える優。本当なら、言われるまでもないことだろう。だが、優はあえてそれを言うことで再確認させた。彼らが内に秘める……彼らの決して揺るがぬ覚悟を。

 そして、優は自分の中にある覚悟を伝えるように、大神と向かい合った。

 「大神。これ、お前に預けておく」

 「これは……通信機? どうして……」

 「それがなきゃ、お前たちや平家さんたちの状況がわからない。こっちからも何があったか伝えられない。つまり、めちゃくちゃ困るわけだ。だから、絶対にこれをもらいに行く。お前はオレがもらいに行くまで……大事に預かっててくれ」

 自分の分として渡された通信機を大神に預け、必ずもらいに行くと優は宣言した。これはつまり、「必ず生きて合流する」と彼は言っていた。通信機という形に自分の覚悟を乗せた優の誓いを受け、大神は力強く優の通信機を握りしめた。

 「……臭ぇこと言ってんじゃねぇよ。あんまり遅ぇと……握り潰してやるからな?」

 「上等」

 乱暴な言葉を返す大神だったが、その顔からは優への信頼が感じられた。大神からの言葉を受け、優は敬礼するように手を挙げて再び大神たちに背を向けた。

 「ハァ、わかったっつの。ここはお前に任せてやるヨ。思えば、こんな雑魚相手に刻様が出張っても仕方ねぇからナ」

 「早いとこ終わらせて助けに来るわ。せやから、待っといてや」

 大神に続いて、刻と遊騎も優に任せることを受け入れる。優が二人に笑みを返すと、四人はそれぞれのやるべきことをするため、それぞれ背中合わせになるようにその場で構えた。

 「……デ? まずはこの状況をどうするヨ。出口はあるんだろうが、そこまで抜けるだけで骨が折れそうだゼ」

 「ああ、その心配はない。任せておけ」

 「オイオイ、何か策でも──って、ドワァァァ!?」

 優に任せることを決めたはいいが、どうやって先に行くかを聞く刻。すると、優が自信満々の返答をしてきたため、振り向こうとしたその瞬間……刻は物凄い力で後ろに身体を持っていかれた。

 何があったのかと見てみると、右手に刻と遊騎、左手に大神といった具合に優は彼らの襟元を掴んでその身体を持ち上げていた。そして、優はそのまま一歩ずつ前に進んでいく。

 「よし、行くぞ」

 「あ、あの……優? まさかとは思いますが……」

 「イヤイヤ、嘘ダロ……? そんなことしないよナ? ネ? 優先輩?」

 「ゴチャゴチャ言うなや。歯ァ食いしばっとき」

 『脳』で強化された力でその身体を持ち上げられている大神たち。これから優が行うであろう突破方法(・・・・)に抑えようのない嫌な予感を感じるが、何を言っても優は止まらない。

 そして……その時(・・・)はやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「じゃあ、お前ら……行くぞ!」

 そうして優が叫んだ瞬間、強化した脚で優は走り出した。無数の敵にそのまま突っ込みそうになるが、優はその直前で足をバネのようにして高々と跳んだ。助走の勢いのままに跳んだ彼らは風を切り、無数の敵を見下ろした。そして、優は出口に狙いを定めると、そのまま空中で大神たちの襟元を全て右手で掴み直した。そして……

 「オラァァァァァ!!」

 「ギャアァァァァァ!! 死ぬぅぅぅぅぅぅ!!」

 大きく右腕を振りかぶり、出口に向かって大神たちをぶん投げた(・・・・・)。跳躍した勢いに加えて、『脳』で強化された力のままに放り投げられた刻たち。遊園地の絶叫マシン顔負けのスリルと風が全身を切る感覚を味わいながら、一瞬だが走馬灯を見たという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「※○▼☆&$@!? ……優、テメェェェェ!! 覚えとけヨ、ゴラァ! 全部終わったら絶対にぶっ殺してやるからナ!!」

 「クソ野郎が……!」

 「あれ? ……あっかんわ。なんや、寝違えたし」

 見事に廊下に続く出口のスペースに入った刻たち。声にならない悲鳴を上げたかと思うと、優に対する怨み言を大声で叫んでから走り出した。その際、遊騎の首があらぬ方向に曲がっていたが、なんとか力任せに戻していた。

 「後は……これだな」

 ──ガシャン!

 刻たちを放り投げた優はちょうどよく出口の近くに着地する。そして、その近くにあった「非常用」と書かれたボタンを見つけると、間髪入れずにそれを押した。すると、部屋の出口と入り口に鉄製の扉が現れて出入りを完全に封鎖した。これで優をかわして大神たちを追うことができなくなったわけだが、それと同時に優は無数の敵がいる密室の檻に閉じ込められたことになる。

 そして、それを好機と見たあの男が再びどこからか口を開いた。

 「仲間をぶん投げるなんて、随分と大胆なことをするもんだな。だが、特に意味は無い。お前をなぶり殺した後で扉を破壊すればいいだけだ」

 「そんなことはさせないさ。それより、オレが他の連中と闘っている間に新しい入口(・・)を用意しておいた方がいいぞ。……いや、死んだ連中を戻すための出口(・・)、かな」

 「……ハッ、面白い」

 姿を見せずに強気な言葉を口にする男に対し、優は不敵な笑みを浮かべながらわかりやすい挑発をしてみせた。その言葉を聞いた周囲の敵たちの顔が怒りに染まっていくが、男は対照的に鼻を鳴らして感心していた。

 自分以外の人間は全て敵。異能すらわからず、その数も増え続ける。味方は来ず、武器は『斬空刀』と懐に潜めている二丁の拳銃。そして、『脳』で強化された己の身体のみ。圧倒的かつ絶望的な差の前に、優は静かに呼吸を整える。

 そして……彼は構えた。その拳に「必ず勝つ」という誓いを握りしめながら。目の前で無数に存在する“悪”をその眼に捉えた。

 「覚悟決めろよ。お前らは……一人残らずオレが裁く」

 その言葉を皮切りに、“悪”はたった一人の男を斃すために一斉に力を振るった。

 

 

 




いかがだったでしょうか?
途中からオリジナルの展開となり、優が残って闘うこととなりました
ちなみに、『脳』と『風』に続いて出てきたオリジナル異能の『転移』について簡単に細く説明させていただきます
持ち主の血がある地点AとBがある場合、A→B(またはB→A)と繋がる空間をそれぞれにつくることが可能。その空間が開いている間、持ち主以外の者も自由に行き来できる……といった移動専門の異能です
名前をつけなかったのは、あくまで『捜シ者』に仕える部下A的な立ち位置だからです
面倒臭かったわけじゃあ……ない、ですよ? はい……
なんにせよ、その『転移』のせいで無数に出てくる“悪”たちと闘う優!
果たしてどのように闘い、どう切り抜けるのか……ご期待ください!
それでは、失礼いたします!



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